午前十一時四十分。 都内・第三スタジオ。 大手ブランドの華やかな撮影現場から少し離れた、小さなスタジオだった。 白い壁。最低限の照明。スタッフの数も多くない。 今日は、小規模ブランドのルック撮影。 予算も大きくはない。 それでも現場には、撮影前特有の張りつめた空気があった。 自動ドアが開く。 与那嶺良太と歌原彩が入ってきた。 「本日はよろしくお願いします」 スタッフが頭を下げる。 彩も慌てて頭を下げた。 「よ、よろしくお願いします」 良太も続く。 「よろしくお願いします」 そのときだった。 メイク台の前にいた女性が、ふと顔を上げた。 黒髪のボブ。 化粧は薄い。 三十代前半。 服装も黒で統一され、必要以上の装飾はない。 相沢七瀬。 彼女は彩を見た。 そして、 手を止めた。 数秒。 彩には、それがもっと長く感じられた。 七瀬はゆっくり立ち上がる。 そのまま彩の前まで来た。 何も言わない。 ただ見る。 正面。 横顔。 首。 肩。 立ち方。 指先。 呼吸。 彩は少し居心地が悪くなり、視線を泳がせた。 「……あの」 返事はない。 七瀬はもう少し見る。 そして、ようやく小さく息を吐いた。 「……へえ」 近くにいたスタッフが苦笑した。 「相沢さん?」 七瀬は彩から目を離さない。 「誰も触ってない」 彩が首を傾げる。 「……え?」 七瀬は、もう一度言った。 「誰も触ってない顔」 その言葉に、 良太の横で黒いドレス姿のレイラがわずかに反応した。 《……七瀬》 良太が目だけを動かす。 《知り合い?》 《最終候補》 《何の?》 《昔、チームに入れるか迷った人》 良太が少し驚く。 《そんな人いたんだ》 《いたわ》 レイラは七瀬を見る。 《腕は本物》 少し間を置く。 《ただ、ちょっと厄介》 《それ褒めてる?》 《かなり》 その間にも、七瀬は彩を見続けていた。 「流行も入ってない」 一拍。 「売れる顔も入ってない」 さらに見る。 「レイラの妹も入ってない」 彩の表情が少し変わる。 七瀬は気にしない。 「珍しい」 彩は困ったように笑った。 「……褒められてます?」 七瀬は少し考える。 「ううん」 「え」 「診断」 良太が思わず口元
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