「すみません」 声をかけると、隣を歩いていた男が振り返った。 少女も少し遅れて足を止める。 近くで見ると、思っていたよりずっと若い。 佐久間博之は一瞬だけためらった。 自分でも、何をしているのか分からない。 それでも、もう声をかけてしまった。 「何でしょう」 男――良太が、少し警戒した顔で博之を見る。 「あの……よかったら」 博之は自分のブースを振り返った。 「服を、試着してもらえませんか」 良太が目を瞬く。 少女も博之を見る。 当然の反応だった。 知らない男に突然呼び止められ、服を着てほしいと言われている。 しかもブースには、すでに契約したモデルがいる。 博之自身、普通ではないことをしている自覚はあった。 「試着だけで構いません。合わなければ、すぐ脱いでもらって」 良太は博之の後ろを見る。 小さなブース。 ラックに並んだ服。 少し離れたところにいるモデル。 それから、隣の彩を見た。 「彩、どうする?」 彩は返事をしなかった。 博之でもなく、モデルでもなく、ラックに掛かったジャケットを見ていた。 黒でも白でもない、光によって色味が揺れる曖昧な色。 昨日、一二〇七号室の画面では数秒で流した服だった。 けれど、実物は違って見えた。 彩が一歩だけ近づく。 「この服ですか?」 博之が頷く。 「はい」 彩はしばらくジャケットを見る。 肩。 袖。 前身頃。 裾。 布が落ちる位置。 良太にはもう、その目の動きに見覚えがあった。 相沢七瀬が言っていた。 ――あの子は、自分を見せる前に服を見る。 彩が小さく言った。 「……着てみたいです」 良太が横を見る。 「これ?」 「はい」 彩は服から目を離さなかった。 「ちゃんと見てみたいです」 博之の胸が、わずかに動いた。 午前中。 高梨奏に言ったばかりだった。 ――ちゃんと見てくれるだけで嬉しい。 同じ言葉ではない。 それでも、妙に引っかかった。 良太は少し考えてから博之を見る。 「試着だけなら」 「はい。もちろんです」 博之は深く頭を下げた。 「ありがとうございます」 * 彩はジャケットを受け取り、更衣用のカーテンの向こうへ入った。 良太はその前で待つ。 少し離れた場所には、黒いドレス姿のレイラがいる。 博之は
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