All Chapters of 『RE:LAY ―幽霊となった伝説のモデルが妹をプロデュースする話―』: Chapter 61 - Chapter 70

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第61話《起きた服》

「すみません」 声をかけると、隣を歩いていた男が振り返った。 少女も少し遅れて足を止める。 近くで見ると、思っていたよりずっと若い。 佐久間博之は一瞬だけためらった。 自分でも、何をしているのか分からない。 それでも、もう声をかけてしまった。 「何でしょう」 男――良太が、少し警戒した顔で博之を見る。 「あの……よかったら」 博之は自分のブースを振り返った。 「服を、試着してもらえませんか」 良太が目を瞬く。 少女も博之を見る。 当然の反応だった。 知らない男に突然呼び止められ、服を着てほしいと言われている。 しかもブースには、すでに契約したモデルがいる。 博之自身、普通ではないことをしている自覚はあった。 「試着だけで構いません。合わなければ、すぐ脱いでもらって」 良太は博之の後ろを見る。 小さなブース。 ラックに並んだ服。 少し離れたところにいるモデル。 それから、隣の彩を見た。 「彩、どうする?」 彩は返事をしなかった。 博之でもなく、モデルでもなく、ラックに掛かったジャケットを見ていた。 黒でも白でもない、光によって色味が揺れる曖昧な色。 昨日、一二〇七号室の画面では数秒で流した服だった。 けれど、実物は違って見えた。 彩が一歩だけ近づく。 「この服ですか?」 博之が頷く。 「はい」 彩はしばらくジャケットを見る。 肩。 袖。 前身頃。 裾。 布が落ちる位置。 良太にはもう、その目の動きに見覚えがあった。 相沢七瀬が言っていた。 ――あの子は、自分を見せる前に服を見る。 彩が小さく言った。 「……着てみたいです」 良太が横を見る。 「これ?」 「はい」 彩は服から目を離さなかった。 「ちゃんと見てみたいです」 博之の胸が、わずかに動いた。 午前中。 高梨奏に言ったばかりだった。 ――ちゃんと見てくれるだけで嬉しい。 同じ言葉ではない。 それでも、妙に引っかかった。 良太は少し考えてから博之を見る。 「試着だけなら」 「はい。もちろんです」 博之は深く頭を下げた。 「ありがとうございます」 * 彩はジャケットを受け取り、更衣用のカーテンの向こうへ入った。 良太はその前で待つ。 少し離れた場所には、黒いドレス姿のレイラがいる。 博之は
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第62話《見えていなかった服》

午後。 展示会場の隅にあるAtelier SAKUMAの前には、午前中にはなかった人だかりができていた。 一人、二人、五人。 有名ブランドのようにカメラが並ぶわけではない。派手な演出があるわけでもない。 それでも、人が止まっている。 服を見て。 彩を見て。 もう一度、服へ視線を戻す。 佐久間博之は、その光景を少し離れた場所から見ていた。 午前中は、ほとんど誰も止まらなかった。 自分で募集したモデルに着てもらっても、それは変わらなかった。 今、同じジャケットを着ているのは、名前も知らなかった少女だ。 肩。 背中。 腰。 袖。 数本のピンで仮に留めただけ。 寸法だって、本来は合っていない。 それなのに。 今は、 服が見えている。 彩が腕を動かす。 布がついてくる。 袖を見る。 裾を見る。 一歩動く。 布が揺れる。 誰かへ見せようとしているわけではない。 ただ、自分が着ている服を知ろうとしている。 その姿を、 周囲の人間が見ていた。 「この生地」 声をかけられ、博之が振り向く。 三十代くらいの女性が、彩の袖を見ていた。 「何を使ってます?」 博之は一瞬遅れて答える。 「ウールに、少しだけシルクを混ぜています」 女性がもう一度袖を見る。 彩が腕を動かすと、布の表面にわずかに光が走った。 「動いたときだけ出るんですね」 「はい。止まっていると、ほとんど分かりません」 「面白い」 女性はバッグから名刺を取り出した。 「資料、送ってください」 博之の手が止まる。 午前中。 一枚も受け取れなかった名刺。 「ありがとうございます」 両手で受け取る。 すぐに、今度は別の男が近づいてきた。 「後ろ、見てもいいですか?」 博之は彩を見る。 彩は小さく頷き、背中を向けた。 そこには、奏が留めた数本のピンが見える。 男が少し身を屈める。 「ここは、作り直すんですか?」 「はい。今はこの人の身体に、仮に合わせているだけです」 男の視線が、少し離れた場所にいる高梨奏へ向いた。 黒い服。 控えめなフリルとレース。 「彼女が?」 「はい」 男はピンを見たあと、もう一度彩を見る。 「数本で、ここまで変わるんですね」 博之も同じように彩を見る。 「僕も、驚いてます」 男は名刺
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第63話《起きた人生》

展示会終了後。 会場の照明が、一つずつ落とされていく。 搬出用の台車が行き交い、スタッフたちは慌ただしくブースを片づけていた。昼間まで人で埋まっていたホールが、少しずつ元の広さを取り戻していく。 その中で、Atelier SAKUMAのブースだけが取り残されたように静かだった。 佐久間博之は椅子に座り、スマートフォンを見ている。 商談希望。 発注についての相談。 サンプル確認の依頼。 画面を更新するたび、新着の数字が少しずつ増えていた。 今日の午後、何枚も名刺を受け取った。 けれど博之は、それだけで終わる可能性も知っている。 展示会では褒められる。 「面白いですね」と言われる。 「後日連絡します」と名刺を渡される。 そして、 何も起きない。 十一年間、それを何度も経験してきた。 スマートフォンが震える。 また一件。 博之は画面を見つめたまま、しばらく動けなかった。 * 十年前。 まだ今より狭いアパートに住んでいた頃。 テーブルの上にはデザイン画と生地見本が広がっていた。 その横に、一枚の退職届。 華がそれを見ていた。 「本当に辞めるの?」 博之は頷いた。 「やってみたいんだ」 「食べていけるの?」 答えられなかった。 成功する保証などない。 仕事が取れる保証もない。 少し黙ったあと、 博之は正直に言った。 「……分からない」 華は退職届を見る。 それから、博之を見た。 「分からないのに辞めるんだ」 責める言い方ではなかった。 だからこそ、 言い返せなかった。 しばらくして、華は小さく息を吐いた。 「じゃあ、やってみなよ」 博之が顔を上げる。 「今しかできないんでしょ」 華は笑った。 あのとき、 背中を押してもらったのだと思っていた。 今なら少し違って見える。 華は夢だけを応援したのではない。 収入が不安定になることも、 生活が苦しくなるかもしれないことも、 その不安ごと一緒に引き受けたのだ。 * 現在。 またスマートフォンが震える。 商談希望。 博之は目を閉じた。 思い出す。 五年前。 小さな縫製工場へ電話をした。 「申し訳ありません。この数量では難しいです」 「お願いします」 博之は電話の向こうへ頭を下げていた。 相手に見えないと分かっ
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第64話《世界が見つけた日》 

昼過ぎ。 一二〇七号室には、穏やかな午後の光が差し込んでいた。 窓の外は晴れている。 良太は仕事部屋でノートパソコンを開き、法人用メールと契約書を行き来していた。 請求書の整理。 仕事の問い合わせ。 取引先への返信。 会社を作ってから、やることは目に見えて増えた。 少し前まで五年間ほとんど仕事から離れていた男とは思えない量だったが、不思議と嫌ではなかった。 自分が何をすればいいのか、今は分かる。 それだけでも違った。 リビングでは、学校から帰ったばかりの彩が制服姿でソファに座っている。 テーブルには麦茶。 片手にはスマートフォン。 そのときだった。 「……え?」 彩が小さく声を上げた。 良太がパソコンから顔を上げる。 「どうした?」 「ニュースです」 「ニュース?」 彩がスマートフォンの画面を見せる。 速報の文字。 その下に、大きな見出しが出ていた。 【NORDI緊急会見】 良太の表情が変わる。 「ノルディ?」 彩が少し驚いた。 「知ってるんですか?」 「いや、詳しくは知らないけど」 良太は苦笑した。 「服が全然分からない俺でも名前くらい知ってる。世界で一番有名なファッションの人、みたいな感じだろ?」 黒いドレス姿で窓際に立っていたレイラが、少し笑った。 《だいたい合ってる》 良太はリモコンを取り、テレビをつけた。 ちょうどニュース番組が速報へ切り替わったところだった。 『ただいま、アレッサンドロ・ノルディ氏による緊急会見が始まりました』 映像が切り替わる。 海外の大きな会見ホール。 無数のカメラ。 世界各国のメディア。 フラッシュが絶え間なく光っている。 その中央に、一人の男が座っていた。 白髪。 無駄のないスーツ。 声を出していないのに、会場全体がその男を中心に動いているのが分かる。 アレッサンドロ・ノルディ。 世界最高峰のデザイナーの一人。 NORDI COLLECTIONを築き上げ、彼が新しい方向を示せば、多くのブランドやバイヤーがその先を見る。 良太に細かな肩書は分からなくても、 この男が「世界の側」にいる人間だということだけは分かった。 ノルディがマイクを取る。 ざわめいていた会場が静まった。 通訳を通して、 最初に出た名前は意外なものだった。
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第65話《選ぶのは、彩》

一二〇七号室。 UTAHARA MODEL OFFICEの仕事スペースには、昨日届いた封筒が置かれていた。 厚手の白い紙に、銀色の箔押し。 NORDI COLLECTION TOKYO。 良太は、もう何度目か分からないほどその文字を見ていた。 隣には学校から帰った彩が座っている。 少し離れたところには、黒いドレス姿のレイラ。 もちろん、その姿が見えているのも、声が聞こえているのも良太だけだった。 良太は封筒から書類を取り出す。 RE:CODE MODE CONTEST。 招待された事務所が所属モデル一名を推薦し、ヘア、メイク、スタイリスト、衣装、演出を含め、一つの作品を作る。 モデル一人の勝負ではない。 チームで競う。 開催は八月十五日。 昨日から何度も読んだはずなのに、改めて見ると現実味が増してくる。 良太は書類を閉じた。 「彩」 「はい」 「先に、一番大事なことを決めよう」 彩が良太を見る。 「これ、出るならかなり大変だと思う」 人も必要になる。 準備にも時間がかかる。 当然、金も使う。 しかも、UTAHARA MODEL OFFICEは彩の出資を土台に始まった会社だ。 会社の金と彩個人の資産は分けて管理しているとはいえ、その出発点まで無関係ではない。 何より、 この挑戦で時間を使うのは彩自身だった。 「だから」 良太は招待状を彩の前へ置いた。 「出るかどうか、彩が決めて」 彩の目が少しだけ大きくなる。 良太は続ける。 「ノルディから来た招待状だからって、出なきゃいけないわけじゃない。学校もあるし、二か月準備するなら今まで通りの生活では済まないかもしれない」 少し間を置く。 「出ないって決めても、それでいい」 彩はすぐには答えなかった。 テーブルの上の招待状を見る。 その横で、レイラも黙っている。 良太は開催要項へ視線を落とした。 参加条件をもう一度確認する。 年齢についても特に問題はない。 それでも、良太には気になる。 《十五歳で、こういう世界規模の舞台に出るって珍しくないのか?》 すぐ横から答えが返ってきた。 《珍しくないわ》 良太は顔を上げない。 彩の前で突然レイラと会話を始めれば、また説明のつかないことになる。 書類を読んでいるふりをしたまま、心の中で返す。
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第66話《眠らない幽霊》

深夜二時。 一二〇七号室のリビングには、ノートパソコンの画面だけが明るく残っていた。 キーボードを叩く音が、一定の速さで続いている。 画面に開かれているのは、一つの資料だった。 【彩に必要な人材候補】 スタイリスト。 ヘア。 メイク。 ブランド関係者。 ショーディレクター。 カメラマン。 演出家。 スポンサー候補。 その下には、人名や会社名、過去の仕事、関係性、評価、連絡先の候補まで並んでいる。 もはや簡単なメモではない。 一人のモデルを中心に、これから必要になるかもしれない人間を洗い出した資料集になっていた。 キーボードを操作しているのは、与那嶺良太の身体だ。 ただし、 今その身体を動かしているのは良太ではない。 《次》 レイラの声と同時に指が動く。 《その次。あと二十人》 新しい名前が追加される。 《終わったらスポンサー候補。海外も見ておく》 良太はしばらく黙っていた。 そして、 《レイラ》 返事がない。 《レイラ》 《何よ》 《寝たい》 《駄目》 即答だった。 《今、何時だと思ってる》 《二時》 《そうだよ》 《だから何?》 良太は呆れた。 《だから何じゃないだろ》 レイラは気にする様子もなく、次のページを開く。 《時間がないの》 《知ってる》 《二か月しかない》 《知ってる》 《なら急ぐ》 《それも知ってる》 《じゃあ働いて》 駄目だ。 会話にならない。 その後もしばらく、キーボードの音だけが続いた。 良太は画面を見ているつもりだったが、意識が少しずつ沈んでいく。 次に気づいたときには、首が大きく前へ落ちていた。 《ちょっと。寝ないで》 《寝るわ!》 思わず声が出た。 「限界だ!」 静かな部屋に良太の声が響く。 レイラはまだ身体の中にいる。 《まだ大丈夫》 「大丈夫じゃない」 《大丈夫よ》 「お前基準で言うな!」 そこで、 ようやくレイラの手が止まった。 キーボードから指が離れる。 次の瞬間、 良太の身体へ感覚が一気に戻ってきた。 重い肩。 乾いた目。 固まった首。 そして、 どうしようもない眠気。 レイラが憑依を解いたのだ。 良太は椅子の背にもたれ、長く息を吐いた。 その横には、 黒いドレス姿のレイラが立って
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第67話《最初の一人》

午後。 一二〇七号室。 UTAHARA MODEL OFFICEの仕事スペースで、良太はRE:CODE MODE CONTESTの資料を広げていた。 参加要項。 審査項目。 チーム構成。 そして、その横には昨夜作った一覧表がある。 【チーム彩】 モデル――歌原彩。 それ以外は、まだほとんど空白だった。 ヘア。 メイク。 スタイリスト。 衣装。 演出。 必要になる人間は多い。 黒いドレス姿のレイラが、良太の横から表を見る。 「まず一人目ね」 「うん」 良太も頷いた。 最初に声をかける相手だけは、昨日の時点で決まっている。 相沢七瀬。 まずは、 メイク担当として。 * 数時間後。 都内の撮影スタジオ。 七瀬は、その日の仕事を終えたばかりだった。 小規模な撮影。 スタッフたちが撤収を始める中、七瀬はメイク道具をケースへ戻している。 仕事が終わる時間を事前に確認していた良太は、そのタイミングでスタジオを訪れた。 扉を開ける。 七瀬が顔を上げる。 目が合った。 「相沢さん、お疲れさ――」 「やります」 良太が止まった。 「……はい?」 七瀬はブラシをケースへ戻しながら、平然と言う。 「彩のメイク」 一拍。 「私がやります」 良太はまだ何も説明していない。 勧誘どころか、挨拶すら終わっていなかった。 「待ってください」 「何ですか」 「まだ何も話してないんですけど」 七瀬は逆に不思議そうな顔をした。 「ニュース見ました」 「ああ……」 それで分かった。 RE:CODE MODE CONTEST。 今やファッション業界で知らない者を探す方が難しい。 七瀬はメイクボックスを閉じる。 「出るんでしょう?」 「出ます」 「じゃあ、やります」 あまりにも早い。 良太は苦笑した。 「即決ですね」 「当たり前です」 七瀬に迷いはなかった。 「彩の顔を、他の人に決められたくないので」 その言い方に、黒いドレス姿のレイラの目が少し細くなる。 前回と同じだ。 彩を綺麗にしたい、ではない。 自分の作品にしたい、でもない。 誰かが「こういう顔が売れる」と決めて、彩の顔を塗り替えてしまうことを、七瀬は嫌っている。 良太は少しだけ笑った。 「相沢さんらしいですね」 「
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第68話《たった一つの席》

かつて。 NORDI COLLECTIONの舞台には、歌原レイラというモデルが立っていた。 美しいだけではない。 服を見て、人を見て、チームを見て、そのすべてを最後には一つの作品へまとめてしまうモデルだった。 けれど、もう彼女はいない。 その空白を前に、アレッサンドロ・ノルディが提示したのが、 RE:CODE MODE CONTEST。 招待状の送付先は、モデル個人ではない。 モデル事務所。 一枚につき、推薦できる所属モデルは一人。 《貴社が考える、最適な一名を選択してください》 選ばれたモデルは、自らを中心にチームを編成する。 モデル。 ヘア。 メイク。 スタイリスト。 デザイナー。 演出。 それぞれの力を一つの作品へまとめ、競う。 優勝した一チームだけが、 歌原レイラが立つはずだったNORDI COLLECTION WINTERへの出場権を得る。 たった一つの席。 誰を推薦するのか。 そのモデルへ、誰をつけるのか。 一枚の招待状を渡された瞬間から、 事務所の判断そのものが問われていた。 その問いは、 日本最大級のモデル事務所、HORIZONにも届いていた。 * 午前九時四分。 HORIZON本社会議室。 長いテーブルを挟み、幹部たちが席についている。 部長が書類を閉じた。 「それでは、推薦モデルについて最終確認します」 小さなざわめきが消える。 「HORIZONからは、御堂玲奈を推薦します」 反対意見は出なかった。 知名度。 広告価値。 ブランドとの関係。 国内外での実績。 現在のHORIZONを代表する一人として、御堂玲奈を選ぶ理由はいくらでもある。 テーブルの端に座っていた真壁ミラも、驚かなかった。 ただ、手元の資料を閉じた。 部長がその動きに気づく。 「真壁」 「はい」 「何かありますか」 「ありません」 あまりにもあっさりした返事だった。 別の役員が言う。 「今回の判断について、説明が必要なら」 「必要ありません」 ミラは静かに答えた。 「御堂さんだと思っていましたから」 部長の眉がわずかに動く。 「予想していた?」 「はい」 HORIZONが何を基準に選ぶのか。 ミラには分かっていた。 世界中のメディアが見る大会だ。 ブランドも見る
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第69話《覚悟の移籍》

大手を出るということは、肩書きを失うだけではない。 営業。 ブランドとのつながり。 撮影を支えるスタッフ。 困った時に頼れる人間。 自分が意識しなくても整えられていた環境ごと、手放すことになる。 それでも。 たった一つの席のために、そこを出る人間もいる。 * 午前十時四十二分。 都内。 クロスリンク・エンターテインメント。 HORIZONほどの規模はない。 だが、SNSや配信、ブランドとのデジタル施策を武器に急成長している中堅事務所だった。 応接室へ入ってきたのは、代表の榊原健吾。 四十代半ば。 派手さはないが、人を見る目は鋭い。 「お待たせしました」 席につくと、すぐ本題へ入った。 「RE:CODE MODE。クロスリンクの推薦枠は、真壁さんに使います」 ミラが顔を上げる。 「社内調整も終わっています。出場は確約します」 「ありがとうございます」 ミラは軽く頭を下げた。 「そのために、ここへ来ました」 HORIZONが御堂玲奈を推薦する可能性は高い。 そう読んでいたからこそ、ミラは契約更新を保留し、先にクロスリンクとも交渉していた。 感情で飛び出したわけではない。 席がなければ。 席のある場所へ行く。 その準備をしていただけだった。 榊原が続ける。 「ただ、HORIZONと同じ環境は用意できません」 モデル部門の規模。 海外ブランドとの関係。 専属スタッフの厚さ。 どれも差がある。 それを隠す気はなかった。 「それでも」 榊原は窓の向こうを見る。 「一度くらい、あそこを追い越してみたいんですよ」 遠くにHORIZONの広告が見える。 「ずっと無理だと思っていました。でも、あなたが来た」 榊原はミラを見る。 「なら、本気で賭けてもいい」 ミラにとっては、自分のための勝負。 榊原にとっては、会社を一段上へ運ぶ勝負でもある。 「必要なチームはこちらでも探します。ヘア、メイク、スタイリスト、演出。予算も出します」 ミラは少し考えたあと、首を横に振った。 「人は、自分で選ばせてください」 「自分で?」 「はい」 一拍。 「まだ、私の名前で電話に出てくれる人が何人かいます」 榊原の目がわずかに開く。 HORIZONで長くトップ争いをしてきたモデルだ。 仕事だけでなく
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第70話《救われたことを、まだ知らない》

大手を離れる。 それは、会社を辞めるというだけではない。 積み上げてきた実績も、用意されていた環境も、そこにいれば続いていたはずの仕事も手放すことになる。 それでも。 たった一つの席を取りに行くために、自分から人生を動かす人間がいる。 その始まりは。 ランウェイに立った日ではなかった。 一枚の招待状が、事務所へ届いた日だった。 * 夜のニュース番組。 大型モニターに、真壁ミラの宣材写真が映っている。 《元HORIZON・真壁ミラ クロスリンクへ移籍》 《RE:CODE MODE CONTEST出場へ》 アナウンサーが資料へ目を落とした。 「真壁ミラさんは、国内最大級のモデル事務所HORIZONとの契約を終了し、クロスリンク・エンターテインメントへ移籍しました」 画面が切り替わる。 HORIZON。 クロスリンク。 そして、NORDI COLLECTIONのロゴ。 「背景にあると見られているのが、八月十五日に開催されるRE:CODE MODE CONTESTです」 優勝チームには、十二月二十日開催のNORDI COLLECTION WINTERへの出場権が与えられる。 一席だけ。 アナウンサーが隣の解説者を見る。 「今回、少し特殊なのが招待方法なんですよね」 「そうですね」 解説者が頷く。 「招待状はモデル個人ではなく、各モデル事務所へ送られています」 画面に条件が表示される。 一事務所、一推薦。 「招待を受けた事務所が、所属モデルの中から一人を選ぶ。そして、そのモデルを中心にチームを編成する」 「つまり、誰を出場させるかも事務所の判断」 「そうです。さらに、誰をチームへ入れるのか、何人で組むのかも基本的には各事務所に委ねられています」 アナウンサーが少し考える。 「だとすると、モデルが舞台に立つ前から勝負は始まっているとも言えますね」 「その見方はできると思います」 HORIZONに届いた一枚の招待状。 事務所が選んだのは、御堂玲奈だった。 そして。 真壁ミラはHORIZONを離れた。 「真壁さんは、クロスリンクへの移籍後、同社の推薦モデルとして出場することが決定しています」 「ルール上の問題は?」 「ありません。移籍したモデルを推薦してはいけないという条件は公表されていません」 「
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