Lahat ng Kabanata ng 『RE:LAY ―幽霊となった伝説のモデルが妹をプロデュースする話―』: Kabanata 31 - Kabanata 40

112 Kabanata

第31話《花に埋もれた、世界の中心で》

都内有数の大規模斎場。 朝から降っていた雨は上がっていたが、空はまだ薄く鈍く、光だけが曖昧に広がっていた。 黒塗りの車が絶えず出入りし、喪服の人波が途切れない。供花の香りと線香の煙が混ざり、その向こうには、この規模の葬儀にしては不自然なほど整然と区切られたメディアエリアがあった。 斎場の外には報道カメラが並んでいる。 決められた線より先には入らない。 それでもレンズは、絶えず祭壇の方向へ向けられていた。 まるで、それが当然の景色であるかのように。 彩は、その異様さをまだうまく理解できずにいた。 黒い喪服に包まれた自分の手を見る。 指先が少し冷たい。 隣には柳田。 少し後ろには、南条、井原、加納、黒瀬。 UTAHARA OFFICEでレイラを支えてきた面々が揃っていたが、今日は誰一人として仕事の顔をしていなかった。 「……彩さん、大丈夫ですか」 小さく声をかけたのは柳田だった。 彩はすぐに答えられなかった。 大丈夫かと聞かれても、何をもって大丈夫と言えばいいのか、もう分からない。 「……はい」 ようやく、それだけ返す。 自分の声なのに、自分のものではないように聞こえた。 祭壇の中央には、歌原レイラの遺影がある。 大輪の白い花に囲まれ、姉は笑っていた。 いつものように綺麗で、隙がない。 それなのに、そこにいるのは写真だけだった。 病院で白い布の下にいた人。 花の中心で微笑んでいる人。 毎朝、当たり前のように「起きなさい」と言っていた姉。 その三つが、まだ一つに結びつかない。 死んだという言葉だけが先にあって、姉がいないという現実は、まだどこか遠かった。 * 「少し座りませんか」 井原が椅子を引いた。 彩は小さく頷き、腰を下ろす。 南条が水を差し出した。 「無理して立ってなくていいから」 「……うん」 キャップを開ける手が、わずかに震えた。 黒瀬は壁際で腕を組んだまま黙っている。加納は何度か口を開きかけたが、そのたびに閉じた。 誰も、正しい言葉を持っていなかった。 「レイラさん、こういうの嫌いそうっすよね」 南条が低く言った。 彩が顔を上げる。 「……何が?」 「メディア席ですよ」 彩は視線を向けた。 一般参列者の導線から少し外れた場所に、報道関係者の区画がある。 カメラは静かに向
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第32話《空いた椅子に、欲が座る》

葬儀が終わる頃には、斎場を埋めていた人の波もほとんど引いていた。 黒塗りの車列はまばらになり、濡れた石畳の上ではスタッフが供花を片づけている。夕方の光は薄く、斎場の周囲には花と線香の匂いだけがまだ残っていた。 和人は喪服のまま外へ出ると、すぐにスマートフォンを取り出した。 「……もしもし」 歩きながら、低い声で続ける。 「さっきの投資会社の名刺あっただろ。あれに連絡入れろ」 すぐ横を歩いていた代理人が足を止めた。 「お待ちください」 和人が振り返る。 「何だよ」 「今売れば、大きく損をする可能性があります」 和人は露骨に眉を寄せた。 「は?」 「高値で買うって向こうから来たんだぞ」 「それでもです」 代理人は視線を逸らさなかった。 「今日来た投資家は、価値があると分かっているから来たんです」 「だから売るんだろうが」 「逆です」 和人が黙る。 代理人は言葉を続けた。 「価値が見えているからこそ、今の混乱の中で先に押さえたいんです」 「……分かるように言え」 「《UTAHARA OFFICE》は上場会社ではありません。市場で毎日値段がつく会社でもない」 代理人は一度、斎場の方へ目を向けた。 「だからこそ、今この瞬間の空気だけで手放していい資産ではありません」 和人は黙って聞いている。 「もし、レイラさんが亡くなっただけで価値がなくなる会社なら、投資家は葬儀の日にまで来ません」 「……」 「来たということは、亡くなった後にも価値を生むものが残っていると見ているからです」 代理人は指を折るように挙げていく。 「ブランド。過去のアーカイブ。肖像や商標。スポンサーとの契約。今動いている案件。事務所そのものの信用」 和人の目がわずかに動いた。 「それらを整理して、経営を続けられる人間を置けば、一度きりの売却より長く金を生む可能性があります」 遠くで台車が石畳を擦る音がした。 白い花が、一つずつ祭壇から運び出されていく。 和人は黙ったまま斎場を見た。 レイラの名前。 事務所。 ブランド。 契約。 本人が死んでも、全部が一緒に消えるわけではない。 まだ残っている。 金になる形で。 和人の口元が、ゆっくりと歪んだ。 * 斎場脇の一室では、香典の整理が続いていた。 長机の上に、記帳名簿と封筒が
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第33話《レイラのいない会社》

レイラの死から、数日が経っていた。 UTAHARA OFFICE。 白い壁。磨かれた床。廊下には、これまで手がけてきたキャンペーン写真が並んでいる。 その中心にいるのは、どれも歌原レイラだった。 けれど、その日の事務所は、まるで別の場所のように静かだった。 スタッフは全員、会議室に集められている。 マネージャーの加納。 スタイリストの井原。 カメラマンの黒瀬。 SNS担当の南条。 メイクの安藤。 ディレクター、レタッチャー。 そして、事務所の中でも最も多くの案件を預かってきたマネージャー、柳田真悠。 そのほかにも、事務、経理、アシスタントたちが席についていた。 誰も雑談をしない。 椅子がわずかに軋む音さえ、やけに大きく聞こえた。 やがて、会議室の扉が開いた。 入ってきたのは歌原和人だった。 黒いスーツ姿だが、もう喪服ではない。 その後ろには代理人弁護士が二人と、事務担当らしい男が一人いる。 和人は前方まで来ると、室内を見回した。 スタッフ一人ひとりを見ているというより、何人残っているのかを数えているような視線だった。 代理人が一歩前へ出る。 「本日はお集まりいただき、ありがとうございます」 返事はなかった。 代理人は資料を開く。 「歌原レイラ氏の逝去に伴い、現在、相続および会社に関する権利関係の整理を進めています」 紙を一枚めくる。 「現時点で有効な遺言書等は確認されておりません。レイラ氏が保有していた財産や株式等については、法定相続人であるご両親への承継を前提に手続きを進めています」 加納の拳が、膝の上でわずかに固くなる。 黒瀬は目を閉じたまま動かない。 柳田の表情も変わらなかった。 「それに伴い、《UTAHARA OFFICE》の代表体制についても変更を予定しています」 一拍。 「必要な手続きを経たうえで、歌原和人氏が代表取締役に就任する予定です」 会議室の空気が、音もなく冷えた。 南条が唇を噛む。 和人が軽く咳払いをした。 「……まあ、そういうことだ」 誰も和人を見ない。 頷く者もいなかった。 和人は少し居心地が悪そうにしながら、それでも話を続けた。 「正直に言う」 ゆっくりと室内を見回す。 「俺とレイラの関係が良くなかったことは、みんなも知ってると思う」 会議室の奥で、
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第34話《伝説と無職》

二十八歳、無職。 伝説のモデルの墓を掃除した日、俺の人生は、ようやく動き出した。 * カーテンを閉め切った六畳間は、朝になっても薄暗かった。 PCモニターの青白い光だけが、散らかった部屋をぼんやり照らしている。壁には古いアニメのポスター。床には食べ終えたカップ麺の容器と、脱ぎ捨てたTシャツ。 エアコンからは、少しだけカビ臭い風が出ていた。 与那嶺良太、二十八歳。 職歴には、五年の空白がある。 生きてはいる。 けれど、自分でも生きていると言い切れない毎日だった。 良太は、昨日使ったティーバッグをカップへ放り込んだ。 そこへ湯を注ぐ。 薄い色が、ゆっくり広がっていく。 「……二回目でも、まだ味するな」 自分で言って、小さく笑う。 「今の俺には、これで十分か」 一口飲む。 薄い。 しかも少しぬるい。 良太は顔をしかめ、そのままモニターに映った自分の腹へ目を落とした。 「……この腹、ひでぇな」 痩せなきゃな。 そう思う。 けれど、立ち上がる気にはならない。 近所の女に言われたことがあった。 稼いでいないのに、ちゃんと食べさせてもらえてるんだから、親に感謝しなさい。 正論だった。 年金暮らしの父親の金で生活している。 電気代も。 食費も。 家賃も。 自分では何一つ払っていない。 良太はマウスを動かし、ニュースサイトを開いた。 芸能欄に、同じ名前の記事がいくつも並んでいる。 《歌原和人氏、亡き娘・歌原レイラの事務所を承継へ》 《UTAHARA OFFICE、代表交代で波紋》 《“チームレイラ”主要スタッフが相次ぎ退職》 良太はスクロールする手を止めた。 「……亡くなって、まだ一週間くらいだろ」 記事には、歌原レイラの死去に伴い、父親を中心に会社の承継手続きが進んでいること、主要スタッフが相次いで退職したこと、そして妹の歌原彩の今後にも注目が集まっていることが書かれていた。 SNSの反応も表示されている。 《あの裁判で揉めてた父親が継ぐの?》 《チームレイラ抜けたら、もう別会社では》 《彩ちゃんどうなるんだろ》 良太は少しだけ眉を寄せた。 「……妹、いたよな」 何度かニュースで見た名前だった。 十五歳。 モデルをしている。 姉の死。 父親による会社の承継。 主要スタッフの退職。
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第35話《条件は、すでに揃っていた》

暗闇の中に、一本のランウェイだけが伸びていた。 照明は落ち、観客席は空っぽだった。カメラもスタッフもいない。拍手も歓声もなく、黒い床だけが、どこへ続いているのかも分からないまま闇の奥へ延びている。 その中央に、黒いドレス姿の歌原レイラは立っていた。 「……終わった?」 自分の声が、どこにも届かず消えていく。 胸へ手を当てても、鼓動はない。呼吸もしていない。身体の重さすら感じない。 死んだ。 その事実だけは、不思議なくらい分かっていた。 それでも、消えていないものがある。 「彩」 名前を口にした瞬間、闇がわずかに揺れた。 レイラは顔を上げる。 まだ残っている。 身体ではない。仕事でもない。三か月後に予定されていたノルディ・コレクションでもない。 自分が守ると決めた妹への執着だけが、死んでも消えていない。 「……だったら、まだ終われない」 ランウェイの先を見る。 出口はない。どれだけ目を凝らしても、光は見えなかった。 「私は、まだ行けない。彩に会うまでは」 返事はない。 そのとき、遠くで小さな音がした。 何かが触れる音。 続いて、線香と湿った土の匂いが届く。 誰かの手。 誰かの祈り。 レイラは振り向いた。 闇の端に、細い光が生まれている。 「……誰かいる」 意識を向ける。 彩ではない。 知らない男だった。 くたびれた服。伸びた髪。伏せた目。 けれど、レイラが引っかかったのは見た目ではなかった。 その男の中には、大きな空白があった。 生きているのに、時間の一部だけが止まっている。 「……この人も」 レイラは、その空白を見る。 自分には未練がある。 男には、空白がある。 その間を、線香の煙と祈りが細く繋いでいた。 条件は、もう揃っていた。 レイラは光へ手を伸ばした。 「なら、使える」 指先が触れた瞬間、世界が裏返った。 * 町外れの共同墓地。 与那嶺良太は、母の墓の前に座っていた。 花を供え、墓石を拭き、線香を立てたあとだった。 「母さん。今年も、これだけ」 手を合わせて目を閉じる。 すると、五年前のことが勝手に浮かんでくる。 取引先の床。 頭を下げていた自分。 鳴り続ける携帯電話。 上司の声。 帰れなかった時間。 そして、間に合わなかった病室。 父は、何も言わ
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第36話《同じ身体、別の合理》

墓地の外れには、夕方の風だけが通っていた。 足元では線香の煙が細く揺れている。 その中で、良太の身体がゆっくり立ち上がった。 一歩。 二歩。 自分の脚なのに、動かしている感覚がない。 《……歩いてるの、俺じゃない》 頭の中で呟くと、すぐにレイラの声が返ってきた。 《身体は借りる。問題ある?》 《もう借りてるだろ》 良太の身体は、そのまま墓地の出口へ向かっていく。 歩幅は一定だった。 迷いもない。 《事務所に行く》 《場所は?》 《八王子》 数歩進んだところで、良太は考えた。 《ここ、足立区》 それでも歩みは止まらない。 《徒歩だと、到着する頃には夜どころか日付変わるぞ。その前に俺の膝が壊れる》 歩幅が、ほんの少しだけ緩んだ。 《到着すればいい》 《壊れたら到着しない》 風の音だけが続く。 少しして、レイラが言った。 《……なら、彩のところ》 《場所は?》 《八王子の、二つ新宿寄り》 良太は少し黙った。 《それもほぼ八王子だろ》 レイラは答えず、同じ速度で歩き続ける。 《今日は一度帰ろう》 良太は続けた。 《移動手段を確保してから動く》 足が一瞬止まり、すぐにまた進み始めた。 《時間がない》 《身体は一つしかない》 良太の声が少し低くなる。 《壊れたら終わる》 今度は、レイラもすぐには返さなかった。 風が少し強くなる。 それでも良太の身体は一歩ずつ前へ進んでいく。 《じゃあ、お金を引き出して電車で行く》 《本当に金ないぞ。五年無職だから》 沈黙。 さっきまで迷いなく進んでいた足が、初めて少し鈍った。 《……》 《俺ん家帰る? 帰ってから考えよう》 返事がない。 レイラが、想像以上に深刻な事実を突きつけられたように黙っている。 やがて、良太の身体が方向を変えた。 墓地の出口から、住宅街の方へ。 《……家のお金をかき集めれば、交通費くらいはある?》 《幽霊に金の心配される俺って何なんだろうな》 * 住宅街には、少しずつ夜が降り始めていた。 人通りはまばらで、街灯が一つ、また一つと点いていく。 良太の身体は一定の歩幅で進んでいた。 向かう方向だけは変わったが、歩き方に迷いはない。 《憑依中って、主導権は全部そっちなんだな》 良太は自分の身体を内側から眺めな
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第37話《残された条件》 

夜。 良太の部屋には、ノートパソコンの明かりだけがぼんやりと残っていた。 机の上には、長い時間をかけて集めたフィギュアが並んでいる。高価なものもあれば、今では手に入りにくいものもある。 黒いドレス姿のレイラは、その列をしばらく眺めていた。 視線が、一体ずつ値踏みするように動く。 「それ、現金化できるわ」 「やめろ。それ俺のだ」 良太は即座に返した。 レイラはフィギュアから視線を外さない。 「一時的に借りるだけ」 「は?」 「対価は払うわ」 良太の反応が止まった。 少し考える。 「……いくら?」 「五百万」 部屋が静かになった。 さっきまで守ろうとしていたフィギュアを見る。 それからレイラを見る。 「……本当に払えるのか?」 レイラは答えなかった。 視線だけが、良太の部屋ではないどこかへ向かう。 その沈黙の先に、死ぬ前の記憶があった。 * 歌原レイラ、二十八歳。 裁判が終わって間もない頃。 死まで、あと二十八日。 レイラは三日間、熱を出して寝込んでいた。 彩を両親から離すために続けてきた時間が、ようやく終わった直後だった。 緊張が切れたのかもしれない。 仕事も裁判も止めなかった身体が、そこで初めて限界を訴えた。 ベッドに横になりながら、レイラは天井を見ていた。 姉であり続けるにも、モデルであり続けるにも、身体が要る。 そんな当たり前のことを、体調を崩して初めて意識した。 もし、自分に何かあったら。 彩はどうなる。 また一人になる。 その想像だけは、どうしても消せなかった。 だから決めた。 自分がいなくても、彩が選べるものを残しておく。 金があれば幸せになれるとは思っていない。 けれど金がないことで、選べなくなる未来は確実にある。 住む場所。 学ぶこと。 仕事を続けるかどうか。 誰かから離れること。 何かを断ること。 それらを、自分の不在で奪わせたくなかった。 レイラは、彩のために資産を分けて残すことにした。 それは強さから生まれた決断ではない。 自分が突然いなくなるかもしれないという、不安から始まった備えだった。 けれど、その備えが後に何を支えることになるのか。 このときのレイラは、まだ知らなかった。 * 銀行の奥にある個室。 黒いサングラスとロングコート姿の
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第38話《条件に辿り着く》

午前。 良太の部屋は、いつもより広く見えた。 机の上に並んでいたフィギュアが消えている。棚にも残っていない。箱を置いていた場所には、埃のついていない四角い跡だけが残っていた。 黒いドレス姿のレイラは、その空いた棚の前に立っている。 幽霊は部屋を散らかさない。何かを触るわけでもない。 ただ、時間だけが過ぎる。 やがて玄関の鍵が鳴った。 ドアが開き、良太が戻ってくる。 手には空になった買取袋。肩が落ちていた。 「……売ってきた」 レイラが振り返る。 「そう」 良太は財布を取り出し、中身を確かめた。 「全部で七万ちょい。思ったより安かった」 レイラは空になった棚を見る。 「移動には足りるわ」 「……だろうな」 財布を閉じる音が、小さく部屋に響いた。 良太も棚を見る。 「俺の宝物、交通費になったわけだ」 「無駄にはしない」 「そういう問題じゃねぇんだけどな」 怒っているわけではない。 かといって、笑えるわけでもなかった。 五年間、何も進まなかった時間の中で少しずつ集めてきたものだった。仕事をしなくても、人と会わなくても、部屋から出なくても、あれだけは自分の好きなものとして残っていた。 良太はしばらく棚を見たあと、ぽつりと聞いた。 「……本当に戻ってくんのかな」 「何が?」 「俺の人生」 レイラはすぐには答えなかった。 良太は続ける。 「母親死んで、仕事辞めて、五年無職で、フィギュアまで売って、今は幽霊に身体貸してる」 自分で並べてみて、少しだけ顔が引きつった。 「普通に考えたら、だいぶ終わってるだろ」 「終わってないわ」 短い返事だった。 良太が見る。 「根拠は?」 「まだ動けるから」 「……雑だな」 「励ましてないもの。事実を言っただけ」 良太は息を吐いた。 「まあ、そう言うと思った」 レイラの視線が、良太の財布へ向く。 「交通費はある。なら行けるわ」 良太の表情が少し変わる。 「……五億のところか」 「ええ」 「本当にあるんだな」 「あるわ」 迷いのない返事だった。 良太は少し考えてから言う。 「今なら言えるけど、これで何もなかったら普通に泣くぞ」 「泣くのは後にして」 「ひでぇな」 「時間がないの」 良太は財布をポケットへしまった。 空になった棚を、もう一
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第39話《奪われる部屋、届く条件》

昼。 UTAHARA OFFICEは、以前とは別の場所のように静かだった。 本来なら聞こえていたはずの電話やキーボードの音もない。衣装を運ぶスタッフの足音も、撮影データを確認する声も、レイラの予定を読み上げる声も消えていた。 残っているのは、空調の低い音だけだった。 壁には、歌原レイラの巨大なポスターがある。 黒いドレス。 真っすぐな視線。 写真の中では、今もこの場所の中心に立っているように見える。 けれど現実には、その人を中心に集まっていた人間のほとんどが、もういない。 応接スペース。 彩は制服姿でソファに座っていた。 膝の上で両手を握っている。 向かいには和人。 テーブルには、不動産会社の査定資料と売却に関する書類が並んでいた。 代理人弁護士もいる。 そして、南条。 主要スタッフが去ったあとも、南条だけはまだ退職を決めきれず、この場所に残っていた。 和人が資料を指で叩いた。 「だから、もう決まった話なんだよ」 彩は顔を上げない。 「お前が今住んでるマンションは、レイラ名義だった。レイラが死んだ以上、相続の対象になる」 それは、彩がレイラと暮らしていたマンションだった。 レイラが死ぬ少し前に別で用意していた一二〇七号室のことではない。 あちらはすでに彩名義で購入されている。 けれど彩自身は、まだその存在すら知らなかった。 今、和人が売ろうとしているのは、姉とようやく一緒に暮らせるようになった、あの家だった。 「維持費も高いし、固定資産税だってかかる」 和人は資料をめくる。 「場所もいい。今ならかなり高く売れるらしい」 説明しているのは、娘と孫ほど年の離れた少女の生活ではない。 資産だった。 「だから、お前は出ろ」 彩の指が止まった。 あまりにも簡単に言われた。 「実家に戻ればいいだろ。そこから学校通え」 南条の眉がわずかに動く。 けれど、すぐには口を挟めなかった。 代理人も止めない。 少なくとも、今ここで扱われているマンションについては、所有関係を整理したうえで相続人が処分を検討すること自体はできる。 彩はゆっくり顔を上げた。 「……あそこ」 声は小さかった。 「お姉ちゃんと住んでた部屋です」 和人は一瞬、何を言われたのか分からない顔をした。 「だから何だ?」 彩の唇が閉じる
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第40話《見えない姉が、残したもの》

UTAHARA OFFICEの応接スペースは、異様なほど静かだった。 高層階の窓から昼の光が差し込み、磨かれた床に薄く反射している。空調の低い音だけが、止まった会話の代わりに流れていた。 その中央に、与那嶺良太が立っている。 黒いパーカー。少し伸びた髪。履き古したスニーカー。寝不足の残る顔。 壁に並ぶ高級ブランドの広告写真や、洗練された家具とは、どう見ても噛み合っていない。 良太は古い鞄を抱えたまま、もう一度言った。 「……歌原レイラさんから、預かっているものがあります」 誰も動かなかった。 彩はソファに座ったまま良太を見ている。 南条も眉を寄せていた。 最初に反応したのは和人だった。 「……は?」 良太を頭から足まで見る。 パーカー。 擦れた袖。 古い鞄。 どう見ても、歌原レイラと同じ世界にいた人間には見えない。 「お前、誰だよ」 「与那嶺良太です」 「いや、名前聞いてんじゃねえよ」 和人は一歩近づいた。 「レイラの知り合いなのか?」 乾いた笑いが漏れる。 「……お前が?」 和人は彩の前へ出るように身体をずらした。 南条も良太から視線を外さない。 警戒して当然だった。 レイラが亡くなった直後。 会社の経営も揺れ、莫大な資産の話まで出ている。 そんな時期に突然現れた、誰も知らない男。 南条が彩へ顔を向けた。 「彩ちゃん。この人、知ってる?」 彩は小さく首を横に振る。 「……会ったことないです」 その答えで、空気が変わった。 和人が鼻で笑う。 「ほらな」 良太を見る。 「何だ? ファンか?」 一歩近づく。 「それとも、レイラが死んだから今なら近づけると思った?」 南条も静かに確認する。 「事務所を通した接触ではありませんよね」 「……はい」 「では、どこでレイラさんと知り合ったんですか」 良太の口が止まった。 すぐ隣に、黒いドレス姿のレイラが立っている。 もちろん、誰にも見えていない。 「言えないわよね」 《幽霊です、って言えるわけないだろ》 良太の内側で返す。 和人が、その間を見逃さなかった。 「おいおい」 口元だけ笑う。 「まさかとは思うけど、金目当てで来たんじゃねえだろうな」 彩の肩がわずかに動いた。 「違います」 「じゃあ何なんだよ」 「預かった
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