Lahat ng Kabanata ng 『RE:LAY ―幽霊となった伝説のモデルが妹をプロデュースする話―』: Kabanata 1 - Kabanata 10

92 Kabanata

第1話《ランウェイとランドセル》

春の夕暮れ。 アスファルトに残る昼の熱が、まだ足元から立ちのぼっていた。 小学一年になったばかりの彩は、 背中に大きすぎるランドセルを揺らして歩いている。 その隣を歩くのは、姉――十八歳の歌原レイラ。 死まで、あと十年。 1. 楽屋裏・ファッションショー会場(都内某所) 制服のまま。 大きすぎるランドセルが、背中をいっそう小さく見せる。 彩は、控室の扉のすき間から中をのぞいていた。 鏡台の前。 一流のメイクアップアーティストたちが、迷いのない手さばきでレイラを仕上げていく。 パウダーの匂い。 ライトの熱。 空気そのものが、張りつめている。 彩は目を丸くし、夢中で見入った。 ――お姉ちゃんが、どんどんきれいになっていく。 キラキラして、まぶしくて。 ほんとうに、“おとぎばなしのお姫さま”みたいだった。 鏡越しに、レイラが視線を送る。 ずっと、気づいていた。 「……ふふ。そんなに見られると、こっちが照れるんだけど」 彩は、はっとして顔を引っ込めようとする。 「大丈夫。入ってきて。……ちゃんと見てて、彩」 彩は嬉しそうにうなずき、小走りで寄ってくる。 レイラが、そっと彩の頬に触れる。 ――そのとき。 レイラの視線が、袖口に止まった。 左腕。 淡い紫色の痣。 一瞬、呼吸が遅れる。 「……」 言葉にならないまま、視線だけがそこに縫い留められる。 「あ、それね」 無邪気な声。 彩は、自分の腕を差し出した。 「だいじょうぶだよ」 レイラは、触れない。 触れられない。 「きのう、ちょっといたかったけど」 一拍。 「お母さんがね、“間違ってごめんなさい”って」 レイラの眉が、ほんのわずかに動く。 鏡越しでも分からないほどの変化。 「わざとじゃないって。 だから、わたし、ゆるしたの」 “ゆるした” その言葉が、静かに落ちる。 「……そう」 声は、完璧だった。 「いまは、もう痛くないよ。ほら」 痣の上で、指を動かそうとする。 「――やめなさい」 強くも、怒ってもいない。 ただ止める。 彩はきょとんとする。 「だいじょうぶだよ? お母さん、ちゃんと謝ってたし」
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第2話《檻の中の虚像》

春の光が、静かに窓辺を満たしていた。 白いカーテン越しの光はやわらかく、だが逃げ場がない。 彩は十二歳。 中学一年生になったばかりだった。 その傍らに立つ姉――歌原レイラ、二十四歳。 死まで、あと四年。 1. スキャンダル あれから六年。 私はモデルとして、 誰よりも強く、誰よりも美しく光ってきた。 アジアの街角。 空港の到着ロビー。 巨大ビルボードに並ぶ、自分の顔。 電車の車内広告にまで刷り込まれた姿は、 いつの間にか「私」ではなく、 消費されるための“記号”になっていた。 それでも構わなかった。 彩を守れるなら、それでいい。 だが今―― その歩みを、大きく揺るがす出来事が起きていた。 ローテーブルに広げられた週刊誌。 《人気モデル・歌原レイラ、 売れっ子俳優と“お泊まり密会”?》 記事に映るのは、確かに私だ。 恋愛? だからどうした。 独身同士の交際を、 まるで罪のように扱う。 海外では問題にもならなかった。 仕事に支障がなければ、尊重される個人の選択。 だがこの国では、 愛することすら“スキャンダル”と呼ばれる。 私はページを閉じる。 怒りよりも先に、 冷静な計算が頭を占めていた。 ――どうすれば、彩に被害が及ばないか。 2. 彩の戦い スマホの画面に、罵詈雑言が並ぶ。 「昔から嫌いだった」 「全部作り物」 「スポンサーに抗議しろ」 指がスクロールするたび、 言葉だけが、皮膚を剥ぐように刺さる。 支える声の方が多い。 それも、分かっている。 それでも―― 彩の目に入るのは、毒ばかりだった。 ……その夜。 リビングの灯りの下。 ソファに沈み込む彩。 中学に上がったばかりで、 ようやく持たせてもらったスマホ。 小さな画面に、 無数の言葉が降り注いでいる。 涙は出なかった。 代わりに、 胸の奥で何かが熱を帯び、 言葉にならない感情が渦を巻いていた。 「……ふざけないで」 慣れない指先が、 一文字ずつ確かめるように動く。 「おねーちゃんは、そんな人じゃない」 「嘘ばっかり書くな」 誤字交じりの反論。 洗練されていない
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第3話《世界が動いた日》

歌原レイラ(24歳)―― 死まで、あと四年。 その春、日本の空気は、 一人の来日によって揺れ動いていた。 1. メディアの熱狂 民放のワイドショー。 新聞の号外。 ラジオのニュース。 そして、SNS。 すべてが、 ただひとりの来日を報じていた。 画面に、テロップが並ぶ。 『ファッション界の帝王、 アレッサンドロ・ノルディ来日』 『天皇陛下ご拝謁、 首相官邸で会談へ』 キャスターの声が重なる。 「パリ、ミラノ、ニューヨーク、ロンドン―― そして、《ノルディ・コレクション》。 五大コレクションの中で、 デザイナー自身の名を冠する、 唯一の存在です」 羽田空港に到着する、黒塗りの車列。 沿道に押し寄せる人波。 降り注ぐ、フラッシュの雨。 皇居での表敬。 首相官邸へ入る映像。 異例のスケジュールに、 日本中の視線が釘付けになっていた。 2. 首相官邸・爆弾発言 会見ホール。 閃光が乱れ飛ぶ中、 両者が壇上に立つ。 首相(にこやかに) 「わざわざ日本へお越しくださり、 心より感謝申し上げます」 ノルディ(通訳を通して) 「感謝するのはこちらです。 ただ――私は、儀礼のために来たのではありません」 記者席がざわめく。 シャッター音が、一斉に走る。 ノルディは、 言葉を選ぶように、ゆっくりと続けた。 「私の目的は、ただ一つです。 ……歌原レイラ」 会場がどよめき、 首相が、思わず目を瞬かせる。 「彼女は正式に、 私のコレクションを辞退すると通達してきました。 しかし、私は理解できない。 彼女が心を痛め、 歩みを止めている理由が―― 虚像にすぎないことを」 通訳の声が、 震えながら広間に響く。 記者たちの手が一斉に上がり、 シャッター音が爆発する。 ノルディは、一歩前へ出た。 そして、断言する。 「歌原レイラがいないコレクションなど――」 (静寂の一拍。 会場全体が、固まる) 「……開催する価値はない」 その一言は、 政治的儀礼を超えた “宣言”として刻まれた。 3. SNSの激変 会見の映像は切り取られ、 瞬く間
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第4話《最初の決意》

歌原レイラ、二十四歳。 死まで、あと四年。 その春、日本を揺るがした会見の余波は、妹・彩の未来にも確かに刻まれていった。 * ――アレッサンドロ・ノルディ、四十九歳。 イタリアの至宝。ファッション界の帝王にして、その沈黙さえ声明と同義になる男。 レイラは、策を巡らせていた。 二年連続でノルディ・コレクションのクロージングを務めた自分が、その舞台を辞退する。そうすれば、彼は何かしらの反応を示すはずだった。 たとえ沈黙であっても、それは自分を肯定する証になる。 そこまでは読んでいた。 しかし――。 まさか本人が来日し、首相の隣に立って、自分について語るとは思っていなかった。 その光景を画面越しに見た瞬間、レイラは息を呑んだ。 『歌原レイラがいないコレクションなど……開催する価値はない』 ノルディの、その一言で日本中が揺れた。 冷え切っていた空気は一夜にして逆流した。ファッション界の帝王が〝歌原レイラ〟の名を口にした。ただそれだけで、それまで積み重なっていたものが塗り替えられていく。 レイラの辞退は、取り消された。 そして、その夜。 レイラはノルディへ電話をかけた。 受話器の向こうから聞こえてきたのは、懐かしい低音だった。 「……アレッサンドロ。あなたが日本まで足を運んでくださるなんて、夢にも思いませんでした」 流暢なイタリア語で、レイラは続ける。 「心から、ありがとう。あなたがいてくれたから、私はまだ立っていられる」 返事は、すぐにはなかった。 ノルディはもともと、言葉の多い男ではない。 だが、そのわずかな間に、レイラは受話器の向こうで彼が少し笑ったような気がした。 『……レイラ。礼は要らない』 低く、確かな声だった。 『君は、守られる側ではない。描く側だ』 レイラの指が止まる。 『次のノルディ・コレクション。その舞台で、君と、君の選んだチームが――〝最高の美〟を示してくれ』 命令ではなかった。 託す声だった。 受話器を握る指に、わずかに力が入った。 「……わかりました」 レイラは答える。 「必ず、お約束します」 その声に迷いはなかった。 * 深夜。 彩は自分の部屋でベッドに腰かけ、スマートフォンを握っていた。 画面には、何度も同じ映像が流れている。壇上に立つノルディと、その言葉。 『歌
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第5話《決別の夜》

──守るべきものと、切り捨てるもの── 歌原レイラ(24歳)―― 死まで、あと四年。 その夜、彼女は初めて 「家族」という言葉を、判断の外に置いた。 1 歌原家・居間(夜) 古びた照明が、テーブルの天板だけを白く照らしている。 壁には色あせた家族写真。 新聞、空き瓶、使われなくなった家電の箱。 片づけられないままの生活の痕跡が、居間を占拠していた。 テーブルを挟んで、父・和人と母・陽子。 向かいに、歌原レイラ。 彩は、廊下の影に身を寄せ、息を潜めて様子をうかがっている。 壁掛けテレビには、消音のままランウェイを歩くレイラの姿。 世界に向けて流れる映像と、この家の空気は、噛み合っていなかった。 陽子 「ねえレイラ。 今月の“生活費”はもらったけど……」 言葉を選ぶように、一拍置く。 「それとは別に、投資の資金も必要なのよ」 和人 「前にも言っただろ。 今は踏ん張りどころなんだ」 「お前も、家族の“挑戦”は応援してくれるって言ってたじゃないか」 レイラは背もたれに体を預け、視線だけを二人に向ける。 声は低く、感情の起伏はない。 レイラ 「……今は、渡せないわ」 沈黙。 陽子 「どういうこと? 今までは、ちゃんと渡してくれてたじゃない」 和人 「まさか…… 金を抱え込むつもりか?」 レイラは短く息を吐く。 怒りでも嘲りでもない。 考えを区切るための呼吸だった。 父親を見る。 レイラ 「“投資”に失敗するたびに、私に泣きつく」 視線を逸らさない。 「太陽光発電の飛び込み契約。 名義だけ私にして、三年で赤字」 「“確実に倍”って書かれたDM。 それで仮想通貨に手を出して、半分」 一拍、置く。 レイラ 「……それを“挑戦”って呼ぶの?」 和人 「う、うるさい! 誰だって間違えることくらいある!」 レイラは否定しない。 頷きもしない。 今度は、母・陽子に視線を移す。 レイラ 「それから」 母の指が、膝の上でわずかにこわばる。 レイラ 「毎月、同じホストに通ってる」 陽子の目が揺れる。 レイラ 「ナンバー1にしたのは、あなた」 「週刊
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第6話《波紋》

真っ直ぐ立てる位置を、 身体に覚えさせる」 彩は歯を食いしばる。 彩 「……お腹、燃えてきた」 レイラ 「腹横筋。 ここが死んでると、 どんな服も“借り物”になる」 一拍。 レイラ 「次、肩」 彩は腕を横に上げる。 肘は伸ばしきらず、 指先まで意識を通す。 レイラ 「肩甲骨を“寄せない”」 「背中を広く使って」 彩 「……腕、重い……」 レイラ 「モデルは、 軽そうに見せるために、 重さに耐えるの」 さらに。 レイラ 「首。顎を引いて。 でも、俯かない」 彩の首筋に、汗が滲む。 レイラ 「首は“支える柱”。 顔は、その上に乗ってるだけ」 最後に。 レイラ 「呼吸」 彩 「……はぁ、はぁ……」 レイラ 「吸うとき、胸を持ち上げない」 「肋骨を、横に広げる」 彩は何度か失敗し、 やり直す。 彩 「……できない……」 レイラ 「できるわ」 レイラ 「“美”は才能じゃない。 身体に嘘をつかせない訓練よ」 十秒。 二十秒。 彩の脚が、限界に近づく。 彩 「……もう……」 レイラ 「まだ三十秒」 彩は震えながらも、 姿勢を崩さない。 そして―― ようやく、 レイラが手を下ろした。 レイラ 「終了」 彩はその場に座り込み、 荒く息を吐く。 レイラは何も言わず、 妹を見る。 汗に濡れた髪。 必死に保った姿勢。 逃げなかった目。 レイラ(心の声) 《……この子は、 “耐える身体”をもう持ち始めている》 2 テレビのニュース 壁掛けテレビに、 速報テロップが流れる。 『歌原レイラ、 所属事務所を退所 個人事務所を立ち上げ』 彩 「おねーちゃん…… 本当に辞めたんだ……」 レイラは淡く笑う。 レイラ 「縛られる場所にいては、 美は守れない」 一歩、 彩に近づく。 レイラ 「彩。あなたも―― “歌原彩”として 立つ時が来たわ」 彩は拳を握り、 力強くうなずく。 彩 「うん。必ずやる。 おねーち
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第7話《監視の眼》

──姉は、闇に光を仕掛けた── 歌原レイラ(25歳)――死まで、あと三年。 妹を守る戦いは、もう後戻りできない領域へと踏み込んでいた。 --- 1 繁華街・夜 雨上がりの路地裏。黒塗りのセダンが静かに停まっている。 街灯の光がガラスに滲み、車内を淡く照らす。低いエンジン音とワイパーの残響だけが響いていた。 後部座席。黒いジャケットを羽織ったレイラは、手にしたカップの縁に指を添えていた。 小さな音が密室にこだまする。 向かいに座るのは探偵・白坂。 灰色のコートのまま、年季の入った鞄を横に置き、低い声を落とした。 --- 2 白坂の報告 白坂 「……依頼どおり、仕掛けは完了しました。 居間、廊下、台所は二カ所。彩さんの部屋にも――プライバシーを損なわない範囲で、死角のない配置です。 生活音に紛れるよう設置してあります。外にも一人、二十四時間体制。今のところ、不審な動きはありません。」 レイラは目を伏せ、カップの湯気をなぞるように息を吸う。 安堵よりも、眉間には緊張が残っていた。 レイラ 「……ありがとう。引き続き、お願い。」 間を置き、唇を噛み、声を落とす。 レイラ 「本当は……彩の部屋まで“守るように見張る”なんて、不本意なの。姉として、胸が痛む。 でも──支援を絶った今、あの人たちが何をしでかすか分からない。 今は、身の安全が最優先よ。」 窓に映る雨粒が、迷いと決意を滲ませた。 --- 3 仕事人の眼差し 白坂 「しかし、そこまで徹底しますかね。……いっそマンションにかくまえばいい。 ──まあ、それじゃ私の仕事がなくなりますがね、はは。」 レイラはかすかに笑う。 だが、その笑みの奥には微かな震えがあった。 レイラ 「そうしたいのは山々。でも──家庭裁判所が絡んでいる。印象を悪くする真似はできないの。」 組んだ指に力がこもり、関節が白く浮かぶ。 彼女の声は静かだったが、芯に熱を孕んでいた。 レイラ 「だから──何かあればすぐに動いて。 “心配しすぎ”って笑われてもいい。彩を失うよりずっとまし。」 白坂は短く息を吐き、冗談を消す。 残ったのは“仕事人”の眼差しだった。 白坂 「承知しました。……レイラさんには随分世話になってますからね。中途半端はしません。“仕事”はきっちりやります。
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第8話《決意の告白》

歌原レイラ、二十五歳。 死まで、あと三年。 妹を守るために始めた戦いは、少しずつ「選ぶ」ための戦いへ変わり始めていた。 * 夜。 レイラのマンションでは、テーブルの上に置かれた二つのマグカップから、まだ細い湯気が立っていた。 向かいに座る彩を見ながら、レイラはカップの縁へ指を添える。 「……家庭裁判所への申立て、正式に出したわ」 彩は驚かなかった。 少し前から、レイラが書類を集め、誰かと何度も連絡を取っていたことを知っていたからだ。 「うん。覚悟してた。おねーちゃん、ずっと準備してたもんね」 「虐待の診断書も、浪費の証拠も揃えた」 そこまで言って、レイラは一度言葉を止めた。 伝えなければならないことが、もう一つある。 「でも、すぐに全部が変わるわけじゃないの」 彩の指が、マグカップの取っ手に触れる。 「決定が出るまでは、今の家で暮らすことになる」 湯気の向こうで、彩の表情がわずかに曇った。 「……やっぱり、そうなるんだね」 わかっていたつもりだったのだろう。 それでも、実際に言葉にされるのとは違う。 レイラは小さく息を吸った。 「ごめんね、彩」 彩が顔を上げる。 「あの家で過ごすのが、どれだけ苦しいかはわかってる。できるなら、今日にでもここへ連れてきたい」 そこで言葉を切った。 それをしてしまえば、本当に彩を守れるのか。 自分の感情だけで動けば、かえって彩の立場を悪くするかもしれない。 「だから今は、勝手なことはできない。もう少しだけ、待ってほしい」 彩は何も言わず、小さく頷いた。 だが、マグカップを持つ指に力が入っている。 しばらくして、彩が聞いた。 「……もし、また何かされたら?」 レイラの表情が変わった。 「すぐに電話して」 迷いのない即答だった。 「夜中でもいい。仕事中でも、撮影中でもいい。出られなかったら何度でもかけて」 彩が黙っている。 レイラはその手を包んだ。 「あなたの声を聞いたら、私は動く」 触れた手は、まだ小さい。 十五歳。 本来なら、こんな約束を必要とする年齢ではない。 「彩。これは約束よ」 レイラは、握った手を離さなかった。 「『助けて』って言ったら、どこにいても駆けつける。だから怖くなったら、我慢しないで」 彩の目元が少しだけ潤んだ。 けれど、泣か
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第9話《誰も着ない服》

世界は、まだ歌原彩を知らない。 けれどその日、誰にも期待されていなかった一着が、静かに彼女の未来を動かした。 * 撮影を終えた芸能スタジオの控室には、まだ仕事の余韻が残っていた。 子役モデルたちはソファに腰かけ、スマートフォンを眺めたり、水を飲んだりしながら迎えを待っている。 そこへ、ラフなジャケット姿の男が入ってきた。 人気俳優の三堂蓮だった。 俳優としての知名度を武器に、近頃は自身のブランドも立ち上げている。 蓮は控室を見渡し、一人の少女の前で足を止めた。 「君、新人?」 声をかけられた少女が、慌ててスマートフォンを伏せる。 「え……はい」 「中学生?」 「中一です」 「へえ。大人っぽいな。モデルとして売れそうだ」 蓮は自分のスマートフォンを取り出し、画面を少女へ向けた。 そこにはブランドロゴが表示されている。 《Iva Lucia――イヴァ・ルシア》 「俺のブランド。今度、雑誌で使うんだよ。君、モデルやらない?」 少女は困ったように笑い、頭を下げた。 「すみません。お仕事は事務所に任せているので、私からはちょっと……」 「え? そういうもんなの?」 蓮は少し意外そうな顔をして、隣の少女へ目を向けた。 「じゃあ、君は?」 「あ、あの……私も事務所が……」 「また事務所?」 蓮は苦笑して肩をすくめた。 「なんだよ。事務所、事務所って。自分の意思はないのか?」 少女たちは答えに困り、曖昧に笑った。 本人がやりたいと言えば、それだけで仕事を決められるわけではない。まだ未成年なら、なおさらだった。 空気が少しだけ固くなったところで、控室の奥からプロデューサーが歩いてきた。 「三堂さん」 「ちょうどいいところに来た」 蓮はスマートフォンを振ってみせる。 「Iva Luciaに合いそうなモデル、誰かいない?」 プロデューサーは少し考えたあと、思い出したように顔を上げた。 「……歌原レイラさんの妹は、どうでしょう」 蓮の眉が上がった。 「マジ? あの歌原レイラの妹?」 「ええ。最近、レイラさんから相談されていたんです。妹がモデルを始めたいから、どんな小さな仕事でもいいので経験させたい、と」 蓮は一瞬黙り、それから笑った。 「はは。俺の仕事は“小さな仕事”ってこと?」 「いえ、そのような意味では
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第10話《守る者》

一枚の写真は、静かに世界を動かした。 けれど、本当の問題はそこから始まる。 * 朝。 UTAHARA OFFICEの会議室には、同じ雑誌が何冊も積まれていた。 レイラが独立して立ち上げた小さな個人事務所。規模こそ大きくないが、その名はすでに業界の中で知られている。 開かれているのは、どの雑誌も同じページだった。 中央に立つ少女。 歌原彩。 白い光の中で、派手なポーズを取っているわけでも、カメラへ媚びているわけでもない。 それなのに、写真を見ると最初に服へ目が行く。 パーカーの布が肩から自然に落ち、スカートの線が身体の中央をまっすぐ通っていた。静かに立っているだけなのに、服そのものが形を持っている。 会議室では、何人ものスタッフがスマートフォンを確認していた。 「また増えてます」 「トレンド、まだ落ちてません」 別のスタッフが画面を見たまま読み上げる。 「『このモデル誰?』『この服こんな良かった?』『イヴァ・ルシア完売』……投稿、止まらないです」 「通販は全部売り切れたそうです」 「店舗在庫も、朝の時点でほぼゼロです」 「ブランド側、追加生産に入るって」 そのとき、会議室の扉が開いた。 レイラが入ってくる。 スタッフたちの声が自然に小さくなった。 「レイラさん」 レイラは返事の代わりに、机の上から雑誌を一冊取った。 ページを開く。 そこにいるのは妹だった。 けれど、レイラが最初に見たのも彩の顔ではない。 肩から落ちる布。 腰の位置で止まる線。 身体の周囲に残された、余計なもののない空間。 服が彩を着飾っているのではなく、彩の身体によって服の形が初めて見える。 レイラは数秒だけ写真を見た。 「……そう」 それだけだった。 だが、確かめるような声だった。 スタッフがすぐに資料を差し出す。 「彩ちゃん宛のオファーです」 レイラが受け取る。 「雑誌の特集、CM、テレビ、インタビュー、ブランドタイアップ……今朝までに来た分だけでも、これだけあります」 資料の厚みを見ても、レイラの表情は変わらない。 「柳田は?」 「外部の打ち合わせから戻っています」 「呼んで」 スタッフが部屋を出ていく。 レイラは資料を机へ置き、会議室の奥へ目を向けた。 そこには、一人の男が立っていた。 望月、四十五歳
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