Lahat ng Kabanata ng 『RE:LAY ―幽霊となった伝説のモデルが妹をプロデュースする話―』: Kabanata 21 - Kabanata 30

112 Kabanata

第21話《伝説の理由》

歌原レイラ、二十八歳。 死まで、あと十日。 ノルディ・コレクション東京開催まで、あと三か月。 春の朝。 空気はやわらかいのに、街だけが妙に落ち着かなかった。 駅の大型ビジョン。 通勤電車の車内モニター。 コンビニのレジ横。 ホテルのロビー。 百貨店のエントランス。 どこへ行っても、同じ顔と同じ文字が流れている。 《速報 ノルディ、東京開催へ》 《アレッサンドロ・ノルディ氏、会場視察のため来日》 《世界最高峰の舞台、日本上陸》 ニュースキャスターの声が、朝の空気を塗り替えていく。 『ファッション界の帝王、アレッサンドロ・ノルディ氏が本日来日しました。三か月後に開催されるノルディ・コレクション東京の会場視察、および関係各所との会談が予定されています』 映像が切り替わる。 羽田空港。 黒塗りの車列。 規制線の向こうに集まった報道陣。 長いレンズが一斉に同じ方向を向き、フラッシュが途切れない。 『ノルディ・コレクションがアジア圏で本格開催されるのは極めて異例です。世界各国からモデル、デザイナー、バイヤー、編集者、ブランド関係者らが来日するとみられています』 街頭インタビューでは、若い女性が目を丸くしていた。 「え、あのノルディが東京でやるんですよね? 本当に?」 別の男性が笑う。 「今年のファッション業界、全部これに持っていかれるんじゃないですか」 経済番組では、ホテル、交通、小売、広告、警備、配信まで数字が並んでいた。 開催されるのは一つのコレクション。 それなのに、動くのは一つの業界だけではない。 画面の右上には、すでにいくつもの言葉が並んでいた。 《#ノルディ東京開催》 《#世界が東京に来る》 《#レイラは本当に伝説だった》 そして、その中に一つ。 《#歌原彩がいなければ》 彩の名が混ざっていた。 * 午前のワイドショーでは、巨大モニターいっぱいにノルディの写真が映されていた。 司会者も、いつもより明らかに声が高い。 「朝からこのニュース一色です。ノルディ・コレクション東京開催。これ、どれくらいすごいことなんでしょうか?」 招かれていたファッション誌の編集長が、少し考えてから答えた。 「普通、コレクションに合わせて人が動くんです」 「人が?」 「はい。モデルも、メディアも、バイヤーも
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第22話《選んだもの、捨てたもの》 

歌原レイラ、二十八歳。 死まで、あと十日。 ノルディ・コレクション東京開催まで、あと三か月。 ホテルの大会場には、昼前から異様な熱気が満ちていた。 黒服の警備員。 日本のテレビ局。 海外メディア。 同時通訳のブース。 まだ会見は始まっていないのに、フラッシュの予備光が廊下まで漏れている。 その奥の控えスペースに、アレッサンドロ・ノルディは立っていた。 黒のスーツ。 背筋はまっすぐで、余計な動きがない。 年齢を知っていても、それが顔からは読み取れない男だった。 その隣にレイラがいる。 周囲のスタッフや通訳は、意識しているわけでもないのに二人から少し距離を取っていた。 ノルディが横目でレイラを見る。 「顔色がいい」 「今日は日本中が勝手に興奮してくれてるから」 ノルディの口元が、ほんの少しだけ動く。 「君が選んだ結果だ」 「私は、一人守りたかっただけよ」 「それで十分だ」 ノルディはそれ以上慰めるようなことを言わなかった。 少し間を置いてから、静かに続ける。 「人は、何を得たかより、何を捨てたかで記憶されることがある」 レイラは一度だけ目を伏せた。 褒められたとは思わなかった。 ただ、自分がしてきたことを確認されたような気がした。 「……伝説になるつもりはないわ」 「知っている」 ノルディは即答した。 「だからいい」 スタッフが近づいてくる。 「まもなくです」 ノルディは頷いた。 正面を見る。 「行こう」 そして、少しだけ笑う。 「東京が待っている」 * 会見場へ入った瞬間、空気が変わった。 壇上中央にノルディ。 左右には関係者席。 正面には、無数のカメラと記者。 司会が東京開催について説明し、ほどなく質疑応答へ入る。 最初に手を挙げたのは海外メディアだった。 「開催地の変更は極めて異例です。なぜ東京を選んだのですか」 ノルディはマイクを引き寄せた。 通訳が身構える。 「私は開催地を変えたつもりはない」 一拍遅れて日本語が流れる。 「歩くべき人間がいる場所に、ショーを持ってきただけだ」 一秒ほど、会場が止まった。 そのあと、フラッシュが一斉に弾ける。 「それは歌原レイラさんのことですか?」 「彼女が海外活動を制限したことが理由ですか?」 「今後も日本開催を続け
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第23話《同じ朝、違う景色》

世界が一人の名前を叫んでいる朝、 その本人は、キッチンで卵を焼いていた。 * 高層マンションの朝。 大きな窓から、やわらかな光が差し込んでいる。 白いキッチンでは、フライパンの上で卵が焼けていた。 じゅっと油が鳴る。 そのすぐそばでは、味噌汁の湯気が細く上がっている。 テレビからは朝のニュースが流れていた。 『昨日、世界的デザイナー、アレッサンドロ・ノルディ氏が来日し――』 『三か月後に予定されているノルディ・コレクション東京開催について――』 『その背景には、モデル・歌原レイラさんの存在が――』 画面の中では、昨日の会見映像が繰り返されている。 黒い服で壇上に立つレイラ。 イタリア語で話すレイラ。 何百ものフラッシュを浴びるレイラ。 その同じ部屋で、本人はエプロン姿のまま味噌汁の火を止めた。 寝室の扉が開く。 彩が出てくる。 髪は少し跳ねていて、まだ目も半分しか開いていない。 「……おはよう」 「おはよう。顔洗ってきなさい。朝ごはんできてる」 「んー……」 彩はテレビを見る。 画面の中では《世界のレイラ》という字幕まで出ていた。 視線を戻す。 目の前では、その《世界のレイラ》が焼き魚を皿へ移している。 彩はしばらく姉の背中を見ていた。 「……なに?」 気づいたレイラが振り返る。 「いや」 彩は椅子へ座る。 テーブルには、ごはん、味噌汁、焼き魚、卵焼き、小さなサラダ。 いつもの朝食だった。 「ねえ、お姉ちゃん」 「なに?」 「テレビのお姉ちゃんと、ここにいるお姉ちゃんって、同じ人に見えない」 レイラが少し笑った。 「同じ人よ。ちゃんと朝ごはんも食べるし」 「それは知ってるけど」 彩も少し笑う。 それから、もう一度テレビを見る。 「なんか変な感じ」 「何が?」 「世界にいるお姉ちゃんと、私の前にいるお姉ちゃんが、まだうまく一人にならない」 レイラは味噌汁をよそいながら、少しだけ考えた。 「別に、一人にしなくていいんじゃない?」 「え?」 「仕事してるときの私と、家にいるときの私は違うもの」 椀を彩の前へ置く。 「でも、どっちも私」 彩は黙って聞く。 レイラは自分の席へ座った。 「あなたが知ってる私は、テレビよりずっと多いでしょう?」 彩の目が少し動いた。 朝、
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第24話《手から手へ》

人は、誰かに何かを渡す。 言葉だったり、物だったり。 ときには、自分の人生そのものだったりする。 けれど、渡したものがまっすぐ相手へ届くとは限らない。 途中で別の誰かの手に渡り、 別の意味を与えられ、 最初とは違うものになってしまうことがある。 それでも人は、渡す。 届くと信じているから。 * 朝。 彩のいなくなった歌原家は、以前よりさらに静かだった。 玄関の扉が開き、和人が入ってくる。 スーツ姿。 ネクタイを緩めながら靴を脱ぎ、何気なく足元を見る。 靴箱の下に、小さなカードが落ちていた。 しゃがんで拾う。 表には、彩の字で書かれている。 《お姉ちゃんへ》 「……彩のか」 和人はカードを開いた。 少し丁寧に書こうとしたのだろう。 普段より整った文字が並んでいる。 《お姉ちゃんへ 新しい生活で、お姉ちゃんの負担にならないように、家事もできることはやります。 まだ全部はできないけど、少しずつ覚えます。 これからよろしくお願いします。 彩》 和人はしばらく黙って読んでいた。 「……真面目だな」 それだけ呟く。 レイラへ届けることも、一瞬は考えた。 だが、すぐにやめた。 今さら自分がマンションへ行ったところで、会わせてもらえるとは思えない。 「必要なら、また書くだろ」 カードを靴箱の上へ置く。 そして、そのまま家を出た。 玄関の扉が閉まる。 残ったカードだけが、 誰にも気づかれないまま朝の光を受けていた。 * 昼頃。 陽子が帰宅した。 人気のない玄関で靴を脱ぎ、バッグを下ろしかける。 そこで、靴箱の上のカードに気づいた。 《お姉ちゃんへ》 陽子の手が止まる。 カードを取り、開く。 一行ずつ読む。 最後の《彩》まで目を通しても、しばらく閉じなかった。 娘の字だった。 かつて同じ家で暮らしていた娘が、 もう自分ではなく、レイラと暮らすために書いた言葉。 家事を覚える。 負担をかけない。 これからよろしく。 そこには、戻りたいとも、会いたいとも書かれていない。 陽子はカードを閉じた。 少し考える。 その顔から、さっきまで一瞬だけ浮かんでいたものが消えた。 代わりに、別の目になる。 「……これなら」 小さく呟く。 「警戒、解けるかもしれない」 カードをバッ
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第25話《届く距離》

UTAHARA OFFICEの会議室には、朝から資料が積み上がっていた。 壁の大型モニターには、 《NORDI COLLECTION TOKYO》 その下に、出演モデルの調整資料。 長机にはレイラのフィッティング予定、取材申請、移動導線、食事管理表、ボディチェックの記録まで並んでいる。 一人のモデルの予定というより、三か月後の舞台へ向けた設計図だった。 柳田が資料をめくる。 「来月の一次フィッティング、日程が確定しました。衣装合わせが二日間。その翌週に歩きの確認です」 スタッフが別の資料を差し出した。 「取材申請も増えています。海外媒体がかなり多いです」 「単独インタビューは絞って」 レイラは迷わず答える。 「ショーに関係する媒体だけでいい」 「分かりました」 柳田は次のページへ進んだ。 「コンディション管理も今日から一段上げます。食事、水分、睡眠時間を再調整します。本番が近づいたら外食も減らします」 「うん」 「夜の会食や、必要のない挨拶回りも外します」 「全部切っていい」 レイラは資料を見たまま言った。 「今は人に会うより、ちゃんと立てる身体を残したい」 別のスタッフが口を開く。 「スポンサー側から、東京開催に合わせた追加露出の打診が三件来ています」 「断って」 「全部ですか?」 「今の契約だけで十分」 「承知しました」 会議室には、隠しきれない高揚があった。 世界が東京を見る。 その中心の一つに、歌原レイラがいる。 けれど本人だけは、いつも通りだった。 柳田がふと尋ねる。 「……怖くないんですか?」 レイラが顔を上げた。 「怖いよ」 「意外です」 「なんで?」 「レイラさん、そういうふうに見えないので」 レイラは少し笑った。 「怖いから準備するんだよ」 柳田が黙る。 「本番で何が起きるかなんて分からない。でも、自分が崩れる確率は減らせる」 レイラは机の資料を指で軽く叩いた。 「疲れを残さない。睡眠を乱さない。衣装に身体を合わせる。歩く一本に集中できる状態を作る」 少し間を置く。 「ショー全体の成功は、私一人じゃ決められない。でも、自分の失敗は減らせるでしょう?」 柳田が頷いた。 「はい」 「舞台には運もある。でも、コンディションを崩すのは、たいていその前だから」
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第26話《同じ味》

夜の歌原家。 キッチンには、低いミキサーの音が響いていた。 陽子は、にんじんとりんご、ほうれん草を順番に切っていく。 包丁の動きは慣れていた。 速すぎず、遅すぎず。 昔、家族の食事を毎日作っていた頃と、手つきだけは何も変わらない。 切った材料をミキサーへ入れる。 水を足し、スイッチを押す。 回転音が少し大きくなった。 その横のテーブルには、小さな封筒が置かれている。 角が少し折れていた。 陽子は手を止め、封筒を取る。 《お姉ちゃんへ》 彩の字だった。 中のカードを開く。 《新しい生活、お姉ちゃんのお仕事の負担にならないよう、家事もできることはやります。 まだ全部はできないけど、少しずつ覚えます。 これからよろしくお願いします。 彩》 陽子の目が、その文字の上で止まった。 ミキサーだけが回り続けている。 同じ音。 一定の音。 逃げ場を作らないように、キッチンを満たしている。 不意に、別の光景が浮かんだ。 まだ小さかったレイラ。 スプーンをうまく持てず、テーブルにスープをこぼしている。 困った顔をしながら、それでも母親を見上げていた。 『お母さん、これ、あってる?』 まだ世界を疑うことを知らなかった声。 陽子の指が、無意識に動いた。 幼い娘の頭を撫でていた頃のように。 けれど、そこには何もない。 あるのは夜のキッチンと、回り続けるミキサーだけだった。 陽子は自分の手を見る。 料理を作った手。 洗濯をした手。 娘の髪を結った手。 その同じ手で、 今、自分が何をしようとしているのか。 分かっている。 「……どこで」 声になりかけた言葉が消える。 どこで、やり直せなくなったのか。 その答えを考えようとすると、赤西の顔が浮かんだ。 夜の車内。 ネオン。 二人でやり直せると言った声。 ここではない場所で。 誰にも知られず。 もう一度、最初から。 そのためには金が必要だった。 陽子は再びカードを見る。 《これからよろしくお願いします》 目が止まる。 すぐに逸らした。 「……これは、あの子たちの未来」 小さく呟く。 「私は、私の人生をやり直すの」 誰かへ説明しているわけではない。 自分がまだ自分を許せるように、言葉を並べているだけだった。 「今度こそ……ちゃんと」
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第27話《世界が知る日》

午後一時十二分。 その速報は、一本のニュースとして流れた。 けれど、それはただの芸能ニュースではなかった。 『速報です。世界的モデル・歌原レイラさん、二十八歳が本日、搬送先の病院で死亡したことが確認されました――』 その瞬間。 都内の大型ビジョン。 駅構内のニュースモニター。 カフェのテレビ。 編集部のタブレット。 事務所の端末。 そして、世界中のスマートフォン。 いくつもの画面に、同じ文字が並んだ。 《歌原レイラ 死去》 最初に止まったのは、日本のモデル業界だった。 撮影現場。 ブランドの会議室。 雑誌編集部。 スタジオ。 ランウェイのリハーサル。 誰かが画面を見たまま、口を開く。 「……は?」 別の場所では、スタッフがスマートフォンを取り落とした。 「いや、待って……」 「誤報だろ……?」 すぐには理解できなかった。 二十八歳。 つい昨日まで会見に立っていた。 三か月後には、ノルディ・コレクション東京の中心を歩くはずだった。 誰より身体を管理し、食事も睡眠も仕事も、すべて自分で整えていた人間。 そんな歌原レイラと、 《死亡》 その二つの言葉が、どうしても結びつかなかった。 数分後。 海外メディアも一斉に速報を出し始める。 《LEGENDARY JAPANESE MODEL REIRA UTAHARA DIES AT 28》 《FASHION ICON REIRA UTAHARA DEAD》 《NORDI COLLECTION TOKYO SHAKEN BY UTAHARA'S DEATH》 情報は国境を越えた。 SNSでも、瞬く間に名前が上がる。 《#歌原レイラ死去》 《#信じられない》 《#レイラさん》 《#誤報であってくれ》 投稿は秒単位で増えていった。 《嘘でしょ》 《まだ二十八だよ》 《昨日普通に会見してたじゃん》 《信じられない》 《ノルディ東京どうなるの》 《日本のモデル界、これからどうするんだよ》 《お願いだから誤報であって》 けれど。 本当に重かったのは、 言葉ではなかった。 仕事で彼女を知っていた人間たちが、 何も言えなくなったことだった。 * UTAHARA OFFICE。 会議室の大型モニターにも、同じ速報が映っていた。 誰
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第28話《手から手へ、死は届く》

歌原レイラ、二十八歳。 その死は、前日から始まっていた。 歌原彩、十五歳。高校一年生になった春。 雨上がりの路地は、まだ湿った夜気を残していた。濡れたアスファルトが街灯を鈍く反射し、古い雑居ビルの裏口だけが暗闇の中に浮いている。 赤西は、その前に立っていた。 顔色は悪い。手には、もう用のなくなった封筒がある。 一度ここを離れたはずだった。 それでも戻ってきた。 扉が開き、男が出てくる。煙草をくわえたまま、面倒そうに赤西を見た。 「まだ何かあるのか」 赤西は少しだけ言葉を探した。 「……もう一つ、頼みたい」 男の目が細くなる。 「何だ」 「運ぶ人間を用意してほしい」 男は煙を吐いた。 「追加だぞ」 「払う」 「いつ」 「明日」 「急だな」 赤西はポケットからスマートフォンを取り出した。画面には、制服姿の彩が写っている。 何も知らずに笑っている。 男が写真を見る。 「……この子か」 「本人じゃない」 「じゃあ何だ」 赤西は一度、息を吸った。 「彩から届いたと思わせたい」 男は赤西の顔を見た。何を考えているのかは読めない。 「近づく人間まで似せたいって話か」 「できるなら」 「明日までに瓜二つは無理だ」 男は画面をもう一度見る。 「背格好が近い女を使って、顔を隠せば遠目には誤魔化せる。だが近くで見られたら終わりだ」 赤西は迷わなかった。 「一瞬でいい」 男はしばらく黙り、やがて小さなメモを取り出した。何かを書き込み、破って赤西へ渡す。 「ここへ置け。時間を守れ。あとはお前の知らない仕事になる」 赤西は紙を見る。 「……分かった」 男が一歩近づいた。 「これで最後だ」 赤西は顔を上げる。 「次に俺を探すな」 声は低かった。 「……分かった」 男はそれ以上何も言わず、ビルの中へ戻っていった。 扉が閉まる。 赤西だけが路地に残る。 スマートフォンの画面には、まだ彩の笑顔があった。 娘でもない。 憎んでもいない。 話したことすらほとんどない十五歳の少女。 その名前まで利用しようとしている。 赤西はゆっくり画面を消した。 黒くなったガラスに、自分の顔だけが映った。 * 車へ戻っても、すぐにはエンジンをかけられなかった。 赤西はハンドルへ両手を置いたまま、暗いフロント
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第29話《まだ、そこにいるはずだった》

歌原レイラ、二十八歳。 死亡確認済。 歌原彩、十五歳。高校一年生になった春。 教室は、異様なほど静まり返っていた。 誰も動かない。 誰も、何を言えばいいのか分からない。 神崎の手の中で、スマートフォンの画面だけが白く光っている。 《歌原レイラ 死去》 その文字を見ても、彩には意味が分からなかった。 「……え?」 自分の声なのに、ひどく遠く聞こえた。 神崎の顔は青ざめている。 「ご、ごめん……私……」 「神崎、スマートフォンをしまいなさい」 教師が叱る。 けれど、その声も明らかに揺れていた。 教師自身、何が起きているのか理解し始めている。 「歌原。とりあえず、教室を――」 「……違う」 彩が遮った。 教室中の視線が集まる。 「それ、違うと思います」 驚くほど、はっきりした声だった。 彩は神崎のスマートフォンを見る。 「たぶん、同姓同名です」 誰も答えない。 「お姉ちゃん、今日も朝……」 そこまで言って、止まった。 朝のキッチンが浮かぶ。 焼いた卵。 味噌汁。 弁当。 レイラの声。 『今日は体育あるでしょう。ごはん多めにしてある』 『私、先に出るわね』 『いってきます』 ほんの数時間前だった。 生きていた、という感覚すらない。 ただ、普通にいた。 「……朝、普通だったので」 だから違う。 そう続けたかった。 朝まで普通だった人が、その日の午後に死ぬわけがない。 少なくとも、彩の知っている世界ではそうだった。 教室の誰も、その言葉を否定できなかった。 その「普通」があまりに新しくて、あまりに確かだったから。 * 彩は教室を出た。 教師が後ろから呼んでいた気がする。 けれど、足を止められなかった。 廊下の窓から春の日差しが入っている。 いつもと同じ学校。 いつもと同じ午後。 彩はスマートフォンを取り出した。 画面を見た瞬間、指が止まる。 通知は九十九件を超えていた。 柳田。 南条。 事務所。 知らない番号。 ニュースアプリ。 メッセージ。 着信履歴。 すべて赤い。 彩は、その中からレイラの名前を探した。 電話をかける。 一回。 二回。 三回。 呼び出し音が続く。 出ない。 「……ほら」 小さく呟く。 「撮影中だから」 もう一度か
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第30話《棚から落ちた、神の札》 

昼営業のピークを過ぎた中華料理店は、客もまばらだった。 壁にも床にも油の匂いが染みつき、古い換気扇が低く唸っている。店の隅では、壁掛けテレビが昼のワイドショーを流していた。 窓際の席で、和人は一人、酒を飲んでいた。 テーブルには空いた瓶と、ほとんど手をつけていない料理。手元のスマートフォンには証券アプリが開かれ、赤い数字が並んでいる。 評価損。 含み損。 また下がった。 投資にのめり込んでから、何度も同じことを繰り返してきた。 下がれば、次で取り返せると思った。 負ければ、もっと大きく張れば戻せると思った。 そして気づけば、その「次」に使える金さえほとんど残っていなかった。 「……クソが」 和人はグラスを煽った。 何がAI銘柄だ。 何が次世代市場だ。 何が、今入れば勝てるだ。 「クソ市場が……」 そのとき、テレビの音が変わった。 スタジオの声が途切れ、画面の下に赤い速報テロップが出る。 『速報です。世界的モデルとして活躍していた歌原レイラさん、二十八歳が本日午後――』 和人の手が止まった。 『搬送先の都内病院で死亡したことが確認されました』 数秒、何もできなかった。 ゆっくり顔を上げる。 テレビには、レイラの写真が映っていた。 見慣れた娘の顔。 その横に、 《歌原レイラ 死去》 「……は?」 和人は画面を見たまま立ち上がった。 「……何だよ、それ」 酔いが一瞬で引いた。 「おい……嘘だろ」 テーブルのスマートフォンを掴み、そのまま陽子へ電話をかけた。 * 呼び出し音が続く。 「出ろ……出ろよ」 ようやく通話がつながった。 『……何』 陽子の声は小さかった。 「おい! 何してんだ、早く出ろよ!」 『今、外。用はあるの?』 「レイラのこと知らねえのか!」 電話の向こうが静かになる。 「テレビ見ろ。レイラが――」 そこで初めて、和人の喉が詰まった。 自分の口で言えば、本当にそうなるような気がした。 「……死んだってよ」 数秒、返事がない。 「……おい?」 和人は眉を寄せる。 「聞こえてんのか?」 『……ええ』 あまりにも静かな声だった。 『私も……今、知ったところよ』 「病院行くぞ。そこで落ち合え」 『……分かった』 通話が切れた。 和人はスマートフォンを見
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