Semua Bab 獣人姫は逃げまくる~箱入りな魔性獣人姫は初恋の人と初彼と幼馴染と義父に手籠めにされかけて逃げた後その中の一人と番になる~: Bab 11 - Bab 20

224 Bab

10 忠告

 ヴィクトリアは微笑んでいた。隣にリュージュがいて、二人で草原の上に寝転んでいる。  体には心地よい疲れが残っていた。  いつものように木陰にいたら、「本ばっかり読んでないで体も鍛えろ」とリュージュに言われて、先程まで二人で鍛錬をしていた。    組手をしてみたけど、毎日鍛えているリュージュの方が勘が鋭く、攻撃は全部避けられた。確かにもう少し鍛えないと、いざという時に困ると思った。 「基本の体作りは一人でもできるけど、戦闘訓練は相手がいないとできないわ」と言うと、「俺が相手になるから頑張れ、諦めるな」と言われた。わりと熱血だ。 「あ、サーシャだ」  上半身を起こしていたリュージュが、カゴを持ちながら一人で魔の森へと向かっていくサーシャを見つけた。 「また一人かよ、誰かに声かけろって言ってるのに」  薬師は忙しい。薬草が足りなくなると彼女は護衛を頼むのを面倒がり、よく一人で魔の森まで出かけてしまう。  魔の森は時々人間が出たり大柄な野生動物もいるので危険もあるのだが、「私も獣人だし何かあればシド様が飛んでくるから大丈夫」と言っているらしい。  リュージュはサーシャを見かねて魔の森に同行することがある。リュージュらしいなと思う。  ヴィクトリアも一度、一緒に薬草取りに行かないかと誘われたことがあるが、シドから里の外へ出ること、つまり魔の森へ行くことは禁じられているので、断っている。 「ちょっと行ってくるな」 「気をつけてね」  手を振って走り出したリュージュだったが、少し走った所でくるりとこちらに方向転換して戻ってきた。 「どうしたの?」 「お前、頭ボッサボサだぞ」 「え?」  寝転んだせいで乱れてしまったのかと思い直そうとしたが、それよりも早くリュージュの手が伸びてきて、ぐしゃぐしゃに掻き回される。 「もうっ!」  リュージュは、ははっと笑って行ってしまった。  ヴィクトリアは結っていた長い銀髪をほどき、手櫛で整えながらも、満面の笑みでリュージュを見送った。 ****** 「少しいいか?」  木陰に移動して本の続きを読んでいると、あまり気配を感じさせずに一人の男がやって来た。ウォグバードだ。  ウォグバードは長い波打つ深緑の髪を後ろで一つに束ねた、四十代くらいの長身の男だ。  ボタンのついた開襟シャツと軍服のような
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11 異母妹ナディア

 ヴィクトリアは十七歳になった。  シドの執着は相変わらずだが、従順なふりをしていればそこまで酷いことはされなかった。少しだけあしらい方も覚えてきた。シドに向かって微笑みの一つでも浮かべれば、なぜか嬉しそうに見つめてくるだけで、その間は触れ合わなくてすむ。  愛の囁きが効いているのか、手を伸ばされた時に「嫌」と言ってもあまり怒らなくなった。ただし結局は触ってくるが。  ウォグバードがリュージュを二度と宴会には出さなかったので、宴会場でリュージュがシドに突っかかることはなかった。  ただ、一度だけリュージュが「狩り」に出た時に揉めたらしく、ヴィクトリアはその時参加していなかったので詳細は不明だが、以降リュージュが「狩り」に参加することはなかった。  代わりにウォグバードについて里の守護の任に就いた。ウォグバードも里の警護が専門なので、「狩り」に全く出ない獣人がいること自体は珍しくない。不向きなものを連れて行っても足手まといになるからだろう。  リュージュは格段に強くなった。まだ十代半ばなのに、戦闘訓練で大人の獣人に勝ってしまう時があった。元々戦闘の才能があるのかもしれない。  里からの脱出を果たせぬままだったが、ヴィクトリアはリュージュがいてくれればそれで幸せだった。  ******「リュージュ!」  今日も今日とて二人仲良く東屋で過ごしていると、慌てて駆けて来る人物がいた。  息咳切って走ってきたのは、シドの娘でありヴィクトリアの異母妹にあたるナディアだ。ナディアとは同じ年だがヴィクトリアの方が誕生日が早い。  背中まである茶色い髪をそのまま下ろしたナディアの顔立ちは、不美人ではないが、華がありすぎて美形揃いの獣人の中では地味である。おそらく人間であると言われても違和感がない。  着ているものも紺のブラウスに焦げ茶のスカートといった色味を抑えたもので、たまたま今日だけその色を選んだわけではなくて、ナディアは常日頃から十代の娘としては色味が落ち着きすぎた服ばかり着ている。 「お願い、助けてほしいんだけど」  ナディアは汗を掻き肩で息をしながら、切羽詰まった表情をしている。 「どうした?」 「ミランダが父様に手籠めにされそうなの!」  ヴィクトリアは驚く。 (あの好色魔人の犠牲者が、また……)  ミランダといえば「狩り」で連れて来
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12 感情

 シドの館の四階、最上階に彼の部屋はあった。 三人は扉の前に立った。中からはミランダがすすり泣く声が聞こえる。 ナディアは扉をコンコンと叩いた。「父様、ええと、お話があります。ここを開けてはもらえないでしょうか?」『失せろ』 にべもないが、ナディアは諦めない。「とても大事なお話なのです。実はそこのミランダには将来を誓い合った男がおりまして、父様には大変申し訳ないのですが、譲っていただけないでしょうか」 ナディアは肘で隣のリュージュを突いた。「えーと…… 俺とミランダは、あ、愛し合っていて、つ、番になる約束をしています…… カエシテクダサイオネガイデス」 恥ずかしいのか最後に至っては棒読みが酷すぎる。これでは演技だとばればれではないか。 ヴィクトリアは慌てて何とかしようと、できるだけ優しげな声音で呼びかけた。「シド、他の女の子にうつつを抜かすなんて、とても悲しいわ。とにかく話がしたいの。ここを開けてもらえないかしら」 返事がない。しかしやや間があって、ガチャリと扉が開いた。 シドの着衣に乱れはなかったが、連れているミランダは服を辛うじて引っかけているような状態で、下着と柔肌が見えていた。 シドは扉を開けるや否や、リュージュの体めがけて膝蹴りを入れた。    リュージュは咄嗟に防御の姿勢を取ったが、後方に吹っ飛んだ。背中から廊下の壁に叩きつけられて、上体がずり落ちる。「リュージュ!」 シドは駆け寄ろうとしたヴィクトリアの腕を掴んで止めると、反対の手で捕らえていたミランダを、荷物よろしくリュージュに向かって放り投げた。「きゃあ!」 悲鳴を上げたミランダがリュージュに衝突する直前、ナディアが滑り込んで彼女の体を抱き止めた。ミランダは無事だ。「そいつはくれてやる。交換だ」 ヴィクトリアはシドが扉を開けて現れた時から、ぞわりと全身を粟立たせていた。 シドがヴィクトリアを見る目つきは、じっとりと絡みつくような欲にまみれている。 この目をした時のシドには近づいてはいけないと、ヴィクトリアは本能に近い部分で知っていた。 逃げようとしたが腰に腕を回され、抱き込まれる。「は、離してっ!」 密室で二人きりになんて絶対になってはいけないのに、無情にも扉は閉じられ、鍵をかけられた。 ヴィクトリアはシドの怪力に抗うことができず、ベッドまで引
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13 黒フードの男

リュージュの敗因は、殺気を隠しきれなかったことだった。 もしも完全に隠せていたら、殺すことは叶わなくとも、致命傷に近い一撃は食らわせていたかもしれない。 その時シドに斬りかかったリュージュの速度は、師でもあり里一番の剣術使いでもあるウォグバードを超えていた。怒りが、彼を強くした。 シドはわずかに反応が遅れたが、持ち前の反射神経でリュージュの剣に蹴りを入れ、真っ二つに折った。 折れた剣が弾け飛び、驚愕するリュージュの顔をシドは殴りつけた。リュージュの体が吹っ飛び、壁に激突するが、リュージュは衝突の寸前に受け身を取り、素早く身を持ち直してシドを睨みつけた。 シドはビリビリと空気が帯電しているような殺気をまとい、リュージュに相対していた。色欲にまみれた表情は消え、怒りの形相へと変わっている。 シドはリュージュを許しはしないだろう。リュージュが明確な殺意を持って斬りかかったことを理解している。ただですむはずがない。 最早シドには油断も隙もなかった。リュージュの動きを観察し、どんな攻撃を繰り出してきても対応できるように全神経を研ぎ澄ませている。 リュージュはここ数年で飛躍的に強くなった。しかし、力量差は依然シドが上だ。剣も折れているし、体術でシドに敵うものなどこの世には存在しない。 ところが、明らかな劣勢にもかかわらず、リュージュは切れた唇の血をぬぐい、ふっと笑ったのだ。 「背後がガラ空きだったぞ。腹上死がお望みなら、今度試してやろうか?」 挑発。 (駄目、シドにそんなことを言ったら――) ヴィクトリアは凍りついた。 気づいた時には蹴り飛ばされたリュージュが床に倒れ、シドに踏みつけられていた。 「やめて!」 ヴィクトリアはシドの体に取り縋った。シドの体をどかそうとするがびくともしない。シドはリュージュを何度も踏みつけ、蹴り上げる。 ゴボッと嫌な音がして、リュージュが大量の血を吐いた。 「リュージュ!」 ヴィクトリアが助け起こそうとするが、それよりも早くシドが正面からリュージュの首を片手で掴んで持ち上げて、ギリギリと締め始める。 「やめて! リュージュが死んじゃう! やめてよ!」 ヴィクトリアは絶叫しながら止めようとする。 リュージュは意識が朦朧としながらシドを見ていた。何かを言おうと口を動かすが、声
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14 魔法

「リュージュ! しっかりして!」 駆け寄ったナディアは、リュージュの体に手を置き声をかけるが、反応がない。顔が真っ青だ。これはまずいかもしれない。 姉は父に連れられて窓から消えてしまった。 直前の父の様子からして、おそらくまた外から来訪者が来たのだろう。妙なことにならなければいいが。   (とにかくリュージュを何とかしないと) ナディアはこうなってしまったのは自分のせいでもあると思った。「誰か、医者を呼んできて!」 騒ぎを聞きつけたのか廊下に人が集まっていたので、ナディアは彼らに向かって叫んだ。 ナディアがリュージュの名を呼び続ける中、急に部屋の扉が閉まる音が聞こえ、ナディアは背後を振り返った。 そしてナディアは、内側の鍵がひとりでに閉まるのを、見てしまった。(誰も触っていないのに、なぜ?) 部屋の中は、ナディアと意識のないリュージュと、それからミランダの三人だけになった。 向かい側でリュージュを見下ろしていたミランダが、突如しゃがみ込んだ。 ミランダがリュージュの腹部に両手をかざすと、淡い光が現れて、リュージュの体に降り注ぐ。(手から光が出るなんて、そんなことあるはずない……) 自分の目がおかしくなってしまったんだろうかと、ナディアは目をこすったり瞬いたりしてみたが、眼前の状況は変わらない。 ひどく真面目な顔でリュージュに対しているミランダに、ナディアは戸惑いがちに声をかけた。「ねえ…… 何してるの?」「治療だよ。治癒魔法」(魔法?) さらりとそんな答えが返ってくる。 ミランダが見つめるリュージュの青白かった顔には、わずかに生気が戻りつつあった。(ミランダが魔法でリュージュを治しているってこと? でも魔法なんて、お伽話でしか聞いたことが………… いえ、違う。いる。魔法使いは存在する) ナディアは以前、里に連れて来られた人間から聞いたことがあった。 場所はどこだか忘れてしまったが、どこかの貴族の娘が、生まれつき不思議な力を持っていて、神秘的な光の力で怪我を治したり、透視の力で真実を見極めたりしたそうだ。  少女は聖女と呼ばれ、最終的にはハンターになったという。「少女が魔法で人々を救う」なんて、荒唐無稽な話だと思い、ナディアは軽く相槌をしただけで聞き流してしまったが、今なら信じられる。
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15 アルベール

 ヴィクトリアは再びシドに抱かれて屋敷まで戻った。館のそばまで来るとシドは地面を蹴って跳躍し、出て行った時と同様に窓から四階の自室へと戻った。シドにとってこのくらいの高さを飛び越えるのは朝飯前だ。シドの身体能力は底が見えない。  部屋の中はシドが暴れたせいで壁が剥げ落ち、調度品なども壊れている。片付けをする者たちが何人か出入りしていた。  リュージュの姿は既になかった。ヴィクトリアが最後に見た時にはナディアとミランダが駆け寄っていたから、きっと治療を受けていると信じたい。  ヴィクトリアはリュージュが心配でたまらなかった。  現状、移動のための密着からは離れたが、ソファに下ろされた状態で、隣に座ったシドの腕が肩に回されている。  シドは黒フードの男に相対してからずっと、何事かを考えている様だった。「先程の続きを」とはならなそうでホッとする。  シドの私室に来ることはあまりないので、この先どうなるのだろうと思った。 (さっさと逃げたい) 「シド様、よろしいでしょうか?」  声がした方を見れば、臣下の一人、金髪にすらりとした体躯で優男風の若い獣人が、シドの部屋の入り口前に立っていた。  ヴィクトリアより二つ年上のその青年――アルベール――とは幼い頃よく一緒に遊んだ覚えがある。遊んだというかいじめられたというか、あまりいい思い出がない。顔は優しそうだが中身は狂っている。アルベールは十代で臣下の待遇を受けるくらい、同年代の中ではずば抜けて強い。 「入れ」  入室を許可されたアルベールは、不自然なほどにヴィクトリアの方を見ない。アルベールは一時期、母のオリヴィアが病に臥せってヴィクトリアが落ち込んでいた頃に、幼馴染らしく励まして寄り添ってくれたことがあった。  しかし、母が死んでシドに執着されて以降は、彼はヴィクトリアと一緒にいても利がないと思ったのか、話しかけてくることはおろか、一緒の空間にいてもこちらの存在をまるで無視してくるようになった。  ヴィクトリアは、アルベールに見捨てられたのだと思っている。  現在も、アルベールの視線はシドだけに向けられている。 「リュージュはどうしますか? 殺しますか?」  アルベールが穏やかな口調で生殺与奪の話を持ち出してくるので、寒気がした。  幼馴染とはいえ、ヴィクトリアは昔からアルベールが苦手だった
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16 交わらぬ思い

 薬師であるサーシャの目の前では、運び込まれた意識のないリュージュが、医師の診察を受けていた。  目撃した者の話では吐血して、派手にやられていたそうなのだが、医師の見立てではそこまで悪くないという。  開腹するまでもないとのことで、点滴に薬を流し込みそのまま様子を見ることになった。 「あとは私がついています」  サーシャがそう言うと、医師や助手たちは病室から出ていった。  サーシャはベッドのそばの椅子に座り、眠るリュージュを眺めた。  リュージュは初めて会った時からは成長して凛々しくなってきたが、彼の寝顔にはまだあどけなさが残っている。  リュージュの顔色は悪くないし、大丈夫だろうとサーシャは思った。 (シド様にやられてこの程度ですむとは、体が強いのか運が良いのか……)  三年前、リュージュが宴会場でシドに楯突いたあの日から、いつか、決定的な何かが起こるのではとサーシャはずっと冷や冷やしていた。  もしもリュージュが命を落としたら、ヴィクトリアの絶望は如何ばかりか。  ヴィクトリアは苦しんでいる。わかっているのに、手を差し伸べることができない。  シドの報復が、怖い。  里の他の面々も同じようなものだ。シドに特別扱いされているヴィクトリアに敵は多いが、皆が皆嫌っているわけではない。けれど族長の目を恐れて、遠巻きにしている。  そんな中、たった一人、物怖じすることなく近づき信頼関係を築いているのは、尊敬に値する。 「うっ……」  リュージュが軽く呻き、まぶたがゆっくりと開いていく。 「リュージュ」  呼びかけると、ぼんやりとしていた赤茶の瞳が焦点を結んでいく。 「わかる? 大丈夫?」 「サー、シャ……?」  サーシャは安堵し、満面の笑みを浮かべた。 「良かった。意識が戻って」 「俺、は……」  そう言ってしばらく呆けたようにサーシャを見つめていたリュージュは、何かを思い出したようにハッと目を大きく見開くと、上体を起こそうとした。サーシャが慌ててそれを押し留める。 「ヴィクトリアは?」  リュージュは声を張り、焦ったように彼女の名を呼ぶ。 「落ち着いて。ヴィクトリア様は無事よ。まだ横になっていなければ駄目なんだから、寝ていなさい」  リュージュの体をベッドに横たえながら、サーシャは優しく語りかけた。 「ウォグバー
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17 片思い

 リュージュの容態は日増しによくなり、一週間足らずで退院した。シドにやられて血を吐いた時は死んでしまうのではないかと思ったが、本当によかった。  ヴィクトリアは退院まで毎日病室まで通い詰めた。リュージュが生きていてくれる、話をすることができる、あたり前のことがとても幸せだった。  ヴィクトリアはリュージュと一緒の空間にいるだけで嬉しくて、浮かれた様に笑顔を向けていたのだが、リュージュの表情はどこか冴えない。  それは退院してからも続いて、元気がなさそうだった。まだ体が痛いのだろうかと聞いてみたが、彼は「いや……」と首を振った。 「サーシャにさ…… 避けられてるみたいなんだ」  ヴィクトリアはその言葉で現実に引き戻された。  リュージュと知り合って三年。毎日ではないけれど、多くの時間を彼と過してきた。ずっと近くでリュージュを見続けてきたつもりだった。  だからいつからか、リュージュがサーシャを見る目つきが、他の人を見る時とは違っていることに、薄々気づいていた。  サーシャは五つか六つ年が離れているけれど、綺麗で大人で優しくて、薬師をしているくらいだから頭もよく優秀だ。里には欠かせない存在だそうで、職務上の評判もすこぶる良い。  ただ、ヴィクトリアに対する時は会話がとっ散らかったりしどろもどろになることが多く、やや挙動不審気味だ。おそらく、ヴィクトリアの背後にシドの存在を感じ、粗相がないようにと緊張しているのだろう。 『頑張って!』  無責任にもそんな事を言ってしまったことがあった。 『私、リュージュとサーシャのこと応援するから』  その時のヴィクトリアは、リュージュのことを異性として好きだとは気づいていなかった。 『べ、別にそんなんじゃないからな!』  リュージュは顔を赤らめながら否定していて、以降、彼からサーシャの話を持ちかけられることはなかった。  けれど、相談されている。サーシャに避けられて辛いと言っている。それは、リュージュがサーシャのことを好きだから。  胸に何かがグサグサと突き刺さっているようだった。苦しい。泣きそうだ。  しかしヴィクトリアはそれを顔に出さない。対シド用に鍛えられた表情筋と声音を使い、平静を装う。 「気のせいってことはないの? 薬師はすごく忙しいから」  口からスラスラと心配している様な言葉が出て
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18 マーキング

 ヴィクトリアはしばらく籠もりきりだった自室から出て、周囲を確認しながら慎重に館の外へ出た。  外へ出てからも周囲の気配を探りつつ、気を抜かないように進んだ。まず東屋へ向かったが目当ての人物はいない。祈るようにして牧場付近まで抜けて行くと、離れた所で草原の上に座り込むリュージュの姿が見えた。  ヴィクトリアの顔がほころぶ。 (やった、今日は会える!)  リュージュの元まで一気に走り抜けた。 「リュージュ」  全力疾走したために息を切らしながら呼びかけると、彼は笑いかけてくれた。リュージュが、とんとん、と手で隣の草原の上を示すので、並んで座った。 「鍛錬はもうやったの?」 「ああ。今は休憩中」  リュージュはそう言って何とはなしに空を見上げた。太陽の光が降り注ぎ、リュージュは眩しそうに目を細める。  風が吹き、明るい色合いの髪がさらさらと風に吹かれている。茶色の髪が光に透けて赤く見えた。片耳に空けた銀のピアスが光っている。  最初にリュージュに会った時は女の子みたいだったのに、中性的な雰囲気は鳴りを潜め、すっかり男っぽくなっていた。背も同じくらいだったはずなのに、だいぶ前に追い抜かれている。  リュージュがこちらを向いていないのをいいことに、ヴィクトリアは彼の姿を見つめて、胸の高鳴りを覚えていた。  リュージュは心ここにあらずといった状態だった。最近のリュージュは、ぼうっとしていることが多い。  リュージュは視線を頭上から牧場の方へ移した。するとリュージュの目が大きく見開かれ、切なそうに眉が寄せられる。ためらいがちにリュージュの口が動いた。 「……サーシャ」  途端にぎゅっと胸が詰まる。リュージュの視線の方向には、魔の森に向かって歩くサーシャが見えた。それから隣には獣人の男がいる。  以前のサーシャは、薬草摘みにはたいてい一人で行こうとしていた。見かねたリュージュがつき添っていたが、自分から護衛を依頼することはほとんどなかった。  最近は一人で行かず、誰かを伴うことが多いようだ。 「まだ避けられてるの?」 「いや、前は俺の顔見ただけで逃げてたけど、今は話しかければ普通に返してくれるようにはなった。でも、薬草摘みにはもうずっと一緒に行っていないな」  寂しそうにそう言いながら、リュージュは魔の森に向かって歩く二人の姿を見つめてい
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19 雷

 自室に戻ったヴィクトリアはすぐさま浴室に飛び込んだ。浴槽に湯を張りながら衣服を脱ぎ捨て、シャワーを浴びて体についたものを洗い流そうとする。人間には分からないような匂いも、獣人は敏感に感じ取ることができる。一度ついた匂いはそう簡単には消えないが、石鹸を泡立て、シドにつけられたキスマークのあたりにこすりつけていく。  香水でごまかそうと考えた時もあった。商人から買おうとしたが、商品を手に取った瞬間、シドに取り上げられてしまった。  シドはその商人を出入り禁止にし、他の商人達に対しても、香水や匂い袋の類は一切持ち込むなと厳命した。シドは自分の匂いを常にヴィクトリアにまとわせていたいらしい。  一般的な人間用の香水は濃くて匂いが強すぎるために使えないが、上手に薄めれば使えなくもない。一部の獣人は愛用していたが、それが取引不可になったため、「あんたのせいでお気に入りの匂いが手に入らなくなったじゃない!」と、批判されてしまったこともあった。苦い思い出だ。  できるだけ早急に洗って、洗って洗って、自然と匂いが抜けていくのを待つしかない。  ヴィクトリアは湯船に浸かりながらため息をついた。リュージュを好きになる前は、宴会の翌日であっても会いに行っていた。後から思えば、他の男の匂いがついている状態で好きになってもらえるわけがない。 (いつまでこんな生活が続くのかな……)  シドに執着され続ける状態に出口はあるのだろうか。  ******  ヴィクトリアは内側につけられた複数の鍵を解除し、扉を少し空けて廊下の様子を伺った。 誰もいないし、誰の匂いもしない。 (今ならいける!)  ヴィクトリアはさっと廊下に出て鍵をしめると、館の中央に唯一ある階段へと足早に向かった。ところが少し行った所で、ヴィクトリアの鼻腔がシドの匂いを捉える。  次の瞬間、まるで謀ったかのようにシドが階段の上から飛び降りてきた。切れ長の目がヴィクトリアを見据えている。  ヴィクトリアは匂いを感じて緊張し、上手く対応しなければと思い立ち尽くしていたが、シドの姿を視界に認めた途端、その決意が瓦解していく。  コツ、コツ、コツ……  廊下に足音を響かせながらシドが悠々と歩いてくる。近づいてくるその足音と醸し出す威圧感に追い詰められたヴィクトリアの脳内が、ぐるぐると回っている。 (また匂いを
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