Semua Bab 獣人姫は逃げまくる~箱入りな魔性獣人姫は初恋の人と初彼と幼馴染と義父に手籠めにされかけて逃げた後その中の一人と番になる~: Bab 31 - Bab 40

224 Bab

30 逃走の果て

 どれくらい走っただろう。夜明けはまだ遠い。いくつかの村や街に入りそうになったが、人間に見つかるわけにはいかない。迂回して人間たちが通常使う道は通らずに、岩だらけの坂道や鬱蒼とした森の中を進む。 目指すは港まで。(出港しそうな船の船底にでも潜り込もう!) 走りながらそう決めた。 ヴィクトリアの額からは汗が流れ、喉はカラカラだった。現在位置はわかっているつもりだが、ここから港がある場所までは遠すぎる。全力疾走しても朝までに着くのは不可能だ。 しかし、シドが追いかけてくる可能性を考えると、何とか今日中にこの国から出てしまいたかった。 ヴィクトリアは次に人里が見えたら馬を拝借しようと決め、少しだけ休むことにした。 ヴィクトリアがいるのは樹木が生えた林の中で、隠れられそうな場所はなかなか見当たらない。少し走った所で大樹の幹に人が一人入れそうな樹洞を見つけたので、そこに身を潜ませることにした。 一度座り込んでしまうと体から強く疲労を感じた。眠るつもりはなかったが、つい、うつらうつらとしてしまう。ヴィクトリアは意に反して少しだけ寝入ってしまった。 ザッ、ザッ、ザッ…… 草を踏むかすかな足音が聞こえて、ハッとしたヴィクトリアは薄い眠りから目覚めた。シドが現れることを恐れ気が張っていたので、眠っていてもすぐに物音に気づけた。 あたりの気配を探るが、風が吹いていて周囲の匂いを感じ取りにくい。けれど足音は確実に聞こえてくる。(誰かがこっちに来る) 緊張と不安がヴィクトリアの全身を襲った。 足音は一人。どこか目的地へ向かい通り過ぎる風ではなかった。足音は時々立ち止まり、あたりを歩き回っている。(何かを探している……?) ヴィクトリアは肝が冷えた。体が震え出す。(もしシドに見つかったら、犯される) ヴィクトリアは震える手でガーターホルダーから短剣を抜いた。シドを刺した時の血はぬぐったが、完全ではないため、まだ赤く汚れている。 ヴィクトリアは短剣の切っ先を自分の胸に向けた。
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《対銃騎士隊編》1 囚われの身の上

 誰かの手の温もりを感じた。誰かがヴィクトリアの手を握っている。 ヴィクトリアがゆっくりと覚醒していくと、目の中に明るい光が入り込んだ。(もう朝なのかしら) 周囲を見回して、いつもの見慣れた部屋の中ではないことに一瞬混乱する。ヴィクトリアの部屋よりも狭くて、家具はほとんど何も置かれていない。白い壁に囲まれて、ヴィクトリアが横たわるベッド脇に小さなテーブルが一つあった。 それから、銃騎士の隊服を着た黒髪の男が椅子に座り、ヴィクトリアの手を取りながら今にも泣き出しそうな顔でこちらを見ていた。 ヴィクトリアは昨日起こった出来事を思い出し、ハッと目を見開いた。 体を起こそうとしたが、思うように手が動かない。見れば自分の両手に手枷がはめられていた。金属製の手枷はがっしりとして、かなり厚みのあるもので、シドくらいならこんなもの一瞬で粉砕しそうだが、ヴィクトリアが力を入れてみてもかすかに軋んだのみで壊せなかった。 黒髪の男はヴィクトリアの手を放して既に立ち上がっていた。目がわずかに充血していたが顔は無表情だったので、先程の泣きそうな顔は見間違いだったのかもしれないと思った。 男は背を向け、この部屋に二つある扉の一つから外へ出て行こうとする。「……待って」 声はちゃんと出す事ができた。しびれ薬の効果は消えているようだ。 男は一瞬立ち止まったが、振り返ることなく部屋を出て行った。 ヴィクトリアは上体を起こした。男の後を追おうとして床に足をつけたが、立ち上がった途端によろけて、拘束されたままの両手を床についてしまう。 ガシャリ…… と金属が鳴る不快な音がして、見れば片方の足首に鎖の繋がった金属の輪が取りつけられていた。 鎖はベッドの柵の部分にくくりつけられていて、鎖の長さからしてベッドを引きずりでもしない限り、この部屋からは出られないだろう。 手枷に足枷。それを見たからというわけでもないが、起きた時から軽く目まいがしている。(しびれ薬の副反応かも……
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2 奴隷

 食事はすぐに用意すると言われ、しばらく待つことになった。その間にトイレへも行かせてもらった。二つある扉のもう一つの先がトイレになっていた。 その場合手枷と足枷は外してもらえたが、終わればすぐ元に戻った。部屋の中にはジュリアスを含む数名と、部屋を出た廊下にも十数名ほどが待機していて、ヴィクトリアの力では全員をねじ伏せてここから脱出するのは厳しそうだった。 部屋には明り取り用にはめ殺しの窓があったが、その壁の向こう、建物の外にも何人かの気配を感じた。獣人の小娘一人にこれほどの人数を割くとは、随分と物々しい。 トイレの中に窓はなく、小さな換気口があるくらいで通り抜けるのは無理そうだった。壁を壊していたら流石に音で気づかれるだろう。(さて、どうしようかな……) 考えながら待機していると食事が運ばれてきたので、とにかく腹を満たして体力をつけることにした。 足枷はそのままだが、手枷は外してもらえた。 獣人は肉食だ。出てきた料理は煮込まれた肉の塊だった。煮込み料理にしては出てくる時間が早かったので、銃騎士たちの賄い用の食事だとは思うが、食べごたえ感を出す為なのか肉は大振りのままだった。 食事を始めると、奇妙なことが起こった。 部屋の中にいる銃騎士はジュリアスを含めて全部で五人。 一人は食事を開始して早々、何も言わずに部屋から出て行った。 一人は顔を抑えてその場にうずくまった。抑えた手の隙間からぽたりと赤い物が床に滴っている。(鼻血?)  一人は顔を真っ赤にしながらものすごい目つきでヴィクトリアを凝視しているし、もう一人は逆にヴィクトリアを見ずに壁や天井を眺めているが、明らかにソワソワしていて挙動不審だった。 ジュリアスだけが一人平然としている。 獣人は、食事は手掴みで食べるのが主流だ。スープなどの汁物やデザートを食べるときにはスプーンを使うこともあるが、基本的にナイフもフォークも使わない。 ヴィクトリアは大きな肉の塊にかぶりついて食べていたが、口元にやたらとソースがつくので、肉を噛んで口に入れる度に唇を舌で舐めていた。指もベタベタになるので適宜舐めて綺麗にしながら食べ進めていく。 ジュリアスは苦笑し、他三人を部屋から出してしまった。「君の食事の時は体調不良者が続出するようだから、なるべく俺一人だけで見張るようにするよ」「そうなの? 一体
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3 姫の御用聞き 1

 お腹は満たされたが、ヴィクトリアのもう一つの要望「お風呂に入りたい」はもう少し待ってほしいと言われてしまった。九番隊砦は男所帯で、女風呂なんてないらしい。シャワーだけの施設はないのかと聞くと、あることにはあるがと歯切れが悪い。 近いうちに何とかするから体を拭くだけで我慢してくれと言われたが、シャワー施設があるなら使わせてくれてもいいじゃないかと食い下がった。 レインというあの男性に着替えはさせてもらったが、里から逃げて長時間走り続けたせいで不快な汗の匂いが全身に残っている。(近いうちになんて、いつまで待てばいいの) 今日中にはどうしても汗を流したかった。 シャワーでいいから絶対に入りたい、ただの水浴びでもかまわないからその施設を利用させてほしいと強く主張した。  入らせてもらえないならあなたとはもう口もきかないし取り調べにも協力しないでずっと黙ってるわよと脅したり、何なら川にでも連れていってもらって後ろ向いてくれればパパッとすませるからお願いよと懇願したりして、何が何でも入りたいと強硬な態度を貫いた。  そしてジュリアスに半ば呆れられながらも、ヴィクトリアは「わかった」と返事を貰うことに成功した。 きっと、かなりのわがまま娘に見えたに違いないが、ヴィクトリアにとって一日一風呂は譲れない信条の一つだ。 その結果、部屋を移動することになった。 手枷はそのままで、足枷だけ外してもらいそれまでいた部屋から外に出た。廊下を進み白い壁の建物から一歩外へ出れば、新緑の匂いの混じった心地よい風が肌を撫でていく。やはり閉じ込められているよりは外に出た方が気持ちがいい。  敷地内は砂利が敷かれた部分があり、所々常用樹が点在している。視線を上げれば山が近くに見えた。九番隊砦は山の麓にある。 じゃりじゃりと小石を踏みしめて歩くが、同時に響く足音が多すぎる。ジュリアスを含む見張りが前後左右と他数名いるのはわかるが、その周りをぐるりと取り囲むように全方位を銃騎士に囲まれている。全部で何人いるかわからない。(何この大移動) もしかしたら移動の際に逃げ出す隙があるかもと期待したが、この人数を振り切って逃げるのは無理だ。「ねえ、いくら何でも見張りの数が多すぎるんじゃない?」「ほとんどが自発的行動だ。来るなと言っても散歩の方向が同じだけだと言って勝手につい
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4 姫の御用聞き 2

 他の銃騎士たちが皆小屋から出て行っていなくなった後、ため息を吐き出したジュリアスから、言っておきたいことがあると話を切り出された。「いいか、君は危機感がないようだからこの際はっきり言わせてもらうが、この九番隊砦に女性はほとんどいない。近くの村から通いで食事を作りに来てくれる年輩の女性が何人かいるだけだ。獣人とはいえこの砦にいるうら若い女性は君だけで、おまけに食事をするだけで男を悶絶させるほどの美女ときている。今、君は飢えた狼共の巣窟にいると思え。体を綺麗にしたいのはわかるが、確実に覗かれたぞ」「の、覗き……」 ヴィクトリアは絶句した。「覗かれるだけですめばいいがな。あの中の何人かはその先のことまで考えていただろうな。この国の法律が守っているのは人間だけだ。獣人が暴行を受けた事自体が罪に問われることはない。人間と獣人との性交を禁止する法律はあるが、今やそれは形骸化している。子を成さない限り捕まったり裁かれたりすることはほとんどない。欲望のはけ口にするには君は格好の相手なんだ」 ヴィクトリアは話を聞きながら固まっている。「出来るだけのことをすると言った手前、シャワーを浴びるなとは言わないが、俺が見張りの時以外は絶対にシャワーを使うな。必ず俺に一声かけてから使うんだぞ」「わ、わかったわ。色々気を使ってくれてありがとう」 ヴィクトリアはジュリアスに心から感謝した。 ****** ヴィクトリアはシャワー近くのカーテンを引き、服を脱いだ。壁際に棚がありタオルが何枚か置かれていたので、その棚に脱いだ服を置く。  壁から突き出た丸い取手をひねると、固定された傘の部分から水が出てくる。手で触るとやや冷たさを感じたが、意を決して全身にシャワーの水を当てた。体に冷たさが響くが、じきに慣れた。    ヴィクトリアは一度シャワーを止めた。タオルを掴み体の前面だけ隠すと、カーテンを少しだけ開けて様子を伺う。 外にいると言われたのでジュリアスは小屋の中にはいない。ヴィクトリアはかなり神経を研ぎ澄ませ、集中して匂いを探る。 小屋の周りにはジュリアス以外誰の匂いもしない。ジュリアスは小屋の外で、腕組みをした状態で戸口に背を預けるようにして立っているようだ。彼はずっと小屋から背を向けていて、戸の隙間からこちらを覗くようなこともしていない。(なんて律儀な人だろう)
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5 シドの襲来

 小屋は南側に出口があり、はめ殺しの窓は北と西側にあるため、夕刻になると部屋全体に強い橙色が射し込んだ。 ヴィクトリアは少し早めの夕食を頂いた後、所在なくベッドに腰かけていた。手足には白い部屋にいた時と同様に枷がはめられている。ただ、足枷の鎖部分が長いものに交換されて、鉄格子の内側なら端から端まで移動可能になった。 シャワーが終わり少し経つと見張りの人数が増えた。鉄格子の前にジュリアスを含んで五名ほどだ。基本、彼らが柵を越えて内側に入ってくることはない。 小屋の周囲からも銃騎士たちの気配がする。二十人くらいはいる。やはりヴィクトリア一人に対するには人数が多いように思うが気のせいだろうか。 鉄格子には四角く区切られて小窓のように開け締めできる部分があって、小窓の下部はさらに平たく変形し、鉄製の台のようになっている。食事は小窓を開けた状態でそこに置かれるので、自分で取りに行くことになっていた。 トイレの時は、小窓から拘束されている両腕を出して手枷のみを外してもらう。シャワー設備の横にトイレがあるのだが、目隠しはシャワー時にも使うカーテンを引くだけだ。恥ずかしいと言ったら、トイレの時は小屋の中から全員外に出てくれることになった。 監視の目が緩む機会だが、足枷はそのままなので、やはり両方外してもらえるシャワー時が狙い目だろう。 ヴィクトリアがどうやって逃げようかと考えていると、その人物がやって来た。 小屋の入口を開けて入ってきたのは黒髪の銃騎士、レイン・グランフェル。彼は手に紙袋を抱えていた。 レインは整った面立ちをしていて、白い綺麗な肌に黒曜石の理知的な瞳が印象的だ。体躯はジュリアスと同じくらい長身で、すらっとしているが、藍色の隊服の中に適度な筋肉がついているのがわかる。  ジュリアスとレインが二人並ぶとどこぞの絵物語かと思う。ジュリアスが光り輝く王子様なら、やや陰のあるレインは闇の国の王子様といったところか。そんな事を考えてしまうのは本の読みすぎかもしれない。 ヴィクトリアはベッドから立ち上がった。靴は逃走防止のため取り上げられてしまったので、素足で床をペタペタと歩いてレインの正面、鉄格子の近く
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6 拒絶

 小屋の周りには変わらず二十人くらいの銃騎士が警備を続けている。彼らとレインはこの場に残るようだ。 ヴィクトリアは震えながら泣いていた。震えが止まらない。(丸一日すら経っていないのに、まさか昨日の今日で見つかるなんて…… きっと港へ行った所で見つかっていた。無駄なのね。シドからは逃げられない。どこにも逃げ場なんかない) レインは青褪めて怯えるヴィクトリアをただ眺めていた。 そのうちにシドの気配が濃くなった。シドは――怒っている。『どこにも行かない』 それがヴィクトリアがシドと交わした約束だった。裏切って逃げたヴィクトリアをシドは許さないだろう。(駄目……) シドが来たら問答無用で間違いなく犯される。(嫌。自分の父親と交わるなんて絶対に嫌) ヴィクトリアは立ち上がると、枷でまとめるように拘束された両腕を上げて鉄格子を掴み、レインと向き合った。「レイン、お願いがあるの…… 私を殺して」 レインの眉がぴくりと動いた。「なぜ君がそれを言う?」「シドは私を捕まえて自分の女にするつもりなのよ。父親に犯されるくらいなら死ぬわ」「それはできない。君にそんなことを言う資格はない。もし俺たちが敗れて君が穢されることになったとしても、それでも生きていろ」 残酷だ。残酷な正論を吐く。「あなたはこれまで獣人をたくさん殺してきたんでしょう? 今更私一人くらい増えても――」「嫌だ」 ヴィクトリアの言葉に被せるように、レインはきっぱりと断った。「たとえどんなに辛くても、生きろ」 ヴィクトリアの目から大粒の涙がボロボロと流れた。大切なものを失っても生きろとは、過酷だ。「なら、なら……」 ヴィクトリアは縋るように懇願する。「ならお願いよ、今すぐここで、私を抱いて」 レインは目を大きく見開き、とても驚いた表情になった。「一度だけでいいのよ。その後は捨ててくれて構わないから。獣人は最初に番った相手に一生囚われて生きることになる。私はずっとあなたを思い続けるでしょう。でもあなたに迷惑はかけないから。そうすればシドに抱かれても、心は自由でいられる」「断る」 ヴィクトリアは打ちひしがれたように瞼を強く閉じた。逃げ道すら渡してくれないのか。「俺の家族はシドのせいで惨たらしく死んだ。何百万回殺しても殺し足らないくらい憎んでいる相手の娘を、なんで抱かなきゃい
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7 シドに勝つ者

 ヴィクトリアは目を覚ます。夢は見なかった。ただ深く眠り続けていたようだ。北側の窓の向こうが薄く青色に変わっていて、黎明を迎えているようだが、小屋の中は依然薄暗い。 ヴィクトリアが横たわるベッドのすぐそばに知らない少年が立っていた。髪も瞳の色も同じ茶色で、顔立ちは鋭くキリッとした印象のある少年だ。 その人物は、ヴィクトリアが目を覚ましたのに気づくと顔を覗き込んできた。「おはよう、姫さん」 冷徹な印象を感じたのは一瞬で、少年が満面の笑みを浮かべると表情が一気に温かみを帯びた。 至近距離に異性の笑顔があり、その衝撃で一気に覚醒したヴィクトリアは、かかっていた布団を跳ね除けてベッドから飛び降りた。足枷はそのままだがなぜか手枷がなくなっていたので普段と同じように動けた。警戒するように距離を取ろうとするが、少年はヴィクトリアが動くのと同じ速度で嬉々として彼女に張りついてくる。「姫さーん!」「誰? 何? 何なの? 近くに寄らないで!」 柵の内側を必死で逃げるヴィクトリアに対し、少年は彼女を見てニコニコと笑いながら追いついているのでかなり余裕がありそうだ。少年からは人間の匂いがして獣人ではないようだが、なかなかの手練れだ。「酷いな姫さん、俺だよ俺、俺俺」「あなたなんか知らないわ!」「酷いよ、俺と姫さんの仲じゃないか。姫さぁぁぁん!」 腕を広げた少年が締まりのない顔で抱きついてこようとするので、ヴィクトリアは悲鳴を上げた。しかし寸前でレインがヴィクトリアの目の前に立ちはだかって後ろ手に庇ったのと、ジュリアスが少年の襟首を掴んで止まらせた。「浮かれるのはわかるがやりすぎだ、オリオン」 ジュリアスが少年をたしなめる。少年は『オリオン』という名前らしい。 寝起きに見知らぬ少年に追いかけ回されたせいで昨日の記憶が一部飛んでいたが、レインの背中を見て昨日起こった大変な出来事を思い出した。シドに見つかったのだ。 ついでにレインにとんでもないことを口走った記憶も蘇ったが、その部分に関しては記憶が飛んだままでいてくれた方が良かった。(むしろレインの記憶こそ飛んでいてくれないかしら……) 赤面ものの失態だが、今はそんな事よりもシドだ。神経を集中させて探れば、敷地内の離れた場所からシドの気配がする。シドは――昨日よりも怒り狂っている。ヴィクトリアはよろけてその場に
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8 敵の敵は味方?

 ヴィクトリアはベッドの上で薄掛けの布団にくるまり、足を抱えて座り込んでいた。ヴィクトリアの手枷は取り払われたままだ。『姫さんに枷つけるとか信じられないよな。俺が猛烈に抗議してやったよ。手枷は外してもらったけど、足枷はどうしてもだめだって。まったく、しょうがない連中だよね』 外してもらえたのはあの『オリオン』という少年のおかげだ。前に会ったことがあるような口振りだったが、ヴィクトリアに覚えはない。彼は最初からヴィクトリアに打ち解けた様子で気さくに話しかけてきた。  オリオンは不思議な少年だ。そして奇妙な能力を持っている。 ヴィクトリアに親しげなオリオンとは逆に、レインは早朝のやりとりにおいて一言も言葉を発しなかった。 後処理があると言ってジュリアスがオリオンと共に小屋から出て行った後、しばらく二人きりだったが、レインはやはり何も話さなかった。きっと昨日のヴィクトリアの発言を呆れているに違いない。 ヴィクトリアは正直そんなことはどうでもいいような心境に陥っていて、自分からレインに話しかけることもしなかった。 小屋の中を太陽の明るい光が入り込み始める。朝食が運ばれてきて、付随するようにジュリアスがやってきた。レインは鍵束をジュリアスに渡すと小屋から出て行った。 鉄格子の小窓が空いて、平台の上に食事が載ったトレイが置かれたが、ヴィクトリアはベッドの上で膝を抱えたまま動こうとしない。「どうしたんだ? ヴィクトリア」「いらないわ」 距離がわかるほどの場所にシドがいる。胃が押し潰されそうだ。食事をする気分になんて到底なれない。 シドは怒り狂っている。(シドを拘束しているあの鎖が外れたらどうなってしまうの……? 怖ろしい……)「ごめんなさい。食欲がないの。悪いけれど下げてもらえる?」「ヴィクトリア……」 心配そうに名を呼ばれたが応えず、ヴィクトリアは頭からすっぽりと薄掛けを被り、ベッドに横になってジュリアスから背を向けた。 昼食も同様に拒否してヴィクトリアは寝転んでいた。朝から何も口に入れていない。胃の中は空っぽで、喉の奥も乾いて体が食物を欲しているのは理解していたが、それを思考の脇に追いやる。もう何もしたくなかった。 鉄格子の内側まで入ってきたジュリアスに、何度か水分くらいは取るようにと促されたが全て無視し、ヴィクトリアはベッドの上に体を投げ
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9 囚人と看守 1

 何事もなく一夜が過ぎた。朝、朝食の訪れと共にジュリアスがやってきて、レインと見張りを交代する。 ヴィクトリアは朝食の後すぐにシャワーを浴びさせてもらった。昨日はシャワーを浴びる気にすらなれなかったので、何年かぶりくらいに一日湯浴みをしなかった。石鹸を泡立て体を洗い流せばさっぱりとして清々しい気分になれた。 シャワーの後は差し入れの本を読み始めた。昨日ヴィクトリアは興味を示さなかったが、夕方頃に銃騎士隊員たちが何人かやって来て差し入れを置いていった。 本や花束や服も何着かと、保存の効く干し肉、チェス盤と駒、手紙まであった。昨日は何もする気が起きず、気分が持ち直した時には既に夜だった。差し入れを確認するのは翌日にしようと思っていたのだが、改めて見てみれば、暇を潰すためだろうがチェスなんて一人でどう遊べと言うのだろう。 ヴィクトリアが今一番必要としているものも差し入れの中にはなかった。あれは希望しない限り普通は差し入れないだろうと思った。手紙に関しては朝になったら消えていた。「ヴィクトリアは優秀だね。獣人の識字率はそれほど高くない。本が丸々一冊読める獣人はそんなにいないだろう」 本を一冊読み終わってテーブルの上に置くと、鉄格子の外で椅子に座り書類に目を通していたジュリアスから声をかけられた。 里には図書棟があったし、シドや側近のうちの何人かは不自由しないくらいに本が読めた。薬師や医師といった知識が多く必要な者たちも本は読めたが、その他の者は職務上必要がない限り読めない者の方が圧倒的に多かった。リュージュも簡単な読み書きはできたが、頭が痛くなるから本を読むのは難しいと言っていた。「暇だったのよ。本を読むくらいしかすることがなかったの。最初は私もよくわからなかったけど、文字は母から教えてもらったわ」  母の番は人間だったそうだから、彼から教えてもらったと言っていた。「ほとんどの人間は学校で教育を受けるからね。獣人も全員が学べるような仕組みを作ればいいんだ」 ヴィクトリアはくすくすと笑う。「あなたは本当におかしな人ね。敵の能力を向上させてどうするつもりなの?」「言っただろう? 俺の理想は人間と獣人が共に生きられる社会を作ることだ。ゆくゆくはそうなるべきだと思うよ」 ジュリアスはなんだか真面目に語っている。(本当に変な人) ジュリアスが
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