Semua Bab 獣人姫は逃げまくる~箱入りな魔性獣人姫は初恋の人と初彼と幼馴染と義父に手籠めにされかけて逃げた後その中の一人と番になる~: Bab 51 - Bab 60

224 Bab

20 戸惑い

 浴室から出たヴィクトリアは身支度を整える。下着が上下共にないのはもうどうしようもないが、ため息が出てきてしまう。 恥ずかしいのでできるだけ早く何とかしたい。 裸足で地面を歩くのも時々痛いので、靴がないのも辛いところだ。(明日になったら買ってもらえないか交渉してみましょう) 脱衣所から部屋に戻るが、レインは部屋の中にはいない。匂いを探ると、部屋の外で扉に寄りかかるように座り込んでいるのがわかった。(いい匂い……) ヴィクトリアは吸い寄せられるように、数歩フラフラとレインがいる方向へ歩みを進めてから、はたと立ち止まる。(だめだめ! さっそく匂いにつられてどうするの! しっかりしなきゃ!) 気合を入れ直し、きりっとした面持ちで扉に向かう。「レイン、終わったわよ」 扉を開けるとレインが立ち上がった。黒曜石の瞳でヴィクトリアを見据える。「いい匂いがするね」「そ…… そうかしら?」 それはあなたよ、と言ってしまいそうになり、誤魔化す。「あなたも疲れたでしょうから部屋の中で休んで。問題はベッドだけど、何か仕切りでも作ってお互いに侵入しないようにしましょうか」 残念ながらこの部屋でベッド以外に寝られそうな場所は見当たらない。強いて挙げるなら床に寝具の上掛けを敷いて寝るくらいだが、それには抵抗があった。「俺は朝までここにいる。約束を破りたくないんだ。君は安心してあのベッドを一人で使いなよ」「え、でも……」「風呂上がりの君は凶器だ」「凶器?」 ヴィクトリアは言葉の意図がわからずに小首をかしげた。 ヴィクトリアを凝視していたレインは、「うっ」と呻いて彼女を見ないように横を向き額のあたりを押さえた。 レインの顔が赤い。「……そうでなくても一緒のベッドとか無理だ。いや、一緒の部屋に…… 一緒の空間にいること自体が無理なんだ。君が美しすぎて自分を抑えられる自信がない」 ヴィクトリアは気づいた。小屋で監視されていた時の無表情や、さっき部屋を見た時の涼しい顔、あれは作ったものだと。(この人、たぶん私のように本心を隠して表情を作り込むのが上手い人だ) それなのに感情を隠さずに顔を赤くしているのは、限界を超えて耐えられなくなったことを示す。 ヴィクトリアは身の危険を感じた。「襲うかもしれない」 言われた瞬間、ヴィクトリアはバタンと勢いよく扉
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21 悶絶

 体が浮遊する。 ヴィクトリアは夢を見ていた。夢の中ではレインに姫抱きにされていた。 レインの匂いを強く感じる。ヴィクトリアは自分もレインに抱き着いて首の横あたりに顔をこすりつけ、匂いを嗅いだ。全てを放り出しても構わないと思うくらいの芳しい香りがする。深く呼吸を繰り返せば、恍惚とした幸せに包まれた。(好きなの)『ヴィクトリア?』 夢の中のレインが戸惑ったような声を出した。レインへの愛しさがあふれてくる。夢の中だと自分の気持ちを素直に口にすることができた。(あなたの匂いがとても好き)『匂い? 俺のことは?』(好きよ)『本当に? また騙してるんじゃないだろうな?』(大好き。世界で一番好きな匂いよ)『匂いって…… まあ、匂いでも何でもいい。とにかく俺のことが好きなんだね?』(そうよ) 夢の中のレインが笑いかけてくれる。『俺も君が大好きだよ』 夢の中のヴィクトリアはその言葉を受けて満足した。再び意識が薄れていく。感覚がなくなる直前、唇に柔らかいものが触れた気がした。  ******  雨が降っているような音がする。ヴィクトリアはゆっくりと意識を浮上させた。目を開けると、自分がベッドの上に横になっていることに気づく。いつの間にか眠っていたようだ。 あれ? とヴィクトリアは手をついて上体を起こした。レインの横で椅子に座っていたはずなのに、なぜかベッドで寝ている。そしてレインの姿がない。  レインがどこにいるのかはすぐにわかった。浴室から水音がする。雨だと思っていたのはレインがシャワーを浴びている音だったらしい。 そしてヴィクトリアは、レインの匂いに特別敏感になっていたようで、勝手に匂いを感じ取り彼の浴室での様子を知覚してしまった。 近い距離を探る時でも普通はもっとぼやっとしているのに、嗅覚を元に脳内に描かれる絵は、やけに鮮明だ。ヴィクトリアはレインの裸身が手に取るようにわかってしまった。 ヴィクトリアは慌てて頭を振った。その情景を追い出そうとするが、体はレインの匂いを嗅ぐことをやめない。ヴィクトリアは悶絶した。(だめ! だめ!) 早くここから離れねばと床に足を下ろしたが、立てなくてその場に崩れ落ちた。匂いが全くわからなくなるくらいの距離まで移動したいのに、レインの裸の衝撃に腰が抜けてそれ以上動けなくなってしまった。体に力が入らな
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22 困惑

 レインは、ぼうっとした様子のヴィクトリアに笑みを向けただけで脱衣所に行ってしまった。 しばらくして服を着たレインが戻って来た。ヴィクトリアのすぐ横、ベッドに腰かける。「体調はどう? 何か食べられそう?」 レインに頬を撫でられる。手の感触が心地よい。「そういえば、お腹がすいたわね……」 昨夜は自分も一睡もしなかったせいで、椅子に座ったまま寝てしまったようだ。窓の外はとても明るい。時間帯はもう昼に近いのだろう。「大丈夫そうなら何か食いにいくか。いや――」 どうやら銃騎士隊の詰所に連れて行かれるわけではないようでほっとしたが、ヴィクトリアは言葉の途中で険しい顔になったレインを不思議に思って見つめた。「だめだ! 食事をしてるのなんて見られたら、君を狙う不埒者が増えるだけだ!」 結局、宿屋の人に頼んで食事を部屋まで持ってきてもらうことになった。  ******  近くの食事処から肉料理が運ばれてきた。部屋のテーブルに向かい合って座りながらレインも同じものを食べている。 厚めのステーキだがレインが最初に切り分けてくれたので食べやすい。「ヴィクトリア……」 指を舐めていると、レインが困惑気味な声を出した。「頼むからフォークを使ってくれ。俺と一緒になりたいなら手掴み食べは改めてほしい。毎回心臓がもたない」(……今、何て言った?)「一緒になるの?」「ならないのか?」 今度はヴィクトリアが困惑する番だった。「それは、私と番になるということ?」「そうだよ」 ヴィクトリアは黙ってしまった。「まずは恋人になろうか、俺たち」 うん、とうなずいてしまいそうなるのを寸前でこらえた。(わかってる。彼には伝えてないけど、レインが好き) でも今ここで「はい」とは言えない。決定的なことを言ってしまったら、瞳の奥に欲望が見え隠れするレインに後ろのベッドに引っ張り込まれてしまうような気がした。 獣人の番選びは人生を左右する。一時の感情で流されるわけにはいかない。 レインと番になるには、乗り越えなければならない問題がいくつかある。「あなたにそう言ってもらえるのは嬉しいけど、まだ気持ちの整理がつかないの」 ずるいのはわかっているが、肯定も否定もせず曖昧な返事をした。「すぐにじゃなくていいから、考えておいて」 ヴィクトリアの答えを責めるでもなく受け
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23 問いかけ

 買い物に出かけようとすると、レインが隊服の上着をヴィクトリアにかけてきた。 はて、今日は寒いのだろうかと窓の外を見るが、暖かそうな陽の光が眩しい。天気はよく晴れている。「着ておいて。揺れてるから」 その意味を理解するのに三秒ほどかかった。ヴィクトリアは頬に朱を走らせ胸を腕で覆う。「も、もっと早く言って!」 レインは「役得」と言いながらニコニコ笑っている。 急いで隊服を着込んだヴィクトリアは、レインの匂いに包まれて、彼に抱きしめられているように錯覚した。 隊服はヴィクトリアにはやや大きかったので、レインが袖をまくってくれた。  ****** 「ねえ、レイン」「何だい、俺の愛しい人」 小声で話しかけたのに、レインは普通よりもやや大きな声で、かつわざとらしい言い回しで答えてくる。「恥ずかしいので下ろしてほしいんだけど」 レインの耳元に顔を寄せて小声で囁く。現在ヴィクトリアはレインに抱きかかえられて、宿屋の戸口前、大通りに面した場所にいた。道行く人たちが物珍しいものを見る目つきでこちらを見ている。「足が汚れるだろ。少しの間だけなんだから我慢して」 ヴィクトリアは感覚がおかしくなっていたのか、部屋を出る際にその理由で抱きかかえられた時、「まあ、ありがとう」などと言って普通に受け入れていた。密着しているのが嬉しかったし、むしろ何て優しい人なのだろうと思った。 だが、宿屋の受付で「外出するがまた戻る」と伝えている間、ご主人に始終驚いた顔を向けられていたので、あれ? と思い始めた。  外に出れば通行人のほとんどに好奇の目を向けられてしまい、ヴィクトリアはこれが普通でないことに気づく。お姫様抱っこをされて移動している者など誰もいない。歩く者は皆当然のように自分の足で歩いている。「目立っているわ。すごく恥ずかしい」「ヴィクトリアは俺のものだって宣伝できるからこれでいい」「何その変な理由」 抗議をするがレインが聞き入れてくれる様子はない。そのうちに宿屋の建物の脇にある小道に入り大通りから逸れた。すぐ宿屋の裏手にある馬屋に辿り着く。昨日乗った栗毛の馬の前まで行くと、馬丁が鞍を乗せて柵から出してくれた。 レインはヴィクトリアを馬に乗せると自身も後ろにまたがる。レインは片手で手綱を握り、もう片方の手をヴィクトリアの体に回した。 背中にレインの体
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24 買物攻防

 馬を街路樹に繋ぎ、二人は婦人服や服飾雑貨を売っている店に入った。「いらっしゃいま……」 やはり抱えられたヴィクトリアを見て店員は一様に目を見開いたが、何事もなかったかのように丁寧に案内してくれた。 レインは「服を――」と言いかけたが、ヴィクトリアはその声に被せるように、「まずは靴! それから下着をお願い!」と女性店員に声高に言った。(とにかくレインから離れよう) 見本の衣服が並べられているガラス張りの窓の向こうから、ヴィクトリアが抱っこされているのを覗き込んでくる通行人もいて、好奇の視線が痛すぎる。 店員が見繕ってくれた靴を試着するために椅子に腰かけると、なぜかレインが跪き、一段高くなった台の上でヴィクトリアに靴を履かせ始めた。 両足を履かせるとヴィクトリアの手を取り一緒に歩いてくれる。 ヒールの高い靴で、鏡に映る姿を見れば背筋が伸びて品のある一品だが、レインから逃走する可能性を残しているヴィクトリアにとっては、もう少し走りやすい靴の方がいい。 ヴィクトリアはサイズが合わないと言ってまた別の靴を試着し始めた。 何足か試す中でヴィクトリアは高さのない靴を選ぼうとするが、レインは反対にヒールが高く見た目は綺麗だが走りにくそうな靴ばかり勧めてくる。 もしかすると逃走防止のために意図的にそんな種類の靴を推してくるのかと思わなくもなかった。「綺麗だね」 白地の表面に蔦のような紋様が描かれ、ガラスだと思うが、宝石に似せた透明な粒があしらわれた靴を履かせながらレインが言う。ガラスの粒が光を反射して靴が輝いていた。「そうね、綺麗な靴ね」「ううん、君の足が」 レインは靴ではなくてヴィクトリアの生足を見ている。発言が変態のそれに近い気がする。 もしヴィクトリアがレインに好意を持っていなかったら、全身に悪寒を走らせて鳥肌を立てているだろう。 レインはそこらへんはちゃんとわかっているのか、店員が物を取りに行っていない隙をついて言ってくるのが、せめてもの救いだった。 ヴィクトリアはレインの意見を突っぱねて、自分が一番動きやすいと思った靴にした。 ****** 下着は、「まずサイズを測りましょう」と言われ、店の奥側にある、入口にカーテンのかかった小部屋に連れて行かれた。 レインの隊服だけを脱ぎ、衣服の上から胸やお尻のサイズを測ってもらう。なぜ下着
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25 写真

 下着をいくつか見繕い、そのうちの一つを身につけたヴィクトリアは更衣室から出た。(次は服を選ばないと)「ヴィクトリア」 レインに呼ばれてヴィクトリアは彼のそばに行った。レインの前には婚礼用の純白のドレスが目立つように展示されている。「花嫁が結婚式に着る衣装ね。綺麗だわ……」(花嫁衣装を見ると、リュージュとサーシャの結婚式のことを思い出す……)「聞いてみたんだけど試着してもいいらしいよ。着てみない?」 レインが急にそんなことを言ってきたので驚く。「え、私はいいわよ……」「予行演習だと思えばいいいよ」 別にまだレインと一緒になると決めたわけではないし、獣人と人間が結婚式を挙げるだなんて里でもない限り不可能だと思ったが、レインは店員を呼んでしまい、再び更衣室に逆戻りすることになった。「お客様はお美しいのでよくお似合いでございます!」 婚礼衣装を着せ終えた店員は、ヴィクトリアを見るとなぜか感動したようにそう言って、目を輝かせた。「こちらはサービスでございます!」 店員はヴィクトリアを椅子に座らせると張り切った様子で化粧まで施し始めた。別の店員がやって来てヴィクトリアの長い銀髪を結い上げる。  衣装に合わせたヘッドドレスを飾れば鏡の中に立派な花嫁が出来上がっていた。 店員の化粧の腕前は素晴らしいもので、自分で化粧した時よりもとても綺麗な仕上がりだった。 完成形を見た店員たちは泣いていたが、更衣室のカーテンを開けてレインにその姿を見せても、彼は時が止まったように目を見開いてこちらを見つめるばかりで、一言も発言してくれない。(綺麗にしてもらって浮かれていたけど、花嫁でもないのに恥ずかしい……) ヴィクトリアは思わずカーテンを引いて隠れてしまった。「ヴィクトリア、どうしたんだ! 隠れないでもっと花嫁姿を見せてくれ! とても綺麗だ」 カーテンの向こうから上擦った声で慌てたように言うレインの声が聞こえた。  ******  ヴィクトリアはすぐに別の服に着替えようとしたが、レインや店員たちに勧められるまま隣の写真館で花嫁衣装のまま写真を撮ることになってしまった。「結婚式も隊服で挙げられるのですか? 銃騎士の方は隊服のままで式を挙げる方もいらっしゃいますからね」 レインは何をどう言ったのか、写真館の店主は二人の結婚写真を撮ると思っているよ
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26 指輪

 ヴィクトリアは機嫌を悪くしてしまい、レインが何を話しかけても無言対応になってしまった。 困ったレインは周囲を見渡して、とあるお店に目を止めた。「ちょっと入ってみようか」 レインに促されて入ったのは、貴金属や宝石が売っているお店だ。「お詫びに何か買ってあげるよ」 ヴィクトリアは驚く。ここで売っているのは服よりも高価なものばかりだ。「え、でも、またお金を使わせるのは悪いわ」「いいから」 レインはヴィクトリアの手を引いて意気揚々と商品を見定め始める。 ネックレス、腕輪、指輪…… 透明なケースに入れられたキラキラした商品を、レインは店員に断って次から次へとヴィクトリアに装着させては笑顔で眺め、その度にすごく綺麗だとか全部似合うとか恥ずかしいほどに褒めちぎってくる。 先程の服屋でも全く同じ現象が起こっていた。最初は下心ありでヴィクトリアによく思われたくて言っているのだろうかと思ったが、本人は至って心から楽しそうにしている。(服を買う時にも思ったけど、もしかしてレインは誰かを着飾らせるのが好きなのかしら……?)「……ヴィクトリア、お揃いで指輪をつけないか?」 銀色の指輪をはめて眺めていると、不意にそんな言葉をかけられた。 人間社会では、揃いの指輪はお互いが恋人同士であることを示すものだ。装着する指で意味は変わってくるが、婚姻または婚約の証でもある。 ヴィクトリアは神妙な表情になった。「そういうのは、きちんと恋人同士になってからにしましょうか」「ヴィクトリア、俺の気持ちはわかっているだろう? 君の気持ちだって俺はわかってる。君は焦らしの天才なのか?」「時間がほしいと伝えたはずよ。私はあなたの気持ちだけで充分よ。本当に恋人同士になれた時には買ってもらうようにするから」「確かに返事はすぐじゃなくてもいいとは言ったけど、それは君を安心させるためで……」 レインは、はあ、とため息を吐いた。「ヴィクトリアは難しく考えすぎなんだよ。何とかなる。俺が何とかするから…… 俺はこれ以上ないくらい君が大好きなんだよ。君以外の人は考えられない。  俺は証がほしいんだ。明確な約束を取りつけないと君がいなくなってしまうようで、不安が拭いきれない。  俺の恋人になってくれないか? 先のことはじっくり考えよう。俺はもうずっと君だけなんだ。君と離れることなん
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27 過去

「やめろ! やめてくれ!」  何もかもが壊され血の匂いが漂う村で、レインの絶叫が聞こえる。 「いやあああっ!」 「クリスティナ!」  女性の悲鳴と、レインが彼女の名前を叫ぶ声が聞こえる。そして、シドが二人を煽り、なじる声も。  何が起きているのかは行かなくてもわかった。  ヴィクトリアは恐ろしくて震えていた。  あれは将来、自分の身に起こるかもしれないことだ。  助けになんて飛び込めない。行ったら、自分も同じ目にあうもしれない。  空気を裂くような彼女の悲鳴と、レインがやめてくれと泣きながら懇願する声が絶え間なく響き続ける。 「誰か! 誰か助けて!」  その叫び声がレインのものなのか、彼女のものなのか、耳を塞いだヴィクトリアには判断がつかなかった。  ヴィクトリアはそこから背を向けて、逃げた。  ******  商店街を抜けてしばらく行くと、噴水のある公園が見えてきた。公園内にはアイスクリームを売っている露店もあった。  甘い匂いに釣られてじっと見ていると、気づいたレインに「食べる?」と問いかけられた。ヴィクトリアは目を輝かせてコクコクとうなずく。  共に列に並び、「ミルクだけのものでお願い」と注文をするが、レインはなぜだかヴィクトリアの分しか頼まなかった。 「食べないの?」と不思議そうに聞くヴィクトリアに、レインは、「俺はいいから」としか答えない。  二人は近くの長椅子に腰かけた。カップに入ったそれをスプーンですくって口に入れると、冷たさと共に甘さが口内に広がり、幸せに包まれた。  顔をほころばせるヴィクトリアを眺めて目を細めていたレインは、突然立ち上がった。 「そろそろ歩き疲れただろう? 俺は馬を取りに行ってくるから、ここで待ってて」 「なら私も一緒に行くわ」 「俺一人でいい。ゆっくり食べなよ」  レインはそう言って、腰に下げていた二本の剣のうちの一本を、鞘ごとヴィクトリアに差し出した。 「何? 護身用?」  受け取りながら戸惑うヴィクトリアに、レインが告げる。 「これは元々は俺の親友の剣で、とても大事なものなんだ。君に預けておくから、必ず返してね」  おそらく、一人にするけどこれを返すまでは逃げるな、ということだろう。  正直、レインから逃げる気持ちはだいぶ失せている。 「親友……」 「そいつはもう、
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28 結婚します

 レインは宿屋には直行せず、先程の宝飾店に戻って来ていた。 店員に声をかけ、こっそり準備してもらっていたものを見せてもらう。 綺麗な小箱に入れられたそれは、銀色の揃いの指輪だ。 先程の試着において、着けたり外したりを繰り返して、ヴィクトリアが何度も何度も見ていたから、それにしようと決めた。店内でヴィクトリアと距離ができた時に、あとで彼女に内緒で買いに来るから用意しておいてほしいと店員に伝えていた。「贈り物ですか?」「ええ、婚約指輪です」「まあ、ご婚約用ですか。それはおめでとうございます」「ありがとうございます」 婚約も何も交際の返事すらもらっていないが、レインはヴィクトリアと結婚する気満々だった。 そう、ヴィクトリアとは奴隷契約ではなくて、結婚するのだ。 彼女が奴隷は嫌だと言うから、妻にしようと思う。 人間と獣人が人間社会で共に生きていくには、主人と奴隷になる以外に、ほとんど反則技と言っていいが、もう一つだけ方法がある。 魔法だ。魔法使いの力を使って、獣人を人間だと偽るための数々の工作をすればいい。 そうすれば、人間社会に完全に溶け込み、獣人であることを隠して生きていける。ヴィクトリアが人間として生活できる。 幸い、レインには魔法使いの伝手もある。 魔法使いに貸しを作ることになるし、多少の不便さは発生することになるが、それでも奴隷にならずとも一緒にいる方法があると言えば、ヴィクトリアもきっと受け入れてくれるはずだ。 本当は奴隷の方が色々と都合がいいのだが、ヴィクトリアの望みはできるだけ叶えてあげたい。それに、レインにとっては奴隷でも妻でも、結局は同じことだった。 環境は全て整えてある。 一緒になったら専用の部屋に閉じ込めて、自分が付き添える時以外はそこから出さない。 少し不自由な思いをさせてしまうかもしれないが、全てはヴィクトリアの安全のためだ。 ヴィクトリアはびっくりするくらい綺麗だから、彼女の姿を見ただけで血迷う男が次から次へと湧いて出てきてしまう。  九番隊砦の面子がいい例だ。実際、彼女の姿を目にした途端、連中は浮足立ち、お祭り騒ぎだった。 法が許すなら全員始末したい。 筆頭はジュリアスだ。 ジュリアスは馬鹿みたいに強い。本人は隠したがっているが、銃騎士隊で一番強いのはおそらくジュリアスだろう。  闇討ちした所
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29 裏切り

「号外! 号外だ!」 長椅子に座りながら思考の渦に呑まれていたヴィクトリアは、顔を上げて声のした方を見た。 公園の入口付近にいる紙の束を持った男が、興奮した様子で声を張り上げていた。文字の綴られた紙を道行く人に配っている。「稀代の大悪党、獣人王シドが捕まったぞ!」 わあっ、と、周辺のそこかしこから歓声が上がった。人々が我先にと男に群がり、紙を手に取っていく。「処刑は明後日の午後だ!」 ヴィクトリアも立ち上がり、男に駆け寄って紙を受け取った。紙面を広げれば、男の言うとおりシドが銃騎士隊に捕まり、処刑の日時が決まった旨が記されている。 処刑――シドの処刑が正式に決まった。 わかっていたことだ。あらかじめそうなるとジュリアスから聞いていたし、仕方のないことだと思っていた。  なのに、改めて突きつけられた現実は、ヴィクトリアの胸に穴を開けた。手や足の末端が冷たくなって、全身から力が抜けていくようだった。 周囲の人々は喜んでいる。ヴィクトリアの父親が死ぬことを喜んでいる。けれど彼女は、喪失感に胸を突かれていた。 襲われて里から逃げ出したあの夜から、あんな人は父親じゃないと、そう思おうとしていた。  けれど、シドが死ぬことを悲しいと感じている自分は、結局割り切ることができなかったようだ。「シド…… お父さま……」 ****** レインは号外の紙を手にし呆然と佇むヴィクトリアを見ていた。 騒いで喜びをあらわにする大勢の人々の中、ヴィクトリアだけがその空気とは真逆の、異質な雰囲気を醸し出していた。彼女は衝撃に胸打たれたように立ち尽くしている。 眉を寄せたヴィクトリアの瞳は、深い悲しみの色に包まれていた。 ――なぜ? ――なぜ? ――なぜ? ――その男は俺の大切なクリスティナを奪って殺したのに、なぜ君はそんな男の死を悲しむ? ――君はなぜそんな男に、今でも愛情を傾ける? レインの手の中に綺麗な小箱が握り締められていた。すぐに渡すつもりで、余計な包装は省いてもらっていた。レインは揃いの指輪が入った小箱を見つめ……  それを、肩にかけた荷物入れの中に放り込んだ。 レインの顔に浮かぶのは、悲しみと憎しみの色だ。 次に足を踏み出した時、レインはそれらの感情を完全に顔から消し去っていた。 ****** 握っていたはずの紙を上から引っ張られ
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