Semua Bab 獣人姫は逃げまくる~箱入りな魔性獣人姫は初恋の人と初彼と幼馴染と義父に手籠めにされかけて逃げた後その中の一人と番になる~: Bab 21 - Bab 30

224 Bab

20 扉越し

 頭と体にタオルを巻いただけの状態で、ヴィクトリアは鏡台の前に立った。タオルを外し、先程シドにつけられたキスマークを眺める。首と、胸に近い場所と、お腹にもキスマークがついていた。  つけられたばかりだから赤みが強い。湯で体を温めたせいかよりくっきり浮かび上がっている。シドの匂いもしばらく取れないだろう。 (早くここから逃げなきゃ。いつか取り返しがつかなくなる)  しかし安全に逃げる方法がない。最近はシドにつきまとわれているし、リュージュに会いに行くのさえ四苦八苦している。  それに、里から出るということは、リュージュとさよならするということだ。  リュージュと離れたくなかった。いずれやってくるその時に、自分はその選択ができるのだろうか。全く自信がなかった。シドに襲われかけた衝撃が尾を引いていて、ヴィクトリアの精神は弱りきっていた。  とにかく服を着ようと、ヴィクトリアが頭のタオルを外した時だった。部屋の扉が叩かれる。 (誰?)  扉は金属製であまり隙間がないように作られているため、廊下の匂いは扉に近づかないと察知できない。食事を運んだり洗濯物を回収しに訪問する者はいるが、今はその時間ではない。  ヴィクトリアは警戒した視線を扉に向けた。 「ヴィクトリア、いるか?」 (その声は……) 「リュージュ?」  思わず名前を呼んでしまってから失敗したと思った。居留守でも使えばよかった。 「最近会ってなかったから心配になってさ。大丈夫か? 体の具合でも悪いのか?」 「えっと……」  会いに行かなかったのは意図的なので返答に困る。 「それともあいつに何かされたのか?」  声を一段低くし、わずかに攻撃的になった声で聞いてくる。思い当たることがありすぎて、一瞬体が動かなくなった。  シドが頻繁に会いにくることはリュージュに言っていない。何かあったら頼るという約束を破ってしまっている。でももし話したら、リュージュはヴィクトリアを守ろうとするだろう。またあの時のように、リュージュが死んでしまうような目にあうのは嫌だった。 「そんなことない、大丈夫よ」 「じゃあ無事かどうか確認するからここ開けて」  その言葉に驚いたヴィクトリアの体が強張った。 「今お風呂上がりで何も着てないの。恥ずかしいからまた今度にしてね」 「服を着終わるまでここで待って
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21 失恋

 その日はよく晴れた日だった。 長めの春が終わり、季節は苛烈な夏に向かおうとしている。 ヴィクトリアはようやく、シドに捕まることなくリュージュを見つけることができた。 ヴィクトリアは草原に座り込むリュージュの姿を見て安堵の笑みを浮かべる。 会いに行くと約束したのに思ったより時間がすぎてしまった。怒ってやしないかと思ったが、リュージュはヴィクトリアに気づくと満面の笑みを浮かべた。リュージュはいつでも自分を温かく迎えてくれる、そう思った。 けれど、違う。(匂いが違う……) ヴィクトリアは足を止めた。 リュージュから、サーシャの匂いがする。 会っただけ、手を繋いだだけ、ただ抱きしめ合っただけ、その程度ではつかない濃いめの匂いがこびりついている。だからといって、体を契ったほどではない。とある行為をした時にだけつく、独特の濃さの匂い。(これは、キスしてる……) 目の前が真っ暗になって立ち尽くしていると、リュージュの方から走り寄ってきた。 ヴィクトリアは咄嗟に下を向いた。 笑顔で、返す――多分それが正しいのだろう。けれどヴィクトリアは、上手く表情を作ることができなかった。「ヴィクトリア?」 リュージュが怪訝そうな様子で、長い銀髪に隠れたヴィクトリアの顔を覗き込もうとしてくるので、彼女は痛みをこらえるような表情を浮かべて、顔を上げた。「ごめん、ちょっと足が痛くなっちゃって」「そうなのか? 大丈夫か?」「たいしたことないから大丈夫よ」 そう言ったのに、リュージュは屈んで、「足のどこが痛いんだ?」と言いながら心配してくる。(嘘なのに、優しくしないで。泣きそうよ) ヴィクトリアはリュージュを振り切るように、その場からスタスタと歩いてみせた。「ほら、歩けるから大丈夫みたい。気のせいだったのかも」 そう言って、ヴィクトリアは今度こそ笑顔を貼りつけた。「本当か? 痛かったら無理するなよ。そうだ、この後サーシャに会うんだ。足の状態を診てもらったらどうだ? 何か薬もらっとけよ」 ヴィクトリアは頭をぶんぶんと思いっきり左右に降った。「いい! それはいいから! 本当に大丈夫!」「そうか? ならいいんだけどさ」「えっと…… サーシャに会うのね。それじゃ私はお邪魔かな。リュージュの顔を久しぶりに見られてよかったわ。私は部屋に戻るね」「ちょっと待て
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22 結婚式 1

 ヴィクトリアは自室の鏡台に座っていた。筆を持ち、まぶたの際に黒い線を引いていく。目元に化粧を施せばいつもより艶っぽくなった。 化粧は昔閉じ込められていた母が暇を持て余してよくやっていたので、それの見様見真似と、あとは聞く相手もいなかったので本で勉強した。美容液の類は使ったことがあったが、化粧はキスマークを隠す以外はしたことがなかったので、本日のために商人からお勧めの化粧道具一式を買い揃え、何度か練習も重ねた。 あとは唇に紅を乗せるだけ。鏡を見て顔全体を確認すれば、そこそこ見栄えがするようにはなった。 髪型については一人でやるのは限界もあり、最初は全体を上げて一つに纏めようとしたが、ヴィクトリアの髪は腰のあたりまであり、量が多くて上手くできなかった。結局、長いまま下ろすことにして、側頭部に花をかたどった細工の髪飾りをつけた。 ヴィクトリアは着ていたブラウスとスカートを脱ぐと、クローゼットの中から薄桃色のワンピースを取り出した。元々は母のものだったが、着てみると、どこもかしこもヴィクトリアのためにあつらえたのかと思うほどにサイズがぴったりで、華やかなデザインも気に入ってこれを選んだ。 シドには新しいものを買ってやると言われたが、一度服を着た状態で見せて「これにする」と言ったら、何も言わなくなった。 本当は自分の瞳の色に合わせた水色の衣装を着ようと思ったが、おそらく本日の主役、青い髪と瞳を持つ花嫁がお色直しで青系のドレスを着るだろうと考え、同じ系統は避けて薄桃色の服を選んだ。 もうすぐ式が始まる。ヴィクトリアは鏡台の前に立ち、くるりと回っておかしい所がないか一通り確認した。(大丈夫、ちゃんとしてるわ) バックに化粧道具などを詰めて部屋の扉まで近づくと、とある人物の匂いに気づく。 ヴィクトリアは一瞬動きが止まったが、この扉を通らないと外には行けない。数ある内鍵を解除して扉を開けた。 目の前に、礼服を着込み着飾ったシドが立っていた。もうすぐ四十に届くというのに、見た目は二十代に見える。 シドは以前このワンピースを着たのを見た時と同様、優しい眼差しをヴィクトリアに向けていた。「お前はいつも美しいが、今日のお前はより一層美しい。装いがよく似合っている」「ありがとう」 少し気恥ずかしくなり、張りつけたものではない微笑みをシドに向ける。「待っていた
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23 結婚式 2

 サーシャは美しかった。純白のドレスには部分的に朱色や薄黄色の小さな花が舞っていて、ブーケや髪飾りにも同じ色合いの生花が使われていた。 リュージュがサーシャの手を引きながら入場する。 リュージュは、はにかんだような表情を浮かべて幸せさがにじみ出ていたが、一方のサーシャは、ベール越しではあったが、どことなく表情が硬いように見えた。緊張しているのかもしれない。  式が行われている場所は里の中に唯一ある教会だ。獣人族に元々信仰はないが、信仰心を持つ人間と交流を持てば、自然とこのような施設も造られた。 祭壇には獣人の神父がいて、二人に祈りの言葉を捧げていた。それから結婚誓約書への署名もある。(リュージュに文字を教えておいて良かったわ) 神父が二人に誓いのキスを促す。 今更この程度で動揺なんかしないと、ヴィクトリアはそう思っていたが、リュージュが薄いベールを上げてサーシャの唇に自分のそれを押し当てた瞬間、心臓に刃物でズタズタに切り裂かれたような痛みが走った。 一瞬、このまま傷ついた心臓が止まって死ねれば楽なのに、と思ってしまった。この場からいなくなりたかった。 けれどヴィクトリアは、そんな心情を周囲には鉄壁の表情操作で悟らせない。もはや意地だ。 それに、絶対に心の内を外にさらけ出したくはなかった。 シドがこちらを観察するように見ていたからだ。 神父が二人の結婚を高らかに宣言し、式の閉幕を告げる。 リュージュは退場しながら友人たちに笑顔を見せている。入場の時は緊張した面持ちだったサーシャも、皆から祝福を受け、微笑みを返していた。本当に、絵に描いたように幸せそうな二人だ。 ヴィクトリアは磨り減っていく気力を総動員し、彼らを祝福し見守るような、朗らかで穏やかな微笑みを始終浮かべていた。 華やかに去っていく二人の背中を拍手で見送っていると、隣にいたシドがヴィクトリアの肩を抱いてきた。 シドはヴィクトリアの耳に口を寄せると、周囲には聞こえないほどの小声で囁いた。 その口元には嗜虐的な笑みが浮かんでいる。「だから言ったろ。お前には俺しかいないんだよ」 ****** 式の後は場所を移し、草原にテーブルを並べて立食形式の昼餐会を行うことになっていた。 しかし、ヴィクトリアは式の終盤あたりから胃の中が重苦しくなり始め、それからずっと気持ち悪かった。
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24 本当に地獄みたいですから

 お色直しをしたサーシャは豪奢なドレスを身にまとっていた。基本色はやはり青で、広がりを持ったスカート部には所々白色の布地が混じっていて、スパンコールが散りばめられている。 青色が主体のドレスだったが、色は濃い青ではなく薄めで、どちらかと言えば水色に近い。「体調が優れないようにお見受けしましたので、僭越ながら薬を持って参りました。できればこの場ですぐにお飲みいただければと思います」 やや強引に、紙で包まれた粉薬を手渡される。ヴィクトリアは戸惑いつつサーシャを見上げた。「どうしたの、これ」「同僚に取ってきてもらいました。その症状はおそらく暑さと疲労からでしょう。吐き気などはそれで取れると思います」 驚いた。祝福の輪の中心で会食を楽しんでいるとばかり思っていたのに、サーシャはヴィクトリアの様子に気づいたようだ。「……ありがとう」 微笑みを貼りつけてサーシャを見れば、彼女はじっとヴィクトリアの顔を凝視している。 おそらく、薬を飲むのを見届けるまでは離れるつもりがないのだろう。サーシャの薬師としての腕は信用している。変なものが入っているとは思っていない。 ヴィクトリアは包みを開けて粉薬を口に入れると、水で流し込んだ。「水分をよく摂取し決してご無理はなさらないように。では私はこれで」「待って」 早口で言って去ろうとするサーシャをヴィクトリアは呼び止めた。「サーシャ、結婚おめでとう。今日のあなたはとても綺麗よ。どうかリュージュとお幸せに」 (言えた) 本日の目的は、リュージュへの恋心を抹殺することだ。 言いながらまだ引きつれたように胸が痛い。けれどこうやって少しずつ、リュージュに番ができたことを受け入れていければいいと思う。 リュージュにもサーシャにも幸せになってほしい。それは本当のことだ。 しかしサーシャは口元を硬く引き結び、眉根をわずかに寄せている。心なしか瞳も潤んで泣くのをこらえているようにも見えて、まるで責められているような印象を受けた。「サーシャ?」 サーシャの様子がおかしい。もしかして言い方に棘があったのだろうかと心配になってしまった。「サーシャ」 リュージュの声がして胸が跳ねた。見ればリュージュがこちらにやって来ている。 落ち着き始めていたはずの胃のあたりがいきなりまたモヤモヤともたれ始めた。ヴィクトリアは手の中の水を
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25 夜這い

 昼餐会も終わりになる頃、ヴィクトリアはシドの元に戻った。夜からはまた祝いの宴会が始まるが、それまで時間があるため、一度解散となる運びだ。 元々、ヴィクトリアは本日の夜の宴会だけは何とか欠席できないかと考えていた。 リュージュとサーシャの結婚を祝うのが名目なので、リュージュも夜の宴会には出席する。リュージュが宴会に出るのは、リュージュがシドに物言いをして一触即発になったあの事件以来だ。 祝宴とはいえ中身はいつも通りの宴会。シドはいつも通りにヴィクトリアに手を出すだろうし、リュージュはそれを見て見ぬふりはしないだろう。結婚式を挙げたおめでたい日に揉め事が起こるのは、何としても避けたかった。 この件に関してはこっそりウォグバードに相談もした。というかウォグバードの方から会いに来た。 宴会を差し障りなく欠席するには仮病しかない、というのがウォグバードとの共通認識だった。ヴィクトリアが熱を出していたり具合が悪い時には宴会にお呼びがかからない。シドはあれでヴィクトリアのことをよく見ている。  しかし本当は健康なのにただ病を偽っただけでは、勘の鋭いシドはすぐに見抜いてしまう。「本当に体の調子を悪くするしかない」と言って、ウォグバードはどこから仕入れてきたのか、微量の粉薬を出してきた。「これは?」と聞くと、「毒だ」と返された。 飲めばすぐに体がだるくなり熱が出始めるという。予備も含め三包くらい渡されたので、宴会にどうしても出たくない時があったら使ってみようかなと思ったのだが、「多用すると子供が出来なくなるから扱いには注意するように」と言われた。 面食らうヴィクトリアにウォグバードは、「そのくらいの量を一回服用した程度では問題ないと思うが」とつけ加えた。 完全に安全とは言い切れないのかもしれないが、ヴィクトリアはこれから先自分が番を持つことは一生ないような気がして、仮にそうなっても構わないと思った。 不妊になるような危ない薬の存在をどこで知ったのかと聞いたら、「自分は番との間に子供が出来なかったので、そっち方面の知識に詳しい」とだけ言われた―― ヴィクトリアは結婚式の終盤から起こった体調不良を理由に夜の宴会の欠席をシドに申し出た。 もし認められなかったら部屋に戻って粉薬を飲むつもりだったが、結果は、拍子抜けするくらいにあっさりと了承された。 ******
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26 対決

 窓を見れば通常よりもかなり太い鉄格子がねじり切られていた。(やっぱり、あれはシドには意味がなかったのね) おそらく、シド以外の男をこの部屋に侵入させないためだったのだろう。「愛している、ヴィクトリア」 十一歳の時に宴会をすっぽかそうとして踏み込まれた時以外に、シドがこの部屋に入ったことはない。 ここはいわば聖域だった。この部屋にいれば安全だったはずなのに、破られた。シドが境界を超えてきてしまった。もう、戻るつもりはないのかもしれない。 シドの体から大量のお酒の匂いがする。ヴィクトリアは微笑みを貼りつけた。「酔っているのね。帰る部屋を間違えているわ。送っていくから一緒に行きましょう」 何とかこの部屋の外に出ようと、さり気なく廊下に通じる金属製の扉へ近づこうとしたが、歩き出す前に腕を掴まれた。「酔ってないぞ」 腕を引っ張られた勢いでシドの腕の中に閉じ込められる。あっという間の出来事だった。「酔っている方がお前が受け入れやすいと思ったからそうしたまでのこと。俺が酒に呑まれると思うか?」(シドもまた、私のように仮面を被っていたのね……) ヴィクトリアは貼りつけた笑みを取り去った。誤魔化しは不要だ。 ヴィクトリアはヴィクトリアのままで、この男に対しなければならない。「お前には俺しかいない。俺にとっても、お前は俺の全てだ」「そうね。私にはもう、あなたしかいないわね」 シドは満足そうに目を細めると、ヴィクトリアの頬に手を添えてキスしようとしてくる。 ヴィクトリアはシドの唇に手を添えてそれを止めた。「待って、話がしたいの」「今更何の話が必要なんだ? 俺たちに時間は腐るほどあっただろう。俺はもう随分待った」 シドがヴィクトリアの手を掴み、指先を口に含んで舐め始めた。怯んではいけない。「私はあなたのことが好きよ。でもそれは父親としてなの。男女にはなれない」「なんだ、結局つまらない話じゃないか」「あなたが私を望むなら、一生誰とも添わないし、ずっとそばにいるわ。でも、体だけは渡せない。その代わりずっと、あなただけを愛するから」「美しいお前を目の前にして、手を出さず、一生我慢しろと? まるで子供の恋だな。そんなものは愛じゃない」 シドが声を立てて笑い出した。「愛しているというなら俺の全てを受け入れろ。お前の全てを差し出せ」「父と娘よ?
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27 真実と偽りの間 1

 シドは顔をしかめはしたものの、呻き声は上げなかった。「ヴィクトリア」 シドは威嚇するような声でヴィクトリアの名を呼んだ。ゆっくりと起き上がり、不機嫌さを顕にした目つきで彼女を見下ろす。 シドが背中に手をやり、短剣を引き抜くと、傷口からぬるりと血が溢れて衣服を汚した。血のついた短剣がカタリと音を立てて床に落ちる。 シドの全身から、いら立ちがにじみ出ていた。「しびれ薬か」 ヴィクトリアは母の形見の短剣に自作のしびれ薬を塗っていた。日中の昼餐会において、どうにもシドが自分を見る目つきがいつもと違うような気がして、嫌な予感を覚えたヴィクトリアは夕刻の風呂上がりに塗っておいたのだ。 何事もなく、考えすぎであればそれでいい。短剣を洗い流せばそれですむ。けれど、予感は当たってしまった。 しびれ薬の作り方の知識は本で得た。本は商人から購入する以外にも図書棟に蔵書があったので、乱読するヴィクトリアが何を読んでいるのかまで、シドも全てを把握しているわけではなかった。 薬作りは難航は極めた。まず、材料が手に入らない。シドの目があるから商人からは購入できないし、自分で調達するしかなかった。魔の森に行くのが一番良いが、ヴィクトリアは森に入れない。だがそれもリュージュが現れたことで解決できた。 材料はリュージュがサーシャと薬草摘みに行く時にこっそり採取してもらっていた。シドは里の中で不審な匂いがあればすぐに気づいてしまうので、木を隠すなら森とばかりに、「狩り」でシドが不在になるまで、リュージュ経由でサーシャに保管してもらっていた。サーシャが自発的に材料を取ってきてくれることもあり、ヴィクトリアは彼女にもお世話になっていた。サーシャが秘密を漏らすこともなかった。 もらった材料は石鹸箱にしまい、やはりシドが「狩り」で不在になる時だけ調合をしていた。匂いを飛ばすために長時間乾かしたり効能をあげるために濃縮したりして、失敗して材料を駄目にしてしまうことも多々あり、薬作りに着手してから納得のいくものが完成するまで五年くらいかかった。ほとんど最近出来上がったようなものだった。 家畜の牛に試したところ、即効でうずくまって動かなくなってしまったので、シドにもそこそこ効くのではないだろうか。 シドはヴィクトリアを激しい憎悪の渦巻く眼差しで睨んでいた。 ヴィクトリアはすぐさまベッド
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28 真実と偽りの間 2

 ヴィクトリアは驚愕に目を見開いた。「嘘よ……」 ヴィクトリアは凍りついた。リュージュにサーシャと番になると告げられた時に匹敵する衝撃だった。「考えてもみろ。お前の番になるかもしれないような男がそばにいることを、俺が許すと思うか? お前はあいつとすごしていて、何も感じなかったのか?」 そうだ、リュージュと出会って交流を持つようになった頃、シドがなぜ何も言ってこないのか疑問に思った事があった。 リュージュは成長するにつれて段々と色素が薄くなってきて、茶色だった髪も今では赤髪と言っていいくらいだ。瞳の色も黒から赤に変わってきている。 赤い色。顔つきはそれほど似ていないけれど、赤はシドの色だ。 シドは複数の女と関係を持つ。把握できていない兄弟がいたところで不思議じゃない。 なぜ気づかなかったんだろう。外見に似通っている所はあった。けれど、笑顔の眩しいあの優しいリュージュと、目の前で残酷な言葉を吐きながらヴィクトリアが傷つくのを楽しんで笑っているような、加虐趣味のある男が親子だなんて、性質が違いすぎて到底思い至らなかった。「リュージュもそのことを知っているようだったしな。お前のような美しい女と共に過ごしながら心を動かされない男はいない。あいつがお前になびかなかったのは、お前が姉だと知っていたからだ。お前は、ずっとあいつに欺かれていたんだ」 青ざめて何も言葉を発せなくなっているヴィクトリアをシドが嘲笑している。「どうした? あんなに好きだったくせに、百年の恋も冷めたか? お前は潔癖だからな。血の繋がりのある相手なんか男として見られないだろ」(リュージュ、どうして言ってくれなかったの……) リュージュはヴィクトリアにとって唯一の希望だった。リュージュへの信頼がグラグラと揺らぎ出しそうになる。(…………駄目) シドの言うことなんか聞いちゃ駄目だ。(勝手に好きになったのは私なんだから、騙されたなんて筋違いだ。姉弟だって
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29 逃走

「助けて! お願い! 開けて! 助けて!」 叫びながら家の戸を叩いた。窓からは明かりが漏れていて、彼らはまだ寝ていないようだ。「ヴィクトリア?」 ヴィクトリアのただならぬ声にすぐさまリュージュが返事をして、戸が開いた。ヴィクトリアは玄関内に飛び込むとすぐに戸をしめた。 リュージュは昼間の婚礼服からは着替えていたが、寝衣ではなかった。 リュージュの体からするサーシャの匂いの濃さが昼間と変わらない。リュージュの背後にサーシャの姿が見えたが、やはり寝衣ではなかった。(まさかまだちゃんと体を繋げていないだなんて…… 寝る準備すらしてないってどういうこと?) 結婚式を挙げておきながらこんな時間までけじめをつけずにこの二人は一体何をやっていたのだろう。一瞬突っ込みたい気持ちが芽生えたが、この二人の関係性は二人だけのものだ。ヴィクトリアが口出しできる立場にはないので思考から外す。 ヴィクトリアの姿を見たリュージュの瞳が驚愕に見開かれる。「ヴィクトリア……」 ヴィクトリアの首と、引き合わせたブラウスの隙間から、シドにつけられたばかりのキスマークが見えた。 これまでつけられたキスマークのほとんどをヴィクトリアは隠し続けてきた。 それでもリュージュは何度か目撃したことはあった。ただ、今回ほどの激しい痕跡を目にするのは初めてかもしれない。 匂いだってシドにつけられたばかりの濃いものがこびりついている。嗅覚の鋭い獣人であれば、何があったのか大体の所はすぐにわかるだろう。「リュージュ、助けて…… 私、シドの番にされてしまう」 涙をこらえながら必死に訴えるヴィクトリアを見て、リュージュの瞳に激しい怒りの色が現れる。「あのクソ野郎……っ」 リュージュはぎりぎりと歯噛みする。ヴィクトリアは怒りに震えるリュージュの腕を強く掴んだ。「ねえ、リュージュ、私達は、姉弟なの?」  今そんなことを確認している場合ではないのかもしれないが、今聞かなかったらこの先聞く機会がなくなってしまうような気がして、ヴィクトリアの口からそんな言葉がついて出た。 シドからではなくて、ちゃんとリュージュの口から聞きたかった。 リュージュは、はっとしたような顔をしてヴィクトリアを見返してから、少し罰が悪そうに下を向いて視線を逸らした。「……ごめん、ヴィクトリア。今まで黙ってて…… そ
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