Alle Kapitel von 獣人姫は逃げまくる~箱入りな魔性獣人姫は初恋の人と初彼と幼馴染と義父に手籠めにされかけて逃げた後その中の一人と番になる~: Kapitel 71 – Kapitel 80

224 Kapitel

3 偽者

 ヴィクトリアは里を出てからのことを順を追ってリュージュに説明しようとしたのだが、話そうと口を開いた途端、ヴィクトリアの腹がぐーっと鳴った。そういえば食事は昼に取ったが、その後はアイスクリームを食べただけでずっと何も口にしていなかった。  半日ほど何も食べていなかったと言うとリュージュは心配してくれて、夕食の残りを出してくれた。  ヴィクトリアは食事をしながら、里から逃げてからの出来事を話した。  里から逃げて何時間も経たないうちにレインという銃騎士の青年に見つかって捕まってしまったこと。    銃騎士隊九番隊砦に連れて行かれて、そこで囚人生活をしていたこと。  敵だけどジュリアスという銃騎士の青年がいて、ヴィクトリアに良くしてくれたこと。  ジュリアスにヴィクトリアが生き延びるためには奴隷になるしかないと言われたこと。  次の日にはシドがヴィクトリアを追って九番隊砦までやってきて、銃騎士隊――ジュリアスたちやオリオンという謎の魔法使いの少年によってシドが捕らえられたこと。 「ちょっと待て」  九番隊砦に現れたシドが、銃騎士隊――ジュリアスたちやオリオンという謎の魔法使いの少年によって捕らえられた話になった時、ヴィクトリアの話を黙って聞いていたはずのリュージュが口を挟んだ。 「シドが捕まったのは、お前が里から出た次の日で間違いないのか?」 「ええ、そうよ」  シドが九番隊砦に現れたのは、ヴィクトリアが里を出奔した次の日の夕刻だ。 「シドは捕まってその後脱獄しなかったか?」 (脱獄?)  ヴィクトリアは首をかしげた。なぜそんな言葉が出てくるのだろう。 「いいえ、シドはその時からずっと捕まっていて脱獄なんかしていないわ。  一度だけ拘束具を外して私の前に現れたけど…… その時の騒ぎで私は九番隊砦から逃げ出してきたのだけれど、でも結局その後また銃騎士隊に捕まったみたいよ。一緒に逃げた銃騎士に連絡が入っていたから」 「それは、本当に確かな情報なのか?」  リュージュはいぶかしむような表情をしながら再度確認してくる。 (シドがずっと捕まっていたら何かおかしいのかしら?) 「そうね…… シドが二度目に捕まった時の情報は伝聞だから私が直接確認したわけじゃないけど、でも、シドが三日前に九番隊砦に現れた時から昨日砦で暴れ出すまで、ずっと捕ま
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4 罪の告白

 食事を完食し口元や指を拭いているヴィクトリアにリュージュが問いかける。 「それで、結局お前に手を出したのはそのジュリアスって奴なのか?」 「え? 何でジュリアス?」 「違うのか? さっきからやたらとジュリアスって奴のことを良く言っているから、お前の相手はそいつなのかと」 「違うわ。ジュリアスはすごくいい人だけど、婚約者がいるもの。私の相手は…… ううん、もう相手とかそういうのじゃない……」  そうだ、もう離れると決めた人だった。  結局、レインとは恋人にすらなれなかった。  うつむいて表情を暗くするヴィクトリアを見て、リュージュが眉を寄せて心配そうな表情をしている。  ヴィクトリアはレインのことを話し始めた。  レインが襲ってきたあたりの話になると、リュージュは思いっきり嫌そうな顔をした。  ヴィクトリアとしても内容が恥ずかしいので、そこらへんはなるべく手短に簡潔に話した。 「レインとすったもんだしている時に、シドが拘束具から抜け出してこっちに向かっていることに気づいて、私怖くて、レインにすがってしまったのよ。そうしたらレインがキスしてきて……  そこから急にレインの匂いを特別なものだって感じるようになってしまったの。体の中からこの人が好きだって強い思いが湧き上がってきて、その気持ちが消えないどころか、一緒に過ごしているうちにどんどん強くなってくるのよ。  番になったわけでもないのに、その後も彼と離れるのを嫌だって感じるようになってしまって……   私、キスされただけでレインのことが好きになってしまったみたいなのだけど、そんなことってよくあることなの?  私は他の獣人の話もよく知らないし、これが普通なのか異常なのかわからなくて」  うーん、と、リュージュが難しい顔をしながら唸っている。 「たぶんそれは…… 特殊な部類に入ると思うぞ。相手の匂いを特別な匂いだと感じるのは普通、正式に番になってからだと聞いている。  でも、体を繋げること以外でも番だと思い込んでしまう奴も中にはいるみたいだ。  何がきっかけでなるかは人によって違うらしくて、お前の場合はそれがキスだったってことみたいだな。たまにいるらしいよ、そういう奴。  つまり今お前はその男を、自分の番だと思っている」 「そんな……」  ヴィクトリアは絶句した。 「私、レイ
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5 その男は必ずまたお前の前に現れる

 ヴィクトリアは、訥々と語り出す。 昔、レインとの間にあった出来事を。 それはまだ、リュージュと出会う前の話だ。 ヴィクトリアはその時十三歳だった。「狩り」に連れ出されたヴィクトリアは、シドがとある女性を穢そうとする場面に遭遇した。その彼女こそがレインの大切な家族だった。 ヴィクトリアは自分にも類が及ぶことを怖れ、ヴィクトリアならばシドを退けることができたのにそれをせず、レインや彼女が助けを求める声を無視して逃げ出した。 結果シドに穢された彼女は絶望して自ら死を選び、一部始終をそばで見ていたレインも絶望し死を望んだが、様子を見に戻ったヴィクトリアにより彼だけは助け出され生き残った。「やっぱり原因はいつもあのクソ野郎かよ!」 リュージュが吐き捨てるようにそう言った。荒々しく息を吐き出し心の底から怒っているようだった。 ヴィクトリアに首輪をかけて彼女を組敷いたレインは言ったのだ、ヴィクトリアを手に入れるだけでは駄目で、シドを殺さない限り彼の復讐は終わらないのだと。 レインは獣人に憎しみを抱いている。 レインに乱暴に扱われて純潔を奪われそうになったけど、それよりも酷い事を自分は彼に対してやってしまっているのだ。「『復讐は終わらない』、か……」 全てを聞き終えたリュージュは、怒りをにじませたままの表情でため息を吐き出しながら、そう独り言ちた。「シドを亡き者することと、それからお前を手籠めにするまでがそいつの復讐なんだろうな」 ヴィクトリアはうつむく。あの時のレインはそれまでとは違い、ヴィクトリアを大切にしようとはしていなかった。「その件はお前だけが悪いんじゃない。お前が自分を守るためには仕方のないことだったと思う。だけど、相手にとってはそうじゃない」(レインにとっては、私は憎い敵のうちの一人……)「お前は……」 リュージュが何か言いかけて、数秒置いてからまた口を開く。「お前は、憎まれているとわかっていても、それでもその男を求める気持はなくならないのか?」「レインからは離れるって決めたの。もう会うつもりもないし、忘れようって思う」「番と思っている相手から本当に離れることが出来るのか? お前の気持ちはそれで納得できたのか?」「それは……」 納得なんてしていない。本当はレインが恋しい。今だって会いたくてたまらない。「
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6 暗殺

 顔を強張らせるヴィクトリアと同様に、深刻そうな表情のリュージュが話を続ける。 「ヴィクトリア、レインとかいうやつのことと、シドの偽者のこともそうだが、もう一つ気になることがある。お前が里から出てしばらくした後、幹部が立て続けに何人か死んでいるんだ」 「え……」  死んでいる。それは、穏やかではない話だ。 「首を切られたり心臓を貫かれたりして血まみれで死んでいたのが二人。それよりもヤバイのが全身真っ黒焦げになって焼死したのが三人だ。  実際に燃えている最中の様子を見た奴もいるんだが、叫びながら火だるまになっていて、かなり悲惨だったそうだ。  本人が倒れて絶命した後も火は燃え続けて、水をかけても何しても消えなかったらしい。  俺も焼死体を見に行ったが、かなりエグかった。油を被って火をつけられたんじゃないかって言ってる奴もいたけど、死体からは油の匂いなんてしなかったし、何で燃えていたのか理由が全くわからない。  血を流して死んでいた二人は自殺するような奴らじゃないから、他殺で間違いないけど、誰がやったのかまだわかっていないんだ。凶器は見つかっていないし、犯人の手がかりになるような匂い一つ残っていない。  事件が起こり始めたのは三日前の深夜からだ。今思えば、偽者かもしれないシドが来てからだ。今日は誰も死んでいないし、シドが二人存在していたことと何か関係があるかもしれない。  むしろ、今はこっちにいたのが偽者のシドで、そいつが全部仕掛けたことなんじゃないかって思えてくるよ」  自分がいない間に里は大変なことになっていたようだ。 「ねえリュージュ、実はね、銃騎士隊は里に諜報員を送り込んでいたみたいなの」 「諜報員……」  リュージュの表情が険しくなる。 「彼らは知るはずのない私の細かい情報を知っていたわ。前から里の情報は銃騎士隊に漏れていたのよ。こっちにいたのが偽者のシドなら、きっと銃騎士隊の手の者だわ。シドになりすまして邪魔な幹部たちを殺していったのよ」 「なりすますったってあんな精巧に化けられるか? 容姿はともかく匂いを完全に再現することなんて不可能だろ」 「……不可能じゃないわ」  ヴィクトリアの発言を受けて、リュージュが怪訝そうな顔をする。  その考えは突如としてヴィクトリアの頭の中に降りてきた。 「魔法使いよ」  ヴィクトリ
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7 コンプレックス

 浴槽に湯を溜め始めたことを告げてタオルを渡すと、ヴィクトリアは綺麗な顔に笑みを浮かべてとても嬉しそうにした。 いつからかヴィクトリアは入浴好きになっていた。 あの男の匂いを消すためだったことは知っている。「ねえリュージュ、ウォグバードの所へ行った帰りに私の部屋に寄れる? 着替えを何着かと、あと下着もいくつか持ってきてほしいのだけど、頼めるかしら?」 リュージュは若干驚く。「別にいいけど、服や下着がどこにあるのかなんて知らないぞ」 リュージュは苦笑した。気軽に下着を持って来てほしいと頼まれるくらいには自分たちは仲が良い。そんなことを頼まれるのは初めてだが。 リュージュはヴィクトリアの部屋に入ったことがないのでどこに何があるのかなんて知らなかった。 ヴィクトリアから衣服のある場所や、部屋には窓から入るしかないといった説明を受ける。「じゃあ私はお風呂に入ってくるわね。リュージュもどこに敵が潜んでいるかわからないんだから、気をつけてね」「お前こそ気をつけろよ。鍵はかけていくけどさ」 ほんの少しでも一人にすることは心配だったが、ヴィクトリアの入浴中は近くにいたくなかった。 出会った頃からずっと、ヴィクトリアが自分のことを友達としか見ていなかったことは知っている。意識している相手に下着を持って来いだなんて頼まない。 今は弟だと打ち明けているから、それは当たり前の話なのだが。 ヴィクトリアが背を向けて廊下の向こうに消えていく。 やがて浴室の扉が開く音がして、シャワーの音が聞こえてきた。 リュージュは浴室の方向を見ながらその場に立ち尽くしていた。 ――ヴィクトリアは姉だ。 父は共に獣人王シド。ヴィクトリアとは異母姉弟になる。リュージュの中ではそれが真実だ。 ヴィクトリアの母は獣人だったそうだが、リュージュの母は人間だった。リュージュが生まれたその日に命を落としたと兄から聞いている。 育ての兄ロータスから兄弟たちの名前はあらかた聞いていたから、初めて彼女に会った時、ヴィクトリアという名前とその容姿から、自分と血を分けた姉であることには気づいた。『ヴィー…… ヴィクトリアは、俺が里を出た時にはもう歩いていたな。利口な子で、「俺が兄ちゃんだぞ」ってずっと言っていたら、俺のことを「にいに」って呼んでくれて…… 天使みたいで本当に可愛いかったなぁ
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8 来訪者

 月明かりが照らす夜闇の中、レンガ造りの二階建ての家から距離を取り、人影がちらほら集まってくる。 彼らは皆一様に家を注視しながらも互いを牽制し合い、しばらくの間動く者は誰もいなかった。 しかし、抜け駆けするかのように一人が飛び出すと、続くように一人また一人と駆け出し始めたのだが―― 走り出した者たちの誰一人として、家まで辿り着く者はいなかった。 闇の中でもそれとわかる金色の髪と瞳をした男が、家に近づく者たちに向かって抜刀する。目にも止まらぬ速さで人影を次々と倒していった。 駆け出さなかった者たちの中にはその男が刃を抜いたのを見ただけで逃げ出す者もいた。男は未だその場に留まり続ける者たちに鈍く光る瞳を向けると、すぐさま攻撃を仕掛ける。 彼はやがてその場にいた者たち全員を駆逐した。 ****** まだ浴槽にお湯を溜めている途中だったが、ヴィクトリアは服を脱いで浴室に入った。シャワーの栓をひねり、体にかかる湯の温かさにホッと息をつく。湯を浴びるのは一日ぶりだ。(レインの匂いを落とさなきゃ……) 四日前につけられたシドの匂いだってまだ完全には落ちていない。 石鹸を泡立てて体を洗う。レインにキスされた部位を何度泡で洗っても、半日程度ではレインの匂いは消えない。自分の体からレインの香りがして、切ない。 あの時レインは風呂上がりのヴィクトリアを見て良い匂いだと言ってくれた。でも、今入浴を終えて外に出ても、レインはいない。離れてしまったのだから、優しい声で甘ったるいことを囁いてくれるレインはもういない。(ああ、またレインのことを考えている……) さっきまでは、リュージュが浴室の準備をしてくれている間も、お風呂に入れることを嬉しく思い弾むような気持ちだった。それまでしていた話の内容が重かったこともあり、入浴は良い気分転換になるはずだと思っていた。 しかし、浴室に入ってみればまたレインのことを思い出し、前向きになりかけていた気持ちが沈んでいく。入浴直前に感じていた気持ちと現在が違いすぎて、自分でも感情の浮き沈みが激しいように思った。 獣人は番と離れると情緒不安定になることがある。全ての獣人がそうなるわけではないが。 リュージュが指摘したように自分がレインを番と思っている――思い込んでいるのは確かにそうなのだろう。(大好きなレイン) 今でも好きだ。
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9 やっと、俺のものになれるね

『ヴィー』とは、幼い頃里の者たちから呼ばれていた愛称だ。流血事件が起こってからは誰も呼ばなくなったが。「俺だよ」って言われても、扉を開けられるわけがない。誰なのかはわかっているが、自分たちは気安い関係ではない。 幼い頃は共に過ごしたこともあったが、シドの執着が始まって以降の交流は皆無で、ほとんど他人同然だった。「ヴィー」 扉の向こうから自分を呼ぶ声がする。ヴィクトリアはごくりと唾を飲み込んで、口を開いた。「何しに来たのよ…… アル」 ヴィクトリアはシドに執着される前からこの男――アルベールのことが嫌いだった。できれば関わり合いになりたくない。「迎えに来たよ」(迎えに来た? 意味がわからない) ヴィクトリアはアルベールに過去にされた仕打ちを思い出して困惑していた。「ヴィクトリア!」 後ろからリュージュが飛んで来た。「リュージュ!」 ヴィクトリアは安堵してリュージュの腕にしがみついた。 ガン! と扉から一際大きな音がした。見れば木製の扉が壊されて枠から外れ床に倒れる所だった。 暗闇の中から金色の髪の男がスッと足を踏み出す。一見すると虫も殺せないような優しそうな風貌をしているが、その実、人間を殺すことに全くためらいを見せない残忍な男だ。 結局アルベールは自分で扉を破壊して中に押し入った。「リュージュ、離れろ。ヴィーに触るな」 アルベールの表情はさほど変わらないが、声に苛立ちが含まれていた。「何の用だ? アルベール」 リュージュはヴィクトリアの体に手を回したまま離さず、警戒心もあらわに問いかけた。「ヴィーを俺の番にする」「い、嫌よ!」 ヴィクトリアは思わず声を上げた。アルベールと番になるなんて冗談じゃない。「嫌だそうだ。わかったらさっさと帰れ」 リュージュが凄みを効かせた声で告げる。「お前は関係ないからすっこんでろ。目ざわりだ。消えろゴミクズ。死ね」 穏やかそうな顔からは想像できないような過激な言葉を発したアルベールが腰の剣を抜き襲い来るが、いつの間にかアルベールに肉薄していたリュージュが間合いに入り斬撃を繰り出す。 リュージュはこうなることがわかっていたのか、アルベールよりも早く鞘から剣を抜き、先制攻撃を仕かけていた。 アルベールは攻撃に転じる前の力が入りきっていない剣でリュージュの初撃を受け止めた。これ以上近づ
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10 ヴィーはずっと、俺の――

 ソファに寝かせられたリュージュを見てヴィクトリアは泣きそうになった。  肩口から流れたおびただしい血によって腕も衣服も血まみれだし、口元にも吐いた血がついている。傷口より心臓に近い部分を縛りはしたものの、まだ出血は止まっていない。  意識を失っているリュージュの顔からは悲しみが色濃く感じられて、ヴィクトリアの胸がえぐられる。  かがみ込んでリュージュに触れようとするとアルベールに止められた。 「薬箱取ってきて」  アルベールがリュージュの上着を脱がしていく。  ヴィクトリアは何か言い返そうとして、結局何も言わず、初めて訪れたウォグバードの家で薬箱を探すことにした。  当初、アルベールはヴィクトリアを連れてそのまま去るつもりだったようだが、リュージュをあのままにしてはおけないとヴィクトリアがごねたのだった。  アルベールは渋々といった様子で応急処置をすることは了承したが、「運ぶのも治療するのも全部俺がやるからヴィーはリュージュに一切触るな」というのが条件だった。    消毒薬の匂いを探してリビングから廊下に出る。  目についた部屋の扉を開けて中に入ると書斎のようだった。壁際の棚には本が並べられていたが、写真も多く飾られていた。  近づいて良く見ると、見知らぬ一人の女性の写真が多い。今よりも若いウォグバードと一緒に写っているものもあったので、この女性はずっと前に亡くなったというウォグバードの番なのだろうと思った。  執務机の上にもこの女性の写真立てが置かれていた。きちんと掃除の行き届いた場所に置かれて、埃もかぶっていない写真立てを見ると、何となくウォグバードの思いを感じる。  亡くなった後も番の女性をずっと愛しているのだろう。  棚には少し前の幼さの残るリュージュの写真も交ざっていたので、こんな時だが微笑ましく思った。  書斎に薬箱はないだろうし、人の大切なものを勝手に覗き見したように感じてしまったヴィクトリアは、すぐにその部屋を出た。  薬箱は階段下にある物置のような小部屋の中にあった。リュージュもウォグバードも仕事柄怪我をすることが多いのか、三箱くらい置かれていた。ヴィクトリアはそのうちの一つを手に取り、中に消毒薬や包帯など一式が入っていることを確認してからリビングに戻った。  リビングに行くとリュージュが下着一枚にされていたの
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11 昔の話

 二歳年上のアルベールはヴィクトリアが物心ついた時にはもうそばにいた。子供同士で遊ぶ時にはいつも隣にいたが、他の子と仲良くしようとすると必ず間に入ってきた。 監視されているように感じ始めたのはいつ頃だっただろうか。仲良くなった子と仲違いするようなことを仕掛けられたこともあった。 ヴィクトリアにとってアルベールは目の上のたんこぶのような存在だった。 アルベールは穏やかそうな外見とは裏腹に我が強く、全く優しくなくて、ヴィクトリアにあれこれ指図しては常に彼女の上位に立とうとする意地の悪さを発揮していた。 ヴィクトリアはそんなアルベールに全く懐かなかった。「いい? ヴィーは俺の下僕なんだから、俺が決めた相手と番になるんだよ」 いつだったかそんなことを言われたことがあった。アルベールの下僕になった覚えはないし、何でこの人にそんなことまで決められなければならないのかと憤ったヴィクトリアが「嫌」と返すと、アルベールは痣が出来るくらいの強さでヴィクトリアの腕をつねってきた。 痛くて泣き出すとやめてくれたが、アルベールはそうすると今度は泣きじゃくるヴィクトリアを抱きしめて慰め始めた。 アルベールがヴィクトリアを自分で泣かせておきながら慰めるという変な光景は二人の間ではよくあることだった。 アルベールのヴィクトリアに対する意地悪は他にもいくつかあった。 魔の森を二人だけで遊ぶこともあったが、その後一人にされて置き去りにされることも多かった。 ある時は里からだいぶ離れた場所まで連れて行かれてしまい、帰る方向がわからなくて一人でうろうろしていたら、大きな熊が出て来て死ぬかと思った。結局どこからかアルベールが現れてあっさり倒してくれたので助かったが。 そもそもアルベールが置き去りにしなければそんな目には遭わなかったのだが、助けてもらったお礼を言わないと表向きは何でもない風を装いつつも本心ではすねてややこしくなってくるので、「ありがとう」と言ったところ、「じゃあ俺に感謝して代わりにこの熊を里まで運んで」と言われた。 熊も里では食料になる。担げなくはなかったけど熊は重かった。アルベールはその後行方をくらますことなく里までちゃんと道案内はしてくれたが、熊を運ぶのは最後までヴィクトリアにやらせて自分は全く手を貸してくれなかった。ちょっとぐらい手伝ってくれてもいいのにと思っ
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12 昔の話 ~吸血編~ 

 突然、アルベールが舌を出してヴィクトリアの手から流れ出す血を舐めた。湿った生温かい感触を不快に感じて震えてしまう。 アルベールはあふれる血を何度か舐めた後、今度は唇を直接手の平につけて傷口から血を吸い始めた。「ア、アル…… どうしたの? やめてよ……」 ヴィクトリアは戸惑うばかりだった。危険を感じて離れようとするが、ものすごい力で抑えられて手を振り解けない。 傷口に舌を差し込まれて鋭い痛みが走った。「アル!」 絶叫すると、アルベールは手から顔を離してようやくこちらを見た。 その顔を見てヴィクトリアは息を呑む。 顔の下半分は血に濡れて、ヴィクトリアを見つめる目は異様な光を放ち瞳孔が開ききっていた。 アルベールがヴィクトリアを見て、笑う。 その瞬間体の底から大きな震えが走った。 アルベールに腰の短剣を奪われたと気づいた時には、もう、首が切られていた。 鮮血が飛び散った。ヴィクトリアは吹き出す自分の血をどこか他人事のように見ていた。 急速に血が失われていくことで目の前が暗くなる。(ああ、駄目だ、死ぬ) 恐怖の感情が追いついてこないまま、ヴィクトリアはただ自分の体の状態を考えてぼんやりとそう思った。 そのまま意識を飛ばしかけて、だが一瞬暗くなっただけですぐに戻ってきた。 アルベールが首のつけ根を圧迫している。血が吹き出す量が減っていた。顔を上げると、こちらを覗き込む不気味な金色の瞳と目が合った。(いつものアルじゃない)「――――――――」 アルベールが何か言っているが、よくわからなかった。頭がその言葉を拒否したのかもしれない。 アルベールがヴィクトリアの首に口を寄せる。 傷口を舐められて気持ち悪いと感じた。 やがて彼は傷口からあふれる血を吸い始めた。ゴクリとヴィクトリアの血を繰り返し嚥下する音が脳髄にまで響いてくるようで、そこから先は嫌悪感と恐怖と痛みと、それから混乱に支配された。 ヴィクトリアは獣人だ。決して捕食される側ではない。捕食する側のはずだ。 人間こそ殺したことはないが、小さな野生動物なら狩ったことがある。申し訳なく思いながらも、食料を得るために震える野ウサギの心臓に短剣を突き立てたこともある。 なのにこの少年は、ヴィクトリアの存在そのものをひっくり返して破壊してくる。「アル…… やめて……」 恐怖に駆ら
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