Tous les chapitres de : Chapitre 171 - Chapitre 180

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第171話

瀬奈は長い眠りについていた。昨日の夜突然湊斗の前で倒れたあと、彼女は体調を崩して寝込んでしまった。三十八度を超える高熱が彼女を襲い、まともに歩くこともできなかった。こんな高熱を出すのは久しぶりだった。彼女は元々体があまり強いほうではなかった。前に熱を出したのはたしか、家を出る一年くらい前。そのときもこんな感じだったっけ。あのときは今よりもずっと地獄だった。湊斗との離婚を決める前、神宮司邸に瀬奈の味方はほとんどいなかったからだ。たびたびメイドが様子を見に来るくらいで、彼女は放置されていたも同然だった。悪寒や激しい咳に苦しんでいる最中、外からメイドたちの疎ましそうな声が瀬奈の耳に入った。「奥様が熱を出したんですって。看病しろって宮島さんが」「嫌だわ……私たちに移ったらどうするのよ。私来週デートがあるのよ?」「いっそこのまま放置したらどう?死んでくれたら社長も喜ぶんじゃない?」「そうね、そうしましょう。奥様がいなくなったところで沙織さんと再婚するだけなんだから」その発言を聞いた瀬奈は、何が何でも生きてやると強く誓った。沙織に易々とその座を渡すわけにはいかなかった。辛いから早く寝てしまおうと、瀬奈はギュッと目を閉じた。こうしているうちに眠りにつけたらいいな。そのとき、慌てるようなメイドたちの声が外から聞こえた。「ど、どうしてここに……!」誰かが瀬奈の部屋に来たようだった。それから少しして、瀬奈が寝ていた部屋の扉が開いた。別に誰だってよかった。この状況から救ってくれるなら。足音は次第にこちらへと近付いてくる。彼女が薄っすらと目を開けると、ベッドサイドに立っていたのは湊斗だった。いつものように無表情でこちらを見下ろしていた。「………………夢?」「……そうだ」湊斗は素っ気なく返事をすると、熱くなった瀬奈の頬に手を触れた。自分の体が熱いせいか、彼の手がとても冷たく感じた。(私ったら、いつの間にか寝ていたみたいね。こんな夢まで見るなんて……よっぽど湊斗を恋しく思っているみたい……)夢でなければ、湊斗がこんなところへ来るはずがなかった。こんな風に私に優しくするはずがない。そういえば、前も夢の中で優しい湊斗の姿を何度か見たことがある。昔の幸せだった頃に戻ったようで、ずっと寝ていたいくらいだった。「湊斗……」「何だ?」あぁ、夢の中での湊斗は返
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第172話

瀬奈の愛の告白を聞いた湊斗は、ただ黙ったまま彼女を見下ろしていた。あれ?てっきり喜んでくれると思ったのに。夢の中のあなたなら、俺も愛してるって返してくれると思っていたのに。湊斗は返事をする代わりに、瀬奈の目元に手を伸ばした。彼の大きな手が瀬奈の目を覆い、彼女の視界が真っ暗になった。「……さっさと寝ろ」「湊斗……」普段冷たいんだから夢の中でくらい優しくしなさいよ。瀬奈は困惑したが、彼の柔らかい声が耳に入った。「……眠りにつくまで、ここにいるから」「……」視界を手で覆われていて顔は見えない。でも、多分いつもと違って優しい顔で私を見ているんだろうと瀬奈はすぐにわかった。顔に触れる彼の手も、少し離れたところから聞こえてくる声も。その全てがいつもとは違ったのだから。彼女は穏やかな表情で湊斗に話しかけた。「湊斗、私……あなたと一緒にピクニックに行きたいわ。もう冬が終わって桜が咲いている頃でしょう?」「……興味が無いな」「幼い頃にあの記念公園で一緒にお花見をしたのを覚えてる?湊斗がお茶をこぼしちゃって……大変だったのよ」「……そんなもの、知るか」言葉に棘はあるが、その声はとても優しかった。彼とこんな風に話をすること自体、久しぶりかもしれない。瀬奈の口数が少なくなると、湊斗は彼女が寝たと思ったのか、そっと手を離した。最後に瀬奈が見た彼の顔は、何故かとても悲しそうだった。どうしてそんな顔をしているの。あなたらしくない。せめて夢の中でくらい、笑っていてほしかったのに。彼は最後、瀬奈の頬に手を優しく手を触れると、そのまま彼女の前から立ち去って行った。行かないでほしい、とも思ったが、ただでさえ良い夢を見ているのだ。これ以上何かを望むだなんて、お飾りの妻である自分にはおこがましいだろう。湊斗と穏やかな時間を過ごしたせいか、瀬奈は安心して眠りにつくことができた。もちろん、彼女は全て夢だと信じて疑わなかったが。そういえば、そんなことがあったな。とても心地の良い夢だったことをよく覚えている。あのとき湊斗の夢を見ていなければ、彼女はもっと苦しい思いをしていただろう。彼の柔らかい声、優しい手つき、体に触れる温もりまで。今でも鮮明に思い出すことができる。そして瀬奈が熱から回復した後、何故か彼女を虐げていたメイドたちが全員いなくなっていた。「湊斗……」「――
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第173話

瀬奈はベッドに横たわりながら、湊斗を見つめた。何日も眠れていないのか、目の下にはクマがあった。髪の毛もボサボサだし、一体何があったのか。「湊斗……あなたどうしてそんな格好を……」「俺の問いに答えろ。何故俺を呼んだ?」瀬奈は寝ている間に彼の名前を呼んだ理由をはぐらかそうとしたが、湊斗は逃がさなかった。疲れ切ったような視線を彼女に固定させたまま、瀬奈の答えを待った。「……あなたの夢を見たの」「夢?」湊斗は不思議そうに首をかしげた。しかしそのあと、突然顔色がみるみるうちに青くなっていった。「もしかして、俺と美琴が車の中でいやらしいことをしている夢か?」「え?」予想外の発言に、瀬奈は間抜けな声を上げた。「ど、どうしてそんなこと……!」「お前が寝言で言ってたんだよ。俺と美琴が車の中で破廉恥なことしてるって」「わ、私が……!?」たしかに似たような夢をその前に見たような気もするが、それを当人である湊斗に聞かれていたとは。湊斗と美琴のあの一件は美琴の策略であり、彼はそんなこと知る由もないだろう。「俺はそんな趣味はない。それともお前がそういうのを望んでいるなら付き合ってやらなくもないが……」「なッ、あなたとはそんなことしないわ!」「なら他の男とはするのか?」突然、湊斗の目が鋭くなった。他の男とそういうことをするのか、だなんて。そんなことあるわけがない。大体瀬奈は三十八歳にして一回しか経験したことがないのだ。「ど、どういう意味よ」「何故はぐらかすんだ」瀬奈が答えずにいると、彼の目が狂気に満ちていく。瀬奈は慌てて否定した。「そんなことしないわよ、大体私には里亜がいるもの。他に男なんて必要ないわ」「本当か?」「ええ、本当よ」湊斗は探るように瀬奈をじっと見つめた。(そうだ、湊斗は私が他の男と寝て里亜を産んだと思っているんだったわね……)一度そういうことをしたのだから、簡単には信用できないのだろう。「そうか、それはよかった」「……湊斗?」湊斗はしばらく疑っているような目をしていたが、それだけ言うと突然そっぽを向いた。「どこへ行くの?」「ちょっと仮眠を取ってくる」瀬奈が倒れてからというもの、湊斗はずっと寝ていなかった。疲れが溜まっているのだろう。彼はそそくさと部屋を出て行った。「何なのよ、アイツ……」瀬奈はそんな彼の後ろ姿を
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第174話

湊斗が出て行った後、瀬奈はベッドから起き上がった。瀬奈の視線は彼が座っていたアンティーク調の椅子に固定されていた。「アイツ、ずっとここに座ってたわけ?」とても信じられなかった。湊斗は瀬奈がどれだけ具合が悪くても看病なんて絶対にせず、それどころか様子を見に来ることすらしない人だった。瀬奈が彼のことを考えながら着替えをしていると、部屋の扉が開いた。「奥様!目を覚まされたのですね!」「あら、あなた……」部屋に入ってきたのは、瀬奈を看病していたメイドたちだった。メイドたちは泣きそうな顔で瀬奈に駆け寄った。「奥様、よかったです!」「どうしてみんなそんな顔をしているの?」瀬奈が尋ねると、彼女たちは瀬奈が寝ている間のことを話し始めた。「聞いてください奥様!社長ったら、勝手なんですよ!」「な、何だかとっても大変なことがあったみたいね……」「そうなんですよ!社長が――」全てを聞き終えた瀬奈は、メイドたちに対して僅かに罪悪感を抱いた。自分が体調管理を怠っていたせいで、彼女たちが辛い思いをしていたようだ。「……湊斗が迷惑をかけたようね」「奥様が回復してくれて助かりました」まるで救いの女神でも見るかのようなキラキラした眼差しだ。「そ、そんな目で見ないでちょうだい……私は何もしていないんだから……」瀬奈は視線を避けるように着替えを進めた。「ところで奥様、どうやってあそこまで社長を夢中にさせたんですか?」「……きゅ、急に何を聞くのよ」一人のメイドのとんでもない発言に、彼女は思わず振り向いた。他のメイドたちも同調したように声を上げた。「そうです、私もずっと気になってました!あれほど好色家で有名な社長の愛を独占するだなんて」「一般男性でもあそこまで一人の女性に惚れ込むことはありませんよ!それだけ奥様が素敵な方だということですね」「……」羨ましいなら誰か代わってくれないかな。瀬奈は心の中で呟いた。***正午になり、昼食を終えた瀬奈は傍に控えていたメイドに尋ねた。「ところで、湊斗は今寝ているのかしら?」「はい、かなり疲れが溜まっていたようで……ぐっすりだと聞いております」「そう……」瀬奈が倒れてから湊斗はずっと彼女の傍を守り続けていた。睡眠も食事も拒否するほどだったのだという。瀬奈は目覚めてからずっと、そのことが気にかかって仕方が無かった
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第175話

「奥様、急に社長に会いに行かれるだなんてどうかなさったのですか?」「ううん、ただの気まぐれよ……特別な意味はないわ」「そうですか」瀬奈はメイドと共に湊斗が眠っている部屋へと向かった。「ここに……湊斗が寝ているの?」「はい、奥様が社長の自室を使われてからはこちらで過ごされております」湊斗が使っていたのは、かつて彼の父親が暮らしていた部屋だった。二十年近く前に彼の両親が亡くなってから長らく使われていなかった部屋だった。(懐かしいわね……)ここに来ると、湊斗の両親と過ごした日々が蘇ってくる。本当ならもっともっと長生きするはずだった瀬奈の義理の両親。実の両親から愛を得られなかった瀬奈にとっては、彼らが本物の父と母のようだった。あんなにも早く亡くなっていい人ではなかった。(私が……あの航空券をプレゼントしていなければ……)二人はまだ生きていて、瀬奈の隣で笑っていてくれたのではないだろうか。「奥様、どうかなさいました?」「いえ、何でもないわ」二人のことを考えると、何とも悲しい気持ちになってしまった。義両親の訃報を聞いたあと、湊斗は瀬奈に底知れぬ憎しみを向けた。お前があんなことをしなければ、二人は死ななかったと彼女を責めた。(……そうね、その通りだわ)あながち間違っていないのかもしれない。瀬奈はそう思いながら、扉のドアノブに手をかけた。「あなたはここで待っていてちょうだい」「はい、奥様」瀬奈はメイドを外に待たせ、部屋の扉をそっと開けた。「……」寝ている彼を起こさないように、そっとドアを閉める。(義父さんが住んでいた頃と何も変わっていないのね……)部屋の中をぐるりと見回すと、ベッドで眠っている湊斗の姿が目に入った。「……」瀬奈は極力足音を立てないように歩き、ベッドの傍で立ち止まった。湊斗は眠るときの顔まで、とても美しかった。(ぐっすりね……)瀬奈はそのことにひとまず安心した。ただでさえ普段から多忙なのだ。いつ倒れてもおかしくない状況に、瀬奈は気が気ではなかった。今は気持ちよく寝ているようだし、お礼を言うのはあとにしたほうがいいだろう。そう思い、彼女は踵を返そうとした。来た道を戻ろうとしていたとき、瀬奈はあることに気が付いた。(あら?髪の毛に何か付いているわ)瀬奈は無意識に彼の髪に手を伸ばした。湊斗の髪に手が触れる直前、突
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第176話

瀬奈は小柄なわけではなかったが、成人男性と比べても体の大きい湊斗とはかなりの体格差がある。彼の腕にすっぽりと収まり、胸板が彼女の頬に当たった。「ちょ、ちょっと湊斗……何するのよ……」ふざけているのかと思って彼を見るが、湊斗は瀬奈の言葉に反応することなく、すやすや吐息を立てて眠っていた。(まさか、本当に寝ているというの?)瀬奈は彼の頬をつねったり、耳を引っ張ったりするが反応はない。どうにか逃れようと胸を押し返してもみるが、ビクともしなかった。離れようとすればするほど、彼女を抱きしめる力が強くなった。「湊斗!いい加減になさい!」声を荒らげるが、彼はそれでも起きなかった。一刻も早くこの窮屈な腕の中から抜け出さなければならないのに。瀬奈の大声を聞いたのか、外で待機させていたメイドが部屋の中にいる彼女に声をかけた。「奥様、どうなさいました?」「あ……ちょ、ちょっと待って!ドアを開けないで!」こんな姿を他人に見られるわけにはいかない。瀬奈は慌てて扉を開けようとするメイドを制止した。(いつまでも待たせているわけにはいかない……)しばらくはここからは出れなさそうだし。瀬奈は覚悟を固めた。「私は平気だから……先に戻っていてちょうだい」「承知いたしました、奥様」その言葉と共に、足音が部屋から遠ざかっていく。いよいよ、彼女は湊斗と二人きりとなった。「湊斗……」彼と添い寝をするなんて、初めてのことだった。しかもこんな風に体を密着させている。「まったく……どうして今になってこんなことするのよ……」当然、ぐっすり眠っている湊斗は何の反応も示さなかった。瀬奈はそんな彼を恨めしそうに見つめた。「添い寝だったら沙織や愛人たちにでもしてもらえばいいでしょう?」どうして私を選ぶんだか、全く理解できない。瀬奈はしばらく湊斗の腕の中でじっとしていたが、次第に睡魔に襲われるようになった。(さっきあれだけ寝たのに……どうして……)結局瀬奈は襲い掛かる眠気に耐えることができず、湊斗の腕の中で意識を手放した。***その日の夜、湊斗はいつもよりだいぶ長い眠りから目を覚ました。「……」時刻は深夜二時だった。このような時間に目を覚ますことは珍しくない。しかし、いつもと違うことがあった。「……瀬奈?」彼の腕の中で、瀬奈が寝ていたのだ。何故彼女がこんなところにいるの
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第177話

早朝、外から聞こえてくる小鳥のさえずりで瀬奈は目が覚めた。「……」いつもと違う、初めて見る天井が視界に入った。そのせいで彼女は一瞬理解が追い付かなかった。(そうだ……昨日はたしか湊斗と一緒に寝たんだっけ……)何故かわからないが、とても気持ちのいい朝だった。ほとんど記憶に無いが、まるで幼い子供に戻ったかのようにずっと誰かに頭を撫でられていたような……「……起きたか」「……!」ずっと一人だと思っていた瀬奈は、その声に慌てて体を起こした。「……湊斗」ベッドの横、窓のすぐ傍に湊斗が立っていた。彼は前よりもマシになった顔でベッドに座る瀬奈を見下ろしていた。長時間寝たことで疲れが取れたのだろう。顔がいつもよりすっきりしていた。(というか、どうして上半身裸なのよ……)そして何故か、シャツを着ていなかった。瀬奈は慌てて自分の服を確認するが、寝る前と変わっているところが何もなかった。良かった、過ちを犯したわけではないみたい。安堵の息を吐く瀬奈を見た湊斗が、不機嫌そうに眉をひそめた。「俺と寝るのはそんなに嫌なのか?」瀬奈は間髪入れずに答えた。「当然でしょう、誰が女好きの神宮司社長と関係を持ちたいのよ」「……」正直に答えた瀬奈に、湊斗は軽くショックを受けたように黙り込んだ。寝るのが嫌かだなんて、当たり前のことだ。「そんなに溜まってるなら、そこら辺にいる女の子でも抱いてくればいいわ。身分を明かせばみんな受け入れるでしょうから」「……」湊斗は三十八歳になった今でも女性には困らないほど、異性から人気があった。昔は湊斗に抱かれる女たちにいちいち嫉妬していたが、今はもうそんなくだらない感情は抱かない。瀬奈もずいぶん大人になったのだ。夫の女遊びくらい、何とも思わない。「あなたにも、相手の女にも何か言うつもりなんてないから。好きに遊んでくればいいわ」瀬奈はそう言いながら、湊斗にニッコリと笑いかけた。夫の行動に一切口出しをしない、これほど良い妻は他にいないだろう。瀬奈は成長した自分を褒めてあげたくなった。しかし、湊斗は彼女の言葉に眉間にシワを寄せた。気に入らない、とでもいうかのように不機嫌そうな顔をしている。彼はベッドに座る彼女にゆっくりと近付くと、頬に手を触れた。「――お前以外の女を手に入れて何の意味があるんだ?」「…………な」大きな手がそっと彼女
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第178話

沙織は目を丸くして固まった。「何ですって……?子供……?」暁瀬奈に子供がいる?そんなのは聞いたことがなかった。何せ湊斗は瀬奈を毛嫌いしていて、結婚生活の間一度たりとも抱かなかったことで有名だった。(その瀬奈に子供がいるですって?)沙織はその報告を簡単には信じられなかった。「何かの間違いではないの?親戚の子をたまたま預かっているとか」「いえ……たしかに四、五歳ほどの小さな女の子を連れていました。ママと呼んでいたので間違いないかと……」なら、本当に彼女が産んだ子だというのか。だとしたら父親は……沙織は頭の中で思考を巡らせた。「……神宮司社長の子供ではないかと思われます。社長と社長夫人は仲が悪いことで有名ですから。子供なんて作らないでしょう」「……そうね、でも何か引っかかるわ」普通の人なら、その子が湊斗の子供ではないと考えるだろう。しかし、沙織にはとてもそうは思えなかった。(……あれほど湊斗を愛していた瀬奈が他の男と関係を持つかしら?)沙織の記憶の中の瀬奈は、いつだって湊斗のことだけを見つめ、彼以外の男は視界にすら入っていないようだった。そんな彼女が、湊斗との結婚中に不倫をしただなんて、とても信じられなかった。まだ湊斗との間に生まれた子だと考えたほうが自然なほどだ。『沙織さんに全てをお譲りしようと思うんです』沙織が最後に見た瀬奈の姿。あの目には間違いなく湊斗への未練が残っていた。同じ女だからか、彼女はどれだけ瀬奈が湊斗を愛しているかをよく知っていた。自分のように醜く汚れた独占欲ではなく、彼女は清らかな愛を湊斗に向けていた。「沙織様……」「そうね……湊斗の子供ではなさそうね……今日はもう帰っていいわ」「は、はい」彼女を部屋から追い出したあと、沙織はすぐ傍に置いてあった写真を見つめた。湊斗が映っている写真が写真立てに入れられた状態で飾られていた。そこに百合子と愛斗のものはない。「湊斗……」ソファから立ち上がった彼女は、本棚の奥にしまわれていた一冊のアルバムを取り出した。中を開くと、若い頃の湊斗が映っている写真がいくつも並べられていた。「あぁ、湊斗……」沙織は湊斗と一緒に暮らすようになる前の彼の姿を、恍惚とした顔で見つめていた。そう、並べられていた写真は全て盗撮されたものだった。何故、彼女がこのようなものを持っているのか。彼女
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第179話

「――ねぇ、知ってる?神宮司家の社長が最近奥さんの元へ帰っているらしいわ」「えぇ、それ本当?あんだけ仲が悪いで有名だったのに、一体何があったというの?」「さぁ、つい最近まで離婚危機だったらしいけど……」「……」その日、たまたま黒川区を訪れていた涼は主婦たちの噂を耳にした。普段黒川区の隣にある楽名区で暮らしている彼には、神宮司家の家庭事情に関する噂は入ってこない。しかし、黒川区に住む住民たちでは今その話で持ち切りだった。あれだけ妻を嫌っていることで有名だった神宮司湊斗が、妻の元へ足しげく通っているのだという。かなり広まっていることだ、信ぴょう性は高いだろう。(せっかく俺が逃がしてやったってのに……結局は湊斗に捕まったのか……)涼はあのパーティーでのことを思い浮かべた。瀬奈が湊斗に見つかりたくなさそうだったから、彼は彼女に協力した。元々湊斗のことは気に入らなかったし、アイツの慌てふためく姿を見れたのは面白かった。(それにしても、湊斗のヤツは一体何がしたいんだか……)あれだけ虐げていたくせに、今になって何故そこまで瀬奈に執着しているのか。涼は彼の気持ちがどうしても理解できなかった。涼はしばらく黒川区にある高級住宅街を歩いていた。(ここら辺で……合ってるのかな……)実は今日涼が黒川区へ来たのは、ある人物に会うためだった。しばらく歩いた彼は、大きい一軒家の前で足を止めた。初めて会うせいか、彼はとても緊張していた。先ほどから鳴りやまない心臓。彼は家のインターホンを鳴らした。「はい、どちら様ですか?」中から姿を現したのは、三十くらいの綺麗な女性だった。「初めまして、高橋涼といいます」「あぁ、約束していた……どうぞ中へ上がってください」「お邪魔します」涼は玄関から家の中へ入った。母親と子供が二人で住んでいるとは思えないほど中は広かった。「座ってください」「ありがとうございます」客間に入ると、二人は向かい合って座った。涼は目の前にいる自分より年下であろう女性をじっと見つめた。顔立ちは整っていて、穏やかで上品な女だった。女性はお茶を一口飲むと、静かに涼に問いかけた。「今日は一体、どのような御用でここにいらっしゃったのですか?」「あなたに聞きたいことがあったんです」「私に?」涼は正面から彼女を見据えた。視線がぶつかり、部屋に緊張感
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第180話

「結局何も得られなかったな……」湊斗の愛人の家から出た涼は、来た道を戻りながら一人呟いた。さっきの女の目。何を考えているかまるで読めなかった。最後の敵対視するかのような彼女の目が、脳裏にこびりついて離れなかった。(たかが噂だと思っていたが……案外本当なのかもしれないな……)涼は彼女の子供が湊斗の子ではないということを、ほとんど確信していた。湊斗はそのことに気付いていないのか。いいや、聡明で誰よりも疑い深いアイツが十年以上も女に騙されるとは思えない。なら、湊斗は自分の子供ではないということをわかっていて子供たちの面倒を見ているというのか?それはそれで謎が残る。血の繋がりの無い赤の他人の子供に、何故そこまでしているのか。(昔っからアイツの考えることは理解できないな)そのとき、涼のスマホの着信が鳴った。ポケットからスマホを取り出し、確認すると相手は翔也だった。「涼!助けてくれよ!」「……どうした?」電話に出るなり、焦ったような翔也の声が耳に入った。「俺の不倫が週刊誌に暴露されちまってさ!俺の評判ダダ下がりだよ!変な写真まで晒されてるし!」「……知るか」今朝、週刊誌に翔也の不倫に関する記事が掲載された。暴露したのは彼に遊ばれた女のうちの一人だそうだが、多すぎて誰かまではわからないのだと。遊ばれてムカつくから暴露してやろう、という魂胆だろう。まぁ、翔也が既婚者だと知っていて付き合った時点でその女も加害者ではあるが。(呆れた、全部自業自得だろう)翔也の妻は元女優だ。そのため、二人の結婚はかなり世間から注目されていた。翔也は妻を一途に愛する良き夫として有名だったせいか、SNSでは彼に対する非難で溢れていた。「嫁からも離婚切り出されちまった!あぁ、もう終わりだ!」「……お前、遊びすぎなんだよ」翔也の女癖の悪さは今に始まったことではなかったため、涼はあまり驚かなかった。いつかは来る未来だった、ただそれだけのことだ。「大体、理不尽だと思わないか!?」「……何がだ」涼は電話の向こうで喚く翔也に冷たく言葉を返した。「たしかに俺は不倫してたけどさ、それは全部遊びだっての!神宮司社長なんて愛人との間に子供まで作ってんのに誰も何も言ってねえじゃねえか!」「……」「何で俺だけが責められて、社長は何も言われないんだよ!」「……まぁ、たしかにな」子
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