Tous les chapitres de : Chapitre 151 - Chapitre 160

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第151話

瀬奈が湊斗と美琴の車内での情事を目撃したのは今からおよそ十年前のことだ。十年も前のことともなれば、普通はあまり覚えていないだろう。しかし、あのときのことを瀬奈は今でもハッキリと思い出せる。二人の男女が激しく口づけを交わし、体をまさぐっていたあの光景。性行為の経験が一切なかった瀬奈にとっては、あまりにも刺激が強かった。相手が彼女の夫である湊斗だと思うと余計に耐えられなかった。あの日のことは何度も夢に出てきたし、しばらくショックで寝込んでしまうほどだった。それが嘘だったということか。瀬奈は頭の中が滅茶苦茶になった。「湊斗じゃないってどういうこと?私も顔は見てないけど、あの後ろ姿は……」「西田さんが周囲に言いふらしていたらしいですよ。奥様を貶めるために、社長に背格好のよく似た男性を使ったと」「ほ、本人がそう言っていたの……?」メイドは小さく頷いた。「その日の時間帯、社長は中田さんと近くのビジネスホテルに泊まっていたそうです。珍しく社長が体調を崩した日だからよく覚えていると中田さんがおっしゃっていました」「……じゃあ、あれは別の人だったということなのね」あの日、美琴の相手をしていた男が湊斗ではなかった。しかし、それを聞いてもなお瀬奈の心が晴れることはなかった。あの一件が湊斗ではないにしろ、彼が美琴と関係を持っていたのに変わりはないのだから。(やっぱり、私は湊斗の元になんて戻れない)あんなにも多くの女を抱いてきた男とよりを戻すだなんてそんなことできるわけがない。「私は結婚するならやっぱり私だけを愛してくれる人がいいわ」「まぁ、それはそうですよね。社長は顔と財力は最高に良いですけど、ちょっと遊びすぎだし」「そうそう、誰があんな好色家と結婚したいのよ」新しく来たメイドとはとても話が合った。湊斗が不在にしている間、瀬奈は彼女との会話に花を咲かせた。「奥様は、この先どうなさるおつもりですか?」「私?いつまでもここにいるわけにはいかないし、いずれは元いた場所に帰るつもりよ」「ですが、社長がお許しになるでしょうか?」「そうね……今は難しいでしょうけど、一年も経てば帰れるはずよ」「一年?」彼女はきょとんと首をかしげた。瀬奈は湊斗との賭けの内容を頭に思い浮かべた。『瀬奈、離婚なんてそう簡単にできることじゃない。お前も知っているだろ?』『わ
last updateDernière mise à jour : 2026-05-03
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第152話

その日の深夜、湊斗は沙織の家から抜け出し、真っ暗な外を歩いていた。「眠れない……」暗闇の中で、立ち止まった彼がポツリと呟いた。外に出るために寝間着からシャツに着替えた湊斗は、涼しい風が吹き抜ける夜の世界を何の目的もなく歩いていた。ふいに歩みを止めては、真っ黒に染まった夜の空を眺めた。無数の星が空で輝いている。疲れが溜まっているはずなのに、何故こんなにも寝付けないのだろうか。特に目的地があるわけでもなく、ただ気の赴くままに歩き続けた。(瀬奈……今はもう寝ているだろうな……)寝顔だけでも見に行きたかったが、昨日あんなことがあったし、きっと門前払いされてしまうだろう。俺は彼女に拒絶されることを恐れているのか。自分にそのような気持ちがあったのだということに、彼は驚きを隠せなかった。「……あれは」そのとき、視界の端に綺麗な黒い髪が映った。長年手入れをしていなければあのような髪にはならない。彼は一瞬にして目を奪われ、視線でその人物を追った。「瀬奈……?」あまりにも会いたくて、幻影でも見ているというのか。彼女は湊斗の姿を見るなり、ゲッと言葉を発し顔を歪ませた。その反応、幻想ではなかったのか。彼は一瞬にして我に返り、とっとと立ち去ろうとする瀬奈を引き留めた。「瀬奈、瀬奈なのか?」「な、何よ湊斗……どうしてここにいるわけ?」「それはこっちのセリフだ」湊斗は瀬奈の肩を両手で掴んだ。たった一日会っていないだけだというのに、こんなにも恋しくなるとは。彼は口元に笑みを浮かべながら瀬奈を見つめた。そのような視線を向けられるのは未だに慣れず、瀬奈は居心地が悪そうに彼から視線を逸らした。「沙織の元へ行ったって聞いたけど……喧嘩でもしたの?」「いや、そういうわけではないが……」瀬奈の前で沙織の話はしたくなかったのか、湊斗はすぐに話題を変えた。「瀬奈、お前は何故ここにいる?一人で夜道を歩くだなんて危ないだろう」まさか、逃げようとしたのか。瀬奈の肩を掴む湊斗の手が小刻みに震え始めた。どれだけ嫌われてもかまわないが、自分の前からいなくなられることだけは耐えられそうになかった。そんな彼の考えを読んだのか、瀬奈は慌てて口を開いた。「私は……ちょっと眠れなかっただけよ。外の空気を吸いたくて……家の近くなら安全だと思ったの」「家の近く?」そこで湊斗はいつの間にか
last updateDernière mise à jour : 2026-05-04
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第153話

彼の体は小刻みに震えていて、瀬奈はただ黙って彼の胸に閉じ込められていた。湊斗の普段の姿からは想像もつかないほど、弱々しかった。「湊斗、いい加減にしなさい」「瀬奈……?」困惑する湊斗をよそに、瀬奈は彼の腕から抜け出した。彼は落ち込んでいたが、彼女にはどうでもいいことだった。(どうしてあなたが……泣きそうな顔をしているのよ……)いつも冷静沈着な湊斗が、ここまで弱い姿を見せるのは初めてだった。泣きたいのは私のほうだというのに、そんな顔をしないでほしいものだ。湊斗は何も言わずに瀬奈を見下ろしたまま黙り込んだ。「湊斗、一旦移動しましょう……中に……」そこまで言いかけて、瀬奈は言葉を止めた。(沙織のいる家から抜け出したってことは……私と同じように外の空気を吸いたかったってことよね?)何故、私がこんなにも湊斗を気遣わなければならないんだ。そのことを不満に思いながらも、瀬奈は湊斗を近くの公園に連れて行った。偶然にも、その場所は瀬奈が美琴に嵌められたあの公園だった。今となっては全て誤解だったと知っているが、それでも嫌な記憶というものはすぐには消えないものだ。瀬奈は湊斗を公園にあるベンチに座らせた。彼女も湊斗の横に座り、尋ねた。「それで、沙織と一体どんなことで喧嘩したの?」「喧嘩したわけじゃない……」ここまで落ち込んでいるから沙織と上手くいかなかったのかと思ったが、違うようだ。彼のこのような姿を見るのは、両親を失ったあの日以来かもしれない。「なら、一体どうしてそこまで落ち込んでいるわけ?あなたらしくないわ」瀬奈の知っている湊斗は、こんな人ではなかった。いつも冷静で、人前で滅多に感情を露わにしない。一言で例えるならクールで孤高だろうか。もちろん、瀬奈は彼のそんなところも好きだったが。湊斗は瀬奈の問いに、消え入りそうな声で呟いた。「何が本当で……何が嘘かがわからないんだ……」「何よそれ……意味がわからないわ」以前の瀬奈なら、湊斗が自分の前で弱い姿を見せてくれたことに喜びを感じ、親身になって聞いていただろう。しかし、今はもうそのような関係ではない。今の彼女にできることは、冷たく言葉を返すことだけだった。当然、湊斗にとっては彼女と話ができるだけで嬉しかったが。「私じゃあなたが悩んでることにアドバイスしてあげられないけど……その代わり、あなたの直
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第154話

「あなたもだいぶ効いているようだし……今日はこのくらいにしといてあげましょう」「まだあるのか!?」「当然でしょう?二十年間私を傷付けてきた罪は重いわよ」瀬奈は腕を組み、横目で湊斗をチラリと見た。本当はまだまだ虐めてやりたかったが、今はこのくらいで終わらせておいてあげよう。「できる限り改善していくさ」「あら、そんなことわざわざしてくれなくてもいいのよ?どうせ私たちは離婚するんだから」「まだ決まってないだろ。一年間はここにいるって約束したじゃないか」離婚というワードを聞いた湊斗が不満げに瀬奈を見つめた。「一年間いたところでどうせ結末は同じことよ。一年後、今まで通り私があなたとの離婚を望んでいればいいんでしょう?」「何故そんなに自信満々なんだ?お前は俺のことが好きだったはずだろう?」「あなたもずいぶんと自信満々ね……引くくらい」湊斗はいわゆる俺様系だった。瀬奈が自分のことを好きだと信じて疑わないのだ。「湊斗、この世に永遠なんてものは存在しないのよ。人の気持ちだっていつかは変わってしまうの。私だって、いつまでもあなたのことを好きでいるわけじゃない」あれほど虐げておいて、何故永遠に好きでいてくれると思っているのだろうか。ずいぶんとめでたい頭をしているんだなと瀬奈は思った。湊斗はキッパリ言い切った彼女を、面白そうに眺めた。「そうだな……だが、人の気持ちは変わるものなんだろ?なら、この先俺のことをまた好きになる可能性だってあるということでいいのか?」「な、何を言っているのよ……!」その返しは、瀬奈にとって予想外のものだった。「私があなたを今さら好きになるとでも?」「さっき言っただろ?それともお前はついさっきの発言も忘れたのか?」「そ、そんなことないけど……」瀬奈は湊斗を恨めしそうに見つめた。彼はそんな彼女に、いきなり手を差し出した。瀬奈は差し出された手を不思議そうに見つめながら、彼に視線を向けた。「外に出てきたってことは、寝れないんだろ?ちょうどいいな、俺もなんだ。一緒に寝るか?」「バッ、馬鹿いわないでよ!」瀬奈は咄嗟に手を引っ込めた。「私、もう帰るから!あなたもとっとと沙織の家に帰りなさい!」瀬奈は湊斗に背を向けて立ち去って行った。彼はしばらく彼女の後ろ姿をじっと見つめたあと、完全に姿が見えなくなると、今度は夜空に目を向けた
last updateDernière mise à jour : 2026-05-05
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第155話

翌朝、瀬奈は本邸の寝室のベッドで眠たそうに目をこすっていた。時刻は朝の八時。部屋に入って来たメイドが、彼女を見て驚いたように声を上げた。「お、奥様!?その顔は一体どうなさったのですか!?」「ちょっとね……何でもないのよ、心配しないでちょうだい」瀬奈は平然を装ってそう答えた。「奥様……社長が家に帰ってこなかったことがとてもショックだったのですね……」「違うからやめなさい」勘違いするにしても、別の理由にしてほしいものだ。(湊斗が原因で寝れない私はもういないんだから……)彼がいなくたって平気だ。私は里亜さえいればいい。「里亜はもう起きてる?」「ええ、ぐっすり眠れたようです」「そう、それはよかったわ」瀬奈はベッドから起き上がり、里亜の部屋へ向かった。***その頃、稲田町では誠也が静香の家を訪ねていた。誠也はてっきり、静香が瀬奈と里亜を連れて稲田町へ帰ってくると思っていた。しかし、あの日帰ってきたのは静香一人だけで、二人には会えていないままだ。「静香さん、俺は理解できません……瀬奈さんはどうしてあの男の元にいるんですか……」「私もわからないわ……ただ、一つだけ言えることは……瀬奈が望んで湊斗と暮らしているということよ」「瀬奈さんが望んでですか……?」静香は神妙な面持ちでコクリと頷いた。当然、彼女も瀬奈と里亜がこの場所へ戻ってくることを誠也と同じくらい願っている。しかし、彼女が帰らないというのだから、どうすることもできなかった。「ごめんね、誠也君……必ず瀬奈を連れて帰るつもりだったのに……」「いえ、静香さんは最善を尽くしました」静香が湊斗との話し合いでテーブルをひっくり返そうとしたという話は、誠也も聞いていた。か弱い女性一人であんな強大な男に立ち向かうだなんて、よくできるものだ。瀬奈とは似ても似つかない姉だが、誠也はそんな彼女を尊敬していた。「瀬奈さん、元気にしているといいですね」「あの子のことだから何か考えがあるんでしょう。必ず帰ると言っていたし……きっとすぐにいつも通りの日常に戻るわ」「そうですね」話を終えた湊斗は静香の家を出て行った。彼はすぐ近くにある瀬奈と里亜が暮らしていた家をじっと見つめた。しばらく誰も帰ってきていないせいか、部屋の明かりは全て消えている。そのことが、彼にとってはとても寂しく感じられた。彼の脳
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第156話

正午、瀬奈と里亜に湊斗から嬉しいプレゼントが届いた。「奥様、里亜お嬢様。社長よりこちらを預かっております」メイドが抱いていたのは、彼らのもう一人の家族だった。「――アイザック!」メイドがそっと下ろすと、アイザックは一目散に瀬奈たちの元へ駆け寄った。「元気にしてた?久しぶりね」里亜はアイザックをギュッと抱きしめ、瀬奈はモフモフの頭を撫でた。「やっぱり、アイザックがいないとねぇ」「三人で家族!」まだ数ヵ月の付き合いではあるが、人懐っこいアイザックはもうすっかり暁家の一員だ。瀬奈にとっては息子であり、里亜にとっては弟のような存在だった。そんな大切な存在を、誰が忘れることなどできるだろうか。「それにしても、湊斗が約束を守ってくれるなんて驚いたわ。あんなことがあったからその要望は聞き入れられなかったと思っていたのに……」「社長は約束を守る方ですよ」犬と戯れる里亜を見たメイドが、愛しそうにフフッと笑みを零した。「約束を守る……たしかにその通りね」アイツ、そういうところだけはいつもきちんとしてたっけ。結婚生活の間優しさの欠片も見せなかった湊斗だけど、たしかに嘘をついたことはほとんどなかった。「奥様、是非社長に今夜お礼を言ってあげてください」「わ、私が?」「ええ、奥様に言われれば社長もとても喜ぶと思いますよ」「そうねぇ……」まぁ、アイザックは連れてきてもらったし、プレゼントだって貰ったんだから一言くらいは言っておいたほうがいいかもしれない。久々の家族との再会を喜んでいたそのとき、部屋の扉が開かれた。「――奥様、屋敷の前で不審な者を捕らえました!」「不審な者……?」「ち、違うんです!私は怪しい人では……」また湊斗の愛人がやって来たのか、と瀬奈は警戒を強めた。しかし、彼女の前に丁寧に連れてこられたのはまだ年若い少女だった。「あ、あなたは……」瀬奈は警備員に腕を掴まれる少女を見て目を見開いた。その顔に見覚えがあったからだ。「わ、私は何もしていません!この家の人たちに危害を加えるつもりもありません!」少女は掴まれた腕を何とか離そうと動かした。しかし、彼女を怪しい人物だと思っている警備員は腕をガッチリと掴んだままだった。「お、奥様!本当です!私が何かするような人に見えますか!?私はただ、真実を確かめたくてここに来たというのに……」
last updateDernière mise à jour : 2026-05-06
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第157話

瀬奈の穏やかな表情に、百合子は安心したように聞き返した。「お、お母さんを知っているんですか?」「……ええ、よく知っているわ」瀬奈は目の前にいる百合子に対して複雑な気持ちを抱いていた。この子は湊斗と沙織が愛し合って生まれた愛の結晶だった。(だけど、この子には何の罪もないわ……)そうだ、罪を犯したのは両親であって百合子には何の関係もない。彼女を恨んだところで、どうにもならないことはよくわかっている。瀬奈は百合子の顔をまじまじと見つめた。彼女の存在は知っていたが、ここまで近くで見るのは初めてかもしれない。(それにしても、湊斗に似ているところが全然ないわねぇ……)沙織にはちょっと目元が似ているけれど、湊斗の面影はまるで感じなかった。「あなた、名前は何て言うの?」「し、嶋田百合子です……」「そう、百合子ちゃんっていうのね。年齢はいくつ?」「十七歳です」瀬奈は怯える百合子の恐怖心を払拭させるように、優しい声で話しかけた。夫の婚外子を前にここまで平然としていられるのは彼女くらいだろう。「私は暁瀬奈よ。こっちにいるのは娘の里亜」「あかつき……?」百合子は瀬奈の苗字が神宮司ではないことに驚きを隠せなかった。瀬奈はそんな彼女の心の内に気付きながらも、暁姓を名乗った。「立てる?さっきは強引なことしちゃってごめんなさいね」「あ、いえ……私も屋敷の前をウロウロしていたので……不審者に思われるのも仕方ないと思います……」百合子は差し出された瀬奈の手を取り、立ち上がった。彼女とは初対面だというのに、母親よりもずっと優しい人だった。瀬奈はメイドに向かって短く命じた。「お客様よ、お茶を用意してちょうだい」「はい、奥様」彼女は緊張している様子の百合子を部屋にあるソファに座らせた。「あの……突然ここへ来てしまってすみません……」「いいのよ、私も暇だったし」瀬奈はメイドの淹れたお茶を飲みながら優雅に微笑んだ。そんな彼女に、百合子は次第に落ち着いていった。「今日ここへ来たのは、湊斗に会うためかしら?」「は、はい……」百合子は悩んだ末に、ゆっくりと頷いた。「そう、湊斗は今日は夜まで帰らないの。急な用事なら中田さんに言えば彼に伝えてくれるはずよ」「そ、そうですよね……お父さ……いえ、社長は忙しい人だから……」瀬奈を気遣ってか、百合子は湊斗を社長と
last updateDernière mise à jour : 2026-05-06
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第158話

瀬奈は返答に迷った。ここで本当のことを言えば、心優しい百合子はきっと胸を痛めてしまう。いっそ沙織のような性格なら変な気を遣わずに済んだだろうが。百合子は何も言わずにじっと瀬奈の返事を待っていた。さっき言っていた真実を知りたいというのは、こういう意味だったのか。「……そうね、戸籍上はそうなるわ」「……!」百合子はショックを受けたようにハッとなった。この国では重婚なんて認められていない。つまり、それが意味するのは――「でもね、夫婦関係はずっと前から破綻していたのよ。あなたのお父さんが、お母さんと出会うよりも前からね……」「それは一体……」瀬奈の言っていることは嘘ではなかった。実際、瀬奈と湊斗は結婚する前から以前のような関係ではなくなっていた。彼は瀬奈を無視し続け、他の女たちと遊んでいた。沙織が彼らの仲を崩壊させたわけではなかった。沙織がいてもいなくても、二人の仲が変わることはなかっただろう。ただ、彼女が一番彼に気に入られたというだけ。沙織がいなければ他の女がその座に就いていたはずだ。「一つだけ言えるのは、私たちは普通の夫婦ではなかったということね」瀬奈は湊斗との結婚を後悔はしていなかった。あの二十年間の末に今の自分があり、彼のおかげで最愛の娘が生まれてきたのだから。「私はあなたを恨んでなんていないわ。もちろんあなたの母親のことも。むしろ感謝しているのよ。あなたの母親が彼の傍にいてくれたおかげで、今の彼があるんだから」「……」沙織を恨んでいないというのは嘘だった。しかし、彼女が長い間湊斗を心身共に支えていたのは事実というわけで。まだ若く、異性と交際経験もない百合子には瀬奈たちの抱えている事情なんてよくわからないだろう。「だから百合子ちゃん、あなたが気にすることなんて何もないわ。全ては……私と湊斗がすれ違っていたせいだから」「奥様……」彼女のその言葉に、百合子の心は少しだけ軽くなった。「里亜ちゃんは……私の妹ですよね……?」「あ、ううん。里亜は湊斗の子供じゃないの」「そ、そうだったんですか?」百合子は困惑したような顔で瀬奈を見つめた。両親の不倫、そして瀬奈の不倫を知って言葉も出ないようだ。本当は里亜は百合子の異母妹だったが、そんなことを言うわけにはいかない。何より、彼女は沙織の娘だ。沙織が里亜の存在を知ったら、何をするかわから
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第159話

悲しそうに俯く百合子に、瀬奈は驚いて尋ねた。「追い出されたってどういうこと?あなたたちの家でしょう?」「お母さんは機嫌が悪いといつも私たちを家から追い出すんです……昨日は機嫌が悪いわけじゃなかったけど、お父さんが久々に帰ってくるから二人きりでいたいって……」「……何ですって?」瀬奈は呆れて言葉も出なかった。子より男を優先するとは、何て母親なんだ。(沙織……あなた、血の繋がった子供に何てことをしているの?)ただ性格が悪いだけの女だと思っていたが、実子にすらそのようなことをするのか。「それで……昨日はどこにいたの?」「シッターさんの家です。シッターさんには昔から世話になっているので、弟とそこにいました」「そう……」湊斗の愛人たちが育児をほとんどシッターに任せているという話は聞いたことがあった。しかし、沙織だけは違うのではないかと瀬奈は思っていた。彼女は外では子を深く愛する完璧な母親だと評判だったからだ。「なら、もしかして今日外にいたのも……」「あ……お母さんは一人になりたいそうで……自分から家を出てきました」嶋田家はかなり複雑な家庭環境のようだ。瀬奈は目の前にいる百合子を可哀相に思った。(あんな母親に育てられたとは思えないほど、真っ直ぐな子ね……)子供よりも夫を大切にする沙織のことを、瀬奈は全く共感できなかった。沙織が湊斗を深く愛していることは知っていたが、その間に生まれた子よりも大切にするのは母親としてどうかと思う。お腹を痛めて産んだ子なのだから、夫よりも大事な存在になるのが普通なのではないか。「そうだ、百合子ちゃん。美味しいお菓子があるの。よかったら食べていかない?」「い、いいんですか?」「もちろん、遠慮しないで」瀬奈は百合子にニッコリと笑いかけた。彼女は沙織の娘だ。百合子の家庭環境は自分にはどうすることもできない。しかし、せめてここにいる間だけは彼女が楽に過ごせるようにしよう。そのような思いから、瀬奈は予期せぬお客様である百合子をもてなすことにした。(母親は違うけれど、この子は間違いなく里亜の姉なわけだし……)百合子自身には何の罪もない。彼女が両親の犯した罪まで背負って生きていく必要なんてどこにもないのだ。「突然私がここへ来て困惑しましたよね……それなのにこんなにもしていただいて……」「気にしないで、私もずっと
last updateDernière mise à jour : 2026-05-07
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第160話

「今日はありがとうございました、奥様」「いえいえ、こちらこそ楽しい時間だったわ」夕方の五時になり、瀬奈は百合子を邸宅の前で見送っていた。沙織の元へ帰すのは抵抗があるものの、よその子をいつまでも家に置いておくわけにはいかない。彼女はまだ未成年だったし、いなくなったら大問題だ。百合子はともかく、瀬奈は沙織とはあまり関わりたくなかった。彼女は控えめでいつも謙虚に湊斗の横に立っていたが、その瞳の奥には底知れない野望が見て取れた。愛人の中で最も危険なのは沙織ではないか、瀬奈はそのように考えていた。「じゃあね、百合子ちゃん」「はい、奥様」百合子は遠くから手を振り、瀬奈は彼女が見えなくなるまでずっと手を振り返した。(このこと、湊斗に言っておいたほうがいいのかしら)瀬奈は悩んだ末、百合子の父親である彼に今回のことを伝えるのを決めた。***その日の夜、湊斗が仕事から家へ帰ってきた。「ただいま」「おかえり」「返事はするんだな」湊斗の言葉を、瀬奈はスルーした。おかえりと返事をしたのは無意識だった。そんな風に言われるなら無視しておけばよかった、と瀬奈は後悔した。彼はそんな瀬奈を見て面白そうに口角を上げた。瀬奈をからかいたくてたまらないようだ。「そういえば今日、百合子ちゃんがここへ来たわよ」「……何だと?」湊斗の顔から笑顔が消えた。彼は手を止めて彼女の方を振り返った。「何故百合子がここへ来たんだ?」「さぁ……ただちょっとお茶をしただけよ。危害は加えてないから安心しなさい」「いや、俺が聞いているのはそういうことでは……」百合子は湊斗の血の繋がった娘だ。それも愛する沙織との間に生まれた大切な存在。当然、本妻である瀬奈と関わって良い気はしないだろう。彼は気に入らないというように眉をひそめたまま瀬奈を見つめた。瀬奈はそんな彼を馬鹿にするようにニッコリと笑い返した。「百合子ちゃん、とっても良い子ね。あなたとは似ても似つかないわ」皮肉をたっぷりと込めた一言だった。冷たい湊斗とはまるで似ていない。瀬奈は目でそのことを彼に伝えた。しかし、彼は一切動じることなく意外な反応を示した。「何を言っている?似てないのは当然の話だ」「……どういう意味よ」さも当たり前、とでもいうかのようなその返しに、瀬奈は顔をしかめた。(娘が自分に似ていないのがそんなに嬉し
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