Tous les chapitres de : Chapitre 181 - Chapitre 190

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第181話

湊斗の愛人宅から出た涼は、今度は暁家の本邸へと向かった。黒川区に来たついでに、泰西に挨拶でもしようと思ったのだ。「いつ見てもでっかいな……」涼は目の前に広がる大豪邸を見上げた。暁家は、敷地内に本邸とは別にもう一つ大きな邸宅がある。最も大きな本邸には社長が住み、別邸には後継者の泰西とその妻子が暮らしているのだという。涼は泰西と特別仲が良いわけではなかったが、彼のことは昔からよく知っていた。泰西は暁家の中でも有名人だったからだ。社交的でスポーツ万能な長女。何事においても完璧な長男。特に目立ったところのない次女。暁家の三人の子供たちは界隈ではかなり有名で、その中でも一目置かれていたのが長男の泰西だった。(……まぁ、性格は父親にそっくりで難アリだけど)涼はそんなことを考えながら、家のインターホンを鳴らそうと腕を上げた。そのとき、後ろからふいに声をかけられた。「――あの、一体ここに何の用ですか?」「……あなたは」振り返ると、ロングヘアの綺麗な女性が視界に入った。どこかで見たことがある顔だった。涼は必死になって記憶を辿った。(そういえば……前のパーティーで社長の傍にいたな……)ということは、この家の女主人だろうか。暁社長は未婚のはずだから内縁の妻か恋人か何かか。随分と歳が離れているが、暁グループの社長なら若い美人をいくらでも捕まえられるだろう。「暁社長の奥さんですか?」「……違います。私は副社長である暁泰西の妻です」「あ」彼女は眉をひそめた。(社長の義理の娘だったのか……)泰西の妻は一般女性なため、彼と違って表舞台に姿を現すことはほとんどない。大人になってから泰西とあまり会っていなかった涼は彼女が彼の妻だということに気が付かなかったのだ。「……すみません」「いえ、気にしないでください」泰西の妻はそうは言ったものの、眉間にシワが寄ったままだ。何とも気の強そうな女だ。そういうところが泰西と気が合ったのだろうか。彼女は腕を組んだまま、再度涼に尋ねた。「ところで、こちらへは一体何の用ですか?」「泰西……いえ、副社長に会いに来たんです。高橋涼と言えば伝わると思います」泰西の妻は冷たい瞳で涼を見つめていた。(俺のことを疑っているのか?)しばらくすると、ぷいっと彼から顔を背けた。「夫は今家にはいません。夜には帰ってくるかと」「そ、そう
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第182話

大学時代の泰西は女子たちからの憧れの的だった。「キャア!みんな、見て!暁泰西君よ!」「やだ、超カッコイイ!あんな人と付き合えたらどれだけ幸せかしらね……」キャンパス内を歩くだけで女子たちの歓声が響き渡り、まるで学内のアイドルのような存在だった。彼と同い年だった千郷は特に深く関わることも無く、いつも遠くからその姿を眺めているだけだった。(暁泰西……?誰だか知らないけど、随分人気なのね……)千郷は官僚の娘として生まれたいわゆる上級国民だった。美貌も家柄も持ち合わせていた彼女の唯一の欠点ともいえるのが、昔から異性にあまり興味がないことである。千郷は何度か告白をされたことがあったが、全て断っている。そのため、男性経験は一切なかった。泰西の麗しい姿を見たところで、彼女が心を動かされることなんてない。どうせ私にはこの先一生関わることはないだろう。このときまで、千郷は間違いなくそう思っていた。「――ねぇ、千郷。一週間後に開催される学内の合コンに来てくれない?」「……合コン?」ある日、千郷は同じ学部の友人から思わぬ誘いを受けた。「合コンだなんて……私は恋人を作る気はないわ。あなた一人で行ってこればいいじゃない」「千郷が異性に興味無いのはわかってるって!数合わせだよ数合わせ!美人な子呼ぶとみんな喜ぶからさ!絶対彼氏作らないといけないってわけじゃないんだから!」結局、押しに負けた千郷は渋々合コンに参加することとなった。「……ねぇ、本当にこんなところで合コンがあるの?」「千郷ったら、疑ってるの?早く行こうよ、タワマンパーティーなんて初めてでしょ?」「そ、それはそうだけど……」夜になり、千郷が連れて行かれたのは近くにあるタワーマンションだった。(何か嫌な予感がするわ……今からでも帰ったほうがいいかな……)そう思いながらも、千郷は信用している友人について行った。「ねぇ、やっぱり私にはこういう場所は……」「千郷、今日はすごい人がいるみたいだよ。絶対来たほうがいいよ」「……すごい人?」千郷は手を引かれ、最上階へと通された。そこにいたのは、複数人の若い男女だった。(……合コンが行われるというのは本当だったのかな)女の子がいたからか、千郷は安心して中に入った。男たちは目がギラついていてちょっと怖かったけれど、自分の他にも女の子はいるのだからきっと大
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第183話

部屋にあったテーブルに、千郷と泰西は向かい合って座った。(タワマンの最上階ってこんな感じだったのね……)彼女は窓から見える美しい景色に釘付けになっていた。大学生にしてこんなところに住めるだなんて、一体彼は何者なんだろうか。泰西はグラスに酒を注ぎ、千郷に差し出した。「あ、ありがとうございます……」千郷は酒を飲むつもりは無かったが、彼の視線が痛い。元々酒はかなり強いほうだ。どうにでもなれ、と彼女はグラスの中身を一気に呷った。「良い飲みっぷりだな」「……」彼の正体がわからない今、気に障るようなことをして不興を買うわけにはいかなかった。さっきのパーティーでも一番上座に座っていたところを見ると、かなりの権力者みたいだし。「あの、どうして私をここに連れてこられたんですか?」「……お前を俺の家に連れてきた理由がそんなに気になるのか?」泰西は千郷の質問には答えなかった。最上階から見える景色は綺麗だったが、彼女はこれ以上ここにいる理由がなかった。「私、家に帰りたいです……」「帰りたいだと?」その言葉に、泰西がピクリと眉を上げた。「俺の家に来て帰りたいと言った女はお前が初めてだ」「初めて?なら他の女性たちは何て言っていたんですか?」「そうだな……例えば……」彼は千郷に対し、いくつか例を挙げた。『泰西君、今夜は私を好きにしていいわ。私がこんなことを言うのはあなたにだけよ』『今日は帰りたくないの……一人で寝るのはとっても寂しいから』『早くこっちに来て。前みたいに激しく抱いてほしいの』あまりにも生々しい会話に、千郷の顔が真っ赤になった。「それどころか、いきなりキスをしてきた女もいたぞ」「キ、キス!?」大声を上げた千郷に、泰西が笑いを堪えるように口元を手で押さえた。千郷の顔は今にも破裂しそうなくらい真っ赤になっていた。どうして平然とそのようなことができるのか。男性経験のない彼女にとってはあまりにもハードルの高いことだった。泰西はもはや、そのような千郷の反応を楽しんでいるようだった。「千郷って言ったっけ……お前、俺の女にならないか?」「……どういうことですか?」「そのままの意味だ。俺の女……彼女になれ」困惑する千郷に、泰西は椅子から立ち上がってゆっくりと近付いた。彼の手が、彼女の髪の毛に触れた。妙に優しい手つきに、千郷の胸がトクンと
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第184話

それから、千郷は泰西の恋人となった。泰西は学内で平然と千郷を横に連れて歩いた。そんな彼に、周囲の人間は驚きを隠せなかった。女遊びを繰り返し、恋人を一切作ってこなかった彼がそんな風に一人の女を愛したのだから当然だった。千郷は学内の女子からの羨望と妬みの視線に晒された。しかし、泰西はどこへ行くにも千郷を連れて行き、とても大切にしていた。彼の寵愛が長く続けば続くほど、くだらないことを言う人間はいなくなった。大学一年生から、二人が卒業する四年生になるまで。何と四年間もの間彼の千郷への寵愛は続いたのだ。昔から異性に興味の無かった千郷が初めて愛した相手が泰西だった。彼はたしかに性格に問題があったが、千郷に対しては柔らかい目を向け、屈託の無い笑顔で接していた。そんな彼の姿に、次第に千郷も心を開いていった。体の関係から始まった二人だったが、交際は順調だった。二人が三年生になったある日、いつものように彼女を家に招いていた泰西は千郷に対して言い放った。「今日からお前はここに住め」「あ、暁君!?何を言っているの!?」「わざわざお前のとこに行くのが面倒なんだ、俺と一緒に暮らせば解決だろう?」いやいや、それはそれで大問題なんだけど!千郷は心の中で叫んだ。「大学生で同棲だなんて……両親が何て言うか……」「お前の父親には既に許可を貰っている」「え、ええ!?」泰西は先に千郷の両親に手を回していたようで、二人の同棲はすぐに始まった。高級官僚である父は、千郷が有名企業の御曹司を捕まえたことにかなり喜んでいた。昔から何よりも一族の利益を優先する人だ。絶対に泰西と結婚するようにと念を押した。もちろん、千郷も彼との結婚を真剣に考えていた。父のように財力や地位目当てではなく、彼女は本気で泰西を愛していたのだ。彼が御曹司でなかったとしても、彼女は彼を選んだだろう。そう思えるほどに、本気の恋だった。社会人になった二人は、二十九歳のとき約十年にも及ぶ交際を経て結婚した。彼と交際してからの十年間、千郷はとても幸せだった。泰西は記念日には必ず千郷と二人で過ごし、彼女のために高価なプレゼントまで用意した。長く付き合っていると冷めるとよく言うが、泰西の千郷への愛は深まる一方だった。彼にプロポーズされた日は最も幸せな日だった。泰西が真っ赤な薔薇の花束に、大きなダイヤモンドの指輪を手に、
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第185話

下の階へ降りると、帰宅したばかりの泰西の姿が目に入った。上着を脱ぎ、ネクタイを緩めるその姿はとても美しかった。千郷の胸がトクンと高鳴った。たとえ疎遠になったとしても、彼が彼女の最愛の人であることに変わりはないのだ。千郷は泰西にそっと近付き、声をかけた。「泰西、お帰りなさい……」「……ああ」泰西は短く返事をした。いつからだろう、彼が冷たくなったのは。その理由が他に女ができたからなら、千郷は耐えられそうになかった。「今日は早かったのね」「面倒なことが全て終わったからな……」千郷はそのまま部屋へ向かおうとする泰西を引き留めた。「面倒なこと?それって一体何だったの?」「……」いつもと違って食いついてくる千郷を、彼は平淡な瞳で見つめた。昔と違って冷めているような目に、彼女は何だか悲しくなった。「……お前が知らなくていいことだ」「……泰西」その返事に、千郷はショックを受けたように俯いた。泰西はそんな彼女を一人置き去りに、部屋へ戻ろうとした。千郷は悔しさと惨めさで体をプルプルと震わせながら言葉を継いだ。「……でしょ」「……何だ?」眉をひそめた泰西が振り返った。千郷は顔を上げると、彼に向かって言い放った。「本当は……女がいるんでしょう……?」「何を言って……」「隠さなくてもいいわ!」千郷は声を荒らげた。彼女はもう我慢の限界を迎えていた。「私、知ってるのよ!あなたが私と結婚する前から他の女と関係があったってこと!帰りが遅いのも、その女のところに行っているからでしょう!?」「……」千郷はこの日初めて、泰西に長年の不倫相手のことを問い質した。彼女が彼の愛人の存在を知ったのは、今から八年ほど前のことだった。突然彼女の元に現れた若い女が自分は泰西の愛人だと言い放ったのだ。もちろん千郷も最初からそのことを信じたわけではなかった。女が泰西と写っている写真を持っていたのだ。そのことを知った千郷は、ショックで何日も眠ることができなかった。そして泰西はそんな彼女のことを気にも留めず、いつもと変わらない様子で仕事へ行っていた。彼はしばらくの間、目の前の妻をじっと見下ろしていた。動じているわけでもない、普段と変わったところのない冷たい目。彼が何を考えているのかは、二十年以上の付き合いがある千郷ですらわからなかった。彼は呆れたようにため息をついたあと
last updateDernière mise à jour : 2026-05-18
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第186話

一方その頃、神宮司邸では。書斎に座っていた湊斗は、一馬からの報告を受けていた。「里亜ちゃんの父親に関してだが……やっぱり誰かまではわからなかった」「そうか……」あの日、湊斗は秘書の一馬に里亜の父親について調べさせていた。しかし、やはり彼女の父親を特定するのは簡単なことではなかった。瀬奈は父親は既に亡くなったと言っていたが、湊斗はそれが嘘であることを見抜いていた。元々彼は人の心を読むのが得意だった。昔から長い時間を共にしてきた瀬奈相手ならなおさら、間違えるはずがない。(想像がつかないな……瀬奈が他の男といるところなんて見たことが無いから……)元々内向的だった瀬奈には、湊斗以外の男友達なんていなかった。人目を引くほどの美貌を持ち合わせている彼女であれば、言い寄る男はかなりいそうではあるが。里亜の父親――つまり、瀬奈の不倫相手。湊斗の脳裏に、彼女が他の男と抱き合う姿が浮かび、彼は思わず唇を噛んだ。(……俺もどうかしているな)瀬奈と他の男との愛の結晶をあそこまで可愛がるだなんて。しかし、里亜を見るたびに胸の奥から湧き上がる愛おしい気持ち。あれは間違いなく愛情だ。認めざるを得なかった。それに、湊斗には彼女を責める資格なんて最初からなかった。「そういえば湊斗……瀬奈ちゃんは結婚生活の間、周囲に内緒でパートをしていたそうだ」「……パート?」湊斗は驚いて顔を上げた。「あぁ、ちょっと遠くにあるスーパーで五年くらい働いていたらしい」「スーパー?レジ打ちとかやってたってことか?」「……多分」湊斗は瀬奈がスーパーの従業員の制服を着て働いているところを思い浮かべたが、全く想像がつかなかった。何より、暁家のお嬢様がスーパーでパートをしているとは。(生まれてこのかた、働いたことすらないくせに……)しかも、湊斗はそのことを全く知らなかった。勤務先で辛い思いをしていなかっただろうか。彼は自分でも無意識に瀬奈のことを心配していた。「そのことで、勤務先のスーパーの店長や同僚の男たちを全て当たってみたが……瀬奈ちゃんと深い仲にあるような人間はいなかったよ」「そうだったのか……」「元々瀬奈ちゃんはあまり家から出ないからな……神宮司家の人間に父親がいるのかと思って探ってみたけど……」その言葉に、湊斗の目が一瞬にして鋭くなった。「と、特に彼女と関係を持っていた者
last updateDernière mise à jour : 2026-05-19
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第187話

湊斗が一馬から報告を受けていた頃、瀬奈は里亜と共に部屋にいた。「里亜、もう九時よ。そろそろ寝ましょう」「はーい、ママ」パジャマの姿の里亜の手を引き、彼女を部屋まで送ろうとしていたそのとき、突然ドアがノックされた。「……誰かしら?」瀬奈がドアを開けると、立っていたのは湊斗だった。「あ、おじさん!」彼の姿を見た里亜が、嬉しそうに声を上げた。湊斗はそんな里亜に軽く微笑みかけたあと、瀬奈に視線を戻した。「寝るところだったか?」「……ええ、そうね」「間に合ってよかった」瀬奈は一旦湊斗を部屋の中に入れた。里亜が彼に懐いている以上、彼女の前では無下に扱うことはできなかった。「おじさん、お仕事は終わったんですか?」「ああ、里亜のことを考えると仕事が捗ってな……おかげでいつもより早く終えられたよ」瀬奈は前よりもずいぶん仲良くなった二人を黙ったまま見つめていた。(私が眠っている間に何があったのかしら……)二人はまるで本物の親子のようだった。瀬奈は未だに、湊斗が里亜を可愛がっているのを理解できなかった。たしかに里亜は誰から見ても愛らしい子ではあるけれど、彼の里亜に対する愛は異常ともいえるほどだった。隠していても、血の繋がりがわかるのだろうか。瀬奈はヒヤリとした。「湊斗、一体何の用で来たの?」「あぁ、用件をまだ言っていなかったな……明日、久しぶりに休みが取れたんだ。よかったら、三人でどこか行かないか?」「……三人で?」湊斗からの外出の誘いに、瀬奈は驚いて目を丸くした。しかも里亜も含めた三人で。「おじさんと遊びに行けるんですか!」「ああ、どこへでも連れて行ってやろう」湊斗は里亜の頭を軽く撫でたあと、瀬奈の方を見た。里亜がそんなに喜んでいるのだから、断ることなどできなかった。「……そうね、たまにくらいならいいわ」「……決まりだな」瀬奈の返事に、湊斗は安堵の息を吐いた。彼は平静を保ってはいるものの、内心断られたらどうしようと気が気ではなかった。瀬奈は湊斗の用を聞き終えると、そのまま里亜の手を引いた。「里亜はもう寝る時間だから、部屋まで連れて行かないと」「……なら、俺も一緒に行こう」「……何ですって?」湊斗は里亜の空いた左手を優しく握った。こんな風にしていると、まるで本物の家族のようだった。「里亜、行こう」瀬奈は口をあんぐりと開
last updateDernière mise à jour : 2026-05-20
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第188話

瀬奈は湊斗の告白を何も言わずに聞いていた。今さらそんなことを言われてもまったく嬉しくなかった。むしろ、今の彼女にとっては迷惑だった。「……湊斗、冗談を言うのはやめてちょうだい」「冗談なんかじゃない。俺はお前を愛しているんだ」瀬奈はとても信じることができなかった。彼は自分のことだけは絶対に愛さないと、たしかに結婚したばかりの頃言っていた。そのくせ、今になって愛している?ふざけないで。瀬奈は熱のこもった目で自身を見つめる湊斗に向かってハッキリと言い放った。「いいえ、嘘よ。もし冗談ではないと言うのならそれはあなたの勘違いだわ」「……勘違いだと?そんなことはありえない。俺はたしかに――」「ありえないのはあなたのほうよ!!!」我慢の限界を迎えた瀬奈はとうとう声を荒らげた。彼女の目から涙が溢れた。「あなたは結婚してから私のことを一度たりとも見なかった!私がその間どんな気持ちを抱きながらここで過ごしていたと思う?」「瀬奈……」彼女の涙に、彼は胸が締め付けられるようだった。無意識に手を伸ばすものの、瀬奈はその手を振り払った。手の甲を強く叩かれて鈍い痛みが走るが、彼女の痛みに比べればこんなものどうだってことはなかった。「二十年よ、二十年……あなたが私を放置していた期間」「……」二十年という歳月はあまりにも長く、重すぎた。しかも十八歳から三十八歳という大切な時期だった。湊斗と結婚さえしていなければ、彼女はきっとたくさんのことを経験できただろう。この二十年間、彼女に思い出や経験と呼べるようなものはほとんどなかった。仕事もしていなければ、幸せな結婚生活を送っていたわけでもない。彼に対する期待を抱きながら、ただ一人部屋で待ち続けるだけの日々。それがどれだけ苦しいものだったか、彼は知りもしないだろう。唯一里亜を授けてくれたことだけは感謝しているが、それだけだ。彼がどれだけ後悔したところで彼女のその年月が返ってくることはない。涙を手で拭った瀬奈は、真っ赤に泣き腫らした目で彼と目を合わせた。「湊斗、あなた覚えてるかしら?あなたのご両親が亡くなったあの日……」「……!」心当たりがあるのか、彼がビクリと反応した。忘れたとは言わせない。あの日のことは、瀬奈の記憶にも深く残った一日だったのだから。敬愛していた義理の両親が亡くなり、憔悴していた瀬奈の元へ、湊斗
last updateDernière mise à jour : 2026-05-21
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第189話

自室に戻った瀬奈は、ベッドに突っ伏した。『――お前を愛しているんだ』湊斗から言われたその一言が、彼女の頭から離れない。こみ上げる涙は嬉しさからのものではなかった。自分でも説明のつかない感情がドロドロと胸に渦巻いた。嘘つき、最低。嘘は絶対つかないって言ったくせに。彼女はベッドのシーツを握りしめながら嗚咽を上げて泣いた。こうしていると、湊斗を待ち続けていたあの頃に戻ったようだった。愛しているのなら何故、私をあれほど辛い目に遭わせたのか。二十年の時を経て、ようやく彼から離れる決心がついたのに、今度は捕まえるだなんて。湊斗、私はあなたが憎い。憎くてたまらない。あなたを私と同じ目に遭わせてやりたい。瀬奈は湊斗を呪いながら、その日の夜を過ごした。***翌日の朝。「ママ、何だか顔色が……」「……平気よ、里亜。心配しないで」昨日まともに眠ることができなかった瀬奈は、目の下に大きなクマを作って湊斗たちの前に現れた。瀬奈は里亜を安心させるように笑顔で小さな頭を撫でた。こんな姿で愛する娘の元に来るとは、何てみっともない母親なのだろう。(……しっかりしないと)里亜の後ろに立っていた湊斗は、心配そうな顔で彼女に声をかけた。「……具合が悪そうだな、今日はやめておくか?」「……いいえ、気にしないで。ただちょっと疲れているだけだから」里亜から湊斗に視線を移した瀬奈は、無表情でそう返した。「だが……」「里亜があれほど楽しみにしていたのに、今さらやめるわけにはいかないわ」「……そうか」三人は外出の準備を済ませると、下へ降りた。瀬奈は色の悪い肌を何とかファンデーションで隠した。そのせいで二人よりも少し準備に時間がかかってしまった。玄関へ行くと、里亜と湊斗が楽しそうに話しているのが目に入った。「おじさん、どこへ連れて行ってくれるんですか!」「どこでも。里亜と……君のお母さんの望むところならどこだって行こう」「わぁ、前に言ってたお城でも?」「……それはまた別の日な。一日じゃ往復できないから」残念そうな顔の里亜に、湊斗はアハハッと笑った。瀬奈は何も言わずに二人に近付いた。「……瀬奈」「ママ、早く行こう!」「……ええ、そうね」瀬奈が靴を履こうとすると、湊斗がそっと手を差し出した。「……どういう意味?」彼女はその手の意味がわからず、湊斗を見つめ
last updateDernière mise à jour : 2026-05-22
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第190話

三人を乗せた車は神宮司邸を出発した。「わぁ、おじさんって運転が上手いんだね!うちのママより上手い!」「本当か?嬉しいなぁ、そう言ってもらえて」里亜の言葉に、湊斗は勝ち誇ったような笑顔を瀬奈に向けた。(いちいちムカつくんだから)瀬奈はムスッとして彼に言った。「私は免許取ってからまだ一年も経ってないんだから、下手なのは仕方ないでしょう?」「お前、いつの間に自動車の免許取っていたんだ」「あなたが知らない間よ、努力したんだから」大学時代に自動車の免許を取得した彼と違って、瀬奈はつい最近まで免許がなかった。瀬奈は湊斗に内緒でこっそり通っていた教習所時代を思い浮かべた。学生が多い中で、一回り以上上の彼女はあまり他の生徒たちに馴染めなかった。そのときの苦労を思うと、涙が出そうになる。周囲に誰も頼れる人がいなくて何度も心が折れそうになったが、里亜のために何とか免許取得までこぎつけたのだ。「大変だったのよ……一人だったし、上手に運転できなくて何度も練習したわ」「そうか、なら今度ご褒美でも買ってやろう」「ご、ご褒美?」湊斗は信号待ちで彼女のほうに顔を向けると、口元に笑みを浮かべた。「何でも好きなものを言えばいい。前みたいなのでもいいし」「……欲しいものなんて、特にないわ」大体のものは彼から与えられたし、瀬奈は元々あまり物欲がないほうだった。「むしろあなたが何か一つ望んでいいわよ」「……どういうことだ?」「私、あなたに何か貰ってばかりだから……今度は私があげるわ」別に湊斗に感謝しているわけではない。ただ、彼に借りがある状況が嫌というだけ。ここで瀬奈が何か彼の望みを一つ叶えたら、この胸に残るモヤモヤもなくなるだろうか。湊斗が何を言うのかはわからない。もし、変なことを頼まれたらどうしよう。彼はしばらく悩む素振りを見せたあと、思いついたように口を開いた。「じゃあ……今度俺を助手席に乗せてドライブしてくれよ」「……何ですって?」瀬奈は驚いて運転中の彼を見た。「お前の車に乗ったことがあるのは里亜だけなんだろ?俺をそこに入れてほしいんだ。お前の唯一になりたいからな」「そんなもの……」何故、どうして、そんな小さなことを望むのか。いっそ瀬奈の実家の暁グループに関するものでも望んでくれたほうが気が楽だっただろうに。「あなた、私の運転が怖くない
last updateDernière mise à jour : 2026-05-23
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