あの頃は、まさに若気の至りだった。 そんな思い出を反芻しながら、スケキヨは小さく「ふぅ」とため息をついた。 だが、そのときだった。 三葉が部屋の中をせわしなく片づけ始めていることに気がついた。 普段の掃除とは明らかに様子が違う。 床に散らばった小物を急いで棚に戻し、テーブルを拭き、クッションの位置まで整えている。『……誰か来るな』 スケキヨはむくりと体を起こした。 そして、床に降りると、スタスタと四足で歩き出す。 この歩き方にも、ずいぶん慣れてきた。 いや、慣れるしかなかった、というのが正しい。 最初の頃は、人間の癖でどうしても立ち上がろうとしてしまった。だが、猫の身体の構造では二足歩行など到底無理だと悟り、早々に諦めた。 食事と並んで、諦めたことの一つである。 ただし、意外なことにトイレだけはすぐ順応できた。 あれはなぜなのか、自分でもよくわからない。 そんなことを考えていると―― ピンポーン。 インターフォンが鳴った。「はーい」 三葉が玄関に向かう。 どうやら客らしい。 スケキヨがこの家に来てから、訪ねてくる人間はそれほど多くない。 そのため、誰が来たのか妙に気になった。『川本夫妻か? それとも……』 耳を澄ませていると、「お邪魔します」 聞き覚えのある声がした。 その瞬間、スケキヨの身体がぴくりと震えた。「意外とここに来るのは初めてなのよね」「そうだったわねー。会う時はいつも外だったし」 玄関から聞こえる声は二つ。 三葉と、もう一人。 それに―― 小さな足音も混ざっている。 猫に転生してから、スケキヨは自分の聴覚と嗅覚が驚くほど鋭くなったことに気づいていた。人間だったころとは比べものにならない。 そして、リビングに入ってきた人物を見た瞬間。「あら、可愛い……猫ちゃん」 スケキヨは思わず目を細めた。 そこに立っていたのは―― 菅原美帆子だった。
Last Updated : 2026-03-12 Read more