All Chapters of 轢き逃げされたら猫に転生。美人妻が心配で成仏できません! : Chapter 11 - Chapter 20

44 Chapters

第十一話 来客は突然に

 あの頃は、まさに若気の至りだった。 そんな思い出を反芻しながら、スケキヨは小さく「ふぅ」とため息をついた。 だが、そのときだった。 三葉が部屋の中をせわしなく片づけ始めていることに気がついた。 普段の掃除とは明らかに様子が違う。 床に散らばった小物を急いで棚に戻し、テーブルを拭き、クッションの位置まで整えている。『……誰か来るな』 スケキヨはむくりと体を起こした。 そして、床に降りると、スタスタと四足で歩き出す。 この歩き方にも、ずいぶん慣れてきた。 いや、慣れるしかなかった、というのが正しい。 最初の頃は、人間の癖でどうしても立ち上がろうとしてしまった。だが、猫の身体の構造では二足歩行など到底無理だと悟り、早々に諦めた。 食事と並んで、諦めたことの一つである。 ただし、意外なことにトイレだけはすぐ順応できた。 あれはなぜなのか、自分でもよくわからない。 そんなことを考えていると―― ピンポーン。 インターフォンが鳴った。「はーい」 三葉が玄関に向かう。 どうやら客らしい。 スケキヨがこの家に来てから、訪ねてくる人間はそれほど多くない。 そのため、誰が来たのか妙に気になった。『川本夫妻か? それとも……』 耳を澄ませていると、「お邪魔します」 聞き覚えのある声がした。 その瞬間、スケキヨの身体がぴくりと震えた。「意外とここに来るのは初めてなのよね」「そうだったわねー。会う時はいつも外だったし」 玄関から聞こえる声は二つ。 三葉と、もう一人。 それに―― 小さな足音も混ざっている。 猫に転生してから、スケキヨは自分の聴覚と嗅覚が驚くほど鋭くなったことに気づいていた。人間だったころとは比べものにならない。 そして、リビングに入ってきた人物を見た瞬間。「あら、可愛い……猫ちゃん」 スケキヨは思わず目を細めた。 そこに立っていたのは―― 菅原美帆子だった。
last updateLast Updated : 2026-03-12
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第十二話 謎の小学生

そして美帆子のその隣には小学生くらいの男の子が寄り添っている。 美帆子は、かつて大島と関係を持っていた女性だ。 だが、二人の関係が疎遠になるころ、彼女は実習中に出会った男子生徒と恋仲になり、駆け落ち同然で結婚したと聞いている。 その後、彼女は教師になった。 だが、型にはまることを嫌う性格は相変わらずだったらしく、離婚してシングルマザーになったのを機に教師を辞めた。 それから某通信予備校に勤務し、人気講師として名前を上げ、やがて独立。 今では自分で事業を起こしているらしい。 ……これらの話は、すべて三葉から聞いたものだ。 『……ってことは』 スケキヨの胸に、じわりと複雑な感情が広がる。 自分が付き合っていた時期に、別の男と二股をかけられていたことになる。 猫になってから知る事実としては、なかなか堪えるものだった。 『できれば会いたくない相手だったんだがな……』 三葉と美帆子が旧友である以上、いつかは顔を合わせる可能性もあるとは思っていた。 だが、まさか―― 過去を思い出していた直後に来るとは。 スケキヨは内心かなり動揺していた。 「美守、猫かわいいね」 美帆子が言う。 だが、 「……」 美守と呼ばれたその子は、何も言わなかった。 ただ、じっとスケキヨを見ている。 『……なんでそんなに見るんだ、この子』 スケキヨは心の中でつぶやいた。 クリっとした大きな目。 その顔立ちは、大島の教え子でもあり―― そして、美守の父親でもある男に、よく似ていた。 生前、大島は美守に会ったことはない。 だが、彼が剣道をやっているという話は聞いていた。 『いつか相手してやりたかったが……』 それは叶わなかった。 そんな思いを胸の奥で反芻する。 それでも、美守は視線を外さない。 まるで、何かを見抜こうとしているかのように。 スケキヨが少し顔を逸らしても、また見ている。 なんとも落ち着かない。 「さて、その前に手を合わせないとね」 美帆子が言った。 「なんで?」 美守が首をかしげる。 「三葉さんの亡くなった旦那さんの仏壇にね」 美守は、仏壇の遺影とスケキヨを交互に見た。 『……なんだ、その見比べ方』 嫌な予感がする。 だが、美帆子と美
last updateLast Updated : 2026-03-13
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第十三話 夢見てきた2人

その後、美帆子と美守は一時間ほど話をしてから帰っていった。 帰り際、美守は眠ってしまったらしく、美帆子はその小さな体を抱きかかえながら玄関を出ていった。 その姿を見送りながら、スケキヨはふと思う。 『あの頃の美帆子が……こんな立派な母親になったのか』 教育実習の頃、強がりで、どこか尖っていた彼女の姿が頭に浮かぶ。 あのときの彼女が、今は一人の母親として子どもを抱いている。 時間とは不思議なものだ。 しかし二人が帰ったあと、三葉の様子はどこか物憂げだった。 先ほどまで笑っていた顔が、少しだけ曇っている。 久しぶりに、かつて一番仲の良かった友人が訪ねてきたのだ。普通ならもっと明るい表情になってもおかしくない。 だがスケキヨには、その理由がわかっていた。 美守。あの子の存在だ。三葉と大島の間には、子どもができなかった。 それは二人にとって、ずっと心のどこかに残っている問題だった。 スケキヨは三葉の横顔を見つめながら、自分の無力さを噛みしめていた。 猫としてしか存在できない今、自分は彼女に何をしてやれるのだろう。 その答えは、どう考えても見つからない。 彼女の寂しさも、悲しみも、すべて埋めてやることはできない。それが歯がゆかった。 三葉は仏壇の前に座り、静かに手を合わせた。先ほどまで美帆子と笑っていたときの陰りが、まだ少し残っている。 その表情が、スケキヨには痛いほどよくわかった。 『あの頃は……』 ふと、思い出す。 『もっと、いろんな夢を見ていたよな』 子どものいる生活。賑やかな家庭。休日に公園へ出かける未来。 そんな普通の幸せを、二人で何度も話していた。 だがそれらは、すべて叶わなかった。 スケキヨはそっと三葉の足元へ歩み寄り、身体をすり寄せた。 ふわりと尻尾を揺らす。 「ありがとう、スケキヨ」 三葉が小さく呟いた。 「モフモフ……スケキヨ」 そのまま抱き上げられる。 柔らかい腕に包まれ、頬をすり寄せられる。 スケキヨは思わず目を細めた。 やわらかな肌の感触。温かい体温。 かつて何度も抱きしめたはずの彼女の体。 だが今の自分の短い猫の腕では、彼女を抱きしめ返すことができない。 それが、どうしようもなく辛かった。 「あなたがまだここに
last updateLast Updated : 2026-03-14
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第十四話 葛藤

 ふと、美帆子の言葉を思い出す。 紹介されたという男。寺院や霊園を扱う会社の社長。 話を聞く限り、経済的には安定しているし、三葉に対しても好意的らしい。 現実的に考えれば、決して悪い相手ではないのかもしれない。 スケキヨは窓の外をぼんやり眺めながら考えた。夕方の光が薄く部屋に差し込み、カーテンがゆっくり揺れている。 その光景を見ながら、胸の奥で何かがゆっくりと沈んでいくような感覚があった。 もし三葉がその男と再婚したなら。 きっと、生活は今より安定するだろう。 人がそばにいれば、今よりも寂しい思いをする時間は減るかもしれない。『……誰かがいた方が』 スケキヨはぼんやり思う。『きっと、寂しい思いは減るんじゃないか……』 だが、その考えは胸の奥で強く引っかかった。 三葉が別の男と再婚する。 新しい家庭を築く。 その未来を思い浮かべた瞬間、胸がぎゅっと締めつけられる。 猫になったとはいえ、スケキヨはまだ大島だった。 彼女の夫だった男だ。『三葉が幸せなら……それでいい』 心の中でそう言い聞かせる。 だが、その言葉はどこか空虚に響いた。 本当にそう思っているのか。 それとも、そう思い込もうとしているだけなのか。 自分でもよくわからない。 それでも、三葉がこれ以上苦しむ姿を見るのは耐えられなかった。 自分が死んでしまったことで、彼女はどれほどの時間を泣いて過ごしたのだろう。 どれほどの夜を、ひとりで過ごしてきたのだろう。 そのことを思うと、胸が痛んだ。 だからこそ。 もし再婚という道が彼女を救うのなら、それを応援するべきなのかもしれない。 そう考えているうちに、スケキヨの思考は少しずつ現実的な方向へと向かっていく。『……でも』『そいつと一緒になるには、まず会ってみないとわからないよな』『どんな奴なんだ』 そこまで考えた瞬間。 スケキヨの頭がズキッと痛んだ。『……いや、待て』『俺の妻と……?』 想像しただけで、どうしても耐えられない。 胸の奥に、ぐちゃぐちゃの感情が渦巻く。 嫉妬。 悔しさ。 無力感。 自分が守るはずだった人を、他の男に任せる。 それを想像するだけで、心の奥がざわついた。「スケキヨ、どうしたの?」 三葉が首をかしげた。「さっきからガルルルって言ってるよ?」 どうやら無
last updateLast Updated : 2026-03-14
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第十五話 再会

二、三年前のことだ。 そんな昔ではない。だが、大島と三葉が再会するまでには、長い長い時間が必要だった。 三葉が教育実習生として大島の高校にやって来たあの日から、すでに十数年が経過していたのだから。 あの頃、大島はまだ三十手前の若い教師だった。血気盛んで、剣道部の指導にも熱が入りすぎていた時期だ。 そして今――。 大島は相変わらず剣道部の顧問を務めていたが、高校教師としてのキャリアもすっかり積み重なっていた。学年主任の補佐や学校行事の責任者など、以前よりも責任の重い仕事が増えている。 気がつけば年齢も四十を超えていた。 独り身の生活は、決して寂しいわけではない。むしろ気楽な面も多い。だが、出会いの機会は若い頃よりも確実に減っていた。 同僚たちは結婚し、子どもが生まれ、休日には家族サービスの話ばかりをするようになった。 卒業生たちも社会に出ていき、いつの間にか結婚の報告をしてくる年齢になっている。 妹も大学を卒業したあと、同級生と結婚し、北海道へと嫁いでいった。 実家の食卓は、以前よりずいぶん静かになった。 そんな折だった。 大島は地元のバーで行われる婚活パーティーのチラシを手にする。 学校近くのコンビニの掲示板に貼ってあったのを、何となく眺めていただけだった。だが、その紙を見ているうちに、妙に気になってしまった。 とはいえ、一人で参加するのはさすがに気が引ける。 そこで、大島はちょうど離婚したばかりの部下――槻山湊音を誘うことにした。 湊音は剣道部のコーチを手伝っている若い教師で、真面目だが少し人見知りな性格だ。 「え……婚活ですか?」 と最初は戸惑っていたが、 「まぁ、飲み会みたいなもんだろ」 という大島の言葉に押され、結局一緒に行くことになった。 「男性は五千円で飲み放題」という条件は、酒好きの大島にとって少し痛い出費だった。 普段なら駅裏の安い居酒屋で飲むことが多い。 だが、たまには小洒落たバーで飲むのも悪くない。 そう考えることにした。 もし良い出会いがなくても、酒を楽しめばいい。 そのくらいの軽い気持ちだった。 少なくとも、その時までは。 「大島先生……?」 会場のバーに入ってしばらくした頃だった。 ふと名前を呼ばれ、大島は振り向いた。
last updateLast Updated : 2026-03-16
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第十六話 もしかして?

 三葉は何度も笑い、ビールを注ぎ合いながら、お互いの身の上話をした。 大島のどんな話にも三葉はうまく返し、相槌を打つ。 その自然なやり取りが、大島にはとても心地よかった。 酒の力もあったのかもしれない。 「あの時は……何度も断ってごめんなさい」 三葉が少し申し訳なさそうに言った。 「少し……その、言うのもあれですけど、大島先生が怖いというか」 それを聞いた大島は苦笑する。 「まぁ、あの頃の俺はオラついてたからな。無理もない」 そう言ってグラスを軽く回した。 「でも今日この日のための前段階だったんだ。気にするな」 三葉はくすっと笑った。 「ふふふ、そういうことですね」 二人は見つめ合って笑う。 その瞬間、大島の胸が少しだけ熱くなった。 そして、大島は意を決した。 「じゃあさ……今度こそ」 少しドキドキしながら言う。 「次のデートに誘うのは……」 言葉が途中で止まりそうになる。 盛り上がっているとはいえ、社交辞令かもしれない。 もし断られたら……。 十数年間引きずってきた想いが、完全に終わってしまうかもしれない。 すると三葉は頬を少し赤く染めて言った。 「ぜひ、またデートに行きましょう」 そして続けた。 「具体的に、場所も日にちも決めて」 「よっしゃー!!!」 大島は思わず立ち上がってしまった。 周りから拍手が起こる。 「おめでとう!」 三葉は照れくさそうに笑いながら、周囲に小さく頭を下げていた。 「人生で一番最高な気分ですよ……」 大島は少し震えた声で言った。 「十何年間、ちゃんとした恋人ができなかったのも……三葉さん、あなたのことがあったからなのかもしれません」 そう言いながら、三葉の手を握る。 「ちゃんとした?」 三葉が首をかしげた。 「あっ、その……えっと……」 饒舌なはずの大島が言葉に詰まる。 こういう時だけ、どうしても不器用になる。 三葉は笑った。 「面白い、大島先生……いえ」 少し間を置いて言う。 「大島さん」 「下の名前は……」 「和樹、和樹です!!!」 大島は慌てて答えた。 三葉は小さく頷く。 「和樹さん」 そして、まっすぐ大島を見つめて言った。 「
last updateLast Updated : 2026-03-17
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第十七話 人生いろいろ

 大島は、それから幸せな日々を送るようになった。ずっと心の中に秘めていた三葉という存在が、今は自分のそばにいる。彼女を愛おしく抱きしめ、キスを交わし、心も身体も繋がる日々が続く。 そんな関係になったことで、大島は心が満たされていくのを感じた。 三葉もまた、大島と共にいることに大きな幸せを感じていた。二人の関係は徐々に深まり、互いの存在が日々を輝かせる。周りの人々からは「美女と野獣」と囃し立てられることもあったが、それも二人には心地よい冗談で、ただの愛の証のように感じられた。 そして、互いの年齢も考えた結果、同居をするのであれば自然と結婚という形に落ち着いた。ただ、三葉はその場面を大切にしたいと考えていた。 彼女は、大島が彼女にプロポーズできるように心の準備を整えるために、細やかな心遣いでその場をセッティングした。 大島にとって、こういった特別なシーンはどうも苦手だ。 しかし、三葉は彼がプロポーズする瞬間を静かに待ち、緊張する大島が自然に想いを伝えられるよう、サポートしていた。「ベタだけどさ……三葉、家族になってくれ」 互いに、家族という存在がずっと希薄だった二人にとって、これ以上ない最適なプロポーズだった。 三葉は、その言葉に緊張が解けたのか、溢れ出た涙をこらえることができなかった。「はい……」 マンションを購入し、小規模であるが結婚式もした。 これから子供も増え家族がたくさん……。 本当に幸せだった。二人は幸せの絶頂にいた。 しかし、その後、最初の困難が二人を待ち受けていた。 なかなか妊娠の兆しが訪れなかったのだ。年齢的にもその可能性は覚悟していたが、いざ現実となるとやはり苦しいものだった。結婚式をシンプルにしてよかったと思えたのは、不妊治療費にお金を回すことになったときだった。 大島もできる限り協力しようと努めた。教師としての仕事も忙しさを増していたが、家族を増やしたいという思いが何よりも強かった。「……大変申し上げにくいのですが、ご主人の精子の運動量が少ないですね」「嘘だろ? 俺は毎日剣道や筋トレをしてるし、妻と結婚してからは朝昼晩としっかり食べてるんだぞ!」 大島は必死に抗議したが、その言葉には、動揺と焦りがにじんでいた。「和樹さん……」 三葉は大島の手を優しく握った。「じゃあ、もう子供は諦めろってことか?」 
last updateLast Updated : 2026-03-18
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第十八話 過保護

 とある日、三葉はリビングで一人晩酌をしていた。手には冷えたビールのグラス。テレビを見ながら、独り言のように呟く。「最近のドラマって、どれも似たような展開よねぇ……」 ソファの隅で丸まっている猫、スケキヨが耳をぴくりと動かす。『独り言多いな……って俺、今まで喋りすぎてたのかな……三葉、我慢してたんだろうか』 スケキヨのは自分の過去を反省していた。昔は自分がよく喋り、三葉はいつも優しく相槌を打ってくれていた。 その気遣いに甘えすぎて、三葉がどれだけ我慢していたのか気付けなかったのではないかと、今さらながらに思う。 三葉はスケキヨに気付き、微笑んだ。「スケキヨ、何か言いたいの? あら、まるで和樹さんがいた時みたいね……」 と言いながら、そっと猫の頭を撫でた。 スケキヨはその温かさを感じながら、心の中で叫んでいた。『そうだ、俺はここにいるんだ、三葉……ずっと、お前の話を聞いてるんだよ……』 猫としてではなく人間として、もう一度三葉に寄り添いたいと願う大島。 しかし今は、スケキヨとして彼女のそばにいることが精いっぱいだった。それでも彼は、三葉のためにできることをしたい。 三葉はテレビを見ながらまた独り言を続けている。 スケキヨは静かに喉を鳴らし、彼女のそばで寄り添うように座った。 しかし、スケキヨとして三葉のそばにいる大島は、少し気になることに気付いていた。三葉がスマホをちらちらと見る回数が増えてきたのだ。彼女が誰かにメッセージを送っているような様子が見受けられた。 三葉はもともとスマホをあまり触らないタイプだった。テレビを見ているときや、家で過ごす時間のほとんどはスマホに目を向けることなく、のんびりとリラックスしていた。しかし最近は違う。スケキヨの目から見ても、その頻度は以前よりも明らかに増えている。「誰かと連絡を取り合っているのか……?」 スケキヨは、少しばかり胸の中に引っかかる感情を覚えた。三葉が自分に何か隠し事をしているのではないか――そんな疑念が浮かんでしまう。それでも彼は、三葉が何をしているのか問いただすこともできず、ただ見守ることしかできなかった。 三葉はソファに座り、スマホを見つめたまま何度か指を滑らせていた。その様子に、スケキヨは少し不安を感じながら、三葉の足元に近づいていった。彼女の視線がスマホから離れ、スケキヨの
last updateLast Updated : 2026-03-19
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第十九話 報告

「そうなの! おめでとうー。結婚なんてびっくりだわー」 『なぬっ?!』 スケキヨの中で、大島は思わず飛び上がった。 あの婚活パーティーで、半ば強引に連れて行った湊音が……結婚? 相手が誰なのか、一瞬わからない。だがすぐに、記憶の底に沈んでいた情景が浮かび上がってきた。 『まさか……あいつか?』 婚活パーティーの後。 大島と三葉は無事にカップルになったが、湊音はというと、あの時成立した若い女性との関係は長くは続かなかった。 離婚して間もなかったこともある。そもそも恋愛経験が乏しく、距離の詰め方がわからない不器用さもあった。 結局、自然消滅に近い形で終わったのだ。 だが、その後。 同じパーティーで知り合ったバーテンダーの男が経営する店に、二人で何度か足を運んだ。 無頓着で、どこか放っておけない湊音に対して、その男は妙に世話焼きだった。 グラスの持ち方から、酒の飲み方、会話の間の取り方まで、いちいち面倒を見ていた。 気づけば、二人の距離は自然と縮まっていた。 それを横で見ながら、大島は何度か思ったものだ。 (あいつ、ああいうのに弱いんだよな) そして今。 その記憶と、三葉の言葉が繋がる。 「でも……同性同士って結婚……できない……あ、へぇ、パートナーシップ協定か! 兎にも角にもおめでとうー」 やっぱり、あいつだ。 スケキヨの中で、大島は確信した。 湊音は、あのバーテンダーの男と一緒になるのだ。 湊音は、ただの教え子ではなかった。 問題児で、手がかかって、何度怒鳴ったかわからない。 それでも、どこか憎めないやつだった。 教師になってからは部下として同じ現場に立ち、剣道部を一緒に背負った。 怒鳴る側から、支え合う側へ。 関係は確実に変わっていった。 『湊音が結婚か……』 一度目の結婚は失敗した。 だが、それでもまた誰かと生きることを選んだ。 『……まぁ、二回目だがな』 思わず苦笑する。 それでも、胸の奥にはじんわりとしたものが広がっていく。 嬉しい。 素直に、そう思えた。 『にしても……パートナーシップ協定、ってなんなんだ?』 制度の細かいことはよくわからない。 だが、形がどうであれ。 誰かと生きると決めた、その覚悟は本物だ。
last updateLast Updated : 2026-03-20
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第二十話 忘れてた!!

 あれこれ考えているうちに、いつの間にかスケキヨは眠りについていた。三葉と同じ布団の中にいる。 艶やかなシルクのパジャマを纏った三葉の姿がそこにあった。スケキヨは思わずゴクリと生唾を飲み込んだ。今は猫の姿だ。 以前のように抱き合うことも、キスをすることも叶わない。横たわる彼女を横に寄り添うしか。 何度もこんな思いを断ち切ろうとしても、三葉を目の前にするとどうしても感情が込み上げてくる。そのたびにセンチメンタルになってはいけないと思いつつ、スケキヨは小さな前足で顔を軽く叩いた。「こんなこと考えるなんて、情けない……」と心の中で自分に言い聞かせながらも、三葉の寝顔を見るとやはり愛しさが止まらない。 なかなか寝付けずにいたスケキヨは、ふと湊音の結婚の話から職場のことを思い出した。剣道部のことや同僚、そして自分が受け持っていた生徒たちのことが頭に浮かんでくる。 猫に転生してからというもの、剣道の日々とは縁遠くなり、ただのんびりと過ごしている生活に慣れてしまい、仕事や学校のことはすっかり忘れていた。 三葉は別の高校に勤務しているので、職場のことについて情報が入ってくるわけでもない。『俺が死んだ後、剣道部はどうなってるんだろうな……生徒たち、ちゃんとやれてるんだろうか』 さらに続けて、『まだ受験生の学年主任じゃなかったのは幸いだったか……』 と安堵の息をついた。 大島は当時二年生の学年主任補佐で、学年主任は湊音が務めていた。そのことを思い出し、大島は湊音に対する信頼感を感じながらも、猫になった今、自分にできることはもう何もないのだと思い知らされまた苦しむ。『あああああ、なんで大事なことを忘れてるんだ……忘れていたというかなんというか……』 スケキヨは頭を掻きむしる。スケキヨの体はさほど大きくないが、人間の体でこのような動きをしたら「大の大人が何をしているんだ」 と言われそうな姿だ。『でも俺は何もできないんだ、仕方ない……いや、しょうがないだろう? 誰がどう穴を埋めてくれてるんだ? 湊音は大丈夫なのか?』 と、スケキヨは声を荒げながら一人悶々と考える。『あー、ずっと働き詰めだったからつい解放感で現実逃避してたー!!!』 と思わず叫んだ。もちろんニャーだが。 仕事が嫌だったわけではない。しかし猫になってからというもの、あまりにも気を緩めす
last updateLast Updated : 2026-03-21
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