Masukアラフォーの高校教師である主人公大島和樹は、突然の轢き逃げ事故で命を落としてしまう。 残されたのは最愛の妻と、学校や家族への心配事の数々。 未練たっぷりのまま目覚めると、なんと猫に転生していた! 猫としての生活に戸惑いながらも、新たな体で家族や周囲を見守る日々が始まる。 ※平日月から木曜日更新です🌕
Lihat lebih banyak進学校の裏手に続く坂道は、夜になると別の顔を見せる。
昼間は生徒で賑わう道も、十時を過ぎれば静まり返り、街灯の光だけが等間隔に地面を照らしていた。 ノースリーブのワンピース姿の女が、男の腕に絡みつく。 「大島センセ、泊まりたかったなぁ」 「無理無理。独身寮だから」 「冗談だって。先生って、ほんと真面目だよね」 「正直者って言え」 男……大島は苦笑して、そっと腕を外す。 筋肉質な体に、くたびれたジャージとサンダル。色気も風情もないが、妙に人を安心させる雰囲気があった。 駅前で別れ、女が改札を抜けるのを見届ける。 「じゃ、また明日」 「ああ」 名残惜しさはない。明日も会える関係だ。 鼻歌混じりに坂を上る。 剣道部顧問。四十歳。体力にはまだ自信がある。 「夜は涼しくなったな」 そう呟いたときだった。 坂の途中の路地に、光が揺れているのが見えた。 数人の住人がスマホのライトを向け、何かを囲んでいる。 「どうしました?」 「あ、大島先生!」 川本だった。近所の世話好きな元公務員だ。 「排水口の下から猫の声がするんだ。蓋が重くて開かなくてな」 耳を澄ますと、確かにか細い鳴き声がする。 「市役所もこの時間じゃな……」 面倒だな、と一瞬思う。 だが期待の目が刺さる。 「分かりました。照らしてください」 ライトが一斉に彼を照らす。 「俺じゃない、排水口」 小さな笑いが起きる。 鉄の蓋は想像以上に重い。 両手をかけ、腰を落とす。 「……っ、ぬおおお!」 鈍い音を立てて、わずかに浮いた。 「開いた!」 歓声。 すぐに「静かに」と誰かが囁く。 暗闇に手を伸ばす。 柔らかい毛並み。震えている。 「大丈夫だ。怖くない」 だが猫は奥へ奥へと逃げる。 考える時間はなかった。 腕を深く突っ込み、力任せに掴む。 「うりゃあ!」 「にゃーーッ!」 悲鳴と同時に、ずるりと引き上げた。 砂まみれの大きな雌猫。腹はふくらんでいる。 「母猫だわ」 房江がタオルで包む。 「先生がいなかったら死んでましたよ」 拍手。 大島は照れ笑いを浮かべた。 「大げさですよ」 だが胸の奥に、わずかな違和感が残る。 猫の体は、妙に冷たかった。 解散し、人影が消える。 坂道は再び静寂を取り戻す。 「……やっと帰れる」 その瞬間だった。 キキィィィィッ! 凄まじいブレーキ音。 強烈なライトが視界を焼く。 振り向く間もない。 衝撃。 骨が砕ける鈍い感覚。 身体が宙に浮く。 地面に叩きつけられる。 車は止まらない。 そのまま闇へ消えた。 遠くで誰かが叫んでいる。 自分の血の匂いがする。 ああ、まずいな…… 脳裏に浮かんだのは、女の笑顔。 「……三葉……」 意識が、闇に落ちていった。その後、三葉は女の子を出産した。女の子だから、大島の生まれ変わりではないだろうと、三葉と倫典は笑いながら過ごしていた。念の為倉田や美守にも見てもらったがそうではないと言われてやはり違うわよね、と。あの時のことを思い出すこともあったが、それはもう過去のものとなり、三葉と倫典は穏やかな生活を送っていた。もちろん忘れたわけではないのは当たり前である。 スケキヨは大島が抜けた後、奇跡的に体調を取り戻しその後10年生きた。他の雌猫との間に子供ができた。 まさか、と思った三葉たちは子猫たちもみてもらうがそうではないと言われ笑った。「流石にもう猫はないんだろうなぁ、大島さん」「かもね……」 また三葉が抱えていた借金は、轢き逃げ犯からの慰謝料や和解金で賄われ、足りない分は倫典が補填した。 倫典は親戚のドラッグストアの社長となり、順調に経営を続けていた。三葉は、家族との時間を大切にしながら、子供、猫と共に心穏やかに過ごしていた。 そして、16年後。 由花は、剣道を始めていた。容姿は三葉に似ていて、おっとりした性格はどこか倫典に似ている。三葉たちは、穏やかに東京での生活を楽しんでいた。「倉田さんと今度ゴルフ行くから……ごめんね、週末」「いいわよ、大事なお友達じゃない。いってらっしゃい」 二人は仲睦まじい夫婦になった。三葉は大島と過ごした時と少し違うがその時とは完全に気持ちを切り替えている。 ある日、由花が家に同じ剣道部の修哉を招くことを決めた。修哉は少し背が高く、礼儀正しく、どこか控えめな印象を与える少年だった。 三葉と倫典は少し驚きながらも、温かく迎え入れた。「初めまして、高橋修哉です」 彼は静かに挨拶をした。「ようこそ、修哉くん」倫典は微笑みながら、修哉をリビングに案内した。「すいません、お手洗いをお借りしても」「うん、あっちですよ。台所の奥」 修哉が三葉のもとにやってきた。台所に立っていた三葉が修哉の気配を感じ、振り向く。手土産を持っていた。 三葉はしっかりした子だと感心する。「ありがとう、わざわざ。あ……お手洗いはあちらよ」 と三葉が指差すと、修哉はしばらく黙って彼女を見つめ、ゆっくりと口を開いた。「……三葉」 彼はそう言うと、彼女に向かって微笑んだ。 その微笑みには、どこか懐かしさが感じられた。三葉はその笑顔に見
『……?』 スケキヨは再び目を開けると目の前には横たわるスケキヨがいた。『え? どういうことだ? ……す、スケキヨ!!! 起きろ!!!!』 だが声をかけても聞こえていないようだ。 次の瞬間「大丈夫です、まだ生きていますから」 と後ろから聞こえたのは倉田。黒いスーツを着て歩いてきた。 それと同時にスケキヨは大きな欠伸をしてまた寝た。 そう、寝ているだけである。『これはどういうことだ! 倉田さん』 スケキヨ、でなく大島は倉田を見るとしっかりと倉田は目を合わせてきた。 少し恐ろしさを感じる瞳だ。『ここはどこだ。病院……か。三葉たちは?』「三葉さん、またショックで倒れて……切迫流産しかけててすぐ近くの産婦人科に運ばれて。みんなあっちへ」 『三葉……三葉……流産……』 実のところ一度三葉は流産したことがあったのだ。「多分安静にしていれば良いでしょう……心配なさらず」 と倉田は寝ているスケキヨを撫でた。「あなたはスケキヨに転生しましたが……適応せず……このままでは栄養失調で死ぬところでした。だからあなたをスケキヨから抜きました。あ、怪我は関係ないので……少しずつ治るでしょう」『抜く? え? てか生まれ変わりならこれは俺だろ?』「ですけども生まれ変わりというよりもスケキヨに乗り移った、と言った方が早いでしょう」『……どういうことだよ。もし可能な限りスケキヨとして三葉たちのそばにいたいのに』「……未練たらたらだな」『中にいるのは俺じゃなくてなんなんだよ』「奥に眠っていたスケキヨです。彼も記憶を共有していますのでしばらくしたら慣れるでしょう」『……まじかよ、これは俺じゃなかった……?』 大島は今の自分の体を確かめようとしたがそれができない。ただ存在自体はあり見える、聞こえる、話せるくらいである。『じゃあこれはいったい……』「人魂の状態ですね。私とだからこうして話すのとかできる。美守くんもね」『人魂……』「私がいるから喋られると思ってください。喋るというか念という概念ですが」 その言葉はとても不気味さを感じられる。がそれよりも……。「あなたは一体……ただの社長じゃない……あっ」 言ってるうちに思い出したのだ。 美守が倉田を見て怯えていたことを。『……』「あまり詮索するとダメですよ。こうして私と話せてる、とい
警察が到着した頃、部屋の中は異様な雰囲気に包まれていた。三葉は毛布で包まれ、倫典に抱きしめられている。その腕の中にはスケキヨ。「……なんだ、こりゃ……」 警察官が呆然と声を漏らす。部屋中の引き出しが開けられ、物が散乱しているが、特に異様なのは和室だ。 そこには大きい体に亀甲縛りで仰向けにぎっちぎちに縛られた泥棒が、泡を吹きながら失神している。「泥棒が暴れたので……彼女が縛ってくれました」 倫典が困惑気味に説明する。 彼自身も三葉が強盗をいとも簡単に亀甲縛りにしてしまうとは想像しておらず、その技量に驚いていた。 三葉は疲弊した表情をしているが、縛っていた時の彼女の顔は、倫典やスケキヨが愕然とするほど狂気に満ちており、どこか艶かしい雰囲気さえ漂わせていた。『三葉……なんでそんな縛り方を知ってるんだよ……』 スケキヨがそう思った時には、すでに泥棒は気絶し、微動だにしていなかった。「それよりも、倫典くん、病院に行かないと……さっき泥棒にやられてたじゃない!」 三葉が心配そうに言う。「これくらい、平気だ……うっ……」 倫典の右腕が鋭く痛み、そばにいた警察官が慌てて支えた。「三葉さんのほうを先に見てやってください! 彼女は……」 スケキヨが三葉に寄り添いながら訴えるが、そこで倫典が口を開いた。「彼女、妊娠してるんです」『……えっ!?』 スケキヨが驚き、三葉も静かに頷く。「ここでは冷えるし、体を休めないと……どこか具合が悪いところはありませんか?」 警察官も気遣いの声をかけるが、三葉はスケキヨを抱いたまま動こうとしない。「吐き気と眩暈が少し……でも……スケキヨを……この子、もともと持病もあってなおかつ泥棒に蹴られて……」 三葉が腕の中のスケキヨを見下ろした。その瞬間、彼女の顔が青ざめた。「……スケキヨ……?」 何かがおかしい。スケキヨの体は微動だにせず、その胸も上下していなかった。「スケキヨがおかしいの……!」 三葉の声が震え、倫典もスケキヨの体に手を伸ばす。『……妊娠してたんだな、三葉』「嘘だろ……スケキヨ……」 倫典が低く呟いた時、三葉の手からスケキヨの体温が急速に失われていくのがわかった。「お願い……目を開けて……スケキヨ……!」 三葉は震える手でスケキヨを揺さぶったが……返答はなかった。 その後、それぞれ
この音に気づいたのはまずスケキヨだった。『ん、なんだ……』 他の二人は全く気づかない。『まだ聞こえる。おれには聞こえるぞ』 スケキヨは耳をピンと立て、小さな唸り声をあげる。スケキヨとして転生したおかげで耳が人間の時よりも良いことに気づいた。 三葉、隣の布団でぐっすりと寝ている倫典もまた、日頃の疲れから深い眠りに落ちていた。 スケキヨは寒い中暖かい布団から出て忍び足で立ち上がり、今いる和室の襖を開けて音のする台所に向かった。 そこで耳を澄ませると冷蔵庫を開ける音。そして食べ物を下品に音を立てて食べている音。 スケキヨが低い声で威嚇するように唸り始めたその瞬間、三葉が目を覚まして襖が開いていることに気づいて部屋から出てきたのだ。「スケキヨ、どうしたの?」 『三葉、なんで起きてきた! 倫典は?!』 もちろんその言葉は届かない。スケキヨが真夜中のひんやりとした中で立ち尽くしていることに違和感を感じていたところに台所からまた音が。「……何?」 台所の奥に進んでいく。スケキヨは『やめろ!』 と止めにはいるが遅かった。 そこで三葉が見たのは、暗闇の中で動く人影だった。 背は低いが体格の良いスキンヘッドの男が、冷蔵庫の中身を取り出してむしゃむしゃと食べていたのだ。 三葉は息を呑んだ。「……誰……?」 その声にスキンヘッドの男がピタリと動きを止め、三葉を睨みつけた。「黙っていろ。騒ぐとどうなるかわかってるだろうな」 三葉はその時、先日警察署に行った際にマンション強盗に気をつけるようにと言われたことを思い出した。 まさか自分の部屋にも……と。 スケキヨが男の足元に飛びかかろうとするが、三葉はすぐにそれを制止する。「スケキヨ、だめ!」 だが男は気にする様子もなく、部屋を物色し始める。引き出しを開け、棚を漁る音が響く。「金目の物はどこだ?」 男が荒々しい声で問いかけるが、三葉は震えながら首を横に振る。「……そんなもの、ない……」 事実、大島の遺品でかろうじて価値がついたものは売って借金の足しにした。 男の目が鋭く光った。「お金ないならおまえさんの体、いいなぁ……胸も大きい……やばい」 三葉は胸の辺りを両手で隠す。 泥棒が三葉に向かって一歩踏み出したその時、布団がガサリと音を立てた。そして襖越しから「……三葉?」 倫