結婚の事実を隠して3年。999回も待ち望んだ公表の約束が、また破られた。菅原日和(すがわら ひより)はスマホの画面をじっと見つめた。そこに表示された菅原真司(すがわら しんじ)からのメッセージ。【今夜は会議が長引くから、帰らない】彼女は返信しなかった。翌朝、菅原グループの社長秘書として、日和はいつも通りに出勤した。ただ、真司のスケジュールを書き込んだメモを握りしめることも、エレベーターの前で数分前から待つこともしなかった。お昼になっても、真司のデスクには、いつも置いてあった温かいコーヒーはなかった。夜10時。会議で遅くなるとき、いつもビルの下で待っていたはずの女は、もう姿を見せなかった。日和は、振り向いてくれない人を追いかけるのはもうやめよう、と心に決めた。ところが真司は、パーティーで友人たちにからかわれていた。「あれ、例のかわいい愛人は連れてこなかったのか?」友人がグラスを片手に笑って聞く。真司はグラスを持つ手をぴたりと止め、数秒ほど間を置いてから、わざと強調するように言った。「都合が悪いんだ」そのそっけない態度は、まるで日和と特別な関係であることが、なにかやましいことでもあるかのようだった。誰かがそのときの動画を、日和に送ってきた。日和は冷えきった邸宅でひとり、その動画を何回も再生した。スマホの明かりに照らされた彼女の顔は、無表情だった。7年前、日和の両親は交通事故で亡くなった。事故を起こしたのは菅原家だった。彼らは慰謝料を払い、何度も「申し訳ない」と頭を下げ、当時17歳だった日和を「養女」として引き取ったのだ。彼女を物置に住まわせながら、対外的には、「養女」だと言っていた。菅原家での7年間で、日和は人の顔色をうかがい、何も望まず、息をひそめて生きることを覚えた。そんな日々のなか、真司と出会った。あの日、池のほとりで鯉にえさをあげていた日和は、菅原家の長男に突き飛ばされて池に落ちてしまった。そこを通りかかったのが、地方の分家から菅原家に引き取られてきたばかりの真司だった。彼は日和を水の中から引き上げてくれた。真司は日和の前にしゃがみこみ、タオルで濡れた髪を拭きながら、そっと尋ねた。「お名前は?」「小林日和です」「小林日和……」彼は名前を口ずさんで、にっこり笑った。「き
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