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第6話

Author: 芽吹きの春
手術は数時間かかった。

真司は手術室の外を、いらいらしながら行ったり来たりしていた。

彼はいてもたってもいられず、握りしめたこぶしは、小刻みにふるえている。

通りすがりの人に病院まで送ってもらった日和が目にしたのは、そんな真司の姿だった。

複雑な気持ちで一歩前に出て、なにかを言おうとしたその時、日和は思いきり頰をひっぱたかれ、パンッ、と乾いた音が響いた。

日和は驚いて頰をおさえる。「真司、今ぶったの?」

真司は、人を殺しそうな目で彼女をにらみつけた。「綾子との結婚をめちゃくちゃにしたい気持ちはわかる。でも、どうしてあんなひどいやり方で彼女を傷つけたんだ!」

「私じゃない!」

真司はさらに目を血走らせ、日和の首を強くつかんだ。「まだ言いのがれるつもりか!手術室に入る前に綾子から聞いたんだぞ。彼女がどこにいたか知ってたのは、お前だけだってな!

あの子は意識を失う直前までお前をかばってたんだぞ。お前を尾行してきたやつらの仕業かもしれないから、ぬれぎぬを着せないでくれってな!それなのに、お前は!」

そこまで言うと、彼の目は赤くなった。それは綾子への想いであふれていた。「綾子は、お前をあんなに大事にしてた。親友だって思ってたんだぞ!日和、お前には心がないのか!」

日和はもう涙を抑えきれない。声を詰まらせながら訴える。「真司、私じゃないって言ってるでしょ!綾子を傷つけるようなこと、絶対にしない!あなたを失うのはすごく辛いけど、二人の邪魔をしようとなんて考えたこともないわ!」

けれど、真司はまったく信じようとしなかった。

彼は日和を疎ましそうに振りはらい、冷たい声にもどった。「綾子は、あの中に寝てるんだぞ。これ以上お前のなにを信じろって言うんだ?日和、見逃してやろうと思ったが……お前が自分でまいたタネだ。

誰か来い。こいつを物置部屋に閉じ込めておけ。俺の命令があるまで、絶対に出すな!」

その言葉を聞くと、数人のボディガードがすぐさま前に出て、日和を取り押さえた。

彼女は必死に抵抗した。「こんなことしないで!私じゃないの!綾子を傷つけるわけないでしょ!」

もがいたせいで、体中の傷口がすべて開いてしまった。そして、そこからまた血が流れ出す。

そのとき、下腹部にひやりとした鋭い痛みが走る。日和は思わず体を丸めたくなった。

しかし真司はもう彼女を見ようともしない。ただ手を振って、ボディガードに早く連れて行けと合図するだけだった。

物置部屋はひんやりと湿っぽく、吐き気のするようなカビの匂いが充満していた。

日和は、下腹部の痛みがどんどん強くなっていくのを感じた。

はじめは、わずかな痙攣だけだった。

彼女は必死にドアを叩いたが、だれも応答してくれなかった。

どれくらい時間が経ったのか。昼なのか夜なのかも分からない。ふと、股のあたりに暖かい湿り気を感じた。辺りに、生ぐさい血の匂いが広がる。

そのとき日和はふと気づいた。今月はまだ、生理が来ていない、と。

日数を数えてみると、ある残酷な真実が浮かび上がってくる。もしかしたら、妊娠しているのかもしれない。

そして今、その子の命が、少しずつ消えかけている……

前にも、一度赤ちゃんを失ったことがある。もう二度と失うわけにはいかない。

日和は、体のけだるさと激しい痛みに耐えながら、ドアを強く叩いた。「開けて、助けて、この子を助けて!真司、私は妊娠してるのよ!あなたの子でもあるの!」

ドアに爪を立てると、血のにじんだ跡がつく。そして、体を引き裂くような痛みが、波のように押し寄せてきた。

意識がだんだんとおぼろげになっていく。口は大きく開いているのに、少しも声が出ない。

日和はドアに寄りかかり、うつむいて自分の足のあいだにあふれ出る血だまりをじっと見つめた。

それから数日、彼女は熱が出て、下からの出血は悪臭を放ち、傷口はひどくなる一方だった。

日和は悟った。お腹の子は、もう生きていないのだと。

そして自分も、傷が悪化して、この汚い物置部屋で死んでいくのだろうと。

もしかしたら、それも悪くないかもしれない……

再び意識が戻ったとき、鼻にツンとくる消毒液の匂いがした。

日和の体は、まるで鉄板に固定されたように動かなかった。強心剤が打たれ、医師の指示が飛び交っていた。

「手当てが遅すぎたな。この子、もう子どもは産めないかもしれない……」

「産めるかどうかの問題じゃないよ。子宮がひどい感染症を起こしてるし、全身傷だらけだ。そもそも助かるかどうかも怪しい」

「血中酸素濃度が下がり続けています。挿管を準備してください」

医師たちの言葉が耳に入ってくる。日和は目を開けようとしたけれど、結局できなかった。

だれかが話を続けた。「感染症でショック状態になってから、もう数日も経つのに。家族もだれひとり見舞いに来ないなんて、かわいそうにね」

「そうよ。それにひきかえ、上の階にいる青木さんは幸せよねぇ。婚約者がつきっきりで看病してて、ヘルパーさんだけでも数人も雇ってるんだって」

「たいしたケガじゃなくて、手術したその日に退院できたらしいわよ。でも婚約者が心配しすぎて、絶対に退院させないんだって……1日何千万円もする、この病院でいちばん豪華な特別室にいるなんて、うらやましいわ……」

ピッピッ、と鳴っていたモニターから、けたたましいアラーム音が響く。数値が大きく乱れはじめたのだ。

医師と看護師たちが、いっせいに日和の周りに集まった。「急いで!血中酸素濃度が60まで落ちた!すぐに集中治療室へ!」

日和のくちびるがふるえ、やがて自嘲するような笑みがうかんだ。
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