All Chapters of 冷徹な夫が暴走愛?それでも妻は絶対に許さない: Chapter 311 - Chapter 320

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第311話

涼太が電話を切った。美羽が尋ねる。「お兄ちゃん、どうするか決めたの?」たった今、涼太は恒に対し、アーンアウトを受け入れると伝えたばかりだった。涼太は答える。「もう後戻りはできない」今の状況は、会社そのものを賭けているようなものだ。成功すればボヘンの時価総額は倍増し、涼太の評価も爆上がりするだろう。しかし失敗すれば、ボヘンは涼太の手を離れ、彼自身も莫大な借金を抱えることになる。千億円規模のアーンアウト、まさに命がけの勝負だ。美羽が聞く。「じゃあ、トウキとの提携は?」「桑原と交わしたのはあくまで合意書だ。アーンアウトについては承諾したが、トウキとの提携の方は白紙に戻す。明日、桑原を連れてトウキ側に交渉に行く」これ以上、相手のいいように操られてたまるか。美羽は納得したように頷く。「うん、絶対勝てるよ」涼太が笑う。「ああ、きっと勝つ。母さんから聞いたけど、退院したばかりなんだろう?早めに休めよ」「お兄ちゃんも早く休んで。体調万全じゃないと、勝てないよ」「分かってる」「……」部屋に戻った美羽に、紗良が尋ねる。「美羽、涼太さん何て言ってた?」「もう準備は万端だって。だから、信じてあげよう」「それなら、私が少し投資しようかな?」今の紗良は、千億円以上の資産を持つ大富豪だ。「だったら、お兄ちゃんに直接相談してみたら?」状況を理解した紗良が笑う。「後で連絡してみるわ」翌日。涼太は朝一番で出社した。美羽が起きると、お腹の痛みはだいぶ引いていた。澪が薬を持ってくる。「美羽、お薬だよ」美羽はその匂いを嗅ぐと、苦味を我慢して一気に飲み干した。それをじっと見守る柚葉。すると美羽に、柚葉が飴を差し出した。「イヴリンさん、飴を食べたら苦くなくなるよ」美羽がそれを受け取る。「ありがとう、いい子ね」自分にそう言ってくれたことが嬉しくて、柚葉が弾んだ声で言う。「パパもいつも私のこと、いい子って言うんだよ」美羽はそっと微笑む。翔平の柚葉に対する愛情に、嘘はないのだと知っていた。朝食を済ませた後、美羽と紗良は子供たちを連れて幼稚園へ向かった。雑談していた時、紗良が休暇を取って知幸の誕生日パーティーに出席するという話をした。「お兄ちゃんが言ってたんだけど、美羽も贈り物を贈って
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第312話

美羽は柚葉を連れて深津市に行くことにした。翔平には言っておかなければならない。電話がつながった。「何の用だ?」翔平の冷ややかな声が響いた。「明日から柚葉と深津市へ行く」言葉が途切れる。電話越しに一呼吸おいて、翔平が聞いた。「何日だ?」美羽が答えた。「1週間ほどよ」帰ってくればちょうど初公判が始まる。納得のいく結果は出ないだろうが、それでも一度ケジメをつけなければならない。翔平は言った。「ボディーガードと使用人を連れて行け」こんなにあっさり許可を出すなんて。予想外の反応だった。「明日は何時の便だ?」と翔平がさらに聞いた。「午前10時に深津市へ到着予定よ」「明日の朝、柚葉を迎えに来い」そう言い放つと、翔平は電話を切った。それから、A国のK・Uの責任者に電話をかけ、現地の状況を確認する。N・Sからの動きはなく、今はすべて順調に進んでいるという。美羽はほっとして、「分かった」と答えた。その日、美羽が帰宅すると、夜8時ごろ、悠斗がやって来た。涼太と一緒に帰ってきたが、二人はまだ夕食をとっていなかった。澪と使用人が手早く用意した料理を並べ、皆はそのまま夕飯を食べ始めた。美羽は横に座りながら、尋ねた。「お兄ちゃん、トウキとの交渉はどうだった?」「まだ折り合いはついていない。桑原は内諾だけでなく、共同事業の契約書まで送りつけてきたんだ」涼太は声を荒げた。今日トウキに行ったとき、毅にその件を聞かされたのだ。ボヘンにトウキとの提携を強要するような真似だった。だが毅は提携先として悪くないと思っている。今のボヘンのアーンアウトを達成するには、大きなバックボーンを持つトウキと手を組むべきだというのが毅の理屈だ。毅本人には何が問題なのか、さっぱり理解できていない。トウキによるボヘンの買収については、涼太は毅には黙っていた。口を滑らせられたらたまったものではないからだ。それを聞いて、美羽は苛立ちを隠せなかった。「桑原さんって、いったいどこまでお兄ちゃんに隠し事をするつもりなの?」悠斗は告げた。「桑原は自分一人の手柄にしたいんだろうな。ボヘンからあいつを追い出す必要がある」美羽は頷く。「その通りよ。アーンアウトが終わる前にボヘンが売り払われる可能性がある。だから、契約が終わるまで
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第313話

美羽は少し戸惑ったが、すぐに言った。「住むところは大丈夫。自分で手配するから」翔平の口調は拒絶を許さなかった。「柚葉が遠出するんだ。別の場所に泊まるのは心配だし、ボディーガードと使用人は必須だ」美羽が翔平を見つめると、彼の表情は険しくなった。美羽はそれ以上何も言わず、背を向けて車に乗り込んだ。柚葉は翔平に向かって小さく手を振った。一紀が車を発進させ、ボディーガードたちが乗る車が後に続く。空港に到着すると、大輔と紗良、詩音の姿が待っていた。美羽たちの後ろに控えるボディーガードや使用人を見て、大輔は笑った。「中山のやつ、もしかして柚葉ちゃんが誘拐されないかと心配しているのか?」美羽は大輔の冷やかしには構わず、「行きましょう」と促した。2時間後、飛行機が深津市に到着した。本来、美羽は紗良たちと一緒に泊まるつもりだった。しかし、ボディーガードたちも付いてきている以上、翔平の手配した場所へ行くしかない。紗良が声をかけた。「気にしないで。昼間のお仕事が忙しい時は、柚葉ちゃんを私のところに預けてくれていいから」美羽は短く返事をした。大輔が先に深津市の分社へ向かった。「美羽さんは先に柚葉ちゃんを落ち着かせてからおいで」「分かりました」美羽と柚葉は翔平の手配した車に乗った。紗良たちはその後予定があるため、柚葉を連れて回るわけにはいかない。桜葉台。深津市でも指折りの高級住宅街だ。豪邸が立ち並び、自然と調和した最高の環境だった。ロールスロイスが邸宅の前に静かに停まった。すると、ここの執事が恭しく出迎えた。柚葉は車内で寝入っていたため、美羽が抱えて車を降りる。寝室の準備も完璧だった。美羽は眠る柚葉を抱えて階段を上がった。昼寝から目覚めたのを見届けて、一緒に昼食を摂った。「私は午後からお仕事があるの。柚葉ちゃん、お留守番できるかな?」柚葉は大人しくうなずいた。「いいよ。いい子で待ってるから、イヴリンさん早く帰ってきてね」柚葉を寝かしつけ、準備を終えた。美羽が邸宅の外に出ると、一紀が迎えに来ており、門の外で車を回していた。移動中、隆からの電話が入った。「先生」隆が尋ねた。「深津市に着いたか?」「ええ、たった今着きました。これから会社へ行きます。先生の方は順調ですか?」
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第314話

「美羽さん!」美羽がハッとして、我に返る。振り返ると、車から大輔が降りてきた。会社のホールへ向かおうとしていた浩平は、その呼びかけに思わず足を止め、背後を窺う。浩平に気づいた大輔は、その足で彼に歩み寄ると、美羽に促した。「挨拶をしてきな」鉢合わせた以上、無視するわけにもいかない。大輔が真っ先に手を差し出した。「野村社長、お久しぶりです」浩平はその手を握り返し、冷静な口調で、「お久しぶりです」と返す。浩平は、二人の突然の登場にも驚きを見せることなく、端正な顔立ちは静まり返ったままだった。両者はそれ以上言葉を交わすことなく、それぞれ前後して会社へ入っていった。美羽と大輔は、出迎えを待つためにロビーで足を止める。浩平が遠ざかる姿を見ながら、美羽は言った。「野村社長は、栄和と白石副社長の提携を知っているみたいですね」大輔が頷く。「間違いなく知っているだろう。白石家と野村の双方は、いまやどちらも一歩も譲らない構えだ。とはいえ、完全に決裂したわけではない。互いに一触即発の状態だよ」美羽は呟く。「あとはどちらがその一線を越えるか、ですね」「全くだ」それから数分後、宏介の秘書が、二人を迎えに現れた。「陣内さん、イヴリンさん、お待たせいたしました。こちらへどうぞ」二人は秘書の案内で上の階へ移動し、副社長室に向かった。宏介は二人を熱烈に握手で迎え入れた。「二人とも、どうぞお掛けください」手短に挨拶を済ませると、早速本題を切り出す。宏介は大輔に、協力依頼の契約書類を提示した。それは翠湖エリアにおける大規模投資プロジェクトの資料だ。ネット経済やデザイン関連、そして人工知能といった最先端分野に及ぶ内容だった。もちろん、提携先はMKグループだけではない。宏介は、インフラ整備とプロジェクトへの投資を主に担っており、投資額は合計で3000億円に上る。MKグループ傘下の創研・テクノロジーが手掛ける人工知能開発は、いまや完全に浩平が牛耳っている部門だ。同じMKグループ内であっても、とっくの昔に内紛が始まっており、互いの陣営は少しでも勢力を伸ばそうと競い合っていた。人工知能のこの先の発展性は非常に高い。にもかかわらず、その重要拠点はすべて浩平に奪われていた。今年に入り、彼はトウキの買収まで成功させ
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第315話

宏介自らが大輔と美羽を見送り、出口へと案内した。浩平の社長室にて。秘書がドアをノックし、室内に入ると、伝えた。「社長、栄和の方が先ほど帰られました」浩平はサインした書類を差し出し、無表情のまま告げた。「随分と話が長かったようだな。トウキの件はどうなっている?」秘書は答えた。「たった今報告がありました。ボヘンの杉山社長が、桑原さんの独断での契約を認めず、今のところ意見が食い違っているようです」「杉山社長はもう何かを察しているな。ボヘンとの提携は絶対にやり遂げるぞ。君からトウキの方へも強く言っておけ」浩平の声には、一切の拒絶を許さない威圧感が混じっていた。「承知いたしました」秘書は書類を受け取ると、足早に社長室を去った。その時、浩平のスマホが小刻みに震えた。発信者を確認した浩平は、手に持っていた資料を置き、椅子の背もたれに寄りかかって通話ボタンを押した。「翔平か、何だ?」翔平が口を開いた。「交渉はどうなった?」浩平は、相手が何を気にしているのかすぐ理解した。翔平が突如、東華へ動き出した背景には、隆たちを牽制する狙いがあった。浩平は答える。「戦略的な協力関係に達した以上、契約に進むのは自然な流れだな。まあ、簡単にはうまく行かないよう手は回しておいた」翔平は小さく納得の声を漏らした。「今日、そこに翔平の奥さんも同席していたよ」翔平は落ち着いた声で返した。「ああ、柚葉を連れて深津市にいることは聞いている」浩平は一瞬沈黙してから問いかけた。「今、裁判沙汰になっているのに。相手が柚葉ちゃんの親権を争い始める心配はないのか?」翔平はふっと笑った。「まさか、そんなわけないだろう?」浩平はそれ以上何も深く追及しなかった。「数日したら俺も深津市へ行くつもりだ」「やはり、柚葉ちゃんと離れるのが耐えられないのか?」翔平は答えることなく、「じゃあな」と言って通話を切った。会社への帰り道のこと。大輔が口を開く。「MKグループというところは、想像以上に底が深い。中山が突然、東華を狙い出したのは、隆を足止めするためじゃないかと思うんだ」美羽は深刻な表情を浮かべた。彼女もすでにその可能性に気づいていたのだ。「やっぱり翔平は、結局野村社長と繋がっているんですね」白石家だろうと浩平だろうと、瑠衣に及ぼす
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第316話

美羽が尋ねた。「野村社長が落とされた物ですか?」浩平は先ほどスマホで通話していた際、不注意で懐中時計を引っ掛け、入り口のカーペットに落としてしまっていたようだ。エレベーターに近づいてからポケットを探り、ようやく気づいたのだ。「ああ、俺の物だ」美羽が懐中時計を差し出す。「ごめんなさい、わざとじゃなかったんです。修理代はお支払いします」浩平は懐中時計を受け取った。ケースは二つに割れ、写真の保護ガラスにもヒビが入っている。一目見て状態を確認し、彼はポケットに収めると美羽に向かって言った。「わざとじゃないなら気にしなくていい」美羽はそれ以上、無理に申し出ることはなかった。浩平は大輔に軽く会釈をし、踵を返してその場を去った。その背中を見送りながら、大輔が茶化すように言った。「あんなに慌てるなんて、中には大事なものでも入ってるのかな?」美羽は一瞥して答えた。「どうしても知りたいなら、追いかけて聞けばいいのでは?」大輔は笑った。「そこまでする必要はないよ。人の色恋沙汰にはそれほど興味がないからね」二人はエレベーターの方へ向かった。食事会は夜の9時で、お開きとなった。美羽は桜葉台に戻った。紗良はすでに詩音を連れて帰っていた。柚葉はまだ起きていて、ベッドに寝転がりながら翔平とビデオ通話をしていた。部屋のドアがガチャリと開いた。柚葉が入り口の方を見て、慌ててタブレットを置き、ベッドから飛び降りて美羽に駆け寄った。「イヴリンさん、やっと帰ってきた!」美羽は柚葉を抱き上げ、頬にキスをした。「ごめんね、遅くなっちゃって」柚葉は言った。「大丈夫だよ、ちゃんとお行儀よく待ってたから」しばらく二人は仲睦まじげに触れ合っていた。美羽は柚葉をベッドへ戻した。まだタブレットの通話は繋がったままだ。美羽は画面の中の男をちらりと見て、柚葉に言った。「先に着替えてくるね」「うん!」美羽がお風呂から戻ったとき、すでに柚葉と翔平の通話は切れていた。美羽は布団を整えてあげ、眠るのを手伝った。それからの2日間。美羽は大輔と共に今回のプロジェクトの条件を詳細に詰めた。宏介は今回、これまでにない本気を見せていた。契約の日程も決定した。明日の午後2時だ。この日は予定が早く終わった。柚葉は夕方から紗良のところで
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第317話

「分かったわ」柚葉は小さな顔を上げて、翔平の頬にキスをした。美羽は柚葉を連れて2階へ上がり、入浴や歯磨きを済ませ、ネグリジェに着替えさせた。柚葉は翔平に会いたがった。ここ数日会えていなかったので、今はただ一緒にいたいようだった。「いってらっしゃい」「イヴリンさんは一緒に降りてくれないの?」「まだ少し用事があるのよ」柚葉は唇を尖らせた。「分かった」美羽はそのまま自分の部屋に残り、紗良に電話をかけた。「紗良、明日の朝は、まだ柚葉のお迎えに来なくていいわ」紗良は答えた。「どうしたの?明日の朝、美羽が調印式に出席するんじゃなかった?」美羽は言った。「翔平が来ているの。柚葉と過ごさせてあげるべきだと思うから」紗良は驚いた。「え?あの男、美羽が柚葉ちゃんを連れていることがそんなに心配なの?」美羽は返した。「仕事のために来たって言っていたわ」天嶺は深津市に最大規模の拠点を置いている。翔平が仕事のために訪れるのは珍しいことではない。紗良は少し間をおいてから聞いた。「それで、美羽はこれからもそこに住み続けるつもり?」本当なら同じ屋根の下に住みたくなどなかったが、柚葉への説明をどうすべきか決めかねていた。「明日になったら、また考えるわ」「分かった」そう言うと、電話を切った。美羽は入浴を済ませて着替えると、ノートパソコンを開き、バルコニーで仕事を片付け始めた。気づけば、もうすぐ10時だった。柚葉はまだ寝るために戻ってきていなかった。美羽は下の階へ様子を見に行ったが、リビングに柚葉と翔平の姿はなかった。翔平が柚葉を部屋に連れて行ったらしい。美羽はそのまま寝室へと引き返した。すると、ちょうど隣の部屋から出てきた翔平と鉢合わせた。入浴後だった翔平は、ネイビーのシルク素材のバスローブを纏っていた。柔らかい質感の生地がはだけ、逞しい胸板が覗く。腰紐を結んだ姿勢は肩幅を強調し、その矜貴な雰囲気は隠しきれない。翔平は美羽を見て言った。「柚葉は今夜、俺と寝る」美羽は短く返事をしただけだった。視線を戻すと、そのまま言葉を交わすこともなく寝室のドアへ向かった。翔平も、ただ伝えるべきことを言いに来ただけだった。そして翌朝。本来は、柚葉と一緒にいるつもりだったが、美羽は早朝に会社へ顔を出す
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第318話

大輔が会社で美羽と会うと、意外そうに口を開いた。「こんなに早くから出社か?柚葉ちゃんはいいのか?」コーヒーを飲みながら美羽が答える。「翔平が深津市に来てるんです」大輔は驚いて言った。「あいつ、本当に柚葉ちゃんを可愛がってるんだな。それなら最初から柚葉ちゃんを連れてこなければよかったのに」美羽は仕方ないと溜息をついた。「本当ですね」翔平が来たのは仕事なのか、それとも他の理由があるのかは分からない。大輔は美羽を見て何か言おうとしたが、結局言葉を飲み込んだ。まあいいか。結局柚葉は美羽の娘だ。5年も離れていて、再会すればあれだけ懐かれる。誰だって手放したくなくなるはずだ。特に女性は、子供のこととなるとどうしても感情が理性を上回ってしまうものだ。それでも大輔は最後に一言添えた。「柚葉ちゃんが大人になれば、必ず美羽さんのことを分かってくれるはずだ」美羽は頷いた。「分かってます」午後2時、調印式は準備万端で、会場には多くの報道陣が集まっていた。今日出席したのは宏介だけではなかった。瑠衣の父親である秀明も姿を見せた。もうすぐ60歳という年齢だが、鍛えられた体つきと、名門一族の当主らしい堂々とした歩調が目を引く。秀明の傍らには20歳くらいの青年がいた。顔立ちが整い、スーツを着こなしているが隠し切れない少年のような若々しさがあった。眉目からして瑠衣の母親に瓜二つで、誰なのか考えるまでもなかった。しかし、美羽をもっと驚かせたことがあった。浩平まで来ていたのだ。浩平と秀明は何やら談笑していて、絵に描いたような「仲睦まじい親子の光景」を演じていた。美羽からつい言葉が漏れた。「見ていて気まずくなりますね」大輔が苦笑いして声を潜める。「だからこそ、上に立つ者は常人には耐えられないことも忍ばなきゃいけないのさ」秀明と浩平たちが歩み寄ってきて、大輔たちと握手を交わした。秀明は美羽を見た瞬間に少し目を留め、こう褒めちぎった。「栄和にこれほどの才色兼備な女性がいらっしゃるとは、存じませんでした」美羽は口角を上げた。「お褒めに与り光栄です」双方、軽く挨拶を交わす。調印式が始まる前、秀明が壇上で簡単なスピーチをした。大輔も続いて登壇する。浩平は客席でそれを熱心に聞き、時折拍手を送っている。席は二つ離れてお
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第319話

美羽の表情は曇り、しばらくしてから一つ溜息をついて言った。「先に柚葉に電話してみます」「ああ」美羽は気持ちを切り替え、柚葉のキッズ携帯を呼び出した。だが、いくら待っても応答はない。キッズ携帯を上の階の寝室に置いたままにして、気づいていないのかもしれない。使用人の連絡先も知らなかった。大輔が口を開く。「柚葉ちゃんのことなら、中山がちゃんと誰か付けて面倒を見ているはずだ。心配なら、白石家のパーティーには俺一人で行こうか」美羽はしばらく黙ってから言った。「パーティーが終わったら戻ることにしましょう」美羽は柚葉にメッセージを送った。二人はレストランで食事をしたが、美羽は食欲がなかった。パーティーが始まる前。大輔に付き添ってもらい、美羽はパーティー用のドレスを選びに行った。シンプルな体にフィットする白い長袖のワンピースで、余計な飾りはないが、上品で高貴な雰囲気だ。パーティー会場は、MKグループの運営する5つ星ホテル。白石家と取引のある企業の上層部も招待されており、今日の一番の主役は当然、美羽と大輔だった。二人が会場に到着した。宏介が二人を見つけると、足早に迎えにきた。しばらくして、秀明も会場入りした。傍らには彩乃もいる。深い緑のドレスを纏った彼女は、素晴らしいスタイルと貴婦人のような洗練された顔立ちで、会場の視線を一気に奪った。彩乃の深津市における社交界での地位は、揺るぎないものだ。来客に応対していた彩乃は、視界の先にいる美羽を見つけると、思わず眉をひそめた。しかし、すぐに何事もなかったかのように視線を外した。秀明は彩乃を連れ、大輔と美羽の元へ挨拶に来た。大輔は彩乃を見つめ、丁寧に挨拶をした。彩乃が微笑む。「陣内さん、深津市へようこそ。至らぬ点があるかもしれませんが、ご容赦くださいね」大輔が答える。「とんでもないです。白石会長のお心遣いには、ただただ頭が下がる思いです」彩乃は笑顔のまま、美羽へと視線を移して聞いた。「こちらは?」過去にどんな確執があろうと、この公の場、特に白石家がホストである以上、表面的には仲睦まじく振る舞わねばならない。大輔は淡い笑みを浮かべ、彩乃に応じる。「栄和で投資部長を務めるイヴリンさんです。彩乃さんとは、前にもお会いしたはずですが」「まあ、栄和の部
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第320話

翔平は仕立ての良い黒のスーツを着こなし、凛とした姿勢と落ち着いた足取りで歩いている。その表情はいつものように冷徹で深い。隣には浩平がいる。銀灰色のスーツを纏った上品な雰囲気で、翔平より少し優しげな空気をまとっていた。二人の間には、豪華なピンクのドレスを着た瑠衣がいた。美しい顔立ちで軽く微笑む姿は、家族に甘やかされて育ったお姫様そのものだ。瑠衣は翔平に寄り添い、親しげな態度をとっている。二人がどんな関係かは、一目見れば誰にでも分かった。3人が登場し、その抜きんでた容姿で会場の注目を一気に集めた。早速、挨拶を交わそうと人が群がる。両親を見つけた瑠衣は、翔平の腕を引き、言った。「翔平さん、お父さんとお母さんに挨拶に行こうよ」翔平は静かにうなずいた。二人は彩乃と秀明のもとへ向かった。「お父さん、お母さん」娘の姿を見た彩乃の目には、愛情があふれていた。彼女は微笑みながら言った。「もう大人なのに、相変わらず落ち着きがないわね」瑠衣は彩乃の腕にすがりついて甘え、返した。「そんなことないわ!」彩乃は翔平を見上げて言った。「翔平さん、瑠衣が会社でお世話になっているわ。しっかり厳しく指導してあげて。以前のように子供っぽいままだと困るから」言葉とは裏腹に、瑠衣への溺愛がにじみ出ていた。「お母さん、私はちゃんとしてるよ!」秀明も優しく笑う。「いいじゃないか。俺たちが親である限り、瑠衣はずっと子供のままだからね」瑠衣は幸せそうに笑っていた。両親の愛を受け、自分が愛する男も隣にいる。遠目に見ると、本当に仲のいい家族そのものだ。その様子を見ていた大輔が鼻で笑い、宏介に尋ねた。「中山社長たちは、いよいよ結婚の話が進んでいるんですか?」皮肉を察した宏介は、余裕を見せた。「今は何とも言えませんね。朗報があればすぐにでもお二人をお招きしますよ」宏介はこの前の船上のパーティーでの瑠衣とイヴリンの揉め事について知ってはいたが、詳しくは知らない。それでも表向きは社交辞令で返さねばならない。ただ、彼が言い終えた直後。大輔の口元には、より深い嘲笑が浮かんでいた。「そうですか。朗報を期待して待っています。その時は、豪華な贈り物を用意しておきますよ」宏介は笑って返した。美羽が視線を戻そうとしたとき、翔平の鋭い視線に気づ
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