All Chapters of 追放された名家の令嬢ですが、最恐の黒竜様は私なしでは息もできません: Chapter 221 - Chapter 230

290 Chapters

第221話 黒竜を縛る毒の檻②

「黎、様……っ、だめ……離れて……っ!」 床に額を擦り付けるようにして、必死に声を絞り出す。 しかし、喉がカラカラに乾ききっており、まともな音になって届かない。 黎は血走った黄金の瞳を限界まで見開き、這いつくばる姿をその網膜に捉えていた。彼の首筋から頬にかけて、黒く、金属のような鈍い光沢を放つ硬質な鱗が、皮膚を突き破るようにしてびっしりと浮かび上がってくる。「せ……り、あ……ッ」 地底の奥深くから響くような、重低音の咆哮。 黎は伸ばそうとした右手の指先を、鋭く湾曲した漆黒の鉤爪へと変態させ、空中に向けた。掴み取ろうとするように、引き寄せようとするように、細かく震えるその手。 だが、彼が一歩前に進むたびに、四方から押し寄せる見えない圧力が、その巨大な筋肉の起伏を力任せに押し潰していく。黎の硬い革靴の先から、大理石の床に向かって、ミシリ、ミシリと細かい霜が広がり、直後、その霜が黒い煤へと変色してパラパラと灰になって消えていった。 黎の持つ強大な生命力の熱そのものが、この部屋の特殊な空調システムによって、強制的に外側から奪い取られ、装置の中へと吸い込まれているのだ。 ◇「ノワールをそこまでコケにして、私が黙って見てると思ってたら、大間違いだよ!」 激しい風切り音とともに、銀色の長い髪が光の矢となって空間を裂いた。 白亜が床を強く蹴り、ヴィクトルの立つ障壁の向こう側へと、弾丸のような速度で飛びかかっていく。彼女の両腕はすでに完全に白い鱗に覆われ、黒曜石のように鋭い鉤爪が、ヴィクトルの顔面を狙って容赦なく振り下ろされた。 ギィィィィンッ!!! 耳の奥を直接針で刺すような、金属同士が激しく摩擦する甲高い高音が室内に爆発する。 ヴィクトルが展開した青白い障壁の表面に、白亜の爪が深く食い込み、そこから激しい青い火花が幾重にも弾け飛んだ。「ほう、さすがは白竜の血筋。この減圧状態の中でも、それだけの質量を維持できるとは。非常に興味深い耐久性だ」
Read more

第222話 黒竜を縛る毒の檻③

「白亜ちゃん!」 手を伸ばそうとするが、手首の薄紫色の管が、装置の回転速度の上昇に合わせてさらに強く生命力を吸い上げにかかる。 ウ、と喉元で短い呻きが漏れ、再び大理石の床へと顔を伏せるしかなかった。 視界の端で、ヴィクトルは白いスーツの汚れを払うような仕草をしながら、ゆっくりと長机の前に戻ってきた。彼の歩みには、一切の焦りも乱れもない。目の前で誰が苦しんでいようと、ただ予定通りの実験手順が進んでいるだけだと、本気で信じているのだろう。「竜種という生き物は、いささかその個体の出力が大きすぎる。だから、周囲の環境を自分に合わせて変えようとする。……ですが、それは環境を完全に管理されたこの箱の中では、ただの無駄なエネルギーの垂れ流しでしかないのです」 ヴィクトルは、長机の上に置かれていた古い手記――祖母の手帳を再び長い指先でめくり始めた。「この手記の記述通り、あなたたちの熱は、効率的に抽出されるべきだ。瀬理亜さん、あなたのその魂の波形を安定させるためにも、早くそこにあるシートへと移動していただきたい」 ヴィクトルの薄い唇が、完璧な形を保ったまま、次の命令を紡ぎ出す。 その声には、人間の持つべき温度や情の欠片など、やはり一ミクロンも含まれていない。 ◇ ガリッ、ガリガリッ……。 静まり返った部屋の床から、硬い爪が石の表面を削り取る嫌な音が、等間隔の警告音に混じって響いてきた。 どうにか顔を傾け、その音の出処へと視線を向ける。 黎が、両手を大理石の床に突き、這いつくばるような姿勢のまま、こちらに向かって一センチメートルずつ身体を前へと進めていた。 彼の漆黒のウールコートは、床に散らばった大理石の粉塵で白く汚れ、逞しい腕の筋肉は、見えない鎖を無理やり引き千切ろうとするかのように、破れそうなほどの密度で隆起している。 首筋の黒い鱗の隙間から、赤黒い、どろりとした血液がとめどなく溢れ出し、白い床の上にいくつもの汚い染みを作っていく。「が、はっ……げほォッ!」 黎は大きくむせ返り、床の上
Read more

第223話 黒竜を縛る毒の檻④

 喉から、かすれきった、けれど絶対的な地鳴りのような響きが漏れる。「俺の、傍に……いろ、と言っただろう……っ。お前が、消えるくらいなら……この街ごと、すべて……」 黎の右手の鉤爪が、床の大理石を深く抉り取る。 彼は、自分の身体がどれほど瘴気に焼かれようとも、その強固な意志の力だけで、見えないシールドを内側から押し破ろうとしていた。黎の身体から立ち上る熱気が、周囲の澱んだ空気を微かに焦がし、白い壁面にピキピキと細かい亀裂を走らせる。「無駄な抵抗はやめなさい、御影黎さん」 ヴィクトルは眼鏡の奥の目を冷酷に細め、レバーをもう一段、下へと叩き落とした。「あなたのその強すぎる個体値は、実験のノイズにしかならない。……これ以上の暴走を続けるなら、彼女の魂の抽出速度を最大に引き上げる。彼女が完全に干からびて灰になるのが先か、あなたがそこでのたうち回りながら息を止めるのが先か、試してみますか?」 ウィィィィンという、鼓膜が破れそうなほどの凄まじい高音が室内に充満する。 胸元の痛みが一気に跳ね上がり、呼吸の仕方が完全にわからなくなった。(……私が、ここにいるから) 大理石の床に額を押し付けたまま、浅い、途切れがちな呼吸を繰り返す。 私が、ただ守られるだけの酸素マスクとして、あの部屋の隅で他人の顔色ばかりを窺っていたから、あの人はこんな場所まで追いかけてきて、自分の肺をボロボロにしているのだ。 有栖川の屋敷でも同じだった。お父様や理恩様に腕を掴まれ、無理やり車に押し込まれるのを、私はただ怯えて見ていることしかできなかった。 誰かの役に立たなければ、捨てられる。 誰かの言う通りに動かなければ、自分の居場所はなくなる。 そうやって自分を後回しにしてきたことが、私をいつも受け身にして、周囲の身勝手さを許してしまっていた。(……もう、そんなの、絶対に嫌だ) 手のひらに、力を込める。 
Read more

第224話 私は、誰の道具でもない①

 大理石の床を踏み締める靴の裏で、砕け散ったプラスチックの微細な破片がジャリッと硬い音を立てて潰れた。 膝の関節を一本の棒のように突っ張り、どうにか上半身を垂直に保つ。ウールコートの重みが、今の水分を失いかけた身体には濡れた砂袋みたいに重くのしかかってくる。 肺の奥に吸い込まれる空気は、どこまでも軽くて冷たい。埃の一粒すら存在しない完璧な無菌状態のはずなのに、肺胞の隅々にまで冷たいガラスの針を突き刺されているかのような、異質な痛みが呼吸のたびに肺の底を走った。 ピッ、ピッ、ピッ、という室内の警告音は、次第に間隔を狭め、ついには耳の奥を劈くような連続した高音へと変わっていく。「素晴らしい。有栖川の地下牢で観測した数値を、すでに二倍以上も上回っている。あなたの魂の容量は、私のシミュレーションを遥かに超えて、今なお外側へと膨張を続けている」 ヴィクトルは制御パネルの前に直立したまま、眼鏡の奥の薄青い瞳を限界まで見開いていた。完璧な左右対称の微笑みは、照明の強烈な白さを浴びて、大理石の彫刻のように冷たく張り付いている。 長い指先がタッチパネルの表面を滑らかに滑るたびに、部屋の中央にある金属製の装置が、ウィィィィンという鼓膜を直接引っ掻くような駆動音を一段と高く鳴り響かせた。 透明なガラス管を流れる気泡の速度が跳ね上がり、床から伝わる細かな振動が、足の裏から太もも、そして腰の骨へと、じりじりと痺れるような感覚を伝えてくる。 右手首の皮膚の下。 薄紫色に変色して浮かび上がっていたあの管の網の目が、装置の回転に呼応するようにして、熱を持ったようにドクドクと不気味な脈動を刻み始めていた。指先から爪の先にかけて、急速に感覚が消え失せ、冷たい大理石の白さの中に、自分の手のひらだけが血の気を失って浮いているように見える。 身体の内側から、温かい熱の塊がストローで吸い上げられ、あの金属の箱の中へと強制的に注ぎ込まれていくような、強烈な枯渇感。「瀬理亜さん、そのままそこにあるシートへ歩きなさい。あなたのその素晴らしい波形を、安定した触媒へと定着させるのです」 ヴィクトルは、長机の上に置かれていた古い祖母の手記を片手で閉じ、こちらへ向かって真っ直
Read more

第225話 私は、誰の道具でもない②

 普通の未来。 有栖川の屋敷の、あの隙間風の入る暗い屋根裏部屋で、冷たい床を磨きながら、ずっと夢見ていた景色。 誰からも怒鳴られず、誰の顔色を窺うこともなく、ただ小さな町で、近所の子供たちに大好きなピアノの音を教えながら、静かに、穏やかに年を重ねていく。そんな、ありふれた温かい日常の風景。 ヴィクトルの言葉は、冷え切った脳髄の奥底へと、甘い蜜のように染み込んできた。 もし、私からこの厄介な力がなくなれば。 黎はもう、私に触れる恐怖に怯えて、暗い部屋の片隅で手を震わせる必要はなくなる。あの痛ましい、気管が詰まったような苦しげな呼吸からも、永久に解放される。あのペントハウスの、空っぽになった鳥籠の扉が、もう一度、今度は本当の家として開くかもしれない。その未来に、一瞬だけ心が揺れた。逃げたいわけではないのに、もう痛くない場所へ行きたいと思ってしまった自分を、すぐには責めきれなかった。 けれど。 視線が、大理石の床の上に広がる、赤黒い液体の染みへと引き寄せられた。 ◇「が……はっ、げほ、ォッ……!」 部屋の入り口、崩れ落ちた天井の残骸の真ん中で、漆黒のウールコートを纏った巨体が、再び激しくむせ返った。 黎は床に両手を突き、前傾した姿勢のまま、濁った血を何度も床へと吐き出している。長い銀髪は泥と汗でべったりと顔に張り付き、その隙間から覗く肌は、無菌室に充満する濃縮瘴気によって、みるみるうちに青黒く変色していく。 逞しい腕の筋肉は、見えない強烈なシールドの圧力に対抗しようとして、破れそうなほどの密度で隆起し、硬い革靴の先で大理石の床をガリガリと掻きむしっている。 一センチメートル、前に進むたびに、黎の首筋の黒い鱗が、ミシリ、ミシリと不吉な音を立てて引き千切られ、そこから生温かい血が滴り落ちていく。「黎様……っ」 喉から、押し殺したような声が漏れる。 これほどまでに傷つき、ボロボロになりながらも、あの人の黄金色の瞳は、一度としてこちらから視線を外そうとはしなかった。 針のように細く割
Read more

第226話 私は、誰の道具でもない③

 有栖川の屋敷で長年刷り込まれてきたその恐怖の呪縛が、黎のあの痛ましい拒絶の裏側にあった本当の「優しさ」に触れた瞬間、肋骨の内側で音を立てて粉々に砕け散っていった。 黎は、私を便利な道具として消費しようとしていたのではない。 ただ、人間という脆すぎる存在を、世界で一番、失いたくないと願ってしまったから。だから、あんな不器用な嘘をついてまで、私を安全な外の世界へ逃がそうとしたのだ。 それに比べて。 視線を、長机の前に立つ白いスーツの男へと戻した。 ヴィクトルの眼鏡の奥にある薄青い瞳には、完璧な世界を再現しようとする、冷酷な観察者の光しか浮かんでいない。 この男の言う「普通の未来」の先には、血の通った人間の温度など、どこにも残っていない。ここにあるのは、影を消し去られた真っ白な部屋の中で、ただ完璧に管理され、必要な時にだけ成分を絞り取られる、物言わぬ標本としての人生だけだ。「……お断りします、ヴィクトルさん」 大理石の床を強く踏み締め、一歩、前へと踏み出した。 手首の薄紫色の筋が、引き千切られるような激痛を訴えていたが、そんなものはもう、足を動かすのを止める理由にはならなかった。「おや。まだその無駄な抵抗を続けるつもりですか。あなたの肉体は、すでに限界を迎えているというのに」 ヴィクトルは細い眉を僅かに寄せ、不快げに口角の笑みを消し去った。「限界なんて、有栖川の屋敷にいた頃から、ずっと迎えていました」 ウールコートのポケットから両手を引き出し、身体の横にだらりと下ろす。 感覚の消えかけていた指先が、室内に満ちる静電気を帯びた空気を鋭く捉えた。「お父様は、私を家の繁栄のための雑用係として扱いました。理恩様は、自分の生活を快適にするための、便利な家具として連れ戻そうとしました。……そしてあなたは、私を奇跡のサンプルとして、そのミキサーに繋ごうとしている」 ヴィクトルの立つ制御パネルへと向かって、真っ直ぐに歩みを進める。 背後では、壁際に叩きつけられていた白亜が、凍りついたコートの袖をきしませながら、驚きに見開かれ
Read more

第227話 私は、誰の道具でもない④

 ◇ ピッ、ピッ、ピッという警告音が、部屋の白さに吸い込まれるようにして、一瞬だけ不自然に途切れたような気がした。 ヴィクトルは無言のまま、眼鏡の奥の薄青い瞳を限界まで細め、長机の上の古い手記をギリッと音を立てて握り締めた。上質な革の表紙が、彼の長い指の力によって不格好に歪んでいく。「……人間、ですか。そのちっぽけな情緒が、どれほど命の摂理を歪めてきたか。あなたにはわからない。エレノアのあの冷たくなった喉に触れた時の、私の痛みが……お前のような小娘に、理解できるはずがないだろう!」 ヴィクトルの声が、完全に理性を失った猟犬のような重低音へと変貌した。 彼は制御パネルの黒いレバーを、さらに下へと力任せに叩き落とす。 ウィィィィンという駆動音が、金属が激しく摩擦し合う金属疲労の絶叫へと変わり、部屋の中央の装置のガラス管の表面に、ピキピキと細かい亀裂が走り始めた。 四方のガラス壁から押し寄せる吸引の波が、一気に数倍の質量となって、私の身体を押し潰しにかかる。 手首の薄紫色の管が、皮膚を突き破らんばかりに大きく膨れ上がり、内側から肉を抉るような激痛が走った。(……く、っ……) 脳の奥がズキズキと痛み、視界が真っ白な光のノイズで完全に埋め尽くされそうになる。 膝の力が抜け、再び床へ崩れ落ちそうになった。 けれど。「瀬理、亜……ッ!」 背後から響いた、あの掠れた、けれど世界で一番熱い声が、倒れそうになる身体を後ろから支えてくれるような気がした。 黎は、血を流しながらも、まだこちらに向かって右手の鉤爪を伸ばし続けている。 あの人の呼吸を、もう一度だけ、滑らかで深いものに戻してあげたい。 それは、道具としての役割なんかじゃない。酸素マスクとしての義務でもない。 ただ、私が、私の意思で、あの人の隣で一緒に生きたいと願うから。 両手を体の前でゆっくりと持ち上げた。 感覚の消えかけていた十本の指先。その爪
Read more

第228話 命を削らない浄化①

 宙に翳した十本の指先から、シュワシュワと微かな炭酸の弾けるような音が、部屋中に鳴り響く連続した警告音の隙間を埋めていく。 真っ白な面発光パネルの光を浴びて、指先が纏った透明な白光の粒子が、細かな火花のようにチカチカと空間に弾け飛ぶ。パジャマの袖口から覗く右手首の皮膚の下。薄紫色に変色して浮き上がっていた管の網の目は、装置の凄まじい高音を立てるドラムの回転に合わせるように、今なお熱を持ったようにドクドクと不気味な脈動を刻み続けていた。「無駄な足掻きを。瀬理亜さん、あなたのその魂の熱は、すでにその装置の循環サイクルに組み込まれている。どれほど力を放出しようとも、すべてはエレノアを動かすためのエネルギーとして回収されるだけだ」 ヴィクトルは制御パネルの前に立ったまま、眼鏡の奥にある薄青い眼球を極限まで細め、長い指先でタッチパネルの画面を素早く叩いた。 透明なガラス管を流れる白濁した気泡の速度がさらに跳ね上がり、床から伝わる細かな振動が、足の裏からふくらはぎ、そして腰の骨へと、じりじりと痺れるような感覚を伝えてくる。身体の内側から、温かい血液や体温そのものがストローで一気に外へと吸い出されていくような、圧倒的な枯渇感。 肺の奥に流れ込んでくる空気は、どこまでも軽くて冷たい。呼吸をするたびに、肺胞の隅々にまで冷たいガラスの針を突き刺されているかのような痛みが肋骨の内側を走る。(……ただ、自分の熱を燃やすだけじゃダメだ) 額から大粒の汗が流れ落ち、冷たい大理石の床に小さな染みを作っていく。 これまでの有栖川の屋敷での日々。お父様から「無能」と責め立てられ、床を磨く雑用を押し付けられるたびに、ただ息を潜めて嵐が過ぎ去るのを待っていた。自分の命を薪のように燃やして、他人の欲望や悪意を吸い取るサンドバッグとしての役割。 黎の隣にいる時でさえ、どこかで「役に立たなければ捨てられる」という恐怖に縛られ、自分の力を無自覚に垂れ流していた。 けれど、目の前で血を吐きながら這いつくばっている、あの大きな銀髪の背中を見つめる。 黎は、自分の肉体がどれほど瘴気に焼かれようとも、その強固な意志の力だけで、私をこの白い箱から連れ戻そうと
Read more

第229話 命を削らない浄化②

 壁際に叩きつけられていた白亜が、凍りついたコートの袖をバリバリときしませながら、ハッと淡い瞳を見開いた。「な、何さ、お姉さん! 私は今、この服が凍りついて身動きが……っ」「そのプリンを食べた時の力、まだ残っていますか!」「プリン!? こんな時に何の話をして……あ、あれは美味しかったけど、今はそれどころじゃ……」「白亜ちゃんの周りにある、あの冷たくて澄んだ空気の流れを、私に貸してください! 一人で背負うから、命が足りなくなるんです!」 白亜は一瞬だけぽかんと口を半開きにしたが、すぐにアイスブルーの瞳の奥で、何百年も生きる竜種としての鋭い光を点灯させた。「……なるほどね! 一人で薪になるのが嫌なら、風を送り込んで一気にこの部屋の換気扇(システム)をひっくり返そうってわけか! ほんっと、人間って時々とんでもない無茶を思いつく!」 白亜は床に鋭い爪を立て、硬直しかけていた全身の筋肉を強引に躍動させた。首筋から頬にかけて、白い輝きを放つ硬質な鱗が皮膚を突き破るようにしてびっしりと浮き上がってくる。 ◇「おや。二匹のサンプルが、何やら不穏な相談を始めたようだ」 ヴィクトルは完璧な左右対称の微笑みを崩さないまま、長机の端にあるダイヤルをさらに滑らかに回した。「ですが、無駄ですよ。この部屋の気圧は、竜種の出力を完全に押さえ込むように計算されている。外部からの干渉など、この強化ガラスの四壁がすべて弾き飛ばす」「人間の計算なんて、私たちの時間の長さに比べたら、ただの消しゴムのカスみたいなものだよ、白スーツ!」 白亜の喉から、ヒゅうぅぅという、氷河が削れるような澄んだ咆哮が漏れ出た。 彼女の背中から、衣服を突き破って、真っ白な光の粒子で編み上げられたような巨大な翼の輪郭が、一瞬だけ夜の闇のように広がって霧散する。白亜の両手から放たれたオゾンの冷たい気配が、床を這うようにして、大理石の上に残る黎の赤黒い血の染みを白く凍らせていった。 その冷気の奔流が、部屋を満たしていた濃縮瘴気のねっとり
Read more

第230話 命を削らない浄化③

 白亜の持つ、世界の始まりから存在するような圧倒的に清浄な空気の流れが、私の魂の回路を通り抜けることで、何万倍もの鋭い白光のメスへと姿を変えていく。 一人で澱みを背負い込むのではない。 場の空気を循環させ、流れそのものを変える。祖母の手記の端に書かれていた、本当の力の使い方の輪郭が、指先の確かな手応えとして脳髄に届いた。 タン、タロ、タン――。 静かな、けれど確かなリズムを持ったアルペジオの旋律が、頭の中で鳴り響く。 指先から放たれた透明な光の粒子は、装置へと吸い込まれるのではなく、逆に、ガラス管の中を流れる淡い青色の液体へと、正面から逆流を始めた。 ジジ、ジジジジジッ! 配線の隙間から、青白い静電気の火花が激しく弾け飛ぶ。「な……っ、数値が、逆流している? システムの許容量(キャパシティ)を完全に超えているぞ!」 ヴィクトルの完璧だった微笑みが、初めて醜く歪んだ。 眼鏡の奥の薄青い瞳が、チカチカとエラーコードを連発するモニターの画面を捉え、長い指先がタッチパネルの上で激しく彷徨う。「エレノアの回路が、冷えていく……。バカな、人間の魂の出力で、この最先端のシステムが乗っ取られるなど……っ」「私は、誰の道具でもないって、言ったでしょう!」 和音を叩きつけるように、両手を強く前へと突き出した。 指先から放たれた白光の濁流が、金属製の装置の心臓部へとダイレクトに突き刺さる。 ピキィィィィンッ!!! 次の瞬間、部屋の中央に置かれていたすべてのガラス管の表面に、蜘蛛の巣のような細かい亀裂が放射状に広がり、一斉に粉々に吹き飛んだ。 ◇ ガラスの破片がキラキラと面発光の照明を反射して床に降り注ぎ、内部を満たしていた青い液体が、大理石の上に激しい水しぶきを上げてぶち撒けられる。 ウィーーンという高音の駆動音は、ブツンという不気味な断線音とともに、完全に光を失って沈黙した。 それと同時に、四方の壁から押し寄せていたあの強烈な吸引の波が、一瞬にして霧散し
Read more
PREV
1
...
2122232425
...
29
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status