◇「あの、黎様」 彼の白いシャツの胸元に顔を埋めたまま、声を張り上げた。「なんだ。やはりどこか不具合があるのか」 黎の大きな掌が、背中をポンポンと一定のリズムで優しく叩くのを止め、こちらの首筋に鼻先を近づけてくる。スゥ、と匂いを吸い込む生々しい音が耳元で鳴った。「そうじゃなくて……。お願いが、あるんです」「願い? 何が欲しい。あのハイブランドの布切れか、それともあのガラスのケースに並んでいた石ころか。言ってみろ、すべてこの部屋に積ませてやる」「どれもいりません。……私の、名前を呼んでください」 黎の身体が、ピクリと大きく跳ねたのがわかった。 背中に回されていた腕の力がわずかに緩み、黎の黄金色の瞳が、怪訝そうにこちらを覗き込んできた。「名前だと? お前の名前など、有栖川の息女、それ以外の何物でもないだろう。それに、白亜の言う通り、お前は俺の魂と共鳴した、唯一の番……」「番(つがい)でもなくて、命綱でもなくて、都合のいいフィルターでもなくて。……私の、有栖川瀬理亜という名前を、呼んでほしいんです」 黎の胸元を掴んでいた両手に、ぎゅっと力を込めた。「お父様は、私を家の繁栄のための雑用係として扱いました。理恩様は、自分の生活を快適にするための、便利な家具として連れ戻そうとしました。……みんな、私の中にある心なんてどうでもよくて、ただの『役割』としてしか、私を呼んでくれませんでした」 一言一言を噛み砕くように、はっきりとした口調で伝える。「黎様が、私のことを『命綱』とか『番』って呼ぶたびに、私、少しだけ怖かったんです。……もし、私が浄化できなくなったら、私はまた、名前のないただのゴミに戻っちゃうんじゃないかって。……だから、役割の役職名じゃなくて、私自身の名前を、あなたのその大好きな声で、呼んでほしいんです」 静寂が、リビングに落ちた。 キッチンの回転椅子に座っていた白亜も
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