それからは、円満な生活を過ごしていた。 ――少なくとも、そう見えるように。 模範になるように、心を捨てて。 何も知らない“いい妻”として、 いつも通りに過ごす。 ……ふりをするのは、昔から得意だった。 出来る奥さんのふり。 家族を望んでいるふり。 何も疑っていないふり。 その偽りの中で―― 拓也が見せる“証拠”を、 ひとつずつ、拾い集めていく。 沙織からは、しばらく連絡がない。 きっと拓也が、何か話したのだろう。 ……でも。 二人の関係が、終わっていないことくらい。 ちゃんと、知っている。 だって私は―― 拓也の携帯に入っているGPSの履歴を、 毎日、欠かさず確認しているから。 どこへ行ったか。 誰と過ごしたか。 何時に、どこで、どれだけ滞在したか。 全部。 全部、知っている。 そして今日も―― “私の女優”になる時間が始まる。 「ただいま」 玄関の扉が開く音に、 私はキッチンから顔を出した。 「おかえりなさい、拓也」 ネクタイを緩めながら入ってくる拓也に、 いつも通りの笑顔を向ける。 「今日も遅かったね」 「ああ、ごめん。ちょっと仕事が立て込んでて」 そう言いながら、拓也は視線を逸らした。 ……沙織との“お仕事”は、大変そうね。 「ご飯、できてるよ」 「ああ、ありがとう」 テーブルに並べた料理は、 拓也の好きなものばかり。 肉じゃが。 だし巻き卵。 ほうれん草のおひたし。 あの日から仕込んだ“隠し味”も―― ちゃんと、今日も口に運ばれている。 拓也の好みは、 誰よりも分かっているつもりだった。 だからこそ―― “気付かれないように混ぜる”ことも、簡単だった。 「……美味いよ。ありがとう」 箸を動かしながら、拓也がぽつりと呟く。 「ほんと?」 「ああ」 短い返事。 でも、それで十分。 この食卓に並んでいるものが、 まだ“味”として感じられていることの方が―― 不思議なくらいだから。 あれから私は、 “本気で”妊活を始めた。 病院にも通い、 拓也にも付き添わせ、 義両親にも、それとなく話を通している。 全部―― 逃げ場を、なくすため。 「ねえ、拓也」 私は、優しく微笑んだまま言う。 「そろそろ……本気で、子供ほしいね?」 その言葉
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