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第26話「取引」

Author: 琉球狸
last update publish date: 2026-04-22 22:11:42

指定されたカフェは、

沙織が働いているスーパーから

少し離れた場所にあった。

人通りもまばらで、

どこか静かすぎるくらいの空気。

ガラス張りの扉越しに中を覗くと、

落ち着いた照明と、ゆったりとした席の配置が目に入る。

……こういう店、普段は来ないな。

一瞬だけ場違いな気がして、

足が止まりそうになる。

......商談だから。

そう言い聞かせて、扉を押した。

カラン、と小さな音が鳴る。

「いらっしゃいませ」

店員の声に軽く会釈をして、

店内を見渡すと――

「あ、拓也さん」

奥の席で、軽く手を振る沙織の姿があった。

その瞬間。

ほんの少しだけ、胸がざわつく。

私服の沙織は、

昨日とは違う柔らかい雰囲気で――

どこか、距離が近く感じた。

「すみません、お待たせしました」

「全然ですよ。私も今来たところですから」

にこり、と笑う沙織...

その笑顔に、

なぜか目を逸らしたくなった。

席に着き、メニューを開く。

だが、文字が頭に入ってこない。

「拓也さん、ブラック飲める人ですか?」

「え? あ、はい……一応」

「じゃあ、今日は
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Comments (2)
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ウサコッツ
奥さん追い出して 2人で生活するつもりみたいだったけど 不倫して好き勝手できるわけないだろ 奥さんにはこいつらに罰を与えて 社会的抹消して欲しいわ
goodnovel comment avatar
ウサコッツ
ゲス野郎2人地獄に墜ちろ
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