All Chapters of 冷徹CEOとの離婚後、私は夫の忠実な部下と恋に落ちた: Chapter 101 - Chapter 110

139 Chapters

少しだけ前へ

その日の夕方。事務所の窓から差し込む光は、少しだけ柔らかくなっていた。週刊プライムの記事はまだ消えていない。SNSでも話題になっている。問題が解決したわけではなかった。それでも。唯の気持ちは少しだけ落ち着いていた。高倉からのメッセージがあったからだろうか。そう考えて。唯は自分で苦笑する。単純すぎる。「何ニヤニヤしてるの?」美咲の声に、唯は慌てて顔を上げた。「してない」「してる」即答だった。美咲は楽しそうに笑う。唯は誤魔化すようにパソコンへ向き直った。そのとき。事務所のドアが開く。二人同時に顔を上げた。入ってきたのは宅配業者だった。「桜井様にお届け物です」唯は少し首を傾げる。注文した覚えはない。受領印を押して受け取る。小さな紙袋だった。送り主の名前は書かれていない。「何それ?」美咲が興味津々で覗き込む。唯は戸惑いながら袋を開けた。中から出てきたのは。個包装された焼き菓子だった。そして、一枚のメモ。唯は目を見開く。そこに書かれていた文字を見て。すぐに誰かわかった。『ちゃんと食べてください』短い一文。署名はない。でも。わかる。美咲も覗き込み、数秒固まった。そして。盛大に吹き出す。「無理」「美咲……!」「無理無理無理」肩を震わせながら笑っている。唯は顔が熱くなった。「別に高倉さんって決まったわけじゃ……」「決まってるでしょ」即答だった。唯は何も言えなくなる。確かに。こんなことをする人は一人しか思い浮かばない。昼間の電話。メッセージ。そして。涼との最後の会話。『ちゃんと食べろ』なぜだろう。同じような言葉なのに。胸に残る温度が違った。唯はメモを見つめる。たった一行。それだけなのに。自然と頬が緩んでしまう。「……終わった」美咲が天井を見上げる。「高倉さん、完全に落としに来てる」「違うから」「いや違わない」美咲は断言した。そして少しだけ真面目な顔になる。「でも良かった」唯は顔を上げる。「今日の唯、朝よりずっと元気になってる」その言葉に。唯は何も言えなくなった。自覚はなかった。でも。本当にそうなのかもしれない。記事はまだ消えていない。不安も残っている。それでも。一人じゃないと思えるだけで。少しだけ前を向ける気が
last updateLast Updated : 2026-06-03
Read more

少しずつ変わる距離

『甘いものは苦手ではありませんでしたか?』そのメッセージを見た瞬間。桜井唯は思わず固まった。美咲がすぐ隣から覗き込む。「うわ」「見ないで」唯は慌ててスマホを隠す。けれど。もう遅かった。美咲は完全に見ている。「何それ」楽しそうな声だった。唯は顔が熱くなる。「別に……」「別にじゃないでしょ」美咲は呆れたように笑った。「高倉さん、ちゃんと食べたか確認してるじゃん」言われてみれば、その通りだった。唯はスマホ画面を見つめる。甘いものは苦手ではありませんでしたか?たったそれだけ。なのに。胸が妙に落ち着かない。自分のことを覚えていてくれた。それが嬉しかった。昔。自分の好きなものや苦手なものを気にしてくれる人は、ほとんどいなかった。だから余計に。心へ残る。唯は少し考えてから返信を打った。『大丈夫です。好きです』送信する。すると。今度はすぐには返信が来なかった。唯はなぜか少しだけ落ち着かなくなる。仕事中なのだろう。そう思う。それなのに。何度も画面を見てしまう。美咲がそれを見て吹き出した。「待ってるじゃん」「待ってない」「待ってる」即答だった。唯は反論できない。そのとき。スマホが震えた。唯の心臓が跳ねる。慌てて画面を見る。『それならよかったです』短い文章だった。でも。そのあとに続く一文を見て、唯は目を見開く。『以前、社長
last updateLast Updated : 2026-06-03
Read more

知りたいこと

その日の夜。自宅へ戻ったあとも。桜井唯は何度かスマホを手に取っていた。高倉とのメッセージ画面が開いたままになっている。最後のやり取りは数時間前。『それならよかったです』その一文が、なぜか頭から離れない。唯はベッドへ腰掛け、小さく息を吐いた。おかしい。記事のことを考えなければいけないのに。仕事もしなければいけないのに。気づくと高倉のことを考えている。美咲に言われた言葉を思い出す。『高倉さん、本当によく見てるね』確かにそうだった。焼き菓子の話なんて。自分でも忘れていた。それなのに。高倉は覚えていた。唯はスマホを胸の上へ置く。静かな部屋だった。ふと。ある疑問が浮かぶ。高倉はいつからだったんだろう。その考えに、自分で驚く。慌てて首を振った。そんなこと聞けるわけがない。でも。気になる。ずっと前からだったのか。離婚してからなのか。それとも。もっと最近なのか。答えはわからない。だから余計に気になってしまう。そのとき。スマホが震えた。唯は反射的に画面を見る。高倉だった。胸が大きく跳ねる。『今日は少し早く帰れそうです』唯は思わず笑ってしまった。報告だ。まるで。何気ない日常の会話みたいだった。離婚してから。こんなやり取りをしたことはない。誰かから。今日の出来事を報告されることも。誰かの日常を知りたいと思うことも。なかった。唯は少し迷う。何と返せばいいのだろう。
last updateLast Updated : 2026-06-03
Read more

眠れない夜

『桜井さんは大丈夫でしたか』そのメッセージを見つめたまま。唯はしばらく動けなかった。胸の奥がじんわりと温かい。今日一日。高倉はきっと忙しかったはずだ。記事の対応。社内の調整。取材の問い合わせ。考えるだけで大変そうなのに。それでも。気にかけてくれる。唯は小さく息を吐いた。そして。ゆっくり返信を打つ。『大丈夫です』そこまで書いて。指が止まる。本当に大丈夫だっただろうか。記事を検索した。落ち込んだ。涼とも話した。決して平気だったわけではない。唯は少し迷ったあと、文章を消した。そして打ち直す。『少し落ち込みましたけど、美咲がいてくれたので大丈夫でした』送信する。正直に書いてしまった。送ったあとで少し恥ずかしくなる。けれど。不思議と後悔はなかった。すぐに既読がつく。そして。返信が届いた。『それならよかったです』短い文章。けれど。そのあとに続く言葉を見て、唯は目を見開いた。『一人ではなかったと聞いて安心しました』唯の胸が小さく揺れる。安心しました。たったそれだけなのに。なぜこんなに嬉しいのだろう。スマホを握る指先に力が入る。部屋は静かだった。時計の針の音だけが聞こえる。それなのに。胸の鼓動だけが妙に大きい。唯はベッドへ横になる。スマホを胸の上に乗せたまま天井を見つめる。眠らなければ。そう思うのに。なかなか眠気が来ない。頭に浮かぶのは。高倉のことばかりだった。『あなたを一人にするつもりはありません』雨の日の言葉。『何かあったら、すぐ連絡してください』優しい声。そして。『一人ではなかったと聞いて安心しました』今日のメッセージ。唯はそっと目を閉じる。そのときだった。スマホがもう一度震えた。こんな時間に。驚いて画面を見る。高倉からだった。唯の心臓が跳ねる。『遅い時間にすみません』そう書かれている。そして。続く一文を見て。唯は思わず息を止めた。『今日は少しだけ、桜井さんの声が聞けてよかったです』胸の奥が。大きく揺れた。
last updateLast Updated : 2026-06-04
Read more

返せない言葉

『今日は少しだけ、桜井さんの声が聞けてよかったです』その一文を見た瞬間。桜井唯の呼吸が止まった。静かな部屋。聞こえるのは時計の音だけ。なのに。心臓だけがうるさい。唯は何度もメッセージを読み返した。見間違いではない。高倉は確かにそう書いている。声が聞けてよかった。それは。ただの社交辞令だろうか。それとも。もっと別の意味があるのだろうか。考えてもわからない。わからないのに。胸だけが熱くなる。唯はスマホを握りしめた。返信しなければ。そう思う。けれど。何と返せばいいのかわからない。『ありがとうございます』違う気がする。『私もです』それはもっと無理だ。唯は枕へ顔を埋めた。恥ずかしい。こんなことで悩むなんて。自分でも信じられなかった。それでも。高倉だからだ。高倉の言葉だから。こんなにも気になってしまう。しばらく悩んだ末。唯はゆっくり起き上がった。そして。短い文章を打ち込む。『今日はありがとうございました』送信する。それが精一杯だった。本当はもっと言いたい。記事のこと。焼き菓子のこと。心配してくれたこと。全部嬉しかった。でも。まだ言えない。送信したあと。唯はスマホを胸へ抱きしめた。すると。数分後。返信が届く。『おやすみなさい』たった一言。それだけなのに。唯の口元が少し緩む。
last updateLast Updated : 2026-06-04
Read more

突然の追記

「唯、今すぐニュース見て!」美咲の慌てた声が耳へ響く。唯は飛び起きた。「どうしたの?」『いいから見て!』ただ事ではない。唯は急いでスマホを手に取る。ニュースサイトを開く。そして。昨日見た記事を開いた瞬間、目を見開いた。記事の内容が変わっている。正確には。下に追記が追加されていた。『【追記】黒崎グループ広報部は本誌取材に対し、「記事内容には事実と異なる記載が含まれている」と回答しました』唯は息を呑む。さらに読み進める。昨日ははっきり書かれていた高倉の名前が消えていた。『社長秘書』という表現も、『関係者』へ修正されている。唯は画面を見つめたまま固まった。「……」『見た?』美咲の声が聞こえる。「うん……」唯は小さく答えた。胸の奥がざわつく。昨日。涼は言っていた。『高倉は関係ない』『全部会社で処理する』その言葉を思い出す。本当に動いたのだろうか。それとも。法務部や広報部の判断なのか。わからない。けれど。少なくとも昨日より状況は変わっていた。『高倉さんの名前、消えてるね』美咲の声は少し真面目だった。唯もそれに気づいていた。昨日まで確かに書かれていた。だからこそ。修正されたことが余計に気になる。『黒崎グループ、結構本気で動いてるかもね』唯は小さく頷いた。そのとき。スマホが震えた。画面にはメッセージの通知。送り主の名前を見た瞬間、胸が
last updateLast Updated : 2026-06-04
Read more

落ち着かない午後

午後になっても。桜井唯はどこか落ち着かなかった。パソコンへ向かっている。仕事もしている。それなのに。気づくと時計を見てしまう。あと何分だろう。もう来るだろうか。そんなことばかり考えている。唯は慌てて首を振った。だめだ。仕事に集中しなければ。そのとき。事務所のドアが開く音がした。唯の肩がびくりと揺れる。反射的に顔を上げる。けれど。入ってきたのは宅配業者だった。「……」自分でも驚くくらい落胆してしまう。荷物を受け取りながら、唯は小さく息を吐いた。完全におかしい。まるで待っているみたいじゃない。「待ってるねえ」背後から声がした。唯は飛び上がりそうになる。振り返ると、美咲がにやにやしていた。「待ってない」即答する。「今の反応で?」「違うから」「へえ」全然信じていない顔だった。唯は視線を逸らす。すると。再びドアが開いた。今度は。聞き慣れた声がする。「失礼します」唯の心臓が跳ねた。高倉櫂だった。スーツ姿のまま事務所へ入ってくる。いつもと同じ。落ち着いた表情。穏やかな声。それなのに。今日は少しだけ違って見える。高倉は唯を見ると、小さく微笑んだ。「こんにちは」たったそれだけ。なのに。胸の奥が熱くなる。「こ、こんにちは」唯は少しだけ慌ててしまった。高倉はそんな唯に気づいた様子もなく、持参した資料を机へ置く。「記事の件で進展がありましたので、ご報告に来ました」仕事の話。それだけだ。わかっている。わかっているのに。少しだけ残念に思ってしまう自分がいる。その感情に気づいて。唯は思わず俯いた。そのとき。高倉が静かな声で言う。「それと」唯は顔を上げた。高倉は少しだけ表情を和らげる。「ちゃんと食べていただけたようで安心しました」唯の呼吸が止まった。美咲が吹き出す音が聞こえる。唯は一瞬で顔が熱くなった。どう返せばいいのかわからない。高倉はそんな唯を見て、わずかに笑った。その穏やかな表情に。唯の胸はまた小さく跳ねるのだった。
last updateLast Updated : 2026-06-05
Read more

報告と本音

「ちゃんと食べていただけたようで安心しました」高倉の言葉に。唯は何も言えなくなった。顔が熱い。美咲は横で必死に笑いを堪えている。「……食べました」ようやくそれだけ答える。高倉は穏やかに頷いた。「それなら良かったです」本当にそれを確認したかっただけらしい。その様子が余計に困る。唯は視線を逸らした。高倉はそれ以上何も言わず、机の上へ資料を広げる。仕事モードに切り替わったらしい。その切り替えの早さに、唯は少しだけほっとした。同時に。ほんの少しだけ残念な気持ちになった自分に気づいてしまう。「まず記事の件ですが」高倉が説明を始める。「昨日のうちに法務から抗議が入りました」唯は真剣な表情へ戻る。「週刊プライム側も、裏付けの弱い部分については修正せざるを得なかったようです」だから名前が消えたのか。唯は朝の記事を思い出した。高倉は続ける。「ただ、完全に終わったわけではありません」美咲も表情を引き締める。「まだ続くの?」「可能性はあります」高倉は静かに頷いた。「向こうも記事を出した以上、簡単には引けません」その言葉に。事務所の空気が少し重くなる。唯は唇を噛んだ。やはり簡単には終わらないらしい。すると。高倉が少しだけ声を柔らかくした。「ですが」唯が顔を上げる。「今のところ、桜井さんが何か対応する必要はありません」落ち着いた声だった。「取材が来ても答えないでください」「……はい」「もし何かあれば、私へ連絡を」その言葉に。
last updateLast Updated : 2026-06-05
Read more

帰り際

「どうでしょう」高倉はそう言って小さく笑った。曖昧な返事だった。けれど。否定もしなかった。唯はますます顔を上げられなくなる。美咲はそんな二人を見比べていたが、やがて肩をすくめた。「はいはい」明らかに面白がっている。「私はコーヒー淹れてくる」そう言って席を立った。逃げたな。唯はそう思った。けれど引き止める暇もない。気づけば。事務所には妙な沈黙が落ちていた。高倉は資料へ目を落としている。唯はパソコンの画面を見ている。どちらも仕事をしているはずなのに。妙に意識してしまう。数分後。高倉が資料をまとめ始めた。「では、私は戻ります」唯の胸が小さく揺れる。そうだ。高倉は仕事の途中だった。ずっとここにいるわけではない。当然のことなのに。少しだけ寂しいと思ってしまう。その感情に気づいて。唯は慌てて心の中で首を振った。「お忙しいのに、ありがとうございました」ようやくそれだけ言う。高倉は立ち上がりながら微笑んだ。「いえ」短い返事。そして。少しだけ間を置いてから続ける。「桜井さん」唯は顔を上げた。高倉の視線とぶつかる。それだけで心臓が跳ねる。「何かあれば、本当に遠慮なく連絡してください」穏やかな声だった。けれど。その言葉には不思議な安心感があった。唯は小さく頷く。「はい」高倉も頷く。そして。事務所のドアへ向かった。ドアが閉まる。静寂が戻る。その瞬間。
last updateLast Updated : 2026-06-05
Read more

たった一通のメッセージ

唯は聞こえないふりをしながら。震える指でメッセージを開いた。『先ほど言い忘れました』短い一文だった。唯は思わず瞬きをする。その続きを読む。『焼き菓子、美味しかったなら良かったです』胸の奥がじんわりと熱くなった。本当にそれだけだった。特別な言葉でもない。甘い台詞でもない。けれど。高倉らしいと思った。帰ったあとに。わざわざそのためだけに連絡してくる。そんな人だった。唯の口元が少し緩む。「何て来たの?」美咲が遠慮なく覗き込もうとする。唯は慌ててスマホを隠した。「仕事の連絡」「絶対嘘」即答だった。美咲は呆れたようにため息を吐く。「まあいいけど」そう言いながらコーヒーを机へ置いた。「でもさ」「何?」「高倉さん、今までよく我慢したよね」唯はきょとんとする。美咲は真顔だった。「だって昔から見てたんでしょ?」「……」「唯が涼さんの奥さんだった頃から」唯は返事ができない。それは。自分も少し気になっていたことだった。高倉はいつからなのだろう。いつから自分を見ていたのだろう。考えても答えは出ない。だから。気になってしまう。そのとき。再びスマホが震えた。唯は思わず画面を見る。また高倉だった。『追記です』仕事の連絡らしい。唯は少しだけほっとする。メッセージを開く。『今後しばらく、事務所周辺へ取材が来る可能性があります』唯の表情が引き締まった。
last updateLast Updated : 2026-06-06
Read more
PREV
1
...
91011121314
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status