All Chapters of 冷徹CEOとの離婚後、私は夫の忠実な部下と恋に落ちた: Chapter 211 - Chapter 218

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仕事ではなく

高倉に案内され、唯は駅前の落ち着いた喫茶店へ入った。窓際の席へ向かい合って座る。注文した飲み物が運ばれてきても、二人はしばらく穏やかな沈黙を共有していた。事件が終わったという安堵からだろうか。その静けさは、不思議と心地よかった。やがて唯が小さく笑う。「こうしてお店でゆっくりお話しするのは、初めてですね」「そうですね」高倉も穏やかに頷く。「いつも仕事のお話ばかりでした」「仕事以外のお話をする機会がありませんでしたから」唯は紅茶を口に運び、ふっと笑みを浮かべた。「高倉さんって、お休みの日は何をしているんですか?」「読書が多いですね。それから散歩でしょうか」「やっぱり」「想像どおりでしたか」「はい。休日もきっちり予定を立てて過ごしていそうです」高倉は小さく笑う。「そこまでではありませんよ」その笑顔を見た唯は、少し驚いたように目を瞬かせた。「どうかしましたか」「いえ……」唯は少し照れたように首を振る。「高倉さん、最近よく笑うようになりましたよね」高倉は一瞬だけ考え込む。「そうでしょうか」「はい」唯は迷いなく頷いた。「最初にお会いした頃は、もっと近寄りがたい印象だったんです」「そのような印象でしたか」「でも今は違います」唯は柔らかな笑みを浮かべた。「すごく話しやすいですし、一緒にいると安心します」その言葉に、高倉は静かに目を細めた。「ありがとうございます」短い返事だった。それでも、その一言には普段よりも温かな響きがあった。少し話題が途切れ、窓の外へ目を向ける。夕暮れの街を、仕事帰りの人々が足早に歩いていく。唯も同じように外を眺めな
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一人の男性として

喫茶店を出ると、夕暮れの風が頬をなでた。昼間の暑さは少し和らぎ、歩きやすい気温になっている。「駅までお送りします」高倉が自然に言う。「ありがとうございます」唯は笑顔で頷き、二人は肩を並べて歩き始めた。事件のことには、もうほとんど触れなかった。それよりも、好きな本の話や最近見た映画の話。そんな何気ない会話の方が、ずっと楽しかった。「高倉さんって、意外と映画をご覧になるんですね」「多くはありませんが、休日に一本ほど」「アクション映画とかですか?」「いいえ。静かな作品の方が好きですね」「やっぱり」唯は思わず笑う。「なんだか想像できます」高倉も穏やかに笑みを浮かべる。「桜井さんは?」「私は何でも見ます。でも、一人だとつい仕事を優先しちゃうんですよね」「休息も仕事のうちです」「また、その台詞ですか」唯はくすりと笑った。「高倉さんらしいです」そんなやり取りを交わしながら歩いていると、駅前の広場が見えてきた。「今日は本当にありがとうございました」唯が立ち止まる。「事件が終わって、こうして普通に歩けるだけで、なんだか嬉しいです」高倉は静かに頷いた。「私も安心いたしました」その言葉を口にした瞬間、高倉は小さく息を吸う。今しかない。そう思った。「桜井さん」「はい」唯が高倉を見上げる。「一つ、お伺いしてもよろしいでしょうか」「もちろんです」高倉は一瞬だけ視線を落とし、ゆっくりと言葉を選ぶ。「事件が落ち着いたら、お伝えしたいことがありました」唯は少し不思議そうな表情を浮かべる。「お伝えしたいこと……ですか?」「は
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約束の日を待ちながら

駅前で別れたあとも、唯の胸は不思議なほど落ち着かなかった。電車に揺られながら、何度も高倉の言葉を思い返す。――仕事ではなく、一人の男性として、お誘いしています。その一言が、耳から離れない。家へ帰ってからも同じだった。着替えを済ませ、ソファへ腰を下ろす。ぼんやりと天井を見上げたまま、小さく息をついた。「……びっくりしたな」高倉とは何度も食事をしている。けれど、それはいつも仕事の延長だった。今日の誘いは違う。仕事ではなく。一人の男性として。そうはっきり伝えられた。唯は両手で頬を包む。自然と頬が熱くなっている。「私、何を意識してるんだろう」そう呟きながらも、口元は少しだけ緩んでいた。その頃、高倉も自宅へ戻っていた。ネクタイを緩め、静かにソファへ腰を下ろす。今日の出来事を思い返し、小さく笑みを浮かべた。断られなかった。その事実だけで十分だった。もちろん、食事を受けてもらえたからといって、自分の気持ちに応えてもらえるとは限らない。それでも、一歩踏み出せたことが嬉しかった。スマートフォンへ視線を落とす。唯とのやり取りは、いつも事務的な内容ばかりだった。今日は少し違う。高倉は短くメッセージを送る。『本日はありがとうございました。お気を付けてお帰りになれましたか。』しばらくすると、すぐに返信が届く。『こちらこそありがとうございました。無事に帰りました。今日は久しぶりにゆっくりお話しできて楽しかったです。』その一文を見た瞬間、高倉の表情が柔らかくなる。仕事ではない。事件でもない。ただ、二人で過ごした時間を「楽しかった」と言ってもらえた。それだけで胸が温かくなった。高倉は
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あなたへ伝えたいこと

休日の昼下がり。唯は約束の時間より少し早く駅へ着いていた。休日に仕事以外の理由で高倉と会う。それだけで、どこか落ち着かない。周囲を見渡していると、聞き慣れた声がした。「お待たせいたしました」振り向くと、高倉が穏やかな笑みを浮かべて立っていた。「私も今来たところです」唯がそう答えると、高倉は少しだけ安心したように頷く。「それでは参りましょう」二人が向かったのは、駅から少し離れた落ち着いた和食店だった。窓際の席に案内され、季節の御膳を注文する。料理が運ばれてくるまでの間も、仕事の話は一切出なかった。最近読んだ本のこと。子どもの頃の思い出。休日の過ごし方。他愛のない話なのに、不思議と時間が過ぎるのが早い。「こういう時間もいいですね」唯が微笑む。「はい」高倉も静かに頷いた。「私は、この時間をずっと楽しみにしておりました」その率直な言葉に、唯は少し照れたように笑う。食事を終えた二人は、近くの公園をゆっくり歩いていた。木漏れ日が遊歩道に揺れている。休日らしい穏やかな空気が流れていた。高倉は歩みを緩める。「桜井さん」「はい」唯も足を止め、高倉を見つめた。高倉は静かに息をつく。「以前、お伝えしたいことがあると申し上げました」唯は小さく頷く。「覚えています」高倉は真っ直ぐ唯を見つめた。「私はこれまで、あなたを支えることが自分の役目だと思ってまいりました」穏やかな口調は変わらない。けれど、その一言一言には普段以上の真剣さがあった。「仕事として出会い、仕事としてお力になれれば、それで十分だと思っていたのです」唯は黙って耳を傾ける。「ですが、あなたと過ごす
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答えは、もう

その日の夜。唯は部屋へ戻ると、ソファへ腰を下ろした。静かな部屋に、一人きり。高倉と別れてから、何度も同じ言葉が頭の中を巡っていた。――私とお付き合いいただけませんか。思い返すたび、胸の奥がじんわりと温かくなる。「……高倉さん」自然と名前がこぼれ、唯は照れたように笑った。もちろん、高倉のことは信頼している。優しくて、誠実で、どんなときも味方になってくれた。一緒にいると安心できる人。その気持ちは、ずっと前から変わらない。友人たちにも何度となく言われてきた。「高倉さんのこと、好きなんでしょ?」そのたびに笑ってごまかしてきた。仕事だから。信頼しているだけだから。そう言い聞かせてきたけれど、本当は気付いていた。高倉が、自分にとって特別な存在になっていることを。だから今日の告白にも、驚きはした。けれど、不思議と戸惑いはしなかった。あの言葉を聞いた瞬間、胸が温かくなった。嬉しいと思った。その気持ちこそが、何よりの答えだった。唯はクッションを抱き寄せ、小さく息をつく。「もっと早く気付けばよかったな」思い返せば、高倉の存在はいつの間にか日常になっていた。仕事で困ったとき、最初に相談したいと思う人。嬉しいことがあれば、真っ先に伝えたくなる人。忙しい日が続けば、「ちゃんと休めているだろうか」と心配になる人。事件の間も、唯を支えてくれたのは高倉だった。「もう大丈夫です」あの穏やかな声。優しく肩を支えてくれた温もり。怖くてたまらなかったはずなのに、高倉が来てくれた瞬間、不思議なくらい安心できた。あれは、信頼だけでは説明できない気持ちだったのかもしれない。唯は小さく笑う。「私も、
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私も、同じです

午後になると、高倉は約束どおり事務所を訪れた。「こんにちは」「いらっしゃいませ」唯はいつもどおり笑顔で迎える。けれど、お互いにどこか落ち着かない。昨日までと同じようでいて、少しだけ違う空気が流れていた。仕事の打ち合わせは三十分ほどで終わった。資料を閉じた高倉が静かに口を開く。「本日の予定は、これで以上です」「はい」唯も頷く。部屋に静かな時間が流れた。やがて唯が意を決したように立ち上がる。「高倉さん」「はい」「昨日、お話ししたいことがあるってメッセージを送りましたよね」「ええ」高倉は穏やかな表情のまま頷いた。唯は小さく息を吸う。「昨日、家に帰ってから、ずっと考えていました」高倉は何も言わず、唯の言葉を待つ。「私、自分では気付いていないふりをしていただけだったんです」唯は少し照れたように笑った。「友達にも何度も『高倉さんのことが好きなんでしょ』って言われていました」「そうでしたか」「そのたびに違うって言っていたんですけど……」唯は高倉をまっすぐ見つめる。「違わなかったみたいです」高倉の瞳がわずかに揺れる。唯は照れ笑いを浮かべながら続けた。「高倉さんが来てくださる日は、朝から少し楽しみでした」「仕事で褒めてもらえると嬉しくて」「忙しそうにしていると、ちゃんと休めているのかなって心配になって」一つ一つ言葉にするたび、自分の気持ちがはっきりしていく。「事件のときも、高倉さんの声を聞くだけで安心できたんです」唯はゆっくりと微笑んだ。「それがどういう気持ちなのか、ようやく分かりました」高倉は静かに息をつく。返事を急かすつもりなどなかった。
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変わったもの、変わらないもの

恋人になったからといって、翌日から何もかもが変わるわけではなかった。高倉はいつもどおり時間どおりに事務所を訪れ、唯もいつもどおり仕事の準備をしている。「おはようございます」「おはようございます」交わす挨拶も変わらない。打ち合わせも、仕事への向き合い方も変わらない。それなのに。「こちらの資料ですが――」説明を始めた唯は、ふと高倉と目が合った。自然と笑みがこぼれる。高倉も穏やかに微笑み返した。「……どうかなさいましたか」「いえ」唯は少し照れたように首を振る。「何でもありません」ほんの数秒。それだけのことなのに、胸の奥が少し温かくなる。恋人になった。その事実を思い出すたび、不思議なくらい幸せな気持ちになった。午前中の仕事を終え、唯はコーヒーを淹れる。「高倉さん、コーヒーでよろしいですか」「ありがとうございます」カップを差し出すと、高倉が静かに受け取った。「桜井さん」「はい」「一つ、お伝えしてもよろしいでしょうか」「もちろんです」高倉は少しだけ言葉を選ぶように間を置いた。「昨日は嬉しくて、あまり眠れませんでした」唯は目を丸くする。「えっ?」「恋人になれたことが嬉しくて」真面目な顔でそう言われ、唯は思わず笑ってしまう。「高倉さんでも、そんなことあるんですね」「あります」きっぱりと言い切る高倉に、唯はますます笑みを深めた。「実は私もです」「桜井さんも?」「何度も目が覚めちゃいました」二人は顔を見合わせる。そして、どちらからともなく笑い声が漏れた。こんなふうに笑い合う時間が、これからは当たり前になるのだ
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幸せは、すぐそばに

季節はゆっくりと移り変わり、街路樹の緑も少しずつ色濃くなっていた。離婚し、一人で個人事務所を開いてから数か月。あの頃は、先の見えない毎日に不安ばかりを抱えていた。仕事は来るだろうか。生活していけるだろうか。何度も自分に問いかけながら、一歩ずつ前へ進んできた。それでも今、唯はこうして自分の事務所で働いている。自分で選び、自分で築き始めた場所。広くはないけれど、この部屋は唯にとって何より大切な居場所になっていた。「さて」机の上の書類を整え、今日の予定を確認する。午前中は依頼者との打ち合わせ。午後は資料作成。そして夕方には、高倉が訪ねてくる予定になっている。仕事の話もあるが、それが終われば恋人として一緒に過ごす約束をしていた。インターホンが鳴る。予定より少し早い。唯が扉を開けると、そこには穏やかに微笑む高倉の姿があった。「こんにちは、高倉さん」「こんにちは、桜井さん」二人は自然と笑顔を交わす。恋人になって数か月。けれど仕事の場では、以前と変わらず「桜井さん」と呼び合う。その距離感が、二人には心地よかった。打ち合わせは一時間ほどで終わった。「こちらで問題ありません」高倉が資料を閉じる。「ありがとうございます。いつも助かっています」「こちらこそ、ご依頼いただきありがとうございます」そんなやり取りも、今ではすっかり日常になっていた。仕事を終えた高倉が立ち上がる。「それでは、本日の業務は以上ですね」「はい」唯は笑いながら頷いた。「ここからは仕事じゃありません」その一言に、高倉も小さく笑う。「承知……いえ」少し照れたように言い直す。「楽しみにしていまし
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