事務所の空気が張り詰める。『桜井唯さん、いらっしゃいますよね?』インターホン越しの声は穏やかだった。けれど。唯の胸には嫌な予感しかなかった。美咲も同じだったらしい。モニターを見つめたまま、小さく首を振る。「出ない方がいい」唯は無言で頷いた。そのとき。再びインターホンが鳴る。今度は少し長かった。『お届け物なんですが』男の声が続く。『ご本人確認だけお願いします』美咲は眉をひそめた。「変」「うん……」唯もそう思う。宅配業者なら。不在票を入れて帰ることがほとんどだ。何度も呼び出したりはしない。しかも。送り主の名前も言わない。会社名も名乗らない。その時点で十分おかしかった。美咲はモニター越しに男を観察する。段ボール箱は持っている。けれど。何となく違和感があった。慣れていない。そんな印象だった。そのとき。男が少しだけ顔を上げた。帽子の下から見えた表情に、美咲の目が細くなる。「……記者だ」唯が顔を上げる。「わかるの?」「たぶん」美咲は即答した。「昔、芸能関係の仕事したときに見たことある」唯の心臓が嫌な音を立てる。やはり。取材だった。高倉の言葉は正しかった。『知らない相手から声を掛けられても対応しないでください』つい数十分前に届いたメッセージが頭をよぎる。そのとき。スマホが震えた。唯は反射的に画面を見る。高倉からだった。
Last Updated : 2026-06-06 Read more