All Chapters of 冷徹CEOとの離婚後、私は夫の忠実な部下と恋に落ちた: Chapter 111 - Chapter 120

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ドアの向こう

事務所の空気が張り詰める。『桜井唯さん、いらっしゃいますよね?』インターホン越しの声は穏やかだった。けれど。唯の胸には嫌な予感しかなかった。美咲も同じだったらしい。モニターを見つめたまま、小さく首を振る。「出ない方がいい」唯は無言で頷いた。そのとき。再びインターホンが鳴る。今度は少し長かった。『お届け物なんですが』男の声が続く。『ご本人確認だけお願いします』美咲は眉をひそめた。「変」「うん……」唯もそう思う。宅配業者なら。不在票を入れて帰ることがほとんどだ。何度も呼び出したりはしない。しかも。送り主の名前も言わない。会社名も名乗らない。その時点で十分おかしかった。美咲はモニター越しに男を観察する。段ボール箱は持っている。けれど。何となく違和感があった。慣れていない。そんな印象だった。そのとき。男が少しだけ顔を上げた。帽子の下から見えた表情に、美咲の目が細くなる。「……記者だ」唯が顔を上げる。「わかるの?」「たぶん」美咲は即答した。「昔、芸能関係の仕事したときに見たことある」唯の心臓が嫌な音を立てる。やはり。取材だった。高倉の言葉は正しかった。『知らない相手から声を掛けられても対応しないでください』つい数十分前に届いたメッセージが頭をよぎる。そのとき。スマホが震えた。唯は反射的に画面を見る。高倉からだった。
last updateLast Updated : 2026-06-06
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思わぬ来客

「いない……?」美咲が首を傾げる。モニターには誰も映っていなかった。つい数秒前までそこにいたはずなのに。まるで逃げるように姿を消している。「諦めたのかな」唯が小さく呟く。だが。美咲は首を横に振った。「記者がそんな簡単に諦めるとは思えない」その言葉に。唯の胸がざわつく。確かにそうだ。わざわざ宅配業者のふりまでして来たのだから。何か目的があったはずだ。そのとき。事務所の電話が鳴った。唯と美咲は同時に顔を上げる。今度は固定電話だった。美咲が警戒しながら受話器を取る。「はい、桜井デザイン事務所です」数秒の沈黙。そして。美咲の表情が変わった。「え?」唯が不安そうに見つめる。美咲は受話器を押さえながら小声で言った。「ビルの管理会社」唯は少しだけほっとする。だが。次の言葉で再び緊張が走った。「さっきの人、管理人さんにも話しかけてたみたい」唯は目を見開いた。美咲は電話の向こうの話を聞きながら頷く。「はい……」「そうですか……」「ありがとうございます」電話を切る。事務所に静寂が戻った。「何て?」唯が尋ねる。美咲はため息を吐いた。「管理人さんが不審に思ったんだって」どうやら男は、この事務所に桜井唯がいるのか。何時頃出入りするのか。そんなことを聞いていたらしい。唯の背筋が冷える。「気持ち悪い……」思わず
last updateLast Updated : 2026-06-06
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帰り道

「本当に過保護だね」美咲の言葉に。唯は何も返せなかった。否定できない。高倉は確かに過保護だ。少なくとも最近は。何かあれば連絡してください。一人で対応しないでください。気をつけて帰ってください。そんな言葉ばかりだ。唯はスマホを伏せた。けれど。口元が少し緩んでしまう。美咲はそんな様子を見て肩をすくめた。「まあ、今はありがたいけどね」「……うん」それは本当だった。記事の件がなければ。ここまで心強く感じなかったかもしれない。けれど今は違う。何かあれば相談できる。そう思える相手がいる。それだけで気持ちが違った。その日の仕事は予定より早く終わった。外はすでに夕方だった。唯は窓の外を見つめる。帰るべきだろうか。それとも。もう少し事務所に残るべきだろうか。記者がまだ近くにいるかもしれない。そう思うと少し不安だった。「送ろうか?」美咲が何気なく言う。唯は首を振った。「大丈夫」「本当に?」「うん」少し考えてから続ける。「駅まで近いし」美咲は納得していない顔だった。けれど。それ以上は何も言わなかった。帰り支度を終え。事務所を出る。夕方の風は少し冷たかった。唯は周囲を見回す。特に変わった様子はない。昼間の男も見当たらない。それでも。何となく落ち着かなかった。高倉の言葉を思い出す。『今日は帰宅時も気をつけてください』考えすぎだろうか。そう思いながら歩き出した。駅へ向かう途中。スマホが震える。高倉からだった。唯は思わず立ち止まる。『無事に出られましたか』短い文章。それだけなのに。胸の奥が温かくなる。今ちょうど事務所を出たところです。そう返信しようとして。唯はふと足を止めた。道路の向こう側。電柱の近くに。見覚えのある帽子が見えた気がした。胸がざわつく。昼間。モニター越しに見た男と似ている。気のせいだろうか。唯は思わず視線を向ける。だが。男はすぐに背を向けた。そのまま人混みへ紛れていく。唯の鼓動が速くなる。気のせいかもしれない。けれど。気のせいではないかもしれない。唯は無意識にスマホを握りしめた。そして。高倉とのトーク画面を開く。少し迷う。こんなことで連絡していいのだろうか。ただの思い込みかもしれない。そう考えたそのとき。頭
last updateLast Updated : 2026-06-07
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頼るということ

唯は小さく息を吐く。そして。震える指でメッセージを打ち始めた。『気のせいかもしれないのですが』そこまで入力して止まる。やっぱりやめようか。ただ帽子が似ていただけかもしれない。もし違ったら。心配をかけてしまう。そう思った。けれど。高倉は何度も言っていた。何かあれば連絡してください、と。唯は唇を噛む。そして続きを打った。『昼間の人に似た人を見かけました』送信する。押した瞬間。少しだけ後悔した。やはり大げさだったかもしれない。そう思ったのも束の間だった。すぐに既読がつく。そして。電話が鳴った。唯は驚いて立ち止まる。画面には高倉の名前。胸が大きく跳ねた。慌てて通話ボタンを押す。「も、もしもし」『今どちらですか』挨拶もなかった。低く落ち着いた声。けれど。普段より明らかに緊張感がある。唯は思わず背筋を伸ばした。「駅へ向かっている途中です」『周囲にその人物はいますか』唯は振り返る。人通りは多い。だが。先ほど見た男の姿はもうなかった。「今は見えません」電話の向こうで小さく息を吐く音がした。少しだけ安心したようにも聞こえる。『わかりました』短い返事。そして。高倉は静かに続けた。『そのまま駅へ向かってください』「はい」『人の多い場所を通ってください』「はい」『もし再び見かけたら、すぐ連絡を』唯は思わず苦笑した。「そんなに心配しなくて
last updateLast Updated : 2026-06-07
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マンションの前

駅へ着いたあと。唯は約束通り、高倉へメッセージを送った。『無事に着きました』送信して間もなく。『ご連絡ありがとうございます』と返信が来る。その一文を見て。唯は少しだけ笑った。本当に律儀だ。それから電車へ乗り、自宅へ向かう。車窓の外はすっかり暗くなっていた。昼間の記者。事務所のインターホン。駅へ向かう途中で見かけた男。考えれば不安になることはいくらでもある。けれど。不思議と朝ほどの重苦しさはなかった。高倉へ連絡したからだろうか。それとも。電話で声を聞いたからだろうか。自分でもよくわからない。やがて最寄り駅へ着く。改札を出て。いつもの道を歩く。マンションへ着いた頃には、空気もだいぶ冷えていた。唯は小さく息を吐く。ようやく帰ってきた。そう思った、そのときだった。マンションの向かい側。街灯の下に人影が見えた。唯は足を止める。男性だった。帽子を深く被っている。スマートフォンを手にしているようにも見えた。ただ。それだけなら珍しくない。仕事帰りの人かもしれない。通行人かもしれない。そう思う。けれど。なぜだろう。胸の奥がざわついた。男はこちらを見ているように見えた。気のせいかもしれない。だが。昼間の出来事を思い出してしまう。事務所へ来た男。駅前で見かけた人影。偶然だろうか。唯は無意識にスマホを握りしめた。すると。男が一歩動く。唯の心臓が跳ねる。
last updateLast Updated : 2026-06-07
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大丈夫ですか

『今、ご自宅の中ですか』高倉からのメッセージを見て。唯は少しだけ肩の力を抜いた。『今、マンションの中です』そう返信する。すぐに既読がついた。そして。『ご自宅へ入るまでは周囲に注意してください』『玄関の施錠も確認を』続けて届いた文章に。唯は思わず苦笑した。やっぱり過保護だ。そう思う。けれど。嫌ではなかった。むしろ。少し安心する。唯はエレベーターへ乗り込む。扉が閉まる。ようやく一人になった気がした。その間にも。スマホは手放せない。高倉から再びメッセージが届く。『先ほどの人物は、こちらでも確認を取ります』唯は目を瞬かせた。確認を取る。そんなことまでできるのだろうか。けれど。高倉なら本当にやりそうだった。『ありがとうございます』短く返す。すると。珍しく返信が少し遅れた。仕事中なのかもしれない。そう思いながら部屋へ入る。鍵を閉める。チェーンも掛ける。そこでようやく息を吐いた。本当に疲れていたらしい。ソファへ腰を下ろした瞬間。全身の力が抜ける。そのとき。スマホが震えた。高倉からだった。『無事にご帰宅されたようで安心しました』たった一文。それだけなのに。胸の奥が温かくなる。安心しました。最近。高倉はよくそう言う。唯は画面を見つめる。そして。ふと気づいた。今日は何度も連絡をしている。朝から。記事の
last updateLast Updated : 2026-06-07
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もう少しだけ

『ありがとうございます』高倉の声は穏やかだった。けれど。どこか力が抜けたようにも聞こえた。唯はスマホを耳に当てたまま、小さく息を吐く。部屋の中は静かだった。聞こえるのは高倉の声だけ。不思議な感覚だった。これまで何度も会話をしてきたはずなのに。電話でこんなに長く話したことはなかった気がする。「でも……」唯は少し迷ってから口を開く。「本当に記者だったんでしょうか」昼間の男。駅前で見かけた人影。マンションの前にいた男性。全部同じ人物かどうかはわからない。考えすぎかもしれない。そう思う気持ちもあった。電話の向こうで高倉は少し考えるような間を置いた。『断定はできません』冷静な答えだった。『ですが、警戒して損はありません』「……はい」『しばらくは注意してください』高倉の声は落ち着いている。だからだろうか。唯も少しだけ落ち着いてきた。ソファへ身体を預ける。緊張していた肩の力が抜けていく。そのとき。高倉がふと話題を変えた。『夕食は食べましたか』唯は目を瞬かせる。あまりにも自然な質問だった。「まだです」正直に答える。時計を見ると、もうかなり遅い時間だった。『そうですか』高倉は短く返事をした。そして。少しだけ困ったように続ける。『それは先に食べてください』唯は思わず笑ってしまう。「子供じゃないんですから」『桜井さんの場合、仕事をしていると忘れそうなので』否定できなかった。実際。
last updateLast Updated : 2026-06-08
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言えない言葉

本当なら。もう電話を切るべき時間だった。唯もそれはわかっている。高倉も仕事があるはずだ。自分も夕食を食べなければならない。それなのに。なぜだろう。どちらも切り出せない。静かな沈黙が続く。気まずくはなかった。むしろ。不思議なくらい落ち着く。唯はソファへ身体を預けた。窓の外には夜景が広がっている。街の灯りが遠くに見えた。「高倉さん」気づけば名前を呼んでいた。『はい』すぐに返事が返ってくる。そのことが少し嬉しい。唯は何を言おうとしたのか、自分でもわからなくなった。ただ。話したかった。もう少しだけ。声を聞いていたかった。そんな気持ちだった。「……今日はありがとうございました」結局出てきたのは、その言葉だった。高倉は少しだけ笑ったようだった。『今日は何回お礼を言われたでしょうか』唯もつられて笑う。確かにそうだ。昼間から何度も言っている。それでも。足りない気がした。「だって、本当に助かりましたから」『それなら』高倉が静かに言う。『お礼は十分いただいています』胸が小さく揺れる。優しい声だった。いつもの高倉の声だ。けれど。今日は少しだけ近く感じる。電話だからだろうか。唯は視線を落とした。そして。ずっと気になっていたことを思い出す。聞いてもいいのだろうか。迷う。けれど。今なら聞ける気がした。「高倉さん」『はい』
last updateLast Updated : 2026-06-08
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朝の連絡

翌朝。唯が目を覚ましたときには、まだ少し眠気が残っていた。昨夜は久しぶりによく眠れた気がする。ベッドの上で身体を起こし、枕元のスマホへ手を伸ばす。時刻を確認しようとして。通知が来ていることに気づいた。高倉からだった。唯の心臓が小さく跳ねる。思わず画面を開く。『おはようございます』メッセージが届いたのは一時間ほど前だった。『昨夜はその後、何もありませんでしたか』唯は思わず口元を緩める。やはり心配していたらしい。少しだけ申し訳なくなる。同時に。嬉しいと思ってしまう自分もいた。『おはようございます』『何もありませんでした』返信を送る。すると。数分も経たないうちに既読がついた。唯は目を瞬かせる。もう仕事をしているのだろうか。高倉から返信が届く。『それなら安心しました』本当にその言葉が好きらしい。安心しました。安心しました。最近だけでも何度聞いただろう。唯は小さく笑う。そのとき。続けてメッセージが届いた。『本日ですが』唯は姿勢を正した。仕事の話だろうか。そう思った。『午前中に法務担当者と打ち合わせがあります』やはり仕事だった。唯は少しだけ安心する。なのに。なぜか少しだけ残念な気持ちもあった。自分でも意味がわからない。『取材の件で進展があればご報告します』唯はメッセージを読み返した。報告します。以前なら。高倉はこんな細かな連絡をしていただろうか。たぶん違う。仕事の必要事項だけ。それで終わ
last updateLast Updated : 2026-06-08
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一人じゃない

通話が切れたあとも。唯はしばらくスマホを見つめていた。画面はもう暗くなっている。けれど。耳にはまだ高倉の声が残っていた。『無理はしないでください』『食べたら休んでください』『嫌な思いをしているのを見るのは、あまり気分のいいものではありません』思い出して。唯は慌てて首を振る。だめだ。考えすぎている。そう自分に言い聞かせる。けれど。胸の奥は少しも静かにならなかった。夕食を簡単に済ませ。シャワーを浴びる。それでも。気づけば高倉とのやり取りを読み返していた。我ながら重症かもしれない。唯は苦笑する。そのとき。スマホへメッセージが届いた。美咲だった。『生きてる?』唯は思わず吹き出す。『生きてる』すぐに返信する。すると。数秒後に電話が掛かってきた。「何?」『それはこっちの台詞』開口一番だった。唯は苦笑する。『大丈夫だった?』昼間の記者のことだろう。「うん」『本当に?』「本当に」唯はソファへ腰掛けた。美咲は少し安心したようだった。『なら良かった』しばらく他愛ない話をする。昼間の出来事。仕事のこと。明日の予定。そして。当然のように話題は高倉へ移った。『で?』美咲の声が変わる。唯は嫌な予感しかしなかった。「何」『電話したんでしょ?』図星だった。唯は黙る。『やっぱり』美咲が笑う。「記者の
last updateLast Updated : 2026-06-09
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