身代わりは卒業。甘やかした彼を捨て叔父の妻へ のすべてのチャプター: チャプター 11 - チャプター 20

26 チャプター

第11話

これは本当に綾香なのか?綾香がわがままなのは知っているし、欲しいものは絶対に手に入れないと気が済まない子だった。だが、ここまで根性が悪いとは思ってもみなかった。なっちゃんは、大好きな飼い主がいじめられるのを黙って見ていられなかった。だから、綾香に必死で吠えかかっていたのだ。だが、彩花はずっと、なっちゃんをしっかり抱きしめていた。なっちゃんが綾香に触れることなんて、絶対にありえなかった。智也は、苦しげにぎゅっと目を閉じる。綾香が彼に泣きついてきたとき、こんなことは一言も言っていなかった。まるで、自分だけが被害者みたいに。智也は、綾香に電話をかけた。綾香はすぐに出たが、開口一番、不満をぶつけてきた。「自分からいなくなったくせに、何の用?」「単刀直入に聞くよ。なんであの時、彩花はお前を押したんだ?」智也は、綾香の不機嫌な態度を無視して、初めてこれほど厳しい声で問い詰めた。綾香はカッとなって怒鳴り返しそうになった。だが、直感が働いた。きっと智也は何かを知ってしまったのだろう。だから、今はやり方を考えなくては。「私よりあの女と犬のほうが大事なの?あの犬が私に噛みつこうとして、あの女がかばったりしなきゃ、もめることなんてなかったんだよ?さっさと処分しとけばよかったのに。うるさくて、ほんとむかつくんだから」「犬だって、命があるんだぞ」「命にも上下があるの。たかが犬でしょ?そんなもののために、私に怒るわけ?それに、もうあの女が犬を連れて行ったんでしょ?あなたは、いつでも私の味方でいてくれるって思ってたのに……がっかり」綾香は、自分が悪いなんて少しも思っていなかった。智也はもう我慢できなく、声を荒げて言った。「もういい!」そして次の瞬間、電話を一方的に切った。智也は、いつものようにかけ直しはしなかった。協力してくれた友人に礼を言うと、すぐに車を飛ばし、かつて彩花と一緒に暮らしたあの家へ向かった。智也がドアを開けようとすると、見知らぬ男が声をかけてきた。「すみません、鈴木彩花さんはこちらにお住まいでしょうか?」智也は、ためらうことなく答える。「はい」男は証明書を見せながら言った。「慈善団体の者です。鈴木さんが、恵まれない子供たちへ寄付する品物を取りに来てほしいと、事前に連絡をくれていたのですが。ご本人様は、いら
続きを読む

第12話

自分の勘が正しければ、彩花はもう自分の連絡先をすべてブロックしてしまっているはずだ。智也は歯を食いしばってドアを開けた。彩花の寝室はすでに空っぽで、彼女が言っていた通り、私物はすべて箱に詰められていた。クローゼットはがらんとしていて、持ち主がもうこの部屋に、二度と戻ってこないことに気づいているようだった。智也は目を血走らせてその光景を見つめる。彩花に言われた通り、浩平が部屋に入り、箱を運ぼうとした時、智也はそれを遮って言った。「帰っていただけますか?この荷物、寄付できませんので」しかし、浩平はもちろん引き下がらない。「これは鈴木さんからのご依頼品です。どうするかもしっかりと伺っていますので」「俺が金を出します。だから新しい物を買って寄付先に届けてください。とにかく、この家は俺のものでもあるんです。だから、俺が触るなと言ったら、誰にも触らせませんので」「そんなこと言われても困ります」浩平はこんな面倒な依頼は初めてだった。智也は自分が馬鹿なことを言っているのを自覚していたが、抑えられなかった。息を深く吸い込んで続ける。「彼女に電話してください。俺が話しますから」浩平は呆れたように肩をすくめた。「鈴木さんの元恋人なんですよね?もう彼女はここを出て行ったんです。なのに、どうしてそんなことを……男なら潔く諦めないと。別れてもしつこく付きまとう男なんて、嫌われますよ……」「誰が別れたって?」智也は怒りを抑えきれずに叫んだ。「さっさと終わらせたいなら、スマホを貸せ!俺が電話してやるから!」浩平にすらもう見抜かれているのに、智也は彩花に連絡を絶たれたという事実を認めたくなかった。二人のにらみ合いが続いたが、結局、智也が浩平のスマホをひったくり、すぐにリダイヤルボタンを押した。今回は、数秒もしないうちに電話がつながった。そばで浩平はため息をつき、もう好きにさせるしかないと諦めた。彩花は浩平に何か問題があったのだと思い、落ち着いた声で言った。「石井さん、どうかしましたか?暗証番号か何か分からなかったですか?それでしたら、シャープボタンを押してからもう一度入力してみてください。それでもだめなら、私が管理会社に連絡しま……」彼女はとても丁寧に説明していたが、電話の向こうから聞こえる荒い息遣いに気づき、ぴたりと言葉を止めた。これ
続きを読む

第13話

彩花は空港からタクシーで家の近くまで向かっていた。窓から、眺める景色はとても懐かしいものだった。ここで、もう一度人生をやり直そう、そう思えた。家の前までタクシーがついたので、先になっちゃんをタクシーから降ろす。すると、タイミング悪く、近くでクラクションの音が鳴り響いたのだった。なっちゃんはその音にパニックを起こし、家とは反対の方向へ猛ダッシュした。パニックのあまり、彩花がいくら呼んでも止まろうとしない。「なっちゃん!戻ってきて!」彩花は必死に走ったが、ひっきりなしに通る車と信号に阻まれてしまった。ようやく追い越した時には、もうなっちゃんの姿はどこにもなかった。仕方なく、周囲にいた人々に助けを求める。「すみません、この辺でパニックを起こした子犬が走っていくのを見かけませんでしたか?このくらいの大きさで、どこにでもいる雑種の犬なんですけど」「あの、うちの子犬がパニックを起こしてここまで走ってきてしまったのですが、どちらに行ったか見かけていませんか?」「首輪をしていますが、血統書付きではなくて、黄色い普通の小型犬……」「ありがとうございます……」彩花は喉がカラカラになるほど道ゆく人になっちゃんの行方を尋ねたし、焦燥感で心臓が破裂しそうなほど問い歩き回ったが、どうしても見つけられない。自分が今どこにいるのかすらも分からなかったが、それでも諦めなかった。しかし、残酷にも時間は過ぎ、辺りは徐々に薄暗くなっていく。街灯がともった瞬間、彩花の糸がついに切れた。寂れた路地の隅で壁にもたれかかってうずくまり、両手で顔を覆う。涙が溢れてきた。声を押し殺して泣いていたが、溢れる涙で袖がびっしょり濡れた。泣くことに集中しすぎていて、隣で誰かが足を止めたことに気づかなかった。相手が差し出したティッシュに気づき、受け取ると、その落ち着いた声が耳に入ってきた。「大丈夫ですか?何かあったんですか?僕にできることがあれば、言ってみて下さい」そう声をかけてきたのは、成熟した重みのある落ち着いた男性だった。涙を浮かべた彩花が顔を上げると、穏やかで柔和な顔立ちがあった。30代ほどだろうか。淡いグレーのスーツを身に纏い、ポケットからは上品なチーフが覗いている。まさにエリートといった風貌だったが、言葉遣いには不思議と親近感があっ
続きを読む

第14話

彩花の気持ちが落ち着いて、手続きをしに行こうとした時には、もう男性がサインを済ませて戻ってきていた。彼と一緒に警察署の門を出て、オレンジ色の街灯の下で彩花は感謝を伝えた。「一緒に探してくださり、本当にありがとうございました。お名前と連絡先を教えていただけませんか?」そう言い終えてから、彩花は男性のスラッとした立ち姿と整った顔立ちを見て、今の言い方はまずかったかも、と思い直して付け加えた。「あっ、ただ、落ち着いたらちゃんとお礼をしたいなって思ったんです」今の彩花は何も持っていないし、時間も夜中過ぎ。お礼の品を買いに行こうにも、開いているお店なんてなかった。男性は笑って、ジャケットの内ポケットから名刺を一枚取り出した。「たいしたことじゃないから、気にしないでください。でも、僕のことはここに全部書いてありますから。今後何かあったら、いつでも連絡してください」ラインでの連絡先交換が当たり前の今、名刺みたいなちゃんとしたものを渡されることは、もうあまりなかった。彩花は両手で箔押しの上質な名刺を受け取った。めずらしいなと思いながら、心の中で彼の名前を繰り返す。宮崎健二(みやざき けんじ)。彼と智也は同じ苗字だ。どうやら自分は宮崎という苗字の人とは縁があるようだ。だが、そんなことよりも、健二の名前の下に書かれた法律事務所と肩書きの方が、彩花を驚かせた。弁護士。弁護士とは、もっと口が達者で、近寄りがたい人たちばかりだと思っていた。しかし、健二の優しい雰囲気は、そんなイメージをすっかり覆した。彼も彩花に尋ねる。「君のお名前も、聞いていいですか?」彩花は静かに答えた。「鈴木彩花です。彩るに、花で彩花です」もう夜明け前だ。こんな時間、タクシーなんてなかなかつかまらない。だから、健二は自然な口調で言った。「もう互いの名前を知っているので、他人ではありませんよね。家まで送りますよ」彼の言動はすべて、春の陽だまりみたいに心地よくて、安心させてくれる。ここまで迷惑をかけたのだから、もう今さら遠慮しても仕方がない。彩花が頷くと、健二はここで少し待っているように言い、車を回してきた。車の中では、なっちゃんのことを話したりしながら、とりとめもない会話をした。そうしているうちに、あっという間に彩花の家に着いた。彩花は、彼が自分のマン
続きを読む

第15話

奈津美はもっと色々聞きたかったが、もうすぐ家に着くところだったので、ぐっと言葉を飲み込んだ。玄関のドアを開けると、ちょうど朝食がテーブルに並べられたところだった。彩花が帰ってきているのを見て、両親はそろって驚いていた。父親の鈴木暁(すずき あきら)が尋ねた。「彩花、帰ってくるなら、どうして先に連絡くれなかったんだよ?そうしたら、駅まで迎えに行ったのに」彩花は笑顔を作って言った。「サプライズしたかったの。でも、ちょうど家の前でお姉ちゃんに会ったから」「もう、この子ったら。早く言ってくれたら良かったのに」母親の鈴木洋子(すずき ようこ)は心配そうな顔で、こう付け加えた。「向こうで、何か嫌なことでもあったの?」彩花は洋子から箸を受け取ると、笑顔のまま言った。「ちょうど深津市でサイン会が決まったから、少し早めに帰ってきただけだよ」「じゃあ、その目はどうしたのよ?」「なっちゃんが急に走り出しちゃったから、焦って泣いちゃっただけ。もし、これから散歩に行く時は、ちゃんとリードつけてあげてね。ほら、もうご飯食べよう。お腹ペコペコ……」昨夜なっちゃんが騒ぎを起こしてくれたことに、彩花は心から感謝した。この言い訳がなかったら、きっと家族に勘づかれて、根掘り葉掘り聞かれていただろう。だが、奈津美だけは彩花のごまかしに気づいていた。朝食が終わると、奈津美は彩花の部屋の片付けを手伝うふりをして、部屋に入ってきた。「ねえ、正直に言って。智也と何かあったんでしょ?彼に何か嫌なことされたの?」「まあ、あの人とはもう終わったの」彩花は苦笑い一つせず、落ち着いた様子でことの経緯をかいつまんで話した。こうして話してみて初めて、自分があの男のために、どれだけ多くのものを犠牲にしてきたのかを思い知った。こんなことになるなら、あんなに時間を費やすのではなかった。話を聞き終えた奈津美は、怒りでどうにかなりそうだった。「あの男がろくでもない男だって、私は最初からわかってた。でも、ただ冷たいとか、自分勝手とか、頼りないとか……そういうレベルだと思ってたのに。まさか、あなたを好きな女の身代わりにしてたなんて。ふざけるのも大概にしてほしいよ。本当に、何なのあの男!悲劇のヒロインでも気取ってるわけ?」「悲劇のヒロインって、普通は女の人だよ」彩花は淡々
続きを読む

第16話

週末にしっかり休んだ彩花は、元気いっぱいの姿でサイン会場に現れた。彼女のような作家にとって、小説のサイン会はファンミーティングみたいなもの。だから、わざわざ会場まで本を買いに来てくれるのは、ほとんどが昔からのファンだった。今回、サインを求める人の列は、想像していたよりもずっと長かった。彩花はファンのお願いに、にこやかに応じる。写真撮影も、本への特別なサインも、なんでも受けた。だが、ずっとサインを書き続けていたので、だんだん腕が痛くなってきた。時々腕を振って、何とか痛みを和らげる。何冊サインしたかもわからなくなった頃、いつものようにファンから本を受け取ると、その上に真新しいリストレストが乗っていた。サイン会でプレゼントをもらうことは珍しくない。でも、こんなに気が利いた贈り物は初めてだった。こんなに気が利くなんて、きっと優しい女の子に違いない。彩花はそう思って、にっこりと顔を上げた。「ありが――」そう言いかけたところで、目に飛び込んできたのは、微笑みを浮かべた健二の顔だった。え、彼が?自分の小説を読んでるのか?しかも、ファン?またしても想像を絶する事態に、彩花はぱちぱちと瞬きをしながら固まってしまった。自分がサイン会の真っ最中だということも、すっかり忘れて。健二は優しい声で言った。「ずっとサインしていて、腕が辛いんじゃないかと思いまして。これ、よかったら使ってください。少しは楽になると思いますよ」我に返った彩花は、リストレストを試しながら、さっき言いかけた言葉を心を込めて続けた。「ありがとうございます。何か、入れてほしい言葉はありますか?何でもいいですよ」「えっと……じゃあ、僕への本だって書いてもらえればいいです」健二は、前のファンがお願いしていたのを真似て言った。そして、彩花がサインを書いている間に説明を付け加えた。「本当はこれを届けに来ただけなんです。でも、みんな並んでいたから、空気を読んだ方がいいかなって思って」これだけ長い列ができているのだ。もし知り合いだからって割り込んだりしたら、周りのファンから大ブーイングを受けるに決まっている。彩花は健二が恋愛小説が好きだなんて、恥ずかしくて言えないのかと思っていた。にっこり笑いながらサインした本を渡す。「本当に、ありがとうございました。応援に来てくださって、ありがと
続きを読む

第17話

この突然の告白は、ファンの間に大きな衝撃を与えた。サイン会が再開されてからも、数人に一人くらいのペースで理由を尋ねられた。彩花はどう説明すればいいか分からず、「現実と小説はやっぱり違うんです」と答えるしかなかった。きっと近いうちに、出版社は宣伝文句にこう付け加えるだろう。【終わった恋を乗り越えるために書いた物語】と。彩花は、それでも構わないと思っていた。サイン会が終わると、彼女は一人で裏口からそっと会場を出た。行きもタクシーだったから、帰りもタクシーを拾うつもりだった。だが、道路の向かい側で健二が手を振っていた。わざわざ停めてくれた車と、これでもかというほど尻尾を振っているなっちゃんの姿も見える。なんてことない日常の光景のはずなのに、今の彩花の目には、なんだかとても温かく映った。彼女は歩いて行ってなっちゃんを抱き上げ、全てお見通しだという顔で聞いた。「なっちゃんを連れてきてくれたの、お姉ちゃんに頼まれたんでしょう?」健二は笑って、正直に答えた。「そうですよ。本当はサイン会にも連れて行って君に会わせたかったんですけど、この子は人が多いところが苦手みたいで。だから先にこっちに来て、待ってたんです」彩花は申し訳なさそうに言う。「ごめんなさい、宮崎先生。ご迷惑をおかけしてしまって」彩花の言葉には、二つの意味が込められていた。サイン会で健二を巻き込んでファンに冷やかされたこと。そして、奈津美がここまで迎えに来るよう、彼に頼んだことだった。もしかして、奈津美に無理やり行かされたのではないのか?健二はやはり笑っていた。「逆ですよ。迷惑をかけたのは僕の方です。僕のせいで、君はファンにプライベートなことを話さなくちゃいけなくなったんですから」「ファンを裏切りたくなかったんです。それに、いつかは言わないといけないことでしたから」「じゃあ、食事でもどうですか?お互い独身なわけですし、もっと君のことを知りたいんです。正直に言うと、僕も実家がうるさくて……」健二はもう30代半ばだ。家族が焦らない方がおかしいだろう。彩花は、しきりに健二に甘えているなっちゃんを抱き上げた。そして、正直に言う。「私はあまり結婚相手には向かないかもしれませんよ。ご存知だと思いますけど、私はつい最近、恋愛に失敗してますから」しかし、健二は全く気にする様子
続きを読む

第18話

健二はすぐに電話に出ると、からかうように言った。「智也。急にどうしたんだ?」健二はかなり上機嫌らしく、その口調は軽快で明るい響きを帯びている。智也の心はより深く締め付けられた。しかし、年がそう離れていない叔父の健二に対して弱みは見せられない。「大したことじゃないんだけど、ただ深津市へ行く予定があるんだ。でも明日の便しかなくて。だから健二さん、彩花のことを見ててほしいって思ってさ」と、ごまかす。「そうか」健二は彩花の名前を聞くと、ふっと笑った。「その子のことなら知ってるよ。なんなら今日、ちょうど子のサイン会へ行ってきたところだ。会場はかなり盛り上がっていたよ」智也の口調が急に重くなる。「知ってる」健二がなぜ彩花に興味があるのかを探る余裕もなく、智也は声を潜めて苦しげに頼んだ。「彩花との間には誤解があるんだ。でも、今電話に出てくれなくて。健二さん、お願いだよ。彼女にもう一度だけチャンスをくれって伝えてくれないかな?」誰かに物事を頼み込むというのも、ひどく辛いものだ。健二はしばらく沈黙した後、先ほどの軽快な声色を一変させてこう言った。「残念だけど、その件には協力できないな。だって、君たちはもう別れたんだろ?それに、近いうちに彼女には新しい彼氏ができるはずだからな」「そんなことありえない!」智也はまったく信じようとしなかった。「何かが間違っているんだ。だって、彩花が深津市に戻ってまだ数日しか経ってない。あいつが、そんなに早く切り替えられるはずがないだろ!」「君が信じようが信じまいが、僕には関係ないから」「健二さん、あなたは弁護士だから、俺より言葉が上手いはず。今回だけ、お願いだよ。彩花に『どうか結論を急がないでほしい』とだけ、伝えてくれないかな?深津市に着いたらすぐ彩花に会いに行くから。会えば、彩花だって気持ちを……」しかし、健二の沈黙の中に何か並々ならぬものを感じた智也は、本気で焦りだす。健二は彼が言い切るまで待つと、淡々と言葉を継いだ。「君の言いたいことはそれだけ?」智也は間髪入れず即答した。「言いたいことはまだ山ほどあるけど、残りは彩花に直接会って言うから!」彩花との間にはこれまでの年月と、なっちゃんという繋がりがある。直接会えれば、何もかも分かり合えるはずだし、彩花は絶対にそんな薄情な女ではないと信じている
続きを読む

第19話

彩花は嬉しそうに微笑んで言った。「あなたとお食事に行くことにしたのは、あなたとなら上手くいくかもしれないと思ったからです。それに、新しい人と出会うことは、お互いにとってきっといいことだと思いますので」彩花にとって大事なのは、相手が誰かということではなく、それよりも、彼女の過去とは関係のない人と、新しいスタートを切ることだった。しかし、健二の口から出たのは、彩花にとって全く見当違いな言葉だった。「わかりました。では、甥にもう元恋人を困らせないようにと、なるべく早く伝えておきますね」「私とあなたの甥に、何か関係でも?」彩花は眉間にしわを寄せて尋ねた。まさか、という突拍子もない考えが、稲妻のように彼女の頭を駆け巡る。彩花は目を見開いて尋ねた。「あなたの甥って……まさか、智也じゃないですよね?」健二は申し訳なさそうに頷いた。「もっと早く言うべきでした。でも、僕もたった今、確信したばかりなんです。それまでは、ただの憶測にすぎませんでしたから」二人の年齢差を考えると、彩花は少し違和感を感じた。「じゃあ、あなたが彼の叔父ということなんですね?叔父がいるとは聞いていましたが……まさか、こんなにお若いなんて」お見合い相手としては少し年上だと感じていたが、叔父という立場だと聞くと、途端に若く思えてくるから不思議だ。「ええ。智也と年はあまり離れていないので、彼からは普通に健二さんと呼ばれていますよ」健二は、彩花の疑問一つ一つに丁寧に答えてくれた。「僕も智也に彼女がいることは聞いていました。ただ、詳しい事情までは知らなくて、なにせ僕の仕事はここ深津市が中心で、ほとんどの時間をこっちで過ごしていますから」彩花は複雑な笑みを浮かべる。「仕方ないですよ。だって智也は家族に私のこと紹介する気なんて一度もなかったんですから。でも大丈夫です。すぐに、智也の彼女に会えるはずですから」智也がまだ綾香に弄ばれているのかどうかは知らないが。健二は優しい眼差しで彩花を見つめた。「これまで、たくさん辛い思いをされてきたんですね」彩花はもうすっかり立ち直っていたので、冗談めかして言った。「もう平気です。彼らにやられて、逆に強くなったくらいですから」彩花は無理にでも笑った。そして、健二も愛想笑いをしようとしたが、二人ともうまく笑えなかった。長年、誰かの身
続きを読む

第20話

彩花がなっちゃんを抱いて家に帰ると、両親は散歩に出かけていて、家の中には姉の奈津美だけだった。奈津美は単刀直入に聞く。「どうだった?あの宮崎先生。大人の男の魅力は、彩花の好み?」「うん……すごく大人だし、落ち着いてて優しい人だった。私の気持ちもちゃんと考えてくれてる。でもね、彼は……智也の叔父だったの」彩花は気まずそうに、健二の一番の問題点を口にした。すると奈津美はぱあっと目を輝かせた。「えー!そこは『でも』じゃないじゃん!考えてみなよ!もしあなたがあの人と付き合ったら、智也よりも立場が上になるんだよ?」「でも……」「『でも』なんてないの。他には何かダメなところがあった?それだけ教えてくれればいいから」彩花は黙ってしまった。奈津美は興奮したように、彩花の肩を揺さぶる。「それって、相性ピッタリだったってことじゃん!」彩花もそれは認めた。でも、やっぱり慎重になってしまう。「まだ知り合ったばかりだし。それに、もし他にも欠点があって、後から気づいたらもう遅いでしょ?すごく誠実な感じの人だから、新しくやり直すにはいい相手だと思う。でも、離婚専門の弁護士なんでしょ?別れたくなったときに、すんなりとはいかないかも……」その言葉を聞くと、奈津美は首を横に振った。「ちょっと悲観的すぎない?智也っていうクズ男が一人いたからって、他の人も同じだなんて決めつけちゃ駄目だよ。もっと勇気出して」彩花だって勇気を出したい。だが、また勇気を出して失敗したときのダメージに、自分が耐えられる自信がなかった。奈津美は彩花の不安そうな表情をじっと見つめ、真剣な顔で言った。「じゃあさ、決められないなら、なっちゃんに選んでもらえば?もしあの子が宮崎先生を気に入るなら、二人には縁があるってことだよ。もしなっちゃんが懐かなかったら、その時また考えればいいじゃない」次の日の夜、彩花が悩んだまま、なっちゃんを連れて散歩に出かけると、近所の小さな公園で見覚えのある車が停まっているのが目に入った。健二の車は彼本人と同じで、落ち着いた控えめなデザインをしている。よく見ないと、あの高級車ブランドの最上級モデルだとは気づかない。彩花は立ち止まって声をかけた。「宮崎先生。今回も、たまたま通りかかったんですか?」しかし、なっちゃんは彩花よりもずっと大喜びで、健二を
続きを読む
前へ
123
コードをスキャンしてアプリで読む
DMCA.com Protection Status