「はい」彩花は少し恥ずかしそうに言った。「宮崎さんっていうのも、まだちょっと距離があるみたいですので……健二さんっていうのはどうですか?」健二は太陽のように明るく笑った。「もちろんです。じゃあ、僕ももう君のことを鈴木さんって呼ぶのはやめますからね」呼び方が変わって、二人の距離はぐっと縮まった。なっちゃんも二人の雰囲気の変化を感じ取ったようで、彩花の前でも堂々と健二に近寄っていくようになった。その夜から、健二は鈴木家によく来るようになった。健二は彩花の両親の手料理をごちそうになったり、家に上がって電球の交換を手伝ったりすることもあった。彩花が仕事で忙しいときには、両親も健二を家に呼んで、犬の散歩をお願いすることさえあった。二人が日に日に親しくなっていくのを見て、奈津美は彩花をからかった。「どう?なっちゃんの選んだ人、なかなか良かったんじゃない?」彩花は何も言わなかった。だが、顔をそむけた彼女の口元には、隠しきれない笑みが浮かんでいる。新しい人と新しい生活を始めるというのは、案外悪くないものだった。その日の午後、健二は仕事が終わると、いつものように彩花に会うために鈴木家を訪れた。手にチョコレートケーキと、赤いバラの花束を抱えて。いつものチョコレートケーキとは違い、赤いバラの花束には、もっと深い意味が込められていた。彩花はそれを受け取ると、お返しに自分で焼いたクッキーを渡した。「ネットのレシピ通りに作ったし、焦げてないから、食べられるとは思う……」健二は宝物でももらったかのように喜んで、早速包みを開けて何枚も口に運んだ。「すごい!お店が出せるレベルだよ」今日はおやつがないとわかったなっちゃんは、そわそわと健二の周りを回り、遠慮なく前足で健二のすねをカリカリと引っ掻いた。彩花は優しく叱った。「なっちゃん!だめでしょ」健二はクッキーがバター味で犬が食べても平気だと分かると、半分に割ってなっちゃんにあげた。それから、まるで手品のように、犬用ソーセージも一本取り出す。「はい、どうぞ。なっちゃんのこと、忘れるわけないだろ?」彼の表情も眼差しも、たまらなく優しかった。こういう人とは、燃えるような恋にはならないかもしれない。でも、きっと穏やかで、一生お互いを尊重しあえる関係が築けるだろう。ほら、よく言うではない
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