All Chapters of 我が子より他人の子?産後ワンオペ妻の離婚: Chapter 291 - Chapter 300

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第291話

ドアの向こうにいたのは仁哉と奏介で、一人は淡いブルー、もう一人はシンプルな白のシャツ姿。二人が並んでいる姿は、アイドルグループさながらだった。「もう1週間も続けて残業してるよな。明日は土曜日だ。ビジネスパートナーとして、明日一日は休むように要求する」仁哉が笑いながら、そう奈緒に話しかけた。彼に言われて初めて、今日が金曜日だと気づいた奈緒は苦笑いを浮かべる。「でも、まだデザイン案が完成してないの。これだけはどうしても早く仕上げたくて」仁哉が眉を少し上げた。「焦らなくても大丈夫。仕事は休息とのバランスが大事だから。疲労が溜まりすぎると、かえってデザインの発想力を失う。これは僕自身の経験談だよ」奈緒はふっと笑みをこぼし、奏介の方へ向き直った。「先輩、今日はどうしてこちらへ?」すると、奏介が一枚の書類を奈緒に差し出した。「前に依頼してくれたゼニスビルの著作権紛争、判決が出たんだ。裁判所に十分な証拠を提出した結果、デザインの著作権が奈緒ちゃんにあると正式に認められた。今後、どの不動産会社と組むかは、奈緒ちゃんが自由に決められる」奈緒はその書類を受け取り、少し驚いた。「青木グループがこんなにすんなりと譲るなんて……このプロジェクト、あんなに大金を注ぎ込んでいたはずなのに」奏介が小さくうなずく。「それが少し奇妙なんだ。向こう側の弁護士はほとんど形式的な対応しかしなかったし、提出してきた証拠も十分とは言えなかった。まるで向こうから積極的に降りて、奈緒ちゃんに道を譲ろうとしているような……そんな雰囲気さえ感じたよ」奈緒は驚きを隠せなかった。過去の充なら、決して一歩も引かなかったはずだから。それに、あれほど青木グループが重要視していたプロジェクトを、こんなに簡単に手放すとは、予想外のことでしかなかった。奈緒は書類に目を通し、胸の中でようやく一区切りついた感覚を覚える。そしてそっと書類をしまった。「本当にありがとうございました。本当に、先輩のおかげです」奏介は笑いながら、片目を軽くつぶる。「どうやってお礼してくれる?口だけのお礼じゃ、さすがに……」奈緒は思わず笑ってしまった。「じゃあ……食事か、それともお酒がいいですか?それに、明日は休日なので、私はどちらでも大丈夫です。蛍も誘いましょうか?蛍は、先輩の熱
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第292話

このグランピング場は「月影の森」と呼ばれ、深津市のかなり辺鄙な場所に位置している。周囲から少し窪んだ地形になっているものの、その窪地は非常に平坦で、周囲を青々とした木々が取り囲み、中央には広々とした芝生が広がっていた。夜になると、芝生の中央では焚き火が燃え、木々には無数のイルミネーションが飾られる。奏介は早くから予約を済ませており、芝生の中心近くにある一番眺めの良いテントを確保してくれていた。彼らが到着した時には、屋外用のテーブルや椅子もすべて整えられており、テーブルの上には串焼き、フルーツの盛り合わせ、ドリンク、ビール、そして様々な料理がずらりと並べられていた。席につくと、奏介はすぐさま専属のスタッフを呼び、食材を焼かせ始める。現場の賑やかな雰囲気に乗せられたのか、自分の好きな音楽が流れてきたこともあり、蛍が張り切ってテントの前に進み出た。「皆さん、今夜は奏介さんがこんなにも素晴らしい場所を用意してくれたので、そのお礼として私が一曲踊らせていただきます!皆さんも、後で出し物してくださいね――」奏介がすぐに拍手して盛り上げる。「いいね!なかなか度胸があるじゃないか!」一方、奈緒は心の中で冷や汗をかいていた。蛍ったら、これは完全に自分たちへの無茶振りでは?自分が最後に人前で何かを披露したのは、大学時代のステージで歌った時くらい。考えてみれば、それから何年も人前で何かを披露したことなどない気がする。明るい性格の蛍は、そんなことも気にする様子もなく、着ていたカジュアルシャツを奈緒に放り投げ、腰を振りながら激しいダンスを披露し始めた。完全な屋外空間だったため、蛍のダンスはすぐに周囲の注目を集め、男女問わず、多くの人々が楽しそうに盛り上がり始める。遠くのテントでそれを眺めていた女性が一人。何かを思いついたように、ゆっくりとカメラを回し、奈緒たちの様子を収めた映像を誰かへ送った。美紀がその動画を受け取った時、彼女は病院にいた。数日前から続く高熱で、点滴治療を受けていた充。美紀は目を真っ赤に腫らし、ずっと充の傍を離れられずにいたのだった。こんなにも衰弱した充の姿を見るのは初めてで、この時ばかりは、美紀も本気で彼を心配していた。数日間、充はほとんど食欲もなく、ただ流動食を数口食べる程度。そのため、体重は急激に落ち、顔は
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第293話

40分後。美紀が月影の森に到着すると、どこからともなく心地よい歌声が聞こえてきた。辺りは驚くほど静かで、キャンプ場にいる人々は皆、自然と足を止め、リズムに合わせて手拍子を打ちながら、その歌声に聞き惚れている。美紀も立ち止まり、遠くに視線を向けた。たった一目見ただけで、その表情は一気に冷え切り、長く伸ばした美しい爪が、憎しみを込めるように手のひらへ深く食い込む。芝生の中央で歌っていたのは、仁哉と……奈緒だった。二人が歌っているのは、少し昔の曲ではあるものの、青春の甘酸っぱさが詰まったラブソング。一人一人出し物をしようと言い出したのは、蛍だった。蛍が芸を披露したあと、奏介も負けじと乗り出し、その場で即興の漫談を披露。皆を大笑いさせ、場の空気を一気に盛り上げた。順番が回ってきた仁哉も拒まず、得意のブラックジョークを披露する。それを見た奈緒は、すかさず便乗しておどけた表情を浮かべ、このまま簡単に済ませようとした。ところが、蛍と奏介が納得しない。「二人とも手を抜きすぎだから不公平」だと、周囲も一緒になって無理やり二人をデュエットさせることになったのだった。奈緒が昔から身につけてきたのは護身術ばかりで、歌やダンスといったものには縁がなかった。かろうじて人前で披露できるのは、歌だけ。奈緒が困っているのを見て、仁哉が代わろうと申し出た。しかし奏介は許さず、何としてでも奈緒に歌わせようと、その場のノリでこのラブソングを指定し、奈緒と仁哉は、無理やりステージに上げられたのだ。それまで二人は、お互いの歌声を聞いたことすらなかったし、相手がどんな声で歌うのかも知らなかった。ところが音楽が流れ出すと、二人の間には、仕事で息を合わせる時と同じような、不思議なほど自然な呼吸が生まれた。仁哉の声は穏やかで澄んでいて、奈緒の声は柔らかく甘い。まるで山間を流れる清らかな泉と、森の朝露が出会ったように、二つの声は自然に溶け合っていく。その場にいた全員が、いつの間にか会話を止め、二人へ視線を向けていた。リズムに合わせて手を叩き、携帯を掲げて撮影し、すぐにSNSへとアップし始める。歌が終わると、拍手が巻き起こった。蛍も手をたたきながら、笑みを浮かべた。「てっきり二人とも初心者だと思ったのに!まさかの最強コンビじゃん!息ぴった
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第294話

蛍と奏介は、飲みの場でのゲームなどをして、かなり出来上がっていた。奈緒も蛍に合わせて「そうだね」と頷き、二人でグラスをぶつけ合うと、すぐに中身を飲み干した。すると、急に意識がぼんやりしてきた。最近ずっと疲れが溜まっていたせいだと思い、奈緒は椅子にもたれかかって休むことにした。蛍もこの一杯を飲み終えると、そのまま椅子に倒れ込み、完全に意識を失った。近くで煙草を吸っていた仁哉と奏介が戻ってみると、二人の女性が椅子に横たわって眠っている姿があった。奏介が苦笑いしながら言う。「まったく、酒に弱い子たちだな……今夜の集まりは、早めに終わりそうだな」仁哉も腕時計を見て、頷いた。「ああ、そうだな」キャンプ場から車を停めている場所までは、1キロほどの距離がある。仁哉は近づいて二人を軽くゆすってみたが、相当飲んだらしく、全く反応がない。仁哉は困ったように眉をひそめ、駐車場を指さした。「奏介、一人ずつ運ぶか?」奏介は頷き、奈緒に歩み寄った。そして何気なく腰をかがめ、彼女を支えようとした瞬間――突然、目の前に腕が伸びてきて、奏介の行く手を遮る。仁哉が蛍へと視線を向けた。「奈緒さんは僕が背負うから、奏介は蛍さんを送ってあげて」奏介はすぐに意味ありげな笑みを浮かべ、仁哉の肩を叩いた。「やっぱりお前は……」仁哉は慌てて奏介の話を遮り、きっぱりとした態度で言った。「いい加減な憶測はやめてくれ。奈緒さんの噂にでもなったら大変だろ?男は多少誤解されたところで大したことじゃない。でも、女性は一度悪い噂を立てられたら、一生消えない傷になることもあるんだから」奏介もすぐに真面目な顔で頷く。「了解。これからは気を付けるよ」奏介は横に回り、蛍の小さな体をひょいと軽々抱き上げた。162センチの蛍は、180センチ超えの奏介に抱かれると、子供のように小さく見える。体が持ち上げられた衝撃で蛍がかすかにうめき、反射的に奏介の首に腕を回した。まだ少し意識が残っていて、目を開けて状況を確認しようとしたのだが、瞼があまりにも重く、どうしても開けられない。仁哉も奈緒を負ぶった。まどろみの中で奈緒は、まるでブランコに揺られるような不思議な心地よさを感じていた。なんだか、懐かしい感覚だ。しかし、何か言おうとしても言葉が出ず、
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第295話

あまりにも突然の出来事だった。「……っ!」仁哉は一瞬にして頭が真っ白になった。脳の回路が完全にショートしたように、何も考えられなくなる。女性の柔らかな唇が自分の唇へと近づいてきて、あと少しで触れてしまう……その瞬間、仁哉の心臓は激しく波打ち、呼吸が乱れた。パニックになりながらも、仁哉は奈緒を強く押し返し、その手首を力任せに押さえつけた。危ない!あと少しで、本当にキスしてしまうところだった。仁哉はまだ動揺が収まらず、荒い呼吸を繰り返しながら、何度も唾を飲み込む。しかし、奈緒がまだ迫ってきていたため、仁哉はやむを得ず力を込め、彼女の手首を頭の上で押さえた。意識が朦朧としている奈緒の顔は、異常なほど赤く染まり、目は閉じたままなのに、身体だけが絶えずもがいていた。二人があまりにも至近距離だったため、仁哉は奈緒の体温が異常なほど高いことに気づく。おかしい、これは何かがおかしい……いくら酒に弱くても、酔っただけなら眠り込むか、せいぜい吐くくらいで、こんな状態になるはずがない。まさか、先ほど席を離れている間に、誰かが自分たちのグラスに何かを入れたのでは?そう確信した仁哉は、急いで携帯を取り出し、奏介に電話をかけた。奏介の車内では……蛍は、すでに奏介の上にまたがっていた。まるで獲物を見つけた小さな猛獣のように、彼の顔や首筋へ夢中で口づけを繰り返している。奏介のシャツのボタンは全て外され、蛍の手が、彼の鍛え上げられた胸筋や腹筋を自由気ままに撫で回していた。そして、蛍の手がさらに大胆な場所へ伸びようとした瞬間、奏介は驚きのあまり、一瞬はっと息を呑み、低く掠れた声で悪態をつく。「くそっ」必死に蛍を突き放そうとした。しかし、離そうとすればするほど、蛍がさらにしがみついてくる。彼女の小さな舌が何度も彼の唇をこじ開けようとしていた時、奏介の心の中では、激しい葛藤が渦巻いていた。今の若い女の子って、こんなに大胆なのか?少し酒を飲んだだけで、ここまで積極的に?確かに自分は普段、口が軽くて冗談も多い。でも、無茶苦茶なことをする人間ではない。仮に何かあったとしても、最低限のルールは守る。身近な女性には手を出すな……それだけは、ずっと自分に言い聞かせてきた。だが、今この瞬間、襲われているのは自分の方。奏介は完
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第296話

顔を火照らせ苦しげにもがき続けている奈緒を見つめる、仁哉の黒い瞳の奥に、一瞬だけ深い心配の色が浮かんだ。けれど、今の自分にできることは何もない。ため息をつき顔を上げた瞬間、ちょうど視線の先、少し離れた場所に、細身の人影が立っているのが見えた。駐車場の照明は暗く、顔までははっきり見えない。だが、女性であることは分かった。そしてその顔には、不気味な笑みが浮かび、手には携帯が握られていた。その瞬間、仁哉は頭を殴られたかのような衝撃を受けた。さっき奈緒の様子を確かめるために、自分は車内のライトをつけてしまった。つまり、あの人物がずっとカメラを回していたなら、先ほどの自分たちが揉み合う様子は、全て録画されている。あの女こそ、酒に薬を盛った人物だ。そう気づいた瞬間、仁哉は勢いよく車のドアを開け、素早くその方向へ走り出した。しかし、周囲を見回しても、まるで、最初から誰も存在していなかったかのように、先ほど女性が立っていた場所には誰もいなかった。自分の見間違いか?いや、そんなはずはない。顔はよく見えなかったが、間違いなく女がいた。仁哉はすぐに周囲を探し回ったが、すぐそばのキャンプ場から、変わらず楽しげな音楽と笑い声が聞こえてくるだけ。捜索を諦めて戻ると、そこへ奏介が息を切らして駆けつけてきた。奏介は両手を膝につき、力なく吐き捨てる。「危ねぇ。危うく喰われるところだった」奏介の姿を見た仁哉は、思わず息を呑んだ。奏介の首には、いくつもの赤いキスマーク。そして、シャツは完全にはだけていて、そこには口紅の跡までつき、髪もぐしゃぐしゃ。本当に、命からがら逃げてきたという様子だった。二人は顔を見合わせ、同時に苦笑いを漏らす。奏介が言った。「ほらな。俺の方が魅力があるって言っただろ?お前なんて無傷なんだから」仁哉は睨み返す。「くだらないこと言うな。僕の方が体力があっただけ」「俺と体力勝負?さっきは手を出さなかっただけだ。本気だったら、1時間じゃ足りないくらい楽しませられたぞ」仁哉は呆れた。「もし君が本気を出していたら、僕たちはもう友達じゃない」奏介が笑う。「でも、蛍ちゃんは昔から俺のことが好だろ?もしかしたら、間違いをそのまま受け入れて、一夜を共にしたかったのかもしれないぞ?」仁哉は溜め息をつく。
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第297話

送られてきたのは、一本の動画。画面の中では、男女が車内で激しく揉み合い、女の腕が男の首に巻きつくと、男はそのまま女の上に覆い被さった。わずか1分程度の動画だったが、車のナンバーと男女の顔まで鮮明に映り込んでいる。それはまさに、先ほどの仁哉と奈緒の映像だった。動画は見知らぬ番号から送られてきていた。おそらく、先ほど彼の車の近くに立ち、携帯を向けていた女が撮影したものだろう。仁哉の表情が一瞬で冷え切った。彼は細長い指で素早くキーボードを打ち、一言返信をする。【目的は何だ?】相手からの返信はすぐに届いた。【あんたとその女を地獄に落とすこと。仁哉、これであんたも終わり】冷徹な冷たい瞳に、凄まじい殺気が浮かぶ。そして、ある推測をした。【誰だ?】しかし、相手から答えは得られず、薄気味悪いスタンプが一つ送られてきただけ。仁哉の顔色が変わる。異変に気づいた奏介が彼に問いかけた。「仁哉、どうしたんだ?」仁哉は携帯を奏介に見せ、溜息をついた。「どうやらはめられたみたい。奏介、あのキャンプ場に監視カメラってあるかな?そこの管理人とは知り合い?」動画を確認した奏介は、鳥肌が立って思わず声を漏らした。「うわ、最悪」そして頷く。「管理人とは連絡がつく。カメラもあるはずだから、聞いてみるよ」奏介がすぐさま管理人に確認すると、管理人は、キャンプ場にカメラを設置していると答えた。ちょうど蛍の両親が病院に駆けつけてきたので、事情を話した上で蛍と奈緒を二人に任せ、仁哉と奏介はすぐにキャンプ場へ向かった。ふと奏介は、仁哉と煙草から戻った時、蛍が自分の席に座っていたことを思い出した。つまり蛍は泥酔していて、間違えて仁哉の飲んでいた酒を飲んでしまったということ。この計画は、最初から仁哉と奈緒を狙ったものだったのだ。仁哉は最近離婚したばかりだし、奈緒も充との離婚が正式には成立していない。だから、もしこの動画が世に出れば、彼ら二人は非難の嵐に晒されるだろう。これは仁哉たちを社会的に抹殺するために、計画されたもの。何より、この動画には顔も車のナンバーもくっきりと映っているため、言い訳の余地が一切ない。一体誰がこんなことを?まさか充が、未練ゆえの恨みで仁哉たちを破滅させようとしているのか?そこまで考えたとこ
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第298話

動画が仁哉と奈緒が歌っている場面に差し掛かったとき、仁哉の視線がキャンプ場の入り口に止まった。そこを指差して、仁哉が言う。「そこを拡大してください。そう、その女です」キャンプ場の管理人が動画を拡大した。ぼんやりとではあるが、確かに顔が見える。その女を一目見るや、仁哉の瞳に鋭い光が走り、彼は瞬時に立ち上がった。「奏介、この女の映像をすべて切り出して、証拠として残しておいて。誰がやったのか分かった。今すぐ問い詰めに行ってくる」仁哉は振り返ることもなくその場を飛び出して行き、奏介の視界からその背中はあっという間に消えた。奏介はあんぐりと口を開けたまま、モニターの中の女を見つめた。この……この女?普通の女にしか見えないし、画質も粗く、顔なんて見えやしないのに。これだけで誰か分かったのか?さすが設計をやっている人間は違うな。観察眼が鋭すぎる。奏介は心の中でつっこみながらも、素直に仁哉の命令に従って黙々と作業を始めた。仕方ない。仁哉が本気になった時は、このやり手の弁護士ですら怯んでしまうほど怖いのだ。奏介はかなりの時間をかけ、その女のキャンプ場での行動履歴を追跡し、証拠を固める。そして調べた結果、自分たちがテントを離れた際、その女が確かに自分たちのテントへ近寄ってきていた。そしてその後、すぐに立ち去っている。テントに遮られて決定的な瞬間こそ映っていなかったが、この女が怪しいという仁哉の直感は正しかったようだ。……美紀はあの動画を手に、充の病室へ向かっていた。深夜にもかかわらず目を開けたまま、うつろな目で天井を見つめていた充。奈緒との離婚が迫っていることを思い出すだけで、呼吸は乱れ、胸が締め付けられるように痛む。充は仕事でも恋愛でも、容易く諦めるような男ではなかった。だが、今はどうしようもない現実が目の前にある。奈緒の冷たい態度は、毎日少しずつ彼の心に突き刺さる棘のようで、抜くこともできないし、飲み込むこともできない。ただ、痛みだけが残り続けるのだ。すべてのプライドを捨て、奈緒の家の前で3日間も跪いた。それも、あれほどの豪雨の中で……奈緒が見ていないはずがない。万が一見ていなかったとしても、家には使用人もいるのだから、奈緒に伝えているはずだ。それなのに、奈緒は一度として姿を見せなかった。
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第299話

充の鋭い視線が、美紀に向けられた。その表情には、明らかな苛立ちが滲んでいる。「こんな夜中に、わざわざそんなくだらない話をするために来たのか?」美紀への苛立ちは、もう何日もかけて充の中に積み重なっていた。特にこの入院生活の間、充は何度も何度も、奈緒が出産する前後に起きた出来事を頭の中で振り返っていた。もしあの日、美紀が転んで帝王切開などになったりしなければ、自分は海外の仕事など放り出して、すぐに奈緒の側に向かっていたはずなのに。その後もそうだった。美紀が産後の時期にわがままを言い続けた。悪夢を見たから来てほしい、産後うつで死にたい、離れないでほしいと泣きながら自分を何度も引き止めた。そんな彼女を心配したせいで、自分は結局、奈緒の産後の大切な時期をほとんど一緒に過ごせなかったのだ。今になって冷静に考えると、仁哉や奈緒との関係が壊れたのには、美紀の存在が大きく影響していると思う。そして今また、彼女は栗原家で大きな問題を起こし、自分をどうしようもない混乱の渦中へ引きずり込んだ。もし幼い頃からの付き合いがなければ、とっくに美紀のことなど相手にしていない。そんな充に向かって、美紀は携帯を突き出し、録画していた映像を再生した。充はベッドの背もたれに寄りかかったまま、何気なく画面へ視線を向ける。しかし、ほんの一瞬見ただけで、彼の漆黒の瞳が急激に沈んだ。次の瞬間、充は携帯を奪い取り、画面を食い入るように見つめた。ほんの数秒の間に、彼の表情は疑惑から驚愕、そして怒りへ。そして最後、その怒りは凄まじい憎悪へと変わっていった。充は携帯を粉砕しそうなほど強く握りしめ、目を血走らせる。「美紀、この動画……どこで手に入れたんだ?」「私もその場にいたから、私が自分で撮ったの。奈緒さんと仁哉は車の中で、抱き合って、キスまで……それに、電気まで点けてたんだから。誰かに見られることも、どうとも思ってなかったみたい。本当に、最低だよね……」充は青ざめた顔で美紀の肩を激しく掴んだ。「ありえない!俺と奈緒はまだ離婚も成立していないんだ。奈緒がそんなことをするわけないだろ?!奈緒はそんな節操のない人間じゃないし、仁哉だってそんな男じゃない!」理性を失いかけていた充は、怒りに任せて点滴の針を引き抜くと、ベッドから降りようとした。美紀は慌て
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第300話

美紀はすぐに携帯を取り出すと、急いでSNSの検索画面を開く。これも、彼女の計画の一部だった。奈緒と仁哉が一緒に歌っている動画は、すでに美紀が裏で操作したことで、トレンド入りしていた。美紀の瞳に、一瞬邪悪な色が浮かぶ。その動画をタップし、充に見せつけた。画面の中で歌う二人を見て、充の胸の奥は張り裂けそうなほど痛んだ。顔を覆う充の指の隙間から、一滴の涙がぽとりと落ちた。奈緒が青木家を苦しめ、株価を操作し、雨の中でひざまずく自分に見向きもしなかった……そんなことはまだ受け入れられた。でも、離婚が成立する前から他の男と堂々とスキンシップをとり、逢瀬を楽しむなんて。この映像は、本当の意味で充の心をずたずたに切り裂いた。充は深く息を吸い込んで呼吸を整える。そして、ぼやける視界で、もう一度静かにその動画を見つめた。自分は奈緒とこんなふうに、大勢の前で一緒にラブソングを歌ったことなど一度もない。だが、奈緒の歌声を聴いたことはあった。それは、奈緒が青木グループに加わった1年目の忘年会。奈緒は同僚たちによって、半ば強引に舞台へと上げられた。当時の奈緒は今よりずっと華奢で、舞台の上に立つ姿は、冷たく澄んだ、まるで蕾のまま咲こうとしている雛菊のようだった。誰もが彼女は緊張すると思っていた。しかし、彼女は洋楽の伴奏をリクエストすると、堂々と歌い始めたのだ。最初は少し探るようだった声が、次第に力強く広がっていく。まるで雪の中で凛と咲く白梅のように、すべての束縛を振り払い、自由を求める強さと決意を歌に乗せていた。その歌声は、そのまま充の心へも突き刺さった。充は奈緒から視線が離せず、そして曲のクライマックス……彼の心の奥深くにあった何かが、強く揺さぶられた。あの夜、充は「奈緒」という名の、歌声に強き意志を宿した短髪の女性を胸に刻み込んだ。今、動画の中で響く、澄んだ美しい歌声。色鮮やかなライトに照らされ、まるで花のようにキャンプ場に咲き誇る奈緒。それは、どこか懐かしくて、同時にあまりにも遠い存在に感じられる。こんなにも鮮やかで、美しい歌声を持つ女性は、自分の妻だというのに――別の男と共にラブソングを歌っていた。その動画を見れば見るほど、歌詞のひとつひとつが鋭いナイフとなって充の心を切り裂いていく。動画を見終えた充は、耐えきれず衝動的
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