我が子より他人の子?産後ワンオペ妻の離婚 のすべてのチャプター: チャプター 71 - チャプター 80

100 チャプター

第71話

そう思って、仁哉の視線が美紀を追い越して、ベビーシッターの腕の中にいる赤ん坊に向いた。その時ばかり、彼の冷たかった瞳の奥に、ようやくわずかな柔らかな光が灯った。仁哉は歩み寄るとその子を受け取り、腕に抱いてしばらく見つめていたが、思わず眉間にしわを寄せた。「なぜまた寝ている?起きている時はないのか?」帰国してからというもの、仁哉が子供部屋に行くたび、裕弥はいつもぐっすりと眠っていたのだ。ベビーシッターは言葉を濁した。「乳幼児というのは一日の大半を眠って過ごすものでして……これが、ごく普通のことなのです」普通か?仁哉の胸中に疑念がよぎったが、特に何も言わず、ただ不機嫌そうな面持ちで、裕弥をベビーシッターに返した。それから、背を向けて入口に向かった仁哉だが、その間、一度も充を見ることはなかった。二人は幼い頃から一緒に育った、何でも話せる仲だったはずなのに。子供時代、夏休みの野外活動では必ず二人でグループを組んでいた。野外サバイバルに共に挑み、スポーツを楽しみ、海外の大草原に動物の渡りを見に出かけたこともあった。現地で撮影の最中、仁哉が毒ヘビに狙われた時も、充が即座に反応してバッグの予備のクロスボウを取り出し、そのヘビの喉元を2本の矢で正確に射抜いたのだ。おかげで、その矢は喉を貫いてヘビを仕留め、結果として仁哉の命を救った。のちに、海外での大事な商談の際、相手の仕組んだ罠により、あわや充が銃殺される危機が訪れた時もあった。その際も、異変を先に察知した仁哉が、瞬時に充の体を引き寄せて彼を危機から救ったのだ。当時、銃弾は軌道を逸れ、あわや充の耳元をかすめたくらいだったから、まさに奇跡的な救助だった。その時負った傷は、今も耳に消えない痕となって残っているのだ。様々な経験を経て、二人はお互いに命を預け合ってきた絆を持つ兄弟同然の仲だった。充にとって、仁哉は間違いなく本当の兄弟のような存在だ。だが今、遠ざかる仁哉の背中を見ていて、充は言いようのない違和感に打ちのめされた。いつから自分たちはこれほど他人行儀になってしまったのか?「仁哉」仁哉がドアを開けるのが見え、充は思わず駆け寄り、ドア枠に手を添えて彼の目をじっと見つめた。すると、ようやく仁哉が瞳を上げ、充に淡々とした視線を向けた。「ああ」
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第72話

二人が言う「いつもの場所」とは、旧市街の文化横丁にある秘密のプライベートなワインセラーだ。もともとは拓也の実家が酒蔵として使っていた場所だ。改装してビリヤード台を入れ、スピーカーや大きなモニターも設置したため、彼らのたまり場となっていた。ここには世界中から取り寄せた、一般には流通していない名酒が揃っている。防音の重い扉を押すと、ウイスキーの香りと古びた樽の匂いが鼻を掠めた。二人は前後になって奥へと進み、隅っこのボックス席に座った。だが、席についても、二人はすぐには言葉を交わさなかった。常連客である二人に店員は丁寧にお辞儀をし、未開封のマッカラン30年と氷、軽いおつまみを置いて静かに去った。充はグラスに並々と酒を注ぐと、半分を一気に喉に流し込んだ。辛い液体が喉を通る熱さを感じて、ようやく胸のつかえが幾らか和らいだ。グラスを置き、琥珀色の液体をじっと見つめながら、充は口を開いた。「仁哉、俺に聞きたいことはないのか?」仁哉は冷ややかな目でグラスに一口つけ、「特にない」と答えた。充はきょとんとした後、自嘲気味に口角を歪めた。「昔はここで、肩を並べて朝まで飲み明かしたものだろ?どうして今は、そんなに口数が少なくなったんだ?」仁哉は喉を軽く鳴らし、「昔は昔さ。すべてが変わってしまったのさ」と言った。その冷たい一言に、充は胸をきゅっと鷲掴みにされたかのようで、彼は少し目を見開いていた。「すべてが変わった?まさか、ネットに出ている根も葉もない記事を信じて、美紀と俺の間に何かが……と本気で思っているのか?」しかし、充はそれ以上は続けられず、言葉に詰まった。その話題を切り出されるたび、自分には弁明する余地すらないように感じてしまう。まるで、あらぬ濡れ衣を着せられたようで、なんとも惨めな気分になるのだ。仁哉は告げた。「ネットの内容なんて興味ない。僕は自分の目で見たことしか信じないから」充は息をのんだ。「さっきのことか?美紀が頭痛と胸の苦しみを訴えたから、マッサージをしてやっただけだ。それくらいのことで……疑っているのか?」そう言いながら、充はますますやりきれない気持ちになった。「奈緒が誤解するのは分かる。俺と美紀がどう育ったかを知らないからな。だが、仁哉……お前と俺は長年の付き合いなんだろ?俺が美紀に対し
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第73話

「俺は、潔白だ。ずっと誠実であり続けてきたし、誰かに後ろ指をさされるようなやましいことは一度もしたことがない。神に誓ってもいい!奈緒が俺を誤解するのはともかく……まさか、長年の親友であるお前にまで、人間性を疑われるなんて、信じられないよ!」ついに、充の話を聞くに堪えなくなった仁哉は、立ち上がると冷めた目で言い放った。「いい加減、自分の問題点に気づけよ。自分を見つめなおせない君とはもう、話すこともないな」これ以上会話を続けても意味がない。そう悟った仁哉は、それ以上話し合うのを諦めた。仁哉が背を向けて立ち去ろうとすると、後ろから充が怒鳴る声が響いた。「おい仁哉!俺のどこに問題があるっていうんだ?美紀の妊娠中は俺がずっと支えてやったし、産後ケアの期間だって守り続けたぞ。自分の娘のおむつ替えもミルクも一度だってせず、生まれた顔すら見ていないのに、俺はお前の子供のために、最初のオムツを替え、抱っこし、産後ケアの準備もしてやった。お食い初めまで祝ってやったんだぞ。ここまで尽くしてやってるのに、悪く思われるなんてどういうことだ?奈緒とお前は、いつからそんなに訳が分からなくなったんだ?」酔いに任せて、充は胸に溜め込んでいた苛立ちをすべてぶちまけた。充からすればすべてはあらぬ濡れ衣のように思えた。美紀との間に何もやましいことなんてない。それなのに、なぜこうなってしまうのか?事態は、なぜこんなにおかしくなってしまったのか?身に覚えのない汚名を着せられ、弁解すら聞いてもらえない今の状況が、充には苦痛でしかなかった。仁哉は歩みを止めた。本来ならもう言い争いたくはなかったのだが、どうしても充の言うことが聞き捨てならなかった。そして、彼は振り返らず、淡々とした口調で言い返した。「充、それこそが問題なんだよ。君がしたことは、根本的に優先順位が間違っている。美紀と裕弥を、自分自身の奥さんと娘さんよりも優先させている。それが最大の問題だろう?何が大切で何が大切じゃないか、自分でよく考えてみろ。それがわかれば、自分がいかに的外れだって理解できるはずだ」そう言い捨て、仁哉は足早にその場を後にした。充はその場に呆然と立ち尽くした。仁哉の言葉は、鋭い刃のように充の胸に突き刺さったのだった。仁哉の冷静な一言によって、自分が
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第74話

深津市にある、大型ショッピングモールの洋服店。お風呂上がりでご機嫌な黎は、ベビーカーですやすや眠っており、それを香織が押しているのだった。その傍らでは蛍が、奈緒に付き添って服を選んでいた。出産してから体型が完全には戻らず、前の服は小さくなってしまった。奈緒は新生児との新生活に向けて、一気に新しい服を買い揃えるつもりだった。オシャレをしようとする奈緒の姿を見て、蛍は大喜び。店内を走り回っては、似合いそうな服を見つけてきては試着を促した。こうして、いつの間にか、奈緒の手には大量の服が抱えられていた。彼女はカードで思い切って支払った。残高のことなんて、これっぽっちも気にしていなかった。「身内」から贈られたお金は全部黎に貯金してあげようと手は付けていない。それでも、彼女自身の収入だけでも、ここ数年で結構稼いだから、十分賄えた。前に充から渡されたカードはというと、たった1日で止められてしまった。予想通りの結果に彼女はただ笑って流すだけだった。どうでもいい。今の自分は特にお金に困っているというわけでもないのだから。付き添いの蛍はニコニコしながら、彼女を讃えてあげた。「奈緒、子どもを産んでから、ずいぶん雰囲気が変わった。すごく優しくなったよね。前よりずっと素敵。少し髪を伸ばしてみたら?ショートヘアもいいけど、鎖骨くらいまである長さが絶対に似合うと思う。今くらいの感じがちょうどいいよ。前は痩せすぎてたもん、これくらい肉がついた方が健康的に見えるよ」奈緒は目を細めて笑った。仕事を辞めてから、気持ちがすごく軽くなっていた。授乳も終わり、もう乳腺が張るあの痛みと戦わなくてよくなったし、何より、ぐっすり眠れることを何よりも幸せに感じるのだ。真司もどこから手に入れたのか、充が取り上げたものよりも希少で高価な栄養サプリを持ってきてくれた。香織が作ってくれた、栄養がある食事も、食べると全身に力がみなぎって体力がみるみる回復していった。ここ数日の休息で血色も良くなり、結婚前よりずっと調子がよく、肌も透き通っていて薄化粧すら必要ないくらいだ。「体力が回復したら、運動も始める予定なの。夕凪の丘には専用ジムがあって、トレーナーもいつでも呼べるから」それを聞いて、蛍は羨ましそうに目を輝かせた。「うわ、これぞセレブな奥様
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第75話

そこまで話すと奈緒は目を閉じ、その表情には一瞬切なさと苦痛が滲んだ。「これからの人生、黎と二人だけで十分。あんな苦しみをもう二度と味わいたくないし、あんな男も二度とごめんだわ」会話の内容が途端に重くなり、奈緒にはまだ言えなかったことがあった。実際、出産や産後ケアの時期において、夫の労いこそ妻にとって最も大きな支えである。それは女性にとって、心身ともに最も過酷な時期だから。それを乗り越えるのには、献身的なサポートを必要としているのだ。しかし、その最も辛い時期に奈緒のそばには誰もいなかった。すべて一人で耐え抜いてきた。だから、奈緒はどうしても充を許せないでいた。蛍が目を丸くして聞いていると、試着の着付けを手伝っていた店長も思わずため息をついた。「お産は本当に大変なことですよね。自然分娩の痛みや帝王切開の傷、特に産後初めての排泄時の痛みは、もうこの世の終わりかと思うほど辛いものです」蛍は驚いて口をふさいだ。「嘘でしょう?そんな話を聞くと怖くて子供なんて産みたくなくなります!大げさじゃない?」店長は苦笑しながら続けた。「だから男性が出産前どれだけ優しさを見せても当てになりません。出産という壮絶な現場で、その醜い姿をすべてさらけ出した後も、変わらずに大切にしてくれる人こそ本当に愛してくれる相手なんです」そう話しているうちに、店内の女性客や店員たちもこの話題に興味津々で、あちこちで盛り上がるようになっていった。そこで、ある女性客が夫の優しさを自慢し始めた。「そういった面からいうと、うちの旦那は良くやってくれてます。トイレの時もずっと支えてくれるし、悪露の始末もやってくれました。私が食べ残したご飯まで食べてくれるし、脚のむくみマッサージや授乳の手伝いまでしてくれました……」すると、もう一人の女性客が間髪入れず話し出した。「分かります!うちもです。夜通しで私が寝られるように、夫が夜泣きの対応を全部代わってくれたんです。子どもが起きると彼はすぐに連れていって、とにかく私をゆっくり休ませようとしてくれたんです」「……」こうして、話題は出産の壮絶さから、いつの間にか旦那の自慢大会に変わっていた。最初は楽しそうに聞いていた奈緒だが、やがて黙り込み、淡々と洋服選びを再開した。それに気づいた蛍は、慌てて話題を切り上
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第76話

どこかで聞いたことがある声だった。奈緒が顔を上げると、黒いラフな服装の男が、堂々と店に入ってきた。彼はすらっとした立ち姿で、肩幅が広くウエストも引き締まっていて、180センチはある高身長で、際立った雰囲気は、店の明るい照明さえも霞ませるほどだった。男は、間違いなく仁哉だった。奈緒は少し驚いたが、挨拶をした。「仁哉さん、こんにちは」二人は同じ業界で、仕事上の付き合いもあったため、この時お互いを名前で呼び合っていた。仁哉は軽く頷くと、言葉を発する前に視線を動かし、奈緒の後ろにあるベビーカーに視線を向けた。ちょうど黎が目を覚ましたところだった。泣き声を出すこともなく、その丸い瞳をくりくりと動かし、周囲を興味深げに見渡しているのだった。黎の愛らしさに引き寄せられた仁哉が近づき、屈みこんであやすと、黎はすぐに応えるようにして笑顔を見せた。白くてぷっくりした小さな手をベビーカーの中でバタつかせるその姿は、まるで精巧なお人形のようだった。「なんて可愛いお子さんでしょう。透き通るような白さですね。名前はなんていうのですか?」奈緒は振り返り、優しく黎を見つめた。「酒井黎よ。夜明けの意味です」それを聞いて、仁哉は明らかに少し動揺した様子を見せたが、彼もそれ以上追及はせず、軽く微笑んで言った。「素敵な名前、響きもいいですね」奈緒は微笑んだ。その傍ら、蛍は完全に固まっていた。彼女は仁哉の稀に見る美貌に圧倒されてしまったのだ。蛍は奈緒に寄り添い、彼女の腕を小突いて、唇の動きだけでこっそりと問いかけた。「この人、栗原さんだよね?」奈緒は頷くと、微笑みながら紹介した。「仁哉さん、改めて紹介します。こちらは私の親友の蛍、インテリアコーディネーターですよ」仁哉は軽く頷き、自分から手を差し出した。「蛍さん、はじめまして」蛍は目を輝かせたまま数秒間固まったあと、ようやく我に返って手を差し出した。「は、はじめまして!ずっと前から噂は聞いていましたよ。大学でもあなたは伝説的な方でしたので。本当に、噂通り……素敵な方なんですね!」蛍は思わず「かっこいい」と言いそうになったが、あまりに浮かれていると思われないか心配し、言葉を飲み込んだ。そんな様子にも慣れているのか、仁哉は軽く笑うだけだった。「そんな、褒めすぎ
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第77話

そして、仁哉は手元の時計をチラリと見て言った。「少し用事があって、先に行きます。後はゆっくり楽しんでください。また今度」奈緒と蛍が慌ただしく別れを告げると、仁哉はすかさず背を向け、颯爽とした足取りでその場を去った。蛍は驚愕して口を塞ぎ、信じられないというような感嘆の声を上げた。「今の見た!?超カッコよかったんだけど!目鼻立ちも輪郭も髪も肌もスタイルも、醸し出す雰囲気も……何もかもが奇跡的なレベルのイケメンよ。美紀さんはどんだけ強運の持ち主なの?あんな旦那さんと結婚して、子供まで授かるなんて!本当神ってる!あんな人の奥さんになれるなら、私だったら毎日死ぬほど尽くすわよ。何を言われてもその通りにするし、毎日が楽しみで、夜も待ち遠しくて、一緒に過ごす時間を1分1秒たりとも無駄にしたくないだろうね」「……」それを聞いて、奈緒は呆れたように蛍を見やり、困ったような苦笑を浮かべた。「蛍、ちょっと落ち着きなさいよ。熱くなりすぎだって」蛍は声を張り上げる。「いやいや、あれほどのイケメン、冷静でいられるわけないじゃない?デビューしたら、そこらの芸能人にだってきっと負けないはずの人気ぷりよ!」奈緒は蛍のそんな浮かれた振る舞いに、とっくの昔に慣れっこになっていた。何しろ蛍はイケメンを見るたびに、いつも舞い上がってしまう癖があるから。それより奈緒は、仁哉が黎に何を渡したのか気になり、小さな袋を開けてみた。中には小さな赤い小箱が入っていた。たかが小物だろうと思っていたら、蓋を開けた瞬間、そこには色艶の完璧なルビーのアンティーク調ブローチが収まっていた。手のひらに乗せるとその深い赤は、透明感にあふれ、見栄えのしない小箱すらも気品高く変えてしまうほどだった。奈緒は多少はアクセサリーの知識があったので、これほどの質のものならかなりの高値がつくと直感した。普通の人の給料が数年分吹き飛ぶレベルだ。高すぎる……仁哉がここまで太っ腹だったなんて、奈緒は思わなかった。「奈緒、私、アンティークのアクセサリーはたくさん見てきたけど、こんなに美しいルビーなんて……なかなかお目にかかれないわよ。輝きも凄まじいし、色味も素晴らしい。なによりデザインが抜群に優れているよね。ああ、さすがは我が憧れの方、こんなに素敵で、プレゼントまで粋だなんて……もう
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第78話

そうした後、美紀が得意げになっていると、不意打ちのように自分自身のスキャンダルがトレンド入りしているのを目にするのだった。今度のトレンドはただの噂話ではない。充が美紀につきそっている数々の証拠写真が公開されていたからだ。それと同時に、奈緒が妊娠中に一人で健診に行き、一人で出産し、病院で大量出血した時にも身内がいなくてサインできず、産後ケアまで一人で乗り切っていた数々の写真と事実が、全てさらけ出されていた。ちょうど、青木グループの広報が、必死になって以前のネガティブな記事を隠蔽しようとしていたところだった。やっと一息つこうとした矢先、この重い一撃で社員たちは残業をして、投稿の削除、書き込みの監視、情報の沈静化に追われた……しかし、誰かが裏で必死に操っているかのように、この話題が収まる気配はなかった。ネット上で美紀と充は、ボロクソに叩かれて炎上していた。画面上のひどい言葉の数々や罵詈雑言を見て、美紀は激怒し、全身を震わせていた。当初、奈緒にそれらの写真を送りつけた時は、ただスッキリしたいと思っただけだった。奈緒は気弱だから何をしても抵抗せず、黙って耐えるだけだと高を括っていたのだ。ところが、今となってはそれらの写真が一枚も欠けることなくトレンドに晒されていた。それどころか、産後ケアの施設で充が署名し付き添った全ての記録までもが、公的書類として公にさらされてしまった。あの頃の美紀がどれほど傲慢な姿勢をとっていたか、今は、それだけ凄まじい返り討ちとなって襲い掛かってきているのだ。ネット上は完全にそのスキャンダルで持ち切りだった。【#青木グループの社長夫人が孤独に出産。夫は従妹とのんきにデート】【#速報。青木社長とその従姉妹の隠された関係】【#女の敵は女。財閥の裏は深いから嫁ぐのは気をつけよう!】【……】次から次へと関連キーワードがランキングを駆け上がっていく。それを見た美紀は発作的に全身をけいれんさせ、激しい憤りで心拍が速まり、理性を失った彼女は奈緒の番号に電話をかけた。奈緒が電話に出ると、美紀は受話器越しに悪態をついた。「殺してやる!よくもあんな写真を全部ネットに流したわね。度胸があるんじゃない?生意気な真似をして、只じゃ済まさないからね!覚悟してなさい、必ず……」美紀は血圧が急上
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第79話

充からの要求は二つあった。一つは娘に会いたいということ、もう一つは、今どこで誰と暮らしているのかを明かしてほしいということ。でも、奈緒はそのどちらの要求も受け入れる気がなかった。奈緒は迷わずスマホの電源を切ると、夕凪の丘で1週間の引きこもり生活を送ることにした。誰とも連絡を絶ち、ひたすら静かに過ごした。その1週間、青木グループの株価は暴落し、メディアでは美紀と充が非難の的となり続けていた。それに対し、奈緒は深津市最高級の邸宅に籠り、黎と一緒に穏やかな日々を満喫していた。その間、奈緒は身も心も解放され、晴れやかな気持ちで毎晩ぐっすりと眠れた。1週間後、奈緒はある大事を果たすべく動き出した。黎の戸籍を入れる手続きだ。本来は、蘭がS国から戻り、戸籍謄本を持ってからにするつもりだった。しかし、蘭からの返事は一切なく、いつ帰るのかも全く分からなかった。奈緒の性格上、やりたいと思ったらすぐにでも行動せずにはいられなかった。そこで奈緒は、顔が広く人脈も太く、どんなことでも解決できる弘樹に頼ることにした。奈緒は弘樹に連絡し、黎を自分の戸籍に入れるため、何か裏技がないかと相談をした。さすがの弘樹は頼りになる。彼は電話一本であっさり手はずを整え、最低限の書類を持って、自分の知り合いのところへ来るようにと伝えてきた。奈緒は必要なものを持って出かけ、待ち合わせの場所で弘樹と落ち合った。手続きは全て順調に進み、30分後には全ての書類が整った。真新しい戸籍謄本を持って、二人は窓口から出てきた。「弘樹、ありがとう。今夜はお礼に食事でも奢らせて。蛍も誘って」と奈緒が笑った。すると、弘樹は髪を払ってこう答えた。「それじゃ遠慮なく。最近オープンした美味しい店があるんだ、そこにしよう」奈緒は自分の車を使わず、そのまま弘樹のロールスロイスの助手席に乗った。目的地に着くと、弘樹は紳士的に車のドアを開け、奈緒の頭に手を添えてエスコートした。その光景を、ちょうど自分の車から降りた充が目撃していた。高級車から降りた二人の親しげな姿を見て、充の頭には美紀から送られてきた写真が過った。二人は本当にただの友人なのか?そう疑念が湧いた瞬間、充に怒りが込み上げてきた。彼は冷たい目線で二人が笑い合いながら店へと消えていくまで、その後ろ姿を
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第80話

これに対して、奈緒は黎の入籍が無事に済んだ喜びに浸っていて、充が現れたことに全く気づいていなかった。彼女は弘樹と冗談を言い合い、二人はとてもリラックスした状態で楽しそうに話していた。「奈緒、黎ちゃんを無事にお前の戸籍に入れたね。次はどうするつもり?やっぱり充とは離婚するのか?」「うん、絶対に離婚するわ」「充も他の点では悪くないんだけど、お前に対してだけは……いや、その話はもうやめよう。とにかく今回の件に関して、俺はお前の味方だ」「ありがとう、弘樹。あなたがいなかったら、黎の入籍もこんなに簡単にはいかなかったわ。どうか今日はご馳走させてください」それから、グラスを合わせる音がして、すぐに弘樹がおどけた様子で囃し立てた。「それじゃ、離婚したら俺のことを考えてみてよ。実は高校の時からずっとお前が好きだったんだ。お前はずっと信じてくれなかったけどね」奈緒はそれを聞いて吹き出した。「もうやめてよ!弘樹、いい加減にして。これまであなたがどれだけ沢山の女子と付き合ってきたか、指で数えきれないじゃない。小心者の私を惑わさないでよね!」弘樹も大笑いしたが、笑い終えると突然真面目な顔になった。「奈緒、俺は確かにチャラいかもしれないけど、本気でお前のそばで守ってあげたいんだ。お前は知らないだろうけど、お前が出産で危篤になったあの日、分娩室の前で俺がどれだけ震えていたか……俺は……」一方、弘樹が必死に口説こうとしているのを、充はもうこれ以上聞いていられなかった。彼は勢いよく立ち上がると、すぐさま弘樹の隣に近寄った。そして、弘樹が反応する前に、充は渾身の力を込めて拳を振り、彼のこめかみを殴りつけた。突然のパンチに、弘樹は不意をつかれ避けられなかった。目を向けると、そこに冷え冷えとするオーラを放つ充が仁王立ちしていた。そんな彼に充は言い捨てた。「予想通りだな。やっぱり、俺の妻に手を出す汚い泥棒はお前だったのか!」充が再び拳を振り上げたところで、奈緒が彼の腕をつかんで止めた。「やめて!充!私たちが冗談を言い合っていただけなんて、聞けばわからないの?あなたは……」しかし、奈緒が言い終わらないうちに、充は不意に身を翻すと、彼女を抱きしめ、険しい表情のまま黙って、ひょいと奈緒を肩に担ぎ上げた。それから彼は有無を
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