Todos los capítulos de 偽典のダーク・ブレイブ: Capítulo 41 - Capítulo 50

68 Capítulos

ep39.退場者の微笑み

『……ガァ……ガッ……グッ……!』 袈裟懸けに切り裂かれた金色の巨体。 俺は全身に返り血を浴びる。 斬られたゴルトアヌビスは、華のような鮮血を噴き出しながら石畳の上へと崩れ落ちた。「……はぁ……ふぅ……はぁ……」  荒い息を吐きながら俺は剣を下ろす。 アレイクが命を啜った影響で、猛烈な倦怠感と目眩が俺を襲う。 この胸を締め付ける重さは剣の呪いのせいだけではないだろう。 哀れなベルタを、俺のこの手で斬ったのだから。 ――血の海に沈むゴルトアヌビス。 命の灯火が消えゆく中、彼女を縛る強制力が解けたのか。「……ベルタ……」 その体は光の粒子を伴って、元の美しいサキュバスの姿へと戻っていった。「ありが……とう……やっと、私は死ねるのね」 血まみれのベルタは弱々しく、けれどどこか憑き物が落ちたような安らかな笑みを浮かべた。 俺はフラフラとその場に座り込み、ベルタに言った。「やっと死ねる?」「そう……これで私は、この下らないシナリオから退場よ。もう踊らなくていいのよ」 ――シナリオ。 与えられた役割だの、絶対的な支配だの。 シナリオ以外にも、俺はずっと聞き慣れない言葉を聞き続けている。 世界共通の認知はこうだったはずだ。 平和だったある日、魔王ドラゼウフが現れイリアサン王国への侵攻を宣言。 それに抗うため、勇者と俺達は魔王打倒のために数々の死線を潜り抜けてきた。 それが世界の正義だと、自分たちの使命だと信じて疑わなかった。「……踊らなくていい&h
Leer más

ep40.魔都創造(イオ視点)

 ガルアが冷たい石畳に倒れ伏した直後、ゼイクは慌ててその身体を抱え起こそうとした。「くそっ……なんて重さだ」 持ち上げようとした腕の筋肉が悲鳴を上げる。 ガルアが身に纏う呪いの鎧『パープル・ミラージュ』は、装備者以外の者が触れれば岩塊のような異常な重量を帯びる代物だった。 戦死者から高価な武具を剥ぎ取ろうとする人間の強欲を嘲笑うため、魔族の呪術師が悪意をもって仕組んだ極めて悪辣な罠である。「ガルア! しっかりしなさい!」 ラナンが血相を変えて駆け寄り、ガルアの青ざめた頬を叩く。 しかし、彼の瞳は固く閉じられ、呼吸はひどく浅い。 右手に握られた魔剣アレイクが、彼の生命力を致死量ギリギリまで絞り尽くしていた。 ダミアンの無念を晴らすため、共に死線を超えてくれたこの不器用な戦士を、ここで死なせるわけにはいかない。 背後の屋敷からは太い柱が焼け落ちる轟音が響き、猛烈な熱波が庭園の木々を焦がし始めていた。 一刻の猶予もない。「俺が強引に担ぐ。お嬢さん、君は退路の確保を――」 ゼイクが力任せにガルアを引きずろうとした、その時だった。 不意に黒煙が割れ、二つの巨大な影が庭園へと躍り出た。「おいおい、勝手に死なれちゃ困るぜ」 煤で汚れ、刃こぼれした曲刀を提げたワーウルフと、岩山のような巨躯を誇る亜種トロル。 その異形の姿を認めた瞬間、ゼイクの全身に戦慄が走った。 毒蛇は咄嗟にガルアから手を離すと深緑の片刃剣を抜き放ち、切っ先を突きつけた。「魔物だと……!? ベルタの追手か!」「待って! 彼らは敵じゃないわ!」 殺気を放つゼイクの前に、ラナンが両手を広げて割り込んだ。「地下闘技場に潜入していた、私たちの仲間よ。フサーム、それにハンバル! 無事だったのね!」 ラナンの必死の叫びに、ゼイクは驚愕を隠せないまま剣を構えた姿勢で二人を凝視した。 ワーウルフと呼ばれたフサームが、鼻先を鳴らして不機嫌そう
Leer más

ep41.人ならざる生命の波長

 ベルタを討ち果たした夜、俺は意識を失った。 目覚めた俺は、全身を満たす不気味な感触に戦慄している。「……俺は生きているのか……それにこの溢れる力は……」 魔剣『アレイク』に生命力を致死量まで絞り尽くされたはずだ。 だが、今はどうだ。 枯渇したはずの器の底から、冷たい水が湧き出すように生命力がとめどなく溢れ出ている。 限界のない、無限の体力――これは一体何だ?「……ここは?」 ゆっくりと上体を起こす。 視界に広がったのは、見慣れぬ豪奢な白い天井と壁だった。 ここはサッドが経営する宿屋『沙帝夢楼』の客室のようだ。 気付けば、俺は清潔なベッドの上に寝かされている。「おや、目覚めたようだね。大役、ご苦労だったよ」 声のした方へ顔を向けると、窓際に一人の少女が立っていた。 藤色の髪を揺らすその姿に、俺は思わず息を呑んだ。 絶対的な魔力の気配で理解した。イオだ。 しかし、その装いは玉座の間にいた時の軽装とはまるで違っていた。 意匠そのものは、光の勇者が装備する神々しい鎧の形状と完全に一致している。 だが、その色彩だけが、光の理を真っ向から否定するように禍々しい漆黒と毒々しい紫で完全に塗り潰されていた。 神聖なる勇者の武具を奪い、魔力で強引に闇の属性へと染め上げたような不気味さはあるが、完成された美しさを放っている。「……魔王……」「おや、ちゃんと魔王と呼んでくれるんだね。嬉しいよ」 その異形にして高貴な姿をまじまじと見つめていると、イオはふふっと小さく喉を鳴らした。「――どうかな。似合う?」 彼女はまるで、新しい服を自慢する少女のような無邪気さで僅かに首を傾げて微笑んだ。 だが、その瞳の奥には冷たい深淵が覗いている。「…&hel
Leer más

ep42.新勇者デュアルの実装(ジル視点)

 主を失った魔王城の回廊は、ひどく冷たく、不気味な静寂に包まれていた。 魔王として君臨したイオたちは、すでに本拠地を別の場所へと移した後だった。「……もぬけの殻か……」 残されているのは、破壊された城の残骸だけのはずだった。 そう、ただの『空き箱』になっているはずだったのだ。「シャァァッ!!」「チッ……!」 突如、頭上の梁から飛び降りてきたリザードマンのスピアでの一閃。 私は半身を捻って間一髪で躱した。 着地の隙を狙うように、今度は真正面から棍棒を構えたオークが、そして両サイドの死角からは短剣を握った数匹のゴブリンが躍り出てくる。「邪魔だ――『深紅の爆炎』ッ!」 私は青いローブを翻し、即座に中級の火属性魔法を放った。 深紅の爆炎が広範囲に散開し、オークとゴブリンたちを纏めて吹き飛ばす。 本来なら、このような低級の魔物などこの一撃で消し炭になるはずだ。 しかし――。「ギャギャギャッ! 効かねえよ!」 爆煙を突き破り、小柄なゴブリンどもが炎を纏ったまま突進してきた。 全身に軽度の火傷を負いながらも、その敏捷なステップと突進速度は全く落ちていない。 直後、地響きを立ててオークもそれに続く。「バカな……ゴブリンやオークが中級魔法を耐え抜いたというのか?」 私は驚愕に目を見開いた。 目の前にいるのは、かつてあの出来損ないの偽物――ゲレドッツォに従っていた低級の残党どもだ。 個々のステータスは取るに足らない『ザコキャラ』のはず。 それがどうだ。防御力、敏捷性、そして何より魔物特有の恐怖による逃走本能が完全に書き換えられている。 まるで、高度な訓練を受けた精鋭部隊のような連携とタフネス。「あの女……イオめ! 去り際にこのゴミ屑どもにどんな強化を掛けたというのだ!」
Leer más

ep43.泥濘の試練

 俺は魔王城やゴルベガス、いや大陸からも離れた『東の孤島』にいる。 ここはかつて、俺が追手との戦いの後に運ばれた館の場所。 イオが言うには、ここは世界の理から外れた『忘れられた場所』なのだという。 窓の外を見下ろせば、森や建物といった景色が脈絡なく不自然に並び、まるで作りかけの巨大なジオラマのような歪な空間が広がっている。「ガルア、君には言い忘れていたが、ここは『特別な場所』だ」「特別な場所?」「ゴルベガスが『表の本拠地』なら、ここは『裏の本拠地』という意味さ」「どういう意味だ」「ゴルベガスは、ボクたちが世界の上で暴れ回るための表舞台。対して、ここは神様すら見放したゴミ溜めさ。でもね、だからこそ世界の修正も届かない……ボクたちだけの『聖域』になる」 イオの言っていることは、正直なところ皆目理解できない。 俺はベルタとの死闘後、しばらくゴルベガスで休息をとっていた。 だが、傷が癒えた頃合いを見計らったように、彼女に連れられて再びこの孤島の館へと足を運ぶことになったのだ。「さて、君には特訓をしてもらおうと思っている」「特訓だと?」「そうさ。君が腰から外しているアレイク、それを使いこなすための特訓といえばいいのかな」「……どういう意味だ……俺に何をさせようというんだ」 結局、俺は流されるままにここまで来てしまった。 イグナスのパーティを追放されて以来、俺の人生は制御不能な濁流に翻弄され続けている。 魔族に拾われ、魔王軍として戦ううちに、俺の身体はもはや『人間』としての境界線すらあやふやだ。 故郷を人質に取られている以上、魔王イオの命令には逆らえないが、自分の内側で脈打つ『得体の知れない力』を感じる。 それが何より恐ろしいのだ。 手に馴染み始めた魔剣アレイクの重みが、俺がもう二度と『ただの戦士』に戻れないことを冷酷に告げている。 そんな気がした。そう、俺はこのままこのルートに乗るしかな
Leer más

ep44.呪喰の剣理

 迫りくる大量のマッド・コンストラクト。 泥の魔物の群れ――。 肉体を削る過酷な負荷と、戦士として培ってきた『定石』の消去を感じながら、俺は二つの呪具を振るう。「破ッ!」 本来であれば、特別な『二刀流のスキル』を宿していなければ決して扱えないはずの連撃。 だが、今の俺を突き動かしているのは、世界から与えられた都合の良い力ではない。「|恩恵《スキル》なんて上等なもの、俺には初めから無い……」 右手の剣で泥刃を弾き、その強烈な反動を強引な身体の捻りへと変換する。 そこへ左手の鎌が命を啜る感覚を乗せ、常識外れの速度で死角から致命の一撃を叩き込む。「反動も呪いの痛みも……全部、俺の刃に乗れ」 剣と鎌。 重心も間合いも全く異なる二つの呪具が、泥と血に塗れた実戦の中で、ひとつの変則的な太刀筋として編み上げられていく。 決して美しくはない。「……上等だ……」 右手に握る『リスキーソード』。 絶大な攻撃力を誇りながらも、与えたダメージが強烈な衝撃となってそのまま自身の身体へと跳ね返してくる。 一方、左手に携えた『鮮血の鎌』。 強力な闇属性の波長を帯びる代償として、持ち主の生命力と魔力を際限なく吸い尽くそうと貪欲に唸る。「ぐゥ……ッ!」  一振りごとに骨を軋ませる反射の激痛と、血の気が引くような搾取の|眩暈《めまい》。 その二つの呪いがもたらす相反する苦痛すらも強引に噛み合わせ、ひとつの軌道へと編み上げていく。 それは理不尽な運命に抗うための果てしない試行錯誤の末に、己の肉体だけで掴み取った俺だけの『剣技』だった。「……どうしたんだい? その程度でへばるなら、あの剣の飢えには到底耐えられないよ」 イオの楽しげで、それでいて底冷えのする挑発が、朦朧とする意識を無理やり現実に引き戻す。&
Leer más

ep45.規格外の矛、あるいは最強の盾

「――君という『規格外の矛』はこれで完成するかもしれないな」 イオがそう述べると、ケタケタとゴブリンウィザードたちが笑い始めた。 主の言葉に同意し、どこか俺を嘲笑うかのような耳障りな笑い声。 だが、その不快な音もすぐに止んだ。 俺が呪具を下ろすことなく、ただ一瞥しただけで五匹は空気に混じる濃密な死の気配に震え上がっていた。 そして、杖を取り落として平伏したのだ。「俺が……規格外の矛だと?」「そう。矛が仕上がったなら、次はそれを守る『盾』……あるいは大局を動かすための強力な手駒が必要になる」「……ふん。手駒ね」 俺が鼻を鳴らすだけで、ゴブリンたちは這いつくばるように逃げ去った。「アハハ、すっかり怯えられちゃったね。魔物たちから見ても、今の君は立派な『バケモノ』に見えるらしい」 イオが楽しそうに手を叩きながら歩み寄ってくる。 俺は両手の呪具をゆっくりと鞘に収め、荒くなった呼吸を整えた。 命を削る痛みの余韻が全身を這い回っているが、不思議と体は軽い。「茶化すな。……それで、特訓はこれで終わりか。次はどうする」「ああ。君という個人の戦力は申し分ない。次はボクたちの陣営全体の戦力を底上げする番だ」そこでイオは一度言葉を切り、面白そうなものを見つけた子供のように目を細めた。「ところでガルア。迷宮の森で手に入れた『青い本』は覚えているかい?」「青い本……? 何故、お前がそれを知っている」 サピロスが守っていた隠し部屋で見つけた、あの『青い記録書』のことだ。 俺が訝しげに眉をひそめると、イオは悪びれもせずに肩をすくめた。「……今も持っているかな?」「ッ……!」 俺は思わず息を呑んだ。 イグナスからの追放、追手からの逃走、呪いの装備による激痛やベルタとの死闘に
Leer más

ep46.巨大な顎

 俺たちが向かうグリンパーマウンテンの麓には、『ベネトト』という街が存在する。 イリアサンの威光が届く位置にあり、己の腕一つで成り上がろうと野心を燃やす駆け出しの冒険者たちが必ず土を踏む場所だ。 グリンパーマウンテンからの豊かな水脈を利用したアラウス運河が、街の血管のように縦横無尽に入り組んでいる。 陽光を白く反射してきらめく水面には、無数の小舟と水上商店がひしめき合い、粗悪な武具や胡散臭い魔法薬を『伝説の逸品』と称して売りつける商人たちの威勢の良い声が、朝から晩まで響き渡っていた。 すれ違う冒険者たちの目は一様に希望に輝き、腰に下げた真新しい剣の重みに胸を張り、誰もが自分が次代の英雄になれると信じて疑わない。「で、何で俺らが『人間』に変装して、こんな窮屈で臭い街を歩かなきゃならんのですかい」「……フサーム、ぶつぶつと文句を言うな。悪目立ちする」 湿った石畳を歩きながら、俺の後ろを歩く二人が小声で言い合っている。 俺のパーティにいるフサームとハンバル。 彼らはイオの変装呪文『無色の偽像』によって、ありふれた人間の姿に変えられている。(ゴルベガスでは闘技場に潜入するため魔物の姿のままだったが……仮にこの呪文があったとしても、あの狂騒の街ではすぐに割れて使い物にならなかっただろうな) 本来なら鋭い牙と銀色の毛並みを持つワーウルフであるフサームは、軽薄そうな人間の若手剣士に。そして、岩のように強靭な巨躯のトロルであるハンバルは、無愛想な荒くれ者にそれぞれ外見をすり替えられていた。 見た目こそ完全に街の風景に溶け込んでいるが、これは非常にデリケートな術だ。 誰かと強くぶつかったり、物理的な衝撃を受けたりすれば、表面を覆う魔力の膜がガラスのように割れて一瞬で解けてしまう。 ただでさえ血気盛んで足元の覚束ない冒険者が多い街だ。どこから血の気がある人間が肩をぶつけてくるかわからない。 魔王の側近たる彼らが人混みの中で極端に肩をすぼめ、神経をすり減らしながら歩いている。「どうかな? フサーム
Leer más

ep47.二振りの剣と神の書き換え(ジル視点)

 ここは王都イリアサン近く。 青々とした木々が並ぶはずの『始まりの森』は、今やひどい有様だった。 鼻を突く酸の悪臭と濃密な血の鉄臭さが、長閑な初心者エリアを地獄の底のように作り変えている。「ふむ。いかなる規格外の脅威といえど……スライムなどの路傍の石と何ら変わりないようだな」 私は足元に転がる巨大な魔物の死骸を見下ろし、感嘆の声を漏らした。「路傍の石……的を射た表現だが……この程度の有象無象では準備運動にすらならない」 返り血すら浴びず、強力な攻撃力を持つ双剣を軽々と構えたまま、新勇者デュアル・エンメイは退屈そうに完璧な笑みを浮かべてみせた。 彼が一人で屠ったのは、このエリアには配置されない魔物。 強酸の粘体『アシッドスライム』や、災厄をもたらす『ストームドラゴン』だ。 本来なら冒険の最終盤でしか遭遇しない凶悪極まりない高位魔物。駆け出しの冒険者なら数秒で肉片へと変わる。 なぜ、そんな存在が序盤の森にいるのか。理由は明白である。 これらはすべて、世界の創造主たる『大聖師様』によって意図的に配置された――いわば『新実装』の魔物だからだ。(しかし、デュアルよ。次の魔物はどうかな?) 大聖師様は、物語を正常に戻そうとされている。 前勇者イグナスが、主人公らしい行動をとらないというバグ。 そのイレギュラーを排除し、新主人公を最速でレベリングするため、常識外れの高位魔物をばら撒いたのだ。『ブルルルルルル……ッ!!』 地響きのような唸り声が森の奥から響き渡った。「……最後の一体か」 木々をなぎ倒して姿を現したのは、分厚い漆黒の重装甲に身を包んだ巨漢。 牛の頭を持つ魔人だった。その大きな両手には巨大なハンマーが握られている。「そう、最後の一体。『タウロス・エクセキューショナー』という新種の魔物だ」 私は背中に向かって敵の
Leer más

ep48.異形

 グリンパーマウンテン。 イリアサン王国を隔てる険峻な山脈であり、魔王城へ至るためには必ず踏破せねばならぬ難所である。 本来ならば、中級の冒険者たちが腕試しに訪れ、自然の厳しさと野性の魔物たちを相手に経験を積む場所だ。 だが、今のこの山を覆っているのは違った。 むせ返るような血の匂いと、どこか人工的で歪な気配だった。 今回のパーティはラナン、フサーム、ハンバルの三名。 そして、俺と魔王イオを加えた――総勢五名だ。「……静かだな。ラナン」 周囲を警戒しながら横を歩く彼女に小さく声をかけると、ラナンはわずかに肩を揺らした。「静か?」「言葉数が少ないと思ってな」「そうかしら? ……まあ、この山の空気が重いせいかもしれないわね」 いつものような調子のいい軽口はなく、ぽつりと落とされた声はどこか頼りない。「それだけか? ……あの館で『青い本』の話が出てから、ずっと様子がおかしいように見えるが」 俺の静かな問いかけに、彼女は歩みを止めることない。 ただ伏し目がちに視線を逸らした。「……気のせいよ。どうにも、あの気味の悪い本が引っかかってね」「気味が悪い? あの青い記録書のことをそう感じるのか」「ええ。まるで『完璧な過去』の記録よ。今の現実までそれに『上書き』されそうで、気味が悪いの」 ふっと力なく微笑むその横顔。 図星を突かれた焦りというよりも、何かをひとりで抱え込んでいるようだった。 俺はそれ以上深くは踏み込まず、無言で前へと視線を戻す。 ――目指す先はグリンパーマウンテンの奥地だ。 イオの仲間が『青い記録書』を触媒に極秘裏に研究していた兵器が、ついに完成したという連絡を受けたのだ。「お、おい……何かおかしくないか?」 先頭を進んでいたフサームが急に足を止め、剣を構えて硬直した。「ど
Leer más
ANTERIOR
1234567
ESCANEA EL CÓDIGO PARA LEER EN LA APP
DMCA.com Protection Status