All Chapters of 偽典のダーク・ブレイブ: Chapter 11 - Chapter 20

42 Chapters

ep09.偽りの後継者

「灰燼に帰しなさい――赤の火弾ッ!」 ラナンは有無を言わせず、両手から灼熱の火球を放った。 スキル『二連詠唱』による、タイムラグのない連続攻撃。 殺意の照準は、祭壇の中央で錫杖を構えるゲレドッツォへ正確に向けられていた。「ゲレドッツォ様!」「我らの命を盾とし、御身をお守りするのだァ!!」 火球が届くより早く、二匹のオークがゲレドッツォの前に飛び出した。 身を挺して肉の盾となった彼らに魔法が直撃し、紅蓮の炎がオークたちを包み込む。 断末魔すら上げず、彼らは文字通り灰となって崩れ落ちた。「イ、イカれてやがる……」 フサームが、信じられないものを見る目で呟いた。 俺も同感だった 。己の命を投げ出してまで守るべき主君なのか。 あのオークたちは、自分たちが『使い捨ての駒』として処理されたことに気づいてすらいない。「あなた達、騙されているのよ! 私達の狙いは、そこの魔王の偽物だけよ!」 ラナンが残りの魔物たちに向かって叫んだ。 彼女とて、理不尽な指導者に踊らされているだけの同族たちを無闇に殺したくはないのだろう。「黙れ、小娘! ゲレドッツォ様に歯向かう不届き者め!!」「偉大なるドラゼウフ様のご子息であらせられるぞ!!」 狂信に目を血走らせる魔物たちを見て、ハンバルが深く重い溜息を吐いた。「……愚かな。ヤツはドラゼウフ様の血など引いておらぬ。ただの突然変異のトカゲだ」  ゲレドッツォが、怒りに任せて錫杖を祭壇の床に叩きつけた。「魔の子らよ! この我を、ただのリザードマン呼ばわりしておるぞよ! 魔王の正当なる後継者に仇なす愚か者どもに、神聖なる制裁を下すのだァ!!」 「グオオオオオッ!!」 その号令をトリガーにして、広間を埋め尽くす魔物の群れが一斉に殺意を剥き出しにして俺たちへと殺到してきた。「俺にやらせろ」 前衛である俺は、一人で前に出た。「おい人間! こんだけの数を一人でやれるのかよ!?」 フサームが背後から少し馬鹿にするような、だが焦りを孕んだ声を上げる 。「俺とて、元勇者パーティで前衛を張っていた戦士だ。こいつらを放っておけば、いずれ善良な人々にも牙を剥くだろう」  押し寄せる魔物の数は多い。 彼らの動きには知性がなく、人形師に操られた魔導人形のようだった。 
last updateLast Updated : 2026-04-16
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ep10.虚飾王は龍角を誇る

 ゲレドッツォとの戦闘が本格的に始まった。  狂信のリザードマンは東国風の錫杖を高く振り上げ、その切っ先を俺たちへと向ける。「魔法を発動する気か!」 「みたいね。来るわよ、ガルア!」 俺とラナンは即座に身構える。「我が父より受け継ぎし、強大なる魔力を見せてやろう!」 ゲレドッツォの周囲の空気が、急激に温度を奪われていく。「深淵なる水底より這い出でし蒼き凍気よ。全てを凍てつかせよ……血も心臓も――蒼氷の氷嵐ッ!!」 先ほど、魔王ドラゼウフの骸を分厚い氷で覆い尽くした水属性の中級氷結呪文を唱えた。  まともに直撃すれば、肉体はおろか内臓まで凍りつき、致命的なダメージは免れないだろう。「俺が前に出る! ラナン、援護を頼むぞ!!」 「わかったわ!」 俺は一歩踏み込み、迫り来る絶対零度の嵐を、左腕に構えた『背反の盾』で正面から受け止めた。  この呪われた盾は、火属性と水属性の魔法ダメージを大幅に軽減してくれる。  盾の表面で氷の嵐が砕け散り、俺は無傷で猛吹雪を凌ぎ切った。「炎の怒りと風の刃――」 俺の背後では、ラナンが既に迎撃の呪文を詠唱し始めている。  おそらくは、強力な合成魔法『灰赤の爆炎風』を放ってくれるはずだ。「ぬゥッ!? 人間よ、貴様が構えているそれは『背反の盾』ではないかッ!!」 猛吹雪の中から無傷で現れた俺を見て、ゲレドッツォは驚愕の声を上げた。  どうやら、この盾の正体を知っているらしい。「クカカカ! ならば、その右手に持つ凶悪な鉄塊は『カタストハンマー』!!」 続いて、右手の武器にも目を向ける。  それもそうか。これらの『呪われた武具』は、魔族が人間を苦しめるために生み出した悪辣な代物だ。  高位の魔物であるゲレドッツォが、その知識を持っていても不思議ではない。「ハァッ!!」 俺は敵の戯言を無視し、カタストハンマーを上段から振り下ろした――が。
last updateLast Updated : 2026-04-17
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ep11.藤色の絶対者

 血まみれになりながらも、ゲレドッツォは狂気に満ちた高笑いを上げた。「クカカカカカッ!!」 まだ自分が優位に立っているとでも思い込んでいるのだろうか。「汝ら、疑問に思わなかったか? この広大なる魔王城に、我ら少数の魔物しか配置されておらぬことを!」「……どういう意味よ?」 ラナンが不快そうに眉をひそめる。 だが、言われてみればその通りだった。 空からこの城に潜入した時から、俺たちはほとんど敵と遭遇していない。 魔王城の最深部だというのに、警護がザル過ぎるのだ。「フゥハハハ! 我が新魔王軍を絶対守護する『神将』達……即ち、ミノタウロスのラベロ! サイクロプスのガンマ! オーガキングのローゼンストライクと、無敵の魔獣戦士団が城の各所に待機しておるのだ! 彼らはこの我の呼びかけでしか動かぬが、もうすぐこちらへと増援に向かってくるであろうぞよ!」 何れの魔物の名前は、冒険の中盤から終盤にかけて立ちはだかる超弩級の魔物達だ。 「我の呼びかけでしか動かない」ということは、洗脳魔法か何かで強制的に従属させているのだろう。「さあ、さあ、さあ! 来たれよ!! 魔城を守護する無敵の神将達よ!!」 ゲレドッツォは両手を天に突き上げ、ひどく芝居がかった口調で叫んだ。「チッ、少し骨が折れそうだな」「上級の魔物達を切り札に残しているだなんて……」 俺とラナンは即座に警戒を強め、入り口の回廊へと視線を向けた。 ――シーン……。 ……が一向に現れない。 地響き一つ、咆哮一つ聞こえてこない。 緊張感からか、ラナンは少し額に汗を浮かべていた。「……こ、来ないわね」「は、馳せ参じよ! 我が愛しき魔の子達よ!!」 ゲレドッツォの焦った呼びかけにも、魔物達は現れない。「い、いでよ!
last updateLast Updated : 2026-04-18
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ep12.新魔王

 剛の者、そう呼ぶしかない圧倒的な強さの薫り。  俺には理解る。  只者ではない異様な存在感。  単独で、あの魔王ドラゼウフを討ち果たしたというのは本当なのであろう。  現れた少女は飴細工のように細く、華奢な体つきをしていた。  こんな少女が、本当にたった一人で魔王を……?  俺は疑念を拭えず、小声でフサームに尋ねた。「おい、本当にこの女が『勇者』なのか?」 「バカ、声がでけェ……! だから今は勇者じゃねェって言ってんだろ! あのお方は、オレたち新生魔王軍を統べる『魔王様』なんだよッ!」 「魔王だと……? どう見てもただの人間じゃないか。人間の女が、魔王軍のトップだと言うのか?」 「……見た目や種族なんて関係ねェ。あのお方が単身、城の正面から乗り込んできて、オレたちの軍勢を紙くずみたいに蹴散らしていったのをオレは覚えてる。あの冷たい目は……絶対に忘れねェ」 フサームの声は、恐怖で完全に裏返っていた。  あの好戦的なワーウルフが、尻尾を巻いて怯えきっている。  その姿自体が、彼女の理不尽な実力を証明する何よりの説得力を持っていた。「ウ、ウゲェ……ッ、ガハッ……!」 背後で、這いずるような不快な音がした。  なんと、ゲレドッツォがまだ生きており、瓦礫の中から立ち上がってきたのだ。  胸部を完全に粉砕され、口から大量の血を吐いているというのに生命力がミリ単位で残っていたらしい。「お、おのれェ……折角、これから我を教祖とする『ゲレドの華帝国』を建国しようとしておったのに……ッ!」 「しぶといトカゲだ……!」 俺が舌打ちし、再びカタストハンマーを握り直して身構えた。  ――その時だった。  女の鈴を転がすような冷たい声が響いた。「ご苦労様、奇襲部隊のみんな……ちょっとクリアタイムがかかったのは、減点ポイントだけどね」 「ゲ、ゲェェーッ!?」 その声を聞いた瞬間、フサームは頭を抱え、情けない悲鳴を上げて城の柱の陰へと隠れた。  一体、何をする気だ。 ――バチィッ……! バチバチバチッ!! 女が軽く右手を掲げると、その掌に、圧倒的な密度の『白亜の雷光』が収束し始めた。「今日から、ボクがこの城の新たな支配者となる――白亜の聖雷球」 事も無げにそう宣言すると、魔王
last updateLast Updated : 2026-04-19
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ep13.王都イリアサンの大聖師(ジル視点)

 王都イリアサン。 ステンドグラスを通した七色の光が、冷たい大理石の床に幾何学的な模様を描き出している。 ここは光の神を祀る大寺院『シテン寺院』の最奥にして、選ばれた高位の者しか立ち入ることを許されない聖域である。 部屋の中央には、天を突くほど巨大な女神像が鎮座している。 これなるは、イリアサンを守護する『ルビナス』という女神を模ったものだ。 慈愛に満ちた微笑みを浮かべるその巨大な石像――。 しかし、私――ジルにはそれが世界そのものを管理するための『無機質な巨大魔法装置』のように不気味に思えてならなかった。「ご報告です」 その女神像の足元で、青いローブに身を包んだ私は静かに膝をついていた。 手には一つの立方体を成す魔石が握られている。 だが、その魔石は内側から破裂したように無惨なヒビが入り、完全に光を失っていた。「……対象の気配が、完全に途絶えました」 私が手に持つこの正六面体の魔石は『ライフキューブ』。 使役する魔物や精霊などの視界を共有し、遠隔から敵の動向を監視するためのマジックアイテムだ。 リンクしている対象の命が尽きると同時に、キューブも破壊される仕組みになっている。「誰がじゃ」 女神像を見上げていた小柄な男が、振り返ることなく尋ねた。 見た目は二十代前半の若者。 鮮やかなサイネリアの頭巾を被り、身体を純白のマントで包んでいる。 この方の名は『大聖師』。 シテン寺院の最高権力者であり、イリアサン王国の裏側で世界の理を操ろうと暗躍する絶対的な存在だ。「いえ……ですから、魔王城に配置したゲレドッツォの気配が途絶えたと」 私は、表向きは勇者イグナスのパーティに所属する天才魔法使いということになっている。 何故、王国公認の勇者パーティの中核を担う私がこのような密室で大聖師に傅いているのか。 それは私が初めから大聖師様の手によって、勇者パーティを監視・誘導するために送り込まれた間者
last updateLast Updated : 2026-04-20
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ep14.名状しがたき気配

 ゲレドッツォ派閥との魔王城奪還戦から、数日が経った。 俺の身体を重く縛り付けていた呪いの装備――『背反の盾』や『ブラッドアーマー』は、既に外されている。 ハンバルが唱えた、解呪呪文『褐色の解呪《セピアクレア》』によって強制解除されたのだ。 人間側の高位僧侶しか扱えないはずの魔法を何故、一介のトロルがやすやすと行使できるのか。 本当に何者なのだ、あの紅梅色の巨漢は……。「……そんな悠長な謎解きをしている場合じゃないか」 俺は魔王城の一室で、ブツブツと独り言をこぼしていた。 呪具から解放されたとはいえ、曲がりなりにも人間なのだ。 ――用済みとなれば消されるのかもしれない。「魔王も人間だろうに、全く意味が分からない」 新生魔王軍の総帥は『魔王』を名乗る人間、それも勇者だったという。 光の象徴であった人間。 何故、闇の軍勢のトップに君臨しているのか? 勇者は何人もこの世界にいるものだろうか? それにラナンやハンバル、フサームといった魔族たち……。 彼女らは人間の彼女を魔王として戴くことに、何の疑問も抱いていないのだろうか?「所詮、見た目を着飾って組織の真似事をしても、中身は野生と変わらぬということか」 魔族や魔物の社会に、法も秩序も倫理もない。 圧倒的な『力』こそが全てだ。究極の弱肉強食とも言える。 大方、あの上位の使役スキルと理不尽なまでの暴力に屈服し、彼女の指示に従わされているだけなのだろう。「俺は、どうするのだ……いや、どうなるのだ」 一方、俺はというと人間社会に戻る場所もない。 かといって故郷を人質に取られている以上、死んで逃げることも出来ない。 どういう理由、経緯であれ、俺は魔族たちに手を貸し、彼女らの反乱を成功させてしまったのだ。 ――ジレンマ。 今の状況は、その一言が相応しい。
last updateLast Updated : 2026-04-21
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ep15.魔剣アレイク

「――よく来たね」 黄金の玉座に座り、足を組んで俺たちを見下ろしているのは魔王イオだ。 ラナンは即座に歩みを止めて恭しく跪いたが、俺は未だに立ったままだった。「魔王様に頭を下げなさいよ」「堕ちた人間に誰が――」「あなたねえ……もう何度目よ。自分の置かれた立場をわかってる?」 俺の不敬な態度に怒るラナンを見て、魔王はコロコロと楽しそうに笑みをこぼした。「いいよ、ラナンちゃん。ボクは彼のこういうハネッ返りな性格、嫌いじゃないからね」(……あの異様な剣は……) イオの右手には血のように赤黒い刀身を持つ、禍々しい両刃の剣が握られていた。 見ているだけで、吐き気をもよおすような濃密な瘴気を感じる。「今日ここに君を呼んだのは他でもない。あのゲレドッツォをよくぞ倒してくれたね」「……用件はそれだけか」「まさか。優秀な戦士には、クリア報酬を上げるんだよ」「褒美だと?」「さっきから、君の視線が気になっているこれさ……その名も『アレイク』という剣だ」 ――アレイク。 それが、あの剣の名前らしい。「アレイク……」「そう。君はこの特別な剣を扱うに相応しい『バグ』を持っているからね」 イオは薄く微笑んでいた。 そこにはもう、かつて人々に希望を与えた女勇者の風格はない。 完全に闇に堕ちたのか、それとも何か世界を覆すような目的があるのか。 その藤色の瞳には、漆黒の決意が宿っているように見えた。 それにしても、『バグ』とは一体何なんだ。「俺がバグを持っている……?」「それを知るには、まだ早いかな」 イオはそう嘯くと、アレイクと呼ばれるその赤い魔剣を無造作に俺の足元へと投げ渡した。「どうしろと……?」「手に取りなよ」「俺に武器を与えるのか」「ああ……そうだね。何なら斬りかかってもいい」 俺は警戒しながらも、恐る恐るその剣に手を伸ばす。 万が一ここで斬りかかったとしても、あのゲレドッツォを一瞬で塵にした雷撃を食らえば俺など消し飛ぶだろう。 悔しいが――勝機など万に一つもありはしない。(それにしても……不思議だ……異様な剣なのに、何故か美しく感じる) 何故か、魂が惹きつけられるように自然と手が動いたのだ。 そして、赤黒い柄を握りしめた、その瞬間――。「う、ぐッ……!?」 ドクン、と心
last updateLast Updated : 2026-04-23
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ep16.欲望のゴルベガス

 王の法や信仰に縛られない独立地帯――自由自治領ザンダー。  その南端に位置するダビ地方は海に面した温暖な気候から、平和な時代には世界中からバカンスに訪れる観光客で溢れ返っていた。  しかし、それも今は昔の話だ。  魔王ドラゼウフが世界を蹂躙して以降、美しい海岸線は魔物たちのテリトリーと化し、人影は完全に消え失せた。  かつての観光名所が次々と寂れ、廃墟と化していく中――まるでそこだけが世界から切り離されたかのように、異様な熱気と活気に満ちた場所があった。「みんな、随分とお気楽なものね」 「……ここだけは『特別』だからな」 地方都市ゴルベガス。別名『ミリオンダラー・シティ』  大陸屈指の歓楽街であり、観光都市として名高い。  通りを歩けば明るい音楽が響き、人々は享楽の笑い声を上げている。  一歩街の外へ出れば魔獣が跋扈する地獄だというのに、ここだけはまるで悪い冗談のように平和だった。「それより、目的の宿屋はまだなの?」 「…………」 「ちょっと……無視しないでくれるかしら」 ローブのフードを目深に被ったラナンが、呆れたように小さく息を吐いた。  俺と彼女は今、魔王イオの勅命を受け、この狂騒の街に潜入していた。  ターゲットは、新生魔王軍に反旗を翻そうと企む不穏な妖魔。  だが、俺たちに与えられた情報はごく僅か。  標的の顔も名前も分からないまま、このゴルベガスへと派遣されたのだ。「はぁ……ハンバルとフサームが別行動だからって、どうして私がこんな朴念仁と二人きりなのかしらね」 ラナンが恨みがましく呟く。  前回のゲレドッツォ討伐戦で肩を並べたハンバルとフサームは、今回別行動を取っている。  純粋な魔物の姿である彼らがこの歓楽街に入り込めば、無用なパニックを引き起こすからだ。  結果として、人間である俺と人間への擬態が容易なラナンが先行して潜入することになったわけだ。「おい! 気をつけろ!!」 冒険者らしき男と肩がぶつかった。  腰に無骨な鋼の剣を下げ、使い込まれた革鎧を着込んだ大柄な男だ。「……すまない」 俺が短く謝罪し、通り過ぎようとした時だった。「ン?! ちょっと待て……」 男の鋭い声が、俺の背中に突き刺さる。(――まさか) 男の視線は俺の顔と、建物の石壁に無造作に貼られた一枚の羊皮紙を往復していた
last updateLast Updated : 2026-04-24
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ep17.セクシーデビル

 テーブルに置かれた羊皮紙に描かれていたのは『ベルタ・メイプシモン』。 種族はサキュバス。 人間の精気を啜り、精神を操る魅了技『誘惑の甘息』を得意とする上位の妖魔だ。 魔力を消費する既存の魔法とは全く異なる、生まれながらに備わった魔の生態そのもの。 それだけに、どれだけ魔法防御力を高めようとも防ぐことはできない厄介な特殊技である。 見た目は二十代前半の、息を呑むほどに美しい人間の女性。 しかし、その細く艶やかな肢体は飴細工のように甘く、どこまでも官能的な毒の香りを漂わせていた。「……ちょっと」 隣に座るラナンが、呆れたように俺の脇腹を小突いた。 ハッとして我に返り、俺は慌てて羊皮紙をテーブルへと戻す。「人間の姿を借りようが、本来の魔物の姿であろうが、彼女の美貌は絶対的な武器だ――決して、その容姿に惑わされて操作されないことだね」 俺の狼狽ぶりを見て、サッドが意地悪く口角を上げた。「今ので、十分に実感しただろう?」 俺は気まずく視線を逸らした。 ベルタはサキュバスだ。 絵姿だけでも見とれるほどの女性が、直接『誘惑の甘息』など使ってこようものなら、普通の男はイチコロで精神を支配されるだろう。「で、そのベルタって女狐は、この街で何をしているの?」 誤魔化すようにラナンが話を本筋に戻すと、サッドは事も無げに答えた。「このゴルベガスの裏社会で、非合法の賭博場――闇カジノを経営している」 闇カジノ。 ここゴルベガスは歓楽と娯楽の街だ、当然ながらカジノは存在する。 だが、このベルタというサキュバスが、何故わざわざ人間相手に賭博場などを経営しているのか。 一体何故……。 ――コンコン。「失礼致します」 静かなノックの音と共に、マージルが部屋へ入ってきた。 銀のトレイの上には、ティーカップと切子細工のグラスが載せられている。「ガルア様には淹れたての紅茶を。そして、ラナン様にはマンダレーツオレンジの果汁を絞ったジュースをお持ち致しました」「……どうして私だけジュースなのよ」「その方が、あなたのお口に合うかと思いまして」「子供じゃあるまいし。馬鹿にしないでちょうだい」 ラナンは不満げに唇を尖らせた。 先ほど廊下で『エルフ級にプライドが高い』とからかわれた余波からか、彼女の機嫌は目
last updateLast Updated : 2026-04-25
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ep18.闇の手配師

 俺とラナンは、宿屋『沙帝夢楼』のワインが眠る地下貯蔵庫へと足を運んでいた。  カビと熟成されたアルコールの匂いが充満する薄暗い石造りの部屋。  そこで紫のターバンを巻き、ギラギラとした欲深そうな目を光らせる立派な口髭の男がいた。  何やら、サッドと密会を交わしているようだ。  男の細く筋張った指には、これ見よがしに金ピカの宝石指輪がはめられていた。「本当に、このような血生臭いガラクタに大金を払っていただけるとは……いやはや、感謝感激でございますなァ。どれも欲の皮の突っ張った冒険者どもから、二束三文でひん剥いてやった呪具ばかりですじゃ!」 マージルから聞かされた。男の名はモヤネロという。  サッドの話によれば、この自由自治領で手広く商売をしている商人らしい。「ああ。思っていたよりも良い品が揃っていて満足しているよ」 薄明かりに照らされた地下室の床。  そこには、モヤネロが持ち込んだ武具が一式が並べられている。  何れも禍々しい瘴気を放つ。 絶大な攻撃力を誇りながらも、与えたダメージが自身に跳ね返る『リスキーソード』。  強力な闇属性を帯びる代償として、持ち主の生命力と魔力を吸い尽くす『鮮血の鎌』。  防御力は無類だが、二回に一回は身体が麻痺して行動不能に陥る呪縛の小盾『パラライズ・バックラー』。  あらゆる魔法攻撃を弾く代わりに、物理ダメージが二倍になる幻紫の魔装『パープル・ミラージュ』。  ……どれもこれも、人間の冒険者が装備すれば命を落としかねない呪いの武具ばかりだ。「これほど強力な武具が揃えば、我々の貴重な戦力となるな」 魔族や妖魔といった闇の眷属たちは、これらの呪いのデメリットを一切受けることなく、純粋な恩恵だけを引き出すことができる。  人間社会から流出した呪具を買い叩き、魔王軍の武装として横流しする――理にかなった恐ろしいシステムだ。「ヒョッヒョッ! ワシにはよく分からんが、こんな気味の悪い在庫を倍額で引き取って頂けるなら、こちらとしては願ったり叶ったりじゃわい。倉庫に置いておくだ
last updateLast Updated : 2026-04-26
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