All Chapters of 偽典のダーク・ブレイブ: Chapter 51 - Chapter 60

68 Chapters

ep49.偽りの凱旋

「待て! エドワード、俺だ!!」 弓を引き絞るエドワードへ、俺は必死に声を張り上げた。 エドワード――あいつは村で共に育った、気心の知れた親友だ。 だが、俺の眉間を射抜こうと狙い澄ますその瞳には、以前の彼とは違う『何か』が宿っているようだった。「……その声は、ガルアなのか?」「俺だよ! お前のその弓の腕前を、一番近くで見てきたのは俺じゃないか!」 呼びかけに、エドワードの弓先が僅かに揺れた。 だが、エドワードの声はふいに冷たく強張った。「いや、待て……なんだその禍々しい装備は。それに、後ろの連中は何者だ? ……最近、この山に入った勇者が、呪いの武具に正気を奪われて仲間を斬り臥せたという噂を聞いた。まさか、お前がその『呪いの勇者』なのか……?」 禍々しい呪具に身を包んだ俺の姿。 背後に控えるフサームとハンバルはイオの魔法で人間の姿に偽装し、ラナンもローブで魔族の特徴を隠している。 だが、それでも滲み出る異様さは誤魔化しきれていないのだろう。 エドワードが極限の殺気を帯びたまま、一向に警戒を解こうとしないのも無理はなかった。「話は長くなるが、これには理由があって……」 その時だ。 イオが、まるで春風のようにふわりと俺の一歩前に進み出た。「初めまして、エドワード様。私は|魔獣使い《ビーストテイマー》で、ガルアの婚約者のイオと申します。本日は二人で村へご挨拶に伺いましたの」「……ッ!」 この血生臭い一触即発の場面で、イオは何を言い出しているんだ。 つい先刻まで纏っていた、あの絶対的な魔王の覇気は嘘のように消え去っている。 そこにいるのは、無垢で世間知らずな可憐な令嬢そのもの。 息を呑むほど完璧なその演技が、逆に底知れない恐ろしさを掻き立ててきた。「……イオ様…&h
Read more

ep50.シナリオ通りの強襲

 エドワードに誘われるまま、俺たちは彼の小屋へと足を踏み入れた。 薄暗い室内に、パチパチと薪の爆ぜる暖かな音が響く。 昔は狩りの途中で何度も体を休めた馴染みの空間のはずなのに――。 でも、今の俺にはこの安寧できるはずの場所が『いつ崩壊するとも知れない薄氷の舞台』のように思えてならなかった。「お前も大変だったんだな」「ま、まあな……」 促されるままに木の椅子へと腰を下ろし、暫くの間、俺たちは言葉を交わした。 語ったのは、イグナスと共に歩んだ旅の軌跡――命を削り合うような過酷な魔物との戦闘やダンジョン探索という痛烈な『真実』。 そして、そこにイオが咄嗟にでっち上げた『嘘』を巧妙に織り交ぜた『綱渡りのような会話』だった。「……なるほどな。あの高名な勇者が……ガルア、お前は本当に災難だったな」 エドワードは自家製の安い果実酒をすする手を止め、心底憤るように眉をひそめた。 俺の語る言葉の端々に滲む本物の泥臭さと戦いの疲弊が、イオのついた嘘に完璧なまでの真実味を与えてしまっている。「ええ、本当にそうですのよ。ガルアがこれほど深く傷つきながらも世界の平和を願っていたというのに、イグナス様はあまりにも冷酷に彼を切り捨てて……」 隣に座るイオが、潤んだ瞳で悲劇のヒロインを完璧に演じきっている。 その見事な婚約者ぶりに、俺は喉の奥に苦い塊がこみ上げるのを必死に押し殺した。「なぁ、イオさん。俺はイグナス様も、ガルアのことを本当は思っていたんじゃないかな」 エドワードが果実酒のグラスを見つめながら、ぽつりと呟いた。「どういう意味ですの?」 イオが小首をかしげ、不思議そうに問いかける。「ガルアは大怪我を負ったんだろ? これから先の旅はもっと過酷になる。イグナス様は、これ以上ガルアを連れて行けば本当に命を落とすかもしれないという危機感を持ったからこそ、彼を守るためにあえてパーティから外したんじゃないのかな」
Read more

ep51.急ごしらえのイベント

 強制イベント——突然、呪具の戦士が襲ってきた。 男だ。声にならない咆哮を喉の奥で響かせ、狂気に瞳を濁らせている。「コ、コロス……コロス! コロス! コロスゥ!」 その手に持つのは『報復の戦斧』。 男はそれを狂ったように振り回し、凄まじい地響きを立てて俺たちに向かって突進してきた。「ガア、アア……アアァァッ!」 大振りの戦斧が空を裂く悍ましい風切り音が、鼓膜を激しく震わせる。「構えろッ!」 叫ぶ俺の視界の端で、フサームとハンバルはすでに人間の薄皮を脱ぎ捨てる覚悟を決めていた。 狭い室内での急襲、そして相手が最初から殺意を剥き出しにしている以上、擬態というデバフを維持したまま対応できる相手ではない。 二人は躊躇なく『無色の偽像』を解除し、本来の魔物の姿を現した。「突然のエンカウントかよ! 何者かは知らねェが、手加減はしねえぞォッ!」 フサームが鋭い牙を剥き出しにしながら、腰の曲刀を爆発的な速度で引き抜く。 擬態の魔力の膜がパキパキと硝子のように砕け散り、内側から煤鉄色の獣の剛毛と強靭な四肢が顕現していく。「この人間、我らがここにいることを知っていたのか!」 呟いたのはハンバル。 その冷静な眼光が、まるで最初から俺たちの配置を予期していたかのような敵の突撃の本質を見抜く。「おい! 観察してる場合かよハンバル!」「わかっておる、フサームよ」 ハンバルはのっそりとした動きから一転、紅梅色の巨躯をさらに膨らませ、丸太のような巨大な拳を容赦なく床へと叩きつけた。「ぬウんッッ!」 ――ズドォォォンッ!! トロル本来の規格外の膂力による衝撃波が、エドワードの小屋の床板を跡形もなく粉砕する。 爆発的な破壊が足元を襲い、突撃してきた呪具の戦士の足場を強引に奪い去った。「ガ、ガ……ァ&hell
Read more

ep52.暴かれた素顔

 足首まで浸かる冷たい泥水に足を取られながら、俺とラナンは真っ暗な地下迷宮を必死に駆け抜けていた。 背後からは、分厚い岩盤を叩き割る『報復の戦斧』の凄まじい粉砕音が迫ってくる。「ハァッ……ハァッ……!」 泥にまみれた肺から荒い息を吐き出しながら、俺たちは横穴の角を曲がった。「音がする……岩壁を削る音か?」 背後の暗闇から響いてくる不気味な粉砕音に、俺は走りながら眉をひそめた。「たぶんね……」 隣を走るラナンが、忌々しげに荒い息をつく。「くそっ、なんてデタラメな力だ……!」 振り返る余裕すらないまま、俺は悪態をついた。 追ってくる呪具の戦士は人間の限界をとうに超えた筋力で、障害物ごと横穴を削り飛ばしながら直進してくる。 ただでさえ異常な事態だが、逃げ回るうちに俺はこの地下迷宮の構造に得体の知れない違和感を抱き始めていた。 自然の洞窟にしてはやけに地形が単調で、壁の岩盤もまるで急造された土細工のように脆いのだ。 硬い岩の砕ける音ではなく、ボロリ、ボロリと安っぽい粘土が崩れるような音が響き渡っている。「当たり前よ。こんな急ごしらえの空間、見えない所まで丁寧に造られているわけがないわ」 俺の疑問を察したのか、ラナンがひどく冷めた声で言った。「どういうことだ?」「自然の洞窟じゃないってこと。魔力で無理やり継ぎ接ぎしたような、酷く安っぽい造りなのよ」「理解るのか」「うん、まあね」 ラナンはただの洞窟の岩肌を、まるで造り手の技量を品定めするかのような奇妙な言い回しで切り捨てた。 魔法使い特有の感覚なのだろうか。「逃げるなよ!」 後方からエドワードの狂気に満ちた声と共に、嫌がらせのように爆炎の魔法が放たれていた。 単純な作りの縦穴を抜けて落ちてくる爆風は、ひどく脆い天井の岩肌を容易く破壊する
Read more

ep53.ゲームオーバーの再利用

 馬頭。 かつてイグナスと共に旅をしていた頃に、一度だけ遭遇したことのある魔物だ。 二足歩行をする馬獣人で、並外れた脚力による素早さで冒険者達を襲う。 あの時も、俺とイグナスは必死に連携し、泥臭く立ち回ってようやく退けた強敵だった。 しかし、通常の馬頭の体毛は栗褐色が殆どだ。 エドワードだったものは、見たこともない灰白色に染まっている。おそらくタイプの違う新種か。「消し飛びなァ! 『灰赤の爆炎風』ッ!!」 前方へ押し流すように噴出する灰赤色の爆風火炎。 風によって極限まで増幅された火勢が、灰煙を伴って逃げ場のない行き止まりを呑み込もうと迫る。 その圧倒的な熱量に肌が焦げる感覚を覚えた直後、俺の前に細い背中が立ち塞がった。「……『蒼氷の氷嵐』!」 ラナンが両手を突き出し、凛とした声で中級呪文を紡ぐ。 彼女の手の平から蒼氷の氷嵐が巻き起こり、迫り来る灰赤の爆炎と正面から激突した。 極度の熱と冷気がぶつかり合い、地下空洞全体が悲鳴のような轟音に包まれる。 大量の水蒸気が発生し、瞬く間に視界が真っ白に染め上げられた。「ブルフゥ……ッ! バカな……俺の合成呪文が!?」 エドワードは慌てた様子だった。「どういうワケだ? 水属性の『中級呪文でどうにかなる』もんじゃねえってのに……」「単純な話よ。あなたの合成魔法は、ただ力任せに魔力をぶつけているだけよ」「力任せだと?」「あなたも急造なのね。強力な呪文は覚えているのに、肝心の魔力の調整が適当になっている」 ステータス? ラナンは一体何を言っているんだ。 急造だの、ステータスだの、まるで俺たちの住むこの世界を外側から俯瞰しているかのような奇妙な言い回し。 だが――今は気にする余裕などない。「今だッ!」
Read more

ep54.青水晶の仮面

 エドワードは別タイプの馬頭へ姿形が変わり、呪具の戦士はビュンメルという名の勇者だった。 そして、この地下洞窟という名の粗雑なダンジョン――。 立て続けに起きる急展開に混乱しつつも、俺は混乱しつつも事切れた『勇者だった男』へと祈りを捧げる。「ラナン、ともかくここから脱出しよう」「脱出?」「ああ……早くイオたちと合流しなければならない」 泥水に足を取られながらそう告げる俺の背中に、ラナンからぽつりと小さな声が落ちた。「どうせなら……ここで二人でずっといるのもいいのかもしれない」「……何を言ってるんだ」 俺が振り返ると、彼女はいつもの悪戯っぽい笑みを浮かべて肩をすくめた。「冗談よ。こんな湿っぽくてカビ臭い洞窟で一生を終えるなんてお断りだわ。さあ、早く出口を探すわよ」 そう言って歩き出した彼女の背中は、言葉の響きとは裏腹にどこかひどく寂しげに見えた。*** 地下洞窟のダンジョンは簡素なものだった。 道はほぼ一本道。 途中で魔物に出会うこともないし、宝箱が置かれているわけでもない。 しかし、グリンパーマウンテンにこのような洞窟が隠されていたとは知らなかった。「ラナン、それにしても一本道だな。魔物も出なければ、トラップの類もない」「うん……そうね……」「不思議な洞窟だ。まるで突貫で作り出したトンネルのようだ」「ええ、本当に……」 泥水を蹴り、ひんやりとした岩肌の横穴をただひたすらに進む。 単調な足音だけが反響する中、俺は自分の右手に視線を落とした。 先ほど、この手で握る魔剣アレイクを振り抜き、俺はエドワードを斬り倒した。(親友だったあいつが……なぜ魔物に……) 村で共に育ち、
Read more

ep55.故郷の村

「……そうか……サファダ。いや、そうだ。サファウダだ」 暗闇に残された俺は、星空のように渦を巻く亜空間の扉を見つめて呟いた。 ブルーニアと名乗った女。 彼女が発した言葉の数々が、俺の頭の中を激しくかき乱していく。 そして、思い出したのだ。『サファウダ』という国を――。「ラナン。お前が迷宮の森の奥で語っていた……『歴史から完全に消し去られた魔導国家』の名前だったよな」「覚えていたのね。サファウダのこと」「知っているのなら教えてくれないか」 ラナンは赤い瞳を伏せ、静かに首を横に振った。「……ごめんなさい、私にも詳しくは分からないの」「どういうことだ?」「サピロスが教えてくれた記憶の欠片――私はそれを受け取っただけよ」「お前と青の暴君、いや……サピロスだったな。あのドラゴンとお前はどういう関係なんだ?」 その問いに、ラナンは赤い瞳を伏せたまま固く口を閉ざした。 何も答えるつもりはないのだと俺が察した、直後だった。 ラナンは急に顔を上げ、不気味に揺らめく扉を指差した。「……悠長に話している場合じゃないみたいよ。あの扉、どんどん穴が小さくなっているわ」「なんだと?」 彼女の言葉に視線を向けると、確かに空間を切り裂いていた星屑の渦が縮小していた。 そう、入り口が徐々に狭まりつつあったのだ。「この亜空間は、外の世界へ繋がる魔法みたいなものだと思うけど……このままじゃ、完全に消滅しちゃうわね」「飛び込むか、この洞窟で朽ちるかの二択というわけか」 サピロスとの関係を黙秘したラナンにはまだ何か隠し事がありそうだが、今は追及している余裕はない。 ここに留まれば、いずれ崩落するこの急造の洞窟と共に生き埋めになる。「……飛び込むか」
Read more

ep56.気まぐれな設定変更

 村は何の変哲もない。そう歩く限りは――。 だが、広場の乾いた土を踏みしめた時、俺は違和感の正体に気づいて足を止めた。「……痕跡がない」「痕跡?」「ああ。足跡はおろか、風で飛んできた落ち葉一つ、道の隅に転がっていない」 俺とラナンが今つけたばかりの真新しい足跡以外、地面には何一つの乱れもなかった。 荷車が通った轍も、野良犬が歩いた跡も存在しない。 家々の窓ガラスは不自然なほどピカピカに透き通り、壁には埃一つ、雨風による汚れ一つ付着していなかった。 それは、人が去った後の廃村が持つ静けさではなかった。 誰も生きておらず、誰も生活しておらず、ただ『村という形をした置物』が並べられているだけの静寂空間。 まるで音と色と息吹が感じられない世界。 俺たちが暮らしていたはずの故郷は、息が詰まるほど完璧で空虚な作り物へと成り果てていた。「ガルア……ガルアではないか」「ッ!」 背後から響いた掠れ声に、俺は弾かれたように振り返った。 広場の隅、井戸の影からゆっくりと姿を現したのは白髪の老人だった。「そ、村……長……?」 ああ、間違いない。 俺が村を出る前まで世話になっていた村長だ。「ふぉっふぉっほっほっ……久しぶりじゃのうガルア。お前はここで何をしている? イグナス様と魔王ドラゼウフを倒すため、共に旅に出たのではなかったのか?」「……それは……」 言葉を濁した俺に、村長は乾いた笑い声を上げていた。 それが妙に不気味だった。村長の声には一切の感情がこもっていない。 まるで粘土や石で作られた魔法生物のゴーレムが決められた音を発しているかのような、ひどく無機質な響きだった。 明らかな異常性に俺が息を呑む中、村長は一定の歩幅でゆっくりと距離を詰めてくる。
Read more

ep57.月下の咆哮

「削除! 削除! 削除! 削除! 削除! 削除オオオ!」 暴鬼の咆哮が炸裂した瞬間、目の前の地面が爆発した。 村長だった巨躯が爆発的な踏み込みを見せ、大樹のような棍棒を容赦なく振り下ろしてきたのだ。「ぐゥ!」 俺はアレイクを構え、全力で受け流しを試みる。 まともに食らえば一撃で肉塊に変えられるだけの質量が、魔剣の刃を伝って両腕の骨を軋ませた。 俺の身体が無様に地面を滑るように弾き飛ばされる。「逃がさないぞよォ! モブ戦士イイイィィ!」 体勢を崩した俺の隙を狙い、怪鳥の羽ばたきが猛烈な突風となって視界を奪う。「あはははっ! 死んで頂戴な! あなたが死ねば……私は『主人公の恋人役』をもらえるのよ!」 さらに死角である地中から、アラクネの鋭利な足が槍のように俺の足元を突き刺そうと迫る。「グギギギッ!」「あひゃっ! ひゃっはははは!」 いや、奴らだけではない。 視界の端で、さらなる絶望が膨れ上がっていた。「王だ! 俺は全てを統べる『偉大な王』になるんだァッ!」「究極の魔を! 万物をひれ伏させる『大賢者の座』を寄越せェッ!」「最強! 誰にも|背景《モブ》とは呼ばせねぇ『圧倒的な力』と『拳王の称号』を!!」 ネロゴブリン、オークディザスター、アークデーモン。 それはかつて『古の大魔物大全』という書物で見たことがある。 決して足を踏み入れてはならない『禁忌のダンジョン』にしか存在しないと言われる各系統の最上位種たちだった。 いずれも、そこにしか存在しないと言われる各系統の最上位種たちだ。(書物の絵でしか見たことがなかったが……まさか、ここで遭遇するとは) 与えられなかった役割への渇望を喚き散らしながら、魔物の姿へと変貌した村人たち。 全員が飢えた獣のように、一斉に牙を剥いて躍りかかってきたのだ。「ラナン! お前は逃げろッ!」 叫ぶと同時だ。 俺は全身の筋肉が断裂するのも構わず、魔剣アレイクを握る手に己の命を削るような『底なしの筋力』を込めた。「ウオラアァァッ!」 オーガチーフと化した村長の極太の棍棒が、俺の頭蓋を粉砕せんと振り下ろされる。「破ッ!」 俺は退かずに真っ向から斬り上げた。 轟音、異音。 鋼と鋼がぶつかり合うような衝撃波が広場を吹き荒れ、巨躯のオーガブルーザーが後方へと大きくのけぞった。
Read more

ep58.雷炎の一撃

 吐き気を催すほどの血の匂いが、辺りを覆い尽くしていた。 俺の視界は、絶望の赤一色に染まりきっている。 足元に散乱しているのは魔物の死骸ではなくなっていた。 先程まで刃を交えていたはずの魔物の群れは、無惨な『人間の姿』へと変わり果てていたのだ。「うぐっ……あぁ……ぐっ!」 俺は声にならない声をあげ、吐しゃ物をぶちまけるほどの吐き気に襲われていた。「俺は……化け物だ。村の皆を……村長を、俺が……ッ!」「……ガルア……」「ラナン、これは一体どういうことなんだ。教えてくれ!」 俺はラナンにすがりつこうと手を伸ばし――直前で、その動きを止めた。「落ち着いて、ガルア……」「落ち着けるわけないだろ! 俺は、村の皆を斬ったんだぞ!」 べっとりとどす黒い血に塗れた己の指先が、彼女に触れるのを躊躇ったからだ。 いや、それだけではない。「……ごめんなさい。私にも……分からないわ」 目を伏せた彼女の悲痛な声を聞きながら、俺の頭の片隅で奇妙な引っ掛かりが生まれていた。 これほどの死闘の只中にいたというのに、夜風に揺れるラナンの衣服。 それはどこか不自然なほど綺麗だった。 まるで彼女一人だけが、初めからこの狂った惨劇の舞台から切り離された『傍観者』であるかのように。「……ッ?!」 その直後だった。「誰だッ!」 俺は咄嗟に殺気を感じ取り、ラナンを庇うように魔剣アレイクを構え直す。 それと合わせて空気が鋭く裂ける音がした。 振り返ろうとした俺の視界の端に映ったのは、血の海に場違いなほど真っ白な『拳法着』。 そして、顔の上半分を隠す無機質な仮面だった。おそらくは『武闘家』――。「ぐ、はッ……!」 誰だ、と問う暇すら与えられなかった。 呼吸の隙間を縫うような、神速の踏み込み。 仮面の女が放った掌底が、俺の鳩尾に深々と沈み込んだ。 限界を超えて稼働していたはずの腹筋が、ただの一撃で容易く粉砕される。「…………」 声なき女の追撃は止まらない。 よろめいた俺の顎を蹴り上げ、浮いた胸板に無数の拳が雨あられと叩き込まれる。 防御する暇などない。剣を振るう隙すらない。 純粋な『腕力』では最上位種の魔物すら弾き返したはずの俺の肉体が、流れるような無音の体術の前には赤子同然だった。「はァ!」 俺は無数の打撃を浴びな
Read more
PREV
1234567
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status