Все главы 死ぬほど大嫌いな幼馴染と、政略結婚することになりました。: Глава 11 - Глава 20

66

第11話 この「家」に生まれた者の役割

「事業提携だけなら、他にいくらでも方法はあるでしょう。わざわざ……人生まで、差し出す理由が分からない」 一度、言葉に詰まる。  胸の奥がざわついて、鼓動が耳に響いた。「それに……」 視線が揺れた。  冴の方を見ることができず、テーブルの木目に目を落としたまま、絞り出す。「どうして、女性との婚姻じゃないんですか」 理屈じゃない。常識とか、前例とか、そういうものを並べたいわけでもない。  ただ――この話が現実だと認めてしまうのが、怖かった。「……どうして、俺たちなんですか」 最後の一言は、ほとんど祈りだったけれど、その一言に、父さんはあからさまに顔を顰める。  冴の父はその目でのやりとりに気付くと、父さんに代わって答えた。「逆に聞こう。今の時代、女性でなければならない理由が、どこにある?」 その答えに、俺も、冴も言葉を失った。  女性に、配偶者に出産を求めている訳ではないと分かったからだ。  “養子”という言葉が頭に浮かぶと同時、俺と冴は互いに顔を見合わせた。  だって、そもそもその合理的な考え方で後継者を繋いでいくのならば――「お前たちは、私たちがなぜ実子を設けたのか疑問に思っているだろう。  答えは単純だ。先代――つまり俺たちの父からの命令だ」 父さんは脚をテーブルの下で組み替えると、忌まわしい記憶を見つめ返す様に眉間に皺を寄せた。「昔の時代、養子を迎えるなどというのは、家の血を残すことに対する失敗の証。怠慢の証と見なされる。女性を孕ませることができない者は、家の恥として扱われる時代だった。  ……しかし、私が当主となった今。香月家が重んじているのは、血そのものじゃない。香月流という“型”と“思想”を、寸分違わず次代へ残すことだ。ただし、それは“兄弟全員に適用される原則”ではない」 その言葉を、冴の父親は黙って聞いていた。  父さんは筆で書かれた我が家の家系図をテーブルに広げると、俺と冴にそれを見せつけるように言った。「香月家は、家族ではない。組織だ。必要な場所に、必要な人間を配置する。この家に生まれ落ちた者には、それぞれ役割がある」 父さんの口から、家族観を言葉で聞かされるのはこれが初めてだった。  万年筆をそっと滑らせ、順に指し示していく。「長男の百合は“顔”だ。香月家の顔として立ち、血統の正当性を示す存在
last updateПоследнее обновление : 2026-04-14
Читайте больше

第12話 拒否する自由の代償

「……今だから言えるが――昔だったら、その場で終わらせていた。産婆に任せて、首を折らせる。死産だったと処理する。香月の家では、それが普通だった時代がある。理想通りの性別じゃなかった場合や、一目で障碍があると分かった場合もしかり。  だが、今はそういう時代じゃない。医療も、戸籍も、監査も厳しいからな」 そこまで言い切ると、冴の父親が隣で目を逸らしたまま短く息を吐いた。「だからお前は生かされた。それだけだ。愛情など、一度も向けていない。私たちは義務を果たしたに過ぎない。戸籍に入れ、衣食住を与え、教育を受けさせた。  それ以上はない。そして高校卒業が見えた時、お前をどう処分するかという話になった。妻は無関心だったし、私も、家に残すか、外に出すかで迷っていた。そこに――」 父さんのその後を引き受けるように、冴の父親は一枚の書類を取り出して言った。「……後堂家から取引を持ちかけたんだよ」 その紙には、項目と数字が並んでいる。 三十億。 その一番上に、はっきりと俺の「値段」が書かれていた。「この金額で、後堂家は君を冴の配偶者として引き取る。これは祝儀でも身請けでもない。譲渡に対する対価だ。君が香月家の資産として、後堂家に移る。その代わりに、香月家には三十億が支払われる。  君には後堂家での役割が与えられる。冴の配偶者として欧州に渡り、ビザを取得し、法的に婚姻関係を結ぶ。血縁は不要だ。後堂家が選定した養子を迎え、二人で育てる。それだけの話だ」 まるで小さな子供に、絵本の幸せな結末を読み聞かせるみたいな言い方だった。  すると、そこまで黙っていた冴が腕を組んだまま、口を挟んだ。「三十億の根拠は?」 その問いかけも予想通りだと言わんばかりに、父親たちは淡々と、項目を読み上げた。「内訳だ。香月家への対価が十六億。家名の使用権料だ。香月流の歴史、格式、物語を後堂ブランドに組み込むための費用で、支払い先は個人ではなく“香月”だ。  次に、美森くん本人の生涯管理費が八億。生活費、語学、マナー、表情管理、海外公式行事への投入。冴の配偶者であり、“顔”として使うための費用でもある」 冴の父親はゆっくりと椅子から立ち上がると、革靴の靴音を鳴らしながら俺の方へ歩み寄った。  そして、その場で膝の上で拳を二つ作って固まり続ける俺の顎を掴む。「養子縁組および次代育
last updateПоследнее обновление : 2026-04-14
Читайте больше

第13話 突き付けられた契約書

「美森くんが、どう扱われるかは……想像がつくだろう? 三男の使い道が、完全になくなる。籍を残す理由も、庇護する理由も、なくなる」 俺は思わず父さんの方を見た。縋る、というより、確認するような目で。  けれど、父さんは視線を合わせない。  書類の端を整え、ペンの位置を直し、そこにある“現実”だけを見ていた。 ――ああ、本気なんだ。 その理解が遅れて届いた瞬間、胸の奥が崩れた。  後ろ盾がない。守る気も、守る意思も、最初からなかった。  涙が、音もなく落ちる。「……と、父さん。俺は――」 声が震えた瞬間、被せるように言葉が落ちた。「お前の感情論に興味はない」 冷たく、即答だった。「泣こうが縋ろうが、現実は変わらない。嫌なら、卒業と同時に勘当だ。家も、金も、庇護も失って外に出るだけ。受け容れれば、今まで通り。何一つ変わらない贅沢な生活を、何不自由なく続けられる」 まるで、救済策を提示するかのような口ぶりだ。「何を迷う必要がある? 十年来の気心知れた幼馴染だぞ。条件としては、悪くないだろう」 選択肢は二つあるように見せかけて、最初から一つしか用意されていない。   冴と俺は、目を合わせた。  冴の瞳には焦り、不安、苛立ち――色々な感情が混ざっている。「お互いの我儘で、三十億が消える。その責任を、誰が取る?」 そこまで言い切られた瞬間、俺は――喉の奥が裂けるほどの衝動に駆られた。  逃げたい。この部屋からじゃない。この人生そのものから、跡形もなく消えてしまいたかった。  もし俺が、生まれてこなければ、父さんも、母さんも、こんな無駄な手間を背負わずに済んだ。  失敗作を抱えたまま、体裁を取り繕う必要もなかった。  冴だって、そうだ。  政略結婚を課される運命は避けられなかったとしても――よりにもよって、世界でいちばん嫌いな俺と、人生を結びつけられることだけは、免れたはずだった。(全部、俺のせいだ……) 俺が存在するから、誰かの未来が歪む。俺が息をしているせいで、誰かの夢が切り捨てられる。  声にならない叫びが胸の内で暴れ回るのに、唇は一切動かない。  隣を見ることも出来ず、ただ俯いたまま、俺と冴は沈黙に縫い止められていた。 その沈黙を裂くように、音もなく、二枚の紙がテーブルに置かれる。誓約書だ。  目を落とした瞬間、
last updateПоследнее обновление : 2026-04-15
Читайте больше

第14話 お前の盾になる

 沈黙が支配する部屋で、俺たちはただ、誓約書に目を落としていた。  細かく区切られた条文が、紙面を埋め尽くしている。  人の一生を、どう扱えばここまで無情に置換できるのか。吐き気を覚えるほど理詰めな言葉の羅列に、思考が麻痺していく。  一通り目を通し終えたところで、俺はどうしても看過できない箇所に指を置いた。「……『高校卒業までの期間、月に一度の外出を行い、対外的に親密な交際を示すこと。学園内においては、公式に恋人として振る舞う』……というのは、何故ですか?」 声は、自分でも驚くほど凪いでいた。混乱の極致に至り、感情が磨り減ってしまったのかもしれない。  冴の父が、待っていましたと言わんばかりに薄く口角を上げた。「あえて撮らせるんだよ。パパラッチにな」 あまりに軽い調子だった。「もちろん、手を繋いだり、必要なら口づけもしてもらう。公式発表の前から、『後堂の次期後継者と香月の息子の関係』をメディアに嗅がせ、世論を外堀から埋めるんだ。大衆はそういう『秘められた恋』が大好物だろう? 疑惑、匂わせ、禁断――食いつきが違う。株価への影響も、プラスに働く計算だ」 冴が、ゆっくりと父親たちに視線を向けた。その瞳に浮かんでいたのは、激昂を通り越した、根源的な嫌悪だった。  それでも冴は視線を逸らさず、続く条文を、毒を吐き出すかのように読み上げる。「……『性行為に関しては、互いにのみ行うこととし、第三者との肉体関係を持ってはならない。浮気行為は厳禁とし、違反した場合は多額の慰謝料および契約上の違約金の支払い義務を負う』……」 一拍、重苦しい間が置かれる。「ここまで、私生活を縛り付ける必要があるとは思えませんが」 抑えられた冴の声。それがかえって、彼の堪忍袋の緒が限界まで引き絞られていることを物語っていた。  すると、その反論の芽を無慈悲に踏み潰すように、父さんが即座に言葉を被せた。「女性相手であれば、また堕胎などの不祥事を引き起こす可能性がある。雲雀の時のような失態は二度と許されない。……相手が同性であってもだ。どこの馬の骨とも知れぬ輩から訴訟を起こされたり、スキャンダルの火種になることは断じてあってはならない。だから、管理する。お前たちの感情ごと、欲望ごと、檻の中に閉じ込めるんだ」 そして、追い打ちをかけるように付け加えた。「……どうしても相
last updateПоследнее обновление : 2026-04-15
Читайте больше

第15話 父親たちの祝意

 俺は静かに頷き、正面を向き直した。震える手でペンを持ち直し、欄に名前を記す。  ただの署名だ。名前くらい、何百回、何千回って書いたことがあるだろ。そんな風に、必死で自分に言い聞かせる。 いつも通り書くだけなのに、紙の上にインクが染み込むたび、魂の欠片が削り取られていくような感覚があった。 「後堂 冴」  「香月 美森」 二つ並んだ名前に、また視界がゆらゆらと揺れて、滲む。  今日ほど、自分がこの世に生を受けたことを呪った日はなかった。 最後のページ。差し出された朱肉に、親指を押し当てる。  一瞬の躊躇があった。けれど、止まる理由はもうどこにもない。止まったところで、俺と冴の世界は一ミリも変わらない。  紙に拇印を強く押しつけると、生々しいほどにくっきりと残った。  冴も、同じように自身の血を分かつような印を、俺の名に隣り合わせる。 お互いに沈黙したまま、置かれたティッシュでそっと指先を拭っても、その親指には呪いのような朱色が残っていた。「――いやあ、よかった、実によかった!」 その紙を回収するなり、冴の父が心底嬉しそうに笑った。  俺の父もまた、長年の懸案が片付いたかのように、深い安堵の息を吐く。「これで、すべてが計画通りに動き出すな。実に合理的で、まさに理想的な着地だ」 二人は視線を交わし、満足げに頷き合った。  さっきまでこの部屋に張り付いていた絶望や苦悶など、最初から存在しなかったかのように。  祝福すべき「取引」が、無事に成立しただけだと言わんばかりに。「結納は一ヶ月後だ。場所は後堂家の本邸で行う。両家の重役、関係各所、必要な立会人はすでに押さえてある。日程の変更は一切認めない。……当日は正式な儀式だ。記録も残るし、写真も出る。半端な身なりで一族の恥を晒すことは許さんよ」 冴の父が、まるで余興を楽しむような口ぶりで付け加える。 一方で父さんは、そんな行事はまるで興味がなさそうな、面倒事だとでも言いたげに、長い溜息をついていた。「冴には家紋入りの正装袴を。美森くんには、香月の意匠を緻密に織り込んだ特注の着物を用意させる。既製品では格が足りないからな。採寸は今週中だ。香月家と縁深い老舗の職人に、一生に一度の『役目』に相応しい花嫁衣裳。至高の一枚を仕立てさせよう」 それは祝意でも配慮でもない。豪華な絹織物によって
last updateПоследнее обновление : 2026-04-15
Читайте больше

第16話 心を埋める相手

 政略結婚の契約を交わした夜、俺は実家に立ち寄ることなく、そのまま学園へと戻った。 そもそも、俺がこんなに早く実家に帰ったところで、父も母も快く思わないことは明白だった。  想定済みだった冴との婚約に対して、祝辞を述べることも、喜色を浮かべることもないだろう。冷え切った食卓に座るくらいなら、無駄に足を運ぶ必要はない。 一方で、冴はといえば、父親に半強制的に実家へと連れ戻された。  別れ際の会話から察するに、婚約期間中に学園で「偽装恋人」として振る舞うための、完璧な演技指導。冴の父親の、理想を叩き込まれる作業が待っているようだった。 帰りの車内、暗い窓の外を眺めながら、最後に冴が口にした言葉を何度も反芻する。 “俺が一生、お前の盾になる” あんなに憎んでいたはずなのに。冴だって、俺のことを嫌悪していたはずなのに。  あの瞬間だけは、不条理という名の濁流から、お互いの身を必死に守り合っているような気がした。 * 寮へ辿り着く頃には消灯時間をとうに過ぎ、日付が変わろうとしていた。  警備員も寮監も、俺の顔を見るなり「香月の息子」であることを察し、門限の遅れに口を挟むこともしない。その特別扱いが、今はひどく疎ましかった。  生徒会役員専用棟の重い扉にパスをかざし、人気のない長い廊下を歩いて自室の鍵を開ける。 灯りをつける気力すらなく、そのままベッドに身体を投げ出した。  頬に触れる冷たいシーツの感触に、丸めた膝を抱え込む。そこでようやく、自分がひどく震えていることに気づいた。  背中に重く張り付いているのは、冷たい恐怖と、逃れようのない後悔だ。    もう戻れない。自ら選んだ道ではない。  背中を押されたのではなく、逃げ場のない檻に押し込まれたのだ。  それなのに、机上の書類に並んだ「合意」という二文字が、事実を上書きしていく。 父の声が、耳の奥で呪詛のように再生された。それは鋭利な刃物のように突き刺さるものではない。  じわじわと毛細血管の隅々にまで染み渡り、呼吸の仕方を忘れさせる遅効性の毒のようだった。 “愛情など、一度も向けていない” 心臓を素手で掴み上げられるような感覚。少しずつ、確実に、自分の輪郭が他者の意図に侵食されていく。  不安と絶望の重圧に耐えかね、俺は縋るように手元のスマホを握りしめた。  こんな夜に、
last updateПоследнее обновление : 2026-04-16
Читайте больше

第17話 「俺のことを抱いてよ」

 ベッドにそっと横たえられると、黒瀬は穏やかな、あまりに静かな微笑を浮かべた。その仕草一つひとつが、俺という壊れやすい存在を繋ぎ止めようとするかのように慎重で、前髪を払う指先は羽が触れるほどに淡い。「美森様が眠りにつくまで、ずっと起きていますから」 深夜の静けさに溶けるようなその声は、だから安心していい、と俺の幼い頃からの孤独を包み込むようだった。俺が縋るようにその瞳を真っ直ぐに見つめると、黒瀬はほんの少しだけ目を細める。慈しみと、どこか諦観の混じった、彼特有の眼差し。 頭を撫でる手のひらの重み。指先が、流れるような軌跡を描いて頬を滑る。  その体温すら、今の俺には凍えた魂を溶かす唯一の救いでしかなかった。 熱を求めて彼のシャツの襟元を掴み、額を押し付ける。 黒瀬はあからさまに自分の腰を引き、俺との間に冷たい境界線を引こうとした。「美森様、その……あまり近いと、俺も、自分を律しきれません」 苦渋の滲むその言葉に、胸の奥で何かが爆ぜた。  それが彼なりの理性に裏打ちされた誠実さだと頭では理解できても、今の俺には「拒絶」という刃にしか感じられない。澱んだ感情が、理性より先に言葉となって噴き出した。「……敬語、やめて。昔みたいに、俺の名前を呼んでよ」「ですから、それは親衛隊としての規律が……」「俺が今、この部屋に呼んで話したいのは、規律に縛られた親衛隊なんかじゃない! 黒瀬宗佑なんだよ!」 叫びと同時に、俺は弾かれたように黒瀬に馬乗りになった。  突然の暴挙に、黒瀬の瞳が驚愕に大きく見開かれる。見下ろす俺の視界の中で、彼の両手は反射的に俺の腰を支えていた。突き飛ばすことも、押さえつけることもせず、ただ俺がベッドから転げ落ちないように守っている。その揺るぎない献身が、今の俺にはひどく残酷に映った。「美森様……?」「黙って」 問いを遮るように声を重ね、強引に彼の唇を封じる。    ――瞬間、脳裏をどす黒い既視感が掠めた。  この傲慢な振る舞い。相手の言葉を圧殺し、支配下に置こうとする強権的な態度。それは、俺が心底吐き気がするほど忌み嫌ってきた、「父」そのものだった。 立場の差を理解している相手にだけ向ける、あの温度の低い抑圧。  逆らえないと分かっている相手を、追い詰め、口を封じるやり方。  丁寧な言葉の裏で
last updateПоследнее обновление : 2026-04-16
Читайте больше

第18話 あなたのことを愛している

「……美森様、自分が何を仰っているのか、分かっておられるのですか?」 それは、彼が守り続けてきた忠誠心と、男としての本能が激突する、凄絶な抑制の証だった。  ああ、そうだ。俺がこんな破滅的な誘いを口にするなんて、この世界の誰よりも、彼が一番想像していなかったはずだ。 でも、これは決して安っぽい欲情なんかじゃない。  ただ、この先の人生で、心も身体も未来も、何もかもが「家」というシステムに奪われていくことが決まってしまった今。せめて一度だけでいいから、抗えない運命が塗り潰される前に、“自分という個人が愛された夜”をこの魂に刻みつけておきたかった。  これから先、何度心を殺し、作り笑いを浮かべて生きることになっても。あの夜、確かに誰かが自分の温度を求め、自分という存在をその腕の中に留めてくれた。その記憶さえあれば、地獄のような日々でも呼吸を繋いでいける気がしたから。 夜が明ければ、冴は学園に戻ってくる。  俺の立場も、彼との歪な関係も、すべてが冷たい「既定の形」へと強制的に戻される。もう二度と、こんなふうに心の防波堤を壊して黒瀬と向き合うことすら、許されなくなるんだ。「俺に二度も言わせるなんて、黒瀬も、案外酷い男だね」 自嘲を隠しきれない微笑を浮かべ、震える指先でシャツのボタンを上から順に外す。布地が滑り落ち、露わになった胸元に夜の冷気が触れた。  黒瀬の視線が、隠しきれない熱を帯びて俺の肌に釘付けになるのが分かった。「待ってください」 低い声が鼓膜を震わせた。 弾かれたように上体を起こした黒瀬は、逃げることさえ許さない強引さで俺と額を突き合わせ、互いの唇が触れ合う寸前の距離で止まった。 至近距離で射抜くような、熱を帯びた瞳。その圧力に圧されて、思わず喉を鳴らす。抱き上げられるようにして彼の膝の上に座らされているせいで、いや応なしに肌が熱を伝えてくる。密着したその中心が、獣のような熱を持って硬く膨らんでいることも、今の俺には明白に理解できてしまった。 そのまま、俺の身体は抗う間もなくベッドへと組み敷かれた。 背中に沈み込むマットレスの感触。重なる彼の質量。 いっそこのまま、理性をなぎ倒すような荒々しさで抱かれたいと、俺は祈るように目を閉じる。 けれど、頬に触れたのは、期待した暴力的な衝動ではなく、薄氷に触れるような、あまりに優しく切実
last updateПоследнее обновление : 2026-04-16
Читайте больше

第19話 幸せを噛みしめる朝

 日曜日の朝。目を覚ました時には、もう黒瀬の姿はなかった。  昨夜の熱がまだ肌のどこかに残っているというのに、隣のシーツは平坦に整えられ、ひんやりと空いている。  その代わり、枕元には一枚の紙が置かれていた。スマホで送れば済むような内容を、わざわざ手書きで残すあたりが、いかにも彼らしい。 “朝食をテーブルに用意させて頂きました。キッチンを勝手に使ってしまい、申し訳ありません。黒瀬” お手本みたいに整った、迷いのない筆致。  そして、他人の家であることを強調するような律儀すぎる文面に、思わず小さく息を吐く。  こんなことまでしなくてもいいのに――そう毒づきながらも、どこか惜しむようにベッドを降り、リビングへ向かった。 テーブルの上には、湯気の消えかけたホットサンドと、ふわりと焼かれたスクランブルエッグ、こんがりと色づいたウィンナーがワンプレートに盛り付けられていた。どれも、俺の好物ばかりだ。  キッチンに目をやると、朝方に火を使った形跡は微塵もない。シンクの水滴すら拭き取られ、コンロもまるで最初から誰も立ち入っていなかったかのように整えられている。  黒瀬は一体、いつ寝て、いつ起きたんだろう。  そんな疑問を、まだ夢の続きを引きずったままの頭で考えながら、ソファーに腰を下ろしてホットサンドを齧った。  サクッ、という軽い音と共に、バターとチーズの豊かな香りが広がる。胸の奥が温かくなるのを感じていた、その時。  スマホが震えた。  画面に表示された名前を見た瞬間、胃の奥がひくりと冷たく縮む。 ――後堂 冴。 生徒会の連絡用として番号は登録してある。けれど、向こうから直接電話がかかってくるのは、これが初めてだった。  一度、深く肺の空気を入れ替えてから、通話ボタンをスライドさせる。「……なに?」 我ながら、歓迎の色のない第一声だった。『……婚約者に向かってその態度じゃ、先が思いやられるな』 受話口から聞こえるのは、低く、低音で安定した淡々とした声。  姿は見えずとも、冴の氷のような眼差しがありありと脳裏に浮かぶ。  確かに俺と冴は「婚約者同士」だ。けれど、それは家の都合でしかない。人の目の届かない場所まで、あたかも恋人のように振る舞う義務はないはずだ。  そう言い返そうとするより先に、冴が先制した。『今から実家を出る。昼過
last updateПоследнее обновление : 2026-04-17
Читайте больше

第20話 キスなんかしたくない

 十三時をわずかに過ぎた頃、廊下を挟んで向かいの部屋をノックした。  返事は一拍遅れて、内側から重い鍵の外れる音がする。  ドアを開けたのは、私服姿の冴だった。  学園で見慣れた制服姿とは違い、装飾のない上質なシャツとスラックスが、彼の線の細さと表情の硬さをかえって際立たせている。「遅い」 開口一番、それだけ。「何言ってんの。ちょっと過ぎただけでしょ」 自分でも驚くほど、トゲのある声が出た。  冴は一瞬、眉をひそめる。その表情は、不作法な飼い犬を躾けたい衝動に駆られているようにも見えた。「……入れ。座れ」「いちいち命令しないでくれる?」 冴の部屋に足を踏み入れるのは、玲央や苑真が一緒のときだけだった。生徒会のイベント後の「打ち上げ」と称して、彼らは理由をこじつけては俺たちを同じ空間に閉じ込め、どうにか歩み寄らせようとしていたのだ。  もっとも、その努力が報われたことは一度もない。結局いつも、どちらかが不機嫌になって終わる。  だから、こんなふうに逃げ場のない二人きりは、これが初めてだった。 俺はソファーの端に、いつでも逃げ出せるような姿勢で腰を下ろした。  冴は反対側の端に、境界線を引くように座る。  その間のローテーブルには、不自然なほど整然と書類の束が積まれていた。一目で、冴の父親――あの権威の塊のような男が用意したものだと分かった。「まず、父親たちの要求事項だ」 冴は一枚目を手に取り、感情を削ぎ落とした事務的な声で読み上げる。「基本的に登下校は一緒。移動時は手を繋ぐか、腕を組む。毎朝、俺がお前の教室まで送り届ける」 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に鉛を流し込まれたような感覚に陥った。  何が悲しくて、こいつと毎日、全校生徒の好奇の目に晒されなきゃいけないんだ。「……それから、昼食は食堂の生徒会専用スペースで共に摂ること。廊下ですれ違った際も必ず視線を合わせ、言葉を交わす。とにかく――親密さを強調しろ、と」 淡々と続く説明は、もはや演出指示書だ。俺と冴は、そこに配置された都合のいい役者に過ぎない。  冴が次のページをめくると、そこには目を疑うような見出しが躍っていた。「え、何これ」 思わず身を乗り出し、その文字を凝視する。「『キスについて』……?」「基本は頬。だが、状況次第では――そういう記載だ。頻度は最
last updateПоследнее обновление : 2026-04-17
Читайте больше
Предыдущий
1234567
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status