Все главы 死ぬほど大嫌いな幼馴染と、政略結婚することになりました。: Глава 21 - Глава 30

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第21話 早く目を閉じろ

「……別に平気」 声は、自分で思っていたよりもずっと平坦で、空虚だった。  冴はそれを値踏みするように、至近距離からじっと俺を見てくる。視線を一向に逸らさないその無遠慮さに、胸の奥がざわざわと不快な波を立てた。 次の瞬間、手首を硬い指先で掴み上げられ、強引に身体を引き寄せられる。  抗う隙すら与えられず、背中に回された大きな掌の存在だけが、嫌なほどの現実感を伴って迫ってきた。「な、なに……っ」「練習だ。……早く目を閉じろ、最低限のマナーだぞ」 感情の起伏を削ぎ落とした、氷のような声。  命令とも、無慈悲な宣告とも取れるその言い方が、俺から逃げ場を奪い去っていく。「待って。練習する必要なんて、無いと思う」「何故?」「その場の雰囲気で、適当にやればいい。……無駄なことに時間を割くのだって、冴だって嫌でしょ」 一瞬、部屋の空気が凝固した。  次いで、強引に顎へ指がかかり、視線を強制的に引き上げられる。「たかがキスくらいで、何を躊躇ってんだよ。処女でもあるまいし。ピーピー騒ぐな」 吐き捨てられた、冷たい言葉。  なのに、重なりそうなほど距離だけが近い。 俺はそれ以上何も言えなくなって、逃げるように唇をきつく結んだまま、俯いた。「……美森」 名を、呼ばれた。  いつもより低く、毒気を含んだ甘さのある声。  それが周到に用意された“演技”だと分かっていても、そんなふうに名前を呼ばれたのは初めてで、心臓が不規則な音を立てる。 背中に回された手にぐいと力がこもり、後退る余地が完全に消える。  熱い吐息がかかる距離。身体が拒絶反応で硬直していくのが分かった。自分でもはっきり自覚できるほど肩に力が入り、思わず身をすくめる。    冴は俺の唇に、確かめるように親指の腹を添えた。  ほんの一瞬、慈しまれたのかと錯覚しそうになるほど、その仕草だけは丁寧で、偽物とは思えない距離感だった。  何も言葉を返せずに立ち竦んでいると、今度は静かな、ひどく落ち着いた声で告げられる。「目、閉じて」 さっきまでの高圧的な命令口調とは違う。  そう意識した瞬間、抗えない引力に屈するように、そっと瞼を下ろした。 一拍の、空白。  次の瞬間、唇に、確かな重みが触れる。 これはあくまで“作業”だ。感情を乗せる必要なんてない。  そう自分に言い聞か
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第22話 媚びろって言ってんだよ

ここに来てまで、大切に想っている人の名前を、汚すように出されて頭に血が上った。むかつく。本当に、むかつく。 ――やっぱり、こいつが大っ嫌いだ。 そんな俺の嫌悪が顔に出ていたのか、冴は軽く首を傾げて嘲笑った。 「……ああ、なるほど。黒瀬とは、まだお子様のキスしかシてないのか」 「え、なに――」 喋り終える前に、冴が俺の顎を力任せに掴んだ。 そのまま無遠慮に舌を突っ込まれ、ソファーに縫い付けられたまま、身動きが取れない。 「んぅ、や……やめ……っ!」 「舌出せよ。そんなことも分からないのか?」 怖くて、汚されたくなくて。口を閉じようとしても、冴はそれすら逃さないと言わんばかりに、舌先を捕まえるようにして強く吸い上げた。 「ん、ん……っ……あ」 ――こんなの、知らない。キスってこんな、痺れさせるような甘い感覚をもたらすものなの? 「ちゃんと鼻で息しろ」 合間に冷たく命じて、ぢゅる、と冴はわざと水音を立てると、俺の口内からすべてを奪っていくように貪り尽くした。 視界がくらくらする。それが酸欠のせいなのか、それとも……。 「んう……ん~~っ、……はぁ……っ」 離してほしい、と両手で必死にその身体を押し返しても、岩のように動じない。 吸われてばかりだったのが、今度は口の中に、もはやどちらのものか分からない唾液を流し込まれて、思わず喉を鳴らして飲み込んでしまった。 「さ、さえ……っ……」 げほっ、と咽せるのが収まると、また容赦なく体重をかけられ、唇は重なり続けた。 ――なんで、気持ちいいの。 止めて欲しいのに、最低なはずなのに、身体が熱い。 気づけば、俺はしがみつくように冴の首筋に腕を回していて。 冴もまた、俺の頬や耳に触れるように片手を添えてくる。 (もっと触れてほしい……もっと、深く……) ぼんやりとした意識の中で、そんな風に次を求めてしまった自分に気づき、はっと正気に戻る。 ――俺だけ、全然演技になってない。 散々弄ばれた舌と舌が離れると、まるで未練を示すかのように銀色の糸を引いた。 掴まれていた手首が解放され、肺に空気が戻るよりも先に、冴は俺を見下ろして冷酷に言い捨てた。 「正直、期待外れ。恋人ならもっと欲しがる素振りしろよ」 「は……?」 「媚びろ
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第23話 学園での公開キス

 週明けの月曜日。身支度を整えていると、控えめなノックの音が響いた。「迎えに来た」 聞き慣れた冴の声に、思わず小さく息を吐いてからドアを開ける。 俺が叩いたその頬の痕はさすがに綺麗に消えていたけれど、あのときの空気まで消えたわけじゃない。視線が合った一瞬、互いに何も言わず、ただ探るように見つめ合う。気まずさも感情も、そのまま胸の奥に押し込めて。俺たちは“役割”を演じるために、学園に向かった。 冴の腕に、指を絡める。ほんの少し距離を詰めただけで、周囲からの視線が一斉に集まるのが分かった。 そのまま並んで学園の門をくぐった瞬間――空気が、目に見えて変わった。 一拍の沈黙。次の瞬間、ざわり、と波が立つ。 最初は小さな囁き声だったものが、あっという間に連鎖して、校門前は騒然となった。立ち止まる生徒、スマホを取り出す者、信じられないものを見るように目を見開く者。 冴と俺が腕を組んで登校してきた、その事実だけで、世界がひっくり返ったみたいな反応だった。「え……? 冴様と……美森様?」 ざわめきは、悲鳴に近い声へと変わっていく。「う、嘘……お二人は付き合い始めたってこと?」 「いつから!? 先週までそんな噂なかったよね!?」 「告白したのどっち!?」 「冴様でしょ」 「いや美森様からって線も……」 「ちょっと待って、親衛隊は!? 解体!? それとも抗議集会!?」 誰も彼もが勝手なことを言い、勝手に混乱している。 注がれる視線は痛いほどで、好奇と嫉妬と動揺が入り混じった空気が、まとわりつくように重かった。 それでも冴は、何事もなかったかのように歩調を乱さず、俺の腕を自然に引き寄せて進んでいく。その落ち着きが、余計に周囲の動揺を煽っていた。 教室の前に辿り着いて、ようやく足を止める。 俺はゆっくりと指をほどき、冴の腕から離れた。「あとでまた、迎えに来る」 低く、誰に聞かせるでもない声。それでも、その一言ですら見世物にされる。 黙って頷いた途端、周囲から一斉に声が飛んできた。「美森様、照れてるの可愛いね」 「無言で頷くの、恋人感すごくない?」 「本当にお美しい二人だよねー……」 ――は? んなわけあるか。これは全部計算だ。 “可愛く見えるように”、しおらしく振る舞っているだけだっていうのに。 そう心の中で悪態をつきなが
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第24話 婚約者vs幼馴染

目を一向に逸らそうとしない黒瀬に、冴は牽制するようにはっきりと言った。 「これからは俺の許可なく、美森に話しかけるな」 「――恐れ入りますが」 黒瀬は一歩も引かず、視線を逸らさない。 「私が慕っているのは美森様個人です。後堂様の“許可”を仰ぐ理由はございません」 「随分と偉そうだな。立場が分かっていないらしい」 「いいえ、分かっております。ですから申し上げているのです。私は美森様の親衛隊員であり、あなたの支配下ではありません」 冴の口元が、わずかに歪む。 「悔しいか?」 「いいえ」 即答だった。そして、黒瀬はどこか小馬鹿にしたように、口元を少しだけ歪めて冴を見つめたままだ。 「事実を述べているだけです」 「負け犬の遠吠えにしか聞こえないな。俺が先に好きだと伝えた。付き合うことにした。先週末の時点で、親同士の話もついている。――要するに、この交際は両家の親が公認している」 一瞬、廊下の空気が張りつめる。 「お前が入り込む余地はどこにもない。 美森に近づくのは俺が許さない」 「……失礼ながら」 黒瀬は小さく息を吸い、丁寧に言葉を選んでいるようだった。こんな空気感、やり取りの中でも、勤めて冷静に振る舞う黒瀬が俺は少しだけ怖かった。 「それは“ちょっかい”ではなく、業務連絡です。その違いもご理解いただけないほど、感情的になっておられるのでしたら――貴方こそ、生徒会の会長として不適切では?」 ぴし、と見えない火花が散った。周囲の生徒たちも、黙って一言も発さないまま、固唾を飲んで見守っている。 「茶道の名家、次期当主。聞こえはいい。だが、その中身はどうだ? 裏では黒い噂が絶えない家の跡取りが、よくも“格”を語れるな」 「……確かに、当家には黒い噂が絶えません。ですが、黒瀬家と香月家は、そうした浮き沈みすら含めて、何代にもわたって茶と華を支えてきました」 一歩も下がらず、淡々と。黒瀬は自分の家の格を守りつつ、冴に言い返した。 「流行や評判ひとつで切れる関係ではありません。当主が誰であろうと、時代がどう移ろおうと――両家の結びつきは、そう簡単に断てるものではない。ですから私は身を引きません。それが“恋慕”であっても、“家の縁”であっても、美森様のそばに在る理由は、最初から失われていないのです」 そう言って、黒瀬
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第25話 結納の衣装

交際は隠すものではなく、オープンにしていくこと。加えて、両家公認の関係であること。 冴は一切の迷いなく、黒瀬たちの眼前にその事実を突きつけた。 まさか彼らは思いもしないだろう。その言葉が、冴自身の純粋な意思だけで吐かれたものではない上に、その冴ですら親という巨大な存在の支配下で袋小路に追い込まれているだなんて。 話し合いの最中、黒瀬は何度も、言葉にならない何かを訴えるような視線を俺に向けてきた。 それに気づくたび、まるで見せつけるかのように、冴は椅子に座ったまま俺の指先に深く絡めたり、囲い込むように腰へ腕を回したりする。 あからさまに拒むのも不自然で、俺はされるがままにしていたけれど、室内の空気は、肌がひりつくほど鋭く張り詰め、呼吸をするたびに肺の奥が焼けるようだった。 結論として――親衛隊は解散しない。 ただし、俺と冴の交際を「見守る」という大義名分のもと、そのまま据え置かれることになった。 俺に接触を許されるのは、隊長と副隊長のみ。それも、業務上必要な最低限の言葉を交わすだけに制限される。 俺の隊員である羽鳥と黒瀬は、冴に対する苛立ちを隠しきれていなかった。おそらく俺が、暴力的なまでの力で手籠めにされたとでも思っているのだろう。向けられる敵意は露骨で、視線ひとつにも毒のような刺があった。 反対に、冴の親衛隊の隊長と副隊長に目を向けると、二人はさっと視線を逸らし、条件反射のように深々と頭を下げてみせる。その歪んだ従順さだけで、冴が普段どれほど凄まじい圧で彼らを調教しているのかが、嫌というほど伝わってきた。 親衛隊の四人が部屋を出て行くと、それまで沈黙を保っていた玲央と苑真が、示し合わせたように俺を囲んだ。「ほーんと、一体どういう風の吹き回し? 二人とも、昨日まで殺し合い始めそうなくらい憎み合ってたのに」 苑真はケラケラと、無邪気を装った残酷な笑い声を上げる。「まぁ、それも愛情の裏返しってやつだったんじゃねえの? 俺はさ、二人が幼等部で仲違いする前に戻ったみたいで、正直うれしいよ」 玲央の屈託のない言葉に、俺は張り付いたような笑みを浮かべてやり過ごす。 二人は最初こそ、この唐突な交際を疑っていた。けれど、冴のあまりにも過剰な独占欲の誇示と、俺の暴言がぴたりと鳴りを潜めたのを見て、それが事実だと飲み込んだらしい。
last updateПоследнее обновление : 2026-04-19
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第26話 これは不貞?

ピピッ、と短い電子音。一瞬、幻聴かと思った。けれど次の瞬間、俺の背筋に冷たいものが走る。 ゆっくりとドアが開き、廊下の冷淡な明かりが差し込んだ。 その光の輪の中に立っていたのは――黒瀬だった。「……すみません。非常用として預かっていた複製のカードキー、使わせてもらいました」 低く、凪いだ湖面のような声。けれど、いつもの黒瀬とは決定的に何かが違う。 余計な感情をすべて削ぎ落としたような、静かで、それでいて狂気を含んだ張りつめた空気を纏っていた。「ま、待って。こんなところ、冴に見られたら……」 怒られるかどうか、なんて次元の話じゃない。 この状況そのものが、俺の脆い立場を根底から突き崩す。 だってこれじゃ――俺にその気がなくても、“不貞”と受け取られかねない。 けれど黒瀬は、俺の制止をなぞるように聞き流し、背後で静かにドアを閉めた。 カチリ、と二重ロックのかかる音が、逃げ場の消失を告げるように響く。 次の瞬間、俺の背中が壁に当たった。 逃げ道を断つように、黒瀬は片手を壁につき、酸素を奪うような距離まで詰め寄って来る。「俺にとっては“非常事態”なので」 囁きが、鼓膜を直接揺らす。「……ちゃんと、二人で話をさせて下さい」 眼差しが、まっすぐ俺を射抜く。魂の在り処を、抉り出すような目だった。「学園だと、あの方が必ず割って入る。貴方に触れて、牽制して――話す前に、すべてを“自分の所有物”として塗り潰してしまうから」 そう言いながら、黒瀬はそっと俺の髪に指を這わせ、耳にかかった一房を払った。 指先がかすめただけなのに、世界の境界が曖昧になるほど距離が縮まる。 吐息が、耳元を熱く湿らせる距離。それまで、指一本触れることすら敬虔に躊躇っていたはずの黒瀬が、まるで皮を脱ぎ捨てた別人のように、静かな圧で迫ってくる。「……一体、いつからの交際なんですか?」 低く、温度を失った声。責める調子ではないからこそ、逃げ道を塞ぐ冷徹な問い。「美森様のご両親も、公認というのは本当ですか?」 何か一つでも言葉を溢した瞬間、これまで必死に繕ってきた仮面が粉々に砕け散る気がして、俺は唇を噛み、沈黙に逃げた。黒瀬は短く息を吐く。「……まぁ」 感情のスイッチを切り替えるように、淡々と。「そのあたりは、私にとって大した重要ではないので
last updateПоследнее обновление : 2026-04-19
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第27話 飼い犬に手を噛まれる

「少しでも声を出せば、後堂に気づかれますよ」 その一言で、喉が物理的に締め上げられる。 廊下の向こう。壁一枚隔てた先の静寂に、冴の気配があることを、突きつけるように。 やめてくれ、と叫びたいのに。声も、抗う力も、もうどこにも残っていない。 そのままスウェットズボンの内側に手を突っ込まれ、ずり落ちないよう結んでいた内紐のリボンを、黒瀬は鮮やかな手つきで解いた。 布地が足首まですとんと呆気なく落ちる。 それを見届けると、黒瀬は俺の太腿の間に顔を埋めるようにして、その場に躊躇なく、深くしゃがみ込んだ。「……っ、な、何して――」 黒瀬の右手が、俺の左の腿を無造作に持ち上げる。 湿った唇が触れる感覚のあと、鋭い熱が内股に走った。噛まれたのだと理解し、痛みに声を漏らさないよう、必死で手の甲を口に押し当てる。「俺を傷つけたと思っているなら、それは正しいですよ。でも……それでも、俺は貴方から離れません」 淡々とした声音なのに、吐き出された言葉だけが呪いのように重く響く。 なんで――と問いかけようとした瞬間、その疑問を物理的に塞ぐように、黒瀬は俺の内腿の最も柔らかな場所へ、再び唇を寄せる。 黒瀬の熱を帯びた吐息が触れただけで、身体が他人のもののようにびくりと跳ねた。逃げたいはずなのに、膝の力が抜けて崩れ落ちそうになる。「忠実だと思っていた俺が、ただ牙を隠していただけだったとしたら……少しは、飼い主の責任もあると思いませんか?」 一拍置いて、黒瀬は続けた。「牙があると知っていたか、それとも、知ろうとしなかったか。どちらにしても――あなたは、私をただの安全な愛玩動物として、可愛がるだけで済ませた」 視線が、這い出るように絡みあう。「最初から、犬として飼ってはいけない『獣』を、鎖につないだまま『安全だ』と思い込んでいたんです」 わずかに口元を緩めて、黒瀬は静かに微笑む。「あの夜、言いましたよね。どんな障壁があろうとも、この想いだけは一生変わらない、って。……だから」 唇を肌から離さないまま、低く囁かれた。「これから先、何度後堂に抱かれたとしても、関係ありません。……そんなものは、些細なことです。俺は、美森様のものであり続けます」 指先が、這いずるように太腿をなぞる。 ただ触れているだけなのに、まるで俺という存在を外側から一
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第28話 俺をこうするつもりだったの?

甘い痺れが引いていくように、ゆっくりと、それでいて残酷に現実に引き戻される。 視界の端に映る黒瀬の顔は、今も柔らかな笑みを湛えたままだった。その唇から零れるのは、聞き慣れたあの鼻歌。悲しみと喪失に打ちひしがれ、救いも残らない絶望を歌い上げる旋律。そんな曲を、彼はまるでお気に入りのおもちゃを慈しむような無垢さで口ずさんでいる。 結び終えた紐から、黒瀬の指先が離れる。 その微かな解放感にさえ、俺の身体は拒絶反応のようにひくりと震えた。 けれど、黒瀬はその双眸に一切の光を宿さないまま、静かな声音で告げた。「貴方が何よりも愛おしいです、美森様」「……っ、黒瀬……俺は、お前のこと……」 深く、肺の奥まで髪の香りを吸い込むように鼻先を寄せて。熱のない断定を一つ残すと、彼は本当に何事もなかったかのような顔で――俺の部屋を出て行った。 パタン、と扉が閉まる音。 それは、これまで築いてきた偽りの平穏が砕け散る合図だった。 幼馴染でもない。 弟分でもない。 対等な関係ですらない。 あれは、俺たちの特殊な関係性の終焉を告げる宣告だった。 「愛おしい」という響きの奥底に。 ――二度と同じ場所には立たない。 ――決して手放しはしない。 そんな、美しく研ぎ澄まされた歪んだ意思が、はっきりと透けて見えた。 「美森様」という、恭しくも峻別された呼び方。 その言葉が、俺という人間から意思を剥ぎ取り、ただの「所有物」として輪郭を縁取っていく。 「愛している」と囁きながら、決して対等な人間としては見ない。 その矛盾を、矛盾のまま抱えて微笑み続けられる――その底の知れない笑顔が、ただただ、怖かった。 優しくされなかったわけじゃない。 直接的に傷つけられた、と言い切れる証拠もない。 それなのに、心のどの部屋を覗いても、逃げ道が一つ残らずコンクリートで塗り潰されたような閉塞感だけが残っている。(黒瀬は、ずっと、俺のことを狙ってたってこと……?) 背筋を這い上がる冷たい予感に、指先が微かに震える。 脳裏をよぎるのは、陽だまりのような温かな記憶の断片だ。 あんなに、実の弟のように俺を慕って、どこへ行くにも俺の影を踏むように後ろを付いてきてくれていた。転べば泣きべそをかいて、俺が手を差し出すのを待っていた、あの幼い少年。 この学園での寮生活が始まってからも、そ
last updateПоследнее обновление : 2026-04-20
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第29話 結納の日

――結納当日。逃げ出したくなるような晴天が、皮肉にも今日という日を祝福していた。 陽光が大きな窓から容赦なく差し込む後堂家の本邸。 正絹のずっしりとした重みを肩に感じながら、俺は正面玄関へと一歩を踏み出した。 そこで待ち構えていたのは、家主としての威厳を纏った冴の父親だった。「……なるほど、美森くん。これはまた、見事な……」 背筋を正し、満足げに目を細めるその声が玄関ホールに朗々と響く。 身に纏っているのは、最高級の正絹。一目でそれと分かる光沢、一針の乱れもない刺繍。細部まで完璧に設えられたその意匠は、間違いなく後堂家の矜持を満足させる代物だったのだろう。「色も、柄も……これほど似合うとはな」 言葉の裏にあるのは純粋な賞賛ではない。それは「後堂家に相応しい飾り」として俺が完成したことへの承認であり、逃れられぬ結納の重みを突きつける響きだった。 心臓の鼓動が耳の奥でうるさく跳ねる。俺は精一杯の呼吸を整え、重い頭を垂れるしかなかった。 しかし、その歓迎の言葉の後も、肝心の俺の「婚約者」である冴の姿はどこにもない。 控室へと案内する使用人の足取りは、石造りの廊下に規則正しい音を立て、その表情は仮面のように無表情だ。 俺は静かに、慣れない振袖の裾を捌きながら、冷ややかな空気が満ちる廊下を歩いた。「こちらが控室でございます、どうぞお入りくださいませ」 柔らかな声で促されても、張りつめた心は緩まない。 扉が閉まる瞬間、ふと胸にぽっかりと穴が開いたような空虚感に襲われた。 冴の気配はまだ遠く、ただ鏡に映る不自然な振袖姿の自分と、両家の歪な期待、そしてこれから幕を開ける結納の重圧だけが、逃げ場のない現実として目の前にある。(大丈夫だ。あと数時間。この儀式を、ただ作法通りにこなせばいい……) 頭の中で何度も反芻した挨拶と、食事の所作。身につけるべき「良き伴侶」としての振る舞いを体に刻み込む。 細く長い溜息をつき、乱れた呼吸を整えたとき、控えめなノックの音がした。「美森、入ってもいいか」 小さな声で「うん」と応じ、振り返る。 そこには、凛とした紋付き袴に身を包んだ冴が立っていた。 漆黒の羽織に、端正に整えられた袴の折り目。いつもより丁寧にセットされた髪が、彼の若々しさに家系の重みを加え、どこか遠い存在のような大人びた
last updateПоследнее обновление : 2026-04-20
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第30話 儀式のはじまり

後堂家の広間に足を踏み入れた瞬間、視界に飛び込んできたのは、高くそびえる天井と漆を塗り上げた柱、光沢を帯びた畳の間だった。 中央に座る冴の父親が、ゆったりと立ち上がる。穏やかだが、威厳に満ちた声が広間に響く。「この度は、美森様と息子の冴との縁談をご了承くださいまして、有難うございます。 本日は御日柄もよろしいので、婚約の印として結納の品を準備いたしました。幾久しくお納めください。」 その声に従い、使用人が静かに立ち上がる。 黒塗りの盆に載せられた結納品を、一つずつ丁寧に紹介しながら広間を巡る。 ひとつひとつに込められた意味が、言葉の端々にまで宿っている。 目を伏せ、軽く頷きながら呼吸を整えると、肩にかかる振袖の重みが、緊張をさらに押し上げる。 控え室で一人、何度も所作を確認してきたことが、今ここで役立っているのを実感した。「結構な結納の品々を、有難うございます。幾久しく、御受けいたします。……受書でございます、どうぞお納め下さい」 父さんがそう言うと、やがて、使用人が冴に視線を向けた。 冴は軽く息を整え、まっすぐにこちらを見据える。「このたびは、美森様とのご縁を結ぶにあたり、我が家に足をお運びくださり、誠にありがとうございます。私どもの家柄、また慣例に則り、こうして結納の席を設けさせていただきました。美森様のご家族にも、日頃より深いご配慮を賜り、感謝申し上げます。この結びが、互いに敬い、助け合い、末永く幸せな日々となるよう、礎を築いて参ります」 冴の声は落ち着いているのに力強く、格式ある場にふさわしい。 畳に三つ指をつき、俺は深く頭を下げた。 顔を上げると、目に映ったのは金色に輝く虚飾の山だった。 一つひとつの結納品に込められた祝福よりも、どれだけ両家の威光を示すか――その意図が、濃く透けて見える。 華やかさを求められ、祝福されるはずの場で光り輝く結納品の数々。 しかし心は重く、静かに、何かに呑み込まれていくようだった。 ――結納の後に設けられた食事会には、俺の家からは両親と兄たち、さらに遠縁の親類までが揃い、冴の家からは、叔父や亡母の血縁にあたる親族が顔を揃えていた。 会が進むにつれて酒も配られ、華やかな談笑が広間を満たす。 俺と冴は笑顔を張りつけ、親類の話に相槌を打ちながら、形式を保つ。「いやぁ
last updateПоследнее обновление : 2026-04-20
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