Все главы 死ぬほど大嫌いな幼馴染と、政略結婚することになりました。: Глава 41 - Глава 50

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第41話 【冴視点】過去の記憶③

「さーくんなんか、大嫌い! もう、二度と話しかけないで!」 拒絶の言葉を背負って走り去る美森。その背後で、黒瀬が勝ち誇ったように、冷ややかにほくそ笑んでいるのが見えた。 世界で一番大切に、宝物のように守ってきたものが、指の間から砂のように零れ落ちていく。救いたいと願ったその手で、彼を最も深く傷つけてしまった。 あの日から、俺の中で黒瀬宗佑は明確な「敵」となり、美森を失うという底冷えするような恐怖は、俺の心に一生消えない醜い痣を刻みつけたのだ。 * 初等部、中等部と進んでも、美森はあの日放った宣言を頑なに守り、俺を徹底して避け続けた。 けれど、俺たちの間の溝が深まっていくほどに、奇妙な違和感が募っていった。美森は鋭い言葉で俺を拒絶した直後、まるでその喧嘩の根本的な原因を忘れてしまったかのような、所在なげな表情を浮かべることがあった。 見かねた玲央と苑真が仲直りを促したり、諍いの理由を尋ねたりしても、美森はただ困惑したように眉を寄せるだけだった。「だって、冴が急に意地悪してきたんだ」 結婚の約束を反故にされた絶望も、黒瀬に毒を吹き込まれたあの日の屈辱も。美森の中では、まるで擦り切れたフィルムのように、肝心な記憶の断片が欠落しているようだった。 絶望的な断絶。けれど、皮肉にもそんな彼の注意を唯一引く方法があった。 それが「意地悪」だった。 優しく微笑んでも無視されるのなら、嫌がることをしてでも、その冷淡な瞳に俺を映したかった。 「やめて」という拒絶でもいい。「大嫌い」という罵倒でもいい。何でもいいから、彼と繋がっていたかった。 中等部の二年になる頃には、美森は誰もが息を呑むような、魔性を孕んだ美貌を備え始めていた。 校内を歩くたびに向けられる、周囲の浮ついた、あるいは湿り気を帯びた視線の数々。それが、俺の神経を逆なでし、苛立たせる。「冴、香月のことどう思う? あいつ、すげー綺麗だよな」 同級生たちの下劣な好奇心に、俺はわざと吐き捨てるように、冷酷な言葉を重ねた。「あんなの、ただのポンコツだろ。全然可愛くない。ブスだよ」 その一言で、周囲の熱が急速に引いていくのが分かった。 俺ですら、もう二度と触れることのできない聖域を。 お前らごときが、汚れた目で見るな。 近づくな。 俺から奪うな。 守っているつもりで、俺
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第42話 偽装デートの朝

薄暗い寝室に、夜明けの冷たい光が静かに差し込み始めていた。 重たい瞼をゆっくりと押し上げると、視界に飛び込んできたのは、自分の部屋とはどこか色調の違う、見慣れない天井だった。 ――ここ、冴の部屋だ。 混濁した意識の中で、昨夜の記憶を必死に手繰り寄せる。確か、リビングのソファーで窮屈に身体を丸め、毛布にくるまったはずだ。それなのに、今自分が横取りするように横たわっているのは、間違いなく冴が使っているはずのワイドダブルのベッドの上だった。「どういう状況……? これ」 掠れた声を漏らして上体を起こすと、視界の端に影があった。 フローリングに直に座り、ベッドの縁に背中を預けたまま、あぐらをかいて腕を組んでいる冴の姿だ。 そのままの姿勢で、彼は規則正しい呼吸を繰り返し、深い眠りの淵に沈んでいる。 ソファーにいたはずの自分が、なぜここにいるのか。無意識のうちに寝ぼけてここまで歩いてきて、家主を追い出してベッドを占領してしまったのか。それとも――。「……冴が、運んでくれたとか……?」 ふと脳裏をよぎった思考を、「いや、ないない」と即座に、全力で打ち消す。 あの鉄面皮で不愛想な男が、そんな甲斐甲斐しく殊勝な真似をするはずがない。きっと、俺は無自覚に自分のベッドと勘違いして潜り込み、後から来た冴は、俺を叩き起こして追い出すのが面倒で放置しただけだろう。 ソファーも俺が占領していたし、仕方なく彼は床で夜を明かした――そんな、自分を納得させるための都合のいい物語を頭の中で組み立てた。 俺のことなんて適当に押し退けて、同じベッドで眠ればよかったじゃないか。 それとも、数センチでも肌を触れ合わせたくないほど、俺のことが嫌いなんだろうか。 だとしたら、なぜあんな、不要なはずのキスまでするのか。 結納の席で、俺を守ると言った。 そして、その誓いを封じるようにキスをした。しかも……二回も。 言っていることと、やっていること。そのすべてが支離滅裂で、どれが彼の真実なのか、まるで見当もつかない。呆れ果てたような、けれど、冷え切っていた胸の奥がほんの少しだけ熱を帯びるような、奇妙な感覚に包まれていた。 冴の肩から無造作にずり落ちた掛け布団を手に取り、起こさないよう細心の注意を払ってそっと肩にかけ直してやる。ついでに、差し込む光に照らされたその寝顔を、
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第43話 親衛隊長との遭遇

「……行き先とか、まだ何も話し合ってないのに。俺、どこに連れて行かれるわけ?」 不服そうな抗議をぶつけると、冴は心底疲れたように深い溜息をついた。その仕草一つに、こちらを浅はかな子供扱いするような冷ややかさが混じる。「朝からお前と言い合いをする気力もない。いいから黙って付いて来い」 反論する隙も与えず、冴は俺の腕を無造作に掴んで無理やり立たせると、そのまま一度も振り返ることなくリビングへと消えていった。 * 俺も慌てて別室で着替えを済ませ、ソファの端で手早くパンをかじっていると、洗面所から身支度を整えた冴が現れた。 ダークトーンで隙なくまとめられた私服は、彼の彫刻のような鋭い美貌をいっそう際立たせている。髪のセットまで完璧に終え、手慣れた無駄のない動作でスマホや財布をバッグに収めていく。「……で、今日って結局どこに行くの?」「人目がそこそこある場所にしろっていう条件が付けられてる。だが、俺はあんまり騒がしい空間は好きじゃない。お前の好みも一応、反映させてるつもりだ」 冴は抽象的な答えを口にしながら、細い手首に香水を一吹きした。それを軽く首筋になぞらせ、馴染ませる動作には、どこか儀式めいた色気が漂う。「早くしろ。もう九時だぞ」 部屋にわずかに広がった、冷たくて甘い、冬の森のような香りに鼻をくすぐられる。 俺は慌てて残りのパンを口に放り込み、冴のクローゼットから拝借したオーバーサイズの服の袖を、捲り上げた。 * 冴の部屋の重厚なドアが背後で閉まった瞬間、俺は重い深呼吸とともに、意識のスイッチを強制的に切り替えた。 この敷居を一歩跨いだ瞬間から、俺たちは誰もが羨む「蜜月な恋人同士」だ。綻び一つない、完璧な幸福を演じきらなければならない。 特に、これから乗り込むのが後堂の家の車である以上、たとえそこにいるのが運転手一人だとしても、それは冴の父親の「目」が同乗しているのと同義なのだから。 俺は、隣を歩く冴の逞しい腕に、躊躇いを押し殺してそっと自分の手を回した。 ぎゅ、と上質な生地の袖を掴むその感触には、かつて感じたような拒絶反応はもうない。それどころか、この距離感に「安堵」すら覚え始めている自分に、一抹の危うさを感じずにはいられなかった。「……行くぞ」 冴の低く短い言葉が、残酷な舞台の幕を上げる合図のように響く。けれど、寮
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第44話 植物園での会話

「逃がさない」と無言で宣告するように、俺の指の隙間に自らの指を深く割り込ませ、骨が軋むほど強く握り直される。「おはようございます。冴様、美森様」 バックミラー越しに投げられた、運転手の冷徹な会釈。それに冴が短く事務的に応じると、黒塗りの車体は静寂を纏ったまま滑らかに動き出した。 車窓を流れる景色は、賑やかな都心のビル群から、やがて首都高を経て、深い緑がどこまでも連なる山奥の風景へと移り変わっていく。 繋がれた手のひらから伝わる、冴の強すぎるほどの熱量。 それだけが、この嘘で塗り固められた世界の中に残る、唯一の真実のように感じられた。 * 到着した先は、都内でも有数の広大な敷地面積を誇る植物園だった。 喧騒から切り離されたその場所には、雨を待つ緑の匂いが濃密に立ち込めている。「……綺麗。ここ、冴が選んで決めてくれたんだよね?」「ああ」「俺、結構気に入ったかも。……ありがと」 温室の中、色とりどりの熱帯植物の間を歩きながら、繋いだ手にほんの少しだけ力を込める。冴は今、完璧に「理想の恋人」としてのスイッチが入っているのだろう。向けられた眼差しはどこまでも甘く、「なら良かった」と紡がれた微笑みは、まるで本物の愛を湛えているかのようだった。 すべてが契約に基づいた演技だと分かっていても、心臓の鼓動がわずかに跳ね、自分という存在が丸ごと慈しまれているような錯覚に陥りそうになる。「わー、これ! すっごい珍しい種類なのに……写真撮っておこう」 俺は実家では救いようのないお荷物として扱われているけれど、花や植物に対しては、昔から特別な愛着があった。眺めることも、その命を形にする生け花も、俺にとっては唯一の息抜きだ。もっとも、その数少ない才能さえ、両親からは「家系に相応しくない」と全否定されているのだが。 奥へと進むにつれて、俺たちの周囲にはあからさまな好奇の視線が集中し始めた。無理もない。体格のいい男子高校生二人が、親密に指を絡め合って歩いているのだ。 その上、片方が誰もが二度見するほどの鋭い美形と、もう片方が淡い色彩を纏った可憐な少年ときたら、目立たない方がどうかしている。 最初は刺さるような視線に肩を竦めていたけれど、どうせ注目されるのが仕事なら――と、俺は早々に開き直り、彼に身を預けるように歩幅を合わせた。「向こうに紫陽花園が
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第45話 紫陽花の色と雨

「青。……これを見てると一番、落ち着くから」 静かな、けれど確かな重みを持った声だった。 周囲の観光客のざわめきが急速に遠のき、世界に二人だけが取り残されたような奇妙な静寂に陥る。俺は返す言葉を失い、ただ彼の深い海のような瞳に釘付けになっていた。 ほんの少しの空白。 それを破るように、ぽつり、と頬に冷たい雫が落ちてきた。「あ、雨……?」 最初は点描のように地面を叩いていた雫は、瞬く間に白く細い糸を引き、周囲の色彩を霧のように煙らせていく。 周囲の客たちが慌てて雨宿りへ駆け出す喧騒の中、冴は何の迷いもない動作で鞄から一本の折りたたみ傘を取り出した。「ほら、こっちだ」 短く促され、気づけば俺は大きな傘の影にすっぽりと収まっていた。 差し出されたそれは、露骨なほど俺の方へと傾けられている。俺の身体は一滴の雨からも峻烈に守られているというのに、傘を掲げる冴の右肩は、みるみるうちに雨を含んで深い色に染まっていく。「……冴、濡れてる。もっとこっち入ってよ」「いい。構うな」 拒絶というにはあまりに淡白な、短い返答。 こういうところが、心底ずるいと思う。まるで完璧な台本が存在するかのような、恋愛ドラマの王道を行くシチュエーション。それを彼は、いとも簡単に、しかも呼吸をするのと同じくらい自然な動作でやってのけるのだ。 スマートで、余裕があって、どこまでも絵になる。こちらが反論する隙さえ、彼は端から与えてくれない。 雨に打たれる彼の肩を視界の端に入れながら、俺はやり場のない感情を誤魔化すように、少しだけ唇を噛んだ。 ――ほんと、調子狂う。 こんな顔を、こんな至近距離で、雨の静寂の中で見せられたら困るんだ。 降りしきる雨音に混じって、自分の鼓動が少しずつ、けれど確実に速くなっていくのが分かった。 逃げ込むように辿り着いた東屋の中で、冴は無言のまま濡れたジャケットを脱いだ。それを、ぱん、ぱん、とリズミカルに払う指先は、どんな時でも無駄がなく洗練されている。 俺はベンチに腰を下ろしたまま、力なく己の足元を見つめた。 お気に入りのスニーカーは見る影もなく泥に汚れ、靴下まで染み込んだ雨水が、一歩歩くたびに不快な冷たさを足裏に伝えてくる。「もー、やだ……寒いし、疲れた。帰りたい……」 さっきまで自分なりに必死に演じていた「可憐な恋人
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第46話 仲違いのきっかけ

「……どうしても歩くのが嫌なら、ここからおぶって行くか? あるいは、荷物みたいに担いでいくか。どちらか選べ」 「っ、どっちも嫌に決まってるだろ」 言い方は相変わらずぶっきらぼうで、可愛げの欠片もない。それなのに、足の甲を拭う指先は、驚くほど慎重で優しかった。 泥を一つひとつ丁寧に取り除き、それでいて必要以上に肌には触れない。その絶妙な距離感が、かえって心臓の奥を騒がしくさせる。 すべてを拭き終えると、冴は汚れた面を内側にして器用にハンカチを畳み、何事もなかったかのように鞄の奥へと仕舞い込んだ。 気まずい沈黙が、小さな東屋を満たしていく。 俺は居所が悪くなって反対側の景色に目を逸らし、冴は前を向いたまま静かに降り続く雨を見つめている。 銀色のカーテンのように降りしきる雨の向こう、数人の観光客が足早に通り過ぎていくのが、どこか遠い世界の出来事のように見えた。 「……冴、ありがと」 雨音に溶けてしまいそうな、消え入りそうな呟き。 それでも、隣に座る冴には確かに届いたらしい。一瞬、その広い肩がぴくりと動いた。 やがて冴は俺の隣に座り直し、寒さに小さくなっている俺の肩を、磁石のように引き寄せて強く抱き寄せた。 ――なんか、優しすぎないか、この男。 ほんの少し、雨に濡れた体温を分け与えられただけで、頑なだったはずの心の外壁がぐらぐらと音を立てて揺らいでしまう。俺は己の動揺を悟られないよう、ただ雨が止むのを祈るような心地で、冴の隣に身を寄せた。 「……っ、くしゅ……っ!」 堪えきれず、小さなくしゃみが喉の奥から漏れ出した。 反射的に冴から顔を背け、手のひらで口元を覆ったものの、寒さで小刻みに震え始めた肩までは、もう隠しようがなかった。 「冷えないように、もっと近寄れ」命令に近い、拒絶を許さない響き。 普段なら反発する気力も湧いたかもしれないが、今の俺にはそれすら残っていなかった。視界を白く塗り潰すほどの土砂降りの中では、一歩外へ出るだけでさらに命を削るように体温を奪われるだけなのだから。 俺は抵抗を諦め、素直に冴との距離を詰めた。 重なり合う肩の感触。触れ合う腕の重み。いつの間にか膝同士がぶつかり合うほどに、互いの境界線が曖昧に溶けていく。 雨音だけが周囲を支配する中、冴は独り言のように低く呟きながら、自らのジャケットを脱いで俺の肩にそ
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第47話 俺が悪かった?

 あの日を境に、彼との距離は絶望的なほどに遠ざかって。それが、十年の歳月をかけて今の歪な関係を形成している。 原因はいつだって、この傲慢な男にある。俺はずっと、そう信じて疑わなかった。「……冴が急に冷たくなって、酷い意地悪をしてきたくせに。勝手なこと言わないで!」 抑え込んでいた感情が、熱を帯びて堰を切ったように溢れ出す。「急に虫を見せてビックリさせたり、みんなの前で悪口言ったり……。俺は何もしてないのに、突然ああいう事をしてきたのは、冴の方でしょ?」 すると冴は、ゆっくりと、恐ろしいほど静かにこちらに顔を向けた。「ほらな。お前が俺との約束を一方的に破って、俺を拒絶し始めた本当の理由は――綺麗さっぱり、その記憶から欠落しているんだ」 こんなふうに、飾らない本音を、血の通った言葉をぶつけ合うのは初めてだった。「……なに、それ。いつの、なんの話をしてるの……?」 喉の奥が、ひくりと痙攣した。問い返した瞬間、冴は硬く、苦しげに唇を結ぶ。 正体の分からない不安が、泥のように胸の底へ溜まっていくのを、俺はただじっと耐えながら冴を見つめ返した。「……お前が大きくなったら、俺の『お嫁さんになる』って言ったんだ」 ようやく零れ落ちた言葉は、あまりに幼く、あまりに無垢で、けれど重すぎる「約束」だった。 拍子抜けした俺は、あまりの落差に思わずきょとんとして聞き返す。「……は? な、なにそれ。意味わかんない。そんなこと……」「お前の方から言い出したんだ。香月の屋敷で相当寂しい思いをしていたから、当時のお前にとっては、俺が唯一の“心の拠り所”だったんじゃないか。……けど、その後すぐに俺がパーティで、仕事上の付き合いの女子にチークキスをされるのを見て、『さーくんなんか大っ嫌い、もう話しかけないで』ってお前が癇癪を起こしたんだ」 冴の瞳に、嘘をついているような色は微塵もなかった。「謝ろうとしても、お前は俺が入り込む余地を一切くれなかった。唯一、俺に反応してくれたのが……虫を近づけたり、無理やり泣かせたりするような、最低な意地悪をした時だけだったんだ」 冴の視線が、俺の逃げ場を完全に塞ぐように射抜く。「……嫌われていても、接点が欲しかった。どんな歪な形でもいいから、繋がりを保っていたかったんだ」 混乱が、巨大な津波のように押し寄せた。  だって、意地
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第48話 心からの謝罪

「……覚えてなかっただけで、これ、俺が全部悪いんじゃ……」 その事実に気づいた瞬間、身体から血の気が引いていくのが分かった。今まで冴に向けて吐き散らしてきた数々の暴言や、拒絶の態度が、鋭い刃となって今さら自分自身に突き刺さる。 確かに、冴の放ってきた言葉も冷酷で酷いものだった。けれど、それ以上に俺は、彼の「やり直したかった」という震える手を、何度も、何度も、無惨に踏みにじり続けてきたのだ。 政略結婚が決まったあの夜。俺を見据えていた彼の、どこか覚悟を決めたような深い瞳。 あの日、彼が零した言葉のひとつひとつが、鮮明な色彩を持って脳裏に蘇る。『お前が壊れるくらいなら――俺が全部引き受ける』『強がらなくていい。もう一人で立とうとしなくていいんだ、美森』 冴は、最初から一度もブレていなかった。 十年もの長い間、わざと憎まれ役を買って出てまで、俺の視界の中に、俺の傍に居続けようとしていたんだ。そして、あんな不条理な結婚という契約を突きつけられた時も、彼は確かに、彼なりの不器用なやり方で俺を守ろうとしてくれていたんだ。 電話でデートの形式的な報告を済ませたらしい冴が、スマホを片手に奥の部屋から戻って来た。「今日のデートは、雨で早めに切り上げたと伝えてある。あと、諸事情で今日から俺の部屋で共に暮らすことも報告した。ベッドは明日届く予定だ。受け取ったら寮監に組み立てを頼んで――」 そのあまりに淡々とした、平熱の声が、俺の心の堤防を跡形もなく壊した。 言葉の続きを待つ余裕なんてなかった。視界が急速に歪み、熱く大粒の涙が、堰を切ったように頬を伝い落ちる。「……っ、おい、どうした。おい、美森……なんで泣いてるんだ?」 流石に想定外だったのか、冴がぎょっとしたように声を荒らげ、慌てて歩み寄って隣に腰を下ろした。心配そうに覗き込まれるけれど、酷く歪んだ泣き顔を見られるのが耐えられず、俺は両手で顔を覆った。「冴のこと、……ずっと、傷つけてごめん……っ」喉の奥が焼けるように熱い。鼻の奥がツンと痛み、止めようとすればするほど、涙は溢れて止まらなかった。情けなくて、惨めで、視界を塞ぐように自分の顔を両手でゴシゴシと擦る。 すると、大きな、わずかに体温の低い手が俺の手首を優しく制した。「……俺の意地悪の方が、お前を何倍も傷つけた。そう思ってる。そもそもの原因は
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第49話 愛を分からせて

そうして、涙がようやく乾く頃には、得も言われぬ気まずさが部屋を満たしていた。 仲直りは、できた。 けれど、十年間も憎まれ口を叩き合ってきた空気感はそう簡単に拭い去れるものではない。 急に「幼馴染」の距離感に戻るのはあまりに気恥ずかしく、しかもその相手が自分の正式な結婚相手だとなれば、俺の思考回路はとっくに限界を迎えていた。 ツンとした強がりも、偽装恋人としての計算高い振る舞いも、もう手札には残っていない。 ただ、目の前の冴をどうしようもなく意識している、無防備な自分だけがそこにいた。「――俺は今晩もソファでいい。シャワーも先に浴びて、美森はベッドで寝ろよ」 立ち上がろうとする彼の声は、心なしかいつものぶっきらぼうさが三割ほど抜けている気がする。「いや、いいよ。……俺のこと嫌いかもしれないけど、今晩くらい一緒にベッド使おうよ。冴だって疲れてるでしょ?」 さすがに二晩もソファや床に追いやるのは申し訳なくて、そう提案した。 すると、冴は立ち止まり、ゆっくりと目元を覆うようにして、自分自身のこめかみを指先で押さえた。「そうじゃなくて……」 深く、重い溜息を吐き出すと、彼は逃げ場を塞ぐようにしてはっきりと言い放った。「お前に欲情してしまいそうで、我慢が利かないと言っているんだ」 あまりに剥き出しな言葉の暴力に、頭の中が真っ白になる。 手首を掴む冴の指先から、熱い脈動がダイレクトに伝わってくるようで、心臓の音が耳元でうるさいほどに鳴り響いた。「……そ、れは……」 何か言い返そうとしたけれど、喉が引き攣れて言葉にならない。 俺は顔を逸らし、熱を冷ますように拳を握りしめた。けれど、冴は逃がしてくれなかった。 空いた方の手が俺の頬を包み込み、ゆっくりと、けれど拒絶を許さない力強さで自分の方へと向けさせる。「お前は十年間知らなかっただろうけれど、俺はずっと、美森のことが好きだった」 低く、掠れた声が、至近距離で肌を震わせる。 冴の視線は、俺の瞳から、小刻みに震える唇へとゆっくりと降りていった。「困らせるって分かっていたから、我慢してた。少なくとも、結婚相手になる前までは、一生言わないつもりだった」 冴の声は、聞いたこともないほど切実だった。 俺の手首を掴む指先に、逃げ場を奪うような、独占的な力がこもる。「俺にとって
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第50話 十七歳のキス

「――ん、っ……ん」 最初は確かめるような、吸い付くような優しい口づけだった。 けれどすぐに、それは飢えた獣が互いを貪り合うような、深く、逃げ場のない接触へと変容していく。 重なり合う鼓動が耳の奥で共鳴し、思考が甘い熱に溶かされていく。 ああ、そうだ。 この温度が、この匂いこそが、ずっと欲しかった。 俺は小さい頃から、冴という存在が、狂おしいほどに好きで仕方がなかったんだ。「っ、は……美森……美森っ……」 熱を分け合う合間に、冴が何度も俺の名を呼ぶ。 その掠れた声は、祈りというよりは呪詛に近い、執着に満ちた響きを孕んでいた。 冴に組み敷かれる形で、シーツの海へと沈み込む。 俺の顔のすぐ横で、互いの指が深く、隙間なく絡め合わされた。 水掻き同士がぴったりと密着し、逃げ場を封じるように強く、指先が白くなるほどに。 そこには、もはや言葉を介さないほどの純度の高い熱が宿っていた。 十年前、あの日から止まっていた時間が、脈打つ血管を導管にして一つに融解していく。 強く握り返されるたびに、指の隙間から、冴がこれまで独りで飼い慣らしてきたであろう、昏くて深い愛情が泥流のように流れ込んでくる。 俺たちの手は、長い年月の空白を無理やりにでも埋めようとする、あまりに切実で、あまりに強欲な祈りの形をしていた。 それは、幼い日に交わした無垢な「おまじない」とは似ても似つかない。 熱くて、苦しくて、相手のすべてを根こそぎ奪い合おうとするような、十七歳の、剥き出しのキスだった。「……ふ、ぁ……さえ、っ」 喉の奥から零れたのは、自分でも驚くほど熱を持った吐息。 視界がちかちかと明滅する。酸素をこれでもかと奪われ、代わりに冴の吐息が、匂いが、肺を満たしていく。 絡め合っていた指先に、さらに力がこもる。 冴の指の節々が俺の手の甲に食い込み、痛いほどにその存在を主張していた。 唇が離れた瞬間、冴が耳元で低く、囁いた。「誰にも渡したくない……」 首筋に落ちる熱い吐息と、震える唇。 その声に含まれたあまりの幼さと、隠しきれない独占欲。 胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。 俺は手を伸ばし、冴の背中に回した。薄いシャツ越しに伝わる、激しい鼓動。 しがみつくように、指先を彼の背中に立てる。「……冴も俺のものなら、よそ見しないでね」 十年分
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