【side:香月祈里/美森の父】 「……それで、こんな夜更けに何の用?」「息子たちの結婚、あの契約のことだ。 ……お前にとって、そう悪くない話が出てきた」 深夜、人目を忍んで別邸へと呼び出され、忠実な使用人である棗を叩き起こしてまで馳せ参じる自分を、つくづく馬鹿な男だと思う。 鳳里の高等部時代から、俺の人生はいつだってこの男に掻き乱され、翻弄されてきた。 目の前に突きつけられた提案書。そこに記された無機質な数字と名前を目にした瞬間、俺は思わず紙を握りつぶしそうになった。「話が違う……」「そうやって眉を吊り上げるだろうと思ってたよ。 いいから、座って冷静に聞け」 目の前で細い煙草を燻らす男――後堂嶺を見上げる。 紫煙の向こう側にあるその横顔は、苛立つほどに優雅な余裕を湛えていた。 俺の激情さえも、彼にとっては織り込み済みの余興に過ぎないのだ。「どこから嗅ぎつけたのか、黒瀬の家がこの縁談に首を突っ込んできた。この婚約を破断にする代わりに、後堂の負うべき違約金をすべて肩代わりし、さらにお前の家に三十億を積んで美森君を次期当主の嫁に迎えたいそうだ」「後堂はどうなる。……冴君の結婚相手はどうするつもりだ」「正直なところ、香月の息子よりも条件の良い相手など、いくらでもいるからね。俺がお前にこの結婚を提案したのは、ただ『お前』がそこにいたからだ。金に困っているのなら、黒瀬と結びついても構わない。そう言っている」「俺を……また捨てるつもりなの?」 弾かれたように立ち上がり、嶺のネクタイを力任せに引き絞る。 見下ろされる視線の冷たさに心臓が跳ねた。けれど嶺は、まるで壊れ物を扱うような手つきで、慈しむように俺の頬を撫でる。 その唇に浮かんでいるのは、この世のものとは思えないほど残酷で、甘い笑みだった。「捨てはしないよ。美森君が黒瀬の息子と結ばれても、お前のことは変わらず愛してあげる。子供同士の縛りなどなくても、俺はお前を繋ぎ止めておける。そんなに怯えなくてもいいのに」「……自分たちでは添い遂げられないから、子供同士を繋がせて、目に見える形で俺との絆を残すと言ったのはお前だろ。お前の妻が不出来だからと、俺に三人も子供を作らせたくせに……俺の絶望が、お前に分かるの?」「だから、それは何度も謝っ
Последнее обновление : 2026-05-15 Читайте больше