俺の家は、歴史ある香月流華道の家元。 数百年続く流派で、名を聞くだけで背筋を伸ばす人間も多い。 屋敷は無駄に広く、廊下は長く、人の気配が薄い。 父はその当主。香月流を次の代へ、さらにその先へと繋ぐことだけを考えて生きている人だ。感情よりも格式、愛情よりも体裁。 父にとって家族とは、血の繋がった家の構成員でしかなかった。 嫁いできた母も、花道の名門の生まれ。 香月流に相応しい器量と技量を持つ女性で、今は華道教室の師範として多くの弟子を抱えている。 母の周りにはいつも人がいるのに、その輪の中に、俺の居場所はなかった。 そして俺の上には、百合と雲雀という兄が二人いる。 どちらも成績優秀で、立ち居振る舞いも美しく、香月の名を背負うに相応しい存在だった。 そんな中、俺は三番目に生まれた末っ子。 両親は、相当な裏金を払って、女児が産まれるよう医学的介入をした。 兄たちと並べて書かれた命名書には、「百合」「雲雀」と並んで「美森」の名前。 柔らかく、可憐で、花の名を連想させる“娘”のための名前だった。 それで生まれてきたのが、俺。 望まれていなかった事実は、誰にも言われなくても分かった。家の中での扱い、視線の温度、かけられる言葉の少なさが、すべてを物語っていたから。 俺は香月家にとって、余った存在。跡取りにもなれず、期待もされず、ただ「そこにいる」だけの三男。 格式ある屋敷の中で、俺の居場所は、産まれた瞬間からどこにも用意されていなかった。「それではいってらっしゃいませ、美森様。新学期が実り多いものとなりますよう」 棗は車のドアを押さえたまま、深く一礼した。 その所作は、屋敷の中と変わらないほど完璧で、ここが学園の正門前であることを一瞬忘れさせる。「ありがとう、棗。行ってくる」 黒塗りのセダンから足を下ろした途端、空気が変わった。 視線が、ざわりと集まる感覚。 制服に身を包んだ生徒たちの会話が、一拍遅れて途切れる。 同時に、少し前に停められていた高級外車――年代物のクラシックカーのドアが開いた。磨き上げられたボディに朝の光が反射している。 そこから現れたのは冴だった。 長い睫毛、鋭い目元、整いすぎた輪郭。立っているだけで、絵に
Last Updated : 2026-04-11 Read more