流産した私より教え子を選ぶ夫、さようなら의 모든 챕터: 챕터 11 - 챕터 20

26 챕터

第11話

翌日の公演後、琉生は凪を避けるようにホテルを出て、一人でショッピングモールへ向かった。彼はレディースファッションのフロアに入ると、並んでいる服を眺め始めた。このブランドは、普段美優が気に入って着ているものだ。美優は凝ったデザインを好まないため、店員が薦めるものはスルーし、新作のシンプルで体にフィットするワンピースの前で足を止めた。そして琉生は目を見開いて店員に包んでもらうよう頼み、それから他の服もいくつか選んだ。しかし、サイズ選びで彼は悩んでしまった。店員に聞かれても、普段美優が何サイズを着ているのかすら分からなかったからだ。思えば、最後に服を選んであげたのは、もう5年も前のことだったから。すると、琉生の胸の奥から急に罪悪感が湧き上がった。自分は美優のことを長年放っておき、冷たくあしらっていたのかもしれない。そう思って琉生が諦めようとしたその時、凪が歩み寄ってきて、自分のサイズを告げた。「美優さんと私は同じくらいの体型だから、私が入るなら彼女も大丈夫よ」しかし、凪が自ら助け舟を出したにもかかわらず、琉生は無表情で素っ気なく礼を言った。それはかつての二人の関係に比べれば、明らかに距離感があるように感じさせた。極めつけは支払いを終え、プレゼントの箱を手にして立ち去る彼の姿が、凪など眼中にないという様子だった。「琉生さん、ごめんなさい。昨日は美優さんのこと悪く言ってごめんなさい。もう二度と言わないから、許してくれない?」凪はハイヒールを鳴らしながら追いかけてきた。だが、琉生は凪が腕に乗せていた手を振り払った。表情には変化はなく、唇を引き結んだままだ。それを見た凪は、歩き出すと不意に足をもつれさせた。すると、琉生は慌てて彼女の腰を支えた。一方、凪はその勢いで、ここぞとばかりに涙を流しながら訴えた。「私は幼い頃から父がおらず、母からも愛されなかったの。愛情を知らないまま育つのは本当につらくて。琉生さんのことを大切に想っているから、幸せになってほしいと思ったの」そして、琉生の表情が少し和らいだのを見て、凪は畳みかけるように「琉生さんと美優さんのことには、もう二度と口出ししないわ」と言った。そう言いながら、凪は滝のように涙を流した。彼女は昨日、哲平から、美優が荷物を持って家を出て行ったという連絡を受けてい
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第12話

こうして哲平に用事を言いつけると、琉生はバスローブを手に取り、バスルームでシャワーを浴びた。部屋着に着替え、リビングのピアノの前に座った。軽く鍵盤を弾いてみたが、すぐに眉間にしわが寄った。そして、込み上げる苛立ちを抑えきれず、彼は再び聞いた。「普段、誰がこのピアノを掃除してるんだ?」駆けつけた哲平が困惑した様子で答えた。「ピアノのお手入れは、ずっと奥様がなさっていました。私たちに口出しをさせませんでしたので」そう言われ、琉生は改めて何度か弾いてみたが、木を擦るような耳障りな音ばかりが響き、彼の脳に突き刺さるのだった。すると、彼は憤慨して蓋を閉めると、立ち上がってピアノ室に向かった。自らの手で調整を済ませ、ピアノを弾き始めた。琉生はそれから6時間もの間、部屋に籠もった。アシスタントの渡辺晴人(わたなべ はると)から連絡が入ったのは、その後のことだった。「バカンスの準備は整いました。2日後のピアノ協会主催のチャリティパーティーですが、当日はお一人で行かれますか?」琉生は一瞬考え込んだ。以前、美優に海で綺麗な夕日を見せてやると約束したことを思い出したからだ。そして少し迷った後、彼は晴人に告げた。「パーティーは断れ。ここ数日の講義もすべて取り消せ」そう言われ、晴人は思わず口をはさんだ。「しかし、武田さんと楽譜を作るために、すでに何度か予定を変更されていますよ」結局、琉生は溜息をついて答えた。「わかった。予定通りでいい」そして通話を終えると、彼はまた数時間、ピアノを弾き続けた。壁の時計が深夜12時を回り、疲れを感じた琉生がいつものように温かいコーヒーに手を伸ばしたが、側には何もなかった。以前はいつも美優が、頑張る自分のために温かいコーヒーを用意してくれていたのだ。誰もいないコーヒー置き場を見つめ、彼は再び時計に目をやった。気づけば深夜1時。秒針の刻む微かな音が、静寂に響いていた。視線を逸らし、鍵盤に指を置いたが、両手がすでに疲れ切って酷く痛むのを感じた。揉んでも一向に和らがない痛み。ふと、美優が手元の疲れをとる治療法の勉強をしていたことを思い出した。ただ、当時の彼は美優の腕を信じておらず、試すことすらしなかったのだ。しかし今、その痛みはいつにも増して激しく、手がかすかに震えるほどだった
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第13話

琉生は、疲れ切った顔のまま4日とスタジオで講義を続けていた。見かねた凪が心配そうに声をかけてくれたが、琉生は単に寝不足なだけだとそっけなく返した。そして、凪が手に入りにくいオペラのチケットを持ってやってきても、彼はチラリと視線を向けるだけで「君が行けばいい」と追い返した。「琉生さん、どうしたの?これ一番見たかったオペラでしょ、本当に行かないの?」凪がチケットを握りしめ、納得がいかない様子で尋ねた。それは並々ならぬ苦労をしてやっと手に入れた、特等席のペアチケットだった。凪は今回のデートのために、美容院にまで行って完璧なメイクを施してきたのだ。しかし、琉生はただ首を振り、手元の楽譜をめくり続けた。冷たく突き放された凪は、顔を覆いながら飛び出していった。その様子を見ていた受講生たちがざわつく中、琉生は静かに席を立ち、コーヒーを淹れ直した。じろじろと見られる気配に気づくと、彼は無表情で「全員居残り練習を2時間延長だ」と冷たく言い放った。すると、周囲から生徒の悲鳴が響き渡った。夜になり、一人帰宅すると、彼は美優の小言や優しい声かけがない家で、彼女のいない生活に慣れようとした。そして、夕食の時、哲平が焼き魚を運んできた。白身の魚がふっくらと焼き上がり香ばしい匂いがふわりと広がる中、琉生は思わず眉をひそめた。「美優は魚が嫌いだったはずだが、なぜこれを?」そう口にした瞬間、琉生自身がその言葉に戸惑った。すると、哲平が怪訝そうな顔で言った。「朝に『焼き魚が食べたい』とおっしゃったのは旦那様ではございませんか?奥様はまだお戻りになっていませんし、お出ししても問題ないかと思ったのですが」「彼女が家を出てから、何日になる?」ふと、喉からしぼり出すように琉生は尋ねた。「今日を含めると、丸1週間でございます」哲平が恭しく答えた。それを聞いて、琉生は何も言わず、退出するよう目で合図した。そして魚を眺めながら彼は呆然としていた。美優が魚を嫌うようになったのは子供の頃、骨を喉に詰まらせて1週間も腫れが引かなかったからだ。結婚してからは哲平に、食卓には一切魚料理を出さないよう厳命していた。なのに、どうして急に魚が食べたくなったのか?訳が分からず、適当に食べ終わると、彼はまたピアノ室へと向かった。普段なら自分の作った
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第14話

琉生は慌てて美優に電話をかけた。何度も呼び出し音が続くままだったので、彼は意を決してラインを開いた。すると、美優とのトーク画面に、1ヶ月半ほど前に送られてきた写真が表示され、彼は思わず目を見開いた。美優が最後に送ってきたのは、健診結果の用紙だった。お腹の子は、もういないのだ。信じられなかった。琉生はその場に崩れ落ち、壁に背を預けた。嘘だ。子供は無事なはずだ。どうして急にそんなことになるんだ?美優は嬉しそうにベビー用品を買い揃え、家具の角には安全ガードまで取り付けていたのに。琉生は階下に駆け下りると、リビングはきれいに片付いていて、赤ちゃんのものは何一つ残っていなかった。「美優が買ったベビー用品はどこだ?」彼はかすれた声で問い詰めた。すると、トロフィーを磨いていた哲平が淡々と答えた。「ずいぶん前に奥様が捨てました。もう必要ないと言ってまして」もう必要ない。その言葉が頭の中で繰り返される。琉生は足取りも重く、2階へ戻った。そして、トーク画面を凝視しながら、彼の視線は次第に朦朧とし始めた。スマホの時計表示が、思い出の断片を呼び覚ます。あの日、新しい楽譜の修正を終えて2日間、空き時間ができていた。本来なら美優の検診に付き添うはずだった。だが、凪からコンクールの曲目のアドバイスを求められていたのだ。美優と凪の微妙な関係を思い、自分は「忙しい」と嘘をついて誤魔化した。あの日の美優の度重なる着信は、子供の話をするためだったのだ。なのに、自分はそれをただの注意を引きたいだけの我儘だと決めつけ、着信を無視した。まさか、こんな残酷な現実が待っているとは知らずに。そう思って、後悔が押し寄せる中、琉生は釈明のメッセージを打ち込んだ。そこに自分の言い分や、自分は何も知らなかったと説明をしようとした。しかし、結局送れたのは「ごめん」という3文字だけだった。もっと伝えようとしたが、何を言っていいかわからず、彼はそのまましばらく茫然としていた。しかし、いくら待ってもそのメッセージに既読がつくことはなかった。そこで琉生は初めて、もしかしたら自分はブロックをされたのではないかと気が付いた。そう思うと、スマホを握りしめた指が白くなり、彼は思わず美優の行き先を考え込んだ。しかし、いくら考えても思い当たらず、
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第15話

コン、コン、コン。ノックの音とともに哲平が入ってきて、手には一つの包みを持っていた。「旦那様、奥様宛の荷物でございます。何か行方を探るヒントになるかもしれません」哲平がそう言って、包みを琉生に手渡した。琉生はぼんやりした頭を整理し、荷物の伝票を一目見てから箱を開けた。中には入社祝いの品と、一通のウェルカムレターが入っていた。「声優事務所?」琉生は手紙の差出人欄の名前を口に出した。そして目を充血させたまま、彼はスマホの検索バーにその事務所の名前を入力した。美優は幼い頃から声優の仕事が好きで、よく学校をさぼってはアルバイト感覚で声優の仕事に通っていたことを思い出した。ただ、当時の自分には、それがただの子供の遊びのように見えて、全く関心がなかったのだ。結婚してからは、そんな仕事をすることすら禁止していた。そう思いながら、開かれたページに掲載された事務所概要に目を通してから、問い合わせ先に指を走らせた。そして、電話番号をコピーし、すぐに発信した。ほどなくして、受話器から相手の応対の声が聞こえた。「もしもし、諏訪美優という人はいますか?」琉生は冷静を装って尋ねた。相手は少し沈黙し、確認をしているのか、ときどき何かを打ち合わせるような音が漏れた。「どちら様でしょうか?」「彼女の夫です」琉生が短く告げる。すると、相手はさらに黙り込んだあと、ようやくこう返してきた。「申し訳ありませんが、その方の入社データでは『離婚』となっております。ご主人は存在しないはずですので、従業員の情報はお教えできません」そう言われ、琉生の視線は、ベッドサイドに置かれた離婚協議書に向けられた。そして、彼が釈明をする間もなく、電話は無情にも切られた。琉生は即座に晴人へ裏から美優の行方を探し出すように指示し、自分自身はスケジュールのすべてをキャンセルして、その声優事務所へと直行した。そして、目的地のビルの階下にあるカフェの窓際の席に座り、温かいコーヒーを注文した。そこからはちょうど美優の勤務先の入り口が正面に見えた。美優が出てくれば、すぐに顔が見られる。退勤までまだ4時間ある。琉生はスマホの画面から目を離し、ぼんやりと窓の外を眺めていた。美優と会ったら何を話せばいいのか、ずっと考えていた。ただ彼が静かに座るその姿
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第16話

晴人が独自ルートで美優の居場所を突き止めた。彼女は事務所の本部にはおらず、海外のZ国へ派遣されているらしい。その報告を聞いた琉生は、即座に諏訪家へと飛び戻り、Z国への渡航準備を始めた。そして、晴人が美優の派遣先詳細を持って戻ってきたとき、琉生は彼女とのウェディングフォトを丁寧に額に入れ、壁に飾っていた。一方、哲平も掃除中に見つけた帳簿を、琉生に手渡した。「こちら、奥様のもののようです」琉生が手帳を手に取ってページをめくる。そこには結婚後の5年間、美優が参加してきたすべての交流会や付き合いが克明に記録されていた。誰に対して、何の目的で、いくら包んだかが一つずつ記されている。流し読みをしていた時、ある項目にふと目が留まり、琉生の動きが止まった。それは相手に御所人形を贈った時の記録だ。横に美優の小さな字でメモがあった。【また、親から子供のことで小言を言われた。琉生がいてくれたらいいのに。彼は忙しくてそれどころじゃないけれど】そこに綴られた最後の2文字が、涙でわずかに滲んでいるのが見て取れた。そんな辛い思いをしていたのか?でも、自分には一言もそんな苦労を漏らさなかった。そう思うと琉生の胸に、ちくりと痛みが走った。記録のほとんどが自分に代わって社交をこなしたり、関係を維持するためのものばかりだ。美優自身のための社交場など、ほとんどなかった。美優はこの家庭のために、自分には計り知れないほど多くの心血を注いでくれていたのだ。なのに自分は、「美優ならこれくらい簡単にやってのけるだろう」と、その努力を当たり前のものだと思っていた。美優がこれほど多くの涙をこらえていたとは思いもよらなかった。夫として必要な時、いつもそこにいなかった。それどころか、美優をずっと蔑ろにしてきた。その想いに駆られ、激しい後悔が渦巻き、容赦なく彼の心を突き刺した。「Z国へ行く。一番早いフライトを抑えてくれ」琉生はかすれた声で、どうにか絞り出した。何が何でも、美優を連れ戻すんだ。その決意が、心の底から溢れ出してきた。美優なしの生活なんて、もう考えられない。美優が自分には必要だ。美優がいない日々、一日過ごすたびに心が摩耗していく。もうこんな惨めな暮らしはたくさんだ。以前の自分が間違っていた。美優が戻ってくれたら、ちゃんと謝ろう。
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第17話

現地に着いて、琉生は空港から出ると、晴人から教えてもらった住所を頼りに、美優の勤め先へ向かった。ビルが立ち並ぶ通りを歩きながら、琉生は建物の入り口で立ち止まった。警備員に入館証を見せるよう言われたが、許可がないために琉生は中に入れてもらえなかった。すると運良く、近くのカフェから出てくる美優を見かけた。彼女は若い男性と楽しそうに話しているのだった。そして琉生が声をかけるより早く、横から割り込んだ凪が美優の頬をいきなり叩いた。突然の事態に凪の手が止まったところを、後から来た琉生が力任せに凪を引き離した。すると、隣にいた男性も、美優を守るように一歩前に出た。「大丈夫か?」琉生と男性が同時に声をかけた。美優は驚いた様子で二人の顔を確認すると、隣の男性に軽く首を振って平気だと言った。琉生が美優の身を案じている姿を見て逆上した凪が、美優を怒鳴りつけた。「琉生さんはこんなにもあなたのことを大切に思っているのよ!なのになんで浮気なんてするの!美優さん、あなたのために、琉生さんがどれほど忙しい仕事を調整して会いに来たか……なのにあなたは、こんなふしだらなことするなんて」そう言って、凪は周りの視線を集めようと、わざと大きな声で美優を中傷した。すると、好奇心で周囲の人々が足を止め、視線を美優に向けていた。だが、美優は周囲の視線を気にも留めず、冷たい目つきで周りを見渡すとカフェの中へ戻った。一方、やっと再会できた美優から、琉生は一瞬も目を離せなかった。美優の今の姿は以前の優しい面影がなく、なんとも疎遠な雰囲気をまとっているのだった。「おかけください」美優は落ち着いた様子で腰を下ろした。琉生は隣に座ろうとしたが、先程の男性に遮られた。やり場のない苛立ちを感じながら、琉生は向かい側に座るしかなかった。「美優、こちらはどちら様?」美優は淡々と突き放した。「あなたに関係ないでしょ?」美優が怒っているのを分かっていたからか、琉生は思わず湧き上がった怒りをなんとか抑えて言った。「僕は君の夫なんだから、無関係なわけがないだろ」しかし、冷めた顔でコーヒーをかき混ぜていた美優は、憔悴しきった琉生の充血した目と視線を合わせても、一向に表情を変えることはなかった。「琉生、私たちはもう離婚するのだから、赤の他人と言っても過言で
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第18話

美優の中で、自分が思っているほど重要な存在ではなくなっていた。かつて自分しか見えていなかった美優は、もういない。今の美優は、5年前の自分を神のように崇めていた美優とは、まるで別人だった。一方、隣にいた凪は、こみ上げる歓喜を必死に抑え込んでいた。まさか美優が、こんなにもあっさり琉生と離婚してくれるなんて。美優たちが立ち去るのを目にした凪は、ここぞとばかりに琉生を煽った。「琉生さん、美優さんはもう新しい相手がいるのよ。あなたもそれを受け入れて離婚して、私と一緒に新たな人生を歩いて行くべきじゃない?私は最初にお会いした時から、ずっとあなたが好きだったの。その時あなたはもう美優さんと結婚していたけど、今はもう違う。ねえ、琉生さん、美優さんと別れるなら、私と付き合ってくれないかな?私きっと美優さん以上に、あなたを愛していけるから」そう言って、凪は切実な眼差しで、琉生を見つめた。琉生と一緒になれば、自分の将来は一生安泰だと思ったのだろう。だが、琉生は彼女の手を振り払って立ち上がり、凍りついたような表情で見下ろした。まるで目の前の凪が、なんの関わりもない赤の他人のように、彼は冷たく切り出した。「凪、何を言っているんだ?僕は君を好きだと思ったことなどないんだ。すべては君の誤解だ」しかし、そう言われても凪は諦めきれず、琉生に抱きついた。「琉生さん、嘘でしょ。あれだけ優しくしてくれたのに、なんとも思っていないなんて……もう美優さんと離婚するんだから、あなたはもう自由なのよ。なら私と、一緒になってもいいんじゃないの?スタジオに入った日から、琉生さんは私を特別扱いしてくれた。私生活まで面倒を見てくれて、練習用に一番音色のいいピアノまで譲ってくれた。自分は逆に質の悪いピアノを使っていたくらいだったでしょ?あなたに私を思う気持ちがあるのはわかってるわ。ただあなたは自身がそれに気が付いていないだけよね!」そう言って、凪は琉生を問い詰め、彼に自分を好きだと認めさせるため食い下がった。こうして、凪は二人の間にあった思い出を次々と語り、琉生の心を揺さぶろうとする。「前回、コンクール前の楽譜で困った時、連絡したらすぐに駆けつけて夜通し修正してくれたし、美優さんに手を傷つけられた時も、1週間ずっと病院で付き添ってくれた。その数々の出来事、あな
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第19話

しかし、琉生は遠くから美優の後をつけるだけで、近づくことすらできなかった。こうして、彼はオフィスビルに入っていく美優の姿を、そして隣の男性と親しげに会話する姿をただ見つめていた。心の中には憤りが湧き上がっていたが、結局募る罪悪感に苛まれて、一歩踏み出せず、琉生はただ陰に隠れて美優を見るしかなかった。そして、頭の中で怒りと後悔が激しく絡み合った。彼はまるでストーカーのように、美優の姿を捉えた瞬間から一秒たりとも目を離さず見つめていた。そうすることで、自分の空っぽになった惨めな気持ちが埋まっていくかのように感じた。美優が働くオフィスはそれほど高い階になく、ある特定の場所からだと室内の様子が少しだけ見える。琉生は美優を探し回り、周囲のビルを確認した末、向かいのアートギャラリーへたどり着いた。ギャラリーの窓際に立つと、対面にある美優のところが見下ろせた。西日が射し込む窓の反射で、会議中の美優の横顔が浮かび上がった。琉生は、仕事に打ち込む美優の姿から目を逸らせなかった。一心不乱なその瞳、伸びやかな表情に、眩い光を放っているように見えた。自信に満ちた美優の魅力に、なぜ今まで気づけなかったのだろう……こうして、琉生は食い入るように見つめ、その姿が視界から見えなくなるまで、目を離すことはなかった。しばらくすると、眩しい日光のせいか窓のブラインドが下ろされた。美優の姿を完全に見ることができなくなった。他のフロアや窓を探してみたものの、結局無駄だった。アートギャラリーの責任者は琉生のファンで、いつも熱心に彼のピアノを聴きに来ていた。「何かお手伝いできることは?」と尋ねてきた相手に、琉生は自嘲気味に首を振った。差し出されたタバコを指で挟み、窓が固く閉ざされたその先を見つめながら、彼は深く吸い込んでは煙を吐き出した。辛辣なタバコの煙が喉を突き、突然の激しい咳き込みに襲われた。彼は目尻を赤らめた。それでも琉生は構わなかった。今の胸に感じる痛みを、タバコで麻痺させたかったから。やがて煙が消えかかった頃、階下の玄関から再び美優が出てきた。彼女は退勤したのだ。美優は同僚と親しげに別れの挨拶を交わすと、一人反対方向へと歩き出した。琉生は慌てて後を追い、距離を取りながらマンションまで尾行した。美優がマンションへ入ろ
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第20話

けれど、美優の予想は外れていた。ふっと目の前でその背の高い男が頭を深々と下げたのだった。そんな琉生は献身的で、美優の前で彼は精一杯の懺悔の念を見せたのだった。しかし、美優は数歩下がり、その冷たい瞳には、一瞬だけ驚きの感情がチラついただけだった。いつもは気高い琉生が、こうしてプライドをすてて頭を下げるなんて。その瞬間、美優はなぜだか嫌悪感にも似たような感情が湧いた。「あなたがそうやって謝ったって、私は戻るつもりはないわ。私たちってもう終わったの。子供のこと、一生許さないから。それがあなたのつけよ」それを聞いて琉生の瞳が揺れ、絞り出すように言った。「わかってる。今まで家族を軽視してた僕が悪かった。でも、もう二度としない。美優、君が家にいないと、毎日が生きた心地がしないんだ。家に帰れば、どこもかしこも君の思い出だらけで……だけど君はそこにいない。それで、ここのところ僕はずっと眠れず、静まり返った部屋は冷え切っているし。ピアノを弾こうとしても上手く指が動かないんだ。君がいない生活なんて、すべてが狂ってしまったかのようだよ。頼む、もう一度だけチャンスをくれ。絶対にやり直すから。二度と疎かにしたりしない」琉生が誠心誠意の謝罪を口にすると、赤く充血した目から一粒の涙が零れ落ちた。美優からの連絡が途絶えたあの日々に感じた胸に広がる虚無感と切なさを思い出すと、まるで見えない網を張られたようで出口を見いだせず、狂いそうになるのだった。美優なしでは生きられない。美優を愛している。その考えが、頭の中で鮮明になっていく。なんとしてでも連れて帰らなければ、と。「もう遅すぎるわ。チャンスなんてあげるつもりないし、そもそもあなたにチャンスというのはもうとっくにないから。私はただ自分の人生を静かに過ごして、あなたから離れたいの」美優は首を振って拒んだ。謝れば許してもらえる。そんな都合のいい話があるはずもない。琉生との間には、二度と越えられない深い溝があったのだ。それは相手がどれだけ悔やんでも、その傷跡が消えることはない。「そんなはずはない。君さえ望めば……」琉生は食い下がった。だが言葉を遮られた。「もうチャンスはあげたわよね。それを台無しにして、私の真心を踏みにじったのはそっちよ。最初の妊娠で流産した時も、私は文句一
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