市の中心部。喧騒の中にありながら、不思議と静けさを保つ一棟の邸宅。心春は落ち着かないまま、そわそわと身じろぎした。五日前、病院を出たその足で、彼女はここへ連れてこられた。迎えに来たのは、京央の百年名家・九条家を率いる現当主であり、今の彼女の婚約者でもある――九条勇信(くじょう ゆうしん)。世間では、情け容赦のない男だと噂されていた。権力を握るためなら、実の叔父や伯父すら容赦なく切り捨てたという。その手段の苛烈さは、想像するだけで十分だった。あるいは、それこそが、彼女が篠宮家の令嬢という立場すら捨てて、逃げ出したかった理由なのだろうか。勇信が人生交換の件をどこまで知っているのか、心春にはわからない。けれど、自ら病院まで迎えに来た以上、何も知らないはずはなかった。ただ、ここへ連れてきたきり彼は姿を消し、今日になってようやくまた現れた。しかも、部屋へ入るなり、ひと言も発さず、じっと彼女を見つめている。心春は、これほど緊張したことがなかった。「あの……ひとつ、伺ってもいいですか?」男の鋭い黒眉が、わずかに上がる。「伺う?」心春は彼の顔色をうかがいながら、思いきって正直に答えた。「その……敬語のほうが、礼儀として失礼がないかと思って……」「君に礼儀なんて求めてない」勇信はおかしそうに笑った。「そんなに身構えなくていい。俺は人を食ったりしない。ここでは、ただ君らしくしていればいい」心春は思わず目を見開いた。――君らしく?やはり、彼は知っている。けれど、九条家と篠宮家の縁談は、並の婚約とは意味が違う。それなのに、どうして彼はこんなにもあっさりと入れ替わりを受け入れているのだろう。心春が顔を上げると、不意に男の薄く笑みを含んだ黒い瞳と視線が重なった。その瞬間、自分が見えない網の中へ、ゆっくり絡め取られていくような錯覚を覚えた。「この数日、会社で急ぎの案件があってな。ゲストルームで寝かせることになって悪かった」勇信は立ち上がると、そのまま心春の手を取って引き起こした。「君の部屋は二階だ。案内する」寝室の扉が開いた瞬間、心春の目が輝いた。ベッドの上には、彼女の大好きなカートゥーン風のぬいぐるみが、ところ狭しと並べられていたのだ。それらは、海外のベテラン
続きを読む