「あの、国立特級芸術アカデミーへ応募したいんですが……」松浦直美(まつうら なおみ)は応募締切ぎりぎりのその日、募集窓口へ駆け込み、志望届を差し出した。職員は顔を上げて彼女を見る。「国立特級芸術アカデミーは、選考に受かるとそのまま合宿形式の訓練に入ります。その間は外部との連絡も取れません。それでも参加しますか?」「はい。お願いします」直美は高まる胸の鼓動を抑え、まっすぐな瞳で答えた。「わかりました。では10日後の選考試験にお越しください」受験票を手にした瞬間、ようやく直美の心は落ち着いた。やっとここを離れられる。そして、ずっと胸の奥で思い描いてきた舞台へ、ようやく踏み出せるのだ。病院に付属している寮に戻ると、周囲の視線が少し冷たかった。「松浦さん、精神科に行ってたんじゃないの?こんなに早く良くなるもんなの?」「確かに。宮本先生の診断が間違っているはずないもん」「急に暴れ出したりとかして、私に迷惑かけないでよね」ルームメイトたちが、口元を手で隠してくすくすと笑う。直美が精神疾患を患っているという噂は、とっくに院内で広まっていた。直美は聞こえないふりをして、自分のベッドに寝転がる。ここ数日間、隔離された病棟ではろくに食事もとれず、精神的に追い詰められそうだった。数分後、部屋のドアが激しい音を立てて開いた。ドアの外に立っていたのは、白衣を纏い、理知的な雰囲気を纏う宮本瑞樹(みやもと みずき)だった。彼は険しい顔で、直美を怒鳴りつける。「直美!誰の許可で退院なんかしたんだ?」怒りがこみ上げた直美は、言い返した。「私、病気でも何でもないんだけど。なのに、退院して何が悪いの?」「君が病気かどうか決めるのは、医者の方だ」瑞樹は一歩も引かない。直美が健康だと知っていても、「教育」の名の下に彼女を精神病院に閉じ込めようとする。「そんなの認めないから。それなら、院長先生に診てもらう。院長先生の診断なら信じるから」直美も譲る気はなかった。二度と自由を奪われてたまるか。院長の佐野和彦(さの かずひこ)は今出張中だ。瑞樹は直美を鋭く睨みつけると、背を向けて部屋から出ていった。瑞樹が去ったのを確認し、直美はようやく安堵のため息をつく。瑞樹は直美の婚約者であり、この病院の医長でもあった。か
Ler mais