9命のチェシャ猫はクズ男に尽くし死んで消える のすべてのチャプター: チャプター 11 - チャプター 20

24 チャプター

第11話

勲は答えず、ただ寧々の膝に頭を預けて目を閉じた。「静かにしてくれ。少し疲れた。眠らせてほしい」寧々は、勲が自分を救うために百年にわたる修行の成果を費やしたことを察していた。そのやつれた顔を見て、彼が閉じた目をそっと指でなぞった。2人の絆を心に秘めたまま。……直樹は仕事に没頭した。底なし沼のような巨大な資金の穴を埋めるため、彼は投資を求めて奔走せざるを得なかった。ついには苦渋の決断を下し、数々の資産を売却し始めた。ただ一箇所、思い出の邸宅だけは手放せなかった。そこには寧々と過ごした日々が残り、至るところに2人の笑顔の気配があった。彼にとって、それは何物にも代えがたい大切な場所だったからだ。酒の席で、寧々の助けを失った直樹は苦戦した。彼自身が頭を下げる羽目になり、かつて彼女がいかに泥を被って契約を勝ち取ってきたかを改めて思い知った。泥酔した直樹を見て、秘書がたまらず慰めた。「投資先なんていくらでもあるでしょうに、なぜわざわざご自身を傷つけるような真似を……」自分を傷つけるのか?直樹には、わざとそうしている節があった。もし今も寧々がいれば、こんな姿を見ていられず、放っておかないだろうに。だが、彼女の温もりを感じることは二度とない。無茶な飲み方を続けた代償は大きく、体は限界を迎えた。彼はついに胃出血を起こして、緊急入院した。奈津美はその知らせを聞くと、夜通し病院へ駆けつけ、彼を看病した。「直樹さん、胃出血だって聞いたわ。お願い、もっと体を大切にして」直樹は奈津美を見ると、彼女が寧々に浴びせた暴言を思い出した。なぜあんなにも酷い言葉を寧々に向けたのか理解できず、冷たい態度をとった。だが不思議なことに、今回ばかりは奈津美も怒らず、むしろ昼から夜まで彼のそばに付き添っていた。奈津美は心の内の怒りを抑え込み、自ら直樹に謝罪までした。「あの時は言葉が過ぎたわ。でも私も、ネットの情報に惑わされていたの。本当に失礼だったわ。お願い、もう怒らないで」元々は自分が大切に想ってきた女であり、情もあった。さらに彼女が献身的に看病してくれるのを見て、直樹は少し心を動かされた。手術室の外、手術に関する全ての書類を直樹の前に出したのは彼女だった。奈津美は、彼が自分の用意しておいた書類に署名するのを確認すると、満足げにその場を後
続きを読む

第12話

寧々は頷くと、顔を隠していた帽子とマスクを外し、奈津美の方へと歩み寄った。その瞬間、会場の大型スクリーンに動画が映し出された。画質は驚くほど鮮明で、肌の毛穴までくっきりと見えるほどだった。右目の下にある奈津美自慢の涙ボクロもしっかり映っていた。それは寧々にはない特徴だ。それだけでなく、防犯カメラの映像からは二人が会話する音声まで聞こえてきた。騒がしかった会場が水を打ったように静まり返り、詰めかけた記者たちは息を呑んでその動画に釘付けになった。「奈津美さん……」そこに映っているのが誰かなど、言うまでもなかった。もう、奈津美に言い逃れの余地はない。寧々は近くのマイクを手に取り、鋭い眼差しを彼女に向けて言い放った。「菊地さん、私より人気があるからって、嘘をつくのは良くないですよ」寧々の声がマイクを通して、会場の隅々まで響き渡った。大勢の視線が寧々に集まった。ネットで拡散された情報で、すでに世間は彼女の顔を知っていた。記者たちは慌てて寧々にフラッシュの嵐を浴びせた。その姿を目の当たりにした奈津美は、あまりの驚きに言葉を失った。直樹は死んだと言ったじゃない。なのになぜ、ここにいるの?「陣内さんとホテルで会っていたのは、最初から私じゃありません。私はただ、都合よく利用されただけ。でも、菊地さんのやり方はあまりにも度が過ぎています。私がこれ以上黙っていたら、菊地さんが人を殺した時でさえ、私のせいにされかねませんから」その言葉を聞くや否や会場は騒然となり、記者たちが雪崩を打って奈津美を取り囲んだ。「菊地さん!あの映像はどう見てもあなたです。なぜ横山さんに罪を被せたのですか?」「陣内さんと横山さんは婚約者同士。それなのにあなたが他人の関係に割り込み、略奪したということですか!」「現場で彼女に吹き替えをさせておいて、影では婚約者を奪うなんて、人間として恥ずかしくないのですか!」……突きつけられる鋭い問いに、奈津美は言葉を失った。汗でメイクは崩れ、慌てて言い訳を口にするしかない。「ちがいます、そんなんじゃないです……」そんな言い訳など、何の説得力も持たなかった。直樹が発表したはずの説明文も、今やただのゴミ屑と同然だった。奈津美は自分を取り囲む記者たあちから抜け出し、この混乱した状況から逃げ出そうとした
続きを読む

第13話

撮影現場で、寧々は自ら進んで勲の助手役を引き受けていた。撮影中も静かにそばで見守り、終わればせっせと小道具を渡し、化粧直しを手伝った。寧々の健気な姿に、勲は口を開いた。「熱心だね。前はもっとツンとしていたじゃないか?」2人が出会ったばかりの頃、寧々は彼に愛想笑い一つ見せたことがなかったことを思い出した。寧々は勲の風に乱れた髪を整えながら、「誰かさんが私を助けるために何百年分もの妖力を使ってくれたんだもの。私だって、恩返しを知ってる立派なあやかしよ!」と返した。勲は内心まんざらでもない様子だったが、表面上はまだ少しクールを装っていた。直樹の突然の登場はスタッフの注目を集めた。しかし、主演女優のトラブルで進行が大幅に遅れており、監督の指示で野次馬は全員散っていき、その場には3人だけが残された。勲と寧々のやり取りを直樹は見つめていた。寧々が生きていたという現実に、彼は狂喜して周囲が見えなくなっていた。「寧々?本当にお前なのか?本当に死んでいなかったんだな!ほら、お前が死ぬわけないと思ってたんだ」そう言いながら彼は寧々を腕の中に抱き込み、息ができなくなるほどきつく締め付けた。「俺と一緒に帰ろう?」長い沈黙のあと、直樹はようやく我に返った。しかし、抱きしめた寧々からは何の反応も返ってこない。「直樹、抱きつくのはもういい?」「寧々、俺は……」直樹は彼女から体を離した。しかし寧々の瞳に、以前のような自分への愛と崇拝の色を見つけることはできなかった。寧々は一歩後ろに下がり、2人の間に距離を置いた。その一歩は超えがたい溝のように、2人の過去を断ち切っていた。寧々は冷淡な視線を直樹に向け、まるで赤の他人を見るように言い放った。「直樹、忘れたの?私たち、とうに貸し借りはゼロになっているはずよ」その言葉に彼はたじろいだ。一語一句が直樹の心臓を抉った。かつてない恐怖が目に浮かび、最後の救いを必死に繋ぎ止めようとしていた。直樹は、病院で奈津美を救うために寧々を捨てた時のことを思い出した。彼は声を震わせ、何かを掴もうとしながら寧々の記憶を呼び起こそうと必死だった。「でも寧々、ずっと側にいるって言ったじゃないか!」寧々は容赦なく、そして少し自嘲気味に彼の言葉をもう一度繰り返した。「ずっと?あの頃はまだ世間知らずだっただけよ
続きを読む

第14話

主演女優の衣装を身にまとった寧々を見て、奈津美はさらに怒りを燃やした。「あんた!直樹さんを奪っただけじゃ飽き足らず、主演女優の座まで奪うつもりなの?どうして何でもかんでも、私のものを奪いたがるの!」その叫び声はひどく大きく、耳障りで、現場の全員に聞かせようという魂胆が透けて見えた。言葉を終えるや否や、狂ったように走り寄ると、大きく手を振り上げ、寧々の顔に振り下ろそうとした。だが今度こそ、寧々は黙って耐えなかった。彼女は素早く反応し、奈津美の宙に浮いた手首をガシッと掴んだ。次の瞬間、寧々は反対の手で力を込めて振り抜き、「パシッ」と乾いた高い音がして、奈津美の頬に強烈な平手打ちを食らわせた。その行動に、居合わせた皆と勲はあっけにとられた。「あなた!」突然の反撃に、奈津美は言葉を失った。以前の、卑屈でおどおどした寧々の姿はどこにもなかった。寧々に手を出せず、周囲の人間から後ろ指を指され、メンツを潰された奈津美は、怒りの矛先を監督に向けるしかなかった。「監督!私が主演女優ですよ。勝手に主演女優を変えるなんてどういうつもりですか?契約を盾に訴えてやりますから!」監督の秀紀は隠さずに言い放った。「菊地さん、撮影当初は40億円の出資を約束していたはずだ。今は名声が地に落ちただけでなく、後払いのギャラも度重なる遅延。情けをかける必要はない」そう言ってスタッフ2人を呼び、奈津美を強引に追い出させた。撮影の遅れを避けるためだった。奈津美は、本来なら自分が言うはずだった台詞を読み、自分が演じるはずだったシーンを演じる寧々を憎々しげに睨みつけた。まだ諦めきれない奈津美は直樹を頼ろうとしたが、何度電話をかけても繋がらず、ついに会社に乗り込んできた。彼女は機嫌をとるような笑顔を浮かべて、控えめに言った。「直樹さん……」直樹は仕事で手一杯だった。かつての「初恋の人」である彼女が現れたものの、手術の際に彼女が説明文を捏造したことを思い出し、表情は氷のように冷めきっていた。「何しに来た?」冷酷な口調に、奈津美はたじろいだ。「直樹さん、あの……ちょっと説明したくて」直樹は鼻で笑うと、書類から視線を逸らさなかった。一瞬たりとも、彼女を直視したくないかのようだった。「直樹さん、どうしてあの作品への出資をやめちゃったの?40億円のサポー
続きを読む

第15話

レストランの個室。寧々が個室に入ると、すぐにただならぬ空気を察した。だが直樹に促され、渋々席についた。「監督の名前を使ってまで、私を呼び出した目的は何なの」直樹が寧々の隣に座り、熱心に料理を取り分けた。「寧々、これ。この店のタケノコ、一番好きだろう?旬だからさ」向かいでその様子を見つめる奈津美の胸に、どす黒い憎悪が芽生える。彼女は指先に力を込めてカトラリーを握りしめた。だが奈津美は耐えるしかなかった。このドラマは彼女の再起を賭けたチャンスだ。直樹が自分を寧々に謝罪しろと言ったとしても、彼女は何としてでも役を勝ち取らなければならない。「寧々さん、ごめんなさい。以前の誤解を招くような説明文については、私が欲に目が眩んでいたの。直樹さんも何も知らなかったの。本当にごめんなさい」寧々は答えない。ただ冷めた目で、彼女の芝居を見つめている。その場が凍りつき、奈津美は助けを求めるように直樹を見た。まるで怯える子鹿のようで、つい庇護欲をそそられる姿だった。直樹は、涙ぐむ奈津美を見て助け舟を出した。「寧々、説明文の件、俺はほんとに知らなかったんだ。奈津美さんも悪かったと言ってる。お前は心優しいんだから、いつまでも根に持たず、今回だけは許してやってくれないか」「許せって?」直樹のその言葉は、寧々の我慢の限界を突破した。彼女の中で何かが弾けた。「直樹、私に対して『許せ』なんて言葉、一番使っちゃいけないのはあなたよ!」かつての、ただ盲目的に彼だけを追いかけ、2人の悪意に翻弄されていた寧々は、もうどこにもいなかった。真正面からメンツを潰された直樹は居た堪れなくなり、部屋を飛び出していった。個室には、寧々と奈津美の2人だけが取り残された。奈津美はわざとらしくグラスを手にして近づいた。「寧々さん、直樹さんを責めないで。すべては私の責任だわ。ごめんなさい」寧々が無反応でいると、奈津美は無理やり自分だけで2杯目を飲み干した。寧々が沈黙を守ると、彼女はボトルの酒を次から次へと煽り始める。強要されて飲む辛さを知る寧々は、憐れに思い、止めるために手を伸ばした。しかしその手に触れた瞬間、奈津美はわざと倒れ込み、寧々の足にしがみついて涙を流した。「お願いだから許して!この間、馬から落とされて傷を負ったけど、もうあなたのことは責
続きを読む

第16話

ドラマ制作陣が公式アカウントで、別のアングルの監視カメラ映像を公開した。馬場では、奈津美がこっそりと馬に近づき、エサに何かを混ぜる様子が映っていた。その後、撮影中に馬に乗った寧々は急に暴れだした。彼女が自分の力で馬から降りた直後、馬は制御を失い、奈津美に向かって突進した。こうして全ての真相が明るみに出た。奈津美は嫉妬心から馬に細工をし、自業自得で危うく命を落としかけたのだ。直樹はその映像を知らず、前の騒動のお詫びとして、奈津美を食事に連れて行こうとしていた。秘書から連絡が入ると、彼は慌ててスマホを開いた。映像を見た直樹は、ようやく目が覚めた。あの事故は、奈津美が自分で招いたことだったのだ。寧々は最初から最後まで完全に無実だった。それなのに、自分は彼女を脅して奈津美を救わせた。彼女が自分にあそこまで絶望するのも当然だったのだ。奈津美に手玉に取られていたと気づいた直樹は激昂した。彼は奈津美を睨みつけ、抑えきれない怒りの炎は、周囲の空気さえも焼き焦がしそうだった。直樹の険しい表情を見た奈津美が不思議そうに聞いた。「会社で何かあったの?」直樹は猛然と歩み寄り、彼女の首を掴んだ。「お前がこんなに恐ろしい性格だとは思わなかった。こんな人間のことを、俺は何年も愛してきたのか!」奈津美は何が起きたのか分からず、息も絶え絶えに苦しんだ。「あなた……一体何を……言ってるの?」直樹は鼻で笑うと、力をいっそう強めた。耳元で嫌悪感を露わにしながら、一語一句噛みしめるように言った。「俺の同情を買うために、お前がそんな卑劣な自作自演を好むなら、最後まで付き合ってやるよ!」直樹は奈津美を助手席に放り込み、車を発進させた。車は凄まじいスピードで疾走し、エンジンが轟音を上げた。夜とはいえ道にはまだ車が少なくなかったが、直樹はアクセルをベタ踏みし、車線を左右に縫うように狂ったように走り抜けた。助手席の奈津美は恐怖で真っ青になり、シートの端に必死にしがみついた。体は震えが止まらず、目には恐怖と助けを求める色が見えた。こんな狂気に満ちた直樹を見るのは初めてだった。車が猛スピードでカーブを曲がり、スレスレで追い越しをするたびに、彼女は押し殺したような悲鳴を上げた。山の中腹までたどり着くと、直樹は奈津美を車から引きずり出し、冷たい地面に
続きを読む

第17話

ドラマの撮影は非常に順調に進み、放送されると予想を遥かに超える大反響を呼んだ。打ち上げパーティーの会場に、寧々が深紅のドレス姿で現れると、その場にいた全員が息を呑んだ。皆、彼女が奈津美と少し似ていることくらいしか知らなかったが、実物の彼女が奈津美本人より遥かに美しいとは思いもよらなかったのだ。人々は次々と彼女の元へ挨拶に訪れ、あからさまに媚びへつらった。だが、出る杭は打たれるというように、やはり心ない陰口も耳に入ってきた。「彼女を見てよ。所詮、泥鰌は泥鰌よ。鯉にはなれない」「今じゃ高嶺の花気取りだけど、以前は直樹さんに必死で媚びへつらう犬だったのを、俺は覚えてるぜ」「ほんと。あの頃、直樹さんに頼んで相手にさせればよかったよ。見ろよあの腰つき、たまらねえだろ」……耳を塞ぎたくなるような、汚らわしい言葉が聞こえてきた。寧々は静かに微笑むと、周囲の視線を気に留めることなく、手元のワイングラスを持ち、優雅な足取りで2人の男へ近づいた。笑みを浮かべたまま、手首を返す。赤ワインが男の白いシャツを伝い落ち、胸元を血のように赤く染め上げた。一瞬の出来事に男たちは呆気にとられていた。ようやく理解が追いつくと、彼らの顔に驚愕と激しい怒りが浮かんだ。裕福な家のドラ息子である彼らが、こんな屈辱を受けたことなどあるはずがなかった。「おい!横山、調子に乗るなよ。以前、お前がどれだけ惨めな姿で俺たちのご機嫌取りをしてたか忘れたのか!」「全くだ、直樹さんの追っかけだった時の恥ずかしい姿、俺は覚えてるぜ」……その一つ一つの言葉が、まるで刃のように寧々の胸をえぐった。騒ぎを聞きつけた周囲からも、ひそひそ話が漏れてくる。反撃の手立てを失い立ちすくむ寧々を助けようと、勲が現れた。勲は別のグラスを手に取ると、寧々の手を掴み、躊躇なく2人へ向かって中身を浴びせた。勲は寧々の耳元で囁いた。「怖がることはない。やりたいようにやればいい。俺が全部責任を持つ」勲は会場を見回し、スタッフに声を張り上げた。「おい、ここは一体何事だ?何でもかんでも会場に入れるなんてどういうつもりだ?」勲の声には明らかな怒気が含まれていた。寧々よりも、人気俳優である勲の力は強かった。スタッフはすぐに慌てて事態の収集にかかった。屈強なボディーガードたち
続きを読む

第18話

「どうして……前は喜んで食べていたはずだ!」「そんなの、お前の機嫌を取るために合わせていただけだ。寧々さんと一緒にいた時、彼女の気持ちを考えたことが一度でもあった?誰が一番チューリップを好きだったか知っているでしょう。嘘で固めた心で、もう寧々さんを傷つけないで。お前がいなくても、寧々さんはもっと幸せになれる」一番好きだったのは、間違いなく直樹が心から大切にしている奈津美のことだ。勲の一字一句の非難は、ことごとく図星を突いていた。見透かされた直樹は、思わず否定する。「そんなの嘘だ……違う」勲は、わざと彼を挑発するように火に油を注いだ。「自分では償いをしているつもりかもしれないが、それが逆に『お前が一度も彼女を本気で想ったことなどない』という事実を、彼女に再確認させているだけだということに気づかないのか!」最後の見栄まで剥ぎ取られ、直樹はついに逆上した。額に青筋を立てて目を真っ赤にさせ、直樹は勲の顔を力任せに殴った。勲は避けることもせず、予想していたかのように受け止めた。口角から血を流し、一歩よろめく。戻ってきた寧々がその光景を見て声を荒げる。「直樹、いい加減にして!何やってるの!」自分のために怒ってくれる寧々に満足した勲は、彼女の後ろに隠れて沈黙を守る直樹を挑発気味に見つめた。寧々はそれ以上構わず、急いで勲を連れ帰った。家に入ると、いつもの冷静さを失った勲が「痛い、痛い」と騒ぎ始めた。寧々は消毒液を手に取り、あえて強めに彼の傷口に塗り込む。勲は絶叫した。「もっと優しくして!本当に痛いんだ!」「そんなの大げさよ。10人束になってもあなたには敵わないってことくらい知ってるわ。それに妖術を使えば、人間なんて相手にならないでしょ」勲は寧々に歩み寄り、「それはダメだ。お前が見せ場を作るチャンスを与えてやらなきゃ。万が一お前がまだあいつに未練があったら困るからな。それに、俺がまた妖力を使うのをお前が黙って見ていられるか?」と甘える。勲の嫉妬深い様子を見た寧々は、自ら彼の唇にキスをした。「未練?考えすぎじゃない」いつの間にか、勲はどこからか猫用ミントを取り出した。寧々は驚いた表情で、「なんで、私がこれ好きだって知ってるの!」と言った。勲は優しく彼女の鼻を突く。「だってお前は猫だから!」……
続きを読む

第19話

奈津美は、手配していた男に指示し、寧々を部屋へと運び込ませた。万全の準備を整えた奈津美は、ベッドで意識を失っている寧々を見て、秀紀の胸に飛び込んだ。「監督、あなたが一番私を大切にしてくれるって知っています」秀紀はその大きな手で奈津美の体を撫で回した。「そうか、ならお前も俺にしっかり恩返ししなきゃな」奈津美は内心の嫌悪感を押し殺し、合わせるように言った。「もちろんです。でもその前に、大物俳優の女がどんな味か、味わってみたくありませんか?」奈津美は顎をしゃくって、ベッドの上の寧々を指し示した。その申し出を気の利いたことだと喜んだ秀紀は言った。「いいだろう。大人しく俺を待っていろよ」奈津美は最後に、泥酔して横たわる寧々を一瞥し、抑えきれない悦びで顔を綻ばせた。それは、企みが成功した快感であり、相手を足元に踏みつけられる充足感だった。この部屋にはあらかじめカメラを仕掛けてある。動画が流出すると、直樹や勲はまだ寧々を宝物扱いできるのか?世間の人たちが彼女をかばい続けるのか?その目で確かめてやろうとしていた。隣の部屋に入り、モニターをつけた彼女は、寧々の絶望する顔を特等席で楽しむ準備を整えた。秀紀の豚のような顔と、白いシャツがはち切れんばかりの太鼓腹が揺れ、両手が寧々に伸びた。少し意識を取り戻した寧々は、自分の上に覆いかぶさる男を見て、懸命に抵抗した。しかし男女の力の差はあまりに大きく、男の手によって服が引き裂かれようとしていた。その瞬間、寧々の中から強力な妖力が迸り、秀紀を突き飛ばした。直後、現れた勲が秀紀を蹴り飛ばし、窓ガラスに叩きつけると、秀紀は悲鳴を上げた。モニターで屈辱的なシーンを楽しみにしていた奈津美だったが、画面が突然真っ暗になった。接続不良だと思い込み、正常な画面に戻そうとモニターを必死に操作した。その時、画面上に突如として狐の姿が現れた。奈津美は突如押し寄せた寒気に襲われ、全身の血が一瞬で凍りついたかのように背筋が冷えた。恐怖に目を見開き、反射的に叫ぼうとしたが、喉を何かに塞がれたように声が出ない。さらに足に力が入らなくなり、椅子から崩れ落ちると、無様に地面へと叩きつけられた。それと同時に、まるで亡霊のような姿で、勲が奈津美の目の前に現れた。彼は片手で寧々をしっかりと抱え、もう
続きを読む

第20話

病室で、勲は心配そうに寧々を見つめていた。寧々がようやく意識を取り戻したのを確認し、彼は安堵のため息を漏らした。「心臓が止まるかと思ったよ。あれが菊地の罠だって気づいていたか?奴は太田監督とグルになって、お前が罠にかかるのをずっと待っていたんだ」あやかしから人の姿になってまだ5年。常に直樹の側にいた寧々は、人間社会の邪悪さをまだよく知らなかったことを、勲は分かっていた。「ごめんなさい。心配かけてしまって」寧々が身を起こす。幸い体調に異常はなかった。しかし勲の顔色は悪く、隠そうとしても無理だった。寧々はすぐに悟った。「また妖力を使ったんでしょう?」先ほど寧々の強い危機を感知し、瞬間移動を使ったのだ。寧々を苦しみから解放するために、二度も大きな妖力を消費していた。勲は彼女をそっと抱きしめた。「寧々さん、二度と俺を心配させるな」その温かい時間をぶち壊すように、直樹が病室に飛び込んできた。「寧々!大丈夫か!?ニュースを聞いてすぐに飛んできた!この病院で一番腕のいい専門医を手配した。菊地がしたことは全部聞いたぞ。あいつがそんな根性悪いことをするなんて、思いもしなかった!」勲が立ち上がろうとするのを、寧々は手で制した。「あなたは私よりも休む必要があるの。対応は自分でやるから」勲は立ち上がり、去り際に寧々の肩をポンと叩いた。自分はすぐ外で見守っているという合図だ。直樹は、やつれた寧々の顔を痛みを見守るような眼差しで見つめ、誓った。「約束する。必ずお前のために仇を討つからな」寧々は体調もすっかり戻り、立ち上がって直樹の方へ歩み寄った。かつて命がけで愛した相手の顔を見上げる。もう胸に刺さるようなときめきは、微塵も感じられなかった。彼女は嘲笑うかのように言い放った。「報復だなんて……直樹、あなたは本当に菊地を見捨てられるの?」直樹は寧々の肩に両手をかけ、目を真っ直ぐに見つめて熱弁した。「四六時中、お前のことばかり考えていたんだ。お前こそが俺の探していた唯一の光だったのに、以前の俺は自分の気持ちが見えていなかったんだ。問題なければ、あいつは今頃うちの秘書によってA国へ送られているはずだ。二度と手出しなんてさせないし、もう逆転のチャンスなんてやらない!」寧々はその言葉を、おかしくて仕方がなかった。肩にある彼の手を払いのける
続きを読む
前へ
123
コードをスキャンしてアプリで読む
DMCA.com Protection Status