All Chapters of 一生愛すると誓った夫は、妹に半分の愛をあげた: Chapter 1 - Chapter 10

26 Chapters

第1話

「凛さん、本当に漂流島へ行って生態調査をする気か?あの島は海を漂い続けている。一度渡れば、二度と陸には戻れないかもしれないんだぞ」加藤凛(かとう りん)が静かに「はい」と答えると、電話の向こうの渡辺真崎(わたなべ まさき)は息を呑んだ。「だが……」凛は真崎の躊躇いを遮り、きっぱりと言い放った。「局長、ご心配なく。大学で獣医学も学んでいたし、私の能力はご存知のはずでしょう。テレビ局の中で、私以上にこのプロジェクトに適任な人間はいません」電話口から、どうしようもないといった様子で深いため息が漏れた。「分かった。君が一度決めたら誰にも止められないのは知っている。だが、これだけは絶対に加藤社長の許可をもらってくれ。そうでないと、彼が怒ってうちのテレビ局ごと潰されかねないからな」真崎が冗談を言っているわけではないことは、凛にも痛いほど分かっていた。加藤哲也(かとう てつや)の自分に対する異常なまでの執着を思えば、テレビ局を潰すどころか、この盛沢市を更地にすることすらやりかねない。幸い、加藤家がどれほど絶大な権力を持っていようと、それはさすがにできない。自分はもう二度と、陸には戻りたくなかった。電話を切ると、凛はすぐさまF国行きの航空券を予約した。出発は2週間後だ。センター広場では、色鮮やかなイルミネーションが今も眩い光を放ち、街中の人々が見物していた。「加藤グループの社長夫人のおかげね。こんな綺麗なイルミネーション、見たことない!」「加藤社長が奥様のために、何千万もかけて特別にデザインさせたらしいよ。一つ一つの映像が全部違うシーンで、お二人のラブラブな思い出なんだって。ほら、あのバルコニーでキスしてるのとか……」「見て、奥様のイニシャルも入ってる!これがスパダリの愛ってやつ?羨ましすぎる!」周囲の羨望の声を聞きながらも、凛は微塵も笑えなかった。もし30分前、あの路地に哲也を迎えに行かず、彼と自分の従妹・高木理恵(たかぎ りえ)が激しく口づけを交わす姿を目撃していなければ。イルミネーションの男女のシルエットが、本当は理恵へのプレゼントだと語る哲也の言葉を聞かなかったら。車の中、書斎の机、ソファの上……あの一連のロマンチックな映像が、すべて理恵との逢瀬を記念するものだったと知らないでいれたのなら。今頃自分
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第2話

「凛さん、眠たくなっちゃった。今日は一緒に帰って、凛さんの家で寝てもいい?」理恵が突然飛び出してきて、凛の腕を揺さぶりながら甘えるように言った。その大きな目は潤んで、愛らしく瞬いている。理恵の口の端はわずかに切れ、血が滲んでいた。ティッシュを握る凛の手が、かすかに震えた。先ほど自分が拭き取ったのは、ただの口紅ではなく、理恵の血だったのだ。気分が悪くなる。「ダメだ。俺と凛にはまだ大事な用があるから、子供は邪魔するんじゃない。運転手に家まで送らせるから」哲也は冷たく一蹴すると、凛の肩を抱いて背を向けた。凛の視界の端で、白く華奢な手が後ろから哲也に忍び寄り、そのお尻を強くつねるのが見えた。隣にいる哲也の体が明らかに強張り、歩みを緩めると、その大きな手で背後の小さな手を握り返し、仕返しとばかりに手のひらをくすぐっていた。「ふふっ」背後から、理恵の楽しげで無邪気な笑い声が聞こえた。凛の爪が手のひらに食い込み、血が滲むほどだった。心臓に鋭い刃物を突き立てられたかのように、息もできないほど痛んだ。まさかこれほど露骨に、自分の目の前でイチャついているとは思いもしなかった。自分が理恵を溺愛していることに甘えているのか、それとも哲也に対する絶対の信頼を逆手に取っているのか?この目は節穴だから、気づかないとでも思っているのだろうか?明らかにこの二人の勝ちだ。これほど長い間、自分は微塵も気づいていなかったのだから。車の窓に寄りかかり、凛は流れるように過ぎていく外の景色をぼんやりと見つめていた。その瞳は暗く沈んでいた。「凛、機嫌悪いの?知ってる?凛の好きなバラエティ番組、今日更新されたんだよ。出演者が畑仕事に行くのに、間違えてフライ返しを持っていってさ……」途切れることなく、男の声が耳元で響く。スーツを完璧に着こなした哲也が大真面目な顔で冗談やゴシップを語る姿は、本来なら思わず吹き出してしまうほど微笑ましいものだ。普段の凛なら、とうに哲也に笑わされてお腹を抱えていただろう。だが今は、どうしても笑うことができなかった。どんなに忙しくても、哲也は毎日1時間や2時間を割いてバラエティ番組やゴシップをチェックしていた。凛が好きで、それが彼女の笑顔を引き出せるから。この世に、凛の笑顔より尊いものはないと哲也
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第3話

ふと凛の視線がフロアマットに落ちている白いワイヤレスイヤホンに向かい、無意識にそれを拾い上げた。すると、そこから聞き慣れた甘ったるい女の声が漏れ聞こえてきた。「哲也さんったら、昨日の夜ベッドではそんなこと言ってなかったじゃない?あんなに私のことが死ぬほど好きだって、一生離さないって言ってたのに、なんで今は可愛げがないなんて言うの?もう、男の人ってやっぱり嘘つきばっかりなんだから。私、怒っちゃった。早く機嫌直してくれないと、もう口きいてあげないんだから」理恵だった。イヤホンからは、哲也のからかうような声も聞こえてきた。「はいはい、俺が悪かったよ。じゃあ後でホテルに着いたら、たっぷりお詫びしてやるから」凛は全身の震えを止めることができなかった。心臓が激しく波打ち、まるで鋭いナイフで少しずつ肉を削ぎ落とされているような激痛が走った。イヤホンからは、まだ理恵の拗ねたような甘い声が続いている。「あとどれくらいかかるの?1分でも会えないと胸が痛くなっちゃう。私が死んじゃったら、哲也さんを喜ばせる可愛い子猫ちゃんがいなくなっちゃうんだからね……ねえ、このイヤホン、すっごく違和感があるんだけど。外してもいい?」「もう少し我慢しろ。俺の可愛い子猫ちゃんはそんなに待ちきれないのか?でもイヤホンつけてれば、いつでも声聞けるだろ?」凛の目から涙が溢れ出しそうになった。彼女は両手で口を強く塞ぎ、込み上げてくる嗚咽と涙を必死に押し殺した。つまり、哲也が自分に向かって甘く囁きかけていた愛の言葉は、いつだって自分一人だけが聞いていたわけではなかったのだ。自分と一緒にいる時間でさえ、哲也はもう一人の女と水面下で愛を語り合っていた。哲也はただの一度も、完全に自分だけのものになったことなどなかったのだ。「凛、戻ったよ。どうした……」車に戻ってきた哲也の言葉は、凛の手に握られた白いイヤホンを見た瞬間、ピタリと止まった。彼の胸が跳ね、顔には隠しきれない焦燥感が浮かび、大きく目を見開いた。音を立てずに通話を切ると、哲也は必死に取り繕おうと口を開きかけた。「イヤホン、落ちてたから拾っておいたわ」凛は胸の奥で渦巻く吐き気と絶望を強引に押さえ込み、無理やり笑みを作ってイヤホンを哲也に返した。哲也は凛の笑顔の裏にある絶望に気づかず、内
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第4話

「凛、俺へのプレゼントは?」哲也の眉は和らぎ、普段の鋭い目つきは愛情に満ちていた。その甘く優しい声は、聞く者の心を震わせるほどだった。「2週間後になれば分かるわ」凛はバラを置き、うつむいてスープを飲み始めた。その表情は誰にも読み取れない。哲也のもとから完全に姿を消すこと。それが、哲也へ贈る最後のプレゼントだ。テーブルの上のスマホが震え続けている。画面をスワイプした哲也の漆黒の瞳に、言い表しがたい欲望の炎が揺らめいた。「凛、秘書が下で書類のサインを待っているんだ。ここで少し待っていてくれるか?」凛が頷くや否や、哲也は大股でエレベーターホールへと急いだ。実はさっき、凛の視界の端には、画面に映った女の白い肌の写真がはっきりと見えていた。哲也が誰に会い、何をするつもりなのか、凛には痛いほど分かっていた。だが、後を追う気など毛頭ない。浮気現場を取り押さえるような茶番劇には、これっぽっちも興味がなかった。それに、目の当たりにするのが怖かった。赤ワインを一口喉に流し込む。苦くて、それでいて芳醇な味がした。「奥様。加藤社長から、最上階にお越しいただくよう言付かっております。サプライズをご用意されているとのことです」ワインでほんのり赤らんだ凛の顔に、驚きの色が浮かんだ。もしかして、自分の勘違いだったのだろうか?哲也は、裏切るようなことをしに行ったわけではないの?スタッフの案内に従って最上階に到着すると、凛は花びらが敷き詰められたレッドカーペットの上を、奥のプレジデントルームへと歩を進めた。部屋に入ると、花々に囲まれたステージが目に飛び込んできた。その瞬間、凛は確信した。この光景は、3年前に哲也が自分にプロポーズした時と、全く同じだと。もっとも、あの時はここではなく、標高4000メートルの雪山の山頂だったが。親しい友人たちが見守り、さらには全世界にライブ配信される中、哲也は片膝をつき、眩いダイヤモンドの指輪を掲げてプロポーズしてくれたのだ。驚きのあまり凛が言葉を失っていると哲也は焦ったように息を整え、白く果てしない峰々と天に向かって誓いを立て始めた。「今生も来世も、永遠に凛一人だけを愛し抜く。もしこの誓いを破るようなことがあれば、決して……」その先の言葉は、凛が彼の口を塞いで言わせなかった。「哲也さ
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第5話

理恵は唇を尖らせ、わざと拗ねたように哲也の手を振り払った。「全然。凛さんの時は、たくさんの人に祝福されて、ライブ配信まであったのに。私なんて……」哲也の顔が沈んだ。さっきまで甘く優しかった瞳は陰り、もう理恵を宥めようとはしなかった。「理恵、いい加減にしろよ。最初から言っていたはずだ。俺のそばにいたいなら、永遠に日陰の存在として、誰にも知られずにいるしかないとな。もし凛に知られたら、どうなるか分かっているな?一生涯で、正真正銘の俺の妻になれるのは凛だけだ。自分の立場を弁えろ」理恵の瞳に一瞬だけ嫉妬と憎悪が閃いたが、彼女はすぐに哲也の首に腕を回し、顔を擦り寄せた。「哲也さん、怒らないで。私がいけなかったわ。もうあんなこと言わないから。ねえ、悪い子にお仕置きして?」哲也の胸の奥で渦巻いていた欲望はもはや抑えきれなくなり、理恵の真っ赤な唇に乱暴に噛みつくと、抱き抱えて寝室へと向かった。凛はハッとして、慌てて周囲を見回し、つま先立ちでカーテンの裏へと隠れた。男女の生々しい絡み合いの声が、部屋中に響き渡る。ビリッ……プラスチックの袋を引き裂く音が、妙に生々しく耳を打った。「あっ……待って、哲也さん、私……赤ちゃんが欲しい。私たち二人の子供が欲しいの。いいでしょ?他には何も望まない……永遠に日陰の身でいい。でも、どうしても……子供が欲しいの。お願い、哲也さん、お願い……」荒い息に混じる甘く柔らかな声は、理性を溶かし、まるで細い羽毛で心を撫でられているかのように哲也を昂ぶらせた。欲望に霞む哲也の瞳に得体の知れない感情が過り、低く掠れた声が部屋に響いた。「いいだろう、今回だけチャンスをやる。だが覚えておけ。子供の素性は誰にも知られてはならない。俺も絶対に認知しない。分かったな?」「約束する……哲也さん、愛してる……」ポイッ、と。小さな四角い包装が床に放り投げられ、凛はそれを見つめた。ベッドの上で激しく絡み合う二人は、カーテンの裏で全身を震わせている凛の存在に微塵も気づいていない。哲也が浮気しているという事実はとうに受け入れていた。きっぱりと彼のもとを去る決意も固めていた。だが、いざこの光景を目の当たりにすると、やはり心臓がコントロールできないほど痛み、まるで鋭利な刃物で滅多刺しにされているようだった。
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第6話

凛は一睡もすることなく、朝まで響き続ける情事の音を、ただじっと耐えて聞き続けていた。やがて朝陽が凛を照らし出した頃、重い瞼を開けてスマホの画面を見ると、哲也からの数十件の着信履歴とメッセージが入っていた。【凛、どこへ行ったんだ?】【凛、ごめん。昨晩はあんなに長くお前を放っておくべきじゃなかった。もう二度としないから、返事をくれないか?】【心配している。どこにいるんだ?迎えに行くよ】【凛、どこにいるんだ?会いたいよ。頼むから返事をしてくれ。お前の好きな朝食を買ってきたんだ】【……】凛が静かに画面を閉じると、すぐにまた画面が明るくなり、着信相手の文字が踊った。「愛する夫」って。昨夜の光景を思い出し、凛の胸は再び激しい痛みに襲われた。部屋から出ようとしたその時、清掃員たちが入ってきた。「スパダリ社長がキレるのって本当に怖いね。加藤社長が顔を真っ赤にして怒鳴りながら奥様を探してるの見た?テレビの顔と全然別人じゃない?」「奥様、どこに行っちゃったんだろうね。ホテルの中で迷子になるわけないし。愛妻家で有名な加藤社長なのに、なんで奥様を見失っちゃうのかしら」たった一晩、自分の姿が見えなくなっただけで、哲也は耐えられないというのか?だったら、自分がこの陸地から完全に姿を消してしまったら、どうなるの?哲也は本当に発狂してしまうのかしら?凛は自嘲するように首を振った。自分がいなくなっても、自分と顔立ちが似ている理恵がそばにいて、哲也を喜ばせてくれるのだから。シャーッ、という音とともにカーテンが開けられ、青白い顔をした凛が清掃員たちの前に姿を現した。「お……奥様!?どうしてこんな所に?」凛は強張った顔に無理やり笑みを浮かべ、バッグから一束の札束を取り出して清掃員たちの手に握らせると、消え入りそうな声で言った。「これは夫へのいたずらなんです。ここで私を見たことは、絶対に彼には内緒にしてくださいね。彼には階段の踊り場にいたって、そう伝えてください……」最後の言葉を絞り出した直後、凛は目の前が真っ暗になり、その場に崩れ落ちて意識を失った。目を開けると、ひどくやつれた顔の哲也が立っていた。「凛、やっと気がついたか!死ぬほど心配したぞ。どうして急に倒れたりしたんだ?最近よく眠れていなかったのか?倒れるなんて久し
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第7話

「凛さん、はい、フーフーして冷ましたからね」理恵が身をかがめると、胸元から痛々しくも生々しい赤いキスマークが覗いた。昨夜の激しさが容易に想像できる。凛の視線に気づき、理恵は慌てて立ち上がって胸元を隠すと、頬を赤らめて恥じらうように言った。「私……婚約者がいるの。彼、すごく優しくて……」「哲也みたいに優しいの?」凛の穏やかな声からは、いかなる感情も読み取れなかった。「うん。背が高くてお金持ちでイケメン。それにすごく体力があって、昨日の夜は死んじゃうかと思うくらい疲れちゃった……」凛は理恵の言葉を遮った。「なら、末永くお幸せに。元気な赤ちゃんを産んで、一生お二人で添い遂げられるといいわね」その言葉に理恵の顔には幸せそうな笑顔が咲いたが、哲也の体はこわばり、その顔には明らかな動揺が浮かんでいた。「哲也、どうして理恵に祝福の言葉をかけてあげないの?」凛は顔色の悪い哲也を見つめ、小首を傾げて不思議そうに尋ねた。哲也は保温容器を奪い取るように受け取ると、一瞬だけ気まずそうに目を逸らし、無理に笑顔を作って話題を逸らした。退院の日、哲也は凛を抱きかかえて病院を出た。沿道には花束と拍手が溢れていた。だが、凛の表情からは以前のような幸せそうな面影は消えていた。ただうつむき、誰にも顔を見られたくなかった。もし見られれば、その瞳が光を失い、死の静寂に包まれていることに気づかれてしまうから。理恵は凛の世話をすると言って、一緒に邸宅へついてきた。「凛、少し休んでて。俺がご飯を作って、後で呼びに来るから」哲也の背中を追って小躍りしながら階段を降りていく理恵を見送り、凛は布団をめくって起き上がった。廊下の隅に立つと、キッチンの様子がはっきりと見えた。露出度の高いピンクのキャミソールを着て、ウサギの耳のヘアバンドをつけた理恵。彼女はまな板の上のニンジンを一本手に取り、それを口にくわえると、背伸びをして可哀想な子犬のような目で哲也を見つめた。哲也は体をビクッと震わせ、両手を固く握りしめた。青筋が浮かぶその手は、怒りを抑えきれない様子で、低い声で叱責した。「最近調子に乗りすぎだぞ。誰が家の中でそんな格好をしていいと言った?少しはおとなしくしてろ。理恵、二度と同じことは言わないぞ……」言い終わる前に、哲也の唇はニンジンで塞
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第8話

深夜、スーツケースを引いて邸宅の玄関に立った哲也は、重厚で黒い鉄の扉から目を離せずにいた。以前なら、出張のたびに凛は名残惜しそうに何度も言葉をかけてきて、服や食べ物が足りているか入念にチェックしてくれたものだ。だが今回は、姿すら見せなかった。哲也はますます異常を感じ、再び不安で胸が締め付けられた。踵を返し、部屋に戻って凛を抱きしめたい衝動に駆られる。ずっと凛のそばにいたいと、ふと思った。その時、細い腕が哲也の手首に絡みついた。「哲也さん、どこ行くの?お仕置きしてくれるって約束したじゃない?」哲也の瞳に欲望の霞が掛かり、振り返ってその細い腰を抱き寄せると、そのまま車へと押し込んだ。2階のバルコニーに立つ凛の視線は、遠ざかる黒いワンボックスカーを見送っていた。「さようなら、哲也」これまで哲也から贈られたジュエリーやバッグを、凛はすべてフリマアプリに出品した。驚いたことに、わずか10分足らずで全て買い手がついてしまった。購入者のIDを確認すると、それは哲也のアカウントだった。凛の胸が跳ねた。何かに気づかれたのではないかと焦る。だが丸一日待っても、スマホに新しいメッセージや着信が入ることはなかった。凛は自嘲気味に笑った。きっと今の哲也は、理恵の胸に溺れていて、自分のことなど気にかける余裕もないのだろう。ピンポーン。チャイムが鳴り、ドアを開けると、そこには一通の封筒が置かれていた。テレビ局からの書類かと思い封を開けると、中から生々しくも卑猥な写真の束が床に散らばった。そこに写っていたのは、哲也と理恵だった。慌てて逃げ去る差出人の背中を見つめながら、凛は静かにドアを閉めた。床に散らばる情事の写真には目もくれなかった。そのまま2階へ上がり、自分の服やシーツをすべて整理し、支援団体へ寄付する手続きを済ませた。旅立ちの前日。凛は部屋のウェディングフォトを取り外し、本棚に並んだアルバムをすべて庭へと運び出した。長年哲也から送られてきたラブレターやメッセージカードも一緒に。小さな山のように積み上がったそれらの上に、火をつけた。小さな炎は瞬く間に勢いを増し、あっという間に二人の美しい思い出の品々を灰へと変えていった。凛は署名と捺印を済ませた離婚届を封筒に入れ、ポストに投函すると、理恵のチャット画
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第9話

20時間後、凛はようやくF国の辺境の町に到着した。「お二人とも、本当に島へ渡るのですね?もう一度念を押しておきますが、あの島は大海原をあてもなく漂流しています。次に陸地に接岸するのは1年後か、10年後か、あるいは永遠に接岸しないかもしれません」華奢な二人の女性を見て、スタッフは眉をひそめ、念を押した。凛とインターンの木村萌(きむら もえ)は力強く頷き、声を揃えて答えた。「はい、覚悟の上です」二人は顔を見合わせて微笑み、互いに支え合いながら荷物を持って島へと足を踏み入れた。陸地から離れた途端、漂流島は予想通り、ゆっくりと海原へと動き始めた。凛は地図を取り出し、あらかじめ見当をつけておいた洞窟へと向かった。中は清潔で広々としており、思わず顔がほころんだ。荷物の整理を終えると、二人は壁に寄りかかり、荒い息を吐きながら休んだ。凛は萌にペットボトルの水を渡し、興味深そうに彼女を見た。「大学を卒業したばかりで、もっといい選択肢がたくさんあったはずなのに、どうしてこんな荒れ果てた島へ来る気になったの?もしかしたら二度と戻れないかもしれないのに。家族に会えなくて寂しくない?」萌は笑って答えた。「ドロドロした職場の人間関係に揉まれるくらいなら、大好きな動物たちと一緒にいる方がずっとマシですよ!家族も私が好きなことをするのを応援してくれてるし、出発前にみんなに10年分のプレゼントを渡してきたんです!」萌は小首を傾げてニヤリと笑い、好奇心に目を輝かせた。「凛さんも、加藤社長に何か残してきたんじゃないですか?凛さんがいなくなったら、あの方、これからどうやって生きていくんでしょうね。あんなに愛し合ってたのに」凛は静かに水を一口飲み、全く感情の籠らない声で答えた。「ええ、プレゼントは残してきたわ。でもね、誰かがいなくなったからって、生きていけない人間なんていないのよ。たとえ相手がどんなに自分を愛していたとしても」なぜなら、他の誰かのことも同じように愛しているかもしれないのだから。だが、その言葉を凛が口にすることはなかった。この純粋で優しい子には、そんな残酷な真実を永遠に知ってほしくなかったからだ。一方その頃、陸の反対側にいる哲也は、スマホを手に取り、凛とのトーク画面を何度も見返していた。脳裏には凛のあの冷ややか
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第10話

傍らに立つ理恵は爪が手のひらに食い込むほど拳を握りしめ、その目からは悔しさが溢れ出しそうだった。ちょうどその時、部屋のチャイムが鳴った。理恵がガウンを羽織ってドアを開けると、そこには配達員が立っていた。宛先間違いだと怒鳴りつけようとした瞬間、送り状の名前が目に飛び込んできた。凛からのものだ。凛がプレゼントを贈ったと言っていたのを思い出す。理恵は急いでサインして受け取ると、封筒を破り開け、中から一枚の紙切れを取り出した。【離婚届】という大きな文字が、彼女の視界に飛び込んできた。右下には凛の几帳面な署名がある。理恵の胸に喜びが湧き上がり、口角が抑えきれずに吊り上がった。その瞳には勝ち誇った光が宿っていた。やはり予想通りだ。凛は自分たちの関係を知れば、自ら身を引いて譲ってくれる。昔からずっと、凛は自分の望むものは何でも与えてくれたのだから。自分が欲しがりさえすれば、凛は全部くれる。男だって例外じゃない。「何の書類だ?」背後から突然、哲也の掠れた声が聞こえ、理恵はビクッと手を震わせた。だが振り返った時には、その瞳には涙が溢れ、いかにも可哀想な子猫のような表情を作っていた。「いい子にしてたら、私だけの邸宅を買ってくれるって約束したじゃない?哲也さん、忘れちゃったの?」理恵は別の書類の下に離婚届を忍ばせながら言った。「ここにサインして。そうしたら帰してあげる。じゃないと帰さないんだから」こんな風に甘える理恵を見れば、愛おしく思わない男などいない。哲也はたまらなく愛おしそうに理恵の頭を撫で、ペンを受け取ると、ロクに紙も見ずにそのままサインした。「邸宅は買ってやったぞ。子猫ちゃんは家でいい子にしてるんだ。勝手に出歩くんじゃないぞ」そう言い残すと、哲也はホテルを後にして直接空港へと向かった。2時間後、哲也は花束とケーキ、そしてプレゼントを手に、加藤家の邸宅に到着した。「凛、帰ったよ!サプライズだ!」だが、その声に応える者は誰もいなかった。哲也は足早に2階の寝室へと向かったが、シーツの剥がされた真っ白なマットレスが目に飛び込んできて、思わず眉をひそめた。「おい!このベッドはどういうことだ……」その先の言葉は、もぬけの殻となったクローゼットを見て喉の奥に引っかかった。いつも服でぎっしり詰ま
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