会議が終わっても、陸斗の中では何ひとつ終わっていなかった。資料の束が閉じられ、椅子が引かれ、会議室の空気がゆるむ。斎賀は何事もなかったように次の書類を抱えて立ち上がり、水沢はメモをまとめながら、午後の電話の段取りを口にしている。誰も再会の衝撃に取り残されていない。取り残されているのは、陸斗だけだった。窓の外は相変わらず白い曇り空で、春の明るさだけが空へ薄く貼りついている。暖房の残りが少し乾いた空気を作っていて、喉の奥がやけに渇く。会議室の中は特別に暑くも寒くもないのに、陸斗の内側だけが妙に熱を持っていた。成田征司は、もう次の仕事へ視線を向けている。それが腹立たしかった。何事もなかった顔で資料を閉じ、何事もなかった声で指示を出し、何事もなかったように場を整えていく。あの夜を知らない人間にしか見えない顔だった。あるいは、本当に知らないのかもしれない。自分にとっては忘れられない夜でも、相手にとっては数ある一夜のひとつでしかなかったのかもしれない。そう考えるたびに、胸の奥に鈍い熱が溜まっていく。会議室を出る流れに遅れないよう、陸斗も資料を抱えて立ち上がった。足元は普通に動く。返事もできる。歩く速度も乱れていない。外から見れば、少し緊張しているだけの新任社員だろう。そうやって平静を保ててしまうことが、余計に腹立たしい。会議室を出たところで、水沢が振り返った。「三沢さん、そのまま席に戻って大丈夫です。午後の同行資料、あとでまとめて持っていきますね」「ありがとうございます」「昼までに一回、朝比奈フーズの現状だけ目を通しておいてもらえると助かります。部長案件なので」部長案件。その言い方の自然さが、陸斗にはまたきつかった。この支社では、仕事の流れそのものが征司へ繋がっている。誰かが確認を待ち、誰かが資料を上げ、誰かが判断を仰ぐ。その導線の中心にいる男が、あの夜の相手であることは、陸斗以外には何の意味も持たない。だからこそ逃げ場がない。席へ戻る途中、斎賀が別の資料を持ったまま脇を通った。「三沢さん」短く呼ばれて、
Terakhir Diperbarui : 2026-04-30 Baca selengkapnya