資料が閉じられる音は、思っていたよりずっと小さかった。誰かが深く息を吐くわけでも、安堵を口にするわけでもない。会議室の空気は、ただ一段だけ重みを失って、次の仕事のほうへ静かに傾いただけだった。包装会社の担当が手元のメモを見ながら段取りを確認し、湊が現場責任者へ短く視線を送り、神谷は修正後の利益試算について淡々と確認事項を口にする。篠宮の笑顔も最後まで大きくは崩れなかったが、その目元にあった余裕の角度だけが、わずかに変わっていた。通ったのだと、陸斗が本当に理解したのは、その場がもう“説得の場”ではなく、“動かすための場”に切り替わったのを見たときだった。誰も拍手をしない。褒めもしない。けれど、さっきまで案だったものが、今は全員の手の中で次の作業へ分解され始めている。高リスク便の指定、仕様変更の限定範囲、除外するSKU、先方への説明順、再試算の期日。紙の上で組んだ線が、それぞれの持ち場へ現実の仕事として流れ込んでいく。それが何より確かだった。「三沢さん、先行変更分の共有版、あとで一度ください」湊が立ち上がり際にそう言った。以前なら、征司に向けていたはずの確認だった。少なくとも、支社側へひとまとめに渡されて終わっていたはずの言葉だ。けれど今は違う。陸斗の作った整理を、陸斗の持ち場として受け取っている。その前提が、短い一言の中に当たり前みたいに置かれていた。「分かりました。朝比奈さん側の現場向けに、順番だけ少し変えた版を先に出します」言いながら、自分の声が落ち着いていることに陸斗は少し遅れて気づいた。喉の奥はまだ乾いているのに、言葉は今までみたいに引っかからない。返事が、ただの受け答えではなく、次の仕事の一歩としてちゃんと前へ出ている。湊は短く頷いた。「そのほうが助かります。現場には先に、どこが変わるかだけ落としたいんで」包装会社の担当も鞄を持ちながら言葉を足す。「うちも限定変更ならライン組めそうです。全面よりずっと現実的ですし。あとは番号管理だけ、支社さん側と詰めさせてください」支社さん側。
Terakhir Diperbarui : 2026-05-30 Baca selengkapnya