十月に入ると、朝の空は少しだけ高く見えた。支社へ向かう道の光はまだ明るい。残暑が完全に抜けたわけではなく、日なたを歩けばシャツの背にじわりと熱が溜まる。それでも、頬をかすめていく風の感触は九月までと違っていた。湿りを引きずりながらも、奥のほうに乾いた冷たさの気配がある。季節が変わるのはいつも唐突ではなく、こういう曖昧な朝からなのだろうと、陸斗は信号待ちのあいだにぼんやり思った。手元の封筒には、朝比奈フーズ向けに修正した資料が入っている。昨日の夜、最後まで見直した。競合比較の表も、売価帯の整理も、訴求軸の言葉も大きくは変えていない。変えたのは順番だった。どの論点から入るか。どの不安を先に拾うか。どこで現場の制約を見せて、そのあとに販路の話を乗せるか。前回は、言いたいことを先に置きすぎた。今回は逆だ。相手がいま抱えている怖さから話を始めて、その上に自分の整理を重ねる。理屈としては、もう何度も頭の中で確認していた。それでも不安が消えないのは、この修正が正しいのかどうかを、自分ではまだ証明できないからだった。支社の自動ドアが開く。中はいつもどおり、少し近くて少し雑多な朝の音で満ちていた。電話の保留音、コピー機の低い作動音、荷物を抱えた誰かの短い声。春のころほどその近さに身構えなくなったのは事実だが、馴染んだと認めるほど素直にもなれない。ただ、この朝の流れの中で誰が何を回しているのか、以前より少し分かるようになってしまっただけだ。水沢が総務の席の近くで、二つの書類を片手で持ち替えながらこちらに気づいた。「おはようございます」「おはようございます」「朝比奈さん、今日でしたよね」水沢の視線が、陸斗の手元の封筒へ落ちる。「はい。午前のうちに一回」「部長、さっきその件で電話してました。今日はたぶん、ちゃんと使う前提で持っていくんだと思います」その言い方に、陸斗はわずかに眉を動かした。「使う前提、ですか」「そう聞こえましたけど」水沢は軽く肩をすくめる。「もっとも、私は外から見てるだけなんで」言うだ
Terakhir Diperbarui : 2026-05-10 Baca selengkapnya