過ぎ去りし日々は、二度と戻らず​의 모든 챕터: 챕터 1 - 챕터 10

10 챕터

第1話 ​

30歳の誕生日の日、夫の西坂裕治(にしざか ゆうじ)は出張で遠くへ行っていた。​埋め合わせにと、彼は私・西坂瑞穗(にしざか みずほ)のためにケーキを予約してくれた。​けれど届いたのは、三歳の子供が喜ぶようなウルトラマンのケーキだ。​裕治に連絡しようとした矢先、彼の方から電話がかかってきた。​「瑞穗、あの店、本当にいい加減だ。ケーキを間違えて届けるなんて」​私はたいして気に留めず、このちょっとした出来事をSNSに投稿した。​すぐにフォロワーからコメントがついた。​【お店の間違い?それとも、旦那さんに外で子供がいたりして】​そんな冷やかし、これっぽっちも真に受けなかった。​学生時代から付き合って結婚に至るまで、子供がいないこと以外は、私たちは誰もが羨むおしどり夫婦だ。​ざわつき始めた投稿を削除しようとしたその時、ケーキ屋からDMが届いた。​【お客様、配達員の間違いではございません。​ご主人様は二つのケーキを購入され、お届け先をあべこべに指定されたのです】​私はその短い内容を、じっと見つめた。​見間違いではないかと、何度も読み返した。​目頭が熱くなるまで見つめても、胸に湧いた疑念を抑え込むことはできなかった。​昨日の朝、裕治は急な出張が入ったと言った。​彼は申し訳なさそうに私を抱きしめた。​「瑞穗、ごめん。今年もまた誕生日に一緒にいてあげられない」​私は微笑みながら首を振った。​「もう30歳よ。誕生日なんて、どうってことないわ」​裕治が私の誕生日を逃すのはこれで三年連続だ。​彼の忙しさには、もう慣れっこになっていた。​けれど、配送伝票に記載された住所が、どうしても頭から離れない。​Fマンション。うちのすぐ隣だ。​理性をかろうじて保ちながら、私はFマンションの入口に立っている。​警備員の訝しげな視線を受け、ここに住む人を訪ねに来たのだと言おうとした。​言葉を発する前に、背後から子供の笑い声が聞こえてきた。​裕治の顔をはっきりと認めた瞬間、私は彼を問い詰める勇気を一瞬で失った。​植え込みに身を潜め、仲睦まじい親子三人の姿を見つめた。​まるで、自分のものではない何かを覗き見している泥棒になったような気分だ。​震える手でスマホを取り出し、裕治にメッセージを送
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第2話 ​

けれど、裕治が病院に駆けつけたとき、最初に放った言葉が不意に脳裏をよぎった。​「あの時、階段に誰かいたか?」​当時は悲しみのあまり、その言葉の違和感に気づかなかった。​今にして思えば、クリニックの階段に果物の皮が落ちているなんて、おかしな話だ。​そこまで考え、私はそれ以上深く思考を巡らせるのが怖くなった。​そんな時、見知らぬアドレスからメールが届いた。​【ケーキ、届いた?さっき送った住所で待ってるよ】​その内容から、送り主が得意げな表情をしているのが容易に想像できた。​私はタクシーを拾い、指定されたカフェへと向かった。​ドアを押し開けると、窓際に座る平木マリカ(ひらき まりか)の姿が目に飛び込んできた。​マリカの正面に座った。口を開く前に、彼女の指にある指輪が目に留まった。​それは、私のものと全く同じデザインだ。​マリカは私の視線に気づくと、自慢げにその手をひらひらとさせて見せた。​「これ、あなたのとは違うのよ。​裏には私と裕治の名前が刻んであるんだから」​結婚する時、裕治は「世界に一つだけの指輪を贈る」と言ってくれた。​一ヶ月かけてデザインし、制作してくれたものだった。​結婚式当日、その指輪を見て、私は長い間涙を流した。​その後もしばらくの間、友人たちに自慢して回った。​まさか、私が誇りに思っていた愛の証が、別の女の自慢の種にされているなんて。​私は拳をぎゅっと握りしめ、一文字一文字を噛みしめるように言った。​「無駄話はやめて。用件は何?」​マリカはコーヒーに角砂糖を二個も入れ、一歩も引かない鋭い目つきで私を見つめた。​「いつ裕治と離婚してくれるの?​怜央は今年で三歳。これ以上、あの子にこんな思いはさせられないわ」​私は呆れて、思わず笑いがこぼれた。​「愛人の立場で、よくそんな口が利けるわね」​マリカは痛いところを突かれたのか、表情を醜く歪めた。​「子供もいないくせに、私に勝てると思ってるの!​物わかり良く身を引いたらどう?」​彼女の激昂とは真逆に、私は不思議と冷静でいられた。​「私たちに子供がいないって、どうして言い切れるの?」​マリカの顔色が微かに変わったが、すぐに余裕を取り戻したような笑みを浮かべた。​「子供がいたところで何よ。
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第3話 ​

「昨日、誕生日に一緒にいられなかったからって、拗ねてるのか?​プレゼントを買ってきたんだ。家に入ったら渡す」​そう言って裕治は家のドアを開けたが、すぐに振り返って私を見た。​その瞳には、戸惑いの色が浮かんでいる。​私は荒れ果てたリビングを素通りし、淡々とした口調で言った。​「額縁の裏の釘が緩んでたみたい。昨日、落ちたのよ」​裕治はそれを聞くと、慌てて私の体をあちこち確認し、怪我がないと分かるとようやく安堵の吐息を漏らした。​そして私の意思を無視し、その腕の中に抱き寄せた。​「君が無事で本当によかった」​何よりも私を優先する裕治の姿を見ていると、外に別の家庭があるなんて、どうしても信じられなかった。​彼は私を部屋で休ませ、自分はリビングに散らばった破片を片付け始めた。​夕食の後、風呂に向かう前に、裕治は可愛らしいギフトボックスを差し出した。​私が不思議そうに見つめると、彼は私の頭を優しく撫でながら、穏やかに微笑んだ。​「さっき約束したプレゼントだ」​促されるままに、私はギフトボックスを開けた。​中には、雫の形をしたネックレスが入っている。​「気に入ったかな?ずいぶん時間をかけて選んだんだ」​以前の私なら、彼が贈ってくれるものなら何でも喜び、大切にしていた。​結婚三周年の記念日に、彼が道端で摘んで贈ってくれた花さえ、私はドライフラワーにして今でも大切に保管しているというのに。​何気なくネックレスをギフトボックスに戻そうとしたとき、一枚のレシートが目に入った。​そこには、100 万円のダイヤモンドネックレスの購入履歴があった。​そしてこの雫のネックレスは、そのおまけだ。​ふと、昨日マリカがしきりに首元のダイヤモンドを弄っていた姿が思い浮かんだ。​私は自嘲気味に笑った。​裕治にとって、私はおまけを受け取る程度の存在でしかないのだ。​彼が風呂から上がってきたとき、私はすでに彼に背を向けて横になっていた。​彼が私の肩を揺すったが、私は生返事で応じた。​「触らないで。眠いの……」​裕治が顔を近づけてきたが、私は顔を背けて避けた。​彼は気にする様子もなく、小さく「おやすみ」と言ってスマホを弄り始めた。​意識がぼんやりとしてきた頃、裕治が足音を忍ばせながら部屋を出て
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第4話 ​

マリカと怜央が立ち去った後、ようやく裕治は私のことを思い出した。​彼が手を差し伸べて私を立たせようとしたが、私は冷たくその手を拒んだ。​裕治は慌てて釈明を始めた。​「瑞穂、すまない。さっきはつい焦ってしまって……」​私は彼を冷ややかに一瞥し、何も言わずにその場を立ち去った。​タクシーに乗り込むと、マリカからメールが届いた。​【裕治の心の中では、私と怜央が一番大切なの。物分かりよく身を引きなさい】​私はその画面をスクリーンショットし、そのまま裕治に送りつけた。​その日一日、彼から何度も電話や釈明のメッセージが届いたが、私は一切無視した。​仕事が終わって帰宅すると、裕治はすでにリビングで待っていた。​私の姿を見るなり、彼は足早に駆け寄ってきた。​「瑞穂、あの女は頭がおかしいんだ。あんな言葉、信じちゃだめだ。​あんな女なんて知らないし、君……」​嘘を聞くのも馬鹿らしくなり、私は言葉を遮った。​「どうしてそんなに必死なの?裕治が私を裏切るなんて、これっぽっちも思ってないわよ。​だって、母の病床の前で、一生私を守るって誓ってくれたもの。もし破ったら天罰が下るって」​裕治の顔が強張った。​彼が何か言いかける前に、私は背を向けて部屋に戻った。​その後の数日間、表面上はいつもと変わらない日常が続いた。​ただ、裕治の「残業」は目に見えて増えていった。​彼が「残業」をしている間、私のもとには決まってマリカから写真が送られてきた。​仲睦まじい親子三人の姿。​怜央を抱いてあやす裕治の姿。​そして、裕治とマリカのプライベートな写真。​私は一度も返信せず、ただ黙ってそれらを保存し続けた。​これこそ、裕治を家から一銭も持たせずに追い出すための、何よりの証拠となるのだから。​ある日、いつものように家路を辿っているときのことだ。​Fマンションの近くに来ると、子供の泣き声が聞こえてきた。​近づく間もなく、怜央が走ってきて私の前に跪き、泣きながら縋りついてきた。​「おばさん、パパを返して!パパがいない子だって、もう笑われたくないんだ!​お願い、パパを返してよぉ!」​私は眉をひそめて彼を見下ろし、冷たく問いかけた。​「お母さんはどこ?」​怜央は答えず、ただ床に頭を打ちつけて泣
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第5話 ​

私の言葉に、周囲の野次馬たちはまるで首を絞められたかのように、一瞬で静まり返った。​裕治とマリカの二人は、私が戸籍謄本を肌身離さず持ち歩いているとは思ってもみなかったようだ。​マリカはすぐに我に返ると、それをひったくって破り捨て、声を荒げた。​「書類の偽造なんて犯罪よ!裕治を奪うために、そこまで卑怯な真似ができるなんて!」​裕治は彼女の隣に立ち、さも心を痛めているという様子で私を見つめている。​私は胸の奥に広がる刺すような痛みから目を逸らし、口の端を吊り上げて笑った。​「本物かどうか、警察に行ってはっきりさせようか。​裕治、重婚罪は刑務所行きよ」​裕治の顔に焦りが走ったが、すぐに正義の味方のように口を開いた。​「瑞穂、この件はもう終わりだ。警察には言わないでおくから、二度と俺たちの前に現れないでくれ」​そう言い捨てると、彼は怜央を抱きかかえて背を向けた。​望み通りの展開に、マリカは勝ち誇ったような視線を私に向け、裕治の後を追った。​仲睦まじい親子三人の背中を見送りながら、私は悲しみと怒りに震えている。​家に戻り、母の遺影を見つめた途端、張り詰めていた糸がぷつりと切れた。​爪が手のひらに食い込むほど拳を握りしめたが、溢れ出す涙を止めることはできなかった。​裕治と結婚して一年目に、母はこの世を去った。​母の最期のとき、彼は病床の前で膝をつき、一生私を守ると約束してくれた。​あれからまだ四年も経っていないのに、彼の心はすでに別の人に向いている。​窓の外が暗くなるにつれ、荒れていた気持ちも少しずつ落ち着きを取り戻していった。​その時、スマホにたくさんの通知が届いていることに気づいた。​すべて友人たちからの連絡だ。​私は適当に一つのメッセージを開いてみた。​【瑞穗ちゃん、あんたと裕治がSNSで話題になってるわよ。あんな男、ろくなもんじゃないって前から言ってたじゃない】​地元のトレンドを開くと、昼間の出来事がネット上に晒されている。​不倫に関わる事件は、いつの時代も世間の関心を集めるものだ。​コメント欄を覗くと、私を恥知らずだと罵る言葉で溢れ返っている。​私を応援する声は、ごくわずかしかなかった。​その動画を通報した直後、裕治が帰宅した。​彼は唇を噛み、落ち着かない様
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第6話 ​

私はありったけの力を込めて、裕治の頬を張り飛ばした。​「裕治、これが些細なこと?あなたの浮気も些細なことだっていうの?​マリカが私を流産させたことも、些細なことなのね!」​裕治がさらなる言い訳を重ねる前に、私は探偵から受け取った調査報告書を彼の体に叩きつけた。​そこには、彼とマリカの同棲を示す証拠写真と、彼と怜央が親子であることを証明する鑑定書が綴じられている。​書類に目を落とした裕治の瞳が、驚愕のあまり見開かれた。​彼は信じられないという様子で私を仰ぎ見た。​「俺のことを調べてたのか?」​私は口角を上げ、薄く笑った。​「調べでもしない限り、あなたがマリカに貢いでたことなんて分からなかったもの」​この数年、裕治は母親の病気を理由に、毎月実家に仕送りをしていると言っていた。​けれど口座の入出金明細を洗ってみると、一目瞭然だった。​彼の給料の大部分は、マリカの口座に振り込まれていた。​裕治の表情は醜く歪み、逆上したかのように怒鳴り声を上げた。​「これは俺が稼いだ金だ!誰に渡そうが勝手だろう!​君は稼ぎがいいんだ。俺の金なんて端した金だろ!」​その言葉を皮切りに、溜まっていた不満が堰を切ったように溢れ出した。​「君はいつも高飛車で、プレゼントをくれるときは乞食を哀れんでるような顔をしやがって。​君の母親が死んだ翌日だって、何食わぬ顔で過ごしてただろ。自分を薄気味悪いとは思わないのか?​女ってのはマリカみたいに男を頼るもんだ。君みたいな女は、一人寂しく死んでいけばいいんだ!」​激昂に任せて吐き捨てた後、ようやく自分の言葉の重さに気づいたのか、裕治はおどおどしながら私に手を差し伸べた。​「瑞穂、今のはついカッとなって言っただけだ。本気じゃない……」​彼の手が触れる寸前、私は一歩身を引き、冷徹な視線で彼を見据えた。​「離婚届はあなたの会社に送っておくわ。​私たち、もう終わりよ」​……​翌朝、目を覚ますとリビングから話し声が聞こえてきた。​眉をひそめて部屋を出ると、そこには裕治の母・西坂朋子(にしざか ともこ)と怜央が座っている。​私の姿を見ると、朋子は怜央の腕を引いて立ち上がらせた。​「怜央、この方がお母さんよ。挨拶しなさい」​怜央は頑なに拒んだ。​「嫌だ
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第7話 ​

「母さん!説得しに来てくれって頼んだのに!​瑞穂、今のは母さんのでたらめだから、気にしないでくれ。君と離婚なんてしたくないんだ!」​朋子は、どこ吹く風という様子で言い放った。​「裕治、離婚するならすればいいわ。マリカちゃんこそ妻に相応しいと思うもの。瑞穗みたいな女、あなた以外に誰が嫁に貰うっていうのよ!」​これ以上くだらない言い合いを聞くつもりはない。私は玄関を指さし、さっさと出るよう促した。​裕治は納得できない様子だが、朋子に引きずられて家を出て行った。​「瑞穂、あなたから裕治に泣きついてくるのを待ってるわ」​二人が去った後、私はすぐに玄関の暗証番号を書き換えた。​翌朝、会社に入る瞬間、それまで賑やかだった場所が水を打ったように静まり返った。​同僚たちは皆、何か言いたげな視線を私に向けている。​私が口を開くよりも先に、社長から自分のオフィスに来るよう呼び出された。​席に着くなり、彼は単刀直入に切り出した。​「西坂さん、昨日君が炎上していた件、すでに会社に影響が出ている。​君が会社に尽くしてくれたことは分かっている。だが、我が社はメディア事業を扱っている身だ。ネット上の評判は会社の存続を左右する鍵だ」​昨日、マリカはライブ配信中に、意図的に私の個人情報をさらけ出した。​ここ二年ほど会社の売上は芳しくなかった。社長がこうして口実を作っているだけだということは分かっている。​私は特に気にする様子もなく微笑み、あらかじめ用意していた退職願を机の上に置いた。そして、穏やかな声で言った。​「私と主人のことは、社長や会社の皆さんもよくご存じのはずです。卒業してすぐにこの会社に入りましたが、まさか最後がこのような形になるとは思いませんでした」​言い終えると、社長の返事を待たずに席を立った。​隣のデスクにいる同僚が、荷物をまとめている私を見て、「信じられない」と声を上げた。​「ご主人と結婚したとき、社長も披露宴に来ていたじゃない?​それなのに、どうして……」​荷物を詰める手を止め、私はふっと自嘲気味に笑った。​「要するに、私をクビにしたいだけよ」​そこまで言うと、その場にいた全員が事情を察したようだ。​何しろ、私はこの会社で一番の給料取りだったのだから。​荷物を抱えて家に戻ると、
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第8話 ​

投稿完了の表示を確認すると、私はスマホを消音モードにして眠りについた。​最近いろいろなことがありすぎたせいか、私はとりとめのない夢を見た。​大学生の頃、行きつけのカフェでアルバイトしている裕治とよく顔を合わせていた。​ある時、私が席に着くなり、彼が一杯のコーヒーを運んできた。​不思議そうに裕治を見つめると、彼は照れくさそうに頭をかいた。​「これ、初めて作ったラテです。よかったら飲んでみてください」​カップの中に描かれた歪んだラテアートを見て、私は思わず吹き出してしまった。​私の笑い声を聞くと、裕治の頬は赤く染まっていた。​その日以来、彼は新作を作るたびに私に味見を求めてきた。​そうしてやり取りを重ねるうちに、二人の関係は少しずつ、けれど確実に縮まっていった。​一度だけ、お酒の勢いで私から彼に電話をかけたことがあった。​「どうして告白してくれないの……​私のこと、好きじゃないの?」​翌朝、ルームメイトの驚いた声で目が覚めた。​裕治は朝早くから、99本のバラの花束を抱えて寮の下で待っていた。​私は大急ぎで身支度を整え、階段を駆け下りた。​彼はしどろもどろになりながらも、必死に想いを伝えてくれた。​その言葉を最後まで待たずに、私は彼の顔を引き寄せてキスをした。​付き合い始めてからの彼は、何事も私を最優先にしてくれる、優しく誠実な恋人だった。​夢の最後には、裕治と共に白髪になるまで添い遂げる自分たちの姿まで見てしまった。​私はあまりの恐怖に、布団から飛び起きた。思わず口から悪口が漏れ出した。​「なんて縁起でもないことを!​幸い、夢と現実は逆って言うものね」​窓の外を眺めると、空がうっすらと白み始めている。​スマホを手に取ると、案の定、昨日の投稿が炎上している。​多くのネットユーザーが、これほど恥知らずな人間がいるのかと驚きの声を上げている。​【クズ男からは離れるべき】【自分の人生を大切にして】といった私を気遣うコメントも少なくない。​私はそれらの一つひとつに【いいね】をつけていった。​たくさんのコメントに一通り目を通してから、ようやくラインを開いた。​中には裕治からのメッセージが溢れんばかりに届いている。​どれもこれも、投稿を消せという内容ばかりだ。​
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第9話 ​

「全部自業自得じゃない!」​マリカは逆上して私の鼻先を指差しながら罵った。​「裕治を独り占めするあなたが悪いから、こんな手を使うしかなかったんじゃない!​事実を突きつけてやったのに、あなたが図々しく離婚しないんだから!」​そのあまりの言い草に、私は呆れて思わず笑ってしまった。​裕治は信じられないという表情でマリカを見つめた。​「なんだって?全部君が仕組んだことだったのか?」​マリカは顔を真っ青にし、しどろもどろになりながら口を開いた。​「私……私はただ、裕治のことを愛しすぎて……あなたを独り占めしたくてたまらなかったから、こんなことをしてしまったの」​彼女は不安げに裕治の手を掴み、さらに弁明しようとしたが、彼はそれを乱暴に振り払った。​「瑞穂、聞いたか?全部マリカが仕組んだことなんだ。俺の本意じゃなかったんだ!​最初は、こいつが家族が欲しいって言ったから子供を作っただけで、その後のことは全部無理やりやらされてたんだ!」​その言葉を聞いて、私は彼がなんてグズなのかと呆れた。​「裕治、不倫をしただけでも十分なのに、往生際が悪すぎるわ。あなたの本性を見抜けなかった自分が情けない」​言い終えると、もう出かける気分がなくなり、背を向けて家の中に戻った。​ドアをバタンと閉めると、裕治とマリカの言い争いの声は外に締め出された。​私は何気なく音楽をかけながら、荷造りを始めた。​幼馴染の川野辺英一(かわのべ ひでかず)の誘いを受けたその日に、この街を離れる航空券を予約していたのだ。​……​荷物をまとめ終えた頃には、玄関先の騒ぎも収まっていた。​30年も住み慣れたこの家を見渡すと、名残惜しさがこみ上げてきた。​けれど、ここを離れれば、二度と戻ってくることはないだろう。​この家にまつわる大切な思い出は、すべて心に刻み込んだ。​裕治にまつわるすべてのものをゴミ箱に投げ捨てると、心にぽっかりと穴が開いたような気がした。​午後、不動産業者が内見のために買い手を連れてきた。​すでに価格の折り合いがついていたため、確認を終えるとすぐに契約が交わされた。​外に出ようとしたところ、ちょうどエレベーターから裕治が降りてきた。​スーツケースを引く私の姿を見ると、彼の顔はさらに引きつった。​「瑞穂
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第10話 ​

「裕治……日陰の身で何年も尽くしてきた私に、よくそんなことが言えるわね!」​裕治の顔に一瞬の動揺が走ったが、すぐに冷ややかな視線をマリカに向けた。​「君とはただの遊びだ。最初から最後まで愛してるのは瑞穂だけなんだ」​私は眉をひそめ、腕時計に目をやった。もうすぐ飛行機の出発時間だ。​なんとか裕治を振り払おうと考えていたとき、再びエレベーターの扉が開いた。​そこから現れた幼馴染の英一の姿を見て、私はぱっと表情を明るくした。​「どうしてここに?一人で大丈夫だって言ったじゃない」​英一は答えず、裕治が私の腕を掴んでいる箇所をじっと見つめた。​私は縋るような視線を送り、声に出さずに訴えた。​「助けて!」​英一は裕治の腕を力強く掴み、冷徹な声で言った。​「手を離せ。彼女は痛がってるだろう」​裕治は強がろうとしたが、数分も経たないうちに痛みに耐えかねて手を離した。​英一は私の手を取り、周囲を一瞥してから、呆れたように私を睨んだ。​「これが、一人で大丈夫ってことか?」​私は気まずくなって鼻の頭をかき、黙り込んだ。​英一の姿を見た瞬間、裕治の顔色はみるみる悪くなった。​彼は憎々しげに私を問い詰めた。​「急いで出かけようとしてたのは、こいつに会うためだったのか?​離婚したいっていうのも、こいつのためなんだな?​さては、前からできてたんだろう!」​私はうんざりしながら彼を見返した。​「勝手に言ってればいいわ。​どいて。急いでるの」​裕治がさらに食い下がろうとすると、隣でマリカが毒づいた。​「この二人、いつからできてたか分かったもんじゃないわ。それなのに裕治に一円も渡さずに離婚してるのよ」​彼女の言葉が何かを悟らせたのか、裕治はそれ以上私の行く手を阻むことはなかった。​飛行機に乗り込み、窓の外に広がる街の灯りを見つめた。​未練など微塵もない。あるのは、未来への期待だけだ。​故郷の街に降り立ち、英一に連れられてかつて住んでいた路地裏へと戻ってきた。​通りすがりの近所の人たちは皆、私のことを覚えていてくれて、親しげに声をかけてくれる。​その温かい挨拶に触れるたび、自然と口角が上がってしまう。​英一が私の実家のドアを開けた。埃が舞っているだろうという予想は、見事に裏切ら
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