جميع فصول : الفصل -الفصل 10

22 فصول

第1話

結婚して7年、高木凛音(たかぎ りんね)は、高木海斗(たかぎ かいと)の初恋の人・中島景子(なかじま けいこ)のために、999回も輸血用の血を抜かれた。すべては、景子が血液凝固障害という持病を抱えており、少しの傷でも命にかかわる出血をしてしまうからだ。しかも、景子は希少なRhマイナス血液型で、東都中を探しても、輸血で完璧に適合するのは凛音ただ一人だった。一度目に景子のために輸血したとき、凛音は結婚を条件として持ち出し、海斗はそれを受け入れた。二度目の輸血のとき、凛音が「愛してる」と言ってほしいと求めると、海斗はその通りにした。三度目の輸血のとき、凛音が「私を抱いて」と望むと、海斗はそれすらも受け入れた。……999回目となる輸血で、凛音は顔を真っ青にして意識が遠のきかけたとき、看護師の緊迫した声が聞こえた。「高木さん、もうすでに1000ccも抜いています。これ以上は無理です、本当に命にかかわりますよ」処置室は静まり返っていた。海斗が中止を命じない以上、凛音の体から輸血用の針を抜く者はいなかった。凛音はチューブの中を流れる自分の血を見て、体中に寒気が走るのを感じた。鼓動が弱まり、ゆっくりと止まっていく。意識も薄れていった。死が迫る中、最後に聞こえたのは、海斗のひどく冷淡な声だった。「なら死なせておけ。俺は景子さえ無事ならそれでいい」その言葉を最後に、果てしない闇が押し寄せ、凛音を完全に呑み込んだ。ふたたび目を覚ました時、時を遡っていた。景子に初めて輸血することになった、あの日……凛音は処置室の椅子に座っていた。太い針が腕に刺さり、思わず身震いする。隣にはすでに600ccを採り終えた血液パックがあった。看護師がいたたまれなくなり、口を開いた。「あの、こんなに血を採るなんて……自ら進んでのことなのでしょうか?」凛音が返事をするより早く、聞き慣れた声が静かに響いた。「彼女本人の意思だ」凛音は顔を上げた。真っ先に目に入ったのは、海斗の冷たく整った端正な顔だった。目が合う瞬間、胸が激しく締め付けられ、無数の記憶が脳裏に溢れ出た。前世、高校入学初日に凛音は、誰もが憧れる存在だった海斗に一目惚れした。3年間思い続けたが、海斗は冷たく、何度告白しても凛音を拒んだ。凛音はS大学まで追い
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第2話

婚姻届の手続きを済ませた後、凛音は海斗に何度も電話をかけた。大事な報告をしたかったが、彼は一度も電話に出ることはなかった。無理な輸血が続き、凛音の体は限界を迎えていた。もう疲れ果てて、帰宅して横になるしかなかった。翌日、凛音は病院へ向かった。病室の入り口に、海斗がいるのを見つけた。彼はベッドサイドに座り、雑炊を器に取り、冷ましてから景子にゆっくりと食べさせていた。その手つきは、どこまでも優しかった。凛音はそれを静かに見つめた。前世の自分が何度輸血の後に意識を失っても、海斗は一度も見舞いに来なかったことを思い出す。自分が笑えるほど哀れに思えてきた。深呼吸を何度も繰り返して気持ちを整え、凛音は意を決して扉を叩いた。こちらを向いた海斗の表情から、笑みがスッと消えた。彼は顔をしかめて病室を出て、扉を閉めた。「電話に出なかったら、今度はここまで来たのか?一体何のつもりだ?」充血し、深いクマの刻まれた海斗の目には、苛立ちが滲んでいた。凛音は躊躇せず、景子のバッグを返し、婚姻届を提出したことが分かる写真を見せた。「ただ伝えたくて来たの。婚姻届は、もう出してきたから」海斗は冷ややかな目で凛音を一瞥し、冷たく言い放った。「黙れ!景子は事故から目覚めたばかりだ。俺が結婚したなんて事実、今は景子に知られたくないんだ!」「違う。あなたと私じゃなくて、届けを出したのは……」凛音は事実を説明しようとしたが、景子という言葉を発する前に海斗の低い声に遮られた。「もういい!忘れるな、景子のために籍を入れただけだ。思い上がるな。このことを言いふらすことも、景子の前で見せびらかすことも許さない!」そう言って海斗は景子のバッグを取り上げ、写真など眼中にないといった様子で、病室へ戻って行った。凛音は説明を諦めるしかなかった。どうせもうすぐここを去るのだ。いつか海斗も、本当の妻が誰だったのかを知るだろう。それ以上そこに留まることはせず、凛音はエレベーターへと足を向けた。たまたま乗り合わせた看護師たちが、下の階へ向かう途中で噂話をしていた。「特別病室に入っているのは高木グループの社長だって。さすがよね。入ってるのは彼女さんかしら?何日も付きっきりで看病して、引退した専門医まで呼んでくるなんて、すごい愛情よね」「彼女さん、運ば
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第3話

「婚姻届を出した時、大学の同級生に見られたらしくてな。今日、同窓会がある。景子に何か噂が入るかもしれないから、一緒に行ってうまく説明してくれ。俺たちが籍を入れたことは伏せておくんだ」凛音は、確かに役所で大学の同級生に遭遇したことを思い出した。前世は嬉しさのあまり周囲に漏らしてしまい、翌日には二人が入籍した噂が広まり、それによって景子が泣き叫び騒動になった。今世では誰にも何もしゃべっていないし、何の目的で行ったかも隠していたはずなのに、それでも誤解を受けてしまったようだ。凛音も丁度、誤解を解きたかったため承諾した。車が猛スピードで会場に到着し、海斗は凛音を個室の入り口まで連れて行くと、改めて言い含めた。「中に入ったら、ただ家族にマイナンバーカードを届けに行っただけだと言え。余計なことは言うな。もし漏らせばただじゃおかないからな」海斗の威圧的な警告を受け、凛音は無言で頷いた。「わかってるわ。私たちが籍を入れたなんて誤解がないよう、ちゃんと説明してくる」何しろ、彼が籍を入れた相手は、どうせ私ではないのだから。ありのままの事実を伝えるだけだ。海斗は安心して、一人で行くようあごで促した。戻っていく海斗を見送ってから、凛音は息を一つ吐き出し、中へ入った。気配を感じたみんなが一斉に振り返り、凛音を囲みこんだ。「凛音、珍しいじゃない?なにかいい報告でもあるの?噂で聞いたんだけど、婚姻届を出してるところを見られたんでしょ。海斗の名前があったって。ねえ、本当に入籍したの?今日は報告をしに来たの?」好奇の目にさらされながら、凛音は海斗の言葉をそのまま話し、噂を打ち消した。だが同級生たちは信じず、一斉に目を剥いた。「家族にマイナンバーカードを届けるため?そんなの嘘でしょ!ずっと海斗が好きだったじゃない?熱烈に追っかけて、毎朝寮まで朝食を届けたり、海斗を守るために怪我をして病院送りになったり、大学院への推薦まで蹴って……」過去の話を聞いて、凛音は少し呆然とした。自分はまだ29歳のつもりでいて、学生時代など遥か昔のことのように感じていた。だが今は22歳。卒業して半年、人生はまだこれからだ。時を遡ったチャンスを与えられた以上、もう海斗に関わり続けるつもりはない。そこでバッグから用意してきた戸籍謄本を取り出し、配偶
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第4話

その言葉に、全員が沸き上がった。「鉄は熱いうちに打て、今日ここでプロポーズしちゃえよ!俺たち同級生みんなが見届け人になってやるからさ!」海斗の表情が硬くなる。「今日だって?いや、式もなければ、花も指輪もない。そんなのはあまりにも軽率すぎる」景子は嬉しさのあまり涙を潤ませ、何度も首を振りながら、言葉を詰まらせた。「海斗……あなたがプロポーズしてくれるなら、何もなくてもいいの。私、あなたと結婚できるならそれだけで幸せよ」二人はお互いを見つめ合い、そこに熱い想いが溢れていた。その光景を静かに見つめながら、凛音の胸には言いようのない痛みが走っていた。こぶしを強く握りしめ、手のひらを爪で刺して血を流しながら、目の奥に寂しさがよぎった。海斗が抱く、心からの愛がそこにあることは分かっていた。たとえ自分と結婚した前世であっても、海斗の心には常に景子しか存在しないのだ。かつての凛音は、独りよがりで身の程知らずだった。無理やり彼を手に入れ、時間をかければいつか海斗の心も自分に向くはずだと信じていた。けれど今は違う。現実を思い知り、ようやく目を覚ましたのだ。凛音が視線を向けると、海斗は景子を抱き寄せ、優しく囁いていた。「お前はそれでいいと言うかもしれないが、俺は嫌だ。愛する女を中途半端なまま嫁がせるようなことはしたくない。30分だけくれ。すぐ手配する」そう言うとすぐに秘書の久保晴人(くぼ はると)を呼び出し、式の準備を命じた。指輪や花、さらにはドレスとメイクの手配まで始めた。居合わせた同級生たちも興味津々で手伝い、プロポーズに必要なものが次々と整えられていく。式を前に、景子はカメラを手に取ると、隠し切れない得意げな顔で凛音の前に立った。「お願いがあるの。頼んでいたカメラマンが来られなくなっちゃって。凛音は写真上手でしょ?私たちを撮影してくれない?」ちょうどそれを見ていた海斗は、凛音には妨害する理由があるはずだと思い、止めに入ろうとした。しかし、予想外にも凛音はそれを受け入れ、黙ってカメラを受け取った。「いいわよ。精一杯、お二人の幸せな瞬間を撮らせてもらうわ」海斗は驚きに動きを止めた。あの凛音がこんなにおとなしく従うなんて、信じられなかったからだ。少し考えたあと、海斗は凛音にメッセージを送った。
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第5話

目を覚ますと、そこには看護師が心配そうにこっちを覗き込んでいた。「体調はどうですか?ご家族に連絡してください。ご両親でもご主人でもいいですよ」凛音は青ざめて乾ききった唇を開き、かすれた声で言った。「両親はそばにいませんし、夫もいません。独身です」言葉が終わるか終わらないかのうちに、ドアが激しく開いた。海斗が眉をひそめてこちらを見ている。「独身だと?数日前に、俺と籍を入れろとすがったのは誰だ?」海斗の冷ややかな視線を受け、凛音は全身から力が抜けていくのを感じた。「結婚相手が誰か、確かめれば?」海斗はその意味がわからなかったようで、ただ嫉妬して拗ねているのだと決めつけ、うんざりした口調で返した。「凛音、景子の命を救うためじゃなきゃ、俺とお前が結婚なんてするわけないだろう!俺はただ、愛する女にプロポーズの場を用意してやりたかっただけだ。俺の妻という立場を奪うわけじゃないんだから、いい加減にしろ。お前を甘やかす暇はない」海斗が吐き捨てた本心を聞き、凛音の瞳から光が消えた。「わかってるわ。景子にプロポーズするのも、結婚式を挙げるのも勝手にして。気にしないわ。だから私にも構わないで。お願い、放っておいて」海斗はじっと凛音を見つめ、彼女の言わんとする意図を探るようにしていた。だがすぐに、凛音は自分を愛しすぎているから、たとえ名ばかりの妻でも満足なのだろうと考えた。病室がしばらく静まり返った後、海斗は視線をそらし、いくぶん落ち着いた口調で続けた。「そうか。ならば今後、形だけの夫婦でいればいい。景子が怪我をした時、いつでも血を提供できる状態であれば離婚はしない。昨日、景子の身代わりにシャンパンタワーの直撃を受けた件のお詫びだ。このカードに4億円入っている」海斗は銀行カードをテーブルに投げ置くと、振り返りもせずに立ち去った。凛音は彼を呼び止めて本当のことを伝えようとしたが、もう声を出す力も残っていなかった。2日間入院している間、海斗は一度も現れなかった。景子のSNSを見れば、二人が一緒にいるのは一目瞭然だった。海斗は景子と海辺で夕日を眺め、観覧車の中で口づけを交わし、彼女の髪を梳き、眉を描き、自らキッチンに立って料理まで作っていた……そのどの写真にも、海斗は穏やかで幸せそうな笑みを浮かべていた。その
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第6話

退院後、海外に行くためにもう戻ってこないだろうと思い、凛音は仲の良い友人たちを誘った。仲良しのグループで買い物をして食事を楽しみ、カフェで暗くなるまでおしゃべりをして解散した。会計を終え、バッグを取りに戻る際、他のテーブルを通りかかったときのこと。凛音は自分の名前が聞こえてきた。「凛音が名家のお嬢様だって何なの?海斗を何年も追っかけしてたけど、結局、景子には敵わなかったじゃない?」「本当ね。あの日、海斗から景子へのプロポーズを見て、さぞ悔しかったでしょうね?しかも無理して笑って動画を撮るなんて、滑稽すぎて可哀想にも程があるわ」テーブルの真ん中に座る景子は、傲慢な表情で得意げに眉を上げた。「私をあの女と比較しないで。あの女が私と並べるわけないでしょ?」凛音はその言葉を聞き届け、胸の鼓動を抑えながら、密かにスマホを取り出す。凛音がいるとは知らず、景子の取り巻きたちが相変わらず凛音の悪口で盛り上がっている。「凛音の実家である岡本家もお金はあるけれど、高木グループと比べたらゴミ同然。自分の身の程もわきまえずに寄ってくるなんて……まあ、海斗は景子に夢中だから相手にするわけないけどね」「そういえば景子、前に交通事故に遭った時、凛音から輸血を受けたって本当?彼女、あんなに景子のことを恨んでたのに、よく承諾したわね」景子はコーヒーを一口すすり、気だるげに答えた。「海斗が連絡したのよ。きっと良い条件を出したんじゃないかしら。海斗からは、また私が怪我をしたら凛音から血を取るって言われてるわ。もし懲りずに海斗に色目を使ったら、その時は血が枯れるまで抜き取ってやれば大人しくなるでしょ!」「名案ね!海斗は景子が甘えればなんでも言うこと聞くもの。専属の『生きる血液バンク』として扱うにはもってこいだわ」前世で景子が怪我をしていたのは、すべてわざとだったのだ。自分から血を奪い、殺すために。冷たい恐怖が心に広がり、体は震えが止まらない。爪を手のひらに深く食い込ませ、血が滲むほど唇を噛み締め、喉から漏れそうになる悲鳴をかき消した。すると、着信音が響き、数秒後に足音が聞こえてきた。凛音はとっさに隠れると、険しい顔をした景子が店を出ていくのが見えた。残された女友達たちは、まだ元カレだの幼なじみだのといった話をしている。凛音は何
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第7話

「誰!」景子の慌てた声が聞こえ、凛音はハッとして急いでスマホを拾った。店に戻り、高鳴る胸を必死に抑えながら、なんとか落ち着こうと努力した。録音を保存し、時間を確認してからバッグを持って店を出ようとした。カフェの出口へ向かうと、そこには景子が取り巻き数人を連れて、険しい顔で立ちはだかっていた。「さっき盗み聞きしてたでしょ?」一瞬、凛音の頭が真っ白になった。景子は凛音を見ると、鼻で笑いながら一歩ずつ追い詰めてきた。「私の秘密を聞いたからって、弱みを握ったつもり?いい?海斗に告げ口したところで、証拠もなしに私のことを信じてもらえるわけないわ!どっちを信じるか、試してみる?」そう言って景子は海斗に電話をかけ、迎えに来るよう伝えた。海斗はすぐに応じた。その後、景子は連れの女友達に凛音を裏路地へ引きずり込ませた。女たちが凛音の肩を押さえつけ、髪を掴んで壁に何度も打ち付けながら罵詈雑言を浴びせた。凛音は逃げ出そうとしたが、あまりの激痛に力が入らず、頭皮が剥がれそうな感覚に陥った。頭を何度も打ち付けられて意識は朦朧とし、額から血が流れ落ち、顔を真っ赤に染めていた。目の前が暗くなり、狭い裏路地に悲鳴が響き渡った。どれくらいの時間が過ぎただろうか、ふとスマホの着信音が響き、景子はみんなを止めた。景子はコーヒーのカップを手に取り、凛音の体に浴びせて、血の跡をごまかした。それから通話ボタンを押し、あえて声を震わせた涙声を作る。「海斗!カフェ近くで凛音に絡まれて……お願い、助けて!」痛みに意識が遠のきかけていた凛音は、その言葉に絶望で胸が締め付けられた。なんとか起き上がって逃げようとしたが、景子に手を強く引き止められた。その直後、足音が聞こえた。景子は無理やり涙を浮かべ、自ら自分の頬をバチンと叩いた。乾いた音が響くと同時に、海斗がやってきた。海斗を見た瞬間、景子は彼の胸に飛び込み、泣きじゃくった。「海斗、凛音にいきなり叩かれて……顔がすごく痛いの」景子の頬に残った手形を見て、海斗の顔に痛ましげな表情が浮かんだ。凛音へ向ける目は、ひどく冷えている。「凛音!景子にだけは手を出すなと言ったはずだ。それなのに、まだこんなことをするのか?」「そんな、やってない……」凛音は青ざめた顔で必死
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第8話

傷だらけで家に戻ってから、凛音はどこへも出かけず、一日中部屋に籠もって荷造りをしていた。荷造りを終えると、不動産業者のもとへ足を運んだ。凛音の両親は海外市場を開拓するため、数年前から海外に定住している。凛音は海斗のためだけに国内に残り、両親は彼女にこの家を譲ってくれていたのだ。資産を少しでも早く整理するため、凛音は安値で家を売却した。所有権の移転手続きを終えて帰宅した頃にはすっかり日が暮れていて、街灯も消えていた。停電のようだった。凛音が暗闇の中、スマホのライトをつけようとした瞬間、十数メートル先で止まっていた車がヘッドライトをつけた。眩しさに目を細めて顔を上げた時、その車がこっちに向かって猛スピードで突っ込んできた。ドンッ!逃げる間もなかった。凛音は激しく跳ね飛ばされ、路上に投げ出された。血がどんどん流れ出てくる。内臓がひっくり返ったような感覚に襲われ、息をするのもままならないほどだった。体が引き裂かれるような痛みの中、血だまりの中で痙攣していた。脳内は真っ白になり、事故の瞬間の光景が繰り返しフラッシュバックした。凛音ははっきりとわかった。運転していたのは、景子の元恋人、哲也だった。加害者が誰か知っても、もう手遅れだった。意識が次第に遠のいていく。遠のく意識の中で、すぐ横に車が止まるのが見えた。ドアが開き、視界に海斗の顔が映り込んだ。駆け寄ってくる海斗の姿が、意識を失う直前、凛音が最後に見た光景だった。エンジン音が耳元で鳴り響き、周囲の人々の騒ぎ声や、心電図のモニター音が聞こえた。鼻をつく消毒薬の匂いが、神経を逆撫でする。意識をわずかに取り戻し、目を細めて見てみると、医療スタッフたちが切迫した様子で話し合っていた。「処置室の準備は整っています。高木社長、すぐに救命処置に移ります」海斗は、凛音に冷めた視線を向けると、冷徹な声で言い放った。「救命は後回しだ。景子が怪我をして待っている。先に血を採れ」その要求に、医師たちは言葉を失った。「しかし、この患者は重症です。すぐ手術をしなければ後遺症が残りますし、出血も激しいです。この状態で血を採れば、命に関わります!」「わざわざここに運んできたのは景子を救うためだ。死のうがどうなろうが構わない、景子が助かればそれでいい!手術
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第9話

凛音は、自分がまだ生きていることに驚いた。重い瞼を開けると、看護師が点滴の瓶を交換していた。一瞬、夢を見ているのかと思った。「目が覚めましたか?よかったですね……一晩中、懸命な処置を続けました。一時はどうなることかと思いましたが、峠は越えましたよ。今は安静にして、しっかり体を休めてくださいね」看護師の優しい言葉を聞き、凛音は自分がまた一命を取り留めたのだと実感した。喜びと悲しみ、そして笑いや涙が入り混じり、心は激しく揺れ動いた。冷静さを取り戻すまでにかなりの時間がかかった。落ち着いてからは付き添いのヘルパーを一人雇い、再検査や薬の処方、身の回りの世話をしてもらうことにした。邪魔をする者はいなかった。凛音の体は少しずつ回復し、心も晴れやかなものになっていった。時折やってくる医師も、診察の合間に、あれこれと探りを入れてくる。「あれほどの大怪我だったのに、ご主人は面会に来ないのですか?」「あのときあなたを運んできた人は、本当にご主人なのですか?」そんな質問に対して、凛音は決まってこう答えていた。「夫ではありません。私は独身です」その間も、景子は相変わらず、海斗から丁寧にお茶を出されたり、街へ連れ出してもらったり、プレゼントを買ってもらったりする様子の写真ばかり送ってきた。それを目にして、凛音の心はもう何も動かなかった。時は流れ、退院の日がやってきた。荷物を片付け終わると、電話が入った。「岡本様、申請されていたビザが承認されました。いつお取りに見えますか?」その知らせに、凛音はふっと肩の荷が下りたような笑顔を見せ、晴れやかな声で答えた。「今日のうちに伺えます。領事館は最終受付が何時まででしょうか?」相手の返答をじっと聞き入っていた彼女は、病室の扉が開いた音に気づかなかった。海斗が眉をひそめて入ってきた。その声には、冷たさと隠し切れない疑念が混ざっていた。「領事館なんて、何のために行くんだ?」海斗を見ると、凛音は笑顔をすっと消して電話を切った。「別に。あなたに関係のないことよ」その氷のような口調に、海斗の表情が険しくなった。「無関係だって?忘れるな、今のお前は俺の妻だ。何をしようとしているのか、知る権利が俺にはある」「私はあなたの妻ではないわ。あなたの妻は、景子でしょ」
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第10話

早朝、まだ薄暗いうちに海斗は景子を迎えに行き、式場で支度を始めた。景子は海斗に甘えるように寄り添い、「ねえ海斗、本当に凛音は来るの?」と尋ねた。海斗は微笑みながら景子の頭を撫で、「ああ。お前が凛音に見届けさせたいと言ったんだろう?」と返した。「お前ほど心が広い女はいないよ」海斗は愛おしそうに景子の額に口づけ、名残惜しむように抱きしめた。式場に到着すると、二人は別々の控室で衣装に着替えることになった。控室で独り座った海斗は、無意識にスマホを確認したが、凛音からのメッセージは一通もなかった。刻一刻と時間が過ぎるのを見かねて連絡を入れたが、凛音のスマホは電源すら切れていた。今日は景子が待ちわびた結婚式であり、彼女が凛音の出席を強く望んでいた日だ。それなのに電源を切っているということは、また嫉妬して拗ねているのだろう。昼時になり、式場にはきらびやかなシャンデリアが輝いていた。海斗は赤い絨毯の前に立ちながら、何度も入口へ視線を向けていた。バックヤードでは、純白のドレスに身を包んだ景子が式を待っている。その様子を遠くから見つめていた海斗の瞳は熱を帯び、思わず息を呑んだ。式が始まって30分が経つが、結局凛音の姿はなかった。司会者に催促され、海斗は眉をひそめて腕時計をチェックする。あわよくば、凛音は邪魔をしに来るのではないか。そう思っていた自分の気持ちに反し、何の変化もない状況が逆に海斗の焦燥感を募らせていた。「海斗、始めよう。参列者たちも待ちくたびれているわ」待ちきれなくなった景子が腕にすがりついてきて、不満そうに口を尖らせた。「そうだな」海斗は景子の手を握り、式へ向かった。向きを変えたその時、扉が突然開け放たれた。期待に胸を高鳴らせて振り返った海斗だったが、そこに立っていたのは宅配業者だった。「高木様でいらっしゃいますか?速達便のお届け物です」参列者たちの視線がドアへ一斉に向けられた。海斗は不快感を隠せず、大股で歩み寄った。「何のつもりだ?今がどんな状況か分からないのか」苛立ちを隠せない海斗は、待ちぼうけを食らった鬱憤を宅配業者にぶつけた。「申し訳ありません。岡本さんからのご依頼で、どうしてもこの時間に届けるよう預かった重要なものです」そう言い残し、困惑する海斗を置いて宅配業者は足早
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