All Chapters of 全てを奪われた私が、復讐の共犯者と会社を壊すまで: Chapter 31 - Chapter 40

40 Chapters

第31話:ズレ

現場に訪れてから、更に数日後。会議室で、資料を広げる。あまりにも、煩雑で。資料が多いから。一度、資料を印刷して整理することになった。「ここ」浅井さんが指す。「この数字」「……」助成金の配分。支出と報告。一見、整っている。「……合ってますよね」思わず言う。「もう一回見て」低く返る。視線が逃げられない。何かを見落としたのか。そんなはずはないと思いながら、見直す。「……」違和感。小さい。でも、引っかかる。「支出のタイミング」口に出す。「申請より早いですよね」「……」浅井さんが頷く。「普通じゃない」さらに見る。「この業者」指す。「全部同じ日に入ってる」「……」「でも現場はバラバラ」「……」繋がる。「……調整されてる」「数字が」「……」浅井さんが言う。「加工されてる」静かに。「……」空気が変わる。一歩、踏み込んだ。「こういう加工は」浅井さんが少し視線を外す。「5年前にもあった」「……」「そのときの、数字の動きに似てる」それだけ。たった、それだけなのに嫌な予感がした。「……」樹の顔が浮かぶ。あのときの。何も言えなかった表情。「……」全てが、繋がり始めた。「……」そのとき。「これ」手元に、資料を引き寄せられる。距離が自然と、近くなる。椅子も少し寄せられている。気づけば。完全に“同じ画面を覗き込む距離”。「……」近い。でも、この距離には少し慣れてきている。むしろ、集中しやすくて。居心地が良いとすら思えてしまう。「……」(慣れてきてるのかも)それが一番怖い。「ここ」浅井さんが指す。手が近い。触れそうで、触れてはいない距離。軽く、小指が触れた。「……」一瞬、意識する。でも、そのまま話が続く。「このズレ」「役所側で調整されてる可能性高い」「……はい」「現場の業者に、もう一回話を聞きに行く」「一緒に」「……はい」即答する。迷いはない。「……」そのまま資料を閉じる。「今日はこの辺で」浅井さんはそう言って、そのまま立ち上がる。そして、自然に。「送る」「……え?」「帰るでしょ」「……はい」断る余地がない。「……」車。そして、いつもの流れ。でも、最近。少しだけ様子が違う。「……」「バーベキュー
last updateLast Updated : 2026-05-03
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第32話:バーベキュー

そして、日曜日。佐藤さんが企画した、バーベキューは。社内チャットで詳細が来たから。そのまま承諾して、集まりに行くことにした。どうせやることもないし、交流もしたいし。浅井さんには、何となく渋られていたのを感じてはいるものの。あくまでも、個人的なことだし。私の意志で来ると決めたのだから。何も言わず、そのまま参加することにした。あひるの市の外れ。小さな川沿いの広場に、バーベキュー施設がある。しっかりとした施設で、たくさんのグループが集まっていた。「伊藤さん、こっちです!」佐藤の声。すでに何人か集まっている。田中さんや、山川さん。事務の馴染みのあるメンバーに加えて。支社の男性社員たちに。なんと、土曜日はお断りをした(正確には、浅井さんが勝手に断った)現場の社員さんたちも集まっていて。思っていたより、にぎやかだった。「来てくれて嬉しいです!」佐藤が笑う。「誘って頂き、ありがとうございます」軽く返した、その瞬間。視線が集まる。「伊藤さん、今日雰囲気違う」「私服、めちゃくちゃ綺麗ですね」「東京感すごいな」「緑のスカート素敵」悪気はないと理解しているが。一気に、人の視線が集まる。注目される。「……ありがとうございます」笑って返す。相変わらず、慣れない。あひるのに来てから。こういう目線を向けられることが増えた。正確には、社内や会社の関係の人たちからも。こんな風に声をかけられたり、見られることは増えた。それは、自分が意図的に目立たない格好をしていないからで。プライベートでは、同じようなことが東京でもよくあったが。今は、プライベートでも仕事でも、視線を感じることが増えた。仕事ではない場所だと。余計に、距離が近くて。「飲み物、何にします?」男性社員が近づく。「お酒、大丈夫ですか?」「今日は控えめにします」「じゃあ、これくらいなら」グラスを差し出されて、白ワインが注がれる。近い。それから間が開くこともなく。「伊藤さん、何か好きな食材あります?」「座る場所、こっちどうですか?」「いやいや、せっかくなんでこっち座ってくださいよ」別の男性からも、声がかけられる。...早い。距離の詰め方が。これは少し、距離を空けよう。「……」一歩引こうとした、そのとき。「大丈夫だから」「向
last updateLast Updated : 2026-05-03
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第33話:誤解

その帰り道。車の中は、さっきまでのにぎやかさが嘘みたいに静かで。エンジン音だけが一定に流れる。「……」窓の外を見る。暗くなりかけた道。頭の中は、まだ混乱状態。伊藤がいるから、と言う理由。会話の、間に入ってきた理由。そして何より、最近当たり前になってきたこの過保護さの理由。あまりにも、仕事を言い訳をするには近すぎて。この強引さは、確実に仕事の領域を超えていて。とても、私に気があるようにしか思えなくて。でも、そんなことを言ったら、勘違いしているように聞こえる気がして。そんなのは、恥ずかしすぎて無理。だけど、何もはっきりできずに曖昧に流すのも。「……」もっと、無理だ。これは、ちょっと無理。「……あの」声を出す。「何」前を見たまま。いつも通りのトーン。「……さっきの」少し言葉を選ぶ。「バーベキューのときの」「……」「やめてほしいです」はっきり言う。「……何を」分かっているはずなのに。聞き返してくる。「……」少しだけ息を吸う。「その……」「送るとか」「一緒にいる感じとか」「私への誘いを勝手に断るとか」「……」「勘違いされるので」やっと言う。少しだけ早口になった。「……」沈黙。車は止まらない。でも。空気が変わる。「……勘違いって何」低く。少しだけゆっくり。「……」言葉が詰まる。「……」答えられない。....分かっているのに。言葉にできない。私が、浅井さんの特別なんじゃないかって。自分が思っている勘違いを。そのまま伝えるなんて。怖すぎて、無理だ。「……」そのとき。信号で車が止まる。赤。静止。「……」視線が横に動く。見られている。ゆっくり。こちらを向く。「……」距離が近い。思っていたより。さっきより。さらに近い。顔の高さが揃う。まつ毛が見える。影が落ちる。肌が、近い。息がかかる。これ。完全に。キスの距離。していないのに。そう思う距離。「……」呼吸が浅くなる。逃げたいのに。動けない。「……勘違いすればいいのに」静かに言う。「……」一瞬。意味が入ってこない。「……何が困るの」さらに。近いまま。視線が外れない。「……」心臓がうるさい。困るに決まっている。私が考えていることは、全て見透か
last updateLast Updated : 2026-05-03
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第34話:侵食

とある日の朝。支社で、事務がざわついている。「今日、また本社から来るらしいですよ」山川さん。「誰ですか?」「例のプロジェクトの人よ」「前来てた、かっこいい青年」「……」嫌な予感した。そのとき。ドアが開く。「……」入ってくる。樹だった。スーツで、変わらず整った外見。でも。どこか、張り詰めている気がした。「おはようございます」樹が言う。声が通る。「今回調査及び本社のプロジェクトを一部、引き継ぎに来ました」「5日ほどこちらに滞在します。よろしくお願いいたします」完全に仕事のトーン。「……」視線が合う。一瞬だけ、止まる。それでも、すぐ逸らされる。なかったことにするみたいに。「伊藤」浅井さん。「会議室」「...高山さんと」短い。でも少し間があった。そして、3人で会議室。ドアが閉まる。空気が変わる。「現場の数字、確認しました」先に口を開いたのは樹だった。資料をテーブルに置く。「助成金の流れ、不自然です」指先でグラフをなぞる。「役所と業者、連動してます」「ここ」高山が資料の一箇所を叩く。「明らかに加工されてる形跡があります」「……」視線を落とす。一致している。私たちの分析と。「ここまでは想定通りです」高山が続ける。「問題はその先でして」次の資料を出す。ページをめくる音が響く。「資金の一部が、一度外に出てる」落ち着いた声で、樹がはっきりと言う。「……外に?」思わず聞く。「はい」視線を上げずに答える。「そのあと、別ルートで戻ってきてる形跡があります」「……」資金洗浄。その言葉が、頭に浮かぶ。「ただし」樹が、はっきりと言葉を区切る。「現時点では仮説です」「確証はない」「……」そのとき。「高山」浅井さんが初めて口を開く。椅子に軽く寄りかかりながら。「その仮説、裏取れてる?」鋭く、逃げ場がない。「一部は」樹は、少しだけ視線を上げた。「ただ、まだ弱い」「……」「だから現地に来たんです」言い切る。「……」浅井さんが少しだけ頷く。「詰めるなら現場の業者も」淡々と。「数字だけじゃ足りない」「分かってます」高山がすぐに返す。「現場と役所、両方当たる必要がある」「……」二人の会話が続く。一歩も引かない。完全に対等。「
last updateLast Updated : 2026-05-03
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第35話:揺れ

数日後。現場で業者に詳細を聞くための準備をしていた間。樹に話しかけられることが、増えた。仕事目的であるのは明確ではあるが、明らかに。まるで、全てが起きる前の距離に。何事もなかったかのように戻ったかのように。私と樹は、かつてと同じように作業を一緒にしていた。「ここのデータ、もう見た?」樹が声をかける。自然に、昔みたいに。「……はい」分析した資料を渡して、確認を促す。距離が近い。それでも、前とは違う距離。「わかりやすく分析できてる」さらっと言う。「こういう視点が自然に出せるところ」「変わってないね、愛海は」そのまま。少しだけ、口元が緩む。柔らかい笑い方で。作らない、優しい笑顔。昔、何度も見た表情。「……」胸が、きゅっとする。(こういうところ)好きだった。一瞬で、思い出す。何気ない仕草。何気ない声のトーン。「……」仕事中なのに、苦しい。今さら。こんなところで。なんで、こんな想いをしなければいけないのか。「データから導いた、ロジックと論理」樹が続けて。「相変わらず、わかりやすい」「愛海がいなくなって」「希少なスキルだったんだなって実感する」「……」分かってる。褒めている。でも。それだけじゃない。距離が近い。「……近いので離れてください」やっと言う。少しだけ強く。「……」樹が少しだけ笑う。「そんな近く感じるような距離だった?」「……」言葉が詰まる。「仕事として普通の距離だよ」淡々と。「評価とフィードバック出して」「直接伝えただけなんだけどな」「……」正しい。正しいから、余計に逃げ場がない。「意識してる?」畳み掛けるように、聞いてくる。「俺としては」「その方が、嬉しいけど」「……」なんと返すべきか、迷ってしまう。そのときだった。「伊藤」浅井さん。今日は外出があったはず。オフィスに戻り次第、私を呼ぶ。早い。少しだけ。不自然なくらい。そのまま、会議室の扉が開く。...ノックもせずに。一瞬樹の方を見て。すぐに、私を視線で捉える。「これ」資料が、そのまま渡される。自然に部屋に入って、扉を閉じて。私の隣で、樹との間の椅子に座る。樹との距離が、切れる。「……」助かった。そう思う。「ここの部分、どう思う」浅井さん。
last updateLast Updated : 2026-05-03
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第36話:定義

夕方になり。「...愛海、今少し時間取れる?」会議が終わったタイミングで。周りが少しずつ帰宅の準備をしたり。資料の整理をしたりしている中。私の席に来た樹。「....今資料作っているので」「さっきの会議関連の?」「そう」「前の関連プロジェクトのやつ」「あれ俺が作ったから、手伝うよ」私の言い訳を奪うかのように、手伝うと提案してくる。...地味に、役に立つものだから断りにくい。そのまま私が断る間もなく黙っていると、パソコンから資料が送付されてきて。「ベースがあれば、10分くらいは省けるだろうし」「...駐車場裏で、少しでいいから」そう言って、机に手を置いて距離を詰めてくる。これは...言い訳をしても追ってくる。だから早めに、片付けなければならない。「...わかった」仕方なく、席を立って樹についていくことに。支社の裏。人気のない駐車場。「……コーヒーでいい?」「何も要らない」時間を少しでも縮めたくて。「要件は、何なの」一歩、引いて。距離を取りながら、目線を合わせる。「……仕事の話もあるんだけど」低い声。「仕事の話じゃないわけ?」「違う」即答。「……」分かってる。「……頼むから」「少しだけ、聞いてよ」短く、ただ切に伝えてくる。その言い方。昔と同じ。「……短くして」「……うん」一歩、近づく。距離が少し詰まる。「……」「……みゆとは」その名前。胸が揺れる。「ちゃんと付き合ってる」言い切る。でも。「でも」続ける。「そう言うしかなかった」「……」「会社とか、俺の家の事情とか」「色々あって」「結婚も、避けられない」「……」息が止まる。「でも」顔を上げる。まっすぐ。「好きなのは、愛海だけだ」「……」思考が止まる。「……は?」やっと出る。「どういうこと?」「……ずっと」「お前だけだった」「……」「じゃあ、みゆは?」「……」答えない。「……分かってるだろ」「……分かんないよ」強く言う。「意味分かんない」「婚約してて」「結婚もするって言ってて」「それで好きなのは私って」「何それ」「ふざけてるでしょ」「……」怒りが、収まらない。私は異動までさせられて。...それも、樹の希望からで。自分勝手すぎる。...人の人生、なん
last updateLast Updated : 2026-05-07
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第37話:上書き

樹があひるのに来て、3日目。会議室。最初の分析に着手してからも、まだ一ヶ月も経っていない。それなのに。分析は、着実に進んでいた。「今日、高山さんが外部の人といらっしゃるんですよね?」山川さんが小声で言う。「役所の担当が来るって」田中さんが答える。「……」ドアが開く。「失礼します」入ってきたのは樹。その後ろに役所の担当者。「では、始めましょうか」もう慣れたかのように、いつもの会議室に入ると。樹が進行を取る。迷いがない。スクリーンに資料が映る。「今回の資金の流れですが」樹がポインターを動かす。「一度、外部業者に流れたあと、このルートで戻っています」矢印が繋がる。「この分析は――」一瞬だけ間を置く。「伊藤が作成しています」「……」視線が集まる。「現場ヒアリングと数値の突合で、この構造を特定しています」樹が淡々と説明する。「こちらが役所側の承認履歴です」次のスライド。「通常と異なり、同一担当で短期間に複数承認が通っている」役所の担当の顔色が変わる。「さらに」「業者側の請求タイミングと一致している」「したがって」一瞬、息をつくと。「この構造は意図的に作られている可能性が高い」言い切る。「……」静寂。「ご意見ありますか」樹。場を、完全に支配している。「……この承認については内部確認が必要です」役所の担当。「当然です」樹が即答する。「こちらも証拠を詰めます」「一ヶ月以内に」はっきりと。会議が進む。視線が外せない。(迷いがない)仕事になると。そして、この人が言うことには説得力がある。...いつも、そう言うところを尊敬していた。ふと、思い出す。そして、いくつか違う議題を話した上で、会議が終わった。人が散って、役所の人も帰路に着く。「愛海」呼ばれる。樹。「少し、いい?」「……仕事の話なら」「仕事だよ」今回は、迷わずに。はっきりと、廊下で伝えられる。「さっきの分析」「良かった」「……ありがとうございます」「構造の見せ方がいい。わかりやすくて助かった」具体的。ちゃんと見ている。「やっぱり」「お前とやると、話が早い」その言い方。昔と同じ。「……今は違います」はっきり言う。「立場も、関係も」「……」樹が少し笑う。柔らかく。「そ
last updateLast Updated : 2026-05-07
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第38話:綻び

樹里が来てから、四日目。現場を浅井さんと2人で見にきた。「……あの」業者の男性が、少し距離を詰めてくる。周りを気にしている。「お伺い頂いた取引の件ですが」声を落とす。「……今回の請求タイミング」「少し、不自然だと感じてまして」「……どのあたりがですか」自然に返す。「……」言葉を選んでいる。「……通常より、承認が早すぎるんです」「それで」少しだけ、さらに声を落とす。「帳尻を合わせるように、請求のタイミングを調整しているように見えるというか」「……」完全に一致する。分析と。「それは、御社側の判断ですか?」踏み込む。「……いえ」即座に否定する。その速さ。「……」「……」一瞬、沈黙。それから。「……親会社の方から」小さく言う。「……」その言葉。空気が変わる。「……指示が?」「……」首を振る。「指示、というか」「……」「流れは決まってる、という感じで」曖昧に言う。「……」それ以上は言わない。言えない様子だった。そして、無言の圧を感じる。これ以上は答えられない。そう、言いたげな様子だ。「……」確信する。(関与してる)しかも。かなり上層部の人間が。この件には、関与している。「……」その日の夜。会議室。二人。資料を広げる。「今日の現場の件です」口を開く。「取引の請求タイミング、やっぱり調整されてます」「……」浅井さんは黙って聞く。「通常より承認が早くて」「その後に帳尻を合わせてる」「……」「あと」少し間。「親会社の方から、流れが決まってるって」「……」浅井さんの視線が一瞬だけ上がる。「……」「直接の指示ではないですけど」「関与してる可能性、高いです」「……」沈黙。それから。「樹も」言葉を続ける。「全部言ってないと思います」はっきり言う。「……」「今日の説明は」「綺麗すぎました」「……」「抜いてる部分がある」「わざと説明してないようにしか、見えません」「……」そのとき。「知ってる」浅井さん。即答。「……」一瞬、止まる。「……知ってるんですか」「うん」淡々と。「でも今は泳がせる」「……」「出し切らせた方が早い」「……」一言も迷わず。完全に、そう言い切る。「……」「親会社が絡んでる
last updateLast Updated : 2026-05-07
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第39話:残響

そのまま、時は過ぎて。夜になり、会議室。紙の資料を閉じる音。「……今日はここまででいい」浅井さん。いつも通りのトーン。「……はい」そのまま頷いて、席を立つ。でも、足が止まる。「……あの」振り返る。浅井さんはまだ席にいる。言葉を探す。「浅井さんが言ってた」「頼れるときに頼れって」「……」「どういう意味ですか」静かに聞く。「……」少しだけ沈黙。視線は資料のまま。「……別に」短く返る。「一般論」「……」違う。分かる。「……」何も言わない。でも、引けない。「……」続ける言葉がすぐには思いつかない。それでも、私が何か言いたげなことは察したのか。浅井さんがゆっくり立ち上がる。「帰る?」「……はい」外。夜の空気。「……送る」自然に言う。「……」断らない。もう、断らなくなったのだ。正確には。なぜなら、断っても。いつも、浅井さんの車に乗ることになるから。最初は抵抗していたが。今は、諦めてそのまま乗るようになった。いつからだろう。この距離に、慣れてきたのは。車の中は、静か。「……」しばらく無言が続く。でも。その沈黙が嫌じゃない。「……」ふと。浅井さんが口を開く。「昔さ」「……」珍しい。自分から。「同じこと言ったことある」前を見たまま。「……」「ちゃんと頼れって」「……」「全部一人で抱えるなって」「……」少しだけ、間。「……」「でも」言葉が止まる。「……」「聞かなかった」短く。それだけ。「……」飲み込む。でも。聞かずにいられない。「……その」「言ったお相手は」「どうなったんですか」静かに。「……」一瞬。空気が止まる。それから。「……いなくなった」それだけ。淡々と。「……」何も言えない。その人のことが気になる。なぜなら、浅井さんが。少し寂しげな目をするのは。初めてだったから。でも、何も言わないのも違う気がして。「……それでも」小さく言葉が出る。自分でも驚くくらい自然に。「言うんですね」「……」浅井さんが少しだけこちらを見る。「……」「同じこと」続ける。「もう一回」「……」「違う人である、私に」「……」視線が合う。一瞬。何かが揺れる。でも。すぐに消える。「……」
last updateLast Updated : 2026-05-07
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第40話:交錯

翌日、会社にて。朝から空気が少し重い。樹の滞在、五日目。「伊藤」浅井さんの声。「はい」「午前中、役所の追加資料を見る」「分かりました」いつも通り。そのとき。ドアが開く。「おはようございます」樹。仕事の顔。一瞬だけ目が合う。でも。すぐ逸らされる。会議室。三人。資料を広げる。「昨日、親会社関連のルートを確認しました」樹が口を開く。「直接の指示書はありません」「ただし、請求タイミングの調整に関与した可能性のある担当がいます」「……どこですか」浅井さん。「TK Networkです」「……」その名前。耳に残る。聞き覚えはないはずなのに。妙に引っかかる。「……」資料に目を落とす。ロゴ。会社名。(なんか、嫌な感じがする)理由は分からない。でも。直感的に。良くない方向に繋がっている。「名前は?」浅井さん。「まだ確証がない」樹が答える。「だから出せません」「確証がないのに、関与可能性は出すんだ」浅井さん。静かに詰める。「必要な共有です」樹も引かない。「本社としては押さえておく必要があります」「……」会話としては正しい。でも。まただ。「……」私は資料を見る。承認日。請求日。業者。「ここ」指を置く。「この日だけ、承認前に業者側の準備が終わってます」「通常は逆です」浅井さんが頷く。「つまり」続ける。「事前に承認予定を知っていた人がいる」「……」樹の手が、ほんの少しだけ止まる。ほんの一瞬。「……そうですね」すぐに戻る。「その可能性はあります」可能性。また、濁す。「……」(やっぱり)隠してる。「……」頭の中で整理する。TK Network。親会社。請求のタイミング。承認前の動き。(あとで調べないと)(すぐに)確信に近づく。「……」会議が終わる。昼。休憩室。コーヒーを買う。「伊藤さん」山川さん。「はい」少し迷ったように。「……なんか」言葉を選ぶ。「距離、近いですよね」「……え?」「高山さんと」さらっと。でも。ちゃんと見ている言い方。「……」何も言えない。「あと」山川さんが続ける。「浅井さんも来てからずっと」少しだけ笑う。「伊藤さんに同行っていうか」「近いですよね」「……
last updateLast Updated : 2026-05-07
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