全てを奪われた私が、復讐の共犯者と会社を壊すまで

全てを奪われた私が、復讐の共犯者と会社を壊すまで

last updateLast Updated : 2026-05-07
By:  SunnyUpdated just now
Language: Japanese
goodnovel4goodnovel
Not enough ratings
40Chapters
24views
Read
Add to library

Share:  

Report
Overview
Catalog
SCAN CODE TO READ ON APP

婚約発表のその日、 私は恋人と親友にすべてを奪われた。 三年付き合った恋人は、 私の成果で昇進しながら—— 隣に立っていたのは、私ではなく親友だった。 さらに私は、“関係を壊した側”として切り捨てられ、 地方の「あひるの支社」へと左遷される。 恋も、仕事も、居場所も失った。 ——けれど、それで終わりじゃない。 消されたはずの記録。 改ざんされたデータ。 そして、出張で東京に来ていた あひるの支社の代表・浅井拓真との出会い。 「それ、やっと気づいたんだ」 すべてを失った夜、私は“共犯者”を得る。 感情じゃない。 証拠で追い詰める。 奪われたのなら、取り返す。 これは、 会社と人生を懸けた復讐の物語。

View More

Chapter 1

第1話:婚約発表の崩壊

「おめでとうございます、お二人とも!」

拍手が、会議室に響いた。

——違う。

突然のことで、とても信じられなかった。

その言葉は、本来なら私に向けられるはずだった。

スクリーンに映るのは、婚約発表のスライド。

その中央に立っているのは——

私の恋人と、親友だった。

「……どういう、こと?」

伊藤愛海《いとうまなみ》。

それが、私の名前だ。

けれど今、この場でその名前を呼ぶ人はいない。

誰も、答えない。

代わりに向けられたのは、露骨な視線だった。

「お似合いすぎる……!」

「やっぱりこの二人だよね」

「最初からそうだと思ってた」

祝福の声が、次々に上がる。

——その中心にいるのは、松村みゆ《まつむらみゆ》だった。

少し照れたように笑いながら、

それでも自然に皆の視線を受け止めている。

ああ。

いつも通りだ。

彼女は、こういうお祝いの場が似合う。

大学時代、モデルの仕事で出会ったときもそうだった。

初対面なのに距離が近くて、

気づけば隣にいるような人だった。

だからこそ当たり前のように距離を縮め、親友になっていた。

——信じていた。

「え、松村さんって、知らなかったの?」

「マジで?気づいてなかったんだ」

「ちょっと怖いんだけど……」

笑いを含んだ声が、今度は私に向けられる。

「彼、ずっと二股だったらしいですよ」

——違う。

息が、詰まる。

「二股交際とわかりつつ、伊藤さんに隠されてた、って。松村さんが言ってましたよ。」

——隠していたのは事実。でも、まさか。2人が付き合ってるなんて、思ってもみなかった。

その瞬間、すべての視線が私に突き刺さった。

まるで、私が“悪者”であるかのように。

指先が震えている。

スカートの裾を握りしめる。

そうしないと、立っていられない。

——違う。

——そんなはず、ない。

頭の中で、同じ言葉が繰り返される。

なぜ、私がこんな目に。

ゆっくりと顔を上げる。

目が合った。

みゆと。

一瞬だけ。

——逸らされた。

まるで、最初から私なんていなかったみたいに。

その横で。

「憶測で話を広げるのはやめてください」

静かな声。

高山樹《たかやまいつき》だった。

助けてくれる。

一瞬、そう思った。

けれど。

「誤解があるようですが。私と伊藤さんの間に、個人的な関係はありません」

言い切った。

私を見ずに。

みゆの肩を引き寄せながら。

「噂になるくらい勘違いさせるような行動があったのなら、彼女にも非はあると思いますが」

——非。

その言葉で、すべてが決まった。

——あの人は、こんな顔で嘘をつく人じゃなかった。

「うわ、完全にヤバいやつじゃん。地味なのに意外すぎて。」

「思い込み激しいタイプか」

笑い声が、広がる。

違う。

違う違う違う。

私は——

あの人の恋人だった。

そして。

あの人の仕事を、支えていた人間でもあった。

——2ヶ月前。

「結婚しよう」

そう言って、彼は私の手を握った。

「愛海がいたから、ここまで来れた」

「この昇進も、全部一緒に掴んだものだから」

そう言って、笑った。

私は、それを信じた。

彼の部署で、誰よりも働いた。

寝る時間を削って、

何度も資料を作り直して、

彼の判断が正しくなるように支え続けた。

結果は出たし、会社は評価した。

——なのに。

今、この場で発表されているのは。

彼の昇進と。

彼の隣に立つ、“親友との婚約”だった。

私の名前は、どこにもない。

まるで、最初から存在していなかったかのように。

あのときの言葉が嘘だったのなら。

あの時間が全部、利用されていただけだったのなら。

私は——

何を信じていたの?

Expand
Next Chapter
Download

Latest chapter

More Chapters
No Comments
40 Chapters
第1話:婚約発表の崩壊
「おめでとうございます、お二人とも!」拍手が、会議室に響いた。——違う。突然のことで、とても信じられなかった。その言葉は、本来なら私に向けられるはずだった。スクリーンに映るのは、婚約発表のスライド。 その中央に立っているのは——私の恋人と、親友だった。「……どういう、こと?」伊藤愛海《いとうまなみ》。 それが、私の名前だ。けれど今、この場でその名前を呼ぶ人はいない。誰も、答えない。代わりに向けられたのは、露骨な視線だった。「お似合いすぎる……!」 「やっぱりこの二人だよね」 「最初からそうだと思ってた」祝福の声が、次々に上がる。——その中心にいるのは、松村みゆ《まつむらみゆ》だった。少し照れたように笑いながら、 それでも自然に皆の視線を受け止めている。ああ。いつも通りだ。彼女は、こういうお祝いの場が似合う。大学時代、モデルの仕事で出会ったときもそうだった。初対面なのに距離が近くて、 気づけば隣にいるような人だった。だからこそ当たり前のように距離を縮め、親友になっていた。——信じていた。「え、松村さんって、知らなかったの?」 「マジで?気づいてなかったんだ」 「ちょっと怖いんだけど……」笑いを含んだ声が、今度は私に向けられる。「彼、ずっと二股だったらしいですよ」——違う。息が、詰まる。「二股交際とわかりつつ、伊藤さんに隠されてた、って。松村さんが言ってましたよ。」——隠していたのは事実。でも、まさか。2人が付き合ってるなんて、思ってもみなかった。その瞬間、すべての視線が私に突き刺さった。 まるで、私が“悪者”であるかのように。指先が震えている。スカートの裾を握りしめる。 そうしないと、立っていられない。——違う。——そんなはず、ない。頭の中で、同じ言葉が繰り返される。なぜ、私がこんな目に。ゆっくりと顔を上げる。目が合った。みゆと。一瞬だけ。——逸らされた。まるで、最初から私なんていなかったみたいに。その横で。「憶測で話を広げるのはやめてください」静かな声。高山樹《たかやまいつき》だった。助けてくれる。一瞬、そう思った。けれど。「誤解があるようですが。私と伊藤さんの間に、個人的な関係はありません」言い切った。私を見ずに。みゆの肩を引き寄せながら
last updateLast Updated : 2026-04-29
Read more
第2話:吊し上げと孤立
お祝いの場である会議室を出ても、視線は消えなかった。「やっぱりね」 「なんか距離感おかしいと思ってた」 「地味な人ほど怖いってやつ?」笑い声が、背中にまとわりつく。——違う。そう言いたいのに、喉が動かない。そもそも、私たちが付き合っていたことは秘密だった。なのになんで、バレたんだろう。高山樹。入社当時から、彼は“特別”だった。KMグループの直系親族。 海外育ち、名門大学出身。それだけじゃない。新卒の部署で圧倒的な成果を出し、 異例のスピードで昇進を成し遂げた。気づけば、新規事業の立ち上げを任される立場に。——そして。私は、そのチームに引き抜かれた。「伊藤さんの分析、見たよ」それがきっかけだった。「一緒にやらない?」直接関わったことなんて、ほとんどなかったのに。それでも。仕事の話をする彼は、誰よりも真剣で。妥協がなくて。だから、断れなかった。——そこから、距離が変わった。最初に違和感を覚えたのは、残業の日だった。終電ギリギリの時間。オフィスを出ると、エントランスに彼がいた。「……まだいたんですか?」思わず聞くと、樹は肩をすくめた。「待ってた」あまりにも自然に言うから、言葉が出なかった。「伊藤さん、こういう時間帯しか本音見せなさそうだから」「……どういう意味ですか」「そのメガネ、伊達でしょ」一瞬、息が止まった。誰にも言っていない。会社では、絶対に隠していたのに。「みゆに聞いた」さらりと言う。「全然違うらしいじゃん、プライベート」——ばれてる。大学時代、モデルをしていたこと。 会社ではなるべく目立たないように“地味な人間”として振る舞っていること。全部。「なんで隠してるの?」そう聞かれて、答えに詰まる。少しだけ沈黙が落ちたあと、樹は続けた。「俺さ」少しだけ、声のトーンが変わる。「仕事してるときの伊藤さん、好きだよ」思わず顔を上げた。「でも、たぶんそれって一面しか見れてない気がする」見透かすような目だった。「ちゃんと伊藤さんのこと、知りたいんだよね」——この人は、表面だけで判断しない。そう感じてしまったのだ、このときに。その日をきっかけに、 残業のあと、たまに一緒に帰るようになった。頻度は多くない。だから、目立たない。でも——距離は確実に縮まっ
last updateLast Updated : 2026-04-29
Read more
第3話:異動通達
その翌日、突然人事から呼び出された。理由は、なんとなく聞かなくてもわかる。なぜか、私と樹の私的な関係が社内にバレていた。...誰が、バラしたのか。知っている人は親友1人。だからこそ、状況を理解するのはあまりにも簡単なことだった。「今回の件について、ご説明します」人事の声は、どこまでも事務的だった。「伊藤さんの異動が決定しています」……やっぱり。どこかで、分かっていた。「伊藤さんには、あひるの支社への配属となります」あひるの支社。社内で“戻れない場所”と呼ばれている拠点。「今回の異動は、高山さんの意向も含まれています」——ああ、やっぱり。視線を落とす。「今回の新規事業は、高山さん主導で立ち上げられたものです」「ご存知の通り、彼は経営層の親族であり、将来的な役員候補として期待されています」淡々と続く説明。聞かなくても分かる。最初から、この異動は決まっていたのだ。私が、何も知らない間に。「伊藤さんは新規事業の中核メンバーとして関与していましたが——」一瞬、間が空く。わざとらしい沈黙。「社内より、私的関係に関する報告がありました」……報告。社内にバレないよう、徹底的に配慮していた関係性に。報告が入ったことが理由だなんて。でも、何が起きているのか、分かる。分かりたくないけど、痛いほどにわかる。「業務の公平性に影響を与える可能性があると判断されました」——公平性。思わず、口元が歪む。「公平、ですか」小さく言うと、人事は一瞬だけ言葉を止めた。「……はい」「高山さん側からも、環境を分けたいという意向がありました」環境を分けたい。綺麗な言い方。つまりは——「高山さんの部署から私を切り離す、ということですね」言葉にすると、少しだけ空気が揺れた。「……結果的には、そうなります」否定はしない。当然だ。否定できるはずがない。「なお、伊藤さんのプロジェクト成果については、高山さんの管轄として正式に評価されています」……そう。全部、彼のものになる。私がやったことも。私が積み上げた数字も。全部。「今回の判断は、あくまで組織としての最適化です」「特定の個人を評価するものではありません」淡々とした補足。——嘘だ。だったら、彼はなぜ、私との関係を私的関係に関する報告としたのか。でも....。も
last updateLast Updated : 2026-04-29
Read more
第4話:全てを失う瞬間
会社を出て、しばらく歩いた。足が止まる。——私物が、まだ残っている。デスクの引き出しに、たくさんある。無意識に、来た道を引き返していた。フロアに入る。見慣れた景色に、見慣れていたはずの場所。なのに。「……なんで」そこにあったのは——“私の席だった場所”だった。名前プレートは、外されている。引き出しは、開けられたまま。中身は、何もない。ファイルも、メモも、ペン一本すら残っていない。——全部、処理されている。「伊藤さん、戻ってきたんだ」軽い声。振り返らない。「もう来ないって聞いてたけど」まるで、最初からいなかったみたいに。「引き継ぎ終わってるんで、大丈夫ですよ」誰かが言う。私のいないところで。全部、終わっていた。あの席で。何度も夜を越えた。終電を逃して、タクシーで帰った日もあった。彼のために、プロジェクトのために。2人の未来のために。全部。ここでやってきたのに。「……あ」声が出ない。胸の奥が、じわりと痛む。でも。涙は、出てこない。視線を上げる。その先に——樹と、みゆがいた。並んで、笑っている。窓際で、私の席からは見えにくい、部屋の死角に2人はいた。距離は、婚約発表の日のまま、近い。その距離は、私と樹の距離だった。「会社にやっと、報告できたね」みゆが言う。小さく。でも、はっきりと。「色々あったし、急だったけど。もう、余計なこと考えなくて済むはず。」樹が、間を少しだけ空けて頷くのが見えた。「もっと早く、こうするべきだった。」——小さいけれども、ハッキリとしたその言葉が聞こえた瞬間。何かが、静かに崩れた。音はしない。でも、確実に。胸の奥で、何かが終わった。——全部、分かっててやったんだ。裏切られた、馬鹿みたいだ。恋も。仕事も。居場所も。——全部、あの2人に奪われて、捨てられた。でも、急すぎて。まだ信じられない自分がいる。それでも。このまま終わる気は、ない。まだ受け入れきれてない、だって昨日起きたことなのだから。それでも、感情は、もう暴れない。代わりに、冷たい思考が回り始める。——何が起きたのか。——なぜ、私がここまで追い込まれたのか。まずは、それを全部知る必要がある。深呼吸をして、息を整える。視界が、はっきりしてくる。私は、元あ
last updateLast Updated : 2026-04-29
Read more
第5話:共犯者
「それ、やっと気づいたんだ」低い声だった。背後から、唐突に落ちてきた。フロアの照明は、半分以上が落ちていた。就業時間は、とっくに過ぎている。だからこそ、この時間に誰かに話しかけられるとは思ってもみなかった。心臓が一瞬だけ強く鳴る。振り返った先にいる男は、自分より少し年齢が少し上に見える。綺麗な人、と言うのが印象だった。背が高い。無駄のない体つき。整いすぎているくらい整った顔立ちなのに、 表情はどこか無愛想で、温度が低い。——こういう人が、普通の部署にいるはずがない。本社にいたら、記憶に残るような人。樹とはタイプが違うが、それくらい目立つ印象のある人だ。社員証が、胸元で揺れる。浅井拓真。——あひるの支社。その文字が、一瞬で目に入った。「……誰ですか」自然と、警戒した声になる。男——浅井は、少しだけ視線を落とした。私の画面を見る。そして、興味なさそうに言った。「データ、合わないんじゃないかな。今、君が見てる部分」質問には答えない。でも。外していない。「……見てたんですか」「さっきからね。結構前から、ずっと」あっさり言う。悪びれもしない。「わざわざ見える位置でやってるから」——最悪だ。そう思うのに、なぜか動揺は少ない。この人は...騒がない。告げ口もしない。そんな空気がある。「……それで」視線を外さずに聞く。「何か知ってるんですか」浅井さん...彼の名前を心の中で呟く。彼は、少しだけ考えるように間を置いた。それから、短く答える。「まあ...多少は」曖昧な言い方。でも。確信がある声だった。「その部分」画面を軽く顎で示す。「初めて見た?」「……はい」「じゃあ、そこが入口だね」淡々と言う。まるで、すでに全体像を知っているみたいに。「……あなたは」言葉を選ぶ。「どういう立場なんですか」一瞬だけ、沈黙。浅井さんは、私を見た。測るような目。それから。「ただ、出張できてるだけ」短く言う。「あひるの支社から」やっぱり。「向こうで、今は代表やってる」さらりと続ける。——代表。思わず言葉を失う。あの“あひるの支社”で。それを見て、浅井さんは少しだけ眉を動かした。「意外?」そのとき、改めて顔を見た。都会の街中にいても目立つ。整いすぎているくら
last updateLast Updated : 2026-04-29
Read more
第6話:条件
「条件付きで」浅井さんの声が、頭に残る。...なんだろう。彼の姿はもう、部屋にない。けれど、この条件を聞かずに今日も眠れない夜を過ごすわけには、いかなかった。慌てて追いかけると、彼はまだ廊下にいた。急いで追いかけて、話しかける。「浅井さん!...条件って、何ですか」彼は、ピタッと止まり。振り返って、足音が一歩、近づく。「感情で動かないこと」短く、諭すようにそういった。「怒りとか、仕返しとか。そういうのは、ここではノイズになる」「……」「あと、勝手に動かない」続けて言う。「見つけたものも、仮説も、全部出す。抱え込まない」命令に近い言い方だった。私は一瞬だけ言葉に詰まる。「それ、できないなら——」彼の目は、冷たい。できないなら、協力できない。そうとでも言いたいような目をしていた。だからこそ。「やめますか」先に言った。自分でも驚くくらい、声は落ち着いていた。浅井さんと、不意に目が合う。少したじろぎそうになるが、冷静に目を合わせながら言う。「最初から、そのつもりでやってます」「証拠を集めて、事実で崩す」「感情で動くつもりはありません」私は、もう十分な理解の出来ない仕打ちを受けた。こんな理不尽な目に遭って泣き寝入りするくらいなら。何が起きているのか、知りたい。その気持ちは変わらない。数秒の沈黙。それから、浅井さんは小さく頷いた。「じゃあいい」それだけ。肯定とも、評価ともつかない。「で」私の持っているパソコンに視線を落とす。「データは、どこまで見た?」「改ざんの入り口までは」「承認フローが途中で変わってます。ログも——」「うん」遮られる。「合ってるよ」あっさりと言い切る。「……知ってるんですか」「知ってるというか」一瞬、間。「俺が追ってるやつと同じライン」——同じライン。胸の奥が、わずかに動く。「じゃあ、どうして——」言いかけて、止まる。“どうして私がいる部署までわざわざ来たのか?”“どうして私が調べていることが分かったのか?”疑問がいくつも浮かぶ。でも。「それ、伊藤には関係ない」先に切られた。私の名前を認識していることも、今この場で知る。なぜ、彼は私を知っているのだろう。視線はパソコンの方を向いたまま。「俺は俺で....調べてることがあるだけ」
last updateLast Updated : 2026-04-29
Read more
第7話:境界線
そのあと自宅に戻ると、静けさがやけに重く感じた。靴を脱いで、そのままリビングに入る。視線の先にあるものを見て、足が止まった。——残っている。樹のものが、私の部屋に。ソファにかけたままのジャケット。 洗面所に置きっぱなしのシェーバー。 クローゼットの中のスーツ。三年分の痕跡が、まだここにある。最後に来たのは、2週間前だった。お互いに忙しくて、社外であまり会うことが最近はなかったけれども。こうなるなら、もっと会う時間を作るべきだった。でも、後悔しても、もう遅い。「……」一瞬だけ、迷う。それでも、やることは決まっている。私は無言でクローゼットを開けた。ハンガーを外す。畳む。箱に入れる。ただそれだけの作業なのに、やけに手が重い。思い出があるからじゃない。——気持ちの整理が、終わっていないからだ。でも、止めるわけにはいかない。靴も。 小物も。 引き出しの奥に残っていたネクタイピンも。全部、段ボールに詰めていく。最後に、ガムテープで封をした。「……これで、全部。」小さく呟く。部屋を見渡す。少しだけ、広く感じた。スマホを手に取る。段ボールを撮る。それから、メッセージ画面を開いた。——樹。婚約発表のあったあの日は、ずっと既読もつかなかった。あの発表の日から、何も。一度も、連絡がついていない。浅井さんの言葉がよぎる。ふと、“完全には嘘つけない状態だから”——本当に?指が一瞬止まる。それでも、打つ。あなたの私物、まとめました。送ります。そちらにある私の荷物も、まとめて送ってください。写真を添付する。送信。既読は、つかない。……やっぱり。少しだけ、息を吐く。——無理かもしれない。そう思った瞬間。画面が、光った。既読。「……早い」思わず呟く。その直後。着信。樹の名前が表示される。一瞬だけ、躊躇う。でも。出る。「……もしもし」自分の声が、思ったよりも冷静で驚く。少しの沈黙。それから。「……愛海」樹の声。その一言で分かった。——震えている。わずかに。「荷物、見た」低い声。でも、抑えきれていない。「送るって……急だな」「急じゃないよ」即答する。「もう、うちにある必要がないから」短く言い切る。沈黙。向こうが言葉を探しているのが分かる。
last updateLast Updated : 2026-04-29
Read more
第8話:揺らぐ境界線
翌日の夕方。店に入る前から、分かっていた。——ここに来るべきじゃなかったかもしれない。それでも、足は止まらない。ガラス越しに見える店内。 窓際の席。そこに——いた。樹。いつでも、すぐに彼だけは見つけられる。つい数日前までは、自慢の彼氏だった。一瞬で、呼吸が浅くなる。——まだ、終わっていない。そう認めてしまう。ドアを押す。ヒールの音が、やけに響く。樹が顔を上げる。目が合う。逸らせない。3年分の時間が、無理やり引き戻される。「……久しぶり」「うん」席に着く。視線が、絡みつく。「……その格好」低い声。少しだけ棘がある。表情に、少しだけ不機嫌さが残る。「寒くないのか」肩へ、首元へ、脚へ——視線が落ちる。オフショルダー。細いチェーン。 ミニスカートで強調される脚のライン。——昔なら、止められていた。今日はだからこそ、樹が嫌がる格好をして会おうと決めていた。「その服、着るなよ」「他の男が見るだろ」何度も言われた言葉が、鮮明に蘇る。ちょっとした束縛も、自分への愛の証だと思っていた。だからこそ、前と変わらない反応を見て期待してしまう自分がいる。とはいえ、彼はもう私の彼氏ではない。その現実を思い返して、気を取り直した。「……別に」椅子に背を預ける。「関係ないでしょ」少し強めに返す。樹が言いかけて、止まる。わずかに苛立ちが滲む。「……そうだな」視線を外す。でも、その外し方が——不自然に遅い。——まだ、見てる。気にしてる。そうとしか思えない。なのに、どうして。どうして、みゆと婚約したのか。聞きたい、教えて欲しい。私の何がダメだったのか。でも、今は。私の気持ちを話すことが目的ではない。「聞きたいことがある」すぐに切り替える。樹の視線が戻る。「どうして、ああいう形にしたの」「私を樹の部署から、異動させた理由」樹の眉が、わずかに動く。「……仕事の話か」樹の声が、少しだけ低くなる。「それだけ?」そのまま、続ける。「3年付き合って、ああいう終わり方して」「聞きたいこと、本当に仕事のことだけなのか?」苛立ちが滲む。責めているのに、どこか縋っているような声。胸の奥が、揺れる。一瞬だけ。——理由があるのかもしれない。そう思ってしまう。全部が嘘じゃなかったんじ
last updateLast Updated : 2026-04-29
Read more
第9話:残された違和感
店を出る。夜の空気が、少し冷たい。さっきまでの会話が、まだ身体に残っている。——終わった。そう思ったはずなのに。胸の奥が、静まらない。完全には。足を止めずに歩く。ヒールの音が、やけに大きく響く。頭の中で、さっきの言葉をなぞる。「組織としての判断」「バランス」「タイミング」——何も言っていないのと同じ。なのに。引っかかる。あの一言一言が。視線。間。言葉の切れ方。——逃げていた。「……」小さく息を吐く。考えたところで、意味はない。ここでは、答えは出ない。スマホが震える。視線を落とす。社内チャットの通知。差出人の名前に、少しだけ目が止まる。浅井拓真——浅井、拓真。フルネームで見ると、妙に現実味がある。そもそも、関わりがなかったのに、私の名前を知っていて。いきなりメッセージを送ってくるなんて。彼は、どこまで私の状況を知っているのだろうか。でも...考えても仕方ない。メッセージをタップする。そろそろ会ってる?短い一文。タイミングが、合いすぎている。少しだけ、息を吐く。今終わりました何も言いませんでしたでも、明らかに濁してました送信。すぐに既読がつく。間を置かずに返ってくる。やっぱりね続けて。今週末までこっちにいるから明日、会って話聞かせて相変わらず、一方的な言い方。でも、無駄がない。画面を見つめる。——やっぱりねその一言が、妙に引っかかる。最初から、分かっていたみたいに。ずっと、明確なことは言えない感じで濁されました送る。数秒。だろうねそれだけ。でも、確信している。「……」スマホを閉じる。——考えるのは、明日でいい。今は。そのとき。「——愛海!」後ろから声がする。足が止まる。振り返る。樹が、走ってきている。少しだけ息が上がっている。「……どうしたの」静かに聞く。樹が、言葉を探すように一瞬止まる。それから。「……これ」差し出される。鍵。見慣れた、小さな金属。合鍵。「俺の、返す」短く言う。それを受け取る。指先に、冷たさが残る。「……あ」ポケットに手を入れる。同じ形の鍵。取り出す。「私も」差し出す。「返すの、忘れてた」
last updateLast Updated : 2026-04-29
Read more
第10話:構造の入口
翌日。オフィスは昨日と変わらないはずなのに、少しだけ遠く感じた。フリーアドレスのエリアを抜ける。視線の先。簡易的に区切られた、ファミレスみたいな席。そこに——いた。浅井さん。すでに座って、タブレットに目を落としている。顔を上げる。一瞬だけ、目が合う。言葉はない。その代わり、向かいの席を軽く指で示す。——そこに座れ、ということらしい。「失礼します」自然と口にして、腰を下ろす。テーブルの上に、紙コップが二つ。片方は手つかず。「砂糖入ってないほう」浅井さんが言う。視線はタブレットのまま。「……ありがとうございます」手に取る。——覚えてる。昨日、机に置いていた私のコーヒーがブラックだったこと。わざわざ言うことでもないのに。こういう妙な気遣いが、少し居心地が悪い。悪い人ではないことは、理解できるのだけれども。「で」浅井さんが言う。「どうだった」余計な前置きはない。私は一度、息を整える。「何も言いませんでした」「でも、濁してました」「“組織としての判断”って」「バランスとか、タイミングとか」言いながら、自分の中でも整理されていく。「あと」少しだけ間を置く。「松村...高山さんの婚約者の話で、反応が変わりました」浅井さんが、わずかに頷く。「何か関係あるんだろうね」即答。迷いがない。「じゃあ整理しようか」タブレットを軽く叩く。「分かってること」指を一本立てる。「理由は“言わない”じゃなくて“言えない”」二本目。「表向きは“組織判断”」三本目。「でも、それだけで処理できる話じゃない」言い切る。私は、黙って聞く。頭の中で、線が繋がっていく。「分からないことは?」視線が向く。「……誰の判断か」答える。「いつ、私の異動が決まってたのか」「それと」少しだけ間を置く。「松村さんと、今回の件の関わり方」「...あくまでも、部署にあったデータの整合性が合わないことについて、ですが。」浅井さんが、小さく頷く。「あひるのに、関連することだね」短く、論点だけを返してくる。「じゃあ仮説」そのまま続ける。「“何か”があって」「それを調整する必要があった」「で、その中で伊藤が外された」感情は一切ない。でも、核心に近い。「……はい」自然と頷いていた。そのとき
last updateLast Updated : 2026-04-29
Read more
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status