久世家の朝は、門が開く前から始まる。まだ空は薄く青く、庭石の縁には夜の湿り気が残っていた。高い塀の向こうから、坂道を上ってくる車の音がかすかに聞こえる。新聞配達のバイクが一度止まり、また遠ざかっていく。その音は門の内側へ届く前に、どこかよその世界のものになった。美緒は玄関先に立ち、新聞受けから取り出した朝刊を両手でそろえた。重い門は、まだ閉じている。外から見れば、それは久世家の格式を示すものなのだろう。代々この地方都市で名を知られてきた旧家にふさわしい、堂々とした門構え。高い塀の内側には手入れされた庭が広がり、松の枝は季節に合わせて整えられている。飛び石には落ち葉ひとつ残されておらず、玄関の木戸は朝の光を吸って黒く艶めいていた。けれど内側にいる美緒には、門の立派さよりも、塀の高さばかりが先に見えた。外には通勤する人がいて、学生がいて、まだ眠たげな町が動き始めている。だが美緒はそこへ出ていく人間ではない。門の内側で、家の一日が滞りなく進むように整える人間だった。新聞の端を揃え、義父の分と怜央の分を分ける。経済紙を上に、地元紙を下に。宗一郎は地元紙を先に読むことが多いが、来客のある日は経済紙の一面に目を通してから、地元欄へ移る。だから今日は経済紙を一番上にした。そんな小さな順番も、いつの間にか美緒の中では間違えてはいけないものになっていた。玄関の花の向きが、ほんの少し傾いている。美緒は新聞を小脇に抱え、花器の前に膝を折った。白い椿の花弁には、まだ水の気配が残っている。昨日の夕方、庭師が帰ったあとに佳乃子が選んだものだった。美緒は茎の角度をわずかに変え、正面から見たときに花がこちらへ向くように整えた。この家では、何かが少し曲がっているだけで目立つ。新聞の端。玄関の花。客用のスリッパ。廊下に差す光の中の小さな埃。誰かが大きな声で責めるわけではない。けれど、誰かが必ず気づく。気づいたあとで、たしなめるように微笑む。美緒さん、こういうところは、その家の空気が出るのよ。以前、佳乃子がそう言ったときの声を、美緒は今でも覚えている。だから美緒は、気づかれる前に直す。廊下へ上がると、磨かれた床板が朝の光を細く映した。音を立てないように歩く。そうしなさいと命じられたことはない。けれどこの家に来てから、美緒は自然と足音を抑えるようになった。広い廊下には先祖の写真
Last Updated : 2026-04-30 Read more